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覚え書:新渡戸稲造、読書にして人間を造りたいならば

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 読書にして人間を造りたいならば
 故に私は一言最後にこういっておきたい。先ず読書には或る意味に於て便法なく、一度は艱難して苦しまなければならぬ。その代わりに艱難したならば、後は自由自在に、日本の本ならば縦に読まずに横に読み、西洋の本ならば横に読まずに縦に読むことが出来るようになる。それには練習と見識、見識というのは、自分は何を望むかということ、何のために本を読むのであるか、今日は暑いし、昼寝をしようと思うが、眠りを助けるために本を読むのだ。演説するのに何か面白い例を引くために読むのである。今度は自分の心に一つの疑いがあって、それを解決するために読むのであるというように目的に依って違う、随って見識に依って違うのである。だから目的と見識が備った以上は、先ず第一に古典を読んで、それも皆読めということではない、バイブルならばバイブル、プルタークならプルターク、シエクスピヤならシエクスピヤ、何か一つを熟読する。そうして後の方は参考にする。外の書物は自分の尊敬する人の教を補うために使うだkであって、そうなって来ると大きな心棒だけは決る。それに外のものは皆付けて行くのである。だから物を言っても、沢山の本を読んでいるから脱線するだろう、しかし心棒が動かぬ以上は皆元に帰ってくる。多読病に掛った奴は話をしても脱線脱線で元に帰って来ない。何を話しているのか訳が分らなくなって来る。そうなると話しばかりでなく、人間そのものまで無頼漢になってしまう。何をしても特徴がなくなる。何をやっても駄目になる。この特徴は必要なことで、こういう時になって、初めて読書が人間を拵えることになる。読書にして人間を拵えることに貢献しないならば、これはただ漫談家を作るに過ぎまい。甚だ申訳ないようですけれども、先刻御話したような具合ですから、今日はこれで失礼致します。
    --新渡戸稲造「読書と人生」、鈴木範久編『新渡戸稲造論集』岩波文庫、2007年、185-186頁。

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