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【覚え書】「今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付

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今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)

日本語で問い詰められた「ルネサンス」
 江戸文化--美術、工芸、文芸、演劇、芸能--どの分野でもたのしむ人が多い。おまけにエコまで!
 では、江戸の思想はどうか、となると、ちょっと退く。儒学、国学と聞くと冷める。だが、これではさびしい。じつは、そこに刺激的で躍動感に溢れる世界が広がっているのだ、先人たちが「日本語」でギリギリまで問い詰め考え抜いた思想(著者)があり、根底で、現代の私たちへとしっかりつながっているのだ、という認識の地平が開ける、これはそういう本である。
 内藤湖南は、今日の日本を知るには応仁の乱以後の歴史を知っていれば充分である、といった。網野義彦は、南北朝動乱期を境にして、日本に民族史的次元が関わる転換があったと書いた。南北朝から応仁の乱、さらに戦国内乱の時代にかけて、甚大な犠牲を伴った質的大転換が起こり、その完了したところから近世がはじまったのだ、と著者はいう。
 近世で何が誕生したか。まず「家族」の成立、つまり「イエ」である。著者は漢字の「家」でなく「イエ」と表記する。「イエ」は端的には、養子と隠居制度に支えられて成り立つ。
 「イエ」とともに寺檀(檀家)制度が確立され、祖先から父母、子から孫へという安定的な時間が日常生活を支え、それが地域・職域・国家へとネットワークを広げていった。
 親鸞や日蓮、蓮如の時代には「イエ」は存在せず、従って「イエ」単位の仏壇も位牌も、「イエ」単位の墓もなかったと知って、なるほど親鸞の「悪人正機」説などの教えがより鮮明に浮かび上がってきた。
 江戸はまた書物の時代であった。高度な木版印刷術に支えられた出版文化が、文人・学者世界を生み出してゆく。
 例えば山崎闇斎について。

 仏教は、時間を循環するものと考えるから、天地の始まりに興味をもたない。儒教も、文明世界の成立以後に関心を集中させるから、神話は論じない。(略)闇斎は天地の始原との合一に、本来あるべき自己の回復を読み込んだ。

 こうしたラジカルな時間観が、伊藤仁斎や荻生徂徠の徹底的な朱子学批判を育んでゆく。丸山真男は二人に近代的な思惟の誕生をみたが、著者はそのように性急には論を運ばない。仁斎と徂徠が古典(孔子・孟子)にどう向き合ったのかを問う。方法の自覚が近代思想の柱なら、それは古典それ自体の発見である、として、仁斎が、朱子の注解を徹底的に排除して、『論語』そのもの、孔子その人と直に向き合おうとした姿を描く。
 徂徠が、〈漢文が読めるとはどういうことか〉、漢文訓読法で外国語としての中国が(漢文)が正しく読めているのか、と問うて、やはり孔子や孟子の教えそのものへと遡及していった。
 本居宣長においては、古事記、萬葉集、源氏物語そのものの世界、「古」の人の心となることによって、「もののあはれ」を導き出した。
 対象とする古典は違えども、三人は同じベクトルを描いている。ルネサンスである。
 著者はこのことを、〈絶対の他者〉としての神々の発見、と呼ぶ。中国や朝鮮では起こり得なかった〈他者の誕生〉。やがて蘭学へと継承され、ついに〈ヨーロッパ〉という〈他者〉との衝撃的な出会いへと至る道程がダイナミックに描かれるのである。江戸の思想史はやはり自身の問題だ。
 新書体裁だが、中味は広くて深い。猛暑の夏に、「歴史」を想うのは避暑のひとつかもしれない。
    --「今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付。

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著者:田尻 祐一郎

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