« 哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である | トップページ | universalとpersonal »

その非人間的なものにしても、やはり人間からわれわれに到来したものなのだ

1_dsc01529


-----

 十数世紀のあいだ、われわれは人間的なものと格闘している。たしかにこれらの世紀は非人間的なものにかくも溢れかえっているが、その非人間的なものにしても、やはり人間からわれわれに到来したものなのだ。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「ジュネーブ精神について」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年、147頁。

-----

非人間的なものも、やはり人間からわれわれに到来したものであるとすれば、その対処はなんとかなる。しかし、すべての事象を「(私自身の)人間の問題」として捉えることが出来なければ、それがどれだけ容易な問題であったとしても解決することは恐らく不可能だと思う。

Resize0309


歴史の不測―付論 自由と命令・超越と高さ (叢書・ウニベルシタス)Book歴史の不測―付論 自由と命令・超越と高さ (叢書・ウニベルシタス)


著者:エマニュエル レヴィナス

販売元:法政大学出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« 哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である | トップページ | universalとpersonal »

哲学・倫理学(現代)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: その非人間的なものにしても、やはり人間からわれわれに到来したものなのだ:

« 哲学は専門分科の学ではなくして、あらゆる分科に亙っての普遍的な認識の学である | トップページ | universalとpersonal »