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2011年7月

真理を探究するには、生涯に一度はすべてのことについて、できるかぎり疑うべきである。

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一 (真理を探究するには、生涯に一度はすべてのことについて、できるかぎり疑うべきである。)
 我々は幼年のとき、自分の理性を全面的に使用することなく、むしろまず感覚的な事物についてさまざまな判断をしていたので、多くの先入見によって真の認識から妨げられている。これらの先入見から解放されるには、そのうちにほんの僅かでも不確かさの疑いがあるような、すべてのことについて、生涯に一度は疑う決意をする以外にないように思われる。

二 (疑わしいものは虚偽と考えるべきである。)
 否それどころか、何が最も確実で容易に認識されるかを、いっそう明白に見出すためには、我々が疑うすべてのものをば、虚偽と考えるのが有用であろう。

三 (しかしこの疑いは実生活には及ぼさるべきでない。)
 しかしこの疑いは、ただ真理の観想に限られねばならない。何となれば、実生活に関しては、我々が疑いから抜け出すことができる前に、しばしば事を為すべき機会の過ぎ去ることがあるから、我々は余儀なく、単に尤もらしく見えない場合にも、時にはいずれかを選ぶことが珍しくはないからである。
    --デカルト(桂寿一訳)『哲学原理』岩波文庫、1964年、35-36頁。

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日本では、「疑う」ということに関してどちらかといえば否定的なイメージがつきまといますし、「疑う」ということは、疑いの堂々巡りというジレンマに陥りがちなきらいもありますから、できることならば、そういう無益な労力はさきたくない……というのが人情かもしれません。


しかしながら、公定言説によって「全てが説明される」わけでもありませんし……当局としては「それで済ませよ」っていうのが一番楽でかつ管理しやすいわけですが……、ある程度は、やはり自分で苦労して、「それがどうなのか」っていうところは探求しないことには始まりません。

……そこにどれだけ知的リソースを意識的に注ぐことができるのか、これは自分自身をふくめてホント、一つの課題だと思います。

だからこそ「それがどうなのか」って素朴に「疑う」ことは人間が生きていくうえで必要不可欠なんです。

しかし、「疑う」ということは「疑う」ために「疑う」わけではありませんから、この部分は失念しない方がよいかと。

揺るぎない確信、真実を手にいれるために人間は「疑う」わけですからネ。

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「人間のために」って言ってしまえば、要するに誰もそれを否定することができないんですよ。

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 ポワリエ 他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員をひとしく愛することができません……
レヴィナス まさしく、それゆえに、私たちは、私が倫理的秩序あるいは聖性の秩序あるいは慈悲の秩序あるいは愛の秩序あるいは慈愛の秩序と呼ぶものから出てゆかねばならないのです。いま言ったような秩序のうちにあるとき、他の人間は、彼がおおぜいの人間たちの間で占めている位置とはいったん切れて、私とかかわっています。私たちが個人として人類全体に帰属しているということをとりあえずわきにおいて、かかわっています。彼は隣人として、最初に来た人として、私にかかわっています。彼はまさにかけがえのない人であるわけです。彼の顔のうちに、彼がゆだねた内容にもかかわらず、私は私あてに向けられた呼びかけを読みとりました。彼を放置してはならない、という神の命令です。他なるもののために、他なるものの身代わりとして存在すること、という無償性の、あるいは聖性のうちにおける人間同士の関係がそれです!
ポワリエ 質問を繰り返すことになりますが、私たちは全員をひとしく愛することができません。私たちは優先順位をつけ、判別します……
レヴィナス というのも「全員」(Tout le monde)という言葉が口にされたとたんにすべてが変わってしまうからです。その場合には、他人(l'autre)はもうかけがえのないものではなくなります。この聖性の価値--そしてこの慈悲の高まり--は、全員が同時に出現するという事態になれば、他の人たち(les autres)との関係を排除することも、無視することもできなくなります。ここで選択という問題が出てきます。私は「内存在性からの超脱」(des-interessement)を果たしながら、今度はいったい誰が際立って他なるもの(autre par excellence)であるのかを特定することを迫られるのではないでしょうか?評価(ratio)という問題が出てきます。裁きの要請が出てきます。そのときまさしく、「かけがえのないものたち」(uniques)のあいだで比較を行うという要請が、彼らを共通の種属に還元するという要請が出てくるわけです。これが始原的暴力(premiere violence)です。かけがえのない唯一性(unicite)に対する異議申し立てです。
    --エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性--レヴィナスは語る』国文社、1991年。

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※以下、twitterで深夜に吠えた連投ですが、少しやっぱりぼくの疑うことのできぬ実感だからまとめとして残しておきます。


さて、どうなんだろう。

もういい加減、「人間主義」、「人間主義」って「連呼」するのはそろそろよした方がいいんじゃないだろうか。

別に「人間のために」という方向性を全否定するわけではありませんが、内実の探求も、たらしめる努力も随伴させずお題目として唱える時代ではないんじゃないか。

「人間のために」という表現は、あらゆる党派において「錦の御旗」になっちゃいますよ。

くどいけれども「人間のために」という「心根」を否定する訳ではありません。しかし歴史を振り返ると現実には「人間のために」というものが「人間のために」なったことはほとんどありません。

それを批判するのが現代哲学というわけですが、その議論は少々割愛いたします。

さて……。
「人間のために」って言ってしまえば、要するに誰もそれを否定することができないんですよ。確かに「人間のために」っていうのは大事です。

しかし、それが内省を欠如した運動論として流通する限り必ず破綻してしまうんじゃないかな。4月の反原発デモでは「奇形児」の格好をした演出で耳目を集めたことは記憶に新しいじゃないですか。その言説と運動が背反し、破綻していることだけははっきりしてます。

思索を欠如した運動論のみの隆盛はかならず失敗します。

そのへんをネ、紅衛兵のようにやっていたのじゃだめなんですよ。

私は人間のために、確かに何とかしたいと希いますし、できることには挑戦しております。しかし、その運動というものがひとつの拝外性を内包している限りそれに親和したくないと思うし、警戒してしまう。

「いいことをやっているのだからガタガタいうな」じゃなくて「いいことをやっているのであれば、あらゆる批判は受け入れる」という矜持がない限り、「人間のために」は人間の為にならないのじゃないのかね。

レヴィナス(Emmanuel Lévinas、1906-1995)の『暴力と聖性』をひくまでもなく、「あらゆる人間を愛すること」は原理的に不可能。必ず序列が存在します。その序列を無視して、「おれはすべての人間のために」って吠えるのではなく、負荷を踏まえて、一人から全体に関わる。そうありたいです。

Humanismusにしても脱原発にしても筋道としては完璧なファイナルアンサーにしかすぎない。しかし、ファイナルアンサーを選択するのであれば、それ相応の知的努力・人間世界での葛藤を踏まえ自前の言語で練り上げていくしかない。その努力を放棄した途端それはイデオロギー闘争へと変貌する。

はっきりいえば、既存価値をまもろうとする連中もださいけれども、それ以上にださいのが単なる脊髄反射としてのそれにたいするアンチの運動。ただそれだけですよ。そろそろあたらしい抵抗の美学をつくりあげませんか。

まあ、とにかくめんどくさい奴であることだけはたしかだな。


まあ、とにかく僕自身がめんどくさい奴であることだけはたしかだな。


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かつ官とは何ぞや、本これ人民のために設くるものにあらずや

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 かつ官とは何ぞや、本これ人民のために設くるものにあらずや、今や乃ち官吏のために設くるものの如し、謬れるの甚しといふべし。人民出願し及び請求することあるに方り、これを却下する時はあたかも過挙あるものを懲すが如く、これを許可する時はあたかも恩恵を与ふるものの如し、何ぞそれ理に悖るの甚しきや。彼ら元来誰れに頼りて衣食する乎、人民より出る租税に頼るにあらず乎、乃人民の豢養を受けて、以て生活を為しつつあるにあらず乎。およそ官の物金銭に論勿く、一毫といへども天より落つるにあらず地より出るにあらず、皆人民の嚢中より生ぜしにあらざる莫し。即ちこれ人民は官吏たる者の第一の主人なり、敬せざるを得べけんや。
 民権これ至理なり、自由平等これ大義なり。これら理義に反する者は竟にこれが罰を受けざる能はず、百の帝国主義ありといへどもこの理義を滅没することは終に得べからず。帝王尊しといへども、この理義を敬重してここに以てその尊を保つを得べし。
    --中江兆民(井田進也校注)「一年有半」、『一年有半・続一年有半』岩波文庫。1995年、55-56頁。

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100年以上前の指摘なのですが、ふうむ、どうも改められた気配がありませんね(涙

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覚え書 「ザ・特集:「原発難民」となって--元宇宙飛行士・秋山豊寛さん」、『毎日新聞』2011年7月28日(木)付。

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ザ・特集:「原発難民」となって--元宇宙飛行士・秋山豊寛さん

 日本人初の宇宙飛行士として、90年に旧ソ連(現ロシア)のソユーズ宇宙船に搭乗したジャーナリストの秋山豊寛さん(69)。その後、福島県旧滝根町(現田村市)に移住、有機農業に取り組んでいた。福島第1原発の事故を受けて、今、どこで、どんな思いで過ごしているのか? 訪ねてみた。【大槻英二】

◇福島で農業15年、群馬へ/平和な老後、破壊された/経済成長に頼らぬ生き方を

「こっち、こっち」。待ち合わせ場所のバス停に、長靴をはいて現れた秋山さんは真っ黒に日焼けし、すっかり「農家のオジサン」になっていた。ここは福島県ならぬ群馬県藤岡市の鬼石(おにし)町。そのまま埼玉との県境を流れる神流(かんな)川のほとりにある田んぼに案内された。有機農業に取り組む知人から借りた6畝(せ)(約6アール)の水田。7月の初めに手植えをした。

 「福島では5月20日前後に田植えをしていたけど、なかなか水温が上がらなくてね。ここは稲がどんどん伸びて、びっくりします」。ハウスではアスパラガスやカボチャ、ピーマンなどの野菜も栽培。避難先とはいえ、ようやく「農のある暮らし」を取り戻し、秋山さんもホッと一息という表情だ。

 東京放送(TBS)記者だった秋山さんが、旧ソ連カザフ共和国(現カザフスタン)のバイコヌール宇宙基地からソユーズ宇宙船で宇宙へ飛び立ったのは、90年12月2日のこと。生中継で東京のスタジオからの呼びかけに、「これ、本番ですか?」と聞き返したのが、宇宙からの第一声となった。その後、国際ニュースセンター長となったが「管理職になって、現場を離れるのは耐えられない」と95年に退社。福島・滝根に移り住み、自給自足を目指して有機農業を始めた。現在も月刊誌「自然と人間」に「農のある暮らしから」を連載するなど、執筆活動を続けている。

 滝根では阿武隈山地の標高約600メートルの山里に1ヘクタールの土地を購入。シイタケの原木栽培をはじめ、コメや野菜づくりに取り組んでいた。16年目の今年は、田んぼの一部をレンゲ畑にして、ニホンミツバチを飼って、ハチミツの自給に挑もうと考えていた。そのさなかの東日本大震災だった。

 「福島第1原発は運転開始から40年がたち、僕の計算では今年あたりから廃炉の作業が始まると思っていました。まあ、これが浅はかな考えだったわけですけどね」

 原発から自宅までは約32キロ。震災翌日には、近くの体育館に、第1原発がある大熊町の住民が避難してきた。テレビは「空中からセシウム検出」と報じ、屋外に出ると、以前から持っていた放射線警報器が鳴り始めた。身の危険を感じた秋山さんは、郡山市の宿泊施設に避難、事故が長期化するのを見越して、鬼石町の知人宅に身を寄せた。

 避難から4カ月余。原発から約200キロ離れ、いま何を思うのか?

 「『経済成長がなければ、幸せになれない』という神話、いや、これはイデオロギーですよ。このイデオロギーから脱却しない限りは、今回のこの悲惨な事態の教訓を生かすことができないんじゃないでしょうか」

 60年安保闘争の余韻の中で学生時代を過ごした秋山さんが、一貫して追い続けてきたテーマは「日本の近代化とは、何だったのか?」。農の世界に飛び込んだのも、近代化以前の自給自足の暮らしを追体験したいとの思いから。宇宙ステーション「ミール」から地球を眺めた体験は、環境破壊の進行を前に、自分も行動する時ではないか、との思いを強くしてくれたという。

 日本は戦後、高度成長からバブルへと、常に経済成長を求めて突き進んできた。「80年代には、既に買い替え需要しか望めなくなっていた。ものが行き渡った先では、欲望を刺激するしかありません。だから、必要ではないにもかかわらず、あたかもそれがないと暮らせないようにあおった。IT化もその一環ですよ。誰にとっての幸せなのかの問いかけもないままに、便利だということが呪文になった。便利さとは電化することであり、その延長線上に、エネルギー供給、すなわち原発があるわけです」

 パソコンは60歳のときに手放し、「原発難民」になるまでは携帯電話も持たなかったという。それでは、経済成長に頼らない生き方のヒントは、どんなところにあるのか。

 「農業や漁業など1次産業が軸にしているのは、暮らしですよ。利益や発展を必ずしも求めているわけではなくて、そこで暮らしを維持していけることが基本目標なんです。私もシイタケを栽培しながら、コメや野菜をつくって、それなりに食べていけていたわけです。ナスが一山いくらになったかに一喜一憂するのではなく、ナスがなったからただそれを食べるという暮らし。豊作の年もあれば、不作の年もある。株式会社が農業に参入するというけれど、それは利益が目的であり、そもそも1次産業に単年度決算なんてそぐわないわけです」

 依然、収束のメドが立たない原発事故。秋山さんの滝根の家は30キロ圏外にあり、「自主避難」の身だが、この先どうするつもりなのか。

 「(原子炉建屋に)ふたがされれば戻れるかなとも思っていますけど」。しかし、直接販売で年間100万円の売り上げがあったシイタケは、放射性セシウムなどを吸収しやすいとされることから、当面はあきらめなければならないという。

 「おそらく30年は……。そんなにたったら、俺は白寿(99歳)だよ。セシウムはそれでやっと半減だからね。政府が言うように『ただちに健康に影響を与えるような数値ではない』かもしれないけれど、人様に安全な食べ物です、と言って売れません。風評被害は政治不信そのもの。詳細なデータを公表することもなく、基準値以下ですと言われても、消費者が買わないのは、庶民の知恵ですよ」

 そして、率直な胸中をこうも表現した。

 「平和な老後をおびただしく破壊されました。秋に稲刈りをしたら、わら人形を作り、原子力ムラの人たちの名前を張って、くぎを打ち付けたい思いです」

 それは、福島の人々の怒りでもあるかもしれない。山里で地道に農業を営んできた秋山さんが、人を呪わなければならないとは……。原発事故の業は深い。
    --「ザ・特集:「原発難民」となって--元宇宙飛行士・秋山豊寛さん」、『毎日新聞』2011年7月28日(木)付。

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http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110728ddm013040137000c.html

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・国分寺市編「もつやき処 い志井」

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 我々は右のごとき学の事実に代えて、日常的実践的なる経験の事実を捕らえようとする。かかる経験は、単に観照的なる対象の認識ではなくして、実践的行為的なる連関そのものの内に与えられている。だからそこでは対象は常に人間存在の表現である。たとえば我々は日常的に物を買うことにおいてすでに商品を経験している。が、この商品は単なる対象物でもなければまた経済学的観念でもない。それは衣食住としての人間存在それぞれの契機を表現せるものであって、食料品、飲料、衣服、家具等々として取り扱われ、それぞれの商品あるいは部門において商われる。さらに細かく言えば食料品は家庭の日常必需品、料理屋の消費品、あるいは贈り物、祝い物等々として性格づけられている。同様に衣服も礼服、訪問着、ふだん着、制服、子供服、赤ん坊の着物等々として商われる。家具もまたあらゆる生活の仕方を表現している。すなわち商品にして人間存在を表現せざるものはない。そうして我々はこの表現に即して商品と交渉し、表現なきものを商品としては扱わない。しからば我々は商品の経験においてすでに人間存在の表現を理解しているのである。かかる経験を通路としてこそ我々は人間存在に達し得るであろう。
    --和辻哲郎『人間の学としての倫理学』岩波文庫、2007年、217-218頁。

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月曜日に最終講義を終えてから、さて、少し「自分にご褒美をだすか」ということで、「いつものところに逗留するのもナニだし」と思いつつ……、

「そういえば、国分寺に、『い志井』があったような……」

……ことを思い出してぶらりと訪れたのが、「もつやき処 い志井 国分寺店」。

哲学・倫理学を講じながら「また、酒かいな!」って言われそうですが、哲学にせよ倫理学にせよすべて「身近なものごとに注目する」ことから、その学派始まるわけですから、「モノ」を「所詮、モノに過ぎない」として扱うのではなく、「人間存在を表現」するものとして向かい合う「矜持」というものが必要なわけです(キリッ

日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)曰く「すなわち商品にして人間存在を表現せざるものはない。そうして我々はこの表現に即して商品と交渉し、表現なきものを商品としては扱わない。しからば我々は商品の経験においてすでに人間存在の表現を理解しているのである。かかる経験を通路としてこそ我々は人間存在に達し得るであろう」……ということです。

酒を通して「人間存在に達し得る」ことほどすばらしいことは他にはないでしょう。

さてJR国分寺駅で降りて、北口から線路沿いにあるいて5分ぐらいでしょうか。

もともと確か「日本再生酒場」関係の「い志井」グループから誕生したような記憶があり、「日本再生酒場」は博多駅で4月にお世話になりましたので、いわゆる「スタンド式」の「立ち呑み」を想像していたのですが、まずは、その立派な店構えにびっくり。

引き戸をくぐって、なかへ誘われると、さっぱりと清められた老舗の蕎麦やかウナギやのような雰囲気。落ち着いてゆっくり本格の味わいを楽しめるお店のようですね。

カウンターに坐ってから瓶ビールを注文して、何にしようかしらんと思案しつつ、先ずは「牛串」をお願いした次第。

汗をぬぐい、ビールで涼をとりながら、しばらく待っていると運ばれてきましたが……。

いやはや……。
「串」とは銘打たれておりますが、芥子をまぶして口に運ぶと、ジューシーな肉汁と相まって、もはやこれは、上等なステーキのような塩梅。

塩梅かげんで、梅きゅうりでさっぱりしてから、ハラミとハツを塩でお願いしましたが、こちらも常識を覆すような、立派さといいますか、チェーン店などでやるものよりも数倍大きな塊にもはや脱帽です。

となりで、これまた一人でやっているおねいさんが、「八海山」(冷や)をお願いしてので、つられてこちらも「はっかいさーーん」。

ほどよく冷えた日本酒の旨みが、串によって際だつ次第です。

長居したいところですが、そのあとも少し所用がありましたので、最後は、たたき(軟骨)をお願いして、ハイボールで締め。

確かにがやがやした「日本再生酒場」には喧騒のにぎわいがなんともいいのですが、落ち着いて・ゆっくり……といっても決して長っ尻でないレヴェルで……ひとりで、味わうというのも乙なものです。

ビールは麒麟ラガーのみ(生ビールも)で少々高い値段設定(瓶で600円)かなあと思いますが、日本酒、焼酎は平均レベル。串は、100数十円からですから、3000円もあれば、ひっそりと羽を伸ばすことのできる名店ですね。

あ……。
そういえば名物の「もつやき(串)」を頼んでおりませんでしたね。またよらせて頂こうかと思います。

■ もつやき処 い志井 国分寺店
住所 国分寺市本町4-1-7
電話番号 042(323)4387

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自由に関しては、心を留めておくべき大切なことは、自由とは外面的な行動の無拘束状態というよりむしろ精神的態度を指すということ

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 真の個人主義は、信念の規範としての慣習や伝統の権威の支配のゆるみから生じた産物である。ギリシャ思想の最盛期のような、散発的事例は別として、それはわりに近代的な現象なのである。さまざまの個人の多様性がつねに存在していたことはたしかだが、保守的な慣習や支配している社会は、それらを抑圧するか、でなくても、少なくとも、それらを利用し奨励しはしないのである。しかしながら、いろいろな理由から、その新たな個人主義は、それまで一般に認められてきた信念を修正し変化させる力の発達を意味するものとしてではなく、各個人の心は他のあらゆるものから孤立して完全なものであるという主張として、哲学的解釈を与えられたのである。哲学の理論的方面においては、これは認識論の問題を生じた。すなわち、個人と世界との間にはどんな認識上の関係がありうるかという問題が生じた。その実践的方面においては、それは、全く個人的な意識が全般の利益すなわち社会の利益のために作用することがどうしてできるかという問題--社会的指導の問題を--を生じたのである。これらの問題を処理するために苦心して作り上げられてきた哲学は教育に直接影響を及ぼさなかったが、それらの基礎によこたわる家庭は、学習と管理、個性の自由と他人による統制の間に、しばしばつくられた分裂となって現われたのである。自由に関しては、心を留めておくべき大切なことは、自由とは外面的な行動の無拘束状態というよりむしろ精神的態度を指すということ、しかし、この心の性質は、探検や実験や応用などにおける十分な行動の余地なしでは、発達することができないということである。慣習に基礎をおく社会は、慣例に一致する限度までしか、個人的変異を利用しないだろう。画一性が、各階層の内部の主な理想なのである。進歩的な社会は、個人的変異の中にそれ自体の成長の手段を見出すから、それらの変異を大事なものと考える。それゆえ、民主的な社会は、その理想に従って、知的自由および多様な才能や興味の発揮を考慮にいれて教育政策を立てなければならないのである。
    --デューイ(松野安男訳)『民主主義と教育』岩波文庫、1975年、168ー169頁。

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さすがデューイ(John Dewey,1859-1952)。
うまくまとめていますねぇw

自由が最大限に享受されるためには、屹立した個人主義の確立が不可欠なわけですけれども、その経緯と効用に関してどストライクでまとめた一文でしたので、少し抜き書きした次第。

漱石・夏目金之助(1867-1916)の指摘をまつまでもなく、明治以降、本朝で受容された個人主義とは、勝手し放題の我が儘主義。しかしそれは本来的な個人主義とは似て非なるもの。

本来の個人主義とは他者を自らと同じように扱う立場だから、「し放題」はできない流儀なのですけれども、まあ、現実としては、他者を「モノ」として扱う「孤人」主義とでもいうべきものがこの国土世間では、それとして理解されておりますが、そんな有象無象ではないことだけはひとつ把握すべき。

そしてそれをうまく利用して加速化させたのが、「信念の規範としての慣習や伝統の権威の支配」としての本朝の「公共」観なのでしょう。

それを保管するためにこそ、「個人主義」なんて糞食らえって式に、うまくのせられてしまって、「国家」にしか準拠しない「公」なるものに収斂されてしまう……。

まあ、これは「国家」だけの問題でなく、本朝のあらゆる共同組織にみられる現象ではありますが、ホント、3.11以降、この傾向がある意味でまたぞろ顕著になりはじめたなあ……というのが僕の実感です。

「画一性が、各階層の内部の主な理想」なんてやっていたのでは、「多様な才能や興味の発揮」なんて不可能なんですよ、ホント。

勘弁してくれ。


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幸福に達し幸福を考へるのに、地位や頭脳を必要としない。

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自然の道に従つて妄想を去るがよい。
幸福に達し幸福を考へるのに、地位や頭脳を必要としない。
その恵みは明白で、極端なところにはない。
正しく考え、善意を持つのみで足りるのだ。
天与の多寡を嘆くのは勝手だが、
尋常の判断力と生活は何人も平等に享けてゐる。
思ひだすがよい、「宇宙の原理の働きは、
部分的な法則によらず、一般的な法則による」ことを。
我らが正しく幸福と呼ぶものは、
一人の利益ではなく、全体の利益の中にあるのだ。
個人の見いだす幸福で、多かれ少なかれ。
人類全体の方向を持たないものはない。
    --ポウプ(上田勤訳)『人間論』岩波文庫、1950年、85頁。

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震災の影響で授業回数が圧縮されたり日程がずれこんだり、本年の前期授業はかなり予定と違う構成になりましたが、なんとか無事最終講義を終えることができました。

暑い中、最後まで熱心に授業を聞いてくださった受講生の皆様ありがとうございます。

哲学とは、他の学問と違って、便宜的には「役に立ち」ません。
ただし、そうさせることは当人によって可能とはなります。

何のお役にもたてない学問を選択してくださって嬉しいのですが、最後は突き放す形で恐縮ですが、哲学を学んだことによって、歴史や制度、文化や団体に籠絡されない自律・自立した内発性豊かな人間、他者と連帯できる知者へと成長してほしいと希います。

くどいようですが、皆様、ありがとうございました。


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Ma sensation d'inexactitude à fin de la radiodiffusion de l'analogue par gouvernement

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La radiodiffusion analogique (télé) a terminé le 24 juillet. Dans le général, la radiodiffusion terrestre numérique est louée comme victoire de l'amélioration technique.

Cependant, j'ai le sens d'incompatibilité dans la révolution numérique que le gouvernement a commencé.

Qu'est-ce qui font la transmission d'information et l'unification de la réception apportez ?

L'unification d'information apporte la société de la gestion de l'information.

Décidé à un standard par la compétition dans le marché est même vieille histoire.
※Bien sûr, la conférence avec le gouvernement officiel du Ministère d'Économie, Commerce et l'Industrie n'est pas niée dans l'origine, être.

Un problème de ce temps est que le gouvernement agit comme un chef et l'unification a été intriguée. C'est une forme flagrante.

Dans ce sence, c'est certainement convenient.But, n'oubliez pas, vous êtes observés par le gouvernement !

La radiodiffusion terrestre numérique est une des politiques de la gestion de l'information par le gouvernement.

La liberté est jetée facilement, obtenir la sécurité pour moi-même.

C'est une histoire de la peur.

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自省の一能の存否は、これ正に精神の健全なると否とを徴すべき証拠である?

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 自省の能とは、己が今ま何を為しつつある、何を言ひつつある、何を考へつつあるかを自省するの能を言ふのである。
 自省の一能の存否は、これ正に精神の健全なると否とを徴すべき証拠である。即ち日常の事に徴しても、酒人が杯を挙げながら「大変に酔ふた」または「大酔ひである」などと明言する間は、さほどに酔ては居ない、少なくとも自省の能がいまだ萎滅しないのを証するもので、決して乱暴狼藉には至らぬのである。また精神病者が自身に「己れは少し変だな」などと言ふ中は、やはり酔漢と同じで、いまだ自省の能を喪失しない、乃ち全然狂病者とはなつて居ない徴候である。
--中江兆民(井田進也校注)「続一年有半」、『一年有半・続一年有半』岩波文庫。1995年、170-171頁。

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台風一過。
東京ではここ数日涼しいというか肌寒い日が続いた所為で、どうも風邪をこじらせてしまい、発熱で苦しんでいるところなのですが、「風邪を引いた」という自覚があるだけ、まだましなのかもしれません。

エキセントリックなジャパニーズビジネスマンでしたら、風邪を引いているにもかかわらず「風邪を引いた」という自覚すらなく、馬車馬のごとく猪突猛進しなければならないのですが、コチトラ、そういう存在ではありませんので、「自覚」をもちつつ(仕事はしなければならないので)仕事を継続する次第ですが・・・

夏風邪というものは実にやっかいですね。

皆様もご用心くださいませ。

ただ、「風邪になろうが、槍が降ろう」が寝る前の「一杯」を欠かすことはできまんので、これが回復を阻んでいることは……

内緒です。


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【覚え書】「今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付

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今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)

日本語で問い詰められた「ルネサンス」
 江戸文化--美術、工芸、文芸、演劇、芸能--どの分野でもたのしむ人が多い。おまけにエコまで!
 では、江戸の思想はどうか、となると、ちょっと退く。儒学、国学と聞くと冷める。だが、これではさびしい。じつは、そこに刺激的で躍動感に溢れる世界が広がっているのだ、先人たちが「日本語」でギリギリまで問い詰め考え抜いた思想(著者)があり、根底で、現代の私たちへとしっかりつながっているのだ、という認識の地平が開ける、これはそういう本である。
 内藤湖南は、今日の日本を知るには応仁の乱以後の歴史を知っていれば充分である、といった。網野義彦は、南北朝動乱期を境にして、日本に民族史的次元が関わる転換があったと書いた。南北朝から応仁の乱、さらに戦国内乱の時代にかけて、甚大な犠牲を伴った質的大転換が起こり、その完了したところから近世がはじまったのだ、と著者はいう。
 近世で何が誕生したか。まず「家族」の成立、つまり「イエ」である。著者は漢字の「家」でなく「イエ」と表記する。「イエ」は端的には、養子と隠居制度に支えられて成り立つ。
 「イエ」とともに寺檀(檀家)制度が確立され、祖先から父母、子から孫へという安定的な時間が日常生活を支え、それが地域・職域・国家へとネットワークを広げていった。
 親鸞や日蓮、蓮如の時代には「イエ」は存在せず、従って「イエ」単位の仏壇も位牌も、「イエ」単位の墓もなかったと知って、なるほど親鸞の「悪人正機」説などの教えがより鮮明に浮かび上がってきた。
 江戸はまた書物の時代であった。高度な木版印刷術に支えられた出版文化が、文人・学者世界を生み出してゆく。
 例えば山崎闇斎について。

 仏教は、時間を循環するものと考えるから、天地の始まりに興味をもたない。儒教も、文明世界の成立以後に関心を集中させるから、神話は論じない。(略)闇斎は天地の始原との合一に、本来あるべき自己の回復を読み込んだ。

 こうしたラジカルな時間観が、伊藤仁斎や荻生徂徠の徹底的な朱子学批判を育んでゆく。丸山真男は二人に近代的な思惟の誕生をみたが、著者はそのように性急には論を運ばない。仁斎と徂徠が古典(孔子・孟子)にどう向き合ったのかを問う。方法の自覚が近代思想の柱なら、それは古典それ自体の発見である、として、仁斎が、朱子の注解を徹底的に排除して、『論語』そのもの、孔子その人と直に向き合おうとした姿を描く。
 徂徠が、〈漢文が読めるとはどういうことか〉、漢文訓読法で外国語としての中国が(漢文)が正しく読めているのか、と問うて、やはり孔子や孟子の教えそのものへと遡及していった。
 本居宣長においては、古事記、萬葉集、源氏物語そのものの世界、「古」の人の心となることによって、「もののあはれ」を導き出した。
 対象とする古典は違えども、三人は同じベクトルを描いている。ルネサンスである。
 著者はこのことを、〈絶対の他者〉としての神々の発見、と呼ぶ。中国や朝鮮では起こり得なかった〈他者の誕生〉。やがて蘭学へと継承され、ついに〈ヨーロッパ〉という〈他者〉との衝撃的な出会いへと至る道程がダイナミックに描かれるのである。江戸の思想史はやはり自身の問題だ。
 新書体裁だが、中味は広くて深い。猛暑の夏に、「歴史」を想うのは避暑のひとつかもしれない。
    --「今週の本棚 辻原登 評 江戸の思想史--人物・方法・連環 田尻祐一郎(中公新書・840円)」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付。

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江戸の思想史―人物・方法・連環 (中公新書)Book江戸の思想史―人物・方法・連環 (中公新書)


著者:田尻 祐一郎

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どうかくれぐれも警戒を怠らず、諸君の思い、諸君のおこないの一つ一つが、自由の護持・享受であってください!

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 自由はいまこそ諸君のもとに還ってきました。自由がどれほど甘美なものか、どれほど望ましいものかは、それを失ってみてはじめてよくわかることです。多少の経験により自由の貴重さを身をもって知る諸君よ、いまこそ自由を享受してください。心たのしく、まじめに、謙虚に、平静に、享受してください。そして神に感謝をささげてください。これほどの贈り物をあたえてくださる神に。まことに神は、ご自身の聖なる都をいまだ忘れたまわず、世界統治の座に定められたこの都がこれ以上隷従状態にあるのを見るに忍びがたかったのです。
 ですから、雄々しくも強き人たちよ、いにしえの強き人たちの後継者たる人びとよ、自由とともにいま健全な精神も立ち返ったのであれば、諸君のひとりひとりが、身命を賭して自由を守る決意をかためてください。自由なき人生は一場の茶番にすぎないのです。かつての隷従をつねに眼前に思い浮かべてください。まことに、私の思い違いでなければ、いまや諸君にとっては生よりも自由がはるかにたいせつなはずです。ですから、もしそのいずれかを失わねばならぬとすれば、だれしもみな、隷従のうちに生きるよりは死ぬことを選ぶでしょう。ローマの血をいささかでも受けつぐ者ならなおさらです。釣針をのがれた魚は、水中にうごく何を見てもこわがるものです。狼の牙をまぬがれた羊は、遠くに灰色の犬の影を見かけてもおののき、鳥もちをのがれた小鳥は安全な木立にもおびえるものです。
 諸君もまた、いつわりの希望という好餌でさそう釣針によって包囲され、悪しき習慣の鳥もちや、餓狼の群れに取りかこまれているのです。どうかくれぐれも警戒を怠らず、諸君の思い、諸君のおこないの一つ一つが、自由の護持・享受であってください! 諸君の関心も努力もひたすら自由をめざし、各自の行為もすべて自由を目的とすべきです。それ以外のいかなる行為も、取り返しのつかない時間の空費、危険な錯誤とみなしてください。おそらく多年の週間により諸君が暴君どもにいだいた不当な敬愛の念、恥すべき親愛感の記憶、それらはことごとく諸君の胸底から消え去るがいい。どれも已むをえず傲慢な主人をあがめ、籠の小鳥も飼い主とたわむれるものですが、奴隷は可能となれば鎖を断ち切り、小鳥も出口が見つかれば喜々として飛び去るのです。
    --ペトラルカ「古代ローマ再生のために」、近藤恒一編訳『ペトラルカ ルネサンス書簡集』岩波文庫、170-172頁。

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十四世紀半ば。
《教皇のバビロン幽囚》によって教皇不在と貴族たちの悪政で腐敗しきったローマに、古代の栄光を再興し、「永遠の都」ローマを衷心にイタリアを統一することを夢見て登場したのが人文主義者にして政治家のひとりコーラ・ディ・リエンツォ(Cola di Rienzo,1313?~1354)。

スキピオ(Publius Cornelius Scipio Africanus Major,235-183 BC)のごとく民衆の前に登場しながらも、具体的な政治理念の欠如と果てしない自己顕示欲のため、自らの「コーラ革命」は失敗し、一度は手に取いれた「自由」は再び霧散してしまう……。

人文主義の父といわれる桂冠詩人ペトラルカ(Francesco Petrarca,1304-1374)は、コーラの意図と企てそのものはこれを高く評価したが、その行動面でのドンキホーテぶりを決して許すことが出来なかったという。革命の成功に気をよくしたコーラは次第に傲慢な芝居がかった態度を取り始め、僭主としてふるまいはじめ、かつては畏敬の念で向かい入れられた民衆自身によって断罪されてしまう……。

高圧的に自由を抑圧する形式にも辟易としますが、自由を手にしたにもかかわらず、自らの不手際で喪失してしまうことも事実。

昨今の暴風的な翼賛体制の成立をみるにつけて、「自由」をたらしめる不断の努力の必要性を痛感すると同時に、ペトラルカの冷静な筆致には驚くばかりです。


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芸術とは無用な美的なものであり、ほとんど犯罪に類するような反時代性を持った個人主義的無為徒食であると看做したくはありませんしネ

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 私はきびしい社会的行動主義を信奉している者ではありません。そういう主義に同調して、芸術とは無用な美的なものであり、ほとんど犯罪に類するような反時代性を持った個人主義的無為徒食であると看做したくはありません。シラーが「純粋な遊戯」を人間の最高の状態と賛美することができたような時代、つまり美的理想主義の時代が、まさに時代としてすでに過去のものであることは誰しも十分に心得ていますが、だからといって理想主義と軽薄とを同一視する行動主義をに同調しなければならないとは限りません。形式というものは、たとえそれがいかに遊びのように見えようとも、精神、すなわち人間をやはり社会的によりよきものへ導いてゆく案内者である精神と親近関係をがあり、芸術とは理想主義と社会主義との対立が解消される領域なのであります。
しかしながら、共同体生活管理にあっては、このような形での芸術の正当化が実際上無効になるような時が、瞬間あります。それは芸術家が内発的にこれ以上歩みつづけることができなくなる時期であります。なぜなら、もっと直接的な生活の困苦について考えることが芸術について考えることを押し退け、さらに一般大衆の危機的な苦境が芸術家をも震撼させて、遊びの情熱をもって永遠に人間的なるものに沈潜すること、つまり芸術と呼ばれているこの営為が、現実的には贅沢で懶惰であるという時代の刻印を押され、心的に不可能なことになってしまうからであります。
    --トーマス・マン(青木順三訳)「理性に訴える」、『講演集 ドイツとドイツ人 他五篇』岩波文庫、1990年、108ー109頁。

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第三帝国崩壊直後に行われたトーマス・マン(Paul Thomas Mann,1875-1955)の講演「ドイツとドイツ人」の引用出典を確認するついでに、その講演録に収録された「理性に訴える」を同じく読み直していた次第ですが、すこし驚き。

初見の記憶ではナチス政権成立後(1933年)の講演かと思いきや、3年前の1930年10月17日のそれでした(汗

1930年9月の選挙で大躍進した直後になるのですが、さすがマンの眼力さえていますねぇ。

ナチス・ドイツが成功した理由のひとつは、排他的民族主義の煽動がそのひとつですが、それ以上に効果があったものが、PTA的「正しいこと」を「連呼」したこと。

要するに「役に立たないような」芸術なんて糞食らえ!

……ってわけです。

7月から全面施行されたわけですが、規制対象となる表現内容に関しては僕は、虫酸が走るほど嫌悪の対象です。

しかし、それを法で整備することは、内面の自由を守る立場から納得もいかないところ。

……などと日々七転八倒しているところに、今度は7月に参院通過したPC監視法による初の検挙のニュース。

今回の事案は、本人が意図的に「ウイルス」を流出させての検挙のようですが……、いずれにしても、社会全体が「総規制化」していくようで……。

これからは暫く、暗い夜道をあるくような時代が続いていくのでしょうか……ねぇ。

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Bookドイツとドイツ人 (Daigakusyorin‐B〓cherei (Nr.779))


著者:加藤 真二,Thomas Mann

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自己の運命を自ら開拓し、世界人生の謎を自ら解決すべく、雄々しく現実にたちむかう「我」

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 こうして前七世紀から六世紀に及ぶギリシアの二百年は、実に顕著な矛盾的性格を示すのである。すなわち、それは一方に於いては清新な自由のパトスと奔湧する野心の情熱との灼熱的時代であるとともに、他方に於いては暗澹たる壊滅と動乱と絶望の瘴癘の気に充ちた時代であった。深い生の憂愁と、若々しい生の昂揚とが同じ時代の矛盾する両面をなして併存していた。そして現実が、かくもはなはだしい矛盾的性格を帯びて人に迫ったが故に、これに対処する人もまた、ますます現実主義的たらざるを得なかったのである。それは生死に関わる根本問題だからである。この矛盾多い現実を肯定するにせよ否定するにせよ、敢然としてそれに直面し、それを直視するのでなければ、人は生存の権利を抛棄するのほかない。かくて人は美しい音の夢をいさぎよく棄て、冷厳な心をもって冷厳な現実に向う。自己の運命を自ら開拓し、世界人生の謎を自ら解決すべく、雄々しく現実にたちむかう。しかしながら、現実の壁は粗硬であり、その障礙の前には人間の努力も往々にして稚戯に等しい。この苛酷な試練によって琢磨された人間が全身をもって現実と衝突するところに個性は目醒める。かくてここにはじめて明確な「我」の自覚が生じたのであった。
    --井筒俊彦『神秘哲学 第一部 自然神秘主義とギリシア』人文書院、1978年、73-74頁。

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思い出したかのように希代の天才・井筒俊彦先生の著作を最近、まとめて読み直している毎日です。

先生のイスラーム理解には少し足を入れすぎた部分や、中国仏教に関するそれにおいては、理解というよりも先生自身の哲学の開陳というきらいがありますが、そんなアレはどうでもいいと唸らせる広さと深さというものがあるんです。

さて……。

『神秘哲学』の第一部を読み直しながら、「ああ、そうだな」というところがありましたので抜き書きした次第。

すなわち、西洋哲学における「我」の問題とはデカルト(René Descartes,1596-1650)によって全てが代弁されてしまうのですが、その源流においてはそれだけではない発想があるということ。

「我」の自覚とは、対峙による「我」の「生成」とでもいえばいいでしょうか。

理性と言語にのみ準拠した「我」だけが全てでない。

いやはや……。

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神秘哲学―ギリシアの部Book神秘哲学―ギリシアの部


著者:井筒 俊彦

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「現実生活の上で国家的忠誠が決定的に優位に立ったのは、ようやく十九世紀以後」のこと

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 今日世界中において「ネーション」は忠誠市場における、たとえ独占体ではなくも、少なくとも寡占体として公認されている。しかし人類史の長い発展過程から見れば、これはきわめて新しい現象であって、人間の忠誠対象はむしろ宗教上の絶対者(またはその代理人および教理)に、圧倒的な比重で向けられて来たし、今日でも広汎な「発展途上地域」では依然としてそうである。世界史上で、政治的=俗的権力と宗教的=教会的勢力とは忠誠の争奪をめぐっていたるところではげしい葛藤をくりひろげて来た。国家という統治体(ボディ・ポリティック)のモデルを生み出したヨーロッパにおいて、国家と教会との関係がひとり思想史だけでなく、ひろく文化史や政治史を貫通する主要旋律をなして来たのは周知の事柄であり、しかも、現実生活の上で国家的忠誠が決定的に優位に立ったのは、ようやく十九世紀以後のことである。
    --丸山眞男『忠誠と反逆』筑摩書房、1992年、58-59頁。

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ふつー、人々は、忠誠の対象としての集団を、国家にのみ限定しがちですが、これは「昔からあった」ものではなく、近代において特殊に成立した出来事であることを踏まえておくことは必要でしょう。

忠誠の対象となる集団は、家族、党、企業、宗教(団体)などを考えることができますが、近代の国民国家の成立とは、究極の忠誠対象を国民国家共同体に一元化する過程であったといっても過言ではありません。

もちろん、国民国会以外の組織体が忠誠の対象であったような人びとは存在しましたし、いまなお存在します。しかし、基本的には忠誠とそれに対する見返りという駄化と調教の最も完成された世俗のシステムは国民国家であることは否定できません。

しかし、先に言及したとおり、これは国民国家が「神話」として提示するように「はるか昔からあった伝統」ではありません。

「現実生活の上で国家的忠誠が決定的に優位に立ったのは、ようやく十九世紀以後」のことにすぎません。

その間に創作された神話のみを判断材料として、その国民国家の伝統を「数千年の伝統」などと見てしまうことは、大きな落とし穴。


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忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相 (ちくま学芸文庫)Book忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相 (ちくま学芸文庫)


著者:丸山 眞男

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大学とは、常に現実政策に追随してチンドン屋を勤める事ではない

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 大学令第一条には大学の使命を規定して学術の蘊奥並にその応用を研究し、且つ教授すること、人格を陶冶すること、国家思想を涵養することの三つ挙げて居る。この中最も直接に大学の本質たるものは学問である。勿論学問の研究は実行家の実行を問題とし、殊に社会科学はそれ以外の対象をもたない。又、学問研究の結果を実行家の利用に供すること、個々の問題に就て参考意見を述べること等も固より妨げない。併し乍ら学問の本来の使命は実行家の実行に対する批判であり、常に現実政策に追随してチンドン屋を勤める事ではない。現在は具体的政策達成の為めに凡ゆる手段を動員して居る時世であるが、苟くも学問の権威、真理の権威がある限りは、実用と学問的の真実さは厳重に区別されなければならない。此処に大学なるものの本質があり、大学教授の任務があると確信する。大学令に『国家思想を涵養し』云々とある如く、国家を軽視することが帝国大学の朱子にかなはぬ事は勿論である。併し乍ら実行者の現実の政策が本来の国家の理想に適ふか否か見分得ぬ様な人間は大学教授ではない。大学に於て国家思想を涵養するといふのは学術的に涵養する事である。浅薄な俗流的な国家思想を排除して学問的な国家思想を養成することにある。時流によって動揺する如きものでなく真に学問の基礎の上に国家思想をよりねりかためて把握しなければならない。学問的真実さ、真理に忠実にして真理の為めには何者をも怖れぬ人格、而して学術的鍛錬を経た深い意味の国家思想、その様な頭の持主を教育するのが大学であると思ふ。
    --矢内原忠雄「終講の辞」、矢内原忠雄個人誌『通信』一九三七年一二月号終刊号。

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新渡戸稲造(1862-1933)の感化を受け、無教会主義の内村鑑三(1861-1930)の高弟のひとりとして知られるのが、戦後、東大総長を務めた矢内原忠雄(1893-1961)。

1937年、盧溝橋事件の直後、矢内原は『中央公論』に「国家の理想」と題する評論を寄せ、国家がその理想とする正義に反したときは、国民の中から批判が出てこなければならないことを主張して批判され、同じ年、個人的に発行していたキリスト教個人雑誌『通信』に掲載した南京大虐殺を糾弾する一文が不穏の言動として問題となり、その年末、追放される形で東京帝大経済学部教授の辞任を余儀なくされます。

その個人誌『通信』の最終号に掲載されているのが「終講の辞」。

同年12月2日午前10時。
初冬の陽光がかげる東京帝国大学法経第七番教室において、矢内原は三百人以上の学生、聴講者たちを前にして上のように語ったという。

大学は矢内原が指摘する通り、当然のこととして「実行家の実行を問題」にします。
しかしそれ以上に大切にするのは、実行そのもののメタ批判というところです。

「併し乍ら学問の本来の使命は実行家の実行に対する批判であり、常に現実政策に追随してチンドン屋を勤める事ではない。現在は具体的政策達成の為めに凡ゆる手段を動員して居る時世であるが、苟くも学問の権威、真理の権威がある限りは、実用と学問的の真実さは厳重に区別されなければならない。此処に大学なるものの本質があり、大学教授の任務があると確信する」。

矢内原は反国家主義的ということで大学から放逐されてしまうわけですが、「終講の辞」においても真理探求の学府としての大学“性”という観点から、どこまでも仮象にすぎない国家なるものを相対化していこうとしますが、ここに彼の偉大さと矜持というものをみてとることができるというものです。

戦後、締め付けていた箍というものは、外からの力によって外されるわけですが、そこからまた60年以上も経過するとしらずしらずのうちに、船底にはりつくフジツボのような矯正というものがまたつき始めてきた昨今かも知れません。


大学令の三項目に即しながら、大学の本質を滔々と述べ、静まりかえった教室内にすすり泣きが聞こえ始まった時、矢内原は次のように結びます。


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 私の望む処は、私が去った後で大学がファッショ化することを極力恐れる。大学が外部の外部の情勢に刺戟されて動くことはあり得ることであり、又、或る程度必要でもあらうが、流れのまにまに外部の動く通りに動くことを私は大学、殊に経済学部の為めに衷心恐れる。若しさういふことであるなら学問は当然滅びるであらう。内田外相は嘗て日本を焦土と化しても満州国を授けると演説したが、之を文字通りに取れば到底許されぬ事である。併し誰も之を文字通りに取る者はなく、ただ『極力』といふ意味を強く言ったのだといふ事を知って居る。現象の表面、言葉の表面を越えた処の学問的真実さ、人格的真実さ、かかる真実さを有つ学生を養成するのが大学の使命である。之が私の信念である。諸君は之を終生失ふことなくして、進んでいかれる事を望む。私は大学と研究室と仲間と学生とに別れて、外に出る。併し私自身はこの事を何とも思ってゐない。私は身体を滅して魂を滅すことの出来ない者を恐れない。私は誰をも恐れもしなければ、憎みも恨みもしない。但し身体ばかり太って魂の痩せた人間を軽蔑する。諸君はその様な人間にならない様に……
    --矢内原、前掲書。

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もちろん、現在の高等教育の環境が「ファッショ化」してきているなどというつもりはもちろんありませんが、大学が就職予備校化していくその現況を振り返るならば、社会の潮流を「批判」するのではなく、「常に現実政策に追随」しているという意味で矢内原の懸念した「チンドン屋」化しているのかもしれません。

「現象の表面、言葉の表面を越えた処の学問的真実さ、人格的真実さ、かかる真実さを有つ学生を養成するのが大学の使命」だとは思うのですけど……ねぇ。

まあ、あまりこういうことをいうとアレなワケですけど・・・(ちょぉ。

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「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」……といわれても

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 人間すべてに共通なものは、性質というようなものではなく、条件、即ち、限界と、制限の集りである。どうしても死なねばならぬとか、生きるためには働かねばならぬとか、既に他の人間達が住んでいる世界に後から存在せねばならぬとかいう必然性である。この条件が、結局、人間の根本的状況なのである。あるいは、すべての状況に共通の、抽象的性格の集まりといってもよい。
    --サルトル(安堂信也訳)『ユダヤ人』岩波新書、1956年。

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サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)は、その実存哲学を展開するにあたり現状認識として「状況」(シチュアシオン)を強調しますが、端的にそれを説明しているのが冒頭で引用した一節でしょうか。

たしかに、人間とは何かというものを有象無象とした「性質」にもとめるよりも、生きている人間の状況にそれを見出した方が共通点を使い見やすいわけですが、サルトルによれば、それは「既に他の人間達が住んでいる世界に後から存在せねばならぬとかいう必然性」という事実に尽きるでしょう。

たしかにその指摘を否定することはできません。

まさに「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」というわけです。

ただ同時に、それで全てが説明されるということには若干の違和感があります。未来への投企によってのみ、人間の充全性は描写しきれないといいますか……。
※逆に言えば、その対極に存在する、すべての行動規範ありきで、創造的活動が圧殺されるという日本の精神風土を称揚しようというわけではありませんので、念のため。

さて……。
三連休の最後の日。
なぜか、仕事が休みでしたし、来週は息子殿も細君の実家へ帰省するので、ひとつ「家族で出かけるか」などと想いつつ、天気も悪いし……ううむ・・・と頭を悩ませつつ、自宅にて学問の仕事をしていたわけですが、

ここはひとつ、近所の「おふろの王様」……まあ、スーパー銭湯のデラックス版?のようなところ……にでも行くかと家人に声をかけたところ、賛成多数にて夕刻、赴いた次第。
※ただ1500mほど地下を掘って、出水は自前。

さすがに祝日でしたので、芋の子を洗うような状況でしたが、それなりに堪能させて頂いた次第です。

しかし、この決断、投企というのは、「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」とサルトルが肩肘をはって強調するようなそれではないような気がするわけですがねぇ……、どうなんでしょうかw

まあ、風呂からあがって、かるく一献してしまいましたが……。


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【覚え書】「反射鏡 岡本太郎と原発と『途方もない生命力』 論説委員長 冠木雅夫」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付。

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反射鏡 「岡本太郎と原発と『途方もない生命力』」 論説委員長 冠木雅夫

 大震災から1カ月ほどして東京国立近代美術館で「生誕100年 岡本太郎展」を見た。あれほど有名なのに国立美術館で個展は初めてという。異端の作家ゆえだろう。会場に若い人が多いのに驚いた。1970年の大阪万博を実見した人は少ない様子。巨大な「太陽の塔」と「お祭り広場」の群衆の写真に「へえ、こんなふうに立ってたんだ」などという驚きの声が聞かれた。核爆発の瞬間を描いた「燃える人」や「明日の神話」(下絵)では原発事故を想起した人も多かったのではないか。
  ○
 その少し後、「明日の神話」の本体が原発事故と関連付けられる騒ぎに巻き込まれた。横30メートル、縦5・5メートルの巨大壁画である。「太陽の塔」と同時進行でメキシコで制作されたが長く行方不明だった。03年に発見され、08年から東京のJR渋谷駅と京王井の頭線を結ぶ連絡通路に設置されている。壁画には設置予定場所の関係で左右の下隅に細長い空白がある。その右下部に若手の芸術集団が爆発する原発建屋を描いた絵(縦約80センチ、横約2メートル)を付け足しのだ。3人が軽犯罪法違反(はり札)容疑で書類送検されている。
 原爆がさく裂する瞬間にバラバラにはじめる白骨。悲劇に直面しながら負けず対抗する人間の生命力が描かれる。岡本の秘書・養女敏子さん(05年没)は「画面全体が哄笑している」と解説した。人間の途方もない力を示そうとした絵である。
 原水爆をモチーフとしてきた岡本だが、原発を描いたものはないと聞く。だが岡本と原発とは不思議な因縁がある。例えば大阪万博である。
 岡本が「人類の進歩と調和」という基本テーマに「ノン!」を突きつけようとしたことは有名だ。それも企画の中枢に参画しながら。そして岡本の「太陽の塔」が万博の最大のシンボルになる。本人もよほど気に入ったのだろう。「ものすごい。これが自分の作ったものかとあきれるばかりのベラボウさだ」(本紙70年3月8日付)。
 発想の由来が面白い。回顧文「万国博に賭けたもの」によると、岡本は当初、テーマ展示プロデューサーの承諾を迷っていた。そんな次期に丹下謙三による「世界一の大屋根」をつり上げる広場の模型を見た。「こいつをボカン!と打ち破りたい衝動がむらむらわきおこる。優雅に収まっている大屋根の平面に、ベラボーなものを対決させる……屋根が三〇mなら、それを突き破ってのびる--70mの塔のイメージ」。「西欧的近代主義と(日本の)伝統主義」を同時に蹴飛ばそうとして原始の生命力に満ちた途方もない巨像を構想したのだろう。
  ○
 大阪万博は日本の原発にとって大きな意味があった。公式記録(第2巻)は「会場に供給された電力は原子力発電による……『人類の進歩と調和』をテーマにした万国博会場が、“原子の灯”で輝いた」と記している。開会式の3月14日に日本原子力発電の敦賀発電が営業運転入り、8月8日には関西電力の美浜も会場に試送電を始めた。東京電力福島第1の1号機も11月に初発電に成功、「原発元年」とでもいうべき年だった。
 同年には関電・高浜、中国電力・島根が着工、九電・玄海、中部電・浜岡、東北電・女川の設置許可が出た。6月には東電と東北電が青森県東通村に日本最大の玄力発電センター(2000万キロワット)の建設計画を公表。9月には日本原子力産業会議が昭和65(1990)年末の原子力発電設備容量を全体の42%にあたる1億2000万キロワットとする構想を発表した。石油ショック(73年)はまだ先だが、すでに原発増設は大車輪だった。
 一方、当時の世を揺るがしたのは公害問題だった。四日市の大気汚染、水俣病などが注目された。11月から「公害国会」が開かれ、翌年に環境庁(今の環境省)が設置される。71年版「公害白書」は反対運動で着工が遅れた火力発電が「昭和45年度に約400万キロワット程度」あるとして電力不足を懸念していた。火力発電の立地問題が原発増設の一つの大きな理由だった。
  ○
 15年前に死去した岡本の人気が復活している。敏子さんの尽力や生誕100年のさまざまなイベントによるところが大きい。だが何よりも岡本自身と作品の持つ力だ。それらが震災と津波、原発事故により深刻な事態となっている今と共振しているのだろう。岡本が作品で示したように人間にはベラボウな途方もない生命力があるはずだ。私たちにもこの難局を乗り切る力があることを信じたい。
    --「反射鏡 岡本太郎と原発と『途方もない生命力』 論説委員長 冠木雅夫」、『毎日新聞』2011年7月17日(日)付。

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【覚え書】の連投で恐縮ですが、岡本太郎(1911-1996)の「ベラボウな途方もない生命力」に関する議論も表層的ですが、1970年という年が現在の社会構造を深く規定する一年であたという事実をわすれないためにひとつ紹介しておきます。


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あれかこれかの議論よりも「科学的忠実」と「自己にある特殊性の認識」の緊張関係に立つこと

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 日本人は、哲学的国民ではないが、しかし科学的国民で、世界的に出来上つた公式には甚だ忠実であるが、それと自分自身の現実との対比、すなわち自己にある特殊性の認識に粗略であるから、その科学的忠実も徹底しないのである。更に他の特殊性の認識に熱心な日本人も多いのだが、それらの人々は不幸にも科学的忠実を欠いているために、その信ずる自分の特殊性が単なる主観的幻像に堕し易い。
    --長谷川如是閑「危機・不安の克服意識」、『経済往来』1935年3月。

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※これもツィッターのまとめですが、一応残しておくか。

「理論か現実か」という二者択一に陥りやすい当時の日本の知的状況を批判した長谷川如是閑(1875-1969)は、そうしたあれかこれかの議論よりも「科学的忠実」と「自己にある特殊性の認識」の緊張関係を重視しました。

長谷川の批判は、政治哲学宗教をはじめとする外来の西洋思想の皮相的な受容に対する批判であると同時に、伝統主義や日本主義といった特定の伝統的要素のみをとりあげそれを実体化する思考方法に対する批判ともなっております。

早い時期から日本の膨張主義を批判すると同時に、外来文化の受容の軽薄さと特殊性への居直りの両者を撃った議論のリアリティは今なお制裁を失っておりません。

この絶妙かつ強(したた)かな長谷川の現実感覚。
今の時代だからこそ心に留めおきたいものです。


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【覚え書】「こんな光景があった! パンを食べる人が急増」、『毎日新聞』2011年7月16日(土)付。

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こんな光景があった! パンを食べる人が急増 長山靖生 
 民衆が「パンがない」と騒いでいると聞いて、「パンがなければ、ケーキを食べてればいいでしょう」といったのはマリー・アントワネットだったが、米騒動は日本人の食生活を揺さぶるものとなった。
 外国米の輸入はもちろんのこと、蕎麦やうどん、そしてパンなど米以外の食品を主食とすることが検討された。もっとも、蕎麦の価格も高騰しており、かえって高く付いた。飛躍的に増えたのはパン食だった。
 当時、東京の労働者のほとんどは、昼食には弁当を持参していたが、独身労働者の多くは仕出し弁当を利用していた。その金額は一食当たり十銭から十二銭が通り相場だったが、米価の高騰で十五銭以上に跳ね上がった。そこで弁当の代わりにパンを食べる人が急増したのだ。大正後期にパン食が増えたのはモダンライフを楽しむためではなくて、水田に適さない土地でも収穫できる麦を原料にしたパンのほうが、安かったためだった。
 また、代用食品・安い食材の研究も盛んに行われた。旧制女子専門学校などの教育機関では、「三食五銭の副食研究」や「外米美味調理法」といった生活防衛術が講義されていたが、手間がかかって実用的ではないものが多かったらしい。
 それでも、東京市の田尻稲次郎市長も、豆飯の試食会を開くなどして、安価生活の普及に努力。横光利一「紋章」のモデルとなった発明家の長山正太郎は、米を使わず、バナナの皮を主原料とする酒を考案した。(ながやま・やすお=評論家)
    --「こんな光景があった! パンを食べる人が急増」、『毎日新聞』2011年7月16日(土)付。

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大正時代の米騒動が契機となってパン食が急増したとは……知りませんでした。

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法を設けて人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり。これを御恩と言うべからず

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 そもそも御国恩とは何事を指すや。百姓町人らが安穏に家業を営み盗賊ひとごろしの心配もなくして渡世するを、政府の御恩と言うことなるべし。固よりかく安穏に渡世するは政府の法あるがためなれど、法を設けて人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり。これを御恩と言うべからず。政府もし人民に対しその保護をもって御恩とせば、百姓町人は政府に対しその年貢運上をもって御恩と言わん。政府もし人民の公事訴訟をもって御上の御厄介と言わば、人民もまた言うべし、十俵作り出したる米の内より五俵の年貢を取らるるは百姓のために大なる御厄介なりと。いわゆる売言葉に買言葉にて、はてしもあらず。兎に角に等しく恩のあるものならば、一方より礼を欠いて一方より礼を言わざるの理はなかるべし。
    --福沢諭吉『学問のすゝめ』岩波文庫、1978年、24-25頁。

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「お上」ってそんなにありがたいものか……徹底的にその問題性を痛罵したのは福沢諭吉(1835-1901)。

そしてその返す刀で、「お上には逆らえない」とそれをありがたがる封建的奴隷根性を同時に撃った。

「人民を保護するは当然の職分」。

まったくもってきちんとやってくれません。

こんなものに「逆らえない」という奴隷根性は、もう終わりにしないと(涙

福沢の指摘からすでに百年以上が経過しているんですよ!!!


余談ですが、写真の「天もり」はJR国分寺駅北口の立ち食い以上○○庵未満の「蕎麦 だいごろう」の一品。480円なり。

ただ驚く勿れ。

つくりおきしたものではなく注文してから茹で、天ぷらも揚げてくれる。

……こういう本格派のおつとめがしたいものですね。


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学問のすゝめ (岩波文庫)Book学問のすゝめ (岩波文庫)

著者:福沢 諭吉
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人間の喪失、人間的世界の喪失という深淵におちいるか、いいかえれば、結果として人間的現存在一般の停止を選ぶか--それとも

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 人間の喪失、人間的世界の喪失という深淵におちいるか、いいかえれば、結果として人間的現存在一般の停止を選ぶか--それとも、本来的人間への自己変化によって、また与見されえない本来的人間への機会によって、飛躍をなしとげるか、いずれかを選ばなければならない。
    --ヤスパース(松浪信三郎訳)『哲学の学校』河出書房新社、1966年。

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私一人ぐらいが何をやっても変わらない……って発想が有るかぎり、何も変わらないということでしょうか。

それをすることによって当座として目に見える変革が一挙に立ち上がるわけでないことは承知ですが、自分自身の身近な行動と連帯によってこそ、時代は大きく転換すると思うのですけれどもネ。

「関係ねぇや」っていう無関心と、「どうでもいいや」って開き直りのあきらめを廃しないかない限り、希望というものは形にはならないと思うのですけどネ、なにしろ希望とは、強い意志の力、精神の力によってはじめて担保されるものですから。


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しかし、「自分が正しい」と思うことの責任説明は丁寧にやる、そしてその実践的運動においても「みぐるしくない」ことを実践するのは一つの責任だと思う

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ツイッターでの連投のまとめで恐縮ですが……、一応、のせておくかw
酔っぱらいの戯れ言です(キリッ

「マジメ」であることを決して否定しようとは思わないのですが、「マジメ」であるということは、結局他律的な物差しにおいて測られる価値にしかすぎないから、それは、たぶん、相手に対する配慮になるのではなく、自己がどう規定されるかというところにおちつくのかなあと思ったりします。

くどいけれども、それを否定しようと言うわけではないんですよ。ただ、その人の自己規定が「マジメである」という一つの水準器におちつくならば、そこには他者論が全く出てこなるという話。人間は一人でいきているわけではないし、様々な矛盾に拘束されていきています。

そこを踏まえて、「マジメである」ってところを深く認識しない限り、それは他者への想像力を欠いた、そして注意力を欠いた自己同一性を優先させる……「僕は無罪ですよ」式の排他的暴力に他ならないんだと思うんですよね。

正論を吐く、模範解答を提示することは簡単です。ですが、それを納得させるためには、その人自身がその人に関わる他者に、どのような言葉、態度、物腰で向かい合うのかという極限まで逡巡・熟慮・決断という過程があわさったものでなければならないはずなんです。それを省略したんじゃ伝わらない。

意固地になって「お前らアホか」って開きなおるようなことはしたくないんですよ、かっこわるいし。であるならば、一度は理解されなくても、理解してもらうまでの挑戦をしていかない限り、その二律背反というのは永遠に続いていってしまうのかな~ってところなんですね。

20世紀の悲劇は、一部の狂信的独裁者の独断にと「還元」される向きがあります(そしてそれは否定しません)。しかし、莫大に加速させたのは想像力と配慮を欠いたエリートと「考えること」をするーした「無辜」の市民なんです(アレント)。

確かにそれは問題だろーって指摘した人は少なからず存在しましたが、正論としての模範解答を強要しただけでオワッタ。結果、受けいれられることなくオワッタ。そうではない選択肢、言い換えるならば勇気ある挑戦を僕はしたいと思う。

ぼくは、なにかよくしようという運動だとか、「ぼくはまじめな青年です」(キリッっていうのを揶揄しようとは決して思いません。しかし、「自分が正しい」と思うことの責任説明は丁寧にやる、そしてその実践的運動においても「みぐるしくない」ことを実践するのは一つの責任だと思う。以上。


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覚え書 道徳的なものの範囲(ニーチェ)

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 道徳的なものの範囲。--われわれは、われわれめいめいの誠実と正義の程度に応じてやった一切の古い経験の助けをかりて、たちどころに、新しい表象像を組み立てる。感覚知覚の領域にあってさえも道徳的体験とは別ものの体験などは全く存在しない。
    --ニーチェ(信太正三訳)『悦ばしき知識 ニーチェ全集8』ちくま学芸文庫、1993年、209頁。

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ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)Bookニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)


著者:フリードリッヒ ニーチェ

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絶対的正義の主張は、血と涙に濡れた無用の犠牲を生む

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 絶対的正義の理念は幻想であり、存在するのは利益・利益衝突・闘争や妥協によるその解決のみである。合理性の領域に存在するのは正義でなく平和である。しかしたんなる妥協・たんなる平和に尽きない正義への希求・憧憬、高次の、至高の、絶対的な価値への信仰は、合理的思惟が動揺させるるにはあまりにも強力な物であり、それを覆すことがおよそ不可能であることは歴史の示すところである。この信仰が幻想であるとすれば、幻想は現実より強いのである。多くの人間、否全人類にとって、問題解決とは問題の概念的・言語的・理性的解決ではないからである。かくて人類はおそらく未来永劫ソフィストの解答に満足せず、プラトンの辿った道を、血と涙に濡れつつも、辿り続けるであろう。この道こそ宗教への道である。
    --ハンス・ケルゼン(長尾龍一訳)『神と国家』有斐閣、1971年。

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 政治上の「正義」「理想主義」について思いを巡らすと、常に思い浮かぶのは、全体主義の脅威から民主主義を擁護し抜いたオーストリアの方哲学者ハンス・ケルゼン(Hans Kelsen,1881-1973)の警告です。

第三帝国の猛威をモロに経験しただけに、ケルゼンのイデオロギー批判、宗教批判は過激になることは承知で、もちろんそれを全公定することに与するわけではありませんが、その批判したくなる消息だけは理解できるような気はします。

宗教的言語における「義戦論」や「ジハード」など、絶対的正義の主張、固執は、実におびたたじしい「血と涙に濡れた」無用な犠牲を生んでしまうからです。宗教にかぎらず、特に20世紀は、排他的かつ狂信的なイデオロギーによって屍の山を積み上げてきただけに、「絶対的正義」なるものには懐疑的になり、眉に唾をつけたくなってしまいます。

しかし、同時に、ケルゼンも認めているように、正義によって立ち正義に生きることに生き甲斐の根拠を求めざるを得ないのも、人間という生き物の属性かもしれません。

さて、正義という天秤を中央においた場合、その両極に位置するのが、(暫定概念としての)善と悪という問題になるでしょう。
※暫定概念としたのは、伝統的な価値論においては、善は相対的概念ではないから、そう表現したわけですが、それはひとまず措く。

理想主義が愛国無罪の玉砕主義に暴走せず、そして同時に現実に籠絡されてしまうのでもない道を選択するためには何が必要なのでしょうかねぇ。

やはり、それが「天秤」にフラフラ揺れる「仮象」でしかないという認識をどこかに持ち合わせていないと、「血と涙に濡れた」無用な犠牲を生み出してしまうのではないでしょうか……ねぇ。

そのためには、現実に即して、理念をみる。理念に即して現実をみるという絶妙なバランス感覚が不可欠です。だからこそ、優れた現実感覚、人間への尊厳の感覚を失わないように自戒しつつ、考え行動し、行動しつつ考える必要があるのかもしれませんね。


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善意の努力を完成してくれるであろうと希望しながら生きる

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 道徳的な神の民を建設するということは、それゆえ、その実施が人間にではなく、神そのものにのみ期待されうる業である。だがそれだからと言って、人間はこの仕事に関して何もしないでよいとされはしないし、また各人はただ自らの道徳的な私事だけに専念すればよいので、人類の出来事全体は(その道徳的規定に関して)ある一段と高い知恵に委ねておけばよいといった具合に、摂理に任せきりでよいとされもしない。人間はむしろ一切が彼にかかっているかのように振舞わなければならない。そして彼はこの条件の下でのみ、一段と高い知恵が彼の善意の努力を完成してくれるであろうと希望してよいのである。
    --カント(飯島宗享・宇都宮芳明訳)「単なる理性の限界内における宗教」、『カント全集 第九巻』理想社、1974年、143頁。

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哲学を学ぶと言うことは、機能主義的に「おれはコレができるゼ」(キリッ……だとか、ドグマちっくに「これしかないんだよ」(ゴルァ……だとかという態度とは無縁の「境地」にでも似たものがあるのじゃないかと思います。

今日は、授業でその辺を少しお話させて頂いた次第ですが、その意味では、少し一方的にこちらが話し込んでしまった⇒演説してしまったわけで、履修者の皆様申し訳御座いませんでした。

ただ熱心に聞いてくださっていたようであり(リアクションペーパーなんかを見ると)、少しくさび?を打ち込むことあできたのではないかと思います。

哲学とは、実際のところ、「おれはコレができるゼ」(キリッって式に就活に直接役立つわけでもアリマセンし、その人の生きる確信として「これしかないんだよ」(ゴルァというのともちがう、ある意味では「慎ましく生きる」流儀なのではないかということです。

この世の中をどのように見て、そしてどのように関わっていくのか……ということに関して、「人間はこの仕事に関して何もしないでよいとされはしない」わけですが、だからといって「各人はただ自らの道徳的な私事だけに専念すればよいので、人類の出来事全体は(その道徳的規定に関して)ある一段と高い知恵に委ねておけばよいといった」お任せでもありません。

そのなかで、流れず・流されず、押さず・押し出さず「佇んで」歩む……。

そこでしょうか。

「人間はむしろ一切が彼にかかっているかのように振舞わなければならない。そして彼はこの条件の下でのみ、一段と高い知恵が彼の善意の努力を完成してくれるであろうと希望してよいのである」。

カント(Immanuel Kant,1724-1804)が「理性の限界内の宗教」の末尾を「希望してよいのである」と結びますが、あてにするのでもなく・放置するのでもなく、たんたんと歩み続けてゆく「慎ましさ」としての「希望」……ここがおそらく人間が生きていくうえで一番大事なんじゃないかと思うんですが……。

ともあれ、今日は非常糞暑い一日でした。

熱血?教室の後は、少しひとりで暑気払い。

しかし、希望とは夢想でも確信でもなく、そこへ自らが到達していくという深い決意にも似た慎ましさがあるんだろうと思うのですけれどもねぇ~。

どうなんだろw

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宗教と迷信との間の主なる相違は、迷信は無智を基礎とし、宗教は智慧を基礎とする点にあるということ

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書簡七十三 スピノザからオルデンブルクへ
書簡七十一への返事

 次に奇蹟に関して申せば、私は反対に、神の啓示の確実性はその教説の智慧の上にのみ築かれ得るのであって、奇蹟即ち無智の上には築かれ得ないと確信します。これは私が、神学・政治論の第六章で奇蹟を論じた際に十分詳細に示したところであります。ここに私の尚付言したい一事は、私の考えによれば、宗教と迷信との間の主なる相違は、迷信は無智を基礎とし、宗教は智慧を基礎とする点にあるということです。そして、キリスト教徒たちが他の人々と彼らの信仰や隣人愛によって区別されず、また聖霊その他の果実(フルクタス)によっても区別されず、ただ彼らの意見によって区別されるにすぎないというのも、キリスト教徒たちは、すべての人々と同様奇蹟にのみ、即ちすべての悪の源泉である無智にのみ頼り、このようにして彼らの信仰(それが本来は真なるものであっても)を迷信に変えているからだと思います。しかしこの弊風に対して適当な対策を施すことを王たちが許すかどうかは、私の甚だ疑問とするところであります。
    --畠中尚志訳『スピノザ往復書簡集』岩波文庫、1958年、325-326頁。

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スピノザ(Baruch De Spinoza,1632-1677)の宗教思想は、哲学的側面から見るならば汎神論、神学的スタンツから見るならば理神論の立場として分類されていることは論をまちません。

後者について少し見てみると、近代市民社会の誕生以降、啓蒙主義の影響をうけた理神論が彼の死後、生成展開していくわけですが、その特徴を読みとるならば、宗教の普遍性(神の存在等々)に関しては認めるけれども、様々な宗教のもつ独自性(ユニークネス)なところを少々等閑視してしまうという考えであったと思います。

この場合、例えば、イエス・キリストの出来事なんかはスルーされてしまい、これが過度になった場合、(良かれ悪しかれですが)その還元できない歴史を積み重ねてきたそれぞれの宗教のユニークさを、作業仮説としての「神」概念だけで片づけてしまう議論へ傾いてしまうことになってしまいます。

それがもっと激しくなると、抽象化の極みとして登場する、フランス革命後の「最高存在の祭典」みたいになってしまう訳で、そうすると信仰、宗教という次元とまた別のものになってしまいます。


ただし……

だから、スピノザは、ユダヤ教会から破門されたわけだし……などと早計はしたくないんです。

スピノザの議論が後の展開で変容してしまうことは確かですが、「私の考えによれば、宗教と迷信との間の主なる相違は、迷信は無智を基礎とし、宗教は智慧を基礎とする点にあるということです」というスピノザの教説は、ドグマのもつ暴力から自由に議論しなければならない、そして諸宗教間の殴り合いではなく対話が必要なんだという、命がけの取り組みのなかから出てきたという点をふまえることが必要なんだと思います。

たしかにスピノザの発想には、伝統的な神学や教会なるものからすれば、異端的な議論、作業仮説的なきらいがあることは確かです。

しかし、無反省な伝統的なもののもつ暴力から「いったん」自由になって、もういちど自分で精査する、そして相手と向かい合っていくことは大切だと思います。

スピノザ自身が生活を追われながら、血と汗をながし、そのなかで紡ぎ出した議論ということはふまえないと、単なる「理神論orz」ってしてしまうのはまずいのではないか……ってところなんですよね。

そのへんをふまえたうえで、「私の考えによれば、宗教と迷信との間の主なる相違は、迷信は無智を基礎とし、宗教は智慧を基礎とする点にあるということです」という言葉をもう一度現代の問題として考察していく。

これは僕自身の一つの課題かも知れません。


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「政治的生活は、人間の共同生活の唯一の形態ではない」という沃野のあたりで

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 プラトンが、「汝自身を知れ」というマキシムを、全く新しい意味に解釈したときは、ギリシャ文化およびギリシャ思想の転回点であった。この解釈は、ソクラテス以前の思想には見られなかったのみでなく、ソクラテスの方法の限界を、はるかに超えた問題を導入したのである。デルフォイの神の要求に従うために、また、己を検討し、己を知る宗教的義務を遂行するために、ソクラテスは、個別的人間に接近したのであった。プラトンは、ソクラテスの探究方法の限界認識した。問題を解くためにはもっと広いプランに投影しなければならない、と彼は断言した。我々が個人的経験中に遭遇する現象は、極めてさまざまであり、はなはだ複雑で矛盾したものであるから、これを解きほごすことは、なかなかできない。人間は、その個人的生活の中で研究すべきものでなく、政治的および社会的生活の中で、研究しなければならない。プラトンによると、人間性は困難なテキストのようなものであって、その意味は、哲学によって解明されるべきものである。しかし、我々の個人的経験の中では、このテキストは、判読できるほど極く微細な文字でかかれている。哲学の最初の任務は、これらの文字を拡大することでなくてはならない。哲学は、それが国家の理論を展開しないうちは、人間に関する満足な理解を与えることはできない。人間の性質は、国家の性質中では、大文字で書かれている。この場合には、テキストの、隠された意味が、突如姿を現わし、不明瞭、不鮮明と思われたものが、明瞭となり、読むことができるようになる。
 しかし、政治的生活は、人間の共同生活の唯一の形態ではない。人類の歴史において、現在の形のような国家は、文明化が、ある程度進んでから後で生まれたものである。人間は、このような形態の社会組織を発見するよりも、はるか前から、その感情、願望、および思想を組織しようとする、別の試みを行っていたのであった。このような組織化および体系化は、言語、神話、宗教、および芸術の中にみられる。もし人間の理論を発展させようと考えるならば、我々はこのように広い基礎を取り上げなければならない。国家は、どんなに重要だとしても、すべてではない。それは、人間の他のすべての活動を表現することもできず、また吸収しつくすこともできない。たしかに、これらの人間的活動は、歴史的発展中において、国家の発展と密接に結びついており、多くの点で、政治的生活の形式に依存している。しかし、これらの諸活動は、なるほど歴史的に孤立して存在しているものではないけれども、それぞれの目的と価値をもっているのである。
    --カッシーラー(宮崎音弥訳)『人間 シンボルを操るもの』岩波文庫、1997年、142-143頁。

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政治的な主張とかイズムによってその人間がどういう人間なのかを判断することはたやすいし、男性の場合「天下国家」を論ずることが多いので、そうならざるを得ない現実を否定することは困難ですが、それでもなお、「政治的生活」の弁舌によってのみその人間を判断することは不可能です。

なにしろ「政治的生活は、人間の共同生活の唯一の形態」ではありませんし、多様な現実のなかでそのつどつどの選択を政治的局面以外においてなしながら生きておりますから、そのへんの文脈を把握することは必要でしょう。

しかしそのことをもってして、政治的な主張とかイズムという言説をするーしていいわけでもないことはいうまでもありませんので、念のため。

しかしそれでもなお、もういちだん深く考えなければいけないのは、政治的生活とそれ以外の部分、そしてまた逆にそれ以外の部分と政治的生活における言説の密接な関係を顧慮しながら、トータルに考えていくこと……。

それが必要なのじゃないのかな……などと思うことがここ最近よくあります。

たしかに、「こうしたほうがいい」「いやいやこうすべきだ」という大声や相手を罵倒する声を耳にしますけれども、その人間の全体性からかけ離れたところで、先鋭化した「言説」として、まるで金太郎飴のような模範解答のような言い方のみが流通している事態には当惑するんです。

その人間が生きている生活空間から、どのようにそれを導き出したのかが(そしてそのまた逆もしかりなのですが)大事だと思うのですけれども……ねぇ。

政治的な枠内だけで議論をすすめると、結局のところは、いいように落ち着いてしまう……というのがパワーゲームの落とし穴。

歴史を振り返ってみればその証左だらけw

きがつくと集合離散で「ほんとうはこうなのじゃないのか」って議論が置いて行かれる……。

人間はその落とし穴に何度も陥り、あきらめたり・自暴自棄になったりするわけですから、その枠組みをささえるメタとしての生活空間から相即的にトータルに見直していくという視座が不可欠なんです。

たしかに僕たちの生活は「国家の発展と密接に結びついており、多くの点で、政治的生活の形式に依存している」ことは確かです。しかしながらそれ以上に広大な生活世界を保持し、その「諸活動は、なるほど歴史的に孤立して存在しているものではないけれども、それぞれの目的と価値をもっているのである」わけですから、どのように関係しているのか、顧慮しながら動いていかない限り、同じ事を何度も繰り返してしまう……そこが恐ろしいわけです。

文脈が違うかもしれませんが、あらゆる文脈を相即的に捉えようとした「相関性の神学」といってよいティリッヒ(Paul Johannes Tillich,1886-1965)を敬愛するのもこのゆえんでしょうかw

バルト(Karl Barth,1886-1968)的峻厳さを高く憧憬することもありますが、まず出発点の基盤としては、ティリッヒ的全体をつないでいくまなざしというのは大事だと思いますよ。

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・杉並区編「荻窪ワイン食堂 おかげさん2」

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 むかし、芝居の仕事をしていたころ、新国劇の島田正吾と名古屋の鮨屋で酒をのんだとき、島田が、
 「あんたを一度でいいから、前後不覚に酔わせてみたいな。ほんとにこの人ときたら、ぐでんぐでんに酔っぱらうことがないんだから、つまらない」
 と、いったことがある。
 たしかに、そのとおりだ。
 もっとも、私の酒が強いのではない。
 強くはないが、酒がなくては一日もいられぬ男であることはたしかだ。
 むろん、酒をのめば酔う。酔えば、ほがらかになる。おしゃべりになる。そこまでなのである。島田は、その先の私が見たかったらしい。
 その先まで突きすすむことができないのは、やはり亡父の酒を知っているからだろう。
    --池波正太郎「酒」、『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和五十九年、188頁。

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なかなか忙しくて紹介できていなかったのですが、わすれないうちにということで、先月(6月)の中旬、大学の先輩が御馳走してくれた隠れ家のような銘店をひとつ紹介しておきます。

JR中央線荻窪駅南口、まっすぐ南口仲通りを降ること5分ぐらいでしょうか。

そこにあるのが「荻窪ワイン食堂 おかげさん2」でございます。

日本のありとあらゆる「食」を“窮め尽くした”といってよい美食家の先輩のさそいで、小雨の降るその日、2軒目に訪れたのがここ。

とにかくワインをリーズナブルに、新鮮な肴でもてなしてくれる「ワイン食堂」です。

すでに「食べる」系はすませておじゃまさせていただいたので、「がっつりメニュー」は控えたわけですが、それでも冷菜、オードブル系のメニューをつまみながら、闊達な語らいができる「隠れ家」的な、きどらないいいお店ですね。

その日は……

辛口白ワイン「エゴット」ではじめて……、

冷菜盛り合わせ。

パテドカンパーニュ。

いっしょに参加したもうひとりの先輩がワインを飲み慣れていないので、後は、ハイボール。

錫の器で用意してくれるのがいいですね。

ほんとうにちいさな「ワイン食堂」です。15人も入れば一杯でしょうかw

しかしながら、だしてくれる一品一品、選び抜かれたワインを……

「え! この価格でいいの?」

……って誰何しそうなるお店です。

また店長さんも気さくでありながら、心配りも秀逸で、お客様を大切にしようとする心と所作に感動できることも請け合いです。

近くへお立ち寄りの際は、是非www

※デジカメではなく携帯フォトですいません

■ 荻窪ワイン食堂 おかげさん2
〒167-0051 東京都杉並区荻窪5-7-10
twitter @okagesan2
年中無休
平日・祝前日:18-27時
土曜    :17-27時
日曜日   :16-22時
※ラストオーダー1時間前。

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日曜日の万年筆 (新潮文庫)Book日曜日の万年筆 (新潮文庫)


著者:池波 正太郎

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個々人が(銘々別々に)本質的に情熱をもって一つのイデーに関係し、それから一致団結してその同じように一つのイデーに本質的に関係する、ということ

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個々人が(銘々別々に)本質的に情熱をもって一つのイデーに関係し、それから一致団結してその同じように一つのイデーに本質的に関係する場合、その関係は完全であり正常である。その関係は、個人個人で別々である(各人は自分の自己をそれぞれ独立にもっている)が、イデーから見ると、一つに結びあっているのである。本質的に内面に向かっておれば、人と人との間にはしとやかな慎み深さがあり、これが野蛮なあつかましさをさえぎる。イデーに対して一致団結して関係をもてば精神が高揚し、背しんが高揚するとそれがまた全体のために個人個人の些事を忘れさせる。こうして個々人は動物が群棲するような意味ではお互いに接近し過ぎることが全くなくなる。それは彼らがイデーに基づく距離を保って団結していればこそなのである。べつべつに離れたものが団結するのは、うまく編成されたオーケストラの完全な音楽である。これに反して、個々人がただ一塊となって(したがって個人個人が内面的に分離していないで)イデーに関係するにすぎない場合には、横暴、放縦、放埓な振舞が生ずることになる。しかし、一塊となっている個々人にイデーというものがなく、また個人個人がべつべつに本質的に内面に向かっていない場合、そのとき野蛮が生まれるのである。天体の調和は、星辰の一つ一つが自分自身と全体とに関係している統一性である。この二つの関係の一つが取り去られると、混沌となる。個々人の世界においては、この関係のただ一つだけが構成要素なのではない。だから二つの形式が存在している。自分自身とに対する関係が取り去られると、イデーに対して群衆は暴動のような関係をもつことになる。しかしまたこのイデーに対する関係が取り去られると、そこに野蛮が生ずる。そこで個々人は、むやみやたらに外に向かって、お互いに押し合いへし合いもみ合うことになる。そこにはお互いに礼儀正しく離れ合う内面性の慎み深さがないからである。そこで、何の役にも立たない動揺また動揺となる。誰ひとり銘々自分で何かを持つこともなく、またみんなが団結して何かを所有するということもない。そこで彼らはむかっ腹を立て、口争いをすることになる。
    --キルケゴール(桝田啓三郎訳)『現代の批評』岩波文庫、1981年、12ー13頁。

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ちょっと別件……現代という時代が情熱喪失の変わりに小賢しい「分別」を振り回すことになって行動を躊躇する時代(=「行動するにいたらなかった」時代)という批判(1)……にて、キルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard,1813-1855)の『現代の批評』を再読していたのですが、冒頭でその論旨と直接には関係はなくはないのですが、ひとびとが「共同する」「共闘する」「手を結んで立ちむかう」“集団のあり方”について言及があったので少し抜き書きしておきます。

「個々人が(銘々別々に)本質的に情熱をもって一つのイデーに関係し、それから一致団結してその同じように一つのイデーに本質的に関係する場合、その関係は完全であり正常である。その関係は、個人個人で別々である(各人は自分の自己をそれぞれ独立にもっている)が、イデーから見ると、一つに結びあっているのである」。

団結ありきではなく、個々人が銘々別々でありながら、そのイデーなどに対して本質的に納得して、情熱をもって関係していく中で、その集合というのが「美しく」機能的に動き出すものなのかも知れませんね。

エクレシア (ἐκκλησία)、和合僧団としてのサンガ(संघ saMgha)のひとつの現代的展開を考えるうえで、示唆に富んだ一文と思われます。

さて……。
今日は休みでしたが病院の検診で一日が終わってしまいました。
少し早いですがテキトーに呑んで墜ちようと思います。

(1)「現代は本質的に分別の時代、反省の時代、情熱のない時代であり、束の間の感激にぱっと燃えあがっても、やがて小賢しく無感動の状態におさまってしまうといった時代である」。キルケゴール、前掲書、23頁。


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愛はまことに家庭から始まります。私たちは、ことばでではなく、行動で、生活のなかで分かちあい、与えながらお互いを愛さねなければなりません

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 人間というものは神が、神の形に似せてより大きなもの、つまり、愛し、愛されるために創られたわけです。その愛を破壊し、そして人間という命を破壊するということは、それがなんであれまちがったことであり、罪なのです。
 それがたとえ核兵器であれ、あるいはまだ生まれ出てない子どもを殺してしまう中絶という形を取るにせよ、いずれにしてもその内容は同じで、どちらも愛を殺す、愛を破壊するということにほかなりません。
 そして、愛はまことに家庭から始まります。私たちは、ことばでではなく、行動で、生活のなかで分かちあい、与えながらお互いを愛さねなければなりません。持っている物が少なければ少ないほど私たちはより多く愛を人に与えることができますし、逆に持っているもの、多ければ多いほど、人に与えなくなってしまうものです。
 核もまたしかりです。核があるからこそ、諸国間に恐れと不信が生まれています。これはこの世界における神の美しい存在を破壊してしまう新たな武器なのですから。そしてこの不信と恐れは、すなわち平和を殺すこと、愛を殺すことです。
    --マザー・テレサ(鳥飼久美子訳)「マザー・テレサと愛を語ろう」、『生命あるすべてのものに』講談社現代新書、1982年、159ー160頁。

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ゴールデン・ウィークに、ゴーヤ(にがうり)の苗を植えたのですが、7月にもなると立派に成長したものです。

ここ数年、ゴーヤを育てておりますが、緑のカーテンとしての需要、果実としての需要のほかに、やはり息子殿に、生命を育てる・育むというものを、日常生活を通して学んでほしいということもあって、このあたりのことは丁寧に取り組んでおります。

朝晩、水をたっぷりと与え、緑がどんどん広がっていきます。

わが家では、熱帯魚・金魚の類、十姉妹閣下、ジャンガリアン・ハム子殿、カブトムシなど様々な生命とともに生活を営んでおりますが、植物には植物の良さといいますか、成長といいますか栄枯盛衰というものをまた違う側面から教えてくれるものですので、その季節、季節にあわせて、「生命」が「育つ」という側面を、息子殿と一緒に学ぶようにしております。

昨夕、ふと水やりでその緑に向かうと、そろそろ実がなりはじめたようです。

マザー・テレサ(Mother Teresa/Agnesë Gonxhe Bojaxhiu,1910-1997)曰く「愛はまことに家庭から始まります。私たちは、ことばでではなく、行動で、生活のなかで分かちあい、与えながらお互いを愛さねなければなりません」とのこと。

些細なことかも知れませんが、家庭における2分、3分の出来事かもしれませんが、こうした側面は大切にしたいと思う次第です。

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・八王子市編「しぞ~かおでん ハナクラ」

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 老悪魔は、こうして梯子を下へころげ落ちると、おそろしい勢いで地面へ頭をつっこんだ。そこでイワンは、かれがどれくらいたくさんの仕事をしたかを見るために、そばへ寄ろうとした、--と、ふいに地面が裂けて、老悪魔はその中へ落ち込んでしまい、あとにはただひとつ、ぽつんと穴が残っただけであった。
 イワンは頭を掻いた。
 「おのれまた」と彼は言った。「なんという穢らわしい奴だ! またあいつだったのだ! あの小悪魔どものおやじにちがいない。なんという凄い奴だろう!」
 イワンは、今でもまだ生きていて、多くの人々はその国へ押しかけてくる。ふたりの兄たちも彼のところへ来て、彼に養ってもらっている。だれかが来て、「どうかわたくしどもを養ってください」と言えば、彼は「ああよしよし!」と言う。「いくらでもいなさるがいい--わしのところにはなんどでもどっさりあるんだから」ただ、この国にはひとつの習慣がある--手にたこのできている人は、食卓につく資格があるが、手にたこのないものは、人の残りものを食わなければならない。
    --トルストイ(中村白葉訳)「イワンのばか」、『トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇』岩波文庫、1966年、60-61頁。

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今年度の前期は学問の仕事と市井の仕事が幸いなことにダブルヘッダーにはなっておりません。しかし、逆に言えば、ダブルヘッダーでないということは、何も用事のない純粋な休日というのが週に一度しかなく、その貴重な休日というのは、だいたい家人の用事にてクローズされてしまうので、その意味ではどちらがよいのかといえば、なかなか答えが導き出せないところです。

しかしながら、働かないと食べることもできませんので、歯を食いしばるしかないのですけれども、授業を終えてから仕事に行かなくていい分、つまり「手にたこ」ができるほどがんばったわけですから、「食卓につく資格がある」ということで、このところ、だいたい授業が済んでから、30分くらいサクってひとりで、飲みに行く……ことにしております。

……といっても、大学を出発して繁華街に出ると17時ぐらいの時間ですし、2000円以上は使わないというルールでやっているので、このところは、カフェーのテラス席で生ビール半額というコースをヘビロテしていたのですが、久しぶりにちょいと違うコースでと思いつき、尊敬する先輩・佐野先生に教えてもらって何度か呑んだ「しぞ~かおでんハナクラ 八王子」を今回はセレクトw

暖簾をくぐって、1Fの立ち飲みのカウンターで生ビールを注文。

早い時間でお客さんがだれもいなかったので、オーナーさんとしばしお話。

以前は、おでん一本勝負で食べ放題的なノリだったのですが、6月にオーナーチェンジして、少し幅を広げたような設定になっている話などを伺いながら……

焼き鶏のもも+ネギドカをオーダー。

薄~く塩串にしてあぶった焼き鶏に、ネギを刻んでサッパリと味付けした薬味をのっけたヤキトリを堪能。

ヤキトリは以前は扱っていなかったのですが、おでんだけでなくこーいうのも楽しみの間口が増えていいものですね。

ハイボールを頼んで、やっぱり「しぞ~か」名物も欲しいのですが、酷暑のため、それからおでんの単品注文が初手できない……最初は盛り合わせを頼んでから、そのあと追加単品はOK……ということで、黒はんぺんのフライをお願いw

目の前で揚げて頂きましたが、これも味わいがぎっしりとつまった上等なハムでハムカツを造ったような一品にして……しばし堪能。

生1杯、ハイボール2杯のんで、2000円でおつり。

御店を後にした次第です。

ローテーション追加の一軒ですねw

ひと仕事したあとの酒は美味いですねw

「この国にはひとつの習慣がある--手にたこのできている人は、食卓につく資格があるが、手にたこのないものは、人の残りものを食わなければならない」というトルストイ(Lev Nikolajevich Tolstoj,1828-1910)の言葉をかみしめる次第です。

今後、ワインや、ひやしおでん等、新しい挑戦を模索中とのこと。
応援したいものです。


■ ハナクラ しぞーかおでん
東京都八王子市東町1-2 1F~3F


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費やし使い果たすこうした見返りのない所作の、異様で何ものにも解消しえない形態……

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 二十世紀はおそらく、消費、過剰、限界、侵犯といった、類縁的カテゴリーを発見したということになるだろう。費やし使い果たすこうした見返りのない所作の、異様で何ものにも解消しえない形態だ。労働する人間と生産的人間という思考--それが十八世紀末以来のヨーロッパ文化の思考だった--においては、消費はただ欲求によってのみ定義され、その欲求は飢えといったひとつのモデルで測られてきた。飢えは利潤の追求(もはや飢えていない者の欲望)にも持ち込まれて、人間を生産の弁証法のうちに導き入れたが、その弁証法には単純な人間学が読みとれる。つまり、人間は労働という所作と手づから作り出す事物の内に、自分の直接的欲求の真理を失うが、そこにまた自己の本質と欲求の無限定な充足を見いだすことができるというわけだ。けれどもおそらく、飢えを、労働と生産と利潤とを定義するために不可欠な人間学的最低条件と理解してはならないのだ。おそらく欲求はまったく違ったステイタスをもっているが、少なくとも生産の弁証法には還元されない法則をもつある体制にしたがっているのだ。セクシュアリティの発見、サドがのっけからそれを位置させた無限定な非現実の天空、いまではセクシュアリティがそこに捉えられているとわかっている禁止の体系的諸形態、あらゆる文化においてセクシュアリを対象とし道具としている新版、それはかなり有無をいわせぬかたちで、セクシュアリテがわれわれにとって構成するきわめて重要な体験に、昔からの弁証法の言語のような一言語を付与することができないということを示しているのである。
    --ミシェル・フーコー(西谷修訳)「侵犯への序言」、『フーコー・コレクション2 文学・侵犯』ちくま学芸文庫、2006年、87-88頁。

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「労働する人間と生産的人間という思考」……労働する人間の無限循環が近現代の基本的人間観ということになりますが、その人間の定義は、人間のもつそのほかの豊かさ、過剰なる部分、非知の領域……たとえばそれがセクシュアリティの領域になるわけですが……、それをを排除してしまうことになりました。

労働するということを否定する訳ではありませんし……私も労働する主体ですが……、ルールに従って「労働」するように、そうしなければならないという規範は、その他の分野でも歴然として存在するわけですが・・・

もう、暑くてどうしようもありません。

頭も働きません。

節電した方がいいのでしょうが・・・

すいません、エアコンにスイッチをいれます。

ううう、暑い。

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フーコー・コレクション〈2〉文学・侵犯 (ちくま学芸文庫)Bookフーコー・コレクション〈2〉文学・侵犯 (ちくま学芸文庫)


著者:ミシェル・フーコー

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多元的なイメージを合成する思考法の必要

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多元的なイメージを合成する思考法の必要
 われわれの社会における言語が組織の多元化と平行して複数的になるということ、それからイメージ自身が、それがどんなに元来の対象から離れていても、そのイメージなりに社会的に通用して、独自の力になっていくという、この基本的な事実から出発して、全体状況についての鳥瞰をいわばモンタージュ式に合成してくような、そういうテクニックと思考法というものを、われわれが要求されているんじゃないかと思うのであります。
 これは同時に社会科学の問題でもあります。原理とか原則とかの真理性というものによりかかっているだけではすまされなくなった。つまりこれがほんとうの「真理」なんだ、あとはみんなイリュージョンなんだといって安閑としていると、「イリュージョン」がどんどん新たな現実を作っていき、「真理」の方を置いてきぼりにして、現実が進行してしまう、こういう状況のなかにわれわれはおかれている。十重二十重のイメージの壁のなかでひとり「真理」の旗を護るということだけではやっていけない。むしろどういうふうに、人々のイメージを合成していくか、組織内のコトバの沈澱を打破して自主的なコミュニケーションの幅をひろげていくかというのが、これからの社会科学の当面する問題ではないでしょうか。
 ちょうど犯人をさがすときに、犯人を見たという人々の印象からモンタージュ写真を作成するような操作が学問の方法の上でも考えられなければならない。原理原則から天降るのでなしに、いわば映画の手法のように、現実にある多様なイメージを素材として、それを積み重ねながら観客に一つの論理なりアィデアなどを感得させる方法を、もっと研究することが大事ではないかと思います。そういう問題を皆さんと一緒にこれから考えてゆきたいと思うものですから、その前提として、組織のタコツボ化の問題とイメージの一人歩きの問題という二つの問題に焦点をおいてお話したわけであります。
    --丸山眞男「思想のあり方について」、『日本の思想』岩波新書、1961年、150-151頁。

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少し丸山眞男(1914-1996)の古典的名著を読み直していたら、正直、おどろいたので、その部分を抜き書きしておきます。

ソーシャルメディアの発展と利用頻度の上昇に伴い、……これは私見になりますが……、ア・プリオリな真理イメージの提示よりも、相互訂正によって、「より」よい状況へどのようにいたることができるのか、という点に重心移動しているのが現代ではないかと思っております。

ローティ(Richard Rorty,1931-2007)の真理の鏡像論批判をひくまでもなく、おそらく、そうあってしかるべきだと思うのですが、そうした点を今からちょうど五十年前に、……丸山先生の当時の言葉になりますが……、「多元的なイメージを合成する思考法の必要」を指摘していたことには瞠目です。

アカデミズムの世界においては、出欠管理システムのIC化にみられるようにどんどんとタコツボ化的先鋭化を進む一方ですが、イノベーションをもたらすそれは本来的には「どういうふうに、人々のイメージを合成していくか、組織内のコトバの沈澱を打破して自主的なコミュニケーションの幅をひろげていくかという」という方向性とは逆ベクトルにて……涙

その意味では、「組織のタコツボ化の問題とイメージの一人歩きの問題」という相剋はますます広がってしまうばかりですよw


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日本の思想 (岩波新書)Book日本の思想 (岩波新書)


著者:丸山 真男,丸山 眞男

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注意は、もっとも高度な段階では、祈りと同じものである

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……注意は、もっとも高度な段階では、祈りと同じものである。そのためには、信仰と愛があらかじめ必要である。

 完全にどんな夾雑物もない注意が祈りである。
    --ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、193頁。

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順調な復興の進展を“演出”するニュースと、原発めぐる両者の喧々諤々の喧噪……、それに加えて連日の猛暑の所為で、大事なことを失念しそうになる毎日です。

ただ、慎重に注意を払うならば、現地入りした知己や、被災地に住む友人に話を聞くと、復興が全くといってよいほど進んでいない現実に当惑してしまいます。

局所をクローズアップさせて何かしらの利益誘導を謀る演出とは裏腹に、災害と人災の爪痕は残されたまま。

もう、過去のことと他所に注意を向けてはならないんじゃないか、と思われて他なりません。

ちょうど、七夕が近くなったので、息子殿が短冊をしたためておりましたが、失念しそうになった自分をもう一度大切なところへ引き戻してくれた感があります。

「つなみにあった人が早く おうちえかえれますようにー」

おまえ、「え」は「へ」だろうってツッコミそうになりましたが、まず最初にその一枚を書いてから、「○○が欲しい」とか書いたので、……親バカモード入りますが……少し瞠目した次第。

思えば、家族三人であの日あの時、東京ですけれども、その現場に立ち会い、翌日以降、照らし出される現実に三人が当惑しましたし、息子殿にとっては「地震」「津波」というのは大きなショックだったようですが、決して忘れることなく「同苦」しようと懸命にいきていたようで……ひとまず、、、

感謝。

十年、二十年という長いスパンになることは承知ですが「注意」を怠らないようにしたいと思います。

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重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)Book重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)


著者:シモーヌ ヴェイユ

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規則は何某あるいは何某の意のままに曲げられうるもの

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 規則とは執拗さの計算された楽しみ、流血の約束なのである。規則は支配の戯れにたえず力を与えさせてくれる。規則は細密に繰り返される暴力を舞台にのぼせるものなのである。平和の欲求、妥協の甘美さ、暗黙裏の法の受諾、これらは、規則を生み出したもとの道徳的大改宗とか、有益な計算とかではまったくなくて、規則の結果にすぎず、じつをいえば背徳なのである。「過誤、良心、義務の現出源は債務法のうちにある。そして地上のあらゆる大事件と同じく、その始まりは血に浸されていた。」人類は闘いから闘いへとゆっくり進歩を重ねるわけではないし、最後は普遍的な相互関係へ到達し、そこでは規則が永久に戦争にとって代る、などということはないのである。人類はそれらの暴力の一つ一つを規則の体系のうちに捉え、それによって支配から支配へと進んでいくのである。
 暴力に対して暴力が加えられること、支配する者自身を他の支配が屈服させることを可能にしてくれるのはまさに規則なのである。規則はそれ自体としては、空虚で、乱暴なもので、目標をもたない。規則はこれやあれやにつかえる為に作られている。規則は何某あるいは何某の意のままに曲げられうるものである。歴史の大きな賭けは、だれが規則を自分のものにするか、だれが規則を利用する者の位置を占めるか、だれがうまく自分の正体をごまかして、規則をねじまげ、これを逆用し、自分たちにこれをおしつけていた者に対してこれをぶつけるか、だれが複雑な機構の中に入りこみ、これをうまく働かせて、支配者が彼ら自身の規則によって支配されているという状態におちいらせるか、という点にある。ひとが見定めることのできる多様な現出は、あるただ一つの意味が次々に形をとったものではない。それはすべて置換、補充と移動、装われた征服、組織的な変換の結果なのである。もし解釈するということが、起源のうちに埋もれている一つの意味をゆっくりと明るみに出すことであるのなら、人類の生成を解釈できるのはただ形而上学だけということになるであろう。しかし、解釈するということが、暴力でもって、あるいは不正なやり方で、それ自体では本質的な意味をもたない規則の一体系をわがものにし、これに新しい報告をおしつけ、これを新しい意味に屈従させ、別の活動の仕組みにとりこみ、二次的な規則に従わせることであるなら、その場合は人類の生成が一連の解釈だということになるのである。そして系譜学はその歴史となるはずである。種々の解釈の現出としての、道徳、理想、形而上学的概念の歴史、自由とか禁欲的生活の概念の歴史。もろもろの手続きの上演舞台へそれらのものを出来事として登場させることが問題なのである。
    --フーコー(伊藤晃訳)「ニーチェ、系譜学、歴史」、『フーコー・コレクション3』ちくま学芸文庫、2006年、365-367頁。

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運動の限界と運動論の欺瞞を暴くフーコー(Michel Foucault,1926-1984)の舌鋒。

だからといって、何かをなそうとすることを否定するわけではありません。

フーコー自身も、思想的には対極にあるといってよいサルトル(ean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)と共闘して監獄待遇改善運動に従事しております。

しかし、何かをなすとき、それ自体が目的となってしまい、結局はコードを握る当事者の転換に終わってしまうことが殆ど。

であるならば、立ち位置を自覚しながら、やるしかないのですけれども……ねぇ。


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フーコー・コレクション〈3〉言説・表象 (ちくま学芸文庫)Bookフーコー・コレクション〈3〉言説・表象 (ちくま学芸文庫)


著者:ミシェル フーコー

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「合理的主義的・演繹的思考」も大事にされなければ、「書かれた言葉よりも、つねにより豊かな、より生き生きとした現実」をもって対抗することすらもできないのが現況でしょう

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 具体的なものへの執着
 この保守主義的な体験と思考との本質的特徴のひとつは、直接に現存するもの、実際的に具体的なものへの執着である。ここから、具体的なものに対する新式の、いわば感情移入的体験が生まれるのであるが、当時「具体的」という言葉が反革命の標識として用いられていたことのなかにその反映を示すことができる。具体的に体験し、具体的に思考するということは、いまや、人間がおかれている一定の直接的環境における特殊な態度、独自な活動意欲--一切の「可能なもの」、「思弁的なもの」に対する極端な嫌悪を意味する。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、13-14頁。

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再読ではなく、かったまま放置していたマンハイム(Karl Mannheim,1893-1947)の名著『保守主義的思考』読了。


人間は「旧来のものを墨守し、更新にたずさわるのを嫌うような人間的な心的素質を一般にもっている」。これが伝統主義という立場であり、現在においても色濃く存在しております。

しかし、伝統主義的な行為は、イコール保守主義でもないし、対極の革新主義とも直結しません。

もちろん、「旧来のものを墨守し、更新にたずさわるのを嫌うような人間的な心的素質を一般にもっている」ものであるとすれば、保守主義も革新主義もその土壌の影響を受けていることは確かですが、それと切り離すことによって思弁することで、それぞれがおのれを明らかにするものでえあるからです。

さて、伝統主義という立場は深く人間の性向に根ざす生物学的な態度といってよい部分が見え隠れしますが、そから脱皮する形で区別されるように表れたきた保守主義とはどのような立場でしょうか。


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具体的なものと抽象的なものとのこの対立は、そもそも体験の、環境の対立であって、思考の対立はただ第二次的なものでえあり、しかもこの論理的対立の近代的な形態のなかには、ひとつの政治的根本体験が付着しているということを証示することによって、二つの体験典型がいかに鋭く社会的に機能化されているかという重要な点があきらかになる。近代世界の形成には、現存の組織を解体しようと努めるもろもろの社会層が存在することが必要である。彼らの思考は必然的に抽象的であり、可能的なものによって生きる。これに反して、保持と停滞化に努める者の思考と体験とは具体的であり、既存の生活組織を踏み越えない。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、50-51頁。

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フランス革命を経た19世紀初頭、最初に登場するのが啓蒙主義と革命がもたらした「抽象的」「理念的」なものへ偏愛する革新の立場ですが、それをうけて自らを洗練していく立場というのが、パトリオティズム的な伝統主義とは異なった「保守主義」という立場。

そして保守主義は、「具体的」で「生き生きとした」ものを掲げて《保守主義的思考》として機能していく……。
※この形成過程でロマン主義との対峙があるわけですが。

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 保守主義的改良主義の本領は、個々の事実を他の個々の事実によって交換(代替)すること(改良)にある。進歩主義的改良主義は、好ましからざる事実に対して、このような事実を可能にさせている世界全体を改造して、この事実を除去しようとする傾向をもつ。ここから、進歩主義者の体系化への傾向、「保守主義者」の個々の事例への傾向が理解できる。
 保守主義者は、進歩主義的体系に対抗してひとつの体系を打ちたてることを余儀なくされるにせよ、歴史過程の進展にともない現状からずり落とされて、歴史の過程を逆行させるために積極的に干渉しなければならなくなるにせよ、反動的になったときにだけ体系的に思考する。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、47頁。

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種々論点はありますし、西洋にすべての範型を見出せ!とまでは大見得を切りませんが、読後、ひとつ実感したのは、日本の「保守」と呼ばれる立場のひとびとというのはひょっとすると保守以前の「伝統主義」のテリトリーから自称「保守」だけ看板を掲げているのではないか……ということ。

もちろん、政治学・政治思想史が専門ではない素人思考ですけれども、そのあたりを実感します。利権という名のパイの分配を墨守するだけのパワーゲームというのは、保守以前の「伝統主義」、しかもかなり劣化したそれであるような……そんなところです。
※もちろん、その対極にある革新なるものも、そうした劣化ウラン弾を相手に作業をするわけですから、同じく劣化したそれであるような……ということも念のため。

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 生に訴えて合理的主義的・演繹的思考を克服するもっとも素朴な形態は、「生成憲法」に対して、書かれた言葉よりも、つねにより豊かな、より生き生きとした現実を対抗させることである。のちに有名になった〔フリードリヒ・ヴィルヘルム四世の発した〕単なる紙屑という憲法への嘲笑をふくんだ標語は、この「合理的なもの」の克服の最初のもっとも原始的な形態なのである。しかしより詳細にみるならば、哲学的論議において「規範」と「存在」との対立として特徴づけられている、ひとつの対立がここにすでに表現されている。保守主義的思考は、たとえば人権宣言のなかにみられるような、「人間一般の権利」から出発する思考には賛成しない。この出発点、すなわち、思考における演繹的前進とこのやり方で国家の正統性秩序を展開しようとするその目標設定とに憤りを覚え、他の論法を探索する。この探索、この敵対的思考への反抗において、人は国家、社会、秩序および方がそれまでいかにして成立し、効力を発揮するにいたったかを想起しようとする。人は、今日では討論と投票とが決定的であり、「理性」が世界の現実を設定しようとするが、以前はこれに反して一切のものが漸次的に生成し、慣習によって維持された、という相違に気づく。それとともに体系的発端と歴史的発端が分離する、自然法的思考はなおいぜんとして意味発生と現実発生とが同時に生起したという仕方で構成されていた。契約説は意味発生的構成であると同時に現実因果的擬制であった。両者をはじめてはっきり分離したのはカントである。そしてこれとともに、存在(生成)と法則との関係は、全時代にわたって集合的思考が没頭する活気ある問題になる。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、47頁。

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「合理的主義的・演繹的思考」も大事にされなければ、「書かれた言葉よりも、つねにより豊かな、より生き生きとした現実」をもって対抗することすらもできないのが現況でしょう。

双方がプラカードに「記述された言葉」を「連呼」するだけでは時代はどうしても変わりません。

建設的思考と「豊かな、より生き生きとした現実」認識から、新たな道を立ち上げるしかない……ということでしょうかねぇ。

ぎゃふん……となってもシカタガナイので、木曜は健康診断の帰りに、立川伊勢丹8Fの「GINZA天一」にてひとりで遅めのランチ。

カウンターで挙げるそばから頂戴して、鋭気を養うことができましたので、「ぎゃふん」で終わらないように、取り組んで参りたいと思います。

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保守主義的思考のメモ

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 言葉というものは、単にそれを語る個人の言葉としてではなく、いわばその背景において成立したものであるとまったく同様に、個々人が歴史的現実を考究する際の問題設定、概念、範疇も、歴史的に生成した諸体験関連から部分を截りとったものにほかならない。しかしこの体験関連もまた実はそれ自体がまた、歴史的生成に参与した集合的な集団の諸力が、たえあず変転する社会的ならびに精神的現実の世界のなかで、みずからの方向を定めようとしておこった先行する試みの成果にほかならないのである。
だから「日常の生活経験」や、これと密接に結びついついた精神科学は、精密自然科学とはまったく別個の認識類型をなすものであって、それら精神諸科学が自然科学の範型(パラデイグマ)をめざすのは、はたして一般に正当な理想であるかどうかは、きわめて疑問である。一体、社会科学や精神諸科学がその現実把握力をもちうるのは、まさにこれらの科学がこのように実生活に即しているということがもたらされるのではあるまいか。それらが仕事にたずさわる際の観点、視座、秩序原理および範疇が、自己自身を解明しようとする生の本来的に変動し変容する創造物であるからこそ、まさにそれらが造形的でするどく洞察的なのではないだろうか。
    --カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』ちくま学芸文庫、1997年、13-14頁。

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