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2011年8月

覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫評 『道徳・政治・文学論集』『秘義なきキリスト教』」、『毎日新聞』2011年8月28日(日)付。

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今週の本棚:
富山太佳夫評 
『道徳・政治・文学論集』ヒューム著、田中敏弘訳(名古屋大学出版会、8400円)
『秘義なきキリスト教』トーランド著、三井礼子訳(法政大学出版局、5040円)

啓蒙的合理主義とは違うもうひとつの世界
 ともかく暑い。まあ、それだからというわけでもないのだが、今回の書評はクイズから始めることにしよう。
 地震、津波、黒人奴隷、聖書の学び形などのことが書き込んである小説とは何だろう? 作者は? この有名な小説の作者は、一七〇三年の十一月末にイギリスを襲った巨大な台風のルポルタージュの本も書いている。自然災害の記録としては歴史上初めての本だろう。
 それはそれとして、クイズの答えはダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(一七一九年)。子ども向けの冒険小説などというとんでもない誤解が通用するような本ではない。その舞台は離れ島という言い方にしても、どうにもならない。この小説にはイギリスの他にも、ドイツ、フランス、スペイン、モロッコ、ブラジル、カリブ海周辺などが登場する。そして、ひと口にイギリスとは言っても、イングランドとスコットランドとアイルランドが、同じように英語を使いながらも別々の国という状態にあった時代である。ともかく厄介なことおびただしい。
 今年生誕三〇〇年を迎えるディヴィッド・ヒュームは、そんな錯綜した時代のスコットランドの哲学者--ということは、一〇年ほどあとのドイツの哲学者間となどとは別世界の人ということである。『道徳・政治・文学論集』を見るとよくわかる。「最良の租税は、消費、とくに奢侈的消費にかけられるような租税である。なぜなら、このような税は国民に感じられることが最も少ないからである」! ええっ、一八世紀の哲学者ヒュームは消費税容認派?
 他にもいくらでもある。「わが国で非常に広くおこ馴れている銀行、公債、紙券信用の諸制度ほど、貨幣をその水準以下に下落させる方法を私はまず知らない」。「国債が人口と富の首都への巨大な集中を引き起こす」。
 「党派への歩み寄りについて」という題のエッセイまである。この哲学者は三〇〇年後の日本の政治状況を茶化す気なのだろうか。初めて大部の『大ブリテン島の歴史』(一七五四-六二年)を書いた彼に期待して、それらしいエッセイを探すと、「歴史の研究ほど、私の女性読書に熱心に勧めたいと思うものは他にはない」と始まる。私などあきれはててしまって、四九本のエッセイを読み通してしまった。不愉快なくらい面白い。
 それでは、そのあとどうするかということになるのだが、『ガリヴァー旅行記』(一七二六年)の作者がいたアイルランドに眼を転じてみることにしよう。すると、見つかった--ジョン・トーランドの『秘儀なきキリスト教』(一六九六年)だ。この人物はアイルランドで生まれ、ローマ・カトリック教徒の家で育てられ、のちに改宗して非国教徒となった人物である。彼はスコットランド、オランダ、イングランドで学んでいる(時代の環境からすれば、それは短期移民と呼んでいいかもしれない)。
 その口調は、知の全分野をたのしげにさまようヒュームのそれとは違って、直截的で、ときに堅苦しくもなる。「福音の秘儀とみなされている事柄について、個別に合理的な説明を行うことを試みる……真の宗教は必ず理性的で理解しうるものでなければならないと証明し……」。これは理神論と呼ばれる考え方を述べた名著である。ロックやヒュームの宗教論とならべて読むとき、私の眼の前に浮上してくるのは、啓蒙的合理主義とは違うもうひとつの世界である。
    --「今週の本棚:富山太佳夫評 『道徳・政治・文学論集』『秘義なきキリスト教』」、『毎日新聞』2011年8月28日(日)付。

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単純で、善良で、物静かで、落着きあり、教養ある--それからその生活ぶりにおいてもまた考え方においても少しく『古風』な人

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 私の最も好きななのはいかなる種類の人であるか。
 既に述べた通り、それは単純で、善良で、物静かで、落着きあり、教養ある--それからその生活ぶりにおいてもまた考え方においても少しく『古風』な人である。落着きなき、気の変わりやすい、操人形のような、神経衰弱性の『デカダン者流』に対しては、私は殆ど一種の肉体的嫌悪を感ずる。私にとってこれと同じ程度に不快の念を催さしめる者は、一言半句にも拘泥してその真偽を決定せんとし、また何から何まですべて自分に関係さして考えるところの、かの諧謔を解せぬ頭の狭苦しい人々(ミクロケファーレン)である。
    --久保勉訳『ケーベル博士随筆集』岩波文庫、1957年、27頁。

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昨日と同じくケーベル(Raphael von Koeber, 1848-1923)先生の一節の紹介ですいません。

何しろ、原稿が仕上がらないっていうのと、作業中に作業用PCがブッコしてしまったので、週に一度の休日にもかかわらず、生産性の低い一日となってしまったことに拘泥してしまい……orzというところです。

まあ、しかし、そうした瑣事に振り回されず・・・これがメンドイのですが・・・、「単純で、善良で、物静かで、落着きあり、教養ある--それからその生活ぶりにおいてもまた考え方においても少しく『古風』な人」として生きていきたいものですネ。

そのためには、信念とか風体としては『古風』であったとしても、何に対しても「開かれた精神」であり続けなければ、「一言半句にも拘泥してその真偽を決定せんとし、また何から何まですべて自分に関係さして考えるところの、かの諧謔を解せぬ頭の狭苦しい人々」になってしまうのかも知れませんネ。

しかし……。

ふうむ。

いや……、

また今日からがんばろう。

以上。

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日本人の精神ならびに性格を甚だしく醜くするところの傷所

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 日本人の精神ならびに性格を甚だしく醜くするところの傷所は--遺憾ながら私はこの場合私の学生を全く除外するわけには行かない--虚栄心と、自己認識の欠乏と、および批評的能力の更にそれ以上に欠如せることである。これらの悪性の精神的ならびに道義的欠点は、西洋の学術や芸術の杯から少しばかり啜ったような日本人においてとくに目立ってまた滑稽な風に現れる、従って主としては『学者』と言われ、『指導者』と呼ばれる人たちにおいて認められるのである。
    --久保勉訳『ケーベル博士随筆集』岩波文庫、1957年、87頁。

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明治日本で哲学教師として多大な影響を与えた人物の一人がラファエル・フォン・ケーベル(Raphael von Koeber, 1848-1923)。

21年間、東京帝国大学で教鞭をとり、学生たちからは「ケーベル先生」と敬愛され、大正教養主義を準備したと言っても過言ではありません。

さて、
「日本人の精神ならびに性格を甚だしく醜くするところの傷所」というケーベルの3つ指摘、すなわち「虚栄心」、「自己認識の欠乏」、「批評的能力の欠如」という部分は、今なお拭いがたいほど、日本人の行動様式を規定しているかもしれません。

そしてそれがどの階層に著しく出てくるのかと言えば「学者」と言われ、「指導者」と呼ばれる人たちにおいて「認められる」ということ。

このケーベルの警鐘は心のどこかに意識的には留め置かないとマズイですね。

ちなみに余談ですが、ケーベルの直弟子で助手を務めたギリシア哲学研究者の久保勉(1883-1972)。氏によって『ソクラテスの弁明』を初めとするプラトン(Plato,424/423 BC-348/347 BC)の手によるソクラテス(Socrates,469 BC-399 BC)の肉声が始めて邦訳されたことも意義深いものがありますね。


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「今週の本棚:『諸君!』『正論』の研究 保守言論はどう変容してきたか 上丸洋一著(岩波書店・2940円)」『毎日新聞』2011年8月28日(日)付

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「今週の本棚:『諸君!』『正論』の研究 保守言論はどう変容してきたか 上丸洋一著(岩波書店・2940円)」

 二つのオピニオン誌を軸に、戦後の言論、思想状況の一断面を明らかにした労作だ。著者いわく「保守」は日本の戦争を侵略とみるか、自衛とみるかに分かれた後者が「右」である。『諸君!』にはかつて侵略戦争論が、『正論』には昭和天皇退位論が掲載された。そこには多様性と柔軟性があった。近年の両誌の印象が強い評者にとっては、驚きである。
 だが、靖国神社のA級戦犯合祀問題をきっかけに「右」に傾いてゆく。論敵への必要以上に攻撃的な物言いや非寛容、非柔軟の論調は特定の読者にはうけるかもしれないが、支持は広がりにくいだろう。『諸君!』は2009年に休刊。著者は「堕落の果て」と手厳しい。では「右」側の議論に存在意義はなかったのか。反論を読みたいところだ。(栗)
    --「今週の本棚:『諸君!』『正論』の研究 保守言論はどう変容してきたか 上丸洋一著(岩波書店・2940円)」『毎日新聞』2011年8月28日(日)付。

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『諸君!』『正論』の研究――保守言論はどう変容してきたかBook『諸君!』『正論』の研究――保守言論はどう変容してきたか


著者:上丸 洋一

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一七四九年八月二十八日の正午、十二時を知らせる鐘の音とともに、フランクルフト・アム・マインで私はこの世に生をうけた

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 一七四九年八月二十八日の正午、十二時を知らせる鐘の音とともに、フランクルフト・アム・マインで私はこの世に生をうけた。星位には恵まれていた。太陽は処女宮の座に位置し、その日の頂点に達していた。木星と金星は好意の眼差しをもって太陽をながめ、水星も反感を示してはいなかった。土星と火星は無関心の態度をとっていた。折しも満ちていた月だけは、同時にその惑星時に入っていたので、ひときわ衝位の力をふるっていた。そのため月は私の誕生にさからい、この時が過ぎるまで私の誕生は終わらなかった。
 このめでたい星位は、のちに占星家たちが私のために大きな価値を認めてくれたものであるが、私が命をとりとめたのもおそらくこの星位のおかげであった。というのは、助産婦が未熟であったため私は死児としてこの世に生れ、さまざまなに手をつくしたあげく、ようやくにして日の目を見ることができたからである。
    --ゲーテ(山崎章甫訳)『詩と真実 第一部』岩波文庫、1997年、17頁。

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またしても時間がないので少しだけ。

今日は“太陽の文豪”……って勝手に自分がそう呼んでいるだけですが……ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)の誕生日。

いちおー、学部時代はドイツ文学専攻に在籍していたわけなので、しこたまゲーテを読まさせられた訳ですけれども、同時に劣等生であったことの罪責告白をしなければならないわけですけれども、やっぱりゲーテを読むといいものですネ。

このところ国粋主義の連中の罵詈雑言を耳にすることが多く、辟易とするものですが、ほんものの言葉というものは、(実のところ仮想されたにすぎない枠組みであるはずの)国民国家帰属意識というものを、やすやすと乗り越え、数百年にわたって読み継がれていくものなんだよなア……そんなことを感じてしまいます。

さて、少し、今日は肴を豪華にして、ゲーテ生誕に乾杯!!!


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政治上の目的の為に学問が作られるのでなく、学問はいつでも批判的指導的立場に立つものでなければならない

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 政治上の目的の為に学問が作られるのでなく、学問はいつでも批判的指導的立場に立つものでなければならない。而して学問がそういう役目を果たすには、学問というものは何処までも客観的ということを理想とせねばならない、何処までも深い広い理論的基礎の上に立てられなければならない。私は学問というものが、実生活を離れて存在すべきものだというのではない、学問の為めの学問でなければならぬと主張するのではない。かつ如何なる時代に如何なる学問が発展したかは、その時代の社会的構造によるという学問の歴史性を否定するものでもない。しかのみならず、我々が如何に客観的ということを理想とするといっても、その時代の社会的影響を脱することはできないであろう。しかし苟も学問に従事し学問によって人生に貢献しようとするものは、何処までも真理を理想として深大なる人生の建設に努力せなければならない。真の政治というものの目的も、かかるものの建設にあるのでなければならぬ。
    --西田幾多郎「知識の客観性」、『続思索と体験 「続思索と体験」以後』岩波文庫、1980年、171-172頁。

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ちょいと、原稿(紀要論文)の〆切を一ヶ月まちがえていたこともあって、情けない話ですが我ながら、少し、テンパっているところもありますので、あれこれ議論できずすいません。

ただ西田幾多郎(1870-1945)の指摘は学問専従者でなかったとしても肝に銘じなければならない一節なのではないかと思う次第です。

旧ソ連邦における反遺伝学キャンペーンとしての似非科学の称賛という「ルイセンコ論争」ってやつは決して過去のものではないし、国家による総動員レベルでなくとも、あやしいマガイものばかりで、このところ凹むことが多いです。

しかし、真理に使えるということは、そうした容喙=妖怪を退けながら、且つ、実生活をはなれて何かが存在するというわけでもないわけですから、そのへんの臭覚が鈍ってくると、何をやってもorzになってしまうのでしょうか……ねぇ。

さて……。

噂に聞いたイオン(TOPVALUE)の158円?「ラガービール」で、海苔巻きチキン唐揚げで「いつものなう」=深夜の寝酒をやりましたが……。

正直「微妙」。

……ですネ。

量販店なら180円ぐらいでスーパードライが買えますし、80円程度で第三のそれが手に入りますからねぇ。

どちらを取るかっていう「状況」における「選択」の話しになっちゃうよなーっていうのが正味の味わいでした。

ですけれども、こうした生活感覚を欠如してしまって、「学問の王国」から「お前ら、アホ」ってすらーっていう感覚になってしまうと、どの学問も終わって仕舞うのだろうし、逆に、金がないから目の前の餌につられて……以下略……みたいなことをやってしまうのもオワッタなんだろうなあ・・・とだけは思います。


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あなたならどうする?

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数日前に関西学院の金明秀先生がtweetで紹介していたので、ひとつまとめて掲載しておきます。


「あなたらならどうする? ~人種差別・不動産屋編~ (字幕つき)」

「あなたならどうする?~人種差別の実験~(字幕付き)」


「あなたならどうする? ~スーパーの障害者差別~」

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教養とは何か? 教養の目的は?

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 教養とは何か? 教養の目的は?
 彼の最も高貴な同時代人たちを理解し助成すること。
 生成しつつある、やがて来たらんとする人々を準備すること。
 教養は、陶冶されるべきものにのみ関係し得るのであり、叡智的性格には関係し得ない。
 教養の課題。彼の民族の最も高貴な志向の中で生きかつ活動すること。
 したがって、単に受容し学ぶだけでなく、生きること。
 歪められた線から彼の時代と民族を解放すること、その理想像を眼前にもつこと。
 歴史の目的。この像を固持すること。
 哲学と芸術。歴史は一手段である。
 最高の精神を永遠化すること。教養は最も高貴な精神の不滅性である。
 苦難との途方もない格闘--光明をもたらす威力としての教養。
 徹底的に生産的に理解すること。
 人間の判定は、徹頭徹尾教養に依存している。
 教養のある人々の任務。誠実であること、そして一切の偉大なるものへの関係の中に実際に自分を据えおくこと。
 教養とは、偉大な目標を目的とし偉大な諸精神を意とした生活である。
 出発点。教養ある人間の観点からの、また教養なき学識者の観点からの、ゲーテの考察。もしくは、ショーペンハウアー。
 偉大にして生産的なものに対する理解。あらゆる人間において、善にして偉大なものを承認すること、そしてあらゆる中途半端にして薄弱なものに対する憎悪。
 星座の下で生きること。逆転した名声。それは後世の最も高貴な感情の下で生き続けることである。教養とは、前代の最も高貴な感情の下で生き続けることのうちにある。偉大にして善なるものの不易性。
 人間の無常さと教養。人間の最も重要な諸要求そのものは、後の諸世代の全潮流に対する彼の関係から導出され得る。
 偉大なるものを先んじて生きるために、偉大なものにならって生きること。
 すべては、偉大なものが正しく教えられることにかかっている、
 そこには、教養の働きは基づく。
 これが、よって以てわが現代の測らるべき規準である。
    --ニーチェ(渡辺二郎訳)「われわれの教養施設の将来について」、「哲学者の書」、『ニーチェ全集』3巻、ちくま学芸文庫、1994年、197-199頁。

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ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844-1900)の教養論の佳境となる一節。

ニーチェは時として奇論を吐く人物として受け止められがちですが、いやいやどうして、キチンと読むならば、正論しか述べてませんよw


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ニーチェ全集〈3〉哲学者の書 (ちくま学芸文庫)Bookニーチェ全集〈3〉哲学者の書 (ちくま学芸文庫)


著者:フリードリッヒ ニーチェ

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一言で言えば、--私の意志の根本的改善によってのみ私の現存在と私の使命の上に新しい光が射す

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 一言で言えば、--私の意志の根本的改善によってのみ私の現存在と私の使命の上に新しい光が射す。この改善なしには、私がたといどんなに省察しても、また優れた精神的賜物を授けられていても、私のうちにも私の周りにもただ暗黒が存在するだけである。心の改善のみが真の智慧に至るのである。さあ、実際、そのように止ることなく私の生全体がこの一つの目的を目指して流れていくように。
    --フィヒテ(岩崎武雄訳)「人間の使命」、『世界の名著43 フィヒテ シェリング』中央公論社、1980年、224頁。

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はっきり言えば、フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte,1762-1814)のみならず、ドイツ観念論の手合いと、そのお零れに預かるショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer,1788-1860)は大嫌いなのですが、このフィヒテの言葉にだけは、首肯してしまいます。

結局の所、「評論家」を気取った他人事としての批評は、糞の役にも立たない……。

カント(Immanuel Kant,1724-1804)を援用するまでもなく、批評(Kritik)することはいうまでもなく必要なんです。

だけど、他人事として批評することは、客観性を担保することができないってヴェーバー(Max Weber,1864-1920)が指摘した訳じゃないですか!!!

準拠する価値観を自覚しながら、何事かを遂行するしかできませんし、その過程でその訂正もありうるわけですから、その辺に盲目になってしまい、「まあ、そうなんですヨ」……なんて嘯いても、「説明」したことにはならないし、それは「解説」ともほど遠いし、結局の所、その負荷を承知のうえで、「私は……」っていうところのアカウンタビリティーを欠落してしまうと、ホント、意味がないのだけれども……。

「自分自身は……」っていうのが抜きになったコピペの言説ほどイミフなものはないんですけどネ。

ううむ。

呑んでねよ。

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覚え書;「異論反論 民主党代表選で次期首相が決まります 『12年問題』対応できる人を 寄稿=佐藤優」、『毎日新聞』2012年8月24日(水)付

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 「異論反論 民主党代表選で次期首相が決まります 『12年問題』対応できる人を 寄稿=佐藤優」

 29日に民主党代表選挙が行われる。ここで選出された新代表が次期首相になる。筆者が望むのは、2012年問題に対応できる首相が誕生することだ。
 来る12年には、日本の国益に死活的な影響を与える国家の元首が交代するか、もしくは選挙を向かえる。ロシア、米国、韓国で大統領選挙が行われる。中国では、共産党代表者大会が行われ、習近平国家副主席が国家主席に昇格することが確実視されている。また、北朝鮮では故金日成主席の生誕100周年になるため、金正日氏から金正恩氏への権力の移行が本格的に始まる可能性がある。
 現在、世界的規模で構造転換が生じている。欧州のソブリンクライシス(国家債務危機)が米国に波及する可能性を過小評価してはならない。さらにノルウェーの連続テロ、英国の暴動のような、移民問題をめぐる社会不安が高まっている。危険なのは、ナチズムに対する反省から、欧州では駆逐されたはずの人種主義が、移民を排除する論理としてよみがえってきていることだ。肌の色という当事者の努力によっては絶対に解消できない要素で差別されるのは理不尽だ。かつて人種差別問題では「黄禍論」でわれわれ日本人も苦しめられた。欧州の病理である人種主義の矛先が日本人、中国人、韓国人などの「黄色人種」に向けられる潜在的危険性も排除されない。
 このような状況を背景にして、各国は無意識のうちに国家機能を強化している。国際関係は力の均衡によって成り立っている。ある国家が弱くなれば、従来の均衡線は変化する。東日本大震災による大量破壊によって日本は弱くなった。ロシアが北方領土、韓国が竹島に対する不法占拠を固定化する動きを強化しているのも、中国が尖閣諸島に対する日本の実行支配を切り崩そうとしているのも、勢力均衡線を引き直そうとする動きである。

中国の軍事的野望にロシアの日本接近も
 外交の世界で首脳は国家を人格的に体現する。19世紀末から20世紀前半の帝国主義外交んびおいて国家の運命に首脳の個性が果たす役割は極めて大きかった。現下の国際情勢もそれに似ている。例えば12年3月に予定されているロシア大統領選挙でメドベージェフ大統領が再選されれば、北方領土交渉は動かず、日露関係は停滞する。プーチン首相が大統領に返り咲けば、ロシアは北方領土問題で日本に対して譲歩するとともにエネルギー戦略での提携を深める。なぜならプーチン氏は、訓練用空母を就航させ、世界的規模での軍事大国になる野望を隠さない中国が、ロシアにとって現実的脅威であると認識しているからだ。
 外交をよく勉強し、交渉力のある政治家が首相にならないと、2012年問題に対応できず、国益を毀損する。
    --「異論反論 民主党代表選で次期首相が決まります 『12年問題』対応できる人を 寄稿=佐藤優」、『毎日新聞』2012年8月24日(水)付。

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佐藤優(1960-)氏の指摘は、大げさではなく、外交の現場に長年従事してきた人間の率直な警鐘なのではないかと思う。

ただ佐藤氏の危惧はもっともだけど、僕の危惧はまったく別の所に存在します。
ようするにその警鐘をうけての「対応」という部分なのですけど、きちんとした対応ができないゆえに結果としておるずになってしまうのではないかというのがそれです。


さて……。
近代に「発明」された擬体にしかすぎない国民国家という枠組みを歴史と文化を背負った運命共同体と見なす近代以前の復古的国家主義者たちの無能さは明らかだし、僕自身はアナキストだから、そうした枠組みが何に準拠されようとも、強化されるのは辟易としてしまうのですけど、建前としての「国民国家」を継続させるというのであれば、どうしても対外的なインテリジェンス機能と能力は磨き上げ強化していくことだけは必要不可欠だとは思います。

しかし、歴史を振り返ってみた場合、どうもこの国では、そうした機能や能力を磨き上げていく労作業を割愛して、返す刀となった遠心力を利用して、国内的な求心力を高めることで……例えば、国家が「それとなく」音頭をとって排他的拝外主義を蔓延させて考えるべき問題にフタを閉じ、なんとかその暑さで乗り越えようーや式のまったく使い物にならないアプローチ……対応してしまうという「お粗末」を繰り返してしまうことが多く、今回またしても同じ轍を踏んでしまうとなれば、先の敗戦以上の惨禍を繰り返してしまうのじゃないの???などと危惧する次第です。

国際情勢のなかで、国家機能を強化することはよくわかります。

しかしながら、何を強化すべきなのか……精確なリソースの注ぎ方を確認した上で、機能強化をしていかない限り、付け焼き刃の機能強化は、かえって弱体化を招いてしまう、否、国際社会からも大きな反撥を招来してしまうことだけは歴史から学ぶしかありませんよね。

ほんと、どうなるんでしょうか(´Д` )

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いよいよ「秋味」(麒麟)の季節の到来ですw

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 晴れた秋の朝の、朝日のさしているさわやかな豊穣な田園、見渡すかぎりすみずみまで耕され、まだ青々としている。玉蜀黍の畠、稲田、われわれの国の辻講演のほとりでよく見かける大きな装飾的な葉をした里芋の畠。これらの野良には、働いているたくさんの人々、どこまで行っても平野で、ただ木の茂った高い山脈に沿うて行くばかり、軽く眼を閉じれば、まるでヨーロッパのようで、例えば、地平線にアルプス連山のそびえているドーフィネ地方の感がある。
 沃野のみどりの中には、駝鳥の羽かざりに似た、ちぢれたうすい花びらのある、沼地に咲く百合の一種の、赤い花々がどっさり咲きみだれている。稲田を四角にとりかこんだ小さな畦という畦の中に、この花々が一ぱい咲いている。どこもかしこも優雅な羽毛の縁飾りのようにかたどって。
    --ピエール・ロチ(村上菊一郎・吉永清訳)『秋の日本』角川文庫、昭和二十八年、8-9頁。

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現実の所、あきにはまだほどとおい晩夏といいますか、ここ数日少し過ごしやすい日がつづいてから、もういちど猛暑がぶり返した東京ですけれども、しっとりと秋の訪れを感じる毎日です。

秋の訪れをいち早く教えてくれる『秋味』(麒麟)の季節になりましたw

この季節限定ビールを口に運ぶたびに、

「一番、大好きな季節である“秋”がいよいよ始まるな」

……その感慨を毎年新たにする次第です。

麦芽1.3倍。

これが上手いと感じるようになると、ほんとすぐに「秋」ですネ!!!

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日本国の天職如何、地理学は答へて曰く、彼女は東西両洋の媒介者なりと

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 日本国の天職如何、地理学は答へて曰く、彼女は東西両洋の媒介者なりと、勿言(いふなかれ)、何ぞ簡短の甚しきやと、是れ一大国民たるに恥ずべからざる天職なればなり、是れ希臘国の天職たりしなり、是れ英国の天職にして彼女の強大なるは彼女が能く其天職を盡せしが故なり、媒介者の位置、……「和平(やはらぎ)を求むるものは福(さひはひ)なり、其人は神の子と称へらるべければなり」。
 地理学の指定に係る我国の天職は大和民族二千年間の歴史が不識の中に徐々として盡しつゝありし大職ならずや。
    --内村鑑三『地人論』岩波文庫、1942年、167-168頁。

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どのメディアにチャンネル、電波、紙面をあわせてもこのところ共通するのが排他的ナショナリズムの論調。現下の日本のメディアは今、いかに刺激的に右傾化というエンターテイメントを見せることができるかを競っているような状況です。

醜い言葉と表情で、在日外国人に対する反感を扇動するその論調には驚くばかり。

たしかに、震災、円高等々……今は「非常時」なのかも知れませんが、その「非常時」という盾を隠れ蓑にして、とんでもないことが進展していっていると感じるのは、おそらく僕一人ではないと思います。

「」をつけて「ナショナリズム」と断る現象だけに限定された問題ではもちろんありませんが、ひとりひとりの人間が「それは大事なんだよな」って何かを「リスペクト」するとき、そのエネルギーやピュアなモチベーションを排他的に外へ眼差さなくても、その感情は成立します。どちらかといえば、自分自身にその眼差しをむけていく、そして同時に点検していくことによってそれは成立するのじゃないかと思うわけですが、基本的には、無批判に外に向かって罵詈雑言をなげかけるだけでそれが成立すると勘違いした御仁が多いのかも知れません。

しかし、振り返ってみれば、この日本列島の文化というものは……はっきりいいますが私は文化を何か実体化させるような議論に乗ることはできませんが、マア、それを横に置いておいておいたとしても……様々なひとびと、文物との交流から、現在目にすることができるものへと精錬されてきた事実だけは否定できません。

であるならば、異なるものから「学ぶ」という視座が喪失されつづけていくと、「ナショナリスト」たちが後生大切にしている「愛国」の対象というものはやせ衰えていくだけだと思うわけなんですけどねぇ。

冒頭に内村鑑三(1861-1930)の地理書『地人論』の一節を紹介しましたが、まさに「日本国の天職如何、地理学は答へて曰く、彼女は東西両洋の媒介者なり」ですね。

およそ文化・文明においては「無からの創造」は「想像だけの世界」でのみ実現されるものですから、様々なものごとに関してこちらから窓口をシャットダウンした状態では、何も生産的な議論はうまれてきませんよ。

ぎゃふん。


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地人論 (岩波文庫 青 119-0)Book地人論 (岩波文庫 青 119-0)


著者:内村 鑑三

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自己は自分の帰趨(よるべ)である。ゆえに自分をととのえよ。

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 みずから自分を励ませ。みずから自分を反省せよ。修行僧よ。自己を護り、正しい念(おも)いをたもてば、汝は安楽に住するであろう。じつに自己は自分の主である。自己は自分の帰趨(よるべ)である。ゆえに自分をととのえよ。--商人が良い馬を調教するように。
    --中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫、1978年。

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木曜日から4日間--。
通信教育部の夏期スクーリングにて「倫理学」を講じてきました。
昨日が最終講義。

100名ちかい学生さんたちと、「倫理学」とは何かを共に探究することができました。
履修してくださいました皆様方、また終了後おそくまで懇談に参加してくださいました皆様方、ほんとうにありがとうございました。

日々の生活のなかで、いろいろと凹み・悩むことの多い毎日ですが、生活を離れた世界というものは空虚な世界かも知れません。生活の場こそ、もっとも身近なものであり、ここにこそ倫理学が注目し、探究すべきものがある世界です。

その世界をたゆみなく、彩り豊かなものへと転換してゆきたいものです。

履修してくださいました皆様方、ほんとうにありがとうございました!!!

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覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『困ってるひと』=大野更紗・著」、『毎日新聞』2011年8月21日(日)付

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今週の本棚:沼野充義・評 『困ってるひと』=大野更紗・著
 (ポプラ社・1470円)

 ◇「難病女子」の闘いに前向きパワーをもらう
 絶妙のタイトルに惹(ひ)かれた。「困ってるひと」って、誰のことだろう?
 著者はまだ二十代半ばの若い女性。「闘病記」ではないとご本人が断っているけれども、一種の闘病記であることは間違いない。しかし、それにしてはとてもユニークな書きっぷりだ。地獄のような苦しみの中、いつぽきりと折れるかわからない状態なのに、いつもユーモアを忘れず、自分の状況や自分を取り巻く医師や看護師、他の患者や友人などの姿を的確に、感謝の念を込めて、しかし言うべきことはきちんと言いながら描いている。
 「更紗ちゃん」は上智大学の大学院に学びながら、ビルマの難民支援の運動に打ち込んでいた。その活動の熱心さには、本当に頭が下がる。しかし、彼女は正体のよくわからない病に冒され、全身がぱんぱんに腫れ上がり、関節ががちがちに固まり、高熱を発したまま下がらなくなる。これでは難民支援活動どころか、カバンを持つことも、一人で歩くこともできない。つまり、皮肉なことに、「困ってるひと」を助けようと頑張っていた人が、自ら他人の助けを必要とする「困ってるひと」になってしまったのだ。
 最初は都心の某有名大学病院や、両親の住む福島の実家近くの大病院などにかかってもお手上げで、病名すらわからない。最後にようやく、東京の優れた専門医にめぐり合い、「宇宙級に飛び抜けた」プロフェッサーや、その下で働くお説教パパ先生、そして主治医の優しいクマ先生などの親身な治療を受けながらの療養生活が始まった。病名は「皮膚筋炎」と「筋膜炎脂肪織炎症候群」の併発というもの。自己免疫系の珍しい難病だという。
 想像を絶するほど痛い検査の数々、薬のおそろしい副作用、死にたいと思いつめるほどの気持ちの落ち込み。そうこうしているうちに、ある日、腫れ上がったお尻が突然破裂して血と膿(うみ)が混ざったどろどろの液体がゆうに一リットルも流出し、巨大な空洞を残すという衝撃的な事態になる。しかし、著者はそれさえも「おしり大虐事件」と呼び、「難病女子」は「おしり女子」となり、人類から有袋類へと超絶的な変身をとげたのだ、と言ってのける。そして、こんな毎日の中でも、ある出会いから恋愛が芽生え、それが「生きたい(かも)」と思う気力の源になる。
 最後に、長い闘病生活を通じて見えてきたのは、障害者や難病患者を支援するはずの社会福祉制度があまりに複雑で必ずしも効果的に機能していないという現実である。かくして、難病女子の闘いは、社会の中での自分の居場所を確保するためのミッション・インポッシブル(不可能な大作戦)となっていくのだ。
 こんなに苦しい病気の話を、こんなに面白く書いてしまっていいのだろうか、と私は何度も自問し、時にふき出しながらこの本を読んだ。肝心なのは、自分の姿も客観的に見つめながら、「絶望は、しない」と言い切る著者の姿勢だ。これだけの前向きのパワーが一体どこから出てくるのだろうか。多くの読者が、力をもらうに違いない。しかし、それは単なる同情からではないだろう。じつはまわりを見渡せば、世の中、「困ってるひと」ばかりではないか。津波に襲われた人、原発事故に故郷を追われた人、大学を出ても就職口が見つからない若者たち。かく言う私も(詳しいことは言いませんが)、いろいろ困ったことを抱えている。この本は病気にかかっているかどうかにかかわらず「困ってる」皆のための本、つまりあなたと私のための本なのだ。
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『困ってるひと』=大野更紗・著」、『毎日新聞』2011年8月21日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/news/20110821ddm015070010000c.html


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著者:大野 更紗

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universalとpersonal

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 そこで、あなた方でする仕事というものを見ると、普遍的即ちuniversalの性質を持っている。私どもの方はuniversalではなくてpersonalの性質を持っています。なお敷衍していえば、あなた方はまず公式を頭の中に入れて、そのapplicationが必要であるそれは人間が考えたものに違いないけれども、私がこのものがいやだといっても御免蒙ることはできない。universalということはpersonalityという個人としての人格じゃなくて、personalityをeliminateし得る仕事なのです。この鉄道は誰が敷設したという事は素人にはあまり参考になりません。この講堂は誰が作ったって問題にならない。あすこにぶらさがっているランプだが、電気だが何だか知らないが、これには何のpersonalityもない。即ち自然の法則をapplyしただけなのであります。
 しからばわれわれの文芸は法則を全然無視しているかというと、そうでもない。ベルグソンの哲学には一種の法則みたいなものがある。フランスではベルグソンを立場として、フランスの文芸が近頃出て来ている。しかしわれわれの方ではsexの問題とかnaturalismとか世間に知れわたった法則等から出立するものは、そのabstractionの輪郭を画いてその中につめこんだのでは、生きて来ない。内から発生した事にならない。拵えものになる。即ちわれわれの方面では、abstractionからは出立されないのです。しからば文学者の作ったものから一つの法則をreduceすることはできないのかというと、それはできる。しかしそれは作者が自然天然に書いたものを、他の人が見てそれにphilosophicalの解釈を与えたときに、その作物の中からつかみ出されるもので、初めから法則をつかまえてそれから肉をつけるというのではありません。われわれの方でも時には法則が必要です。何故に必要であるかといえば、これがために作物のdepthが出てくるからである。あなた方の法則はuniversalのものであるが、われわれの方ではpersonalなものの奥にlawがあるのです。というのは既に出来た作物を読む人々の頭の間をつなぐ共通のあるものがあった時、そこにabstractのlawが存在しているという証拠になるのです。personalのものが、universalではなくても、百人なり二百人なりの読者を得たとき、その読者の頭をつなぐ共通なものが、なくてはならぬ。これが即ちlawである。
 文芸はlawによってgovernされてはいけない。personalである。freeである。しからばまるで無茶なものかというと、決してそうではないというのであります。
    --夏目漱石「無題(東京高等工業学校交友会雑誌所載の略記による)」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年、181-183頁。

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人文科学というものは、文芸と違い創造性は皆無であっても成立します。否、詰めていく作業としては自然科学と殆ど同じといっても過言ではありません。

しかし、その研究対象は、なんらかのlawによってgovernされているわけではなく、personalでありかつfreeなものが殆どということが屡々あります。

しかし、その対象が百年、二百年にわたって「意味あるもの」と受け継がれているという意味では、そこにlawが存在する。

その形にならないものに「形」を与えていく--そこが難行なわけですが、この仕事に従事するというのは、その醍醐味を味わうことができる……そこが哲学や倫理学、そして神学の楽しみかもしれませんネ。

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その非人間的なものにしても、やはり人間からわれわれに到来したものなのだ

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 十数世紀のあいだ、われわれは人間的なものと格闘している。たしかにこれらの世紀は非人間的なものにかくも溢れかえっているが、その非人間的なものにしても、やはり人間からわれわれに到来したものなのだ。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「ジュネーブ精神について」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年、147頁。

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非人間的なものも、やはり人間からわれわれに到来したものであるとすれば、その対処はなんとかなる。しかし、すべての事象を「(私自身の)人間の問題」として捉えることが出来なければ、それがどれだけ容易な問題であったとしても解決することは恐らく不可能だと思う。

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哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である

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 しかしそれでも魚住君は、自分が何故こんな苦労をしてまで哲学科へ入ろうとするかについて、熱心に語ることをやめはしなかった。自分を衝き動かしているのは人生問題である。人生の意義を知ることが自分にとっての学問の目標である。とすれば自分は哲学を学ぶほかない。哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である。出来上がった知識ではなくして、無限に知識を求めて行くという知識愛求の活動である。技術と結びついた知識、役に立つ知識は、分科が細かく分れるほど精緻に発展するであろうし、そういう専門的教育も職業と結びついて重要であるには相違ないが、しかし人としての本質を全面的に発展させ、人格を豊に作り上げてゆくという意味での一般教養は、人生の意義を自覚するという点からして、一層重要でなくてはならない。そうしてそういう一般的教養を与えるのがまさに哲学なのである。将来職業として何を選ぶにしても、こういう一般的教養を身につけていることは、是非必要だと考える。たとい君が英国の詩人の研究に没頭するにしても、或はさらに君自身が詩人として詩作に没頭しようと考えるようになったとしても、一般教養を身につけ、広い限界をもって人生を見渡し得るようになったということは、決して後悔しないであろう。況んや数年後に入学すべき文科大学において、ケーベル先生の如き優れた哲学者の教を受け得るということは、われわれの年輩の青年たちの持っている非常な幸福なのである。この幸福を見す見す取り逃してしまう手はない。
 魚住君はそういう意見を熱心に述べた。ここにも当時の心境を告白するという意味があったであろう。わたくしはこの意見からも非常に強い印象を受けた。そうしてその場で哲学志望ということにしようと決意した。
    --和辻哲郎『自叙伝の試み』中公文庫、1992年、479-481頁。

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さて、本日より夏期スクーリングにて4日間「倫理学」を集中講義させていただいております。

18日は、東京ではこの夏最高の暑さ!

暑い毎日ですが、全力で講義に取り組んで参りますので、ご受講されている皆様方、どうぞ宜しくお願いします。

さて……。
いつも倫理学やら哲学やらを講じておりますのと、要するに「何かに直結」した分科ではありませんので、終了後に目に見えるような形での「お土産」を持たせることができず、学問に誇りはもっておりますが、それでもな忸怩たるところが否めません。

しかし、まあ、倫理学とか哲学という学問は、人間を根本的に形成していくアルゲマイネ・ビルドゥングですから、今日から4日間かけて学ぶことは、かならず学習者の心と頭の中に大きな財産を残していくと確信(……そしてそのような授業をもちろんしますけどネ)しておりますので、焦らずにどうぞよろしくお願いします。

上に引用した文章は、日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)が旧制一高に入学した当時の想い出のひとつ。

和辻自身は当初、英文学でもやろうかと考えていたようですが、姫路中学の先輩であった折蘆・魚住彰雄(1883-1910)から「大学では哲学を学ばなければならない」という話に感化されて、進路を哲学--後に専門として所属するのは「倫理学」ですけれども--に決心したという一コマから。


「哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である。出来上がった知識ではなくして、無限に知識を求めて行くという知識愛求の活動である。技術と結びついた知識、役に立つ知識は、分科が細かく分れるほど精緻に発展するであろうし、そういう専門的教育も職業と結びついて重要であるには相違ないが、しかし人としての本質を全面的に発展させ、人格を豊に作り上げてゆくという意味での一般教養は、人生の意義を自覚するという点からして、一層重要でなくてはならない」。

和辻が描写する魚住のこの言葉を自分自身も深くかみしめながら残り3日間、最高の講義をめざしてがんばりますので、夏の暑さに負けず、鍛えの一日一日にして参りましょう。

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原始時代からホンの近代に至るまでの、ほとんど唯一の大道徳律としての奴隷根性

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 僕は余りに馬鹿々々しい事実を列挙して来た。今時こんな事を言って、何のためになるのかと思われるような、ベラボーな事実を列挙して来た。けれどもなお僕に一言の結論を許して戴きたい。
 主人に喜ばれる、主人に盲従する、主人を崇拝する。これが全社会組織の暴力と恐怖の上に築かれた、原始時代からホンの近代に至るまでの、ほとんど唯一の大道徳律であったのである。
 そしてこの道徳律が人類の脳髄の中に、容易に消え去る事の出来ない、深い溝を穿ってしまった。服従を基礎とする今日の一切の道徳は、要するにこの奴隷根性のお名残りである。
 政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども過去数万年あるいは数十万年の間、われわれ人類の脳髄に刻み込まれたこの奴隷根性を消え去らしめる事は、なかなかに容易な事業じゃない。けれども真にわれわれが自由人たらんがためには、どうしてもこの事業は完成しなければならぬ。
    --大杉栄「奴隷根性論」、飛鳥井雅道編『大杉栄評論集』岩波文庫、1996年、40ー41頁。

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何か事があると「日の丸」を掲げた御仁ていうのはどうも国士気取りの人が多いようですね。

僕は現政権が致命的とは承知ですけれども、何かあるとすぐに法改正だ!と掛け声だけは大きいのだけど、結局それで全て改善されると思ってるのかしら……などと思うことが屡々あります。

この脊髄反射に似た……それが全て悪いとはいいませんが……何かを除去すれば完結するとか、整備すればすべてOKていう発想には強烈な違和感です。

外面的整備は必要不可欠ですが、それでことをよしとみてしまうことは、一個の人間存在は、他律的な規範変更によってすべて改善可能だと見てしまうものの見方なのではないかあと思ってしまうわけなんですよね。

その意味では、他律的……という問題は文字通り「他から規律される」わけですから、それは一種の「奴隷根性」の現れなのかも知れません。

まあ、自分自身の変革や関わる人間を大切にする眼差しが全く見えてこない。何もかわりませんよ( `Д´)

さて……。
カント(Immanuel Kant,1724-1804)が『純粋理性批判』乃至『道徳形而上学概論』で指摘している通り、道徳とは「盲従、崇拝」の概念ではなく、自らが主体的にそれを守って生きていくというところにその本義があります(カントの言う「自律」)。

カントがわざわざ、道徳学を構想し、そこまで言及せざるをえなかった背景には、道徳をアナキスト・大杉栄(1885-1923)指摘する通り、「奴隷根性」としての受容が洋の東西を問わずあったのかもしれません。

いうなれば他律から自律へ。

この転換がない限り、いくら「政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたり」しても根本的な転換にはなりえないのかもしれませんね。

まあ、自分自身の変革や関わる人間を大切にする眼差しが全く見えてこないようでは、何もかわりませんよ( `Д´)

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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著」、『毎日新聞』2011年8月14日(日)付。

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今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著

 (講談社現代新書・798円)

 ◇報道の公共性と倫理への呼びかけ
 福島の第一原子力発電所は、旧式の原子炉を温存し、狭い場所に密集して建て並べていた。これが津波による被害を大きくしたのだが、全国には同様に古い原子炉を密集させている発電所が多い。じつはより安全な新型原子炉も発明されているのに、それが導入されないのは反原発の世論が強く、たとえ改善のためでもいっさいの新設は実現しにくいからだと、著者は冒頭から読者を驚かせる。

 反原発派は原子炉に改善がありうる事実を認めないし、電力会社を含む推進派はもし新型の導入を口にすると、現存の炉に問題があることを白状する結果になるからだという。著者はみずから推進派ではないが、このように世論が二分されて、相互不信からメディアの情報が硬直している現状を憂慮する。現に新聞も先入観から勉強を怠り、科学的にはありえない軽水炉の再臨界の可能性を伝えるなど、実態の弊害は深刻だと警告するのである。

 この問題意識から、著者は一転して情報メディアの本質論に移り、新聞、放送はもちろん、ブログやツイッターなど新興の電子媒体にも広く目を配る。そのさい情報メディアの「公共性」という慣用句にも反省を加え、公共と共同体の峻別(しゅんべつ)を促すのだが、随所にそうした理論的な精緻さが光る。共同体が同一価値観を共有する社会集団であるのにたいし、公共とは複数の共同体を含んでそれらを共存させるときに成立する。したがってメディアが公共性を標榜(ひょうぼう)する以上、その役割は対立する共同体の世論を調停することにこそあって、一方に加担するなどもってのほかということになる。

 もちろん調停といっても妥協に甘んじることではなく、まず必要なのは取材の精度を高め、データによって対立する双方を説得することである。そのうえで重要な注意は、「特定化された非知」を認め、あえて報道の「可謬(かびゅう)主義」をとることだと、著者は言う。調べを尽くしたうえでなおわからぬことはわからぬと伝え、おこなった報道にも誤謬の可能性が残ることを、誠実に自認することである。

 現状はこの理想からいまだ遠く、大メディアのなかでは情報の悪(あ)しき自己増殖が進んでいる。メディアが大衆の関心をそそり、そそられた関心に媚(こ)びてそれに合う情報を増産するという、悪循環である。一方、これに対抗するはずの昨今の電子媒体、ブログやツイッターにもこのままでは希望はない。それらはもともと私的な社交のための通信手段であり、非公共的な共同体を増殖させて、世論の対立を煽(あお)る恐れを秘めているからである。

 とくに直近のウィキリークス事件に触れて、電子媒体の編集責任を問う著者の視点は鋭い。あるだけの情報をただ集めて、機械的にすべてを流すというこの手法は、情報に巻き込まれた無辜(むこ)の個人を傷つける危険を避けられない。何を伝え、何を伝えないかを決めるのは人間の責任であり、しかも暖かい心を持った人間の仕事であるべきだという。

 それにつけて著者が未来の報道人に期待する心得は、印象的である。報道に不可欠なのは「正義の論理」ではなく、「ケアの倫理」だというのだが、一見これは奇異に響くかもしれない。だがその真意は、生身の取材者が生身の取材源と全人格をあげて向きあい、個人の人生に深く寄り添ったうえで、公共の利益のために伝えるべき情報を選択することだという。メディアにとっては至難の理想だが、反面、報道人にたいする著者の尊敬の一句と読むこともできるだろう。
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『原発報道とメディア』=武田徹・著」、『毎日新聞』2011年8月14日(日)付。

http://mainichi.jp/enta/book/news/20110814ddm015070010000c.html

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詩人の芸術は、われわれの個性をよりよく悟らせ、われわれの視界を自己の心情体験を超えた広さに拡大する媒介となる

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 抒情詩人は、平生は外的目的に攪乱されたり日常的騒音に被われたりしている、心の内のしずかな推移を、心耳に聞きとり、これを捉えて意識にまでとりあげる能力が恵まれている。詩人はわれわれの心の内に、かつてわれわれの心の内に存した一連の内的生活をふたたび呼び醒ましてくれ、しかもそれは特に強い特に独特な仕方でではなく、穏やかな経過をとりつつ意識的にあつかわれているので、詩人の芸術は、われわれの個性をよりよく悟らせ、われわれの視界を自己の心情体験を超えた広さに拡大する媒介となる。心情の天才はわれわれの一人一人にわれわれ自身の内界を啓示し、またわれわれに親近な他人の内奥を洞見させる。こうした詩人の個性が多種多様であることによって、われわれは人間の内奥のゆたかさを会得させられる。したがってまたわれわれが或る抒情詩人を理解し、その詩人の意義を認識するのは、詩人が人間的内奥の諸相ならびにそれの芸術的表現手段によって生みだした新しいものを把握する必要がある。
    --ディルタイ(小牧健夫・柴田治三郎訳)『体験と創作(下)』岩波文庫、1961年、206頁。

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詩は真実を描写するわけではないけれども、イコール「嘘」ではありません。

ここをはき違えると大変なことになってしまう。現代世界においてもっとも大切なことは「真実」の探求と、そして「詩心の復権」につきるのだろうなあと常々考えております。

うえの文章はディルタイ(Wilhelm Christian Ludwig Dilthey,1833-1911)が文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)の詩作の力強さを評した部分ですが、まさに詩の力とは「詩人はわれわれの心の内に、かつてわれわれの心の内に存した一連の内的生活をふたたび呼び醒ましてくれ」るところにあるのはその指摘のとおりです。

たしかに目の前にある問題に対応することは必要不可欠なんですが、その問題を引き起こした人間そのものへ目を向けることも大切です。その営為が失われてしまうと、何度も同じ事を繰り返さざるを得なくなってしまいますしね。

優れた詩人の作品は、読む者の魂を高揚させてくれます。

それは、宇宙のリズムや巧まざる自然の営みへの驚きであれ、あるいは圧政への抵抗の叫びであれ、謳い上げられた詩人の心が、読者の心に触れて、共振を起こしてくれる。

この力が今の世界では最も必要だと思うのですが……いかがでしょうか。

人間は詩を読むことにより、様々な立場や地位に「ある」存在以前の、一個の人間に立ち戻ることを促してくれます。そして人間の善性を揺さぶり結集し、その尊厳性を涵養してくれるのが詩の力。理想をみつめつつ、現実を力強く開いていく精神の力、言葉の力こそこそ、詩心にほかならないと思います。


逐語霊感的な墨守でもなく、大言壮語でもない……そこに「詩」のもつ「言葉」の「力」がさく裂する契機があるんですよね。

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懐疑とは戦士のような心のことであって、掏摸のような心のことではない

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 人々はしばしば次のように語る、懐疑は疲れ、傷つき、病める心のことであって、健康で活動する心の知らないことであると。私は彼らがこの言葉によって何を意味しようとしておるかを認識し、また彼らの意味することが事実であることを承認することを惜しまない。彼らのいう懐疑は、私がここに正しきもしくは真の懐疑とよぶところのものでないことは明らかである。真の懐疑は柔軟ではなくて剛健な心、自分自身をも否定して恐れない心、ヘーゲルの言葉を用いるならば真理の勇気(Der Muy der wahrheit)をもった心において可能である。それは戦士のような心のことであって、掏摸のような心のことではない。かようにして懐疑という言葉に伴いやすい種々の不純な意味を退けて、それが含まねばならぬ積極的な方面を特に高調するために、私は反省という言葉を選び反省をもって語られざる哲学のとらねばらない正当な出発点と見倣そうと思う。
    --三木清『語られざる哲学』講談社学術文庫、1977年、19-20頁。

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先のエントリーに続き、懐疑から真理へと至る門が開かれるという話ですが、今日は三木清(1897-1945)の指摘を紹介。

同じネタでスイマセン。てか、最近、ホント時間と余裕がなくて……恐縮の次第。

さて……
懐疑というものは、確かに「懐疑は疲れ、傷つき、病める心のこと」だと世人は嘆き、なるべくそれに近づかないようにと配慮しますが、そんなものは本物の「懐疑」ではなく「懐疑する」ことへ「惑溺」するだけの話なんでしょうね。

ここには真の懐疑は存在しません。だから「疲れ、傷ちき、病める心」となってしまう。

では、本来的な懐疑とは何か。

三木は、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)の言葉を紹介しながら、「真理の勇気(Der Muy der wahrheit)をもった心」によって初めて可能になる「戦士のような心」であり、「掏摸のような心」ではないいいます。

「懐疑する」ことへの「惑溺」は「掏摸のような心」であり、本当の懐疑とは「戦士のような心」。後者のごとくありたいものです。

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「一生に一度は」自分自身へと立ち帰り、自分にとってこれまでは正しいと思われて来たすべての学問を転覆させ、それを新たに建て直すよう試みるのでなければならない

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 第一に、真剣に哲学者になろうとする人は誰でも、「一生に一度は」自分自身へと立ち帰り、自分にとってこれまでは正しいと思われて来たすべての学問を転覆させ、それを新たに建て直すよう試みるのでなければならない。哲学ないし知恵とは、哲学する者の一人一人に関わる重大事である。それは自分の知恵とならねばならず、普遍的に探求されるものでありながら自ら獲得した知として、初めからそしてその歩みの一歩一歩において、自らの絶対的な洞察に基づいて責任を持てるような知、とならねばならない。このような目標に向かって生きる決心によってのみ、私は哲学者となるのだが、もしこのような決心をしたなら、それによって私は、まったくの無知から始める道を選んだことになる。そこでは明らかに、真正な知い導いてくれる前進の方法をどうしたら見出すことができるか、について考えることが第一である。したがって、デカルトの行った省察は、デカルトという哲学者の単に個人的な事柄を目指したものではなく、ましてや、ただ印象深い文学的形態をもって最初の哲学的基礎づけの叙述を目指したものでもない。それはむしろ、哲学を始める者それぞれに必要な省察の原型を表しており、そこからのみ哲学は根元的に誕生することができるのだ。
    --フッサール(浜渦辰二訳)『デカルト的省察』岩波文庫、2001年、18-19頁。

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フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl,1859-1938)が『デカルト的省察』を刊行したのは1931年。

パリでの講演をもとにした晩年の著作ですが、このなかで『イデーンⅡ』でも展開された、間主観性や他我の問題について主として論じられております。

晩年のフッサールは、中期の『イデーン』から大きく変化したといわれるが、彼自身の主題は、終始一貫して変わっていないのではないかと思います。

徹底的に認識論を遂行することで、認識論の限界の解消を目指していく知的格闘というものは、それは現象学的還元とエポケーによって可能であるということのひとつの事例なのではないかと思っても見たりするわけですからね。

その精度をどのように高めていくのか……その紆余曲折・試行錯誤というのが「展開」の実情にほかならず、その格闘というものは、テキトーな間主観性への「逃避」なんていうものじゃアねえだろう……素人読みですけれども、年代順にフッサールの著作を追っかけてみると、その経緯というものが手に取るように分かってしまう次第です。

さて……。

先に『デカルト的省察』の冒頭の一節を紹介しましたが、もはや補足することもコメンタリーすることも不要なほど明快な議論ですよね。

これまでなんども、生産的な意味での「懐疑」について何度も言及してきましたが、フッサールのこの言葉は、人間がいきる上で「それはどうなのか」って問いかけを探究することの大切さを、極めて平易に「宣言」したマニフェストのようなものかもしれません。

思うにソクラテス(Socrates,469 BC-399 BC)の問いかけ、そしてその問いかけを洗練させたデカルト(René Descartes,1596-1650)の探究のアクチュアリティにもう一度立ち返れ……フッサールの「宣言」には西洋哲学史の……もちろんフランス現代思想をテキトーに引いてその暴力性を「指弾」することは簡単ですけれども、字義通りの意味で……という人間に対する「素朴な反省」への促しとして、その言葉の意義を考えさせられてしまうんですよね。

自分に向き合ってくるモノに対する「謙虚さ」こそ「ほんとうの懐疑」なのかもしれませんね。


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私は人間という言葉を耳にすると、まるで生まれる時から特に自分と親密だった仲間の所へ行くみたいにすぐそちらの方に駆けつけるのですよ

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 私は人間という言葉を耳にすると、まるで生まれる時から特に自分と親密だった仲間の所へ行くみたいにすぐそちらの方に駆けつけるのですよ。あそこに行けば幸いに安らぎの場が得られるものと信じているからです。
    --エラスムス(箕輪三郎訳)『平和の訴え』岩波文庫、1961年、25頁。

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昨夜は、通信教育部の学生さんの皆様と軽く?一献。
遅くまでご参加頂きました皆様方、ありがとうございました。

学生さん同士での闊達なやりとりほど、素晴らしい対話空間というものはありませんネ。社会的地位や身分、年齢、性別の括りに縛られることなく、なんでも自由に話し合いができるのが、「何かを学ぶ人間」の特権であり、そこから新しい発見をし、また今日から頑張ろうと進んでいくことができるのが本当に不思議なものです。

だからこそ「私は人間という言葉を耳にすると、まるで生まれる時から特に自分と親密だった仲間の所へ行くみたいにすぐそちらの方に駆けつけるのですよ」!!!

文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)は、エッカーマン(Johann Peter Eckermann,1792-1854)との対話のなかで「人間が一人でいるというのは、よくないことだ。ことに一人で仕事をするのはよくない。むしろ何事かをなしとげようと思ったら、他人の協力と刺戟が必要だ(エッカーマン、山下肇訳『ゲーテとの対話』岩波文庫、1969年)」と語っておりますが、勉強という作業は、確かに一人一人がコツコツやらって積み上げていかないと始まりません。

しかし学問……問いを学ぶということ……は一人でコツコツ積み上げるだけでは完成いたしません。集まって何をするというわけでもありませんが、一人で孤立するのではなく、個の世界を大事にしつつも、全体の世界への参与という回路も大事なのではないかとフト感じた次第。

たしかに、複数の人間の世界というものは、居心地のよいものでない場合も多々ありますが、そうでない素晴らしい空間というものもありますから、それを一つのモデルにしながら、「あそこに行けば幸いに安らぎの場が得られる」ってものに転換してゆきたいものですね。

ともあれ、皆様遅くまでありがとうございました。


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西田幾多郎の読書論、「多くの可能の中から或一つの方向を定めた人の書物から、他にこういう行方もあったということ」の探究

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 何人もいうことであり、いうまでもないことと思うが、私は一時代を画したような偉大な思想家、大きな思想の流の淵源となったような人の書いたものを読むべきだと思う。かかる思想家の思想が掴まるれば、その流派というようなものは、恰も蔓をたぐるように理解せられて行くのであるむろん困難な思想家には多少の手引というものを要するが、単に概論的なものや末書的なものばかり多く読むのはよくないと思う。人は往々何々の本はむつかしいという。ただむつかしいのみで、無内容なものならば、読む必要もないが、自分の思想が及ばないのでむつかしいのなら、何処までもぶつかって行くべきではないか。しかし偉大の思想の淵源となった人の書を読むといっても、例えばプラトンさえ読めばそれでよいという如き考には同意することはできない。ただ一つの思想を知るということは、思想というものを知らないというに同じい。特にそういう思想がどういう歴史的地盤において生じ、如何なる意義を有するかを知り置く必要があると思う。況して今日の如く、在来の思想が行き詰まったかに考えられ、我々が何か新に蹈み出さねばならぬと思う時代には尚更と思うのである。如何に偉大な思想家でも、一派の考が定まるということは、色々の可能の中の一つに定まることである。それが行詰った時、それを超えることは、この方に進むことによってでなく、元に還って考えて見ることによらなければならない。如何にしてこういう方向に来たかということを。而してそういう意味においても、また思想の淵源をなした人の書いたものを読むべきだといい得る。多くの可能の中から或一つの方向を定めた人の書物から、他にこういう行方もあったということが示唆せられることがあるものでもあろう。
    --西田幾多郎「読書」、『続思索と体験 「続思索と体験」以後』岩波文庫、1980年、246-247頁。

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西田幾多郎(1870-1945)の読書論をひとつ紹介しておきます。

冒頭で西田が「一時代を画したような偉大な思想家、大きな思想の流の淵源となったような人の書いたものを読むべきだ」ということは誰も否定できません。

しかし具体的に「どう読むのか」になると詳論してくれる論者というのは少ないものです。

では「一時代を画したような偉大な思想家」の著作をどのように読めばいいのでしょうか。たしかに「一時代を画したような偉大な思想家」というものは「むつかしい」ことは否定できません。しかし、「自分の思想が及ばないのでむつかしいのなら、何処までもぶつかって行くべきではないか」というのも筋であることは間違いないでしょう。

術語や概念、思想史的背景を踏まえて読む必要上から「多少の手引」を必要とはしますが、そうしたものばかり読んでいても始まりません。だからこそ「多少の手引」を案内・方便としつつも「何処までもぶつかって行くべきではないか」というわけです。

さて……。
そうして「一時代を画したような偉大な思想家」の著作と向き合うことによって、何に到達すればよいのでしょうか。専門家でなくてもそうした著作は読むべきだと僕は思いますが、それは重箱の隅を突くような釈義の爪をしてもしょうがないでしょう。

だとすれば、それをやはり現在の問題として捉えながら、反省しながら、自分自身の問題として読んでいくしかありませんよね。

西田曰く……

「何に偉大な思想家でも、一派の考が定まるということは、色々の可能の中の一つに定まることである。それが行詰った時、それを超えることは、この方に進むことによってでなく、元に還って考えて見ることによらなければならない」

ここでしょうか。

今日、現代の積み重ねが歴史であるとすれば、今日、現代というのは昨日・今日に一挙に立ち上がったものではありません。

現在という時代は、何かしらの思想や考え方を元にして……そして正確にいうならばそうした思想や考え方のもつ多様な可能性を省捨して、絶対化された一つに基づいて……デザインされているわけですから、その問題を見直すためには、遡って、「色々の可能の中」を省察しながら、そしてまた現代へと還っていくしかありません。何しろ、我々は無から何かを創造することもできませんし、その問題のある現象に対して、パブロフの犬のごとく「no」と叫び続けても非生産的ですしね。

だとすれば、やはり、「元に還って考えて見ることによらなければならない」。

「多くの可能の中から或一つの方向を定めた人の書物から、他にこういう行方もあったということ」……これは人から教えてもらって「はあ、そうですか」となるものではありません。自分で苦労して掴みとるしかありませんが、これがマア、いわば読書……しかもそれは「一時代を画したような偉大な思想家」の著作を読む……醍醐味というやつではないかと思います。

短い文章ですが、さすが、西田幾多郎。味わい深いものですね。


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「正しきをおこない、なにびとをも恐れるな」ということわざだけでは、この世を渡ることはできない

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八月十日
 「正しきをおこない、なにびとをも恐れるな」ということわざだけでは、この世を渡ることはできない。まず、だれも全く正しいおこないはできないし、その意味ですでに前提が欠けている。次に、なにびとも、たとえ最も身分の高い人でも、他人の奉仕や好意に頼らずには生きてゆけないのである。だからこの言葉は、たいていは傲慢でかたくなな心情の表れにすぎず、しかも望みどおりの効果を収めることができない。こんな言葉は一種の無知やおごりのせい(だからだれからもひどく反撥される)であるか、さもなければ、それは「平々凡々たるやから」の逃げ口上にすぎない。
    --ヒルティ(草間平作・大和邦太郎訳)『眠られぬ夜のために 第二部』岩波文庫、1973年、180頁。

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久しぶりにヒルティ(Carl Hilty,1833-1909)を読み直しておりましたが、いやはや……。
染み込みますね。

ヒルティは確かにキリスト教倫理に基づく訓戒風の書き物が多いのですが、単なる訓戒を羅列したというよりは、その落とし穴までさりげなく同時に指摘する勇気と英知にいつも、「まいったな」ってなってしまいます。

確かに「枕頭の一書」と呼ばれるだけの所以はありますね。

「正しきをおこない、なにびとをも恐れるな」というのは普遍のルール、矜持かもしれません。しかしそのことばだけでは世を渡ることはできませんが、かといって全否定する必要もないわけですが、どのように現実を深く認識し、洞察し、そこから組み立て直していくのか……その労作業が割愛された場合、うまく機能しないというものなんでしょうねぇ。

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夏の下町の風情は大川から、夕風が上潮と一緒に押上げてくる

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 夏の下町の風情は大川から、夕風が上潮と一緒に押上げてくる。洗髪、素足、盆提灯、涼台、桜湯--お邸方や大店の歴々には味えない待ちつづきの、星空の下での懇親会だ。湯屋より、もちっとのびのびした自由の天地だ。
    --長谷川時雨『旧聞日本橋』岩波文庫、1983年、244頁。

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久しぶりに夏らしい一日。

東京の下町ではありませんが、からっとした陽気……でもそれは苦手ですが……ですが、少々湿度が低かった所為でしょうか。木陰を駆け抜ける風はさわやかで、ちょっとした涼に感動した一日。

東京気質というのは、粘着性というよりも少し「さっぱり」したところ。

それを「人情がない」という向きもありますが、僕は結構好きなんですよね。

夏の夕暮れに吹き込む一陣の涼風のように……。

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覚え書 科学高等教育機関としての大学

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 大学における科学は、たまたま特別な才能に恵まれればできるとか、変転きわまりない経済的、社会的、政治的な諸条件が幸いにも適切であればやれるというものではない。むしろ科学は、大学において〈長い年月をかけて打ち立てられる〉ものである。大学は、そのように打ち立てられる一つの制度、詳しく言えば、科学の高等教育機関である。さまあまな学科や専門領域(専攻)、学部に別れて、分業を行う大学は、学芸総体に関する教育と研究の最も重要な場所である。
 その理念と内的ダイナミックスから、大学は、社会的、政治的、言語的、文化的なさまざまな限界を超えるものとして設立されている。(ナチズムの時代や社会主義諸国におけるような)後退を別とすれば、大学は最初からいつも、相互に活発な交流を行い、教師にせよ学生にせよ、あらゆる国の人々に開かれているものであった。
 講義やセミナー、図書館、研究所、病院、実験室により、また他の大学や科学アカデミー、開かれた研究所と協力して、(工科系の単科大学や総合大学を含めて)大学は、次のような基本的課題を遂行する。(一)(神学者や法学者、経済学者、医者、ギムナジウムの教師、社会科学者、自然科学者そしてもちろん技術者の)学問的(アカデミックな)職能教育、(二)学問上の後継者の育成、そして何よりも(三)科学研究。
 現代の生活世界の科学化は、この三つの課題のいずれにおいても、量、質、ともに増大した要求に、大学が直面せざるを得ない状況を生みだしている。社会一般の議論には、研究の場を求める声が高まっており、時代に即した新しい教育課程への要望がクローズアップされている。この点については、多様化し、高度に特殊化した研究に対する社会的ニーズが高まっていることを忘れてはならない。新しい、あるいは流行している領域についてだけでなく、研究の場ならびに学問の後継者を養成できる場を飛躍的に拡大したり、親切することが求められているのである。
 大学の学問的エートスからすれば、問題全体に対してきわめて慎重な態度で取り組む必要がある。学問全体が--分業が必要であるとしても--個々の研究法およびその応用から生ずる、社会的なリスクや二次的影響を研究するということもその一つである。また、科学によって後々まで規定され続ける生活世界に見られる二面性、すなわち、科学かが技術による利便や豊かな暮らし、医療の向上だけをもたらすのではなくて、人間関係を脅かし、自然的な生活のリズムを激変させ、社会的環境を急変させ、その結果、方向喪失の機器に導き、中にはすでに恐るべきものとなっている自然環境の破壊をももたらすという事実についても、研究がなされなければならない。したがって大学は、たんに理論的な好奇心(Blumenberg参照)の場、つまり、自然や社会についての技術、あるいは解釈学的、または臨床的な同期に基づくだけの場であってはならない。古典ギリシアの哲学や学問の伝統に則って、大学は、批判的、つまり自己自身に対しても批判的である思考のための場でなければならない。この思考は、時に見かけられる個別科学を絶対化すべきだという主張とは異なり、或る専門や方法、態度だけに限られない思考である。
    --オトフリート・ヘッフェ(青木隆嘉訳)『倫理・政治的ディスクール 哲学的基礎・政治倫理・生命倫理』法政大学出版局、1991年、243-245頁。

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ただ私は、原始的なものへのノスタルジーなど全然持ちあわせておりません

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 --私たちは、映像、音響、スペクタクルの社会のなかで生きています。この世界では、退いて反省するための場所はわずかしかありません。もしこのような発展がさらに速度を増せば、私たちの社会はその人間性を損失することになるのでしょうか。

 もちろんそのとおりです。ただ私は、原始的なものへのノスタルジーなど全然持ちあわせておりません。そこに何か人間の可能性があるとしても、その可能性はあくまで語られねばなりません。言語偏重主義という危険はあります、けれども、他者への呼びかけである言語はまた、「自己を疑うこと」の本質的な様態でもあるのです。そして「自己を疑うこと」こそが哲学にとって固有のことがらなのです。ただそうは言っても、私は映像を告発しようというのではありません。私が確認したいのは、オーディオ・ヴィジュアルはその大部分が気晴らしであるという点です。それは、先ほど話したような眠りのなかへ私たちを沈みこませ、そこにとどめておくような一種の夢なのです。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年、183-184頁。

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すこし疲れているのと、時間がないのでアレですが、素描で恐縮です。

職業運動家式のあらゆる「アンチ・○○・ニズム」の最大の問題点は、現状を批判するけれども、代替え案を提示せず、せいぜいのところ「自然に還れ」式の無責任な「批判のための批判」の垂れ流しに過ぎないのじゃないのかと思うことがよくあります。

たしかにその「アンチ」の対象とすべき「問題」に関しては、そりゃア、「何とかしなきゃまずいべよ」ってことは承知しているのですが、だいたいの問題において、それを「ぶっ壊したら解決する」ってもんでもないのが実情ではないでしょうか。

その意味では、問題のある現状を固陋に守旧しようとする連中、そしてかけ声ばかり大きな連中のスローガンというのは、「眠りのなかへ私たちを沈みこませ、そこにとどめておくような一種の夢」なのかもしれませんね。

どこまで醒めて行動することができるのか……。

試されているような気がします。


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著者:エマニュエル レヴィナス

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原水爆がもたらす黙示録的な危険は、ある完結された行為によって、永遠に除去される性質のものではない

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 原水爆がもたらす黙示録的な危険は、ある完結された行為によって、永遠に除去される性質のものではない。そうではなくて、毎日毎日、行為をくりかえしてゆくことによってのみ、それは可能なのである。このことは、つまり、こういう意味である。現在存在する原水爆や、その製造や、その実験や、貯蔵だけを対象にしてわれわれの反対運動をつづけるだけでは、けっして十分ではないということを、われわれは理解すべきである、と。このことを認識するならば、われわれは、今日のわれわれの状況がいかに重大な困難をかかえたものであるかを、はっきりと知るであろう。
 そもそも、われわれがめざしている究極の目標は、単にあの“代物”の所有をやめる、ということではないはずである。そうではなくて、たとえ万が一にもその所有をやめることができなくても、その使用だけは金輪際やらない、ということでなければならないはずである。すなわち、使用しようと思えば使用できる日が、かりにおとずれたとしても、絶対に使用はしない、ということでなければならないのだ。
 いかなる具体的な処置、すなわち原水爆の完全なる破棄という処置をもってしても、それは決して絶対かつ究極の保障たりえぬ。むしろ、われわれとしては、たとえ使用可能のチャンスがおとずれようとも、このチャンスを行使することは絶対にしないという決意を一瞬もすてないことこそが、真の保証である。--人類がこの認識を身につけるために協力することが、君の使命である。もしも、われわれに、つまり君や私に、このことができないとすれば、われわれの存在は、もはや望みなきものとなるであろう。
    --ギュンター・アンデルス「〈手紙の4〉原子力時代の最初の犯罪 原子力時代の道徳綱領」、G・アンデルス、C・イーザリー(篠原正瑛訳)『ヒロシマ わが罪と罰』ちくま文庫、1987年、71-72頁。

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広島に原爆を投下した第509混成部隊の気象観測機(ストレートフラッシュ)のパイロットとして8月6日に参加したのがクロード・ロバート・イーザリー(Claude Robert Eatherly、1918-1978)。

その操縦技術は天才的といわれたが、広島、長崎へ原爆を投下したB-29部隊の搭乗員ではただ一人、二つつの原爆投下に関わったことに悩んだ人物として知られております。

その操縦技術は天才的と評されましたが、退役後、酒におぼれ、そしてその奇行ゆえに「疑問視した」「悩んだ」ことを疑う向きもありますが、病院の中からイーザリーは、哲学者ギュンター・アンデルス(Günther Anders,1902-1992)との文通を交わし始め、その心中を吐露しておりますが、その書簡集が死後アンデルスによって出版されます。

それが『ヒロシマわが罪と罰 -原爆パイロットの苦悩の手紙』。

うえに引用した一節はイーザリーの悩みを受け、アンデルスが返信した手紙に付録のようなカタチで付け加えられた一文(「原子力時代の道徳綱領」)から。

イーザリーは悩まざるを得なかった訳ですが、それはやはり必然なのでしょう。

アンデルスは、原子力の問題とは、パワーゲームのキーアイテムとみるような表層的な扱いでは対処できないとして、それを人類全体の「道徳」の問題として措定します。

原子力の力とは何でしょうか……。

それは、もつ・もたない、使用する・使用しないという方法論の上の問題には収まりきらない問題ということなのではないでしょうか。

そして、それはとりもなおさず、「行使することは絶対にしないという決意を一瞬もすてないこと」が必要不可欠で、それによって人類の安全が「真の保証」と担保される。

だとすれば、この問題は、やはりどこまでいっても、方法論、技術論、コスト論の問題ではなく、深い人間への洞察へ基づいた生命の問題として考えなければならないのではないかということ。

まさに「原水爆がもたらす黙示録的な危険は、ある完結された行為によって、永遠に除去される性質のものではない」わけですし。

そしてこのことは敷衍するならば、原子力以外の「圧倒的なもの」に対しても同じかもしれません。

その意味では、イデオロギー闘争としての脱・推進という二元論を乗り越え、現代の状況と対話しながら、今後、どのように「金輪際」していくのかというのを考えていかないといけないと僕は思うのですがねぇ。

図らずも「アトムズフォーピース」の欺瞞とコスト的インチキが暴露された現在、これはとりもなおさず人間の生命に関する問題として洞察する必要がありますね。

別々に考えていたことは自分自身も含めて自覚しおなす必要はあると思います。

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観念や理想の力や光は、その本当の強さを保つためには、自分で一字々々、一行々々ずつ書いて来た文字そのものから放たれるものでなければならない

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 人生とは何ぞやという事は、かつて哲学史上の主題であった。そしてそれに対する種々の解答が、いわゆる大哲学者らによって提出された。しかし、人生は決して、あらかじめ定められた、すなわちちゃんと出来上がった一冊の本ではない。各人がそこへ一字々々書いて行く、白紙の本だ。人間が生きて行くその事がすなわち人生なのだ。
 労働運動とは何ぞや、という問題にしても、やはり同じ事だ。労働運動は労働者にとって人生問題だ。労働者は、労働問題というこの白紙の大きな本の中に、その運動によって一字々々、一行々々、一枚々々ずつ書き入れて行くのだ。
 観念や理想は、それ自身が既に、一つの大きな力である。光である。しかしその力や光りも、自分で築きあげて来た現実の地上から離れれば離れるほど、それだけ弱まって行く。すなわちその力や光は、その本当の強さを保つためには、自分で一字々々、一行々々ずつ書いて来た文字そのものから放たれるものでなければならない。
    --大杉栄「社会的理想論」、飛鳥井雅道編『大杉栄評論集』岩波文庫、1996年、201頁。

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うえの大杉栄(1885-1923)の文章は、1920年6月の『労働運動』(1次、六号)に掲載されたものだから、晩年とはいえ、尤も脂がのってきた時代の筆になるのではないかと。

短い文章ですが、ここで大杉は「労働者はまず、その建設酢用とする将来社会についての、はっきりした観念をもたなければならない。この観念をしっかりと掴んでいない労働者は、革命の道具にはなるが、その主人になる事は出来ないと」いうクロポトキン(Pjotr Aljeksjejevich Kropotkin, 1842-1921)のテーゼを考察の糸口として取り上げ、それを「掴む事」がどうなのか論じていく。

たしかに、社会を変革していこうという様々な試みは、大杉よりも前の時代から提示され、様々な成功と失敗、そして現在進行形の形で……たとえば労働争議……事態は推移しているわけですが、「観念とか理想とかの見本を理屈上の比較研究」するだけではダメだという。

眼前に見せつけられる諸種の社会的観念を理想をそのまま受け入れる前に、何が必要か。大杉によれば、「自身が獲得して来た社会的知識と自由の精神との結合に努力」すること。そしてそれは何よりも「見本の買い入れよりも、その見本の刺激の下に、自分の品物」を作り出してゆくことではないかと論じる。

そして冒頭に引用した部分でまとめに入っていくわけですが、この大杉の指摘は、狭い労働運動や社会的理想の問題だけに限定されるものではありませんね。

極端な構図化をするならば、マルクス主義というのは、キリスト教に対する脊髄反射。変革理論は俗流プラトニズムの劣化ウラン弾にしか過ぎませんから、そこにおいては、理想と現実が相関的なものではなく、たえず隔絶したものとして演出されます。まあ、だからこそ、「理想が先が、現実が先か」式のプロクラステスのベッドにながされがちなわけですが、大杉はその落とし穴を避けながら、且つ、それをどのように相即させていくのかというひとつの示唆を与えているように思えて他なりません。

「観念や理想は、それ自身が既に、一つの大きな力である。光である。しかしその力や光りも、自分で築きあげて来た現実の地上から離れれば離れるほど、それだけ弱まって行く。すなわちその力や光は、その本当の強さを保つためには、自分で一字々々、一行々々ずつ書いて来た文字そのものから放たれるものでなければならない」。

この一言は深く受け止めたいものです。

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異常な世界的な大事変が生じて、私の心の平安は生れて初めて根底からゆるがされた

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 しかし、異常な世界的な大事変が生じて、私の心の平安は生れて初めて根底からゆるがされた。一七五五年十一月一日、リスボンに地震が起って、長らく平和と安泰になれていた世界に恐るべき衝撃をあたえた。大きな商業都市、湾岸都市である壮麗な首都が、なんんの予告もなくもっとも恐るべき不幸に見舞われたのであった。大地はふるえ、ゆらぎ、海はわきたち、船はくだかれた。家々はくずれ、さらにそのうえに教会や塔が倒れおちた。宮殿の一部は海にのまれ、避けた大事は炎を吐くかとみえた。廃墟のいたるところに煙がたちのぼり、火炎があがっていた。ついいましがたまで平和に安らかに暮らしていた六万の人間が、一瞬のうちに死んだ。死んだひとびとのなかでは、この不幸を感じ考えるいとまもなかった人たちこそ、せめてもの仕合せであったといえる。炎は燃えつづけた。それとともに、これまでひそみかくれていた、あるいはこの惨事によって解放された犯罪人の一群が荒れくるった。生き残った不幸なひとびとは、劫略、殺戮、その他あらゆる暴虐にさらされた。かくして自然はあらゆる方面からその限りない暴威をふるったのである。
 この事件の知らせがとどくよりもまえに、広範な地域にわたってすでにその前兆が現れていた。多くの場所で微弱な振動が感じられ、従来例のないことであるが、いくつかの温泉地で、とくに薬効のある温泉地で、温泉の湧出がとまったことが認められていた。それだけに実際に知らせがとどいたときの騒ぎは甚大なものであった。最初はごく一般的なことが伝えられ、ついで細部にわたる恐ろしい話が急速に広まった。これにたいして敬虔な人たちは自分の見解を語り、哲学者は慰めとなるような理由を、僧侶は訓戒を述べたてた。多くのことがらがひとつになって、しばらくのあいだ世間の注意はこの一点に集中した。他人の不幸によってゆり動かされたひとびとの心は、この爆発の広範な影響についてますます多くの、また詳細な知らせがあらゆる方面から伝えられるにつれて、自分自身と自分の家族にたいする憂慮によってますます不安な気持ちにさせられた。恐怖の悪霊がかくも迅速に、かつ強力に、その戦慄を地上にくり広げたことは、おそらくかつてないことであった。
 このすべてをくりかえし聞かされた少年の心は、少なからずゆるがされた。信仰箇条の第一条の説明によって、賢明で慈悲ぶかいものと教えられてきた天地の創造者にして保持者たる神が、正しい者も不正な者もひとしく破壊の淵に投じることによって、万物の父たる実を示さなかったのである。少年の心は、これらの印象から容易に立ち直ることができなかった。ましてや、哲学者や神学者でさえ、この現象をいかに解すべきかについて一致することができなかったのであるから、いよいよもってそれは困難なことであった。
    --ゲーテ(山崎章甫訳)『詩と真実 第一部』岩波文庫、1997年、48-50頁。

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ツイッターのまとめで恐縮ですが、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749-1832)に関して少し言及していたのでまとめておきます。


文豪ゲーテは少年時代、リスボン大地震(1755)を経験します。そこで「神はなぜ善良な人の犬死にを救うことができなかったのか」と悩み、教会の中で十年一律の説教だけに真実を見出してしまうと、神を想定することができないと考え、やがてゲーテは狭苦しい教派主義から超絶主義的なそれへとシフトすることになります。


その最初がリスボン大地震のインパクトだったということです。


もちろんは、それは、その当時の……そして現代でも同じですが……抹香臭い説教(を全否定はしませんが)に何かを見出すというのは困難であることは承知してますし、僕がゲーテのソレを紹介しようと思うのは「神にはなぜできなかったのか」って神議論を展開ようというのが目的ではないので一応、それは付け加えておきます。また、ついでですが、「神はただしい人の不幸な死に方を救うことができなかったのか」という言い方は、当該教派内における議論としてのみ有効ですから念のために。仏教徒がそんなこというなら、返す刀で「なぜ仏はただしい人の不幸な死に方を救うことができなかったのか」って訳ですからネ。


さて、戻ります.


いずれにしても6歳のゲーテにとって、リスボン大地震は衝撃だったわけですよ。


「少年の心は、これらの印象から容易に立ち直ることができなかった。ましてや、哲学者や神学者でさえ、この現象をいかに解すべきかについて一致することができなかった」。


哲学者や神学者の無力を呪ってもはじまりませんし、同業者としては忸怩たるところは、あるのですが、震災からほぼ4カ月。このインパクトがかき消されそうな社会的風潮には極めて違和感がありますよね(もちろん何かに利益誘導されているのでしょうが)。


その辺をね、「あ、忘れてた……」ってしないようにはしたいです。


ちょうど、先日、福島の後輩と電話してたのですが、極端な話、3.11以降状況はまったく変化していない……という進捗状況なんですよね。7月の終わりには記録的な豪雨がまたしてもそれを加速させていますしね。その、脅しとか恐喝的な「忘れるな」じゃありませんが、どこかで心に留めておかないと不毛な論争に現実がスルーされてしまうなあっていうのがただ僕の危惧なんです。


さてゲーテは、リスボン大地震の衝撃から、超絶主義へと歩みますが、次の点だけはそれでも……またしてもくどいですが……念を押しておきます。『詩と真実』でゲーテは形骸化した宗教の形式主義を批判しつつも、それで「救われる」人がいるならば、全否定すべきでもない……っておおらかさも兼ね備えているんです。


そこに「即した」人間主義というものを見てしまいます。全否定主義は生産性が皆無です。


それからもう一つ。


ゲーテが自伝を『詩と真実』と名付けたところには注目すべきかと思います。ゲーテは序文で「この本はただの私の生活の結果である。そうしてここに語られた一つ一つの事実は、ただ普遍的な観察、より高い真実を証明するために役立つにすぎない。--このうちに人生の二、三の象徴を寓していると思う。私はこの書を「詩と真実」と名付けた。なぜなら、より高い傾向によって、低い真実の世界から高められているからである。--我々の生活のある事実は、それが真実であるから価値があるのでなく、ある意義を持ったために価値があるのである」と。


詩は真実を描写するわけではありません。さりとて、イコール「嘘」でもありません。ここをはき違えると大変なことになってしまうでしょう。現代世界においてもっとも大切なことは「真実」の探求と、そして「詩心」につきるのだろうなあ……って思ってしまいます。


逐語霊感的な墨守でもなく、大言壮語でもない……そこに「詩」のもつ「言葉」の「力」がさく裂する契機があると思うんですよね。


散漫な「まとめ」で恐縮でしたw

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真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。

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 英人は天下一の強国と思へり。仏人も天下一の強国と思へり。独乙人もしか思へり。彼らは過去に歴史あることを忘れつつあるなり。羅馬は亡びたり。希臘も亡びたり。今の英国仏国独乙は亡ぶるの期なきか。日本は過去において比較的に満足なる歴史を有したり。比較的に満足なる現在を有しつつあり。未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし。
    --夏目漱石「日記」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年、306頁。
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少し調べモノがあって漱石・夏目金之助(1867-1916)の著作をぱらぱら開いていたのですが、1901(明治34)年3月の日記(3月21日)に釘付け。

前月の2月、八幡製鉄所に火がともり、いよいよ日露開戦を想定しつつ総力戦に向けて火の玉となりつつあり、その年の10月からは日英同盟へ向けた外交交渉が開始されるという年。

熱狂化の一途を辿る現状に冷や水をあびせるといいますか、事態に右往左往することなく、深く沈思黙考しつつ、未来への展望をひらくその言葉に圧倒された次第です。

末尾の「未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし」には大いに目を見開いた次第です。

別段、天下国家を論じようとは思いませぬが、私自身の生活の照らし合わせてみても、バラ色の未来なんて想像すらできない毎日で、岩に爪で穴をこじ開けるような奮闘する毎日ですが、初志だけはわすれず、「真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ」……とありたいものですね。

ふうむ。

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覚え書 「ニュース争論:福島原発の来歴 武田徹氏/開沼博氏」、『毎日新聞』2011年8月1日(月)付。

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ニュース争論:福島原発の来歴 武田徹氏/開沼博氏

 東京電力福島第1原発事故の問題は、事故収束、放射性物質による汚染、健康被害、損害賠償、エネルギー政策など多岐にわたる。これらを考えるうえで改めて注視すべきは、福島原発を含めた日本の原発政策の来歴だ。ジャーナリストで評論家の武田徹さんと社会学者の開沼博さんが論じ合う。【立会人・岸俊光編集委員、写真・武市公孝】

 ◆対立越えリスクを減らせ--ジャーナリスト・武田徹氏

 ◆地方の苦境知ることから--社会学者・開沼博氏

◇事故前後の状況

 立会人 お二人は福島原発事故の前から原子力・核の問題を研究されていました。事故の印象はどうでしたか。

 武田 東日本大震災が起きる26分前に出張のために成田空港をたっていたので、海外で事故の報を聞きました。こんな事故が起きてほしくないという気持ちから02年に「『核』論」(「私たちはこうして『原発大国』を選んだ」に改題)を出版したつもりだったのに、その期待が裏切られたのはどこかに戦略のミスがあったのでしょう。(事故リスクを減らす)世論をつくる力がなかった自分をすごく罪深く感じました。ただ、原子力反対派と推進派が不信感を持って向き合い、最良の妥協点を見いだせなくなっている事情を書いたアプローチの仕方は間違っていなかったと、今でも思っています。

 核についての取材を97年ごろに始めた理由は、反核運動になぜ力がないのか、疑問だったからです。99年のJCO臨界事故のような被害はまた出るだろう、一足飛びに廃炉を求めるのではなく、社会のリスクを減らせるよう、原発をめぐる議論がなぜこう着に陥ったかを考えたいと思いました。

 開沼 私は福島県いわき市に生まれ高校まで過ごしました。事故が起きるまでは、自分も原発の安全神話にある程度洗脳されていたと思います。原発を新興国などに輸出する中で、長い間には事故が起きる可能性もあるだろうと予測していましたが、国内、しかも福島とは想像しませんでした。事故後は、これまでと同じことが展開されているという既視感を覚えました。枝野幸男官房長官もテレビに出ている学者も、大丈夫だと言っているから何とかなるだろう、それ以外のことを言ってはまずいという雰囲気ですね。

 福島原発の立地地域で06年から調査を進めていますが、かつて多くの住民が口にしたのは「東電さんを信じるしかない」という言葉でした。青森県六ケ所村も事情は同じです。そこにはある種の「信心」があり、今も日本全体がそれを捨て切れていないと思います。

 ◇受容の戦後史
 立会人 アイゼンハワー米大統領は53年12月に国連総会で行った「アトムズ・フォー・ピース(平和のための原子力)」演説で、原子力の平和利用を提案しました。日本の受容史とは?

 武田 演説の背景には旧ソ連の水爆実験成功(53年8月)がありました。核兵器を拡散させたくない米国は、軽水炉関連技術を供与して自由主義圏を結束させるシナリオを描いたとされています。ところが日本では直後に第五福竜丸の被ばく事件(54年3月)が起こり、原水爆禁止運動が全国に広がります。その中で原子力の平和利用をどう進めるかという日本独特の難題が持ち上がりました。元読売新聞社社主の正力松太郎(1885~1969年)らが、米国の意向を受けて平和利用に向け世論を変える荒業をしたと言われます。当時は他のマスメディアも原発導入に積極的で、世論の合意がある程度つくられたのは50年代後半でした。

 開沼 55年体制の始まりであり高度経済成長の入り口でもあった55年に、原子力基本法は制定されました。偶然かもしれませんが象徴的で、これを無意識的に土台とすることによって私たちは日本社会をつくってきたと思います。さらにさかのぼると原爆があり、それが戦後を規定してきたのではないでしょうか。これを切り口にすると、中央と地方、中心と周辺、強者と弱者といった構造が見えてくる。平和利用を肯定し、いつの間にか原子力を社会の中で抱きかかえて今日に至ったことを認識すべきです。

 立会人 原発を受け入れてきた地方自治体の選択をどう見ていますか。

 開沼 時代によって状況は違いますが、例えば60年代のいわき市は郡山市と一緒に新産業都市の指定を得ようとしていた。地方開発のさまざまな方法が模索され、その一つだった原発も今より価値中立的だったのかもしれません。70年以後になると危険性が認識されて、反対論も広がります。そうした中で郷土を守り、子や孫が暮らしていくためには原発に依存するしかないと考える首長が現れた、と私は分析しています。福島第1原発がある双葉町議会が原発増設を決議したのは91年でした。苦しい選択だったと思うし、「愛郷」の精神からそうせざるを得ない状況に追い込まれたのでしょう。

 武田 原発は絶対安全ではないが、リスクは確率的。一方で交付金は確実にもらえます。地元に住み続けるため原発誘致に賭けることにはそれなりに合理性がある。事故後にそれみたことかと非難するのはフェアではないし、地元の人の気持ちに配慮を欠きます。

 ◇科学技術の功罪
 立会人 武田さんは、科学者が善意で開発した技術も文脈次第で悪用されると指摘されています。他方、原子力の議論は善悪二元論になりがちです。

 武田 原爆を開発したオッペンハイマー(1904~67年)は広島、長崎への原爆投下後に罪の意識にさいなまれ、「物理学者は罪を知った」と語りました。私はこれを核の封印を切った物理学者の自責の言葉と限定せず、人類一般、科学技術一般に広げて考えるべきだと思います。環境を工学的に改造するのが人間という種だとすれば、科学技術は人類史と同じぐらい古い。そして科学技術は必然的にリスクを生み出し、そのリスクを抑え込もうとまた科学技術を使う自転車操業にならざるを得ない宿命を負っています。

 放射線被ばくは目に見えず、原子力は扱いにくい技術だけれど、どんなエネルギー源もリスクは避けられない。当面は多様化でしのぐのが正しい、と思います。それぞれを過剰に信じず、単純化の怖さに意識的でありたい。

 開沼 「ポスト原発」を60年代から探し続け、それにことごとく失敗してきたのが福島の歴史でした。事故後に地元でインタビューしたところ、原発関係で雇用されていたかなりの割合がまたそこで働き始めています。危ないと思わないのかと尋ねると、「元の給与水準でそんなにいい仕事はない」という声が返ってきます。原発を抱える自治体は似たような状況にあるのではないか。答えは簡単に見つかりませんが、当事者の声を聞き考えるところから始めるしかないと思っています。

 ■聞いて一言

 ◇向米と自立に揺れた日本の非核と原子力
 日米の核「密約」を調べた時、米政府が原子力の平和利用や核兵器の存在を「肯定も否定もしない(NCND)」政策などを50年代に次々打ち出したことに気がついた。平和利用は軍用の副産物であった。非核三原則の一方で米国の核の傘に頼り、原子力を推進する日本の政策は、向米と自立の揺れを映し出す。核と原子力の使い分けは現実から目をそらすものではなかったか。

 もう一つの重要な指摘は地方を置き去りにしてきた近代化の影だ。福島は長い間、中央への電力供給源だった。再生可能エネルギーも構造を変えるのは容易ではないだろう。今の復興論に欠けたこの視点を共有したい。(岸)

 ■人物略歴
 ◇たけだ・とおる
 1958年生まれ。恵泉女学園大教授。国際基督教大博士課程修了。著書に「私たちはこうして『原発大国』を選んだ」「原発報道とメディア」。
 ◇かいぬま・ひろし
 1984年生まれ。東京大大学院修士課程修了。現在、同博士課程在籍。著書に「『フクシマ』論--原子力ムラはなぜ生まれたのか」。
    --「ニュース争論:福島原発の来歴 武田徹氏/開沼博氏」、『毎日新聞』2011年8月1日(月)付。

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http://mainichi.jp/select/opinion/souron/news/20110801ddm004070158000c.html

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歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること、それが哲学なのです

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 --エマニュエル・レヴィナス、たとえば高校三年生の若者がやってきて、あなたが哲学をどのように定義するかをたずねたと想像してみましょう。あなたはその若者に何と答えますか。

 哲学とは人間が語ることがら、また思考しながら語りあうことがらについて問うことを可能にするのだ、と私なら答えるでしょう。言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく、この現実というもののなかの唯一者の唯一性、つまり他者の唯一性へとみずからを開くことなのです。言い換えるなら、要するに愛へとみずからを開くことなのです。歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること、それが哲学なのです。すでに哲学者アランは、明晰とされている私たちの文明のなかで「眠りの商人」から到来するあらゆるものについて、私たちに警告していました。すでに目覚めをしるしづけていたさまざまな明白なことがらは、しかし依然として、またつねに夢になってしまっているのですが、そのような明白なことがらのなかで、哲学は不眠として、新たな目覚めとしてあるのです。

 --不眠であることが重要なのでしょうか。
 目覚めは人間に固有のものだ、と私は思います。目覚めとは、酔いからの、より深い哲学的な覚醒を目覚めた者たちが探求することなのです。それはまさしく他者との出会いです。他者が私たちを目覚めへと促すのです。また、目覚めはソクラテスとその対話者たちとの対話に由来するさまざまなテクストとの出会いでもあるのです。

 --他なるものが私たちを哲学者たらしめるのでしょうか。
 ある意味ではそうです。他なるものとの出会いは大いなる経験、あるいは大いなる出来事なのです。他者との出会いは補足的知識の獲得に還元されることはありません。私には決して他者を全体的に把握することなどできません。もちろんそうです。けれども、言語の生誕地たる、他者に対する責任、他者との社会性は認識をはみ出してしまうのです。私たちの師であるギリシャ人たちはこの天に関しては慎重ではありましたが。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年、182-183頁。

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先週から勤務校の前期の定期試験がはじまっていたのですが、8/1(月)にてすべての試験が終了。
その最後を飾るのが哲学の試験だったようですが、受講者の皆様、講義にひきつづき、無事、試験を済ませされたようで、本当に、お疲れさまでした。

なんども言っておりますが、その人に哲学の力……例えば、様々な素材を材料に、論理的矛盾を回避しながら徹底的に考え抜き、そのことを他者と相互批判によって恣意的になることをさけていく思考力……っていうものがあるのかないのかなんて、たった60分のペーパー試験で判断することなんて不可能なわけですよね。

ただ、単位を認定する「制度」としての「大学」としては、試験をしろっていう「引き裂かれた僕」という状況ですが、「引き裂かれた」のは「僕」だけでなく「あなた」たちもそうだったかと思いますので、まあ、あんまりそのことは気にすることなのないように(ぇ! 
※レポートで判断しますから……ってレポートだけでも本当には分からないのですけどゆるしてちょんまげです。

いずれにしても、講座と試験が終わった瞬間に始まる一人一人の本当の生活のなかで「立ち上がる」本物の“哲学の教室”で、哲学することを心掛けて欲しいと思う次第です。

世の中とか、日常生活というものは、ある意味ではできあがった構築物のようにどっしりとしてますから、そこで何かについて「それ、どうよ」って考えることは実に難しいことは承知しております。しかしそこで変更不可能なように流津している「言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく」、レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が指摘する通り、「歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること」をどこかげで心掛けながら、言語を使って現実と不断に格闘してほしいと思います。

まさに「眠りの商人」に警戒せよ……ってところでしょうか。

さて……。

試験が終わったところで、「少し懇談しましょうか」とアポを入れていた学部の学生さんと、学食のテラスで種々懇談。

今の大学事情に、自分が学部生だった頃とは大きく環境が異なっているんだなー、ふうむと思いつつ、あわただしくなんとか1年の前期を乗り切ったことに……

「ほっとした」

……っていう正直な気持ちを聞かせて貰って、

我ながらオッサン的ですが、今の大学生は「忙しい」もんだと改めて実感。

とまれ、試験もすべて終わったみたいで、明日から夏休みとのこと。

あわただしく差し迫ったかのように課題に追われた前期かと思います。心と体に新しい風を招いて、充実した夏休み、そして挑戦の後期へと駒を進めて欲しいと念願した次第。

皆様、ホント、「お疲れさま」でした。

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覚え書 「今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著」、『毎日新聞』2011年7月31日付。

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今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著

 ◇『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社・2310円)
 ◇原発を抱擁した「内なる植民地」の記録

 三月一一日を境に、福島はフクシマ(Fukushima)として世界中にその名が知られることとなった。幸福の地を意味する福島が、苦難を背負って重い第一歩を踏み出した。著者は、その福島県生まれの大学院生。すでに三月一一日以前に書き上げた修士論文が元になっているとのことだが、震災後に現れた多くの速成本とは趣を異にしている。〇六年以降、福島の原発地域に足繁(しげ)く通いつめ、現地の人たちの生の声を聞きとり、地元紙を過去にさかのぼって読み込み、いくつもの町史を丹念にたどり、そして県政の担当者にもインタビューを試みた。さながら虫の目のごとくに「原子力ムラ」の時空間を見つめ続けてきた。もしも、あの三月一一日がなければ、一般書の形で多くの人の目に触れることはなかったかもしれない。

 中心テーマは副題にある「原子力ムラはなぜ生まれたのか」。ただし、ここでいう「原子力ムラ」とは、中央の政・官・業・学をめぐる閉鎖的でもたれ合い的なあの共同体のことをいうのではない。著者が「原子力ムラ」と呼ぶのは、原子力発電所とその関連施設が立地する町、村のこと。J・ダワーの『敗北を抱きしめて』になぞらえて、著者は「原子力ムラ」が、原発を「抱擁」することになった、と表現する。一方的に押しつけられたのでもなく、かといって無条件で積極的に受け入れたのでもない複雑で重層的な関係を言い表すために、あえて「抱擁」という語を選んだのである。

 「原子力ムラ」は、かつて「福島のチベット」と呼ばれた貧困と過疎の地であった。生計のために、多くの人たちが出稼ぎを余儀なくされていた。戦前には、陸軍の練習飛行場用に土地が強制買収され、戦後になって、堤康次郎率いる国土計画興業と地元住民に払い下げられた。そんな地域に、国と電力会社が推進する原発誘致の話が持ち上がる。中央・地方(県)・地域がそれぞれの思惑でこの計画に向き合う。六一年、大熊・双葉で原発誘致を決議。六七年、福島第一原発着工。そして七一年に営業運転開始。後に起こる反対運動に比べれば、軋轢(あつれき)はまだしも少なかった。福島第二原発となると様相は、大きく変わる。七二年、双葉地方原発反対同盟結成。反対運動のさなか、八二年に福島第二原発が運転開始。反対同盟の委員長が後に町長に就任、一転して原発容認に変わるという経緯も。そして九一年、双葉町議会は原発増設を決議。

 「福島のチベット」から「原子力ムラ」への転化で何が変わったのか。まずは、財政事情の好転、そして雇用の創出。原発の誘致が決まり建設が始まる頃から電源立地交付金が町の財政をうるおす。次に、原発の運転開始後に入る固定資産税。さらに、発電中の原子炉核燃料価格にリンクして課す核燃料税が県収入として。ちなみに、全国自治体の収支状況を表す財政力指数(=収入/支出)を見ると、「原子力ムラ」が上位を占めているのが分かる。「原子力ムラ」では、住民の三人~四人に一人が原発関連の仕事についている。さらに、原発の定期点検のために他の原発地域からやってくる千人規模の流動労働者。彼らが滞在する間、ホテル・旅館・民宿・飲食店がにぎわう。しかし、そうした町の財政状態がいつまでも続くわけではない。交付金は発電所完成後に大幅に減り、固定資産税は資産の償却に伴って年々減少してゆく。「原子力ムラ」の財政力指数は、しだいに下降線をたどる。そんな時機に原発増設の要請があり、受け入れへと。そして、二〇一一年三月一一日。

 著者は、福島の「原子力ムラ」に託して戦後日本の成長の中で取り残された多くの地域のことを語りたかったにちがいない。日本のどこの地域でもありえたこと、ありうることを。タイトルをあえて福島論ではなく「フクシマ」論としたのもそれゆえであろう。そうした意味での一般化を試みた最初の数章と最後の数章は、しかし、いささか生硬で議論がぎこちない。戦前の外への植民地化に代わって、戦後になって進められた内への植民地化のなかで翻弄(ほんろう)される地方・地域というストーリーである。でも、その生硬さとぎこちなさは、問題を精一杯考え抜こうとする著者の思考の舞台裏をそのまま語っているからなのかもしれない。

 原発問題が収束して、「原子力ムラ」から各地に避難した人々が帰ってきたとき、もはやそこはかつての「原子力ムラ」ではありえない。土地も空気も川も海もコミュニティも、財政基盤も雇用も、もはやかつてとは異なっているだろう。どのような新しいコミュニティを構想し創造してゆくのか。反原発であろうと、脱原発であろうと、卒原発であろうと、あるいは親原発であろうと、まずは「原子力ムラ」の現実を直視することなしには始まらないだろう。「原子力ムラ」の現場にぴったりと寄り添い、虫の目をもってその推移を辛抱強く見続けてきたこの作品は、数ある震災本・原発本の中でも、ひときわ異彩を放っているように思うのである。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『「フクシマ」論-原子力ムラはなぜ…』=開沼博・著」、『毎日新聞』2011年7月31日付。

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話題の新刊の書評がでていたので覚え書としてひとつ。

http://mainichi.jp/enta/book/news/20110731ddm015070026000c.html


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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのかBook「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか


著者:開沼博

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