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覚え書:「核心 大江健三郎 フクシマをみつめて」、『毎日新聞』2011年9月19日(月)付。

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大江健三郎 「フクシマを見つめて」

 大量の使用ずみ放射性廃棄物を、途方もない深さの穴に埋めるが、未来で処理にあたらねばならぬ人たちに、どんな言葉で警告するか? 誰が署名するか?

 そういう黒い笑いのS・Fを読んで、あまり時がたちませんが、すでに私らの課題です。いま現在の重荷を一方的な依頼心で未来に送りつける。そのモラル放棄を、いつから人類は自分に許すことになったのか? 歴史の根本的な転換点が、踏み超えられたのか?

 三・一一以降、毎日深夜までテレビの前に座っていました(そういう新しい習慣がついていました)。避難指示で真暗になった木立の一角に灯のついた家をテレビ局の人間が見に行く。馬が出産するので離れられない。日を置いて再訪した記者は、暗い屋内で馬の母子を見ますが、飼主は憂い顔です。放射性物質をふくむ雨が降った草原には、仔馬を放して初めて走らせてやることはできない。

 多くの人たちに、取り返しのつかない(しかし取り返そうとする)日々が続いているのです。そこにどのように実効性のある言葉を届けうるか? なにより自分でそれを必要とする私が頼りにするのは、ヒロシマ以来、体内被曝の危険の根深さをいって来られた肥田舜太郎医師ですが、最近の発言に次のものがありました。(「世界」九月号インタビュー)

 ≪そういう被害をもう受けてしまったのなら、腹を決めなさいということなのです。開き直る。下手をすると恐ろしい結果が何十年かして出るかもしれない、それを自分に言い聞かせて覚悟するということです。/その上で、個人の持っている免疫力を高め、放射線の害に立ち向かうのです。≫

 そして先生は続けられます。
≪しかし例えば野菜は危ないものは買わないという努力で絶対に身を守れるのか。しないよりはした方がいい。でも今も福島から放射性物質が出続けています。汚染された食べ物も出回っていて、残念ながら確実に被曝を防ぐ方法はないのです。それよりも原発をやめて放射能の元を断つ方が早い。≫

 私はこの呼びかけを、生産力、経済力第一の電力政策の作り出した・なお作り出している、使用ずみ放射性廃棄物の困難な後始末は未来の人類に押しつけるつもりの政治家、官僚、実業家にじゃなく、フクシマのいま現在もたらしている子どもらへの脅威に敏感で、それに直接対処しようとねがっている若い母親たちにこそ伝えたい。

 イタリアの原子力計画を再開しないことを九割が求めた国民投票に女性の力が大きいのをほのめかす用語法で、「集団ヒステリー状態」だと日本の自民党幹事長が侮辱した時、

 ―むしろ生産性、経済力尊重のマス・ヒステリアに、この国の男たちは動かされているだろう、と言い返したイタリア女性の映画関係者がいます。この国の男たち、というのは、どの国においてであれ、女たちは生命というものの上位にどんな価値もおかないからだ。もし日本が経済大国どころか貧困におちいっても、ついには見事に乗り超える女性たちを、私らは日本映画で知っている!

 私はヒロシマ、ナガサキから敗戦、占領下という時期の少年でした。周囲みな貧しいなかで、新しい憲法ができると、前文の「決意」という繰返しに、大人たちは本気で決意したんだと誇りに感じました。いまフクシマを老年の目で見つめ、この国の困難な情況を思いつつ、しかし、新しい日本人の決意を、と心に期しています。
    --「核心 大江健三郎 フクシマをみつめて」、『毎日新聞』2011年9月19日(月)付。

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資料として残しておきます。

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