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「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」……といわれても

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 人間すべてに共通なものは、性質というようなものではなく、条件、即ち、限界と、制限の集りである。どうしても死なねばならぬとか、生きるためには働かねばならぬとか、既に他の人間達が住んでいる世界に後から存在せねばならぬとかいう必然性である。この条件が、結局、人間の根本的状況なのである。あるいは、すべての状況に共通の、抽象的性格の集まりといってもよい。
    --サルトル(安堂信也訳)『ユダヤ人』岩波新書、1956年。

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サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)は、その実存哲学を展開するにあたり現状認識として「状況」(シチュアシオン)を強調しますが、端的にそれを説明しているのが冒頭で引用した一節でしょうか。

たしかに、人間とは何かというものを有象無象とした「性質」にもとめるよりも、生きている人間の状況にそれを見出した方が共通点を使い見やすいわけですが、サルトルによれば、それは「既に他の人間達が住んでいる世界に後から存在せねばならぬとかいう必然性」という事実に尽きるでしょう。

たしかにその指摘を否定することはできません。

まさに「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」というわけです。

ただ同時に、それで全てが説明されるということには若干の違和感があります。未来への投企によってのみ、人間の充全性は描写しきれないといいますか……。
※逆に言えば、その対極に存在する、すべての行動規範ありきで、創造的活動が圧殺されるという日本の精神風土を称揚しようというわけではありませんので、念のため。

さて……。
三連休の最後の日。
なぜか、仕事が休みでしたし、来週は息子殿も細君の実家へ帰省するので、ひとつ「家族で出かけるか」などと想いつつ、天気も悪いし……ううむ・・・と頭を悩ませつつ、自宅にて学問の仕事をしていたわけですが、

ここはひとつ、近所の「おふろの王様」……まあ、スーパー銭湯のデラックス版?のようなところ……にでも行くかと家人に声をかけたところ、賛成多数にて夕刻、赴いた次第。
※ただ1500mほど地下を掘って、出水は自前。

さすがに祝日でしたので、芋の子を洗うような状況でしたが、それなりに堪能させて頂いた次第です。

しかし、この決断、投企というのは、「君は自由だ。選びたまえ。つまり創りたまえ」とサルトルが肩肘をはって強調するようなそれではないような気がするわけですがねぇ……、どうなんでしょうかw

まあ、風呂からあがって、かるく一献してしまいましたが……。


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