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哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である

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 しかしそれでも魚住君は、自分が何故こんな苦労をしてまで哲学科へ入ろうとするかについて、熱心に語ることをやめはしなかった。自分を衝き動かしているのは人生問題である。人生の意義を知ることが自分にとっての学問の目標である。とすれば自分は哲学を学ぶほかない。哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である。出来上がった知識ではなくして、無限に知識を求めて行くという知識愛求の活動である。技術と結びついた知識、役に立つ知識は、分科が細かく分れるほど精緻に発展するであろうし、そういう専門的教育も職業と結びついて重要であるには相違ないが、しかし人としての本質を全面的に発展させ、人格を豊に作り上げてゆくという意味での一般教養は、人生の意義を自覚するという点からして、一層重要でなくてはならない。そうしてそういう一般的教養を与えるのがまさに哲学なのである。将来職業として何を選ぶにしても、こういう一般的教養を身につけていることは、是非必要だと考える。たとい君が英国の詩人の研究に没頭するにしても、或はさらに君自身が詩人として詩作に没頭しようと考えるようになったとしても、一般教養を身につけ、広い限界をもって人生を見渡し得るようになったということは、決して後悔しないであろう。況んや数年後に入学すべき文科大学において、ケーベル先生の如き優れた哲学者の教を受け得るということは、われわれの年輩の青年たちの持っている非常な幸福なのである。この幸福を見す見す取り逃してしまう手はない。
 魚住君はそういう意見を熱心に述べた。ここにも当時の心境を告白するという意味があったであろう。わたくしはこの意見からも非常に強い印象を受けた。そうしてその場で哲学志望ということにしようと決意した。
    --和辻哲郎『自叙伝の試み』中公文庫、1992年、479-481頁。

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さて、本日より夏期スクーリングにて4日間「倫理学」を集中講義させていただいております。

18日は、東京ではこの夏最高の暑さ!

暑い毎日ですが、全力で講義に取り組んで参りますので、ご受講されている皆様方、どうぞ宜しくお願いします。

さて……。
いつも倫理学やら哲学やらを講じておりますのと、要するに「何かに直結」した分科ではありませんので、終了後に目に見えるような形での「お土産」を持たせることができず、学問に誇りはもっておりますが、それでもな忸怩たるところが否めません。

しかし、まあ、倫理学とか哲学という学問は、人間を根本的に形成していくアルゲマイネ・ビルドゥングですから、今日から4日間かけて学ぶことは、かならず学習者の心と頭の中に大きな財産を残していくと確信(……そしてそのような授業をもちろんしますけどネ)しておりますので、焦らずにどうぞよろしくお願いします。

上に引用した文章は、日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)が旧制一高に入学した当時の想い出のひとつ。

和辻自身は当初、英文学でもやろうかと考えていたようですが、姫路中学の先輩であった折蘆・魚住彰雄(1883-1910)から「大学では哲学を学ばなければならない」という話に感化されて、進路を哲学--後に専門として所属するのは「倫理学」ですけれども--に決心したという一コマから。


「哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である。出来上がった知識ではなくして、無限に知識を求めて行くという知識愛求の活動である。技術と結びついた知識、役に立つ知識は、分科が細かく分れるほど精緻に発展するであろうし、そういう専門的教育も職業と結びついて重要であるには相違ないが、しかし人としての本質を全面的に発展させ、人格を豊に作り上げてゆくという意味での一般教養は、人生の意義を自覚するという点からして、一層重要でなくてはならない」。

和辻が描写する魚住のこの言葉を自分自身も深くかみしめながら残り3日間、最高の講義をめざしてがんばりますので、夏の暑さに負けず、鍛えの一日一日にして参りましょう。

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