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「物事を間違っていると考えようとしない長い間の習慣によって、すべてのものが表面上正しいかのような様子を示すものだ」

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 恐らくここに述べてある意見はまだ世論になり切っていないので、一般から支持されることはないだろう。物事を間違っていると考えようとしない長い間の習慣によって、すべてのものが表面上正しいかのような様子を示すものだ。そして初めはだれもがこの習慣を守ろうとして、恐ろしい叫び声を上げるのだ。だが間もなく、その騒ぎは静まる。理屈よりも時のほうが考え方を変えさせるのだ。
 一般に長い間権力の乱用が行われる場合には、その正当性を問題にしてよいのだ。 (被害者が立腹して問題にしなければ、そのままで済まされるかもしれない場合でも同様だ。)
    --トーマス・ペイン(小松春雄訳)「コモン・センス」、『コモン・センス 他三篇』岩波文庫、1976年、13頁。

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今日6月18日は、3月11日に発生した東日本大震災から100日目。

一刻もはやい復興を祈らざるをえません。

ニュースで取り上げられることも当初より少なくなり、メディアの報道は「復興ムード」。

しかし現実には瓦礫はそのまま、明日どうなるわからないという状況は変わらぬまま。

そうした齟齬に戦慄することがしばしば。

3月11日で露呈した問題は多数ありますが、これまでの日本の既存の権力補完の構造がもはやこの時代には役に立たないということがはっきりしたのもその一つでしょう。

あたらしい思考枠組みのパラダイム、そして現実変革への脱構築が必要であることを僕はその日学んだように思う。

しかし、気がつくと、既存の利権構造を復活させようとひっそりとコッソリと事態が進行しているような現況には、驚かされてしまうというものです。

だからこそ、100日目。

もういちど、あの日のこと、そして経過を確認しながら展望していかないと……そう思われて他なりません。

上に引用したのは、アメリカ独立への起爆剤となり、人々を鼓舞したトマス・ペイン(Thomas Paine,1737-1809)の有名なパンフレット「コモン・センス」の序から。

「物事を間違っていると考えようとしない長い間の習慣によって、すべてのものが表面上正しいかのような様子を示すものだ」……ってところにだまされないようにしないと。

※写真は3/11の自宅と近所。


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