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覚え書 「今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著」、『毎日新聞』2011年7月31日付。

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今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著

 ◇『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社・2310円)
 ◇原発を抱擁した「内なる植民地」の記録

 三月一一日を境に、福島はフクシマ(Fukushima)として世界中にその名が知られることとなった。幸福の地を意味する福島が、苦難を背負って重い第一歩を踏み出した。著者は、その福島県生まれの大学院生。すでに三月一一日以前に書き上げた修士論文が元になっているとのことだが、震災後に現れた多くの速成本とは趣を異にしている。〇六年以降、福島の原発地域に足繁(しげ)く通いつめ、現地の人たちの生の声を聞きとり、地元紙を過去にさかのぼって読み込み、いくつもの町史を丹念にたどり、そして県政の担当者にもインタビューを試みた。さながら虫の目のごとくに「原子力ムラ」の時空間を見つめ続けてきた。もしも、あの三月一一日がなければ、一般書の形で多くの人の目に触れることはなかったかもしれない。

 中心テーマは副題にある「原子力ムラはなぜ生まれたのか」。ただし、ここでいう「原子力ムラ」とは、中央の政・官・業・学をめぐる閉鎖的でもたれ合い的なあの共同体のことをいうのではない。著者が「原子力ムラ」と呼ぶのは、原子力発電所とその関連施設が立地する町、村のこと。J・ダワーの『敗北を抱きしめて』になぞらえて、著者は「原子力ムラ」が、原発を「抱擁」することになった、と表現する。一方的に押しつけられたのでもなく、かといって無条件で積極的に受け入れたのでもない複雑で重層的な関係を言い表すために、あえて「抱擁」という語を選んだのである。

 「原子力ムラ」は、かつて「福島のチベット」と呼ばれた貧困と過疎の地であった。生計のために、多くの人たちが出稼ぎを余儀なくされていた。戦前には、陸軍の練習飛行場用に土地が強制買収され、戦後になって、堤康次郎率いる国土計画興業と地元住民に払い下げられた。そんな地域に、国と電力会社が推進する原発誘致の話が持ち上がる。中央・地方(県)・地域がそれぞれの思惑でこの計画に向き合う。六一年、大熊・双葉で原発誘致を決議。六七年、福島第一原発着工。そして七一年に営業運転開始。後に起こる反対運動に比べれば、軋轢(あつれき)はまだしも少なかった。福島第二原発となると様相は、大きく変わる。七二年、双葉地方原発反対同盟結成。反対運動のさなか、八二年に福島第二原発が運転開始。反対同盟の委員長が後に町長に就任、一転して原発容認に変わるという経緯も。そして九一年、双葉町議会は原発増設を決議。

 「福島のチベット」から「原子力ムラ」への転化で何が変わったのか。まずは、財政事情の好転、そして雇用の創出。原発の誘致が決まり建設が始まる頃から電源立地交付金が町の財政をうるおす。次に、原発の運転開始後に入る固定資産税。さらに、発電中の原子炉核燃料価格にリンクして課す核燃料税が県収入として。ちなみに、全国自治体の収支状況を表す財政力指数(=収入/支出)を見ると、「原子力ムラ」が上位を占めているのが分かる。「原子力ムラ」では、住民の三人~四人に一人が原発関連の仕事についている。さらに、原発の定期点検のために他の原発地域からやってくる千人規模の流動労働者。彼らが滞在する間、ホテル・旅館・民宿・飲食店がにぎわう。しかし、そうした町の財政状態がいつまでも続くわけではない。交付金は発電所完成後に大幅に減り、固定資産税は資産の償却に伴って年々減少してゆく。「原子力ムラ」の財政力指数は、しだいに下降線をたどる。そんな時機に原発増設の要請があり、受け入れへと。そして、二〇一一年三月一一日。

 著者は、福島の「原子力ムラ」に託して戦後日本の成長の中で取り残された多くの地域のことを語りたかったにちがいない。日本のどこの地域でもありえたこと、ありうることを。タイトルをあえて福島論ではなく「フクシマ」論としたのもそれゆえであろう。そうした意味での一般化を試みた最初の数章と最後の数章は、しかし、いささか生硬で議論がぎこちない。戦前の外への植民地化に代わって、戦後になって進められた内への植民地化のなかで翻弄(ほんろう)される地方・地域というストーリーである。でも、その生硬さとぎこちなさは、問題を精一杯考え抜こうとする著者の思考の舞台裏をそのまま語っているからなのかもしれない。

 原発問題が収束して、「原子力ムラ」から各地に避難した人々が帰ってきたとき、もはやそこはかつての「原子力ムラ」ではありえない。土地も空気も川も海もコミュニティも、財政基盤も雇用も、もはやかつてとは異なっているだろう。どのような新しいコミュニティを構想し創造してゆくのか。反原発であろうと、脱原発であろうと、卒原発であろうと、あるいは親原発であろうと、まずは「原子力ムラ」の現実を直視することなしには始まらないだろう。「原子力ムラ」の現場にぴったりと寄り添い、虫の目をもってその推移を辛抱強く見続けてきたこの作品は、数ある震災本・原発本の中でも、ひときわ異彩を放っているように思うのである。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著」、『毎日新聞』2011年7月31日付。

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話題の新刊の書評がでていたので覚え書としてひとつ。

http://mainichi.jp/enta/book/news/20110731ddm015070026000c.html


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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのかBook「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか


著者:開沼博

販売元:青土社
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