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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著」、『毎日新聞』2011年8月14日(日)付。

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今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著

 (講談社現代新書・798円)

 ◇報道の公共性と倫理への呼びかけ
 福島の第一原子力発電所は、旧式の原子炉を温存し、狭い場所に密集して建て並べていた。これが津波による被害を大きくしたのだが、全国には同様に古い原子炉を密集させている発電所が多い。じつはより安全な新型原子炉も発明されているのに、それが導入されないのは反原発の世論が強く、たとえ改善のためでもいっさいの新設は実現しにくいからだと、著者は冒頭から読者を驚かせる。

 反原発派は原子炉に改善がありうる事実を認めないし、電力会社を含む推進派はもし新型の導入を口にすると、現存の炉に問題があることを白状する結果になるからだという。著者はみずから推進派ではないが、このように世論が二分されて、相互不信からメディアの情報が硬直している現状を憂慮する。現に新聞も先入観から勉強を怠り、科学的にはありえない軽水炉の再臨界の可能性を伝えるなど、実態の弊害は深刻だと警告するのである。

 この問題意識から、著者は一転して情報メディアの本質論に移り、新聞、放送はもちろん、ブログやツイッターなど新興の電子媒体にも広く目を配る。そのさい情報メディアの「公共性」という慣用句にも反省を加え、公共と共同体の峻別(しゅんべつ)を促すのだが、随所にそうした理論的な精緻さが光る。共同体が同一価値観を共有する社会集団であるのにたいし、公共とは複数の共同体を含んでそれらを共存させるときに成立する。したがってメディアが公共性を標榜(ひょうぼう)する以上、その役割は対立する共同体の世論を調停することにこそあって、一方に加担するなどもってのほかということになる。

 もちろん調停といっても妥協に甘んじることではなく、まず必要なのは取材の精度を高め、データによって対立する双方を説得することである。そのうえで重要な注意は、「特定化された非知」を認め、あえて報道の「可謬(かびゅう)主義」をとることだと、著者は言う。調べを尽くしたうえでなおわからぬことはわからぬと伝え、おこなった報道にも誤謬の可能性が残ることを、誠実に自認することである。

 現状はこの理想からいまだ遠く、大メディアのなかでは情報の悪(あ)しき自己増殖が進んでいる。メディアが大衆の関心をそそり、そそられた関心に媚(こ)びてそれに合う情報を増産するという、悪循環である。一方、これに対抗するはずの昨今の電子媒体、ブログやツイッターにもこのままでは希望はない。それらはもともと私的な社交のための通信手段であり、非公共的な共同体を増殖させて、世論の対立を煽(あお)る恐れを秘めているからである。

 とくに直近のウィキリークス事件に触れて、電子媒体の編集責任を問う著者の視点は鋭い。あるだけの情報をただ集めて、機械的にすべてを流すというこの手法は、情報に巻き込まれた無辜(むこ)の個人を傷つける危険を避けられない。何を伝え、何を伝えないかを決めるのは人間の責任であり、しかも暖かい心を持った人間の仕事であるべきだという。

 それにつけて著者が未来の報道人に期待する心得は、印象的である。報道に不可欠なのは「正義の論理」ではなく、「ケアの倫理」だというのだが、一見これは奇異に響くかもしれない。だがその真意は、生身の取材者が生身の取材源と全人格をあげて向きあい、個人の人生に深く寄り添ったうえで、公共の利益のために伝えるべき情報を選択することだという。メディアにとっては至難の理想だが、反面、報道人にたいする著者の尊敬の一句と読むこともできるだろう。
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著」、『毎日新聞』2011年8月14日(日)付。

http://mainichi.jp/enta/book/news/20110814ddm015070010000c.html

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