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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。

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今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著

『福島の原発事故をめぐって-いくつか学び考えたこと』
みすず書房・1050円

 ◇「国家主導科学」の論理を反証する
 福島原子力発電所の大事故をめぐっては数多くの本が出ている。そのなかでこれは最も小さな、つましい一冊である。本文は註を含めてちょうど一〇〇ページ。あとがき一ページ。まっ白な紙に文字があるだけ。写真類は一切なし。
 山本義隆は東京大学理学部物理学科を出た。大学院のとき医学部に端を発した東大闘争に遭遇、リーダーに推され、務めを果たしたばかりに大学の道を閉ざされた。以降は予備校教師。かたわら『磁力と重力の発見』ほかの科学史の大著を書き継いできた。そんな人が3・11以後に学び、考えたことを世に問うた。いかなる留保も置かず、どのような斟酌(も必要とせず、述べるべきことをはっきり述べる。一〇〇ページで十分に足りるのだ。
 原発開発の「深層」に「日本の外交力の裏づけとして、核武装選択の可能性」があったことは、国民がそれとなく感じていた。山本義隆が大学にいたころ、東大工学部に原子力工学科が設けられた。ロケット工学の花形教授たちは嬉々として試作品を打ち上げていた。原発を稼動させることで原爆の材料となるプルトニウムを作り続け、ウラン濃縮技術をそなえ、さらに人工衛星の打ち上げに成功した。原発が産業経済のワクをこえ、外交・安全保障政策の中に位置づけられていたからこそ、この地震大国の特性に目をつぶり、五十数基も作り続けたのではなかったか。
 東大原子力工学科を出て東京電力の副社長と原子力本部長を務めた人物による『原子力発電がよくわかる本』(二〇〇九年)が引用してある。原発には高レベル放射性廃棄物がつきものであり、その「地層処分」の土地選定に数十年、建設から閉鎖までに数十年という「かなりの長期間」を要し、さらに無害化までには数万年という「これまでに経験のない超長期」が必要で、だから地方自治体と国民の協力を得るために「理解活動」がいっそう重要--。
 一読して人は誰も、引用につづく一行を口にするだろう。「正気で書いているのかどうか疑わしい」。にもかかわらず正気である。だからこそ二度の数十年を「かなりの長期間」と言いくるめ、数万年以上を「経験のない超長期」とあいまいなイメージにすりかえられる。「理解活動」が札束のバラまきであることはいうまでもない。原発当事者の間では、およそ正気を疑わせる論理がこともなげに通用してきた。まさしく「原子力発電がよくわかる」本なのだ。
 副題のいうとおり山本義隆は「いくつか学び」、その上でペンをとった。当事者の残している発言を改めてとりあげる。原子力発電に向けてアクセルを踏んだ首相岸信介、防衛庁技術研究所技官の書物、いそいそと権力にすり寄った学者の言葉……。ノーテンキな元副社長の本と同様に、当事者の思惑をバクロする、これ以上ないほど有効な反証の武器となるからだ。
 「技術と労働の面」では、現場で原発にかかわってきた元技術者たちだった。この「配管のおばけ」の欠陥を人一倍よく知る人々である。
 終章には科学史家の目が光っている。国家主導科学の見本のような技術なのだ。それは何万年も毒性を失わない大量の廃棄物を生み出し続け、事故の跡地はもとより、たとえ廃炉にしても、その近辺は人間の生活を拒むだろう。難問はすべて先送りして、さしあたりの存続と再開が目下の雲行きのようだが、国民こぞって途方もない「子孫にたいする犯罪」に目をつぶろうというのだろうか。
    --「今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。

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著者:山本 義隆

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