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機械的技芸《artes mechanicae》ではなく自由技芸《artes liberales》

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 政治的情熱に含まれるのは目的に憑かれた状態であり、理論的情熱に含まれるものは目的からの自由である。目的からのこの自由は学問においてはまさしく制度化されている。つまり学問とは自由技芸《artes liberales》であって、機械的技芸《artes mechanicae》ではない。この自由な術をひとびとは美しき術とも呼ぶことができる。というのは「美しい」という言葉は耽美主義者の趣味の敏感さが推測させるものよりかなり広い意味をもっているからである。
 しかし、目的に憑かれた状態と目的からの自由との間を調停することは人間的生そのものに関わることである。人間的生が人間的なものとして可能になるのは、われわれの目的に定位した行為のうちで同時に目的からの自由が成立する場合だけだからである。自分自身から距離を取ることのできる人、自分の生の領域の被制限性を洞察できる人、したがって他の人々の生の領域に対して公正でいられる人、そうした人は絶えず現実による訂正を経験するのである。学問はその現実による訂正を自己のもっとも気高い義務としてきた。学問の目的からの自由は、われわれの幻想的な願望がわれわれのうちので絶えず作り上げるあまりにの狭い目的からわれわれを解放するのに役立つのである。それこそが研究者の本質をなすかの有名な客観性への教育なのである。
    --ガダマー(本間謙二訳)「科学と公共性」、本間謙二・須田朗訳『理論を讃えて』法政大学出版局、1993年、78-79頁。

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機械的技芸ではなく、自由技芸であることの重要性は、おそらく、学問とか政治運動にだけ限定された問題じゃないだろうな~。

ちょい今日はスコールにてずぶぬれなので、とっとと寝ます。


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