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その世界に、あり余るほど豊かな手段のみを見て、その背後にある苦悩は見ない「慢心しきったお坊ちゃん」

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 創造的な生は、厳格な節制と、高い品格と、尊厳の意識を鼓舞する絶えざる刺激が必要なのである。創造的な生とは、エネルギッシュな生であり、それは次のような二つの状況下においてのみ可能である。すなわち、自ら支配するか、あるいは、われわれが完全な支配権を認めた物が支配する世界に生きるか、つまり、命令するか服従するかのいずれかである。しかし服従するということはけっして忍従することではなく--忍従は堕落である--その逆に、命ずる者を尊敬してその命令に従い、命令者と一体化して、その旗の下に情熱をもって集まることなのである。
    --オルテガ(神吉敬三訳)『大衆の反逆』ちくま学芸文庫、1995年、208頁。

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(階層社会を肯定するわけではありませんのが……というような前フリを書かないといけない時点でこの国の「説明責任」の知的風土はお粗末なものだとは思うが……念のため、その旨を最初に言及しておきますが)文明批評家として名高いスペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセト(José Ortega y Gasset,1883-1955)は、主著『大衆の反逆』(La rebelión de las masas,1929)で、盲目的に猪突猛進する近代人の生き方を批判した。

そのなかで、近代以前の階層社会を肯定するわけではないけれども、ひとはいかなる身分・生き方を選択しようとも、自分自身に対する誇りと責任、彼自身の言葉で言えば「厳格な節制と、高い品格と、尊厳の意識を鼓舞する絶えざる刺激が必要」と説いている。

その対極は放逸と自己目的化した自己(欲望)の肥大化でしょう。


オルテガ自身も最初は匿名で出版しようとしたほど誤解をおそれたわけだけし、大上段から批判しようと言うのが彼の意図でもない。

昼下がりのワイドーショーに散見される物知り顔の知識がこれみよがしに「大衆はアホだ」として表題を選んだわけでもありません(ここを間違うとエライことになるけど)。

エリートであろうとも、労働者であろうとも、子供であろうとも、何であろうが、依拠して生きない創造的な生しか、制限なき時代において自分自身をコントロールすることはできない。コントロールできないということはまさに「慢心しきったお坊ちゃん」にほかならいし、その自覚のないまま、専門性を武器に批判だけカマス知識人たちこそそれより手に負えないシロモノとしての「近代の原始人」「近代の野蛮人」にほかならない。

物の支配をめざしたのが近代の市民社会。しかしそのあげくにたどり着いたのは物に支配される時代というパラドクス。それを加速させたのは、「過剰世界の中に安住することを可能とするような性格の文明」であり、その代償に「その世界に、あり余るほど豊かな手段のみを見て、その背後にある苦悩」に対する想像力を放棄してしまった……。

そろそろその矛盾を自覚し、転倒をゆっくりと建て直し、自分自身に即して、そして他者へのささやかな想像力をはたらかせながら、漸進主義的訂正をやっていくしかないんじゃないのか……。

なにしろ「自然に帰れ」といわれてもかえるそんなもんはありャアしませんし、世界から離脱することもできません。

でしたら、そのからくりか構造を自覚して、命令ではなく……命令は自分が自分自身に対してすればよろしいわけだから……対話による協同によって、少し……この言葉も手あかにまみれているけれども……脱構築するしかないのじゃないのかね、、、などとは思ってしまいます。

まあ、どうでもいいザレゴトですけどネ。


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 ところで、十九世紀の文明とは、平均人が過剰世界の中に安住することを可能とするような性格の文明であった。そして平均人は、その世界に、あり余るほど豊かな手段のみを見て、その背後にある苦悩は見ないのである。彼は、驚くほど効果的な道具、卓効のある薬、未来のある国家(ステート)、快適な権利にとり囲まれた自分を見る。ところが彼は、そうした薬品や道具を発明することのむずかしさやそれらの生産を将来も保証することのむずかしさを知らないし、国家(ステート)という組織が不安定なものであることに気づかないし、自己のうちに責任を感じるといことがほとんどないのである。こうした不均衡が彼から生の本質そのものとの接触を奪ってしまい、彼の生きるものとしての根元から真正さを奪いとり腐敗させてしまうのである。これこそ絶体絶命の危険であり、根本的な問題なのである。人間の生がとりうる最も矛盾した形態は「慢心しきったお坊ちゃん」という形である。
    --オルテガ(神吉敬三訳)『大衆の反逆』ちくま学芸文庫、1995年、142-143頁。

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