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2011年10月

覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『ガリラヤのイェシュー--日本語訳新約聖書四福音書』=山浦玄嗣・訳」、『毎日新聞』2011年10月30日(日)付。

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今週の本棚:池澤夏樹・評 『ガリラヤのイェシュー--日本語訳新約聖書四福音書』=山浦玄嗣・訳

『ガリラヤのイェシュー--日本語訳新約聖書四福音書』
イー・ピックス出版・2520円 電話0192・26・3334 www.epix.co.jp

演劇的な訳が生む新しいイエス像
 『新約聖書』にある四篇の福音書(イエスの伝記)の翻訳である。
 読み手の心に染みる生き生きとした訳。そうなったのは、いくつかの新しい方針を用いたからだ。
 改めて言うまでもないが、本来『新約聖書』は教養のための本ではなく、信心のための本である。まっすぐ心に届かなくてはならない。
 マタイという男が書いたイエスの伝記は昔は「マタイ伝」と呼ばれた。簡潔ではあるが、これではまるでマタイの人生を書いた本のようだ。今いちばん広く流布している「新共同訳」の『聖書』では「マタイによる福音書」となっている。今回の訳では「マタイの伝えた《よきたより》」だ。
 イエスが地上に現れたのは人類にとって嬉(うれ)しいことだから(とキリスト教徒は信じる)、それは「よきたより」である。それをかつては「福音」という造語で表した。 これまでの『聖書』にはそういう漢語系の造語がたくさんあった。漢語だと、わかったようで実はわからない。それをこの大胆な訳者は原義に遡(さかのぼ)って和語で伝えようとする。
 いちばん目覚ましいのは「洗礼」を「お水潜(くぐ)り」とした例だろうか。これだと耳で聞いても水を経て新しい自分になった感じが伝わる。
 あるいは来るべき理想を「神の国」ではなく「神さまのお取り仕切り」とする。国土のある「国」ではなく神の統治なのだから(と説明するのに漢語を使うのももどかしいのだが)。
 しかし、単語の訳などこの翻訳の大胆な原理の一つに過ぎない。
 訳者はイエスが生きた時代のユダヤの時代相を考える。ローマ帝国の圧力のもとで辛うじて国の体裁を維持し、国内では「サドカイ衆」や「ファリサイ衆」などいくつもの勢力が対抗していた。イエスが属する「ガリラヤ者」は田舎者として軽蔑(けいべつ)されており、近隣のカナン人(びと)やガダラ人(びと)は更に低い位置に置かれた。
 この状況を伝えるのに訳者は幕末から明治維新に至る時期の種々の日本語を用いることにした。これならば多様で不統一ながら、現代の我々でもまずまず理解できる。
 地の文には当時の公用語である「関東武家階級」の言葉を用いる。
 そして、「登場人物の階級と出身に合わせて、ファリサイ衆は武家言葉、領主のヘロデは大名言葉、イェルサレムの人々は京言葉。商人は大阪弁。サマリア人は山形県庄内(鶴岡)弁。ガリラヤ湖東岸の異邦人たちは津軽弁。<中略>イェリコの人は名古屋弁……」という風に訳し分ける。
 いちばん大事なイエスの言葉。公の場では地の文だが、私的な状況では彼はケセン語(訳者の母語である岩手県南部気仙地方の言葉)を話すのだ。
 日本語の表記には漢字とふりがなという便法がある。方言でわかりにくいところはこれで意を伝え、更にカッコ内に説明を補う。意味と響きが呼応しあう。また本文だけで理解がむずかしいところには注釈を挟み込み、時にはそれは演出のためのメモかト書きのようにもなる。
 こんな風に解説するといかにも煩雑だけれど、実際にはこれほど読みやすく、これほど心に向かって寄せ来る福音書はなかった(と信心なきぼくでも思う)。
 イエスとは何者か? 「僻村(へきそん)のしがない百姓大工だ。この男の世に出ての活動はわずか二、三年、その生涯はどう見ても大失敗で、最後は政治犯としての濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられて十字架上に刑死する。だが、不思議なことにこの男の短い人生が世界の歴史を変えた」と訳者は言う。
 翻訳についての工夫は目的を達するための経路である。それがどれほどの成果を挙げたかを見てみようか。「マタイ」の二十六章七十三節、イエス逮捕の後、弟子のペトロがイエスの仲間かと問われて三回まで否認する悲しい場面。
 彼は「確(たし)かにあんたもあの者(もの)どもの仲間(なかま)や。その言葉(ことば)の訛(なま)りで、ハッキリわかるで。」と京言葉で迫られる。
 「そんたな〔糞(くそ)たれ〕野郎(やろう)など(なんと)、何でこの俺が(おれア)知(し)ったもんだづう(知っているものか)!」とペトロはケセン語で応じる。
 「折(お)りも折り、鶏が時をつくった。
 ペトロは、『鶏っこ(とりッこ)が(ア)時を(とギィ)つぐ(・)る前(めア)に、其方(そなだ)は(ア)三回(みゲァり)、この俺(おれァ)を(どゴォ)知(し)らねァって語(かだ)る』と言(い)なさったイェシューさまの言葉を思い出した。そしてそのまま、屋敷の外に逃げ出し、身も世もなく泣き崩(くず)れた」
新共同訳ではペトロは「確(たし)かに、お前(まえ)もあの連中(れんちゅう)の仲間(なかま)だ。言葉(ことば)遣(づか)いでそれが分(わ)かる」と言(い)われて「そんな人(ひと)は知(し)らない」と答える。
 「するとすぐ、鶏(にわとり)が鳴(な)いた。ペトロは、『鶏(にわとり)が鳴(な)く前(まえ)に、あなたは三度(ど)わたしを知(し)らないと言(い)うだろう』と言(い)われたイエスの言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)した。そして外(そと)に出(で)て、激(はげ)しく泣(な)いた」
 山浦訳は目で読むと同時に耳に響きを呼び起こそうとする。とても演劇的であり、それだけイエスの人間像が迫る。彼はかつて四福音書をケセン語に訳した。それをより一般化したのが今回の仕事であり、ギリシャ語原典を深く解釈しての訳業は強い力をもって読む者に迫る。まさに「よきたより」だ。
     --「今週の本棚:池澤夏樹・評 『ガリラヤのイェシュー--日本語訳新約聖書四福音書』=山浦玄嗣・訳」、『毎日新聞』2011年10月30日(日)付。

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多元的なイメージを合成する思考法の必要

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 多元的なイメージを合成する思考法の必要 われわれの社会における言語が組織の多元化と平行して複数的になるということ、それからイメージ自身が、それがどんなに元来の対象から離れていても、そのイメージなりに社会的に通用して、独自の力になっていくということ、この基本的な事実から出発して、全体状況についての鳥瞰をいわばモンタージュ式に合成していくような、そういうテクニックと思考法というものを、われわれが要求されているんじゃないかと思うのあります。
 これは同時に社会科学の問題でもあります。原理とか原則とかの真理性というものによりかかっているだけではすまされなくなった。つまりこれがほんとうの「真理」なんだ、あとはみんなイリュージョンなんだといって安閑としていると、「イリュージョン」がどんどん新たな現実を作っていき、「真理」の方を置いてきぼりにして、現実が進行してしまうという、こういう状況のなかにわれわれはおかれている。十重二十重のイメージの壁のなかでひとり「真理」の旗を守るというだけではやっていけない。むしろどういうふうに、人々のイメージを合成していくか、組織内のコトバの沈殿を打破して自主的なコミュニケーションの幅をひろげていくかというのが、これからの社会科学の当面する問題ではないでしょうか。
 ちょうど犯人をさがすときに、犯人を見たという人々の印象からモンタージュ写真を作成するような操作が学問の方法の上でも考えられなければならない。原理原則から天降るのでなしに、いわば映画の手法のように、現実にある多様なイメージを素材として、それを積み重ねながら観客に一つの論理なりアィデアなどを感得させる方法を、もっと研究することが大事ではないかと思います。そういう問題を皆さんと一緒にこれから考えていきたいと思うものですから、その前提として、組織のタコツボ化の問題とイメージの一人歩きの問題という二つの問題に焦点をおいてお話しをしたわけであります。
    --丸山眞男「思想のあり方について」、『日本の思想』岩波新書、1961年、150-151頁。

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表現は少し「時代」を感じさせる丸山眞男(1914-1996)の指摘ですが、ここで丸山が指摘した問題、真理とイメージの二項対立、それから対立的にそれを向き合わせて、真理によりかかる安閑と、イメージに惑溺するというライフスタイルは、『日本の思想』が刊行されてからちょうど半世紀が経つというのにまったく解消されていませんネ。

解消どころか……ますますその泥沼に陥っている感すらあります。

結局のところ、「よりかかる」とか「(無反省としての)現状容認」というものが、ますます人間を引き裂いて行ってしまうということを学習しないと(><)

ちなみに、サッポロ「麦とホップ」、今季限定の「黒」でやったハーフ&ハーフはなかなかいけましたですよw


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覚え書:「急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?」、『毎日新聞』2011年10月29日(土)付。

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急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?

<KEY PERSON INTERVIEW>

 民間ボランティアがさまざまな悩みを受け止める「いのちの電話」が10月、設立40年を迎えた。13年連続で自殺者が3万人を超えるこの国には、何が足りないのか。東日本大震災で家族や家を失った人たちの心をどう支えていくのか。斎藤友紀雄理事に聞いた。【聞き手・鈴木梢、写真・山本晋】

 ◇心の負担、解放する場を--「いのちの電話」理事・斎藤友紀雄さん(75)
 --いのちの電話が始まり40年を迎えました。これまでの活動を通じ、時代の変化をどのように感じていますか。

 ◆ いのちの電話がスタートしたのは1971年10月。戦後の歴史の中ではまだ自殺が少ない時期でしたから、当初は自殺予防を強調せず、「1人で悩まず、孤独な心にいのちの電話」をキャッチフレーズに活動を始めました。ちょうど高度経済成長期で、地方から都会へ集まった若者たちが「金の卵」と呼ばれ、彼らが抱く孤独に向き合うことを重視しました。

 ですから、最初の利用者は圧倒的に若い世代が多かった。10代と20代で半数ほどを占めました。ところが80年代に入ると、中高年の相談が徐々に増えて90年代までその傾向が続き、バブル経済がはじけました。98年には自殺者が一挙に年間3万人を超え、その傾向が現在まで続いている状況です。今は相談の中心が30~50代です。

 --06年に自殺対策基本法が施行され、政府も対策に取り組んではいますが、13年間、自殺者が3万人を下回りません。何が足りないのでしょう。

 ◆ 自殺対策という点で、私たちの活動には40年間にわたり「電話相談で何ができるのか」という批判や疑問がついて回りました。特に、医療の専門家からは「電話で自殺が防げるエビデンス(科学的根拠)があるのか」とよく聞かれました。しかし、精神科の医師がどんなに丁寧に治療しても、自殺を100%は防げない。精神科医1人で人の命を守るのは限界があります。臨床心理士や看護師など、多くのスタッフで患者を受け止めるシステムが必要なのに、まだ取り組みが広がっていない。

 「死にたい」と電話をかけてくる人の7~8割は、すでに精神科で治療を受けています。未遂を繰り返している人もいる。では、治療を受けているのになぜ電話をかけてくるのか。私は治療後のケアが足りないからではないかと思います。とにかくつらく苦しい経験を口に出して、それを受け止めてくれるところが必要です。いのちの電話は、心の負担を解放する一つの場を提供し続けていると自負しています。

 --時代とともに、悩みを聞く手段も変わってきているそうですね。

 ◆ 40年前、家庭の黒電話は玄関や居間に置かれていたため、相談してくる人たちは誰にも気づかれないよう、もっぱら外の公衆電話を利用していました。「もう10円玉がなくなったので」と電話を終えることもありました。80年代に入るとテレホンカードが一般的になって電話が長時間化し、90年代には携帯電話でどこからでもかけられるようになりました。

 そして07年からはインターネットでメールによる相談を受け付けるようになりました。東京のセンターで始まり、今では盛岡、仙台など六つのセンターで実施しています。慢性的な相談員不足もあり、返信できるまで数日から1週間かかってしまうこともあります。その一方で、利点もあります。相談してくる人が自分のつらい気持ちを文章にしていく過程で、気持ちを整理できることがある。電話相談は混み合ってつながらないことも多いのですが、メールは送信しやすい。自殺を口にする深刻な相談は、電話では全体の1割程度に対し、メールは全体の4割と高い。特に若い人たちの悩みに応えるにはネット相談が有効だと考えています。

 ◇被災者支援、長く続ける
 --設立40年を迎えた今年は東日本大震災が起きました。そして震災翌月から自殺者が急増しました。

 ◆ 今年は3月まで自殺者数が前年を下回っていた。ところが、4月に入り一変しました。しかも被災地だけでなく、全国的にかなりの割合で増えたのです。

 日本中で震災のショックを共有したということなのでしょうか。日本人全体が動揺し、この国の将来に大変な不安を抱いた結果かもしれません。

 --震災で家族や仕事、家を失った被災者からの相談活動も始めたそうですね。

 ◆ 震災後まず、3月28日から4月9日まで震災専用ダイヤルを設けたところ、1515件もの相談がありました。家族や家を失うという深刻な体験は自殺の最大の原因になる恐れがある。苦しみを早い段階からしっかり受け止めることが、自殺予防に重要な意味を持つだろうと考えました。この頃の相談では、精神障害を持つ人がとても大きな不安を訴えるケースも目立ちました。

 専用ダイヤルの2回目は、震災半年後の9月11日に始めました。震災発生から数カ月は周囲が騒然としていて、自らを顧みる余裕はない。しかし、時間がたつにつれ、家族を失ったことが大きな心身の負担となっていく。こういう時に自殺の危険を考えなければなりません。悲しみは時を追うごとに深く内面に広がってくるものなので、被災者への支援はできるだけ長く続けるつもりです。

ことば ◇いのちの電話
 1953年にロンドンで自殺予防の電話相談が始まったのを機に、日本でも71年、ドイツ人宣教師の提唱で東京に設立。全国50カ所のセンターがあり、研修を受けたボランティア相談員7500人が年間75万件の相談を24時間体制で受けている。相談方法はホームページ(http://www.find-j.jp/)に掲載。

人物略歴 ◇さいとう・ゆきお
 日本いのちの電話連盟理事。東京神学大卒。71年の相談活動スタート時からかかわり、77年の連盟設立後は常務理事などを歴任。日本自殺予防学会理事長。著書に「自殺危機とそのケア」など多数。
    --「急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?」、『毎日新聞』2011年10月29日(土)付。

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覚え書:「記者の目:日本初「原子の灯」東海村の挑戦=大久保陽一」、『毎日新聞』2011年10月28日(金)付。

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記者の目:日本初「原子の灯」東海村の挑戦=大久保陽一

 今から54年前、日本で最初に「原子の灯」がともった茨城県東海村が、東京電力福島第1原発事故後、大きく揺れている。99年に「ジェー・シー・オー(JCO)臨界事故」を経験した村上達也村長が、同村に立地する日本原子力発電東海第2原発の廃炉に言及するなど「脱原発」姿勢を鮮明にすると同時に、村を原子力の安全研究拠点にしようという構想を打ち出したのだ。原発問題は「推進派VS反対派」の二項対立に陥りがちだが、脱原発を目指しながらも、そのために当面は原子力と共存する道を歩もうとする村上村長の姿勢に、野田佳彦政権がとるべき原発政策のヒントが隠されていると思う。

 ◇「先人を愚弄」
 「福島原発事故が起きて、何も変わらないということにはならない。我々は今ごろ避難していたかもしれないし、ふるさとを失ったかもしれない。震源域がもう少し南にあれば、同じ高さの津波が来たはずだ。原発だけに依存するまちづくりには限界がある」
 10月14日、同村議会原子力問題調査特別委員会。村上村長は、その3日前に細野豪志・原発事故担当相と面談して東海第2原発の廃炉に言及した真意をただす議員にこう答えた。議員からは「村長は初当選時、原発推進ではなかったか」などといった発言も相次いだ。同委の村上邦男委員長は記者団に「原発のおかげで発展した村が真っ先に脱原発を言うのは、先人を愚弄(ぐろう)している」と批判した。発言議員7人中、村長を評価したのは共産党議員1人だった。
 村長の発言の背景にあるのは「ふるさと」を思う素朴な心情だと思う。震災直後からインタビューや記者会見の席で向き合うたび、必ずこう口にした。「ふるさとが失われてしまったら何もならない」
 3月11日、東日本大震災で東海第2原発は外部電源を失い、最大推定5.4メートルの津波に襲われた。ポンプ室の防潮壁を半年前に高さ6.1メートルにかさ上げしていたが、工事用の穴から海水が入り、発電機3台中1台が停止。冷温停止まで3日以上かかった。津波が福島と同レベルの高さ15メートルだったら、「ふるさとを失ったかもしれない」のだ。

 ◇村財政の3割
 多くの村議らが村長発言に反発する理由は経済問題だ。村人口3万8000人の3分の1が原子力関連の仕事をしているか、その家族と言われる。村の一般会計歳入約200億円(09年度決算ベース)のうち、原子力関連は約3割を占める。「脱原発にかじを切れば、経済面で影響が出るのは明らか」というわけだ。
 これへの一つの答えとして村上村長は「原子力センター構想」を打ち出している。「東海村が原子力の安全研究と人材育成の世界的な役割を担う」ことを目指すもので、(1)人材育成(2)平和・安全規制の基盤研究(3)世界最高水準の大強度陽子加速器施設(J-PARC)を活用した最先端研究(4)政策提言--に取り組む。村上村長は「これらこそ東海村が(原子力発祥の地としての)ハブ(拠点)機能を担うにふさわしい」と強調する。
 構想の柱であるJ-PARCは原子核レベルで物質を解明する施設。新薬開発などの医療分野、高機能リチウムイオン電池開発などの産業面に加え、素粒子物理学をはじめとする基礎研究への貢献など、多方面に成果が期待できる。村長が「構想」のモデルとしたのも、J-PARCと同様に加速器を用いた研究をしている欧州合同原子核研究所(CERN)だ。スイス・フランス国境にあり、実験施設のほかオフィスビルや宿泊施設、図書館、食堂などさまざまな施設が整備され、地元雇用も生んでいる。
 もう一つの柱、安全規制の基盤研究でも、「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター」が今年2月オープン。今月はアジアを中心とする14カ国の政府機関関係者らによる核物質防護に関するワークショップが行われている。さらに東海原発(98年運転終了)は、商用原発として国内で初めて廃炉作業が01年に始まった。ここで蓄積される廃炉技術は、全国で活用できる。
 野田首相は9月の所信表明演説で「脱原発依存」は「可能な限り」にとどめるとして、脱原発へと向かう国内外の世論を失望させたが、思い直してほしい。具体的には、脱原発を目指すとの長期的目標を明確にし、東海村をモデル地区として「脱原発特区」と位置付けてはどうか。

 ◇自立を目指して
 確かに東海村は原子力関連の研究機関などが集積し、他の原発立地自治体と条件は違う。しかし、各地域がそれぞれの「資源」を使って自立しない限り、脱原発は実現できない。国策としての原子力を受け入れた東海村が、脱原発と共に経済的自立を目指そうとしていることを、しっかりと受け止めたい。(水戸支局)
    --「記者の目:日本初「原子の灯」東海村の挑戦=大久保陽一」、『毎日新聞』2011年10月28日(金)付。

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関連エントリ

http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/201110-e7f6.html

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覚え書:「これが言いたい:被災地の私立大学には大きな可能性がある=石巻専修大学長・坂田隆」、『毎日新聞』2011年10月27日(木)付。

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これが言いたい:被災地の私立大学には大きな可能性がある=石巻専修大学長・坂田隆

 ◇学生の窮状救う長期的支援を
 東日本大震災の被災地にある一私立大学の長として訴えたい。被災地の私大には、大きな困難と新たな可能性がある。復興のためにも支援が必要だ。
 便宜上、石巻専修大学(宮城県石巻市)を例に話を進めよう。本学には約1800人の学生がいる。震災・津波による死者は入学予定者を含め7人。学生の3分の1、職員の4分の1が家を流されたり、家族を失うなどした。今年度は親を亡くしたり、自宅が全半壊した約600人の学費減免を行っており、その費用は6億円に上る。来年度も継続し、新入生にも2年間、同様の支援をする計画だ。
 学費減免については、国の3分の2負担が決定し、予算も計上された。今後「3分の2負担」の確実な実施をお願いしたい。
 実際は、被災学生への支援は長期にわたり必要となる。今後、被災地では厳しい経済状況が続き、学費減免がなければ進学できない学生が大量に出るだろう。アルバイト先も激減し、生活支援も必要だ。日本学生支援機構などが奨学金の枠を拡大してくれたが「現時点で返済見込みを立てられる学生はいない」と断言したい。就職が極めて厳しいばかりか、卒業後、失業した親を養わなければならない者までいるのが実情だ。
 加えて鉄道などの交通インフラの復旧の遅れや、著しい被害の報道による被災地のイメージダウンは、私学の入学希望者を激減させるおそれがある。特に、福島第1原発のある福島県内の大学などは、後者の影響が懸念される。新入生減少は私学の経営を直撃する。 現行の制度では、学生数が定員の91%に満たないと国の補助金が減額され、50%を割るとゼロになる。被災地の厳しい経済状況が続けば、減額対象となる私学は当然出てくるだろう。定員を削れば定員割れは避けられるが、それは教職員の削減につながり、地域経済にも悪影響がある。これらの規定は被災地の大学にとっては重荷だ。一定期間、弾力的な運用を求めたい。
 一方、新たな可能性も生まれつつある。震災を受けて、各大学でさまざまなプロジェクトが始まっている。
 本学では「復興共生プロジェクト」が動き出す。経営学部では仮設住宅調査を行い、地元商店街と協力して買い物弱者の支援をするなど、仮設住宅を快適にする実現可能な方法を探る。
 理工学部では、自動車がどこで津波の被害にあったか、被災した自動車の人がどう助かったかなどの研究をスタートさせる。やがては「命を守る車」の開発につなげたい。

     *
 震災復興は山のようなテーマを教職員、学生に与えている。国公立大は中立性・平等性が強く求められるが、私学はより機動的、柔軟に地元企業や教育機関と協力できる。
 本学には震災直後、最大で1200人が避難した。体育館には日本赤十字の救護所、校庭には自衛隊のヘリポート、校舎にはボランティアセンターが設置された。決断が柔軟で速い私学は、災害時に大きな役割を果たしうる。
 日本の大学生の約7割が私学で学ぶが、国公立大学への運営費交付金、約1兆2000億円に対し、私立大学への助成は約3000億円に過ぎない。しかし、私学が被災地に存在し続け、個性的で魅力ある人材を輩出することは地域の再生に極めて重要で、それは国全体の力となるはずだ。私立大学による多様な教育、研究が必要な今こそ、支援への皆様の理解を願いたい。

人物略歴 さかた・たかし 東北大学大学院修了、ドイツ・ホーエンハイム大学などを経て07年から現職。比較栄養生理学専攻。
    --「これが言いたい:被災地の私立大学には大きな可能性がある=石巻専修大学長・坂田隆」、『毎日新聞』2011年10月27日(木)付。

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反原発葬列デモに関しての違和感(1)

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☆ 大阪での葬列デモのまとめ
http://togetter.com/li/205615

まとめ者の紹介「平成23年9月1日と10月18日に大阪で行われた、子どもの葬儀を模した「葬列予報」と称する反原発デモ。正直、理解できない。」


すでに論じ尽くされている問題だし、twitterでも少し整理しないまま言及した話題なんだけど僕の考え方を記録として残しておきます。

ぼくも「正直、理解できない」。


論点は3つ。

1つ目は、どのような大義名分(目的)を掲げようとも、それにふさわしい手段が伴わない限り問題の解決は不可能である。

2つ目は、死生観の問題から。宗教者が「死は負」と規定することには抵抗があること。

そして3つ目は、あらゆる表現規制は国家や社会集団によって規定されるべきではないが、表現の自由を守るためには、人間を尊重する眼差しが必ず必要だということ。

何度か言及していますが、僕は消極的な……過激なという意味に対比するという意味ですが……脱原発と自己規定しておりますが、うえの理由から、原発を否定し、放射能と戦うために、「葬列デモ」に関しては賛同することができません。

※メインは1つ目です。僕が「葬列デモ」に関して「賛同できない」と表現しましたが「唾棄しそうになった」最大の理由だからです。2と3はおまけと考えてもらっても結構です。


まず一つ目から……。

東日本大震災とそれに伴う原子力発電所事故によって、原子力はもうこりごりだと思うようになった日本人は少なからずいるかと思います。もちろん、震災以前から取り組んでいる事例もありますし、以後、取り組むようになった方もいらっしゃいますが、大勢としては、代換案は即座に出せないけれども、もうそろそろ違う取り組みをやっていかなければならないんじゃないかというのがホンネの部分ではないかと思います。

僕はその取り組みを全否定しようとは思いませんし、国民の民意形成によってそうスライドさせていくべきであるということは賛同します。

しかし、それを実現するためには、何をやってもいいという発想に関しては、看板を「反原発」「脱原発」と掲げようが、「差別反対」「戦争反対」「自由な人生を」etc……と何を掲げようが、「それを実現するためには何をやってもいいという発想」には賛同することができません。

歴史を振り返ってみれば、人類の悲劇の殆どには、「目的を達成するためには、どんな手段を使っても許される」という“薄汚さ”が随伴したことが大きく関与したことは否定できません。小さな犯罪から世界的な大量殺戮に至るまで「大義」を達成するためには、手段を選ばなかったことが、大義からほどとおくなったという事例を指摘するならば枚挙に暇がありません。
※もちろん、そうした問題の掲げた「大義」は、今回の私たちの掲げる「大義」とは理念も質も全くことなるものですよ……という議論もあるでしょうが、掲げる大義が気高いものであればあるほど、よりそこは(排他主義的なという意味ではない、自分自身を批判する眼差しとしての)「清潔さ」は必要じゃないですかね……とは思います。

確かに、原子力にNOを突きつけることは、それは人種や性などあらゆる差異を超えて「共通」して降りかかる災禍をなんとかしようという挑戦ですから、そのこと自体を否定しようとは思いません。

しかし、諄いのですが、そういう崇高な目的を達成することを目指すのであれば、何をやってもいいという戦略ではまずいという話しです。

否、一層厳しくそして賢く戦略を練り、敵とされる人をもが「あっぱれ」と思うほどの最高の闘いによって、すなわち美しい闘い(手段)でなければならないんじゃないかと思わざるを得ないんです。

ひょっこかも知れませんが。


僕は常々公言している通りガンジーは単なるナショナリストに過ぎない面があるから全肯定はできないけれど、ガンジーが手段と目的とを分けることの間違いを指摘していることには頷かざるを得ません。よき目的達成のためには、どんな手段をつかってもよいのだという考えの陥穽です。

少しガンジーの言葉を紹介します。


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まず第一に、イギリス人が暴力を用いての彼らの目的を達成したのだから、われわれも同じ手段に訴えて目的を果たしてよいではないかという議論から始めましょう。
 彼らが暴力を使ったということ、そしてわれわれにだって同じような行動をとることができるというのは、まさにそのとおりです。けれども、同じような手段を用いたのでは、われわれも彼らが得たのと同じものしか得られません。われわれはそんなものを望んでいるのでないことは、あなたも認めていられるでしょう。……もしわたしがあなたから時計を奪おうと思うなら、きっとわたしはそのために格闘しなければならないでしょう。あなたの時計を買いとろうというのであれば、それ相当の額を支払わなければなりません。また、もし贈り物としてもらいたいのなら、そのことを懇願しなければならないでしょう。このように、わたしが採る手段によって、時計は盗品にもなれば、財産にも、贈り物にもなる。かくして、三つの相異なる手段から、三つの相異なる結果が生じることがわかります。
    --ガンジー(森本達雄訳)『わが非暴力の闘い』第三文明社、2001年。

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このへんはきちんとやっていかないとやっぱりマズイよなと思う忸怩たるアレですから積極的に何かというわけでなく、おまえが敵を利するのだといわれてしまえばそれまでですが、もうそういう連鎖(何をやってもいい)というのは卒業しないといけないのじゃないかとは思うんですね。

目的達成のためには……それがどのような崇高な目的であろうとも……何をやってもよい、これが人類を最大限に苦しめ原因であるというのがガンジーの指摘。そしてその手段として出てくるのが暴力です。よき目的達成のためにはよき手段が随伴しなければならない。このガンジーの叫びは明記すべきかと思います。

当事者たちは次のように表現しています。


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こうした表現については、福島の方を傷つけることになるのではないか?
このような厳しい表現は残酷すぎるのではないか?
様々な議論がありました。
しかし、現実に進行してしまっている汚染の実態を放置すれば、
近い将来にこのような悲劇が起こることは残念ながら避けられないでしょう。

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さて、はっきり言いましょう。まったく理由になりません。

葬列デモを見ていて僕が不快なのは、現にまだ生きている人間の葬送を「戦略」として選んだことに起因します。

「おまえはすでに死んでいる」と宣告できるのは漫画『北斗の拳』のなかの話しで十分ですし、同調同圧をお家芸とする管理学校教育で励行されるいじめの葬式ごっこと心根は五十歩百歩。

デモでそうしたセレモニーをする傍らで、今、現実に生きている人が存在します。
どのような目的を掲げようとも「死」を宣告する権利やそれを「ネタ」として利用する必要は全くありません。

被災地で全てを失い今なお苦闘しながら生きている人。
住む家を追われ故郷を離れざるを得なくなった人々。

そしてスルーされガチなので……一番頭に来るのですが……「東京電力福島第一原子力発電所」敷地内外で、収束作業をあの日からずっーと作業している人々。

放射能を大量に浴びることがよくないことは承知している。
しかし、それにNOを突きつけるために、手段として、そうした人々に対して「葬送」を表象することは僕にはできないし、納得がいかないし、そういう過激さを追及するのであれば、それには賛同することが全くできないということです。

レヴィナスは、「汝殺す勿れ」の根拠を探求するなかで、人間の「顔」なかんずく「まなざし」にその根拠を見出しました。

ひとりひとりの代置することのできない顔、そしてひとみの輝き。
これは何をもってしても「抽象化」したり「物」として扱うことは不可能です。

であるとすれば、生きている人間を尊敬し、死んだ人間に対して哀悼の念をもったアプローチをとらない限り、どのような目的を掲げようとも実現することなど不可能だし、そうまでして実現したいとは思えない。

ならば、僕はよりそいながら、葬送される方でありたいとも思う。

キングは1963年4月にバーミングハムで行われた抗議デモの際、自らバーミングハム市警に逮捕され、拘置所の独居房に投獄されたことがある。その中で手記(Letter from a Birmingham Jail)を残していますが、憎悪のための過激主義を斥け、対話に基づく合意形成の愛のための過激主義……全然、過激主義じゃないんだけど……という自己規定について次のように言及しています。

すなわち……。

「“敵”の卑劣さや憎悪、人間蔑視に、自分まで染まってしまえば、自分が、戦っている悪と同じようなものになってしまう」(趣意)。

原子力は推進・反対に関わらない問題だってことを理解しないとはじまらない。

キングは“敵”をも“味方”にしてしまった……。
僕は現在の運動を「偽善」とまでは言い切りませんが、このことを失念して運動に専念していると大切なものを見落とすどころか、敵がそうやるのと等しく、生者に対しても死者に対しても、冒?してしまうことになるのだと思います。

さて3つ目の問題に関する部分ですが、近代日本の歩みとは、「自由」を制限する歩みであったことは否定しがたい事実です。

人間が生きていくなかで、例えば何を最大の価値に置くのかは議論の分かれるところですけども、自由はそのなかで一番とは言わなくとも大切な概念であることは言うまでもありません。

特に表現や内心といった人間精神の自由は人間にとってかけがえのないものです。

そして不幸にもそれをないがしろにしてきた、軽く見てきたのが日本の歴史です。
だからこそ、僕は、あらゆる理由をもってして外部からそれを制限するような試み……特に権力……には反対です。

しかし、この自由というものは大変ナイーヴなものです。そしてそこにつけ込まれ制限されてきたのが人間の自由の歴史です。

僕は「何をやってもいい」とは思う。しかし開き直って「何をやってもいい」と言い切ることはできません。

そしてその境界線を固定化することもでないから、それをたらしめていくしかないってことじゃないでしょうか。

カントは古いですが自律がない限り、それを表現することも、他者へ向けることも不可能です。

いずれにしても、そういう奇異なことをやると、ひとびとの信頼を得ることはできません。

過去の治安立法への経緯と歴史を過度に強調しようとは思いませんが、そこに官憲はつけ込んでくるというのは「お約束のパターン」。

そのことだけは忘れてはいけない。

あらゆる表現は規制されるべきでないと思うし、同時に石原的抑圧は問題外だと思う。ただ現実に人間を引き裂いてしまう手法も存在する。これは話しあってクリアしてくしかないか。ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」が僕に試されてるとも思う。

そして順番が逆になりましたが、2つ目の問題。

実施者はこの命を弔うセレモニーを「今まで参加したことのあるデモとは全く違う負の表現なため嫌悪感を抱く方も居たかもしれません」断りを入れておりますが、宗教を商売としてではなく、宗教は人間にとって不可欠なものであるとして、それを研究する人間としては、やはりここは引っかかります。

「死=負」と見るのはそもそも宗教を否定する生活世界の眼差しにすぎなかったのではないかという話しです。

死者への哀悼はいうまでもないし、死も生も両方を別々のカテゴリーとして見るドクサをうち破るのが世界宗教なのではないでしょうか。

オウム的に死をことさら美化・宣揚しようとは思いませんし、そこから現世を討つ(物理的に破壊する)ことは負に他なりませんから許容することはできません。

しかし、そうした人々の臆見をうち破るのが宗教ではなかっのか……という話しです。

誤解されるとやだけど承知言及するけど、生と死を分断する構造を利用して成立したのが原子力を始めとする現代文明ではないでしょうか。

それに対してオウム的反撃をしようとは思わない。だけど同じ言語で反撃を加えたとしても、それは生者も死者も「冒瀆」するものにほかなりません。

それを忘れないでほしい。

死=負と二元する発想は宗教や葬送儀礼を小馬鹿にしたようで、ホント、生死を分断するのは宗教じゃありませんよ……って話です。

……ということで、つらつらまとめようと書きましてまとまっておりませんが……怒っているか……、僕の考え方だけは今時点で残しておこうと思います。

2と3に関しては後日、信教の自由の歴史、生死学と宗教の葬送儀礼の角度から改めてアプローチし直しますのでお許しを。

また論旨破綻していると思いますが……、承知で残しておきます。

ただ、僕は、ひとびとが原子力や放射能の問題に対してNOということを否定しようとか、このことで東京電力株式会社および政府の原子力の問題をスルーしようという訳ではありません。

くどいのですが、そうした問題に向き合うためには、彼ら以上に、真剣に智慧を絞ってやっていかないと、味方になるはずの人間まで敵にまわしてしまう「先鋭化」を招来してしまうんです。

赤軍とかはもう御免です。

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計画から目的を切り離し、目的から計画を切り離すということ。

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 くそまじめな人は、計画が目的を決定している以上、計画から目的を切り離し、目的にはそれ自体の価値を認めようと主張します。つまり、価値というものは、人間以前に、人間なしで、世界に存在していると信じているわけで、人間は、それを摘みとりさえすればいいというのでしょう。しかし、すでにスピノザが、そして、ヘーゲルがより決定的に、この偽の客観性の幻影を追い払ったはずです。ここにまた偽の主観性があります。これは前者とは正反対に、目的から計画を切り離すことを主張し、計画を単なる遊び、気晴らしと見ようとします。この主観性は、世界にいかなる価値が存在していることをも否定するのです。とりもなおさず、この主観性は、人間の超越性を否定して、人間を、その唯一の内在性に還元しようと主張しているからです。欲望する人間、明晰に計画する人間は、その欲望において真摯です。すなわち、彼は一つの目的を欲しています。ほかのどんな目的も排して、その目的を欲しています。しかし、彼はその目的に立ちどまるために欲するのではなくて、それを楽しむために欲するのです。つまり、その目的が追い越されるためには、彼はその目的を欲するのです。どんな目的にも同時に出発点である以上、目的の観念は曖昧です。だからと言って、このことは、それが目的として目標されうることのさまたげにはなりません。つまり、人間の自由性が在るのは、実にこの権限内なのです。
    --ボーヴォワール(青柳瑞穂訳)『人間について』新潮文庫、昭和五十五年、33-34頁。

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サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)のように著しく人間の“決断”ばかりを強調しようとは思いませんし、古典物理学者のように真理の実在論を素朴に観照しようとも思いません。

ただ、本当に「くそまじめ」に生きようと思うならば、そうした極端を排しながら、ひとつひとつを確認しながら進むほかないんだとは思うだけなんですが、そこでおそらく大切になってくるのは、生きている人間の嗅覚のような「まっとうな」感覚なんじゃないかとはフト思います。

それをウマイ看板で麻痺させてしまうのが「計画から目的を切り離す」アプローチであり、そのまた対極にある「目的から計画を切り離す」それなんじゃないかと思う。

どちらも「似非」の目的-手段論に他ならないんだけど、人間は歴史を振り返ることこれに籠絡されてきたきらいが強い。

しかし、どちらに依拠するにせよ、それは上手く機能して来なかったのも事実。

そこから何を学び、どう展開していくことができるのか……。

昨今、試されているような気がします。

雑感ですけどネ。

少しボーヴォワール(Simone Lucie-Ernestine-Marie-Bertrand de Beauvoir,1908-1986)の指摘を味わいたいと思います。

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覚え書:「異論反論 対日感情が好転しません 寄稿 城戸久枝」、『毎日新聞』2011年10月26日(水)付。

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異論反論 対日感情が好転しません 寄稿 城戸久枝

「今」の中国、見極めよう
 中国に対して、みなさんはどんなイメージを持っているだろうか?
 振り返れば、注目が集まるのはネガティブな話題が多い。偽商品、パクリ疑惑、記憶に新しいのは高速鉄道の事故……。昨年秋の尖閣島沖衝突事件や、それらを発端に起こった反日の動きなどは、中国といった国に対する不信感を増長させたはずだ。
 どれも簡単に見逃せる問題ではない。ただ、これらのネガティブな話題が繰り替えされることにより、中国のマイナスの印象が強められていることも否めない。
 今後、中国に対するマイナスイメージを払拭するのは難しいだろう。
 思えば私たちは常に、中国とどう向き合うべきか、考えあぐねてきたように思う。そしてうまくいかない原因を中国に見出そうとしていた。だが、その原因の一つは、私たち自身にもあるのではないかと私は思う。
 さまざまな矛盾や歪みを抱えながらも成長を続ける中国は、いまや世界第2位の経済大国となった。一方で日本は長引く不況の中、経済が低迷し続けている。
 立場は大きく変わっているはずなのに、日本人の中国に対するとらえ方は、日本が経済大国といわれた時代とほとんど変わってはいない。
 しかし、本当にそれでいいのだろうか?
 私自身も、中国とは長い付き合いになるが、今の中国や中国の人々の変化に付いていくのは難しい。
 27年前、私は家族と初めて中国を訪れた。小型四輪駆動車に乗って父の養母の家を訪れた際、何十人もの人々に囲まれ、恐ろしかった印象が強い。中国は自分とは別世界の、遅れた国だと思っていた。
 十数年前、私は中国の長春市に留学していた。ささいなことが原因で反日感情の矢面に立たされた苦い経験もある。
 中国で理不尽な問題や矛盾に直面したとき、「やっぱり中国は……」と自分に言い聞かせて納得させていた。
 しかし、北京五輪が開催された2008年秋に訪中した際には、街の劇的な変化に驚かされた。郵便局で秩序正しく並ぶ人々を見て、中国の人々の意識が確実に変化しているのを肌で感じた。

国交正常化40周年で友好の広がりに期待
 日中関係は今も不安定な要素が多い。しかし、さまざまな可能性が秘められているとも思う。今後、中国とどう向き合っていくべきか? もちろん、中国側にも原因はあるだろう。しかし、私たち日本人が、変わる必要もあるのではないか?
 まずは、中国に対する凝り固まったマイナスイメージから抜け出そう。そして、あらゆる側面から今の中国を見極めるのだ。
 来年、日中国交正常化40周年を迎える。中国との友好が、新たな形で広がっていくことを期待している。

きどひさえ ノンフィクションライター。1976年愛媛県生まれ。父は中国残留孤児。中国留学時代の恋愛模様をつづった「長春発ビエンチャン行青春各駅停車」を11月半ばに出版する。
    --「異論反論 対日感情が好転しません 寄稿 城戸久枝」、『毎日新聞』2011年10月26日(水)付。

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覚え書:「文化勲章 三谷太一郎さん」2011年10月25日NHK報道。

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文化勲章 三谷太一郎さん
2011年10月25日 12時58分。

文化勲章を受章する東京大学名誉教授の三谷太一郎さんは、岡山県出身の75歳。東京大学を卒業後、大正時代の原敬内閣や政治学者の吉野作造らの研究を通して、大正デモクラシーの時期に日本で政党政治が成立した背景などを解明した研究で知られています。その後も近代日本の政治を巡る研究を深め、日本政治史研究の第一人者として活躍を続けています。三谷さんは、「受章の連絡は、自分にとっていわゆるサプライズで、即答できず、一晩考えてから回答しました」と話したうえで、今後の研究について「近代は『富国強兵』の時代でしたが、敗戦で『強兵』が終わり、今回の東日本大震災で『富国』が破綻して、日本の近代が終わったのではないかと感じています。今後、日本の近代とは何だったのかを書き残していきたい」と話しています。
    --「文化勲章 三谷太一郎さん」2011年10月25日NHK報道。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111025/k10013487101000.html

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文明は蒸汽にあらず、電気にあらず、憲法にあらず、科学にあらず、哲学にあらず、文学にあらず、演劇にあらず、美術にあらず、人の心の状態なり

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 文明は蒸汽にあらず、電気にあらず、憲法にあらず、科学にあらず、哲学にあらず、文学にあらず、演劇にあらず、美術にあらず、人の心の状態なり。
    --鈴木俊郎編『内村鑑三所感集』岩波文庫、1973年、259頁。

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twitterをやっているといつも不思議に思うのですが、「こいつ頭おかしいな」という暴論に遭遇することも多いのですが、それ以上に「ほう。なるほど」とか、「確かに、そういうふうに時代を変えていかないといけないよね」という宝石に巡り会うことがよくあります。

振り返ってみれば、震災まっただ中のときもそうでしたが、出所不明のデマ情報も流通しましたが、それを覆すほどの善意の情報というものも流通したことを考えると……facebookなんかもそうですが……先のジャスミン革命に見られるように、ややもすると2ちゃんねる的な「いかがわしさ」を乗り越える一つの可能性というのが、昨今の情報メディアやSNSにはあるのかなと思わざるを得ないのも事実なんだろうなと時代をの移り変わりを痛感します。
※とわいえ、諸手をあげて警戒心を全く欠如した楽天的な全肯定ではありませんし、最新の革命的警戒心は、それが対面で有れば、何らかの媒体を介したものであれ、その慎重さは要求されるという道理は言うまでもありませんが……。

以前、同僚の先生も仰っておりましたが、結局の所は、今言及したとおり、「それが対面コミュニケーションであろうが、ネットであろうが、どのような形態を取ろうとも、“そこに人間が存在する”という事実に懈怠することなければ、それが人間同士の“対話空間”なんだ! どのような場合であれ、そこを丁寧にできない人間は、生きている人間をどこかで“粗末”にしてしまう」……というところでしょうか。

さて……。
月曜は講義を済ませてから……これが土日集中講義の翌日だったのでキツかったわけですが……以前から約束していた知人と夕方から軽くセッション。

twitterでは1年以上にわたってやりとりを続けていたドイツ在住の慶應出身のメンバーが一時期帰国するということで、短時間でありましたが、国分寺「芳一」にて祝杯を傾けた次第。

人間は書物から学ぶこともできますし、教室で学ぶこともできます。
そして書物から、教室から学ぶということは、人間そのものから学ぶことができるということの証左。

東西の文明論と現状、身体感覚の問題から、慶應でのそれぞれの思い出……。

ほんとに代え難いひとときになりました。

短い時間ではありますが、有意義な闊達な対話の時間、そして楽しいひとときとなったことに感謝です。

「文明は蒸汽にあらず、電気にあらず、憲法にあらず、科学にあらず、哲学にあらず、文学にあらず、演劇にあらず、美術にあらず、人の心の状態なり」とは無教会主義者・内村鑑三(1861-1930)の指摘。あれか・これかを乗り越えた人間の地平に、人間も文化も文明もリアルなものとして到来するというものですね。


ミツヒロさん、ありがとう!
そして前途に幸いあれ!


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生命や人生の疑問に専従者が満足な答えを示せないことが根本的な問題だ

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trend:オーストリア 「脱カトリック」急増

 【ウィーン樋口直樹】キリスト教の守護者を任じたハプスブルク帝国の末裔(まつえい)の国オーストリアで、カトリック教会からの脱退者が激増している。昨年は全教徒の約1・5%に当たる8万7000人余を記録した。ナチス・ドイツ時代に導入された世界的にも特異な「教会税」制度への不満がくすぶる中、聖職者による性的虐待が次々と明らかになり、教会への不信感が一気に表面化している。
 「きっかけは教会税の請求でした」。ウィーンでソフト会社に勤める男性(30)は、故郷の教会から昨年脱退した事情をこう語る。男性は生後間もなく洗礼を受けたが、物心がついてから教会に共感することはなかった。にもかかわらず、就職すると四半期分として170ユーロ(約1万8000円)の支払いを求められた。信仰のためにお金を払わなければならないことが許せなかったという。
 オーストリアのカトリック教徒は就職後、収入の約1%を教会へ納めなければならない。正式な手続きを経て教会からの脱退を宣言しない限り、免れない。無視すれば教会から訴えられる。1938年にオーストリアを併合したヒトラーが、教会への国家援助をやめる代わりに、教会による信徒への半強制的な集金システムを導入した。「徴税」のための名簿があるからこそ、教会脱退者数が明確になる。
 80年代に年間3万人台だった脱退者は90年代に4万人台、00年代には5万人台に増加。ウィーン大学のヨハン・ポック教授(カトリック神学)は「ますます多くの人が、自ら共感できない団体(教会)にこれ以上お金を払いたくないと考えている」と指摘する。
 そうした中、聖職者による未成年者への大規模な性的虐待が明るみに出た昨年は、9万人近くに跳ね上がった。
 ただ、改革派聖職者らが参加する民間団体「We are Church」を主宰するハンス・フルカ氏は「性的虐待は表面的な理由に過ぎない」と語る。生命や人生の疑問に教会が満足な答えを示せないことが根本的な問題だと分析するのだ。
 教会の古いしきたりを改め、決定過程に信徒を加え、聖職者レベルでの男女同権の実現や人道的な性的道徳の再構築、離婚や同性愛の容認などを進めるべきだ--。
 脱退者の激増を受け、こうした改革を求める声は教会内部からも強まっているが、依然として少数派に過ぎないのが実情だ。
    --「trend:オーストリア 『脱カトリック』急増」、『毎日新聞』2011年10月24日(月)付。

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問題の本質は、「生命や人生の疑問に教会が満足な答えを示せないことが根本的な問題だ」という指摘もある。

だとすれば、これはカトリックにだけ限定された問題ではなく、あらゆる現代の矛盾に対する誠実さを誤魔化そうとする宗教全てに関する問題であることは間違いない。

僕は近代以前の「教会にいけば何でもわかる」という「式」の完全調和世界を望もうとは思わないけれども、そういう世界観が崩壊した後、様々な問題に対して「目をつぶる」、「回答不可能」とシラを切るというのはあまり好きじゃない。

専従者は何も答えてくれない。

そして僕のようなヘタレ神学研究者ですらも、さまざまな問題が直接投げかけれてくる。

ちょいと勘弁してくれと思うことも屡々あるんだけど、ひとつひとつ「誠実」に対応していきたいとは思う。

だけど、その「誠実」さというものが、専業者から「あのひとはおかしい」とかって揶揄になることが多く、その辺りは少し「なんだかな」……とは思うんだけど。

まあ、いいやw

……って「よくない」(涙

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覚え書:「社説:国内でも宗教間摩擦 問われる共生の理念」、『中外日報』2011年10月22日(土)付。

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社説:国内でも宗教間摩擦 問われる共生の理念 2011年10月22日

 現在日本にあるモスクは60を超えている。他の建物を転用したのではなく、最初から礼拝専用に建てられたものは、マスジドとかジャーミイなどと呼ばれる。東京ジャーミイや神戸マスジドなどは、戦前からある。今後モスクの数は増えていくと思われるが、それと共に地域住民との軋轢も生じる可能性がある。
 実際に金沢市では、石川県初のモスク建設に対し、反対運動が起こっている。石川ムスリム協会が中心になって進めている建築計画に対してである。金沢大学の留学生などが積極的に関わっている。
 しかし金沢大学にほど近い土地を取得したところで、地域住民から建設に反対する声が多く出されたという。やはりイスラームと聞くと、テロを連想する人が多いからというのが、主たる理由であるようだ。
 地方都市の住民がこうした考えを抱く理由はよく分かる。日常的なイスラーム関係のニュースには、いわゆる原理主義的な主張を掲げるグループが起こした事件が少なくない。イスラームについての基本知識が乏しければ、メディアが報道する事件によってイスラームのイメージを形成してしまうのも無理からぬところである。
最近の中等教育では、地理などの教科において、イスラームに関する記述が増えている。従来の教科書に比べると隔世の感があるほどの充実ぶりである。しかしたとえ教科書に多くの情報が記載されていても、それが教師によって適切に説明される機会がなければ、あまり意味を持たない。
 「2ちゃんねる」の、この事件に関するスレッドを見ても、イスラームに関する基本的な知識がほぼゼロであろうと思われるような書き込みが多数見られる。「2ちゃんねる」への書き込みは比較的若い世代が多いとみられるが、こうした偏見が広まると、イスラーム・フォビア(恐怖症)がここから生まれてしまう可能性もある。
ヨーロッパにおいては、幾つかの国でムスリムの人口が増え、それに伴う社会問題も起きている。そうしたニュースもまた、若い世代の一部に危機感をもたらしているのであろう。
 ただ世界の人口の約2割を占めるムスリムに対する基本的な理解が欠如している現状は、放置しておくべきではない。今回の金沢市のような場合、大学の教員や、あるいは地域の宗教関係者は、この事態を傍観しないでほしい。宗教協力とか共生というようなスローガンは、こうした場合にこそ、真価を問われる。
    --「社説:国内でも宗教間摩擦 問われる共生の理念」、『中外日報』2011年10月22日(土)付。

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関連エントリ:「資料:石川県金沢市「モスク計画に住人反対」の諸紙報道」
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-e41a.html


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私が世間に無頓着ということは……

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 それから、私が世間に無頓着ということは、少年から持って生まれた性質、周囲の事情に一寸とも感じない、藩の小士族などは、酒、油、醤油などを買うときは、自分自ら街に使いに行かなければならぬ。ところがそのころの士族一般の風として、頬冠をして宵出掛けて行く。私は頬冠は大嫌いだ。生まれてからしたことはない。物を買うに何だ、銭をやって買うに少しも構うことはないという気で、顔も頭も丸出しで、士族から大小は挟すが、徳利を提げて、夜はさておき白昼公然、町の店に行く。
    --福沢諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年、18頁。

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さて……。
日曜は講義・試験のすべてを終えてから、一服しておりますと、昨年の秋、「倫理学」を受講された学生さんと遭遇。

タバココミュニケーション?を軽くとってから、

「軽くいきますか?」

……ってことで「軽く」いった次第ですが、そういうことには無頓着であるということは大事ですねw

ぶっちゃけたやりとりができて楽しいひとときとなりました。

……っていずれにしても、2日間、結局の所、ほとんど寝ることができず、きつかった次第。若くないですね(汗


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ともかくも外面をごまかして何年いたから登級するの卒業するのということは絶えてなく、正味の実力を養うというのが事実に行われて居ったから……

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 市中に出て大いに酒を飲むとか暴れるとかいうのは、大抵会読をしまったその晩か翌日あたりで、次の会読までにはマダ四日も五日もあるという時に勝手次第に出て言ったので、会読の日に近くなると、いわゆる月に六回の私見だから非常に勉強していました。書物を能く読むと否とは人々の才不才にも依りますけれども、ともかくも外面をごまかして何年いたから登級するの卒業するのということは絶えてなく、正味の実力を養うというのが事実に行われて居ったから、大概の書生は能く原書を読むことに達していました。
    --福沢諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年、85頁。

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10月22日-23日の土日は、大学にて通信教育部の秋期スクーリングにて「倫理学」を講じてきましたが、履修されたみなさま、二日間のぶっ通しのフルマラソンへのご参加、ありがとうございました。

たった二日間(時間数で言えばセメスター15回分程度)では、その学問の概要をすべて詳細に論じることは、それがどの学問であろうとも現実には不可能なわけですが、その核となる部分は紹介することができたのではないかと思います。

通信教育部で教鞭を執っておりますと、いろいろと驚くことがあります。
世代も何も千差万別ですから、その「驚き」から「学ぶ」のがいつものことなのですが、今回も驚きと発見の連続でした。

学ぶというのは、単に教師が居て学生が居て一方通行にそれが遂行されるわけではありません。こちらの方が、実は「学ぶ」ということが多いのかも知れません。

そうした気づきや示唆を学生諸氏からいただいたことに感謝です。


しかし、ホント、驚きましたが、ふる~い知己に教室で出会ったことには驚きでしたよw

土曜日は快活な青年数人と知己と楽しく祝杯を交わせていただき……といってもこれは17:40に初日の授業が修了したあとの「引き続きの“講義”」というわけですが(ぇ……様々な意見や考え、これまでの経験を語り合う、そしてそれを「学問」の言語として鍛え上げていくという時間をいただくことができたのはお互いに貴重な経験になったのではないかと思います。重ね重ねありがとうございます。
※ただひさしぶりに「日本酒」をいただき、都合7合近く呑んでいたので結構きつかったわけですけれども……それは措いておきます。


学問によって新しい方向性を探求しようとする婦人。
あと一息で卒業がリアルになりつつある青年。
そしてすべてを最高の成績・最短での卒業を執念をもって目指す若人。

人生の前途に幸いあれ!


さて……。
冒頭には福澤諭吉(1835-1901)の『福翁自伝』適塾修行時代の一節を紹介しましたが、適塾の塾生というのは大いに学び、大いに飲み、徹底的に学問を探究したわけですが、その探究とは単に何年在学したとかというような漫然とした積み上げにはそれはないという一節ですが、学問とは確かにそういうものかも知れません。

もちろん結果として時間がかかる(また逆もあるかもしれませんが)場合はあるかと思いますが、徹底的に取り組んでいくなかで、その積み重ねというものは、自分では気が付かないほどすごいことになっている……というものかもしれませんね。


レポート作成がまだお済みでない方は、記憶のあたたかい内に必ず提出していただきますようよろしくお願いします。

なにしろ記憶とは日が経つにつれて「冷めて」くるものです。
「冷めた」ものを電子レンジでチンして再度いただくよりも、できたてを食べた方がうまいというのが人間生活世界の常ですから、そこは執念をもって取り組んでほしいと思います。

しかし余談になりますが、塩焼きがポピュラーな「ホッケ」というものがありますが、それではなく「ホッケの刺身」というのを人生で初めて頂戴しましたが、いやはや「身が甘く」驚くこと屡々でした。

またみなさま、どうぞよろしくお願いしますw

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覚え書:「記者の目:鹿沼のてんかん発作死亡事故=吉村周平」、『毎日新聞』2011年10月21日(金)付。

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記者の目:鹿沼のてんかん発作死亡事故=吉村周平

 ◇病気申告できぬ状況も理解を
 被告はてんかん発作による事故を過去5回起こし、医師の再三の忠告にもかかわらず運転を続けていた--。傍聴席で私はあぜんとした。栃木県鹿沼市で小学生6人が死亡したクレーン車事故で自動車運転過失致死罪に問われた柴田将人被告(26)に対する先月の宇都宮地裁の初公判で、検察側が冒頭陳述で明らかにした内容だ。閉廷後、「悲劇を繰り返さないため」と記者会見を開いた遺族は声を詰まらせ、最高で懲役7年という現行法の厳罰化や、危険運転致死罪の適用拡大を訴えた。
 事故を受け、運転に関して、てんかん患者であることの申告の厳格化(不申告に罰則を設けるなど)を求める声が高まっている。もちろん、再発防止のための議論は必要だが、そもそも、てんかんという病気や患者についての理解は十分だろうか。
 あるてんかん患者を紹介したい。事故直後「患者の置かれた立場を分かってほしい」と連絡してきた滋賀県の男性Aさん(50)だ。発作を起こすと意識を失い卒倒する。幼いころは泡を吹いて倒れる様子から「カニ」とからかわれた。今も毎朝晩、8錠ずつ薬を飲み発作を抑えている。
 18歳で免許を取った。てんかん患者の免許取得は当時認められておらず、持病を隠しての取得だった。公共交通が発達していない地方では自然な成り行きだったという。だが、20歳の時、発作が原因で祖父母を乗せた車で単独事故を起こしてしまう。祖父は頭を負傷。退院前日に脳血栓で亡くなった。親類から「お前が殺した」と責められ、免許は取り上げられた。

 ◇正直に告げ解雇された
 仕事を探したが、免許が無ければ就職が困難な地方では厳しかった。免許再交付を受け、やっと見つけた会社では持病を隠したが、発作は突然起きた。発覚しては解雇され、正直に申告しても解雇され、職を転々とした。今は市営住宅でパートの妻と高1の長男と3人で暮らし、日雇い派遣の仕事をしている。十数年間発作はない。病気を申告せず免許を持ち続け、仕事以外では運転している。
 てんかん患者の免許取得は、患者会の働きかけもあり、02年の道交法改正で可能になった。過去2年以内に発作がなく、今後一定期間は起こす恐れがないという医師の診断などの条件付きだ。
 だが、病気を公にしたてんかん患者は、免許拒否や就職差別に遭う恐れがある。また、てんかん患者は卒倒など重度の発作が年1、2回起きる人でも、「精神障害者保健福祉手帳」で最も軽い3~2級しか取得できない。その直接の恩恵は年50万円程度の所得税などの減免だけだ。
 「正直に言うたら誰か面倒みてくれるんですか? 薬で抑えてはいますが、発作が起きないとは断言できない。そう言うと多くの会社は雇ってくれへんのです」。Aさんは絞り出すように訴えた。てんかん患者は発作時以外は健常者同様に暮らせるので、福祉の網の目からこぼれ落ちているのではないか。
 だから、少なからず持病を隠して免許を所持することになる。てんかん患者は手指のしびれなど軽微な症状の人も含めると国内で60万~130万人とされる。これに対し、病気を申告して免許を取得した人は約1万人だ(07年末、日本てんかん学会推計)。
 警察庁の統計では、てんかんを申告した人の中で、取得を拒否されたり、更新時などに取り消しになる人は1割程度。鹿沼の事故後、各都道府県警は「運転適性相談窓口」でのプライバシー配慮に努めるなど相談しやすい環境作りに着手した。こうした動きは歓迎だが、もう一歩進めて「正直に病気を申告しても不利益を被らない社会を作る必要がある」と、日本てんかん協会栃木県支部の鈴木勇二事務局長(69)は指摘する。

 ◇周囲の理解で働き続けられた
 同協会が指摘するように、持病を申告し、健常者と同様に働いている患者はいる。兵庫県の40代女性は3級の手帳を持ち、障害者雇用制度で事務職として民間企業に勤務する。他企業に一般就職した経験もあり、過労などから勤務中に発作を起こし、会社に持病を知られることになったが、結婚退職まで勤め続けた。「病気をオープンにできるかは、家族や友人の接し方にもよる。幸い、私は嫌な思いをすることはなかった」と言う。彼女は会社側の理解や家族らの支えがあったが、そうした例はまだ限られるのだろう。
 Aさんは鹿沼の事故で犠牲になった児童や遺族を思い、迷った末、批判を覚悟で患者としての身の上話をしてくれた。今回のような悲惨な事故の再発防止につながる道は私たちの足元から始まる。患者が追い詰められている状況にも目を向けていきたい。(宇都宮支局)
    --「記者の目:鹿沼のてんかん発作死亡事故=吉村周平」、『毎日新聞』2011年10月21日(金)付。

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覚え書「金言:「タイ洪水」の伝え方=西川恵」、『毎日新聞』2011年10月21日(金)付 + タイ洪水被害者救済のための寄付金受付について(タイ大使館)

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金言:「タイ洪水」の伝え方=西川恵

 タイの洪水についての日本の新聞、テレビの報道に違和感がある。7カ月前に3・11を体験したばかりの日本であればこそ、タイの被害の状況への関心と配慮、我々の政府はタイに何をしているか、それは十分なのかなど、もっと伝えるべき事柄があるのではないだろうか。

 現地の状況をきちんと伝えているメディアもあることを認めた上で、「そんな自己中心的な報道でいいのですか」「日本はエコノミック・アニマルに逆戻りしたのですか」と問いたくなるような、日本企業の被害や、日本経済への影響だけに焦点をあてた報道が目につく。タイに深刻な被害が出ているのにである。

 タイ政府によると、18日時点で洪水の死者は315人、行方不明3人。被災者は250万人に上る。被災した県は27県に及び、北から南に流れる河川は水量を増加させながら被害を南部へ広げている。タイ湾では今月末、大潮を迎えるため、まだ要警戒だ。

 この間、日本政府は何をしたのだろう。天皇陛下がプミポン国王にお見舞いのメッセージを出され、国際協力機構(JICA)を通じ計5500万円相当の緊急援助物資(ボート用の船外機、仮設トイレ、テント、浄水器など)を供与。また東南アジア諸国連合(ASEAN)事務総長からの要請で19日、ASEANの洪水アセスメントチームに専門家を派遣した。

 経済産業省は日本経済への影響を、JICAは洪水被害状況を調査するため、調査団を現地に出している。

 日本企業への被害や、それが及ぼす日本経済の打撃、また日本人に犠牲者はいるのかは、日本のメディアとして欠かせない視点だろう。しかし一方で、大きな構図の中でニュースを相対化、普遍化する努力をしないと独善に陥る。もし東日本大震災の時、「自国企業と経済への影響」といった視点からのみの報道であふれた国があったとしたら、その国にいる日本人たちはどう受け取っただろう。

 大震災で世界からあれほどの温かい支援と援助が寄せられたことを思えば、「タイに支援の手を」の声が起こってもいいし、タイの困難な実情をより細かに伝えることでメディアは日本の人々の善意を掘り起こすこともできる。

 これはタイだけのことではなく、いま東アフリカでは深刻な干ばつによる飢饉(ききん)が広がっている。グローバル化した世界にあって、アフリカもさまざまな面で日本とつながっている。日本に絡む事柄を伝えることも必要だが、日本のメディアは日本と世界を結ぶ大切な役割ももっているはずだ。(専門編集委員)
    --「金言:「タイ洪水」の伝え方=西川恵」、『毎日新聞』2011年10月21日(金)付。

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在京タイ大使館 タイ洪水被害者救済のための寄付金受付について

http://www.thaiembassy.jp/rte1/index.php?option=com_content&view=article&id=641:2011-10-14-07-48-35&catid=68:press-release&Itemid=286


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屁理屈屋はありとあらゆることについて理屈をこねる

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 理屈をこねるというのはどういうことか? 理屈をこねるというのは、主体性と客観性との情熱的な区別が排除されていることである。屁理屈は、抽象的な思惟としては、弁証法的な十分な深さをもたない。また意見や確信としては、個性の純血種ではない。けれども外延的には、屁理屈屋はその屁理屈で“一見いかにも有利(とく)をする”ように見える。というのは、思想家は自分の専門の学問しか理解することはできないし、男らしい男なら一定の専門に属する事柄についてしか意見をもつことができず、一定の人生観にもとづく一個の確信しかもつことができないが、屁理屈屋はありとあらゆることについて理屈をこねるからである。
    --キルケゴール(桝田啓三郎訳)『現代の批判 他一篇』岩波文庫、1981年、100頁。

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デーブ・スペクター(David Mark Spector、1954-)風に表現するならば、「理屈とはこねるものではなく、通すもの」というところかw

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・国分寺市編「串焼 芳一 国分寺店」

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 完全なものは、自由をもって表現される場合には、すぐに美しいものに変ずる。物の自然が、その技巧として一致して現れる場合には、すなわち、あたかも技巧が物自身から自発的に流れ出るかのように見える場合には、完全なものは自由をもって表現されます。いままで述べられたことは、簡単に次のようにも言われます。もし対象におけるすべての多様が、概念に綜合統一されるならば、その対象は完全である、もし対象の完全性が自然として現れるならば、対象は美しい、もし完全性がより複雑となって、自然がそのさい、なんらの傷害をも受けないならば、美は生長する、なぜなら自由の課題は、統合されるものの量が増加するに従って困難となり、その幸福な解決は、まさにそのゆえに、それだけひとを驚かすからである、と。
    --シラー(草薙正夫訳)『美と芸術の理論 カリアス書簡』岩波文庫、1974年、62頁。

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月曜は授業が終わると、その後、幸いにも仕事へ行かなくてもいいので、だいたい軽く呑んで帰宅するのが常なので、最寄り駅の国分寺を降りると、前期は焼きとんの「四文屋」さんを重宝していたのですが、後期から授業時間が1コマ早くなり、立ち寄る時間の都合上、利用が難しくなりましたので……、

このところ……、

「さて、どこへ行くか」

……かなり悩みの種でした。

いつも同じような「お茶をにごしたようなパターン」(それが悪いわけではないのですが、工夫がないという意味で)では、オモシロくないし、ここはひとつどこか探してからいくか!

……ってことで、

(1)16:00開店、(2)立ち飲み……

こんな条件で調べてみると、ひとつ発見しましたので、早速訪問した次第です。

それがJR国分寺駅南口の「串焼きSTAND 芳一 国分寺」でございます。

駅を降りてから、そのまま吸い込まれましたが、開店と同時というタイミングで、お客さんは僕以外に2名程度。

短時間でしたが、ゆっくりと「本物」を味わってきた次第。

“ウリ”はレバー刺のようなのですが、僕の場合、残念なことに「レバー」がNGですから、それ以外でお願いした次第。

まずは季節モノということで、琥珀ヱビスの<生>大ジョッキをお願い。

「身」の部分は後日改めて……などと思いましたので、お願いしたのは、ビールによく合う「鳥皮」w

待つことしばしばですが、その焼き上がった姿をみてまずは驚き!!!

「皮」にしても「ハツ」にしても、大抵の場合、やっぱり焼き鶏っていうものは「小さい」というのが相場であり社会通念に似たものがあるのですが、ここで出してくれる一品一品は……

「デカっ!」

……って驚愕なんです。

はい、びっくりしました。

焼きたてをいただきつつ、

「いや~ぁ、脂がのっているけれども、さっぱりしているなぁ~」

……と思いきや、皮と皮の間には、玉葱を仕込んでいるのに「二度」驚きです。

それから次に驚かせていただいたのは「軟骨」。

軟骨といえば、こちらもドクサにしかすぎませんが、通例は「塩」でやるのがおきまりなのですが、「たれ」でお願いしたところ(我ながら「挑戦者」だと思う次第ですが、、、

頭を後ろからぶん殴られたような驚き。

確かに軟骨特有の「こりこり」感はいやまして有るわけですが、その身にたっぷりとかかったたれとの絶妙なバランスで、上等なハラミをいただくような具合でして……、はっきりいって「負け」ました。

「好評!売切御免」とのふれこみ通りです。

さて……。
このへんで「豚」もいただくかw

……って話しで、「芳一オリジナル串」というラインの「豚バラの塩胡椒」を頼んでみたのですが、世の中には「間違いのない」っていうものがあるんだな……とこれまた脱帽。

表面をうまくカリカリに焼き上げた「腕」のなせる技!
さくっと噛みしめると、ジューシーな味わいが拡散!

いやはや……というか、おそるべしといいますか。。。

お酒は、久しぶりでしたが「泡盛 久米仙」(35度)をロックでお願い。
これまたよくある話しだと、氷をがっつりいれたグラスにお酒少々というパターンが世の常ですが、こちらはきちんと1合徳利にお酒はいれてくださり、氷の入ったグラスとチェイサーを備えてくれるという念の入りよう。

またしてもいろんなものが「粉砕」された次第。

いやはや、ひさしぶりに……

「本格のおつとめ」

……というものを見せていただきました。

ありがとうございます。

ついでですが、「お通し」は100円で、生キャベツを供してくれますが、こちらは追加はフリー。

また「立ち飲みスタンド」というフレコミですが、店内はあかるく清潔で、この清げな雰囲気を維持していることに、「本気」で商売をしていることを実感。
またテイク・アウトもOKです。

また、寄せてもらいますw

「完全なものは、自由をもって表現される場合には、すぐに美しいものに変ずる」っていうのは、まさにこのことですよ!!!

■ 串焼 芳一 国分寺店
住所   〒185-0021 東京都国分寺市南町3-19-6
電話   042-326-9401
営業時間 16:00-23:00(ラスト・オーダー 22:30)
定休日  日・祝
http://r.gnavi.co.jp/e310200/


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私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである

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 けれども、無政府主義者を自称するひとたちとはちがって、一市民としての実際的な立場から意見を述べるとすれば、私は、ただちに政府を廃止しようといいたいのではなく、ただちにもっとましな政府をつくろう、と言いたいのである。ひとりひとりの人間に、尊敬できる政府とはどういうものかを表明してもらえば、そのことが、もっとましな政府をつくるための第一歩となるだろう。
 権力がいったん人民の手に握られたとき、多数者の支配--それも長期間にわたる支配--が容認される実際的な理由は、多数者がいちばん正しいと思われるからではなく、まして彼らが少数者に対していちばん公平であるようにみえるからでもなく、結局のところ、彼らが腕力においてはるかにまさっているからである。しかし、あらゆる場合に多数者が支配するような政府は--正義の観念に対する人間の理解に照らしてみても--とうてい正義に基礎を置いているとはいえない。多数者が、事実上、正、不正を決定するのではなく、良心がそれを決定するような政府--多数者は便宜上の規則が適用できる問題のみを決定するような政府--は、はたして存在し得ないものだろうか? 市民はたとえ一瞬間であろうと、あるいはほんのひとかけらであろうと、自己の良心を立法者の手にゆだねなくてはならないものだろうか? それならば、なぜひとりひとりの人間に良心があるのだろう?
 私の考えでは、われわれはまず第一に人間でなくてはならず、しかるのちに統治される人間となるべきである。正義に対する尊敬心とおなじ程度に法律に対する尊敬心を育むことなど、望ましいことではない。私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである。団体には良心がない、とはよく言ったものだが、良心的なひとびとの団体ならば、良心をそなえた団体である。法律が、人間をわずかでも正義に導いたためしなど、一度だってありはしなかった。いや、法律を尊敬するあまり、善意のひとびとすら、毎日のように不正に手を染めざるを得ないのである。
    --ソロー(飯田実訳)「市民の反抗」、『市民の反抗 他五篇』岩波文庫、1997年、10-12頁。

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それが問題である!と批判することは簡単だけれども、代換え案とまで勇み足をしないまでも、理想的にはこうあるべきだよなというビジョンがないと、問題の指摘・批判というものは実際のところうまく機能しないンじゃないのかな?

そんな感慨を抱くことが最近多い。

先に代換え案の提示を「勇み足」と表現しましたが、問題が大きければ大きいほど、その代換え案なんてものはなかなかデザインできないことが殆どですからそのように表現しましたが、問題のある現状に対して具体的な代換え案でないとしても、全体としてはこういう「形」のほうが望ましいのじゃないのかな?と示唆することは誰にでもできるはず。

ここは同じように見えるかも知れないけれども、実は大きく違うと思う。
権力を批判することは簡単だ。しかし批判される側は代換え案を出せって切り返してくる……。しかし大体の場合、うまい代換え案なんてすぐに出てこないから、現状維持がGOサインされる。

しかし現状がよくないことはお互いに承知である……とすれば、個々の問題に対するアプローチだけでなく、全体としてのビジョン・形というものは、あたたかくしておくべきかも知れない。

個々の問題に対するリアクションが否定されればさるほど、人間は無関心・無感動を決め込んでいく。それは逆に言えば現状維持の構造の陥穽にはまっていくことにほかならない。

だとすれば、統治される人間として代換え案を模索するだけでなく、さらに一層深い人間そのものへの洞察から、すなわち「第一に人間でなくて」はならない次元から見直していくことも必要なはずだし、有効なはずだ。

現実に問題に拘泥すればするほど闇は深くなる。

もちろんそれは必要だし、無駄だとは思えない。

しかし、その問題に拘泥し、格闘する人間そのもの、そしてその人間の住まう世界そのものへの眼差しというのも同時に大事なはずだ。

「私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである」。

市民的不服従という概念に対してはじめてそれに「形」を与えたソロー(Henry David Thoreau、1817-1862)の思想と行動はそのひとつの理想かも知れません。

さて……。

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覚え書:「台湾:先住民の蜂起描いた映画『セデック・バレ』監督 歴史を語り恨み解きたい」、『毎日新聞』2011年10月20日(木)付。

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台湾:先住民の蜂起描いた映画「セデック・バレ」監督 歴史を語り恨み解きたい

 ◇歴史を語り恨み解きたい
 日本統治時代(1895~1945年)の台湾で先住民セデック族約300人が蜂起した「霧社(むしゃ)事件」(1930年10月)。日本人の警官や子供ら130人余りが犠牲となり、セデック側も死者・行方不明者が計約800人に上った。事件を映画化した「セデック・バレ」が9月から台湾で上映されている。魏徳聖監督(42)は08年にも日本統治時代と現代にまたがる日本人と台湾人の恋愛を初作品「海角七号」で描き、一躍有名になった。日本統治時代に関する映画を作る意味を聞いた。【台北・大谷麻由美】

 ◇日本統治に心情複雑
 --日本統治時代に関連する映画が続いている。
 魏徳聖監督 素晴らしい物語を映画に撮りたいだけで、日本に関連する映画を作ろうとしているわけではない。
 台湾の歴史は50年、100年、数百年前を振り返っても必ず日本にぶち当たる。いつの時代も日本は台湾に影響を与えてきた。

 --台湾人は日本にどんな感情を抱いているか。
 魏監督 日本統治時代の歴史によって、台湾ではいまだに日本の影響が残る。統治時代は良い点も悪い点もあった。抱くのは感謝なのか憎しみなのか、心情は複雑なままだ。
 私の祖父母は日本を好きではなかった。国民党政権が中国共産党との内戦に敗れて1949年に中国から台湾に来た時のことを「日本の管理の方が平穏だった。二等国民で日本人より地位はいつも低かったけれど、泥棒もいなかった」と振り返った。国民党政権は最初のうち、台湾人を日本人、つまり外国人として扱った。われわれ台湾人は遺棄された人々だった。
 台湾人は今も、そのへんの歴史についてうまくバランスを取れないでいる。

 ◇「時代が作った過ち」
 --映画「セデック・バレ」を製作した目的は。
 魏監督 歴史を語ることで恨みを解きたいと考えた。歴史とは本来、非常に難解で、遺憾なことも多い。映画を通じて歴史を理解し、その時代の見方に立って、当時の人々の環境や立場を考えてほしいと思う。理解して初めて和解がある。霧社事件では、先住民族と日本人が文化と信仰の違いから誤解が生まれ、衝突した。衝突の原点に戻らなければ原因は分からない。「これは時代が作り出した過ちだ」と言えるようにしたかった。物事は善悪だけでは判断できない。日本側も先住民族側も完璧であるはずがなく、複雑な要素が絡み合う。「日本を好きか嫌いか」という簡単な質問では答えられない複雑な気持ちを分かってほしい。

 --台湾には、終戦前から台湾で生まれ育った家系の本省人、国民党政権と共に台湾に移り住んだ中国大陸生まれとその子孫の外省人がいる。本省人にも福建省系、客家、14の先住民族がいる。歴史が原因の「族群」(エスニックグループ)の対立は今も激しく、政治的対立となっている。
 魏監督 「セデック・バレ」は、多数の民族からなる台湾の歴史を自分たちで理解し、自らの立場を省みることで台湾人の気持ちの対立を解くことも目指している。映画を通した心理療法と言える。台湾内で和解しなければ、世界の他者とも和解はできない。今は多くの民族の豊富な栄養を吸収して、自分を成長させている時だ。より寛容になることが台湾人には必要だ。台湾の中での内輪もめに時間を費やすのは無駄だ。次世代が歴史の矛盾を引きずったまま生きるべきではない。


魏徳聖監督 1969年8月、台湾南部・台南県永康郷(現・台南市永康区)生まれ。遠東工商専科学校(現・遠東科技大学)機械科卒。2作目の「セデック・バレ」(セデック語で「真の人」)は台湾史上最高の7億台湾ドル(約18億円)を費やした。今年のベネチア国際映画祭に出品されたほか、来年の米アカデミー外国語映画賞への出品が決まった。
    --「台湾:先住民の蜂起描いた映画『セデック・バレ』監督 歴史を語り恨み解きたい」、『毎日新聞』2011年10月20日(木)付。

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覚え書:「境界を生きる:性分化疾患」、『毎日新聞』連載まとめ。

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性分化疾患に関する『毎日新聞』の連載をまとめて紹介しておきます。通常、「男」か「女」かのどちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる症例が現実には存在すること。

歴史的には様々な呼び名で扱われてきたが、これまで役割分担を強調する日本社会の調教と惰化のディシプリンはそれをスルーしてきた。

しかし、これは社会的な「生成」のみならず、生物学的にこうした状況が「存在」することを「知る」必要がある。調査によると性分化疾患は2000人に1人の発生頻度との報告もある。

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境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 「男子と女子、どっちがいい?」


 ◇思春期に男性化する疾患の長女、小4で告知受け混乱
 染色体やホルモンの異常により男性か女性かの区別がはっきりしない「性分化疾患」。医学的には未解明な部分が残り、男性と女性の枠組みしかない社会で生きる難しさも伴う。性の選択を迫られた時、治療方針を決める時--。当事者と家族、医療者のそれぞれの決断の場面を追った。

    *
 昨年7月、大阪市の大阪警察病院。夏休みに入った小学4年の長女(当時9歳)に付き添い、関西地方の夫婦が小児科を受診した。「そろそろ私から本人に説明しましょうか」と切り出した望月貴博医師に、夫婦は顔を見合わせ黙ってうなずいた。病気のこと、受けることになるかもしれない性器の手術のことを話した後、医師は長女に尋ねた。
 「男の子にもなれるし、今のまま女の子を選ぶこともできる。どっちがいい?」。しばし流れる沈黙。父は「男と言ってくれ」と祈ったが、長女は消え入るような声で「女の子がいい」と答え、しくしく泣いた。
 父が「男」を願ったのには理由がある。
 夫婦には2人の子がいる。いずれも女の子と思っていたが5年前、陰核(クリトリス)の肥大などをきっかけに性分化疾患の一つ「5α還元酵素欠損症」とそろって診断された。性染色体はXYの男性型だが、ホルモンの異常が原因で男性器が発達せず生まれ、大半が出生時に女性と判定される。しかし2次性徴期になると、程度の差はあれ確実に男性化する特徴がある。
 日本では下腹部に隠れている精巣を摘出して女性ホルモン剤を服用する治療が行われてきたが、欧米では女性として育った人の多くが性別の違和感に悩み、約6割が男性に性別変更したとのデータもある。
 長女が思春期を迎えた時、声も体形も男性化し、小さめの陰茎(ペニス)ほどに陰核が育っていったら……。本人の驚きと戸惑いを想像すると胸が痛んだ。
 病気がわかったとき、望月医師から「将来、妊娠はできない。男性としてなら子を作れる可能性はある」と言われた。小学校入学が目前に迫り、ピカピカの赤いランドセルも準備していた。夫婦は入学を心待ちする長女を男の子に変える気持ちにはなれなかった。
 翌年、今度は次女の幼稚園入園が迫った。望月医師は「性別を変えるなら、新しい社会に入り人間関係も変わる今のタイミングがいい」と促した。1年前から悩み抜いてきた夫婦は、長女の時とは逆の決断をした。「出生時の性別判定は間違い」との診断書を家庭裁判所に提出し、入園直前に次女の戸籍は「長男」となり、名前も変わった。
 男の子になった弟はとても陰茎が小さく、立ち小便ができないため個室トイレしか使えない不便はあるが、学校生活を楽しんでいる。夫婦の心配は長女だ。制服以外はスカートをはかず、野球やサッカーが大好きで、遊び相手も男の子だ。
 父は「男性化が進んでも女の子でいたいというなら、人格を無視してまで性別を変えることなどできない。男の子を望むなら、誰も何も知らない町に転居して、再スタートする覚悟はできている」と唇をかむ。

    *
 主治医の望月医師にとっても、治療方針の決定は容易ではない。

 次女の入園が迫った時、性別をどうすべきかを症例の豊富な医師たちに尋ねたが、男の子に変えるのは反対だというメールが次々返ってきた。「ちんちんがあまりに小さく、将来コンプレックスになる」という率直な意見もあった。診断にかかわった藤田敬之助・大阪市立総合医療センター元副院長も「思春期にどれだけ男性化するかは個人差がある。本人に性別を選ばせたいので、留保してはどうかと伝えた」と振り返る。

 望月医師は「絶対的な答えがあるわけではないが、私はより新しい国際的な知見を重視した。時代は変わってきているのです」と胸を張る。長女については、男性的な2次性徴が始まったら薬でいったん止め、本人に考える猶予を与える治療法を検討している。

    *
 「どちらの性別で育てますか?」
 東海地方の主婦(28)は2年前に長男を出産してから医師に「選択」を迫られ続けてきた。性器の発達が不十分だった。産院を退院してすぐ、大学病院にかかりさまざまな検査を受けた。「断定はできないが、染色体は男性型だから男で大丈夫では」。あいまいな言葉でも医師を信じるしかなく、2週間の期限ぎりぎりに長男として役所に届けた。性別を保留できることは当時は知らなかった。
 その後、別の医師からは「精巣がなく、子宮がある可能性がある。女の子として生きる方がいいのでは」と言われた。迷い続けてたどり着いた小児専門病院でも、男性の外性器の形成手術が難しいことを理由に、女の子を勧められた。「心も女の子になるんですか」と尋ねても明確な答えはなかった。
 この春、詳しい検査で子宮や卵巣のないことが分かり、男の子として育てていく気持ちがやっと固まった。まずは陰茎を大きくする。将来子どもを持つのは難しいが、声も体も大人の男性になれるよう、定期的に男性ホルモンを注射していく。
 「来年はスカートかも」。少し前は子ども服を買うのもためらったが、いま、性別そのものへの迷いは晴れた。【丹野恒一、五味香織】

 ◆関西地方の夫婦が次女の性別選択で考慮した点(望月医師の説明による)
 ◇女性の場合
子宮と卵巣はなく膣(ちつ)も不完全
外陰部や膣の形成は男児にする場合より容易
妊娠できない
精巣を放置すれば思春期に男性化する可能性
乳房の発達などのため女性ホルモンの内服が生涯必要

 ◇男性の場合
精巣はある
外陰部の形成は女児にする場合より難しい
子どもが作れる可能性
思春期に自然に男性化する可能性
陰茎が小さいままの可能性
    --「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 『男子と女子、どっちがいい?』」、『毎日新聞』2011年10月17日(月)付。

http://mainichi.jp/life/today/news/20111017ddm013100023000c.html

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境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/中 「自分でなくなる」投薬中止

 ◇「普通の男性」望んだが 成人後始める治療、継続困難
 大学1年の冬、サークルの合宿で仲間と風呂に入るのが急に恥ずかしくなった。21歳になっていたが、陰毛はなく、声も小学生のままだった。新潟大歯学部5年の大田篤さん(24)は人目をはばかり民間病院を受診したが、結局自ら通う大学に紹介され、2年の夏に性分化疾患の一つ「低ゴナドトロピン性性腺機能低下症」と診断された。ホルモンの異常で2次性徴が起きない疾患だった。

 「原因があったんだ。治療すれば治るんだ」。ショックはなく、むしろ肯定的に受け止めた。
 週1回、腹部に自己注射するホルモン治療を始めると、数カ月で変化が表れた。声が低くなり、ひげや陰毛が生え、初めて射精した。「なよなよした体」は筋肉質に変わり、鏡を見るのが楽しくなった。初めて経験する性欲には戸惑った。「無意識のうちに視線が女性の胸元に行くなんて、思ってもみなかった」
 しかしある時、ふと疑問がわいた。「これは望んでいたことか」。治療は「普通の男性」になるためだったのに、まるで飢えた獣にでもなってしまった感覚だった。大田さんは「それこそが思春期なのかもしれないが、僕の場合は薬で人工的に変化したので、何かが違うと感じた」。
 治療を始めて1年9カ月後の昨冬、すっぱりと治療をやめた。ホルモンが足りず不健康になるだろうし、子どもを作ることもできなくなるが、それでもよかった。主治医に告げると「最近、中性がはやってるからね」と笑い、反対もしなかった。「自分は男」という認識が揺らいだことは一度もない。医師の言葉にカチンときたが「そうじゃない。自分が自分でなくなるのが嫌なんだ」という心の叫びはぐっとのみ込んだ。
 こうした疾患を診ることが多い池田クリニック(熊本県合志市)の池田稔院長は、治療が持続するかどうかは開始した年齢と深く関係すると感じている。不妊をきっかけに結婚後に治療を始めた患者は、男性ホルモンの重要性を理解はしても、妻が妊娠するとほとんど来なくなる。一方、10代で始めた患者は今も全員が治療を継続しているという。
 池田院長は「思春期に男性ホルモンが低い状態で自己を確立した人は、成人後に治療でホルモンを平常値にしても、自分でないような感覚になるのではないか」との仮説を立てる。
 ホルモン治療をした大田さんは、後悔の念にさいなまれている。「注射を打つたび男らしくなっていくのが、あれほどうれしかったのに」。太くなった声や筋肉質の体は元に戻らない。ひげや体毛にも嫌悪感がある。一度は劣等感から解放してくれた治療が今は恨めしい。下宿の隅に積んでいた未使用のアンプルは、捨てた。

    *
 「娘の人生を私が決めてしまった」「いいえ、選んだのは私」。神奈川県在住の佐藤真紀さん(45)と長女(24)には互いを思いやるやさしさがあふれている。
 89年正月、帰省先の福島県で長女は脱腸を起こし、緊急手術を受けた。手術中に廊下に出てきた医師の言葉に佐藤さんは耳を疑った。「睾丸(こうがん)が見つかりました。腸と絡み合っているので切り取ります。おなかを開いたままなので時間がありません。いいですね」。長女は出生時に膣口(ちつこう)が開いていなかったが、染色体をはじめ10日ほどかけてじっくり調べ、女性で間違いないと診断されていた。
 東京にいる夫とは連絡がつかない。「娘は男だったんだ。でも、私の一存で男として生きる可能性を断ち切ることになる」。そんな思いが頭を駆け巡ったが、医師は「お母さん、どうしますか」と迫ってくる。「じゃあ、切ってください」と言うしかなかった。手術室のドアがしまると、義母の前で号泣した。すべてが終わった後、ようやくつながった電話で夫は「そばにいてあげられなくてごめん。一人で大変な決断をさせてしまったね」と謝った。
 東京の大学病院で再検査を受けると、女性としての発達が不十分になる「ターナー症候群」だが、性染色体に男性化とかかわりが深いY染色体のかけらがある特殊な例だと分かった。
 佐藤さんには他に3人の子がいる。「弟や妹と比べると違いがよく分かる。男女どっちでもないというか、どっちでもあるというか……」という。
 小学4年のとき、学校での性教育が近いと知り、佐藤さんは長女に初めて詳しい話をした。「おなかの中にあるはずの赤ちゃんの部屋がないかもしれないんだ」
 長女は答えた。「他の子と違うみたいだと、何となく思っていた。赤ちゃんを産むのは怖いからいいよ」。しかし「本当はショックだった」と今、打ち明ける。
 中学生になると、骨粗しょう症の防止などでホルモン治療が必要になった。幼少時の手術の決断を十字架のように背負っている佐藤さんは「男女どっちを選んでもいいんだよ」と言ったが、長女は女性ホルモンを選んだ。「あまり女性的にはなりたくない」と生理が来ない程度の量にした。17歳のときには「簡単な手術で膣口も作れる」と医師から勧められたが、断った。
 「本人の意思を尊重しているが、決まった道を行くのと違い自己責任がある。可哀そうな面がある」。佐藤さんはいう。
 長女はいま税理士事務所で働く。一人でも生きていけるようにと、税理士を目指している。「両親はずっと『どんな道を選んでも、あなたが好きなことに変わりはない。味方だからね』と言い続けてくれた。それが私を支えている」。長女は穏やかな表情でふり返る。

    *
 「男性ならこう生きるべきだ」「女性ならこんな治療を受けるべきだ」。性分化疾患の当事者たちは、男女に二分された社会でプレッシャーを受けながら、自分らしい生き方を模索している。【丹野恒一】

 ◇低ゴナドトロピン性性腺機能低下症
 精巣の働きに深く関係する脳の視床下部や下垂体からのホルモン分泌が悪いために2次性徴や精子形成ができなくなる疾患。陰茎の発達も悪く、陰毛や脇毛が生えない、においを感じにくい、といった症状が出ることもある。若年では見過ごされることも多く、不妊をきっかけに見つかるケースが少なくない。
    --「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/中 『自分でなくなる』投薬中止」、『毎日新聞』2011年10月18日(火)付。
http://mainichi.jp/life/dsd/news/20111018ddm013100036000c.html

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境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/下 「判断妥当か」医師に重圧


 ◇年月経て、疑問持つ患者も 未解明な「脳の性分化」
 「カルテを開示してほしい」。3年前、診察室で向き合った20代の患者に言われた時、独協医大の有阪治教授は「その時が来たか」と覚悟を決めた。患者は男性として育ってきたが、性染色体は女性型のXXだった。カルテには書かれていたが、患者自身は知らないはずだった。
 患者は極端に大きな陰核の外見から、男児と判定されて育てられた。体の発達に違和感を覚えた両親が3歳の時、東京都内の大学病院を受診させ、性分化疾患の一つ「先天性副腎過形成」と診断された。子宮や卵巣はあるが、男性ホルモンが過剰に分泌され外性器などが男性化することのある疾患だ。
 このまま男児として生きた方がいいのか。染色体や内性器に合わせ女児に変えるべきか。当時20代の駆け出しの研修医だった有阪医師は、師事していた主治医の教授が治療方針に悩み、海外の文献をひもといて似た症例を必死に探す姿を見ていた。「夜も眠れない」と漏らすのを聞いたこともある。
 最後は両親の意向を尊重し、引き続き男児として育てる方針が決まった。その後、子宮は摘出した。教授は「将来、この子が自分の体に疑問を持って訪ねてきた時、自分はもうこの世にいないはずだ。誰が答えてくれるのだろう」と懸念を口にしていた。
 年月がたち、予想は的中した。
 この患者を引き継ぎ主治医となっていた有阪医師は、「事実関係をきちんと説明しよう」と連絡を待った。開示されたカルテを見て、電話をかけてきた患者は「俺を実験材料にしたんだろう」と怒りをあらわにした。「包丁で切り刻んでやる」とメールで脅されたこともあった。「詳しい理由は分からないが、やはり生き苦しさがあったのかもしれない」。やがて攻撃的な言動は収まったが、有阪医師には苦い思いが残った。
 昨春、一人の新生児が性分化疾患と診断され、独協医大に転院してきた。有阪医師は主治医として初めて中心的に性別判定にかかわった。1カ月にわたりさまざまな検査を行い、結果が出る度にどんな治療をすべきか迷った。「同じ立場になってみて、あの時の教授の重圧が分かった」。両親の希望で、新生児は染色体の型を重視して男性として育てる方針が決まり、形成手術も行った。判断は妥当だったのか、年月がたたないと答えは出ない。

   *
 「性別の確定は戸籍法の期限である14日にとらわれず、生後1カ月までに」。日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は、性分化疾患の新生児を診る医師に慎重な対応を求める手引をまとめた。だが実は、1年かけたとしても真に適切な性別判定はできない。未解明の「脳の性分化」という課題があるからだ。
 昨年12月に大阪府立大が開いたシンポジウム。性分化疾患の研究で世界的に知られるハワイ大医学部のミルトン・ダイアモンド教授が変わった言い回しで訴えた。「性別を決定するのは、両足の間にあるものではなく、耳と耳の間にあるものです」。大切なのは、性器の状態ではなく、自分自身を男だと思うのか女だと思うのか、つまり心(脳)の性だ、という意味だった。
 70種以上ある性分化疾患の中には、性別判定の難しさから、育てられた性と心の性が食い違いやすいものがある。例えば男性器が未発達で女性と判定されがちな「5α還元酵素欠損症」。女性として育てられても心では男性だと自覚する確率が59%という海外のデータがある。男性として育てた場合は0%だ。疾患ごとにこうした傾向がつかめれば、出生時に性別を判定する重要なポイントになりうる。
 厚労省研究班は全国の小児内分泌医と小児泌尿器科医に昨年初めて実施した実態調査を基に、数種類の疾患にしぼり追跡調査した。8月に出そろったデータを分析している山梨大名誉教授の大山建司医師によると、最も患者が多い性分化疾患の一つ「21水酸化酵素欠損症」の場合、約150症例のうち子どもの性同一性障害(心と体の性の不一致)の診断基準に当てはまる患者が3~4%いた。大山医師は「児童精神科医の協力も得ながら、データを詳しく読み解きたい」と話す。

   *
 92年に複数の診療科の医師とケースワーカーなどで性別判定委員会を作るなど先進的な取り組みをしてきた大阪府立母子保健総合医療センター。一昨年から本格的に、看護師が親子それぞれと面談する「看護支援」を始めた。
 親は子どもが性分化疾患だと知った段階からショックや自責の念を持つことがある。40組以上の親子と面談してきた石見(いわみ)和世看護師は、「親の愛情が形成されるのを手助けしていくことが、子どもの成長のために何より重要」と話す。
 面談では、学校生活での心配、結婚や出産はできるか、子どもに病気をどう説明するか、さまざまな質問が出る。じっくり話し合い、時間を共有するなかで、多くの親が涙を流し、病気に立ち向かう決断をしていく姿を目にしてきた。「この病気について心を開いて話せる場所なんて、今までどこにもなかった」。その言葉に、石見看護師は、患者家族の孤独と強さを思うばかりだ。

   *
 性分化疾患はかつて医療界でもタブー視されていたが、患者の立場に沿った対応も進み始めている。日本小児内分泌学会の堀川玲子・性分化委員長はいう。
 「性分化疾患に『正しい答え』はなく、第三者が当事者の決断を批判することはできない。普通と違う人をどれだけ受け入れられるか、社会の成熟度が問われている」【丹野恒一、五味香織】

 ◇脳の性分化
 心(脳)が自覚する性のこと。人はどんな仕組みで自分の性を認識するのか、決定的な研究はまだない。容姿や言動が男性的なことと、心が自覚する性が一致するとも限らない。人の性別は染色体や性腺、性器の性などで総合的に決められるが、本人の「生きやすさ」のためには最終的に「脳の性」まで解明されることが必要だ。
    --「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/下 「判断妥当か」医師に重圧」、『毎日新聞』2011年10月19日(水)付。
http://mainichi.jp/select/science/news/20111019ddm013100169000c.html

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性分化疾患:性別確定「生後1カ月まで」…学会が手引

 外性器などが未発達で男女の区別が難しい性分化疾患の新生児について、日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は性別を確定する目標時期を「生後1カ月まで」とする医療者向けの手引を初めてまとめた。戸籍法は出生届の期限を14日以内と定めているが、十分に精査されずに性別判定されるケースがあるため。学会は法務当局の判断を仰いだうえで、期限の延長が可能としている。
 性分化疾患は2000人に1人の発生頻度との調査があり、90年代に解明が進んだが今も十分な知識を持たない医師が多い。子宮も卵巣もある女児が外性器で男と判断され、男性ホルモンを投与されるなど、最低限の検査なしでずさんに性別判定されるケースが後を絶たない。
 手引は染色体やホルモン、遺伝子など必要な検査や、内科と外科それぞれの治療内容を示した。性別確定まで1カ月としたのは、検査結果が出そろうのに14日以上かかる場合があるほか、経験豊富な医師の意見を仰ぐことを求めたためだ。
 戸籍法には出生届の遅延に対する罰則規定がある。同学会は、手引作成時に東京法務局に問い合わせ、医師の証明があれば性別や名前を空欄で出せることを確認。後に必要事項を埋める「追完」という方法で、14日を過ぎた届け出ができるとしている。ただ周知されておらず、医師も親も「14日以内」にとらわれているのが実態だ。
 厚労省研究班のメンバーで手引作成の中心になった堀川玲子・国立成育医療研究センター内分泌代謝科医長は「医学的には男女どちらとも言えない性があるが、『中間の性』という通念はまだない。性の変更を社会が受容する環境も整っていない以上、性別の判定は慎重を期すしかない」と話す。

 この子は陰茎がない状態で生まれた。それ以外は性腺も染色体も男性型で、医師は男性を選択するのがよいと考えた。しかし将来にわたり機能する陰茎の形成が非常に難しく、不完全な外性器で暮らすことを両親が悩み時間がかかったという。
 診断や治療法の指針は「ガイドライン」ではなく、学会はあえて弱い「手引」という用語を選んだ。「現時点の判断が将来も妥当であるかは分からない」(堀川玲子医師)との認識に立ったという。経験豊富な専門家でも性別の判定は難しいが、より長い時間が与えられたことには意味がある。
 手引は私たちにとっても人ごとではない。「性別が分からないはずがない」「性器がはっきりしないのはおかしい」という思い込みが親を追い込んでいることも忘れてはいけない。【丹野恒一】

 ◇性分化疾患◇
 通常は男女どちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる病気の総称。70種類以上ある。「半陰陽」「両性具有」などとも呼ばれてきた。
 ◇解説…判定の難しさ配慮
 今月開かれた日本小児内分泌学会では、両親が性別の決定を迷った末、男性と届け出るまでに1カ月半以上かかった事例が発表された。治療の選択肢や成人後の生き方も考えれば、決断が困難になることの表れだ。
    --「性分化疾患:性別確定『生後1カ月まで』…学会が手引」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111016k0000e040002000c.html

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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。

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今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著

『福島の原発事故をめぐって-いくつか学び考えたこと』
みすず書房・1050円

 ◇「国家主導科学」の論理を反証する
 福島原子力発電所の大事故をめぐっては数多くの本が出ている。そのなかでこれは最も小さな、つましい一冊である。本文は註を含めてちょうど一〇〇ページ。あとがき一ページ。まっ白な紙に文字があるだけ。写真類は一切なし。
 山本義隆は東京大学理学部物理学科を出た。大学院のとき医学部に端を発した東大闘争に遭遇、リーダーに推され、務めを果たしたばかりに大学の道を閉ざされた。以降は予備校教師。かたわら『磁力と重力の発見』ほかの科学史の大著を書き継いできた。そんな人が3・11以後に学び、考えたことを世に問うた。いかなる留保も置かず、どのような斟酌(も必要とせず、述べるべきことをはっきり述べる。一〇〇ページで十分に足りるのだ。
 原発開発の「深層」に「日本の外交力の裏づけとして、核武装選択の可能性」があったことは、国民がそれとなく感じていた。山本義隆が大学にいたころ、東大工学部に原子力工学科が設けられた。ロケット工学の花形教授たちは嬉々として試作品を打ち上げていた。原発を稼動させることで原爆の材料となるプルトニウムを作り続け、ウラン濃縮技術をそなえ、さらに人工衛星の打ち上げに成功した。原発が産業経済のワクをこえ、外交・安全保障政策の中に位置づけられていたからこそ、この地震大国の特性に目をつぶり、五十数基も作り続けたのではなかったか。
 東大原子力工学科を出て東京電力の副社長と原子力本部長を務めた人物による『原子力発電がよくわかる本』(二〇〇九年)が引用してある。原発には高レベル放射性廃棄物がつきものであり、その「地層処分」の土地選定に数十年、建設から閉鎖までに数十年という「かなりの長期間」を要し、さらに無害化までには数万年という「これまでに経験のない超長期」が必要で、だから地方自治体と国民の協力を得るために「理解活動」がいっそう重要--。
 一読して人は誰も、引用につづく一行を口にするだろう。「正気で書いているのかどうか疑わしい」。にもかかわらず正気である。だからこそ二度の数十年を「かなりの長期間」と言いくるめ、数万年以上を「経験のない超長期」とあいまいなイメージにすりかえられる。「理解活動」が札束のバラまきであることはいうまでもない。原発当事者の間では、およそ正気を疑わせる論理がこともなげに通用してきた。まさしく「原子力発電がよくわかる」本なのだ。
 副題のいうとおり山本義隆は「いくつか学び」、その上でペンをとった。当事者の残している発言を改めてとりあげる。原子力発電に向けてアクセルを踏んだ首相岸信介、防衛庁技術研究所技官の書物、いそいそと権力にすり寄った学者の言葉……。ノーテンキな元副社長の本と同様に、当事者の思惑をバクロする、これ以上ないほど有効な反証の武器となるからだ。
 「技術と労働の面」では、現場で原発にかかわってきた元技術者たちだった。この「配管のおばけ」の欠陥を人一倍よく知る人々である。
 終章には科学史家の目が光っている。国家主導科学の見本のような技術なのだ。それは何万年も毒性を失わない大量の廃棄物を生み出し続け、事故の跡地はもとより、たとえ廃炉にしても、その近辺は人間の生活を拒むだろう。難問はすべて先送りして、さしあたりの存続と再開が目下の雲行きのようだが、国民こぞって途方もない「子孫にたいする犯罪」に目をつぶろうというのだろうか。
    --「今週の本棚:池内紀・評 『福島の原発事故をめぐって…』=山本義隆・著」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。

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福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたことBook福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと


著者:山本 義隆

販売元:みすず書房
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「われわれには、これに近づいて行くことはできる。だが、恐らくは、決してそれを完全に解明しきることはできないであろう」というジレンマ

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 ヘーゲルが正しく洞察していたように、この世界の自覚には、哲学、宗教、芸術の三つの形態がある。世界観たることを要求しない宗教は、ひとつとして存在しない。そしてまた芸術も、世界の全体を何らかの仕方で把握できる見地を求めて努力する。芸術家が創作し、鑑賞者が享受する芸術作品は、必ずや個性的であり、個体的な対象であらざるを得ない。だが、芸術作品は、その背後に何かより大きな連関を指し示すものが控えていて、初めて真に芸術作品なのである。われわれは個々の偉大な芸術作品において深い感銘と共に広大な世界的背景を見遣るのである。われわれの多くは、あるいはほかならぬこの芸術的鑑賞において、ありきたりの人生では大きな運命に直面しなければ体験できないような何ものかと出会うことになるであろう。かくして芸術は、普通にはわれわれの看取することのできないことがらにわれわれを対置するものである。とはいえ、たとい芸術的鑑賞がそのことがらの究極の深みをわれわれの眼前にもたらすとしても、その深みは、われわれの知識の近づきうるものとはならない。哲学的な思索もまた、この究極的なるものへとわれわれを導いていくのであって、その点でこの学が拾いあげる未解決の謎に見入れば見入るほど、いっそう明瞭に形而上学的な問題の持つ非合理的残余を見いだすことになる。たしかにわれわれには、これに近づいて行くことはできる。だが、恐らくは、決してそれを完全に解明しきることはできないであろう。
    --ニコライ・ハルトマン(石川文洋・岩谷信訳)『哲学入門』晃洋書房、1982年、231-232頁。

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月曜の哲学講義にて、とりあえず、古代ギリシア世界までの概況が一段落。

取り急ぎ来週、そのご展開をざっくり追跡してから、あとはクロニクルな内容というよりも、テーマ別に少しつっこんで議論する予定です。

ただ、やはり古代ギリシアに関してはホワイトヘッド(Alfred North Whitehead, 1861-1947)の有名な言葉、すなわち「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈である」とすれば、最初の注釈者にして最大のオルターナティヴを提示したのが弟子のアリストテレス(Aristoteles,384 BC-322 BC)になるわけなので、プラトン(Plato,424/423 BC-348/347 BC)と一緒にそこは丁寧に紹介させていただいた次第です。

通俗的な縦割りですが、プラトン的なスキームとしてイデア論を取るのか、それともアリストテレス的な、ホーリズムともいうべき、体系的内在論で攻めるのか、やはり西洋の思索の展開というのは、このどちらかに準拠した場合が殆どです。

ですから、このあたりはしっかりやらないとやっぱり、はじまりませんからね。履修された学生のみなさま、少し細かい話しが多くて面倒だったかもしれませんが、ご容赦のほどw。

しかし、大切なことは、彼らの議論を知識として覚えるとか、理解するだけですませることではありません。

その議論を参考にしながら、世界をどのように「自分は見ていくのか」。そしてその世界とどのように関わっていくかということに収斂していくのではないかと思います。

まさにハルトマン(Nicolai Hartmann,1882-1950)が指摘する通り「世界の全体を何らかの仕方で把握できる見地を求めて努力」することが哲学である訳ですから。

そしてこの問題に対しては哲学のみならず、宗教も、そして芸術も同じように肉薄していくことは言うまでもありません。

宗教は、ダイレクトに世界像に肉薄させてくれるわけですし、芸術との出会いは「ありきたりの人生では大きな運命に直面しなければ体験できないような何ものか」と出会うことを可能たらしめてくれます。
※ここではその善し悪しの議論はひとまず措きます。

しかし、哲学と芸術のみは肉薄させてくれると同時に、肉薄していく眼を「水平化」「相対化」させてくれるのがその特質です。

ひとは何かに肉薄していくとき、大切なものに「目をつぶり」何かを「失念」することでそのスピードをあげて接近していくことが可能となります。しかし、それを肉迫すると同時に「目を開けたまま」「覚えた」ままでアプローチしていくことも実は大切な在り方なんです。

まあ、だから「われわれには、これに近づいて行くことはできる。だが、恐らくは、決してそれを完全に解明しきることはできないであろう」というジレンマに直面してしまうわけですけれども、これをその学の「力不足」とは嘆かないでほしいかなと思います。

単純に割り切れば割り切るで楽なのですが、その余韻をどこまで楽しむことができるのか。前者はわかりやすいかもしれませんが、前者だけでは理解できない・説明できないのも人間の生活世界の実相。であるならば、単純化をさけつつ、それでもなお果敢に挑戦していく営みは、ある意味では「力不足」というよりも、楽しみながら進んでいくもの……と理解したほうが実り豊かなものなのかも……知れませんよw

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B級グルメ列伝:東京都中野区編 田舎そば かさい

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 友人達と雑談をしていて、何が一番おいしかったか、という話になったことがあった。その時、辣腕で聞えたテレビのプロデューサー氏が、
 「おふくろの作ったカレーだな」
 と呟いた。
 「コマ切れの入った、うどん粉で固めたようなのでしょ?」
 といったら、
 「うん……」
 と答えたその目が潤んでいた。
 私だけではないのだな、と思った。
 ところで、あの時のライスカレーは、本当においしかったのだろうか。
 若い時分に、外国の船乗りのはなしを読んだことがある。航海がまだ星の位置や羅針盤に頼っていた時代のことなのだが、その船乗りは、少年の頃の思い出をよく仲間に話して聞かせた。
 故郷の町の八百屋と魚屋の間に、一軒の小さな店があった。俺はそこで、外国の地図や布やガラス細工をさわって一日遊んだものさ……。
 長い航海を終えて船乗りは久しぶりに故郷へ帰り、その店を訪れた。ところが八百屋と魚屋の間に店はなく、ただ子供が一人腰をおろせるだけの小さい隙間があいていた、というのである。
 私のライスカレーも、この隙間みたいなものであろう。すいとんやスケソウダラは、モンペや回覧板や防空頭巾の中で食べてこそ涙のこぼれる味がするのだ。
 思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐しさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。
 だから私は、母に子供の頃食べたうどん粉カレーを作ってよ、などと決していわないことにしている。
    --向田邦子「昔カレー」、『父の詫び状』文春文庫、2006年。

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わすれないうちにアップしておきます。
18から30まで10年以上にわたって住み続けたのが東京都中野区。
すでに自分のなかでは第二の故郷といってよい思い出の街なのですが、こないだ久しぶりにちょっとだけ訪問しましたので、そのときの様子を。

在住時代はよくおせわになったのが、JR中野駅北口ロータリ前の「田舎そば かさい」(立ち食い)。

懐かしく立ち寄ったのですが、思い出の味わいはそのままでした。
※向田邦子女史(1928-1981)の「昔カレー」にならず、少し、ほっとしたw

蕎麦は田舎そばと言うだけあってかなり野太いそば。これにそば殻を含んだ麺なので普通のものより黒っぽい。

これに醤油の濃いめのつゆで頂くわけですが、薬味として「生姜」を入れていただくというのが特徴的なスタイル。讃岐うどんなんかではポピュラーな薬味ですが、蕎麦では珍しいスタイルです。

しかしこれが実によくあう。
こないだは、オーソドックスに掻き揚げをトッピングした次第ですが、ひさしぶりに立ち食いでつゆまで飲み干した次第です。
つゆの味付けの濃さがおろし生姜によってサッパリして飲みやすく、天ぷらも味わいが引き立ちます。

お近くに立ち寄りの際はぜひぜひ。


店名 田舎そば かさい (いなかそばかさい)
東京都中野区中野5-63-3
営業時間:6:00-23:00

http://rp.gnavi.co.jp/6183765/

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父の詫び状
配信元:電子書店パピレス
提供:@niftyコンテンツ

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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 菊池誠・松永和紀ほか著『もうダマされないための「科学」講義』」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『もうダマされないための「科学」講義』
菊池誠・松永和紀ほか著
光文社新書・798円

 ◇社会と科学を巡る論点を見極めるには
 私たちの生活は、科学とは表裏一体の関係で結ばれている。人間の社会は科学と技術とそれらを基礎に置いた産業とともに構築されてきたのだから、当然と言えば当然。その絆はさらに加速度的に強まっているが、日本の私たちはあの三月以来特に、それをずっしりと感じている。
 社会と科学に関する出版が続く中で、この本は市民の視点に立ちながらも科学に立脚し、複合的な論点と情報をわかり易く提供している。まず、手っ取り早くメインテーマを紹介しよう。
(1)科学と科学ではないもの
(2)科学の拡大と科学哲学の使い道
(3)報道はどのように科学をゆがめるのか
(4)3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題
 「アカデミズムとジャーナリズムのよりよい関係構築を目指す」活動と講演からまとめた本である。ひと味違う足元の確かさは、こうした視点と地道な活動から生まれているのだろう。
 (1)で統計物理学者の菊池氏は、マイナスイオンなどの例を引いて「科学を装うけれど科学ではない」ニセ科学に対する見方を提示する。科学には不確定さも存在するが、それは科学の本質に根ざす当然の性質である。それに付け込んで科学的論証を省略しようとするニセ科学との違いを、どう見分けるか。分子生物学者の片瀬久美子氏も、「付録」で放射線に関するネットなどのアヤシイ情報をまとめている。放射能を無効にするという「EM菌」には驚くが、これらニセ科学が科学らしさを装う理由は、明確だ。社会一般の科学への信頼感を利用した金儲けである。簡単に言えば、詐欺。それで金が儲かるのも、残念だが社会的現実だ。
 いっぽう、科学的考察を度外視して「ゼロ・リスク」を求める傾向も、大きな社会的損失を招き得る。科学ジャーナリストの松永氏は、(3)で現在のシステムの下では遺伝子組み換え食物のリスクは非常に低いという専門研究者の圧倒的意見を紹介する。ところが消費者の強い不安に応えようと安全確認のハードルがむやみに高くなり、結果として育種産業の寡占化を招いてしまった。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がるのはなかなかむつかしいことだ」とは浅間山の噴火を実見した寺田寅彦の感想だが、食品問題を取り上げてきた松永氏のこの章、特に主婦の方々に読んでほしい部分である。
 (2)で科学哲学者の伊勢田哲治氏は、旧来の「問題発見型」の科学(モード1科学)に対し、保全生態学などの「問題解決型」のモード2科学や、伝統的経験を中心とした「ローカルな知」にも学ぶことの重要性を説く。(4)では科学技術社会論の平川秀幸氏が、日本の「科学技術コミュニケーション」のあり方を生ぬるいと批判する。科学的に問うことは出来るが科学だけでは解決出来ず、社会倫理や政策が大きな役割を果たす「トランスサイエンス」の考え方が今後の社会で特に重要と、主張している。全体に、科学やその社会との関係について知りたいと思いながらなかなか手が出ないという読者の方々には、好個の一冊と思う。
 最後に、表題に関してひと言。何に「ダマされない」のか? それが大事だ。「あとがき」がいうように科学そのもの、科学を装った言説、あるいは科学者を騙(かた)る者にか? それとも権力やマスメディアにか? 最近ではネットというつかみどころのないものもある。片瀬氏の「付録」はその実例を豊富に引いており、ネットが果たす正負両面の役割の研究も重要と思わせる。
    --「今週の本棚:海部宣男・評 菊池誠・松永和紀ほか著『もうダマされないための「科学」講義』」、『毎日新聞』2011年10月16日(日)付

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【ご案内】10/22-23:秋期スクーリング,1期B群 東京 『倫理学』

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 小津安二郎の「お早よう」の中に出てくるテレビには、彼岸の気配が立ち現れている。兄弟が、家にテレビがないので、お隣りさんに見に行く。ささいなことがきっかけで、兄と弟は家出をする。夜になって、家族が心配する。英語の先生が、街でテレビを見ている二人を見つけて届けてくれる。兄が、廊下に置かれている「ナショナル・テレビ 高性能遠距離用 14型」と書かれた大きな段ボール箱を見つける。とたんに機嫌が良くなって、大人立ちと話しはじめる。弟が、たまらず、フラフープを回し始める。
この場面で、テレビがその中に入った段ボール箱は、間違いなく形而上の世界の気配を伝えている。弟が回す、真っ赤なフラフープにも形而上の世界の気配がある。紙でできた箱だからと、プラスティックでできた輪だからと、バカにしてはいけない。これらの、ごくありふれたものたちをバカにすることで、私たちの精神は油断し、そこに立ち現れている深遠なものを見逃してしまう。
パリのカフェで現象学者から「目の前のコップからも、哲学を語ることができるんだよ」と聞かされたサルトルは、青ざめたと、ボーヴォワールが証言している。目の前のコップから哲学を論じることができるのならば、テレビ・ゲームから普遍を論じても良いではないか。
テレビ・ゲームとは、一体どんな存在なのか? テレビ・ゲームをやるということに伴う主観的体験を、社会的な位置づけなどを意識することなく、ためらいを捨てて曇りのない目で見るとき、そこに現れてくるものは一体何なのだろうか?
 そのような問題を考えることは、「真理とは何か」「空間とは何か」「時間とは何か」という問題を考えるのと同じ権利を持って、形而上学の問題である。油断をしていては、そのような大切な問題を考えられない。
 生きている人間を前にして、油断してはならない。一見取るに足らないようにも思える、具体的なモノをないがしろにしてはいけない。
    --茂木健一郎『脳と仮想』新潮文庫、平成十九年、129-131頁。

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賞罰告知といいますか、定型文といいますか、毎度同じ呼びかけで恐縮ですが、例の如く、アカデミズム底辺の荒涼たる裾野をさまよう氏家です。

開催まで数日になりましたので、告知ということで、、、。

表題のとおり、今週末より、東京で開催される通信教育部の秋期スクーリングにて「倫理学」を講じてきます。


受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。


で……。
例の如く引き続き定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……教材の序論だけでも結構です。必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。

お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースをやりましょう!

こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

今回は五十名弱の予定です。
今年は夏のスクーリングもそうでしたが、様々な与件で例年の2/3程度の規模ですが、その分、顔の見える距離ではないかと思います。授業中には寝ることもできない……の贅沢を提供いたします、はい。

眠ることもできないほど最高のフルコースですよ( ・ω・)∩

秋期スクーリングは今回で四回目です。

初回は胸ぐらをつかまれるようなスリリングな展開。
二回目は、ほろりと涙するようなひととき。
三回目は、記憶を失いました(ぇ

今回はどうなるのでしょうかッ!

倫理学の神髄とは「生きている人間を前にして、油断してはならない。一見取るに足らないようにも思える、具体的なモノをないがしろにしてはいけない」ですから……ねぇw

でわ、教室でお会いされる学生諸氏、どうぞ宜しくお願いします。

でわでわ。

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著者:茂木 健一郎

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覚え書:「金言:民主主義のツール=西川恵」、『毎日新聞』2011年10月14日(金)付。

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金言:民主主義のツール=西川恵

 米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏の訃報を耳にした時、思い浮かべたのは「中東の春」であり、権威的な政府に批判を浴びせる中国のネットユーザーたちであり、抑圧体制の下でツイッターで民主主義と自由のための大衆行動を呼びかける人々のことだった。
 いまでは世界の多くの人たちが手にし、一日とてなくてはならないパソコン。しかし本来、パソコンは大勢に抗した対抗文化(カウンターカルチャー)の申し子として、1960年代末から80年代初めにかけ米国で生まれた。
 70年代までのコンピューター開発の主流は、何でもこなす高機能で大容量の汎用(はんよう)大型コンピューターだった。高価で、導入できるのは政府機関や軍部、大企業に限られ、それを操作できるのも一部のエリート専門家だけ。この汎用大型コンピューターに対して、「市民が使える安くて使いやすいコンピューターを」と一部の技術者たちが傾注したのが傍流にあったパソコンだ。
 そこには当時の社会背景がある。ベトナム反戦や非政府組織(NGO)の活動を担う草の根の市民同士をつなぎ、情報をやりとりし、連帯を生み出すツールとしてパソコンが求められたからだ。その対抗文化の理念と思想を体して開発にいそしんだ一人がジョブズ氏である。
 ここにはまた汎用大型コンピューターを握る国家の中央集権型の社会に対して、市民一人ひとりがパソコンを手にした分権型の社会を対置するという反体制の理念があった。いうならば民主主義を実現するツールとしてパソコンは位置づけられた。
 こうして77年に出た「アップル2」は一般の人に使い勝手のいい安いコンピューターとして爆発的に受け入れられ、傍流が主流へ、対抗文化の申し子が大勢の文化となる一つの契機となった。日本では往々にコミュニケーションの利便性からしか捉えられないパソコンが、出発点において「民主主義の実現」という理想主義的な理念と思想に支えられていたことは押さえておいていい。
 私がジョブズ氏の死に「中東の春」や中国のネットユーザーたちを思い浮かべたのもこのためであった。パソコンや、その発展形でもあるスマートフォンなど電子機器類が人々の連帯した抵抗をそこここで生み出している。
 犯罪への利用など、ネット社会の端末が生み出すものはバラ色の風景だけではない。しかし「民主主義の実現」というパソコンの開発思想が少なからず世界を動かしているのは否定しがたい事実なのである。(専門編集委員)
    --「金言:民主主義のツール=西川恵」、『毎日新聞』2011年10月14日(金)付。

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覚え書:「『倫理』の側面から考えた原発 ミランダ・シュラーズ ベルリン自由大学教授(環境政策)」、『毎日新聞』2011年10月15日(土)付。

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Viewpoint 「倫理」の側面から考えた原発
ミランダ・シュラーズ ベルリン自由大学教授(環境政策)

 原発を「倫理」の側面から考える。この視点は、日本が今後「脱原発」を考える上で、ぜひ注目してほしいポイントだ。福島第1原発の事故を受け、ドイツは今年6月、2022年までの原発全廃を決めたが、その過程ではコストやエネルギー供給の面だけでなく、国民が納得する倫理があるかを吟味した。仮に脱原発をして電気料金が値上がりし、貧しい世帯が苦しめばそれは社会倫理に反する。それでいいのか。こうした点も徹底的に議論されたのだ。
 メルケル首相は福島事故の2週間語、首相諮問機関として「倫理委員会」を発足させた。ドイツでは新薬開発など国民の生命・健康に影響を及ぼす決定をする際、こうした倫理委員会が設置されるが、原発も例外ではない。まさに生命に直結する問題だ。
 今回の委員会も、キリスト教聖職者、哲学者、化学メーカー社長、危機管理専門家、経済学者ら17人が選ばれ、私もその一人として貴重な議論に参加できた。原発推進派も反対派もいた。2ヵ月間、夜遅くまで何度も議論を続けたが、印象的だったのは議論の様子を2回テレビ中継し、100万人以上が視聴したことだ。私たちは国民に話し合いの過程を公開し、常に透明であることに努めた。これほどの重要テーマを一部の人々が密室で決めてはいけない。
 委員会は、大地震や津波がないドイツでは福島のような事故は「ほぼあり得ない」と結論付けた。だが飛行機事故やテロの危険性は決して排除できない。仮に事故が起きれば、地球全体に迷惑をかけることになる。これは倫理にかなった態度ではない。
 もちろん原発撤退のせいでドイツの持つ産業競争力を危うくしてはいけない。だが太陽光や風力発電など再生可能エネルギーは社会に新たな技術革新をもたらし、雇用を増やす。この結論を導いた私たちは5月末、「10年以内に脱原発は可能」とする報告書をメルケル首相に提出し、連立与党は「22年まで」の脱原発を政治決断した。
 原発による発電のおかげで私たちは便利な生活を送っている。一方で使用済み核燃料、つまり「核のゴミ」は増え続け、その処分の負担を未来の世代に押し付けているのも事実だ。これが倫理的と言えるだろうか。フクシマ危機は、こうした従来の過ちについて思いを巡らす機会にすべきだろう。【構成・篠田航一】

ことば ドイツの脱原発
ドイツは02年のシュレーダー前政権時代、「20年ごろまでの前原発停止」を決め、脱原発を法制化した。しかしメルケル政権は昨年9月、代替エネルギーの普及が進まないことを理由に、最長40年ごろまでの原発を「延長」する方針に転換した。だが今年3月の福島第1原発事故を受け、結局は再び早期の脱原発に回帰。現在国内にある17基すべての原子炉を22年までに段階的に閉鎖することを決め、議会も承認した。
    --「『倫理』の側面から考えた原発 ミランダ・シュラーズ ベルリン自由大学教授(環境政策)」、『毎日新聞』2011年10月15日(土)付。

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以下は過去の関連報道。

http://www.asahi.com/eco/forum2011/forumcolumn/TKY201107040118.html

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「なぜドイツは原発を止められたのか」(『朝日新聞』2011年7月4日)。

「脱原発」へかじを切ったドイツ。2022年までにすべての原発の閉鎖を政府に勧告した諮問機関「倫理委員会」委員のミランダ・シュラーズ・ベルリン自由大学教授が6月に東京都内で講演した。主な内容を紹介する。

  ◇

 17基の原発があるドイツでは2002年、シュレーダー政権が22年までに原発を全廃することを決めた。メルケル政権は昨秋、原発の稼働期間を34年まで延長したものの、福島の原発事故後、地方選挙で反原発を掲げる緑の党が大躍進した。政府は原発の是非を諮問する倫理委員会を立ち上げ、「10年以内に脱原発が可能」との提言を受けて、22年までに全ての原発を停止することを決定した。
 原発事故が起きた日本より、ドイツでのインパクトの方が大きいのはなぜか。
 背景には、1986年に旧ソ連(現ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原発事故がある。1000キロ離れていたドイツにも雨などで放射能が届き、1年ほどは「子どもを外で遊ばせない方がいい」「野菜を食べない方がいい」といった騒ぎが起きた。
 また、米ソ冷戦の時期で、西ドイツに米国のミサイルを置くという議論があり、第三次世界大戦が起きたら、ドイツがグラウンド・ゼロ(爆心地)になる、という懸念もあった。
 こうしたことから、ドイツの市民運動は反原発運動とリンクし、放射性廃棄物の輸送などに反対するデモに何十万人もの人が参加。原発に反対する国際環境保護団体「グリーンピース」のメンバーは30万人にものぼる。日本の数千人とは桁が違う。原子力を支持している人も人口の約1割と低い。
 また、ドイツではチェルノブイリ事故後に「脱原発」を掲げる緑の党が、得票率を増加させた。緑の党はこれまで議席の数パーセントしか占めない小政党だったが、1998年から2005年まで社会民主党と連立を組んで政権に入った。この時期に、脱原発政策が決まり、自然エネルギー法ができるなど、緑の党がドイツのエネルギー政策に及ぼした影響は大きい。
 原発の是非を諮問する倫理委員会には、元環境相やドイツ研究振興協会の会長、カトリック司祭、財界人、消費者団体など17人の委員がいたが、原子力の研究者は1人もいなかった。どのようなエネルギー政策を求めるかは、社会、消費者が決めるべきとの考えからだ。
 原発容認派と反対派が半々くらいだったが、いつかは原発を廃止した方がいいという点で一致した。問題が起きた時のリスクが、ほかのどのエネルギーよりも大きく、国境を超えて世界に影響を与え、放射性廃棄物という問題も次世代に残してしまうからだ。原子力は倫理的ではないエネルギーだ、と委員会は判断した。
 ただ、いつまでに原発を廃止するかという点については、2035年までという立場の人や、明日にでも、という人もいて、合意に至るのが難しかった。
 メルケル首相には、原子力はもちろん、CO2を排出する火力も減らすべきだと提案した。ドイツは苦労するだろうが、今それをする必要がある。
 そして、再生可能エネルギーに投資すべきだ。1990年ごろ、ドイツで再生可能エネルギーはほとんどなかったが、固定価格買い取り制度を導入した結果、現在では電力生産量の17%を占めている。2022年までに35%に増やすという政府の目標を達成するのは、そう難しくないだろう。
 ドイツが原発を廃止しても、隣のオランダが国境近くに原発をつくる計画を打ち出し、フランスにも多くの原発があるから意味がない、という声も聞く。温暖化対策にしても、ドイツは世界のCO2の3%くらいしか排出していないので、どんなにがんばってもほかの国が削減しなければ意味がないという議論もある。だが、そういう考え方を持つと、何も変わらない。ドイツが自然エネルギーで成功していい例を見せれば、新しい経済、産業モデルを見せることができ、他国もそれを採り入れるだろう。
    --「なぜドイツは原発を止められたのか」『朝日新聞』2011年7月4日付。

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ドイツは脱原発を選んだ (岩波ブックレット)Bookドイツは脱原発を選んだ (岩波ブックレット)


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地球環境問題の比較政治学―日本・ドイツ・アメリカBook地球環境問題の比較政治学―日本・ドイツ・アメリカ


著者:ミランダ・A. シュラーズ

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私達が慣れ親しんできた区分やグループ化もまた有効だとみなしてはならない

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 私達が慣れ親しんできた区分やグループ化もまた有効だとみなしてはならない。言説の大タイプ間の区別、あるいはまた(科学、文学、哲学、宗教、歴史、フィクションなどの)形式やジャンルの区別をそのまま認めるわけにはいかない。その理由は明らかである。私たち自身の言説の世界においてさえ、私たちはこうした区別を確かなものだとは思っていない。ましてや、まったく別のやり方で分配され、配列され、生活づけられた言表の諸集合を分析する場合にはさらにそうである。例えば、「文学」や「政治学」は最近のカテゴリーであって、中世文化、あるいは古典主義文化に対してさえ、回顧的な仮説によるか、新たなアナロジーあるいは意味論的類似の作用によってのみ適用しうるものである。文学も政治学も、したがってまた哲学も諸科学も、十九世紀にそれらが分節していたようには、十七世紀や十八世紀における言説の場を文節してはいなかったのだ。いずれにせよ、--私たち自身が受け入れているものにせよ、研究対象となっている諸言説と同時代のものにせよ--こうした区分それ自体が、反省的なカテゴリー、分類の原理、規範的な規則、制度化されたタイプであることをよく自覚しなくてはならない。それら自体もまた、他の諸言説と並んで分析されるに値するような言説の事実なのである。それは、他の諸言説と、必ず複雑な関係によって結ばれているものだが、普遍的にそれと認められるような内在的で土着の性格を持つわけではないのである。
    --フーコー(石田英敬訳)「科学の考古学について--〈認識論サークル〉への回答」、小林康夫ほか訳『フーコー・コレクション3 言説・表象』ちくま学芸文庫、2006年、153-154頁。

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ミクロな権力の眼差しが生活のなかに規定としてどのように潜んでいるのか。そしてそれが区別として既に出来上がっているマクロなシステム・構造をどのように補完しているのか。この問題に対しては常に鋭敏な感覚を失ってはならない。

所与の前提を“アリガタク”「そーいうもんだよネ」って認識してしまうとその網に囚われたままになってしまう。

そしてそれだけでなく、そのことによって、知らず知らずのうちに構造的暴力に不可避に荷担してしまう。

この認識と反省がない限り、わたしたちは常に目前の問題を「黙殺」し「続ける」加害者として存在していくことになってしまう。

見落としがちかもしれないけれども、CD売り場で、なぜジャンルが「区別」されるのか……、ここにも配列と言表のテクノロジーは機能している。

あな、恐ろしや。

あな、恐ろしや。

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フーコー・コレクション〈3〉言説・表象 (ちくま学芸文庫)Bookフーコー・コレクション〈3〉言説・表象 (ちくま学芸文庫)


著者:ミシェル フーコー

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伝統なんてものはない。あんなもん、「過去」の恣意的意図的選択的抽出によって、強者によって明白に「創造/捏造」されたものである。

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 「天皇陛下万歳」
 アジア・太平洋戦争では、洋々たる未来を有し得た日本の若者たちが、そう叫びながら無数に死んでいった。虫ケラのごとく殺された。
 さて、この美しき日本の「伝統」である「万歳」とは、いったい、いつ頃、どのようにして誕生したものなのか。
 『古事記』にも『日本書紀』にも出てこない。光源氏が美女をコマして「万歳」と叫んだ話は聞かないし、関ヶ原で東軍兵士たち西軍兵士たちが「万歳」吶喊を試みたという記録もない。勝利の「祝声」としては、由緒正しい「えい、えい、おうっ」というのがあっただけである。
 弥次さんも言わなかったし、喜多さんも仰言らなかった。近松文学にも歌舞伎にも登場してこない。
 すると、この両手を挙げて「万歳」と叫ぶ日本の「伝統」は、誰かがつい最近に恣意的に意図的にデッチ上げたものなのだ。
 誰が? いつ? なんの目的で?
 日本の「伝統」として自明のものとされる「万歳」は、一八八九(明治二二)年二月十一日に、突然「発明」されたものであった。
 以下その経緯を説明する。
 だいたい江戸の住民にとっては「天皇」とは馴染みのないものだった。それで東京遷都以降、明治新政権は、東京市民を教化(藤岡信勝の言葉を使えば「洗脳」)する目的で、
 「天皇というのは、お稲荷さんより偉いんだ」
 と、喧伝して回ったのだが、これがあまり効果がない。
 天皇が東京市内を馬車で通れば、
 「所きらはず折重なりて(中略)其の喧噪一方ならず」(『読売新聞』八九年一月十二日)
 「一時に右往左往に散乱する」(『朝野新聞』八九年一月十二日)
 「国旗だも掲げず冷淡に観過し」(『朝野新聞』八九年二月五日)
 というありさまだった。
 「国民」の創造に腐心していた明治政府は(「国民」とは恣意的に創造されたものなのだ。これについては、あとで触れる)、「祝声」の制定を試みる。これを統轄したのが文部大臣・森有礼だった。
 西洋には、「祝声」として、
 「ヒップ、ヒップ、ホレーッ」
 というのがある。しかし、
 「天皇陛下ホレーッ」
 というのは、どうもいただけない。
 森は、「奉賀」を提案したのだが、これは連呼すると、
 「ホーガァホーガァー」
 となってしまうので、没。
 紆余曲折の末、帝国大学教授・外山正一の「バンザイ」案が、なんと教授会で承認されたのであった!!
 天皇の慶事に「バンザイ」を唱えることは古代にもあったにはあったらしいのだが、その際は、「バンゼイ」と漢音で発音されて、雅楽「万歳楽」などの「マンザイ」(呉音)と区別されていた。
 蛇足だろうが書き加えると、「万歳」の起源(オリジン)は、もちろん中国で、官吏たちが皇帝に対して、
 「バンゼイ、バンゼイ、バンバンゼイ」
 と九跪三拝したところからきている。
 帝国大学教授などと「偉そーな」肩書きを持っていても、やっていることは、切って、貼り付けただけなのだ。キッタ、ハッタ。つまりヤクザと一緒。
 「天皇前で大声を発するなど不敬きはまりない」
 とする宮内省の強い反対を押し切り、森有礼は「万歳(ばんざい)」を「祝声」として日本に定着させた。
 つまり、天皇の前で、
 「天皇陛下万歳」
 などと叫ぶ奴らは、それまでは、
 「不敬きわまりない」
 ものであったのだ。
 新しい「伝統」の誕生。
 ついでに書くと「理窟をいへば」天皇だけに「万歳」は使うもので、皇后には「千歳(せんざい)」、それ以下には別の言い方があるべきだった。しかしなぜかみな「万歳」となってしまったらしい。この伝でいけば、中曽根康弘サンなんかは、(精神年齢)「十三歳」といったところか。
 「祝声」を政府が勝手に制定したところで、民衆が突然「万歳」などと叫びだすはずもない。そこで帝国大学書記官・永井久一郎たちが、帝大生(!!)を集めて特訓を繰り返した。
 一八八九年二月十一日、『大日本帝国憲法』授与式を終えた天皇の馬車が皇居正門を出ると、整然と列をなした帝国大学生五千余名が、
 「天皇陛下万歳、万歳、万々歳」
 と叫んだのであった。
 ちなみに帝国大学書記官・永井久一郎とは、(あのエロ本書きの)永井荷風のお父っつぁんである。
 こうして、新しい「伝統」は、「創造/捏造」されたのだ。めでたし、めでたし。
 「伝統」にかかわるわたしの疑問とは、以下の通りだ。
 一、「お稲荷さんより偉い」天皇をひと目見ようと、「所きらはず折重なりて」「一時に右往左往に散乱」し「国旗だも掲げず冷淡に観過し」た東京市民のそれまでの「伝統」は、いったいどうしてしまったのか?
 二、「天皇の前で大声を発するなど不敬きはまりない」とするそれまでの「伝統」は、どこへ行ったのか?
 三、なぜ、「西洋」の真似をして「祝声」などあげなければならないのか?
 四、そしてまた、「西洋」の真似をするのが、どうして「日本の伝統」なのか?
 以上。文化国民主義者(カルチュラル・ナショナリスト)たちからの回答をお待ち申し上げます。

 つまり、わたしの理解では、
 「伝統なんてものはない」。
 あんなもん、「過去」の恣意的意図的選択的抽出によって、強者によって明白に「創造/捏造」されたものである。
 「百五十年の伝統を誇る」と言った場合、それはまた同時に、百五十年前までには存在していた「伝統」を破ったということに他ならない。
 誤解のないように書いておくと、わたしは、「弱者の伝統」は条件つきで支持する。話が難しい方向に進むので、ここでは触れないが、これは「弱者」のアイデンティティ構築と絡み合う部分があるからだ。「表象の政治学」である。
 わたしが幸運にも、あと三十年間も生き永らえるとすると、そのうちに『弱者の資本論』全三十六巻を書く。ペンネームは、空飛(そらとび)マルクス。乞うご期待。

 息子は辛い思いをしたのかもしれないが、そこいらへんは仕方がない、とわたしは考えていた。繰り返すが、強者によって作られた「伝統」だとか「習慣」「規範」などは、無視できるものなら無視した分だけ、人間はより自由になりうる。
 「パトリックよ。お前のような奴を、日本では『ハーフ』と言うんだ。つまり『半分日本人』だ。はははは」
 息子は、美味な料理を鯨食馬食。わたしはペタルマのシャードネーを一人で鯨飲馬飲していたので、酔っ払って息子の感情の襞を傷付けるような言葉を吐いてしまった。
 「それは、ちょっと違うと思うな。僕の感覚で言えば、『ハーフ』ではなくて『ダブル』だ」
 と息子は応えた。
 偉いっ!!
 畏れ入った。本当だ。親は阿呆でも子は育つ。助かったね、藤岡さん、小林さん、渡部さん、その他、大勢のおバカさん。
    --森巣博『無境界家族』集英社文庫、2002年、104-110頁。

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別にわたしは、天皇崇拝でも否定でもありませんが、確認しておきたいことがひとつ。

現代の我々が、それを永遠不滅と信じて疑わぬ“自明”の「伝統」なるものの殆どは、--うえの「万歳」の事例でも明らかなように--、極めて近い過去に「間に合わせの」「都合のいい」「創造/捏造」されたものであるという点ということを忘れてはいけないでしょう。

どのような立場を取ろうとも、そのことを把握しないで、それを振り回すのであるとすれば、これこそ軽挙妄動も甚だしいったらありゃアしません。

これを俗に「裸の王様」というのでしょうか……。

そして付け加えるならば、「それは、ちょっと違うと思うな。僕の感覚で言えば、『ハーフ』ではなくて『ダブル』だ」というような柔軟な物事をみるまなざしを兼ね備える必要があるのだろうと思います。

『ハーフ』だろうって反省しない在り方・言い方・決めつけというものが都合のいい「創造/捏造」された伝統を伝統たらしめてしまいますからねぇ。

まあ、「万歳」以外にもたくさんありますよwww


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覚え書:「記者の目:偏見に苦しむ性的マイノリティー=中川紗矢子」、『毎日新聞』2011年10月14日(金)付。

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記者の目:偏見に苦しむ性的マイノリティー=中川紗矢子
「多様な性は自然」の認識共有を


 「レインボーマーチ」という催しがある。性的マイノリティーとされるLGBTの人と支援者が、その存在を知ってもらい、共生できる社会の実現を呼び掛けるパレードだ。札幌市は、おおらかな土地柄もあるのだろう、9月18日のパレードで15回目を迎え、全国で最多を数える。
 参加者がどんな生活を送っているのか知りたくて、2月に北海道紙面で「レインボーマーチが聞こえる 性的マイノリティーの日常」を計9回連載した。彼らの人間的魅力と同時に、LGBTが抱える深刻な生きづらさと、背景にある社会の無理解を知った。
 同性愛者などは、どんな時代、どんな地域にも、一定の割合で存在している。それは育成環境や趣味嗜好(しこう)の問題ではなく、生まれついての自然なものだ。

結婚・財産など不当な扱い多く
 だが、日本の法や制度は、こうした性的指向の存在を前提としていない。結婚が認められない結果、財産の共有や遺産の相続など配偶者なら得られる権利が与えられず、公営住宅入居やパートナーが集中治療室に入った際の面会などで不当に扱われることがある。何よりの問題は、存在を否定するような認識や仕組みの中で当人も自身を肯定できなくなる場合が多いことだ。
 宝塚大看護学部の日高庸晴准教授(医療行動科学)が01年に大阪市の繁華街で若者約2100人を調査したところ、「異性愛者ではない」と答えた男性の自殺未遂率は、「異性愛者」と答えた男性の約6倍に上った。05年のインターネット調査(有効回答約5700人)では、ゲイやバイセクシュアルの男性の66%は自殺を考えたことがある。取材したゲイ男性のほとんども、ゲイなど身近な人を自殺で失った経験がある。
 特に危険なのが思春期。日高准教授の別の調査(99年)では、ゲイやバイセクシュアル男性が最初に自殺を図った年齢の平均は17・7歳、自尊感情も10代が最も低かった。カミングアウトしても親子関係が破綻するなど、ストレスや葛藤でうつ病などを発症するリスクも高いとみられる。
 自身もゲイであることを公表し、LGBTに対応した医療で知られる「しらかば診療所」(東京都新宿区)で心理カウンセリングなどを担当する平田俊明医師は「世の中が同性愛者を『いないもの』として動いているため、自分が必要とされる感覚が弱い人が多い。人を好きになることや性といった人間の本質的部分が偏見の対象になっているので、アイデンティティーへの影響も大きい」と指摘する。
 同性愛者への嫌悪感を「ホモフォビア」といい、同性愛者ら自身もこうした感情を持っていて、自己肯定感を持てない原因にもなっている。このホモフォビアを培う大きな要因が、教育とメディアだ。教員が同性愛者らに偏見を持つ発言をしたり、テレビのバラエティー番組でゲイをあざけりの対象とするのを見ることが当事者に深い傷を残す。

性同一性障害と同性愛を混同も
 LGBTのうち性同一性障害については、条件付きで戸籍の性別変更などを認める特例法が04年に施行され、その前後からテレビドラマや新聞でも取り上げられるなど啓発も進んだ。しかし同性愛に関する正しい情報は、相変わらず少ないと感じる。日高准教授は近年、健康教育に関する講演で、同性愛と性同一性障害を混同した教員らから相談を受けることが多くなったという。同性に恋愛感情があることを教員に告げた生徒が「病院で(性別適合)手術が必要」と言われたケースもあり、正しい知識の共有は急務だ。
 札幌でレインボーマーチを始めた桑木昭嗣さん(35)は「オープンにして生きていく方法もあると仲間に提案したかった」と振り返る。第1回を企画した96年、仲間からも「周囲にゲイだとばれる」と非難されたという。しかし先月のパレードには800人以上が参加し、歩道やビルの窓から手を振る市民の姿が見えた。当事者の努力と明るさが、周囲の目も変えつつある。
 同性間の結婚を認めている国も世界には10カ国以上ある。法整備には国民全体の議論が必要だろうが、最初の一歩として、多様な性は自然なことであり、LGBTは人権問題なのだという認識を共有するところから始めたい。(北海道報道部)

ことば・LGBT
 レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人=性同一性障害)を指し、国連などで人権問題に関する用語として使われている。この中で最も多いとされる同性愛は、インターネット調査で日本人の4%が該当するとのデータもある。
    --「記者の目:偏見に苦しむ性的マイノリティー=中川紗矢子」、『毎日新聞』2011年10月14日(金)付。

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雑録:「覚え書」の紹介に関して・・・

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少しだけ雑感を残しておきます。

ひとつは原発関係の記事をスクラップ……「覚え書」として……していること。
もうひとつは、『毎日新聞』の記事が多いことに関して。

1つ目から。
覚え書として東京電力福島第一原発の事故に関する記事をスクラップしています。

大学生のときに、堀江邦夫『原発ジプシー』(現代書館、1979)を読んでから、「消極的な反対」の立場に立って来ましたが、正直なところ、ラッダイトイズムのような「ぶっ壊せ」っていう感覚には違和感があります。

もちろん、無くなった方がいいのでしょうけれども……。

……ってこういう感じだから、ダメなのはわかっているのですが、生きている人間を無視したような先鋭化した議論にはついてけないと思うのが僕の正直なところです。

だから「消極的な」と表記しました。

加えて、その「消極性」が「変革の気運を削ごうとする貴様の脆弱さは、利敵行為だ!」って後方からつるし上げられることも承知しています。

しかしながら、これは趣味の問題かも知れませんが、政治将校とか督戦部隊のようなソレはあんまり好きじゃないんです。

要するに、それがどのようなものであれ正しいと認識するのであるとすれば、つるし上げるっていうのは少し文脈が違うような気がするという訳です。

ただ知に関わる人間のこうした曖昧さが結果としては「水に落ちた犬」を復活させてしまうのかも知れないのだけど・・・。難しいですね。もう一度魯迅でも読み直してみようかとは思います。っていう発想がすでにだめなのかおるずってことは承知なのですが、対極として参考になりそうな……、また忘れてはいけないような、そして時事的な話題に関してはスクラップしていこうと思います。

そして、2つ目。
こちらは、『毎日新聞』を長期購読しているからです。
もちろん、茂木健一郎氏(1962-)や自由報道協会(FPAJ -Free Press Association of Japan)の指摘する通り「大新聞」と「記者クラブ」の「終わっている」ことは承知しています。
※これは過去にも言及しましたが、日本の大新聞が終わっているのは記者クラブ以前に、第二次世界大戦の反省が全くないまま「被害者だった」って再出発したところに躓きの石があるわけですが、これはひとまず措きます。

さて、戻ります。全国紙を購読する意味に関して……。
要するに、全国紙でなければ取材できない問題っていうのもあるからなんです。
そしてその全国紙でいえば……これも「どんぐりの背比べ」ですが……比較的「マシな」消去法的選択ですが、『毎日新聞』を長期購読しているのでその関係で紹介している次第です。

別に『毎日新聞』でオルグしようという意図は毛頭ありませんよ、一応。ただ、全国紙で一番最初に「署名記事」をやったことは評価しています。ただそれだけです。

それから全国紙でなければ取材できない問題っていうのは何かっていうと、要するに速報記事ではなく、積み重ね型のレポート、論説、識者へのインタビュー関係です。

そして出来るだけブログで紹介するのは、その一次資料の「写真」も掲載したいというのがあるので、『毎日』になっているという状況でしょうか。

もちろん、twitter、facebookあたりでは、電子版の他紙をガンガン紹介はしてますけどネ。速報ではなく、少し考える材料と実物の記録としてという意味多くなっているという次第です。

長くなりましたが「一応」ということでw

一応、紙媒体は、宅配ではNewYork Times(Weekly Review)を併せて購読、Christian Science MonitorとLe MondeもWeeklyでは、気になったときは洋書部で購入しています、念のため。

めんどくさい話しではありますが、一応ネ、その理由に関しては表記しておくのが誠実だと思った次第でしたので。

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覚え書:「文化:東日本大震災:三陸鉄道 原武史・明治学院大教授と復興の現場をゆく」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付。

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東日本大震災:三陸鉄道 原武史・明治学院大教授と復興の現場をゆく


 東日本大震災は鉄道にも激甚な被害をもたらし、多くの路線がいまだ復旧していない。いち早く一部路線で運転を再開し、3年後の全線復旧を目指す岩手県の三陸鉄道を、鉄道に詳しい原武史・明治学院大教授(日本政治思想史)とゼミの学生らが、1泊2日で訪ねた。復興を待つ鉄の道から、何が見えてくるのか。記者も、地図エッセイストの今尾恵介さんや編集者らと同行した。【鈴木英生】

鉄の道が命綱
全通なお時間
 同鉄道は3月11日の東日本大震災後、同29日までに北リアス線の半分の区間で運転を再開した。同線の残り区間と南リアス線は、いまだに不通。被災箇所は両線合わせて317に上る。2014年4月の全線再開を目指しているが、復旧費110億円を自社では支払えず、国が大半を負担する見込み。
 訪問初日は北リアス線に乗車後、同線の不通区間を貸し切りバスで見て回った。最も被害の大きい島越駅は、駅舎と高さ約13メートルの陸橋上のホームが全壊していた。
 翌朝、宮古駅で同鉄道の望月正彦社長の話を聞いた。望月社長は「(鉄道開業前の唯一の公共交通だったバスが走る)国道へ出るのに、徒歩で1時間かかる集落もある。駅が集落内にできる前は、下宿して高校に通う生徒もいた」と、鉄道の重要性を訴えた。「去年、三陸鉄道を利用したツアー客は約9万人。十数億円の波及効果がある」と観光への貢献も強調。「とにかく、一刻も早く国の復興予算を付けてほしい」と繰り返した。
その後、私たちは宮城県気仙沼市まで南下した。以前、北リアス線と南リアス線の間はJR山田線が結んでいたが、こちらは復旧の見通しが立っていない。
 南リアス線で印象的だったのは、吉浜駅の周辺だ。明治の大津波後、集落が高台に移転したため、今回は被害がなかった。ただし、この付近は地形がなだらか。急斜面が多い他地域とは条件がかなり異なることが、一見して分かる。案内役の冨手淳・同鉄道旅客サービス部長は「高台移転は、やりやすい集落とそうではない集落の差が大きく、一概には無理です」と話していた。
 南リアス線の終点、盛駅そばの車庫では、原教授が三陸にとっての鉄道の意義を、改めて学生に講義した。鉄の道復旧が、被災地の命綱となるのかもしれない。


視察を終えて 原武史教授と今尾恵介さんの話
◇人生の復旧、まず鉄道より始めよ--原武史・明治学院大教授
 山が海に迫る地形の三陸では、道路は高低差が大きくてカーブも多く、相当の難所になっている。他方、鉄道はトンネルでまっすぐに抜けられて、快適に移動できる。気象の影響も受けにくい。三陸鉄道の開業で、自宅から学校へ通えるようになった高校生の話のように、地方の鉄道には、人生を左右するほどの重みがある。
 都会の人間も普段、駅を待ち合わせ場所に使うなど、街の中心として理解している。ましてや地方では、その重みが違う。だからこそ、震災復興もまずは鉄道からだ。JRは被災地の意見が集約されるまで復旧作業を控えているようだが、発想が逆。実際、気仙沼線の陸前横山駅前には仮設住宅が建っている。柳津-陸前横山間の1区間を復旧させるだけで、住民の生活はずっと改善される。JRは「待ちの姿勢」でいいのだろうか。
 首都圏の私たちは、三陸のような地形に住む人の「鉄道路線がほしい」と切実に願う感覚を理解しにくい。鉄道に限らず、私たちは首都圏=日本という錯覚にとらわれ、日本をフラットなものだと思い込みがちだ。地方には、首都圏では絶対に見えない、しかし紛れもない日本の姿がある。鉄道は、日本の複雑さを知る格好の素材なのだ。

◇統計に表れない鉄道の存在感--地図エッセイスト・今尾恵介さん
 今回の視察で、公共交通の意義を地域生活との関わりで考える大切さを改めて痛感した。従前から採算性に疑問のある道路や橋はお構いなしなのに、鉄道の赤字を公費補助で埋めることには批判が集まる。「高校生と老人しか乗らないモノに税金を使うな」と。
 しかし、鉄道が廃止された後のバス路線の乗客は、たいてい共存時代より激減し、そのバスも数年後に廃止されるような例が目立つ。また、鉄道はバスや乗用車と違い、レールや駅舎など「モノ」としての存在感が大きく、統計に表れない象徴的な「公共性」がある。だから、乗客が少なくなっても、駅はずっと「町の顔」だ。
 そのうえ、高齢化がますます進む中、車が運転できない人から移動の自由が奪われるとしたら……。以前、富山市内に路面電車を新設した森雅志・同市長が「市民の3割は自動車を運転できない」と語っていた。子供や障害者なども含む割合だが、3割は大きい。
 「高齢者が病院へ行くときはタクシーを使えばいい」という話ではない。最近の障害者対策は障害者に特化せず、誰もが同じように利便性を享受できるユニバーサルデザイン的な考え方に変わりつつある。この方向で公共交通機関のあり方も考えるべきだと思う。

◇三陸鉄道
 1984年4月、旧国鉄の久慈線、宮古線、盛線と新設部分を合わせて開業した。国鉄赤字路線を引き継いだ初の第三セクター鉄道。北リアス線(宮古-久慈、71キロ)と南リアス線(釜石-盛、36・6キロ)がある。
    --「文化:東日本大震災:三陸鉄道 原武史・明治学院大教授と復興の現場をゆく」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付。

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覚え書なので、コメントする必要はないのだけれども、原武史氏の末尾での指摘、すなわち「首都圏の私たちは、三陸のような地形に住む人の「鉄道路線がほしい」と切実に願う感覚を理解しにくい。鉄道に限らず、私たちは首都圏=日本という錯覚にとらわれ、日本をフラットなものだと思い込みがちだ。地方には、首都圏では絶対に見えない、しかし紛れもない日本の姿がある」……というのは重い一節だと思う。

わたし自身、東京に住んで20年以上になるけれども、東京からすべてを計っていくという眼差しは、大切なものを見落としてしまうことになるから……。

自戒を込めつつ。。。


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覚え書:「ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付

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ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?


 ◇独裁か、決定力か、大衆迎合か
 秋本番というのに、難波(なにわ)の街は暑かった。11月27日投開票の大阪市長選に、あの橋下徹・大阪府知事がくら替え出馬を狙っているという。取材を始めると「ハシズム」なる聞き慣れない言葉が飛び交っていた。大阪で何が起こっているのか。【中澤雄大】


 ◇主張実現目指し、大阪市長選くら替え出馬へ--世論の支持なお6割/「教育への政治介入」識者ら猛反発

 3日、東海道新幹線に飛び乗った。向かった先は大阪市役所。先月19日に再選を目指し出馬表明した平松邦夫市長の定例会見を聞くためだ。
 「『橋下』主義と書いてハシズムと読む。自身の後援会で『独裁』であると言ったことから、ハシズム=独裁。いつかそう言われるだろうと本人も思っていたのでしょう」。在阪民放のアナウンサーを長年務めた経歴通り、平松市長は落ち着いたトーンで解説してくれたが、日ごろから橋下氏の激しい“口撃”にさらされているためか、次第に口調もヒートアップ。「大きなテーマを観測気球のように打ち上げて感触を探るのが地方自治にふさわしいのか、非常に危険だと思っていた」
 ハシズムという言葉がいつから出てきたのかははっきりしない。注目されるようになったのは先月17日、大阪市内で、山口二郎・北海道大教授や精神科医の香山リカさんらが参加するシンポジウム「『橋下』主義を斬る」が開催されてからだ。
 翌4日、大阪府庁で橋下氏を直撃した。「独裁、ハシズムとの批判も出ていますが……」と問うと「自分の思っていることが何でも正しいわけではない。だが、やらなきゃやらないで『決定力がない』と言われ、やればやったで『唯我独尊』だと。どっちでも言われるなら、やって言われた方がいい。ハシズムとか言っている大学教授や有識者の話を聴いても、『なるほど』という意見は何一つない」。強気な橋下節は健在だった。


 両氏の衝突は、橋下氏が「廃藩置県以来の大改革」とする「大阪都構想」を掲げ、大阪市を「抵抗勢力」と名指ししたのが発端。春の統一地方選で、橋下氏が率いる地域政党「大阪維新の会」が府議会で過半数を占め、大阪市議会でも第1党に躍進。勢いを駆って6月の府議会で公立学校教職員への「君が代」起立斉唱を義務付ける全国初の条例を成立させるなど、「強引」な手法が論議を呼んできた。
 一方で市議会では維新の会の提出議案がすべて否決され、「大阪都構想推進には、橋下知事を市長に」との主戦論が浮上。橋下氏は23日にも出馬を表明する見通しだ。同会は9月の府議会・市議会に、ダブル選での争点化を狙って教育基本条例案などを提出。しかし、「知事は学校が実現すべき教育目標を設定する」とした政治関与の強化や、同じ職務命令に3回違反した職員を懲戒免職にするなど強権的な内容に、「百ます計算」の実践で知られる陰山英男・立命館大教授ら府教育委員6人中5人までが猛反発している。


 「学力向上のために自分で連れてきた教育委員と平気で仲たがいしてしまうなんてねえ」。こうため息をつくのは今春まで府市長会長を務めた倉田薫・池田市長だ。7月には「拝啓 大阪府知事 橋下徹様」と題する著作を発表、府と大阪市の協調を求めた。
 直近の世論調査で6割の高い支持率を誇る橋下氏。「まだフォローの風は吹いているけど、微妙な段階ですね。最大の間違いは大阪維新ですわ。内輪の政党を抱えて維新対その他の構図を作った。平松市長にちょっかいを出し過ぎたが故に、本音では出たくない市長選に出ざるを得なくなった。『こんなことばっかりして、大阪はどうなるんや? 橋下に期待したのはこれやったん?』と。そんな状態になって辞めるようなことにはなってほしくないですね」
 反橋下派市民が24日に再び開催するシンポジウムに参加するのは元文部官僚の寺脇研・京都造形芸術大教授だ。「ゆとり教育」の旗振り役だった寺脇氏は「なぜ4年の任期を務めないんですかね」と疑問を投げかける。特に問題視するのは教育基本条例案だ。「極めて違法性が高い。彼は『有権者から直接選ばれた。有権者の声だ』と言うが、08年2月時点の公約にはなかった。今度の選挙で信を問おうとしているが、これこそ教育の政治利用で最もとがめられる」と批判する。
 同じく教育への政治介入を懸念するのは、「街場の教育論」などの著作で知られる思想家、内田樹(たつる)・神戸女学院大名誉教授だ。「彼は善意でやっているんでしょう。でも、条例を導入して教育現場を上意下達的に再編成したら、教育は大失敗する。現場は大混乱し、残るのはイエスマンだけ。学力は劣化する。その時には彼はもういない。府政への責任をどう考えているのかな」。中でも次の条例案(第2条)に着目する。
 <グローバル化が進む中、常に世界の動向を注視しつつ、激化する国際競争に迅速的確に対応できる、世界標準で競争力の高い人材を育てること>
 「これは1970~90年代くらいまでの世界観。教育はどんな状況でも生き残っていけるような力を高めていくこと。マーケットの動向と一緒に路頭に迷うような子どもを作るわけにはいかない。条例案は日本の未来を考えたら受け入れられない」
 やはり24日のシンポに参加予定の大阪市生まれの新進気鋭の学者、中島岳志・北海道大准教授(アジア政治)は「この10年、大衆の気分に大きく左右される世論(せろん)のカーニバル化が起きています。こういう状況が続くと、『誰がやっても一緒』といったシニシズム(冷笑主義)が広がって、歴史的にも独裁者的な人物に一気に決めてほしいという救世主願望論につながりやすい。そうした土壌で出てきているのが橋下さん」と分析する。
 その上で「彼の政治手法はイデオロギーではなく、徹底した既得権益バッシング。そうして大衆的なものをすくい上げているが、公務員たたきの半面で非正規雇用者が増えたり、サービスが低下したりする。今度の選挙では、こうした“引き下げデモクラシー”の有り様を見つめ直すことが重要です」と語る。
 最後に日本政治の考察を続ける御厨貴・東大教授(日本政治史)の研究室を訪ねた。「彼はある種のポピュリストの典型で、鬱屈した気持ちの人たちに夢を見せている。吉本新喜劇のドタバタを好む大阪の風土にうまく乗っかった、『小泉劇場』の大阪版。しかも彼はそれを自覚し、メディアのことも上手に使えると思っている節がある」
 眉をひそめて教授は「でもね」と続けた。「今のように数頼みを続けると、どんどん過激な方向に進む。彼がオールマイティーで全部抑えられない時期が来ると思います。政治にはそういう怖さがある」
 帰路、電車の中づり広告に目をやると、小沢一郎・民主党元代表の裁判の記事が。ふと、教授の言葉がよみがえってきた。
 「それもこれも、中央の人材払底、国の政治に夢がないからですよ」
    --「ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付。

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http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2011/10/13/20111013ddm013010024000c.html
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人間の人間性そのものが問いただされているのだ

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 ここでわれわれは周知の真実にふたたび逢着したことになる。われわれはそれらの真実を一個の根本的な原理に結びつけようと努めてきた。おそらくわれわれは、人種差別はキリスト教的で自由主義的な文化の何らかの特殊な側面と敵対しているだけではないという点を示すことには成功したのではなかろうか。問いただされているのは、民主主義、議会制、独裁体制、宗教政治といった個々の教条ではない。人間の人間性そのものが問いただされているのだ。
    --レヴィナス(合田正人訳)「ヒトラー主義哲学に関する若干の考察」、『レヴィナス・コレクション』ちくま学芸文庫、1999年、107頁。

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1934年、レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が上程した小論が「ヒトラー主義哲学に関する若干の考察」。
独仏全面戦争のはるか以前になりますが、その猛威はもれ聞こえてくる中で、「ヒトラーの哲学は稚拙である。けれども、そこでは多大な始原の潜在力が消費されて、その圧力のもとで、見すぼらしい空説虚言の殻は炸裂してしまう」(92頁)と書きはじめ、その問題を世に問うた。

ヒトラー主義の問題とはつまるところ何だったのか。

自由主義と全体主義の戦い?
領域超越教会と国家的教会主義の戦い?
市民と無産者の戦い?
普遍主義と特殊主義の戦い?

さまざまな価値観をそれと対立させてその問題を描写することは簡単だし、ある程度はそれで概要がくっきり浮かび上がります。

しかし、枝葉による判断で対象を部分的に描写するのではなく、本質的には何が問題なのか--。

レヴィナスは最後に「人間の人間性そのものが問いただされているのだ」と指摘する。

そう、我々自身の問題として向き合う必要のある、言い換えれば人間に遍く内在する人間性との戦いである。

この急所を失念してしまうから、形を変えた問題が何度も何度も起こっては、それに頭を悩ませているのが我々なのかも知れません。

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「面白いですね 『チボー家の人々』」「どこまでお読みになって」「まだ4巻目の半分です」「そお」

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発信箱:黄色い本の青春=伊藤智永(ジュネーブ支局)

 思春期の読書。そこには甘美な思い出だけでなく、大人になる苦さと武者ぶるいが交じる。まして、それが時間も場所も隔てたよその世界とつながっていたら。
 赴任にあたり、日本から一冊だけ漫画を持ってきた。高野文子「黄色い本」。卒業・就職を控えた雪国の女子高校生が、長編小説を読み暮らす日々が描かれる。
 図書館で借りた愛読書は、マルタン・デュガール「チボー家の人々」。白水社の表紙が黄色い5巻本は、今や古本屋でひと山2000円(一冊400円!)のたたき売りらしいが、戦後のある時期までは、平和を愛する善男善女の必読書であった。
 女生徒のけだるい日常と、第一次大戦前夜、国際都市ジュネーブで反戦平和に一命を賭す青年ジャック・チボーの青春。二人の境遇の落差がおかしく、それでも青年と心通わせる女生徒のいちずがいじらしい。
 私が「黄色い本」(薄い漫画本と翻訳本5冊)を持参したのは、感傷に浸るためではない。100年前、欧州大戦期のジュネーブ(戦後、国際連盟が置かれた)。1970年代、高度経済成長末期の新潟県(そのころ柏崎刈羽原発が誘致され、田中角栄首相が誕生した)。異質の世界を見事に重ね合わせた高野さんの手法が、21世紀のジュネーブと日本をかがり合わせるヒントになりはしないか、と期待したのだ。
 で、時々、本棚から引っ張り出しては、あてどなくめくる。………。何か、すごい結論でも期待しましたか? 別に、何もありません。そんな簡単に、アイデアなんかあるわけない。で、また本棚にしまう。
 「人道的介入」を理由に欧州諸国がリビアを空爆した今日、人権都市ジュネーブには何万人もの人道・人権活動家がいる。もしジャックが知ったら驚いただろう。そして、きっと失望しただろう。
    --「発信箱:黄色い本の青春=伊藤智永(ジュネーブ支局)」、『毎日新聞』2011年10月12日(水)付。

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二十世紀はじめのヨーロッパ。
カトリックのチボー家と、プロテスタントのド=フォンタナン家の人々が、歴史と思想に翻弄されつつも、たくましく生き抜いていく人間ドラマがロジェ・マルタン・デュ・ガール(Roger Martin du Gard,1881-1958)の『チボー家の人々』(1937年、ノーベル文学賞受賞)。

初めて読んだのは、たぶん、大学1年生の夏休みのことだったのではないかと記憶しております。友人に面白いよと勧められて“むさぼるように”白水社の邦訳で読んだのが、その思い出。美しい青春と、そしてそれと対照的な醜い戦争を美しく綴ったマルタン・デュ・ガールの筆致に驚くと同時に、それを勧めてくれ、そして読み進めるなかで、その感慨を語り合うことのできた友人の存在に感謝です。

本は読まないよりも、読んだ方がいい。

日本の教養主義が終わっている、そしてその終わっている形式としての教養主義すら“偏った”実業主義へのシフトから終焉しつつあるのが今日日のご時世。

しかし読まないよりも、読んだ方がいい。

このことだけはやはり断言できます。

しかし、人間は一人で読み抜くほど……もちろん、ひとにもよりますが……できた存在でもないのが事実であるとすれば、共に読む・語り合う友人の存在とは、かけがえのないものだと思わざるを得ません。

冒頭の新聞記事「発信箱:黄色い本の青春=伊藤智永(ジュネーブ支局)」を読みながら、そんなことを思い出しつつ、もう一つ想起されたのが小津安二郎監督(1903-1963)の映画『麦秋』(松竹、1951年)のワンシーン。

北鎌倉の駅ホーム。春の陽気が初夏へと彩りを変えようとするその日、矢部謙吉(二本柳寛、1917-1970)と間宮紀子(原節子、1920-)のやりとりがすばらしく美しい。

「面白いですね 『チボー家の人々』」
「どこまでお読みになって」
「まだ4巻目の半分です」
「そお」

書物を介したやりとりほど素敵な言葉というものは、なかなかどうして、他には見つかりませんね。


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覚え書:「風知草:こっちへ来てみろよ=山田孝男」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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風知草:こっちへ来てみろよ=山田孝男

 秋深し。鉄道の節電ダイヤも電力浪費の反省も消えて浮かれ始めた首都圏と違い、福島は依然、戦場である。
 福島市の渡利(わたり)地区は「特定避難勧奨地点」に指定されないというベタ記事が、社会面の片隅に載った(毎日新聞7日付朝刊=東京最終版)。
 翌8日、渡利小学校で開かれた住民説明会では「なぜ渡利を外す」「子どもには危険な地域だ」などの声が相次ぎ、国の担当者が「まだ決めたわけではない」と釈明に追われた(同9日朝刊=福島版)。
 そんな騒ぎの週末、渡利の住人、丹治(たんじ)博志(63)智恵子(64)夫妻を訪ね、放射能との闘い、除染の苦労を聞いた。
 この地でカフェを営む夫妻は週に1度、長袖の作業着と住友スリーエム社製の防塵(ぼうじん)マスクをつけ、米国製のガイガーカウンターと中国製の線量計で高線量のポイントを探す。
 雨どいの下で針が振れることが多く、堆積(たいせき)した土やホコリを剥ぎ取る。屋根に上ってほうきで掃き、雨どいに流れ込んだゴミや枯れ葉を取り除く。震災前は生やすにまかせた庭の緑を努めて刈り込む……。
 「行政に期待したいけど、指示待ちではダメだと考えるようになった。人の話を聞いて、研究して、自分で決断する。きれいになるまで100年かかるとぼくは思う。除染するというより、除染の可能性を探っているという現状ですが、1%でも効果はある、と信じてやっているわけです」(博志)
 私は福島に勤務したことがあり、夫妻と行き来があった。とはいえ17年も前のことで、震災後の夫妻の消息は新刊「クロニクルFUKUSHIMA」(青土社)で知った。
 この本は、原発震災をめぐる講演と丹治ファミリーを含む7編のインタビューないし座談の記録から成る。講師兼インタビュアーはギタリストで作曲家の大友良英(52)。
 国内外の映画やテレビドラマのテーマ曲も手がけて人気の大友は、少年時代を渡利で過ごした。そこに根差す思い入れが全編を貫いている。
 丹治家は離散していた。3月14日、原発爆発で放射性物質が拡散する寸前、長男の嫁と孫を名古屋へ送り出した迫真の回想は同書に譲ろう。
 震災直後、初動調査を禁じた厚生労働省所管の研究所に辞表をたたきつけ、即刻、現地入りした木村真三・現独協医大准教授(44)=放射線衛生学。「放射能が降っています。静かな夜です」というツイッターの書き込みで大反響を巻き起こした福島市在住の詩人、和合(わごう)亮一(43)=中原中也賞……。
 連続インタビューの矛先は東京へ向いている。核心のメッセージは「こっちへ来て現実を見てみろよ」(大友)だ。
 渡利が注目を浴びたのは、保育園の庭で、国の校庭利用基準値の24倍の放射線量を計測(5月)してからだ。先週は「土壌1キロに30万ベクレルのセシウム」と報じられた。これも国の規制値を大幅に超える。
 丹治家のカフェ「風と木(ふうとぼく)」の店先の柿が色づいている。例年にない豊作だが、セシウムが1キロあたり176ベクレル。卓上の花びんを満たす淡紫色のノコンギクは山形県米沢市で採ってきた。子どもの避難、除染、食料放射能値を測定するベクレルカウンターの設置が急務だ。
 それはそれ、と言わんばかりに東京では経済成長と原発輸出が論じられている。間違っていると私は思う。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
    --「風知草:こっちへ来てみろよ=山田孝男」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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クロニクルFUKUSHIMABookクロニクルFUKUSHIMA


著者:大友良英

販売元:青土社
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覚え書:「ひと:若松英輔さん=井筒俊彦の本格的評伝を書いた企業家」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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ひと:若松英輔さん=井筒俊彦の本格的評伝を書いた企業家

 ◇若松英輔(わかまつ・えいすけ)さん(43)
 「井筒俊彦は読むことが書くことに劣らぬ創造的行為であると教えてくれた人です。誤読を恐れず読むことから、豊かな実践が始まります」

 世界的イスラム学者・言語哲学者として知られながら、国内では「つまみ食い的な紹介しかなかった」井筒(1914~93年)。その著作と生涯を丹念に論じ、知的軌跡を生き生きと描き出した第1作「井筒俊彦 叡知(えいち)の哲学」(慶応義塾大学出版会)を5月に発表、大反響を呼んだ。第2作「神秘の夜の旅」(トランスビュー)の刊行を記念して9月、井筒をはじめ私淑する思想家・文学者をめぐる連続講演会が計4回、紀伊国屋書店など大型書店で催され、一躍出版・読書界の寵児(ちょうじ)に。

 本業は数十種類のハーブを調合した健康食品を製造・販売する中小企業経営者。「私にとってビジネスと書くことは不可分。自然が育んだハーブを消費者のもとへ運ぶのと同じように、井筒から預けられたものを、必要とする読者に届けているだけです」。ビジネスマンに対しては、井筒やプラトンなどの精読を真剣に勧める。「持続的な事業展開を望むならば『存在の深み』からの思考が必要です」

 「叡知の哲学」のもとになる論文を雑誌連載中、妻を亡くした。「執筆は、目には見えないけれども隣にいる妻との『協同』作業でした。読者には私の本を通じて井筒本人と出会ってほしい」。死者の実在を信じるカトリック教徒でもある。<文・伊藤一博/写真・三浦博之>

新潟県糸魚川市生まれ。慶応大卒。シナジーカンパニージャパン社長。「三田文学」に「吉満義彦」を連載中。

    --「ひと:若松英輔さん=井筒俊彦の本格的評伝を書いた企業家」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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関連情報

http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/izutsu/:title

http://www.transview.co.jp/books/9784901510998/top.htm?gclid=CKn7ioWj3asCFQOFpAodRWltQw:title


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井筒俊彦―叡知の哲学Book井筒俊彦―叡知の哲学


著者:若松 英輔

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世俗化論のわすれもの……ひとつのスケッチ

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 社会の中で確立した地位を占める伝統宗教は、すべて、その運営や取り決めを制度化する傾向があり、その活動や諸関係は硬直化する傾向がある。制度や硬直化といった過程が生じるのは、安定した文化の中では人間は自らのやり方を過去に照らして正当化しようという傾向を明らかにもつことによると思われる。伝統は、特定の取り決めに関する知識と安全性を確保する標準となる。伝統は、社会的には明らかに年長者のの支配と結びつく。年長者はふつう、過去に対して尊敬を抱き、おそらく崇敬の念すら抱くものである。つい最近まで、すべてとはいわないまでもほとんどの人間社会が、過去に照らしてものごとを処理してきた。やっと今世紀になって、主として現在を、またしばだいに未来を顧慮して社会が組織されるようになってきたのである。伝統的な社会では、神の意志を過去から受け取った。しかし、現代社会では人間の意志が、経済計画とか社会計画と呼ぶものの中で、未来に投影されるのである。
 宗教の説教と実践の硬直化は、宗教が専門家の掌中に握られやすかったために、よりいっそう進行した。そらく、宗教専従者は生活の諸領域の中で最も早く現れた専門家であろう。こうした宗教専従者たちは、超自然的なものへの接近を独占することを主張し、多生ともそれに成功したエリートであった。彼らは昔から、社会が必要とする知識を保持してきた。彼らはしばしば、聖堂の守護者あるいは伝統的真理の保護者であり、その真理のいくつかを特別に秘伝の知識あるいは秘伝の実践とすることもできた。彼らの務めは、真理の純粋性を保つことであり、また、冒瀆的な堕落した思想や不純な人々の冒瀆的行為から、聖なるものを守ることであった。聖職者であり、ときには法律家でもあった宗教的専従者たちは、人々に次のような点で奉仕した。すなわち、救いの保証を与え、神託を解釈し、儀式を執り行い、事件を裁き、神の言葉や神の法を宣し、どのような社会関係が適切かを明らかにし、人間相互や集団相互の義務を明確にし、人間と超自然的なものとの間を取りなすといった点である。しかし、彼らはエリートであったため、しばしば俗人の理解をまったく超えた宗教的真理の概念を展開する傾向があった。また、彼らが示す教説は、しばしば不可解かつ難解で、該博ではあるが、ときには曖昧で不明確でもあった。
 そうした状況下では、大多数の俗人のためにかつて示された宗教的真理や宗教活動が、俗人の日常生活の状況や経験からまったくかけ離れ、排他的で特殊なエリートの関心にそったものになってしまうこともしばしばであった。救済と現世の保証を求める人間の要求は至るところで繰り返し起こるもので、このような状況は伝統宗教に対する挑戦となった。
    --ブライアン・ウィルソン(中野毅・栗原淑江訳)『宗教の社会学 東洋と西洋を比較して』法政大学出版局、2002年、139-140頁。

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歴史を振り返った場合、諸宗教は人間の救済を第一義として様々な組織を形成し「制度宗教」として生成していくのがその常ですが、その歩みは救済をスムーズにはかるだけでなく、「人間のために」というその狙いをゆがめるものとして機能してしまったことは残念ながら事実でしょう。

だからといって宗教における救済の機能というのが全く無役である乃至はそんなの関係ねぇってその硬直化に居直るという二者択一というのは早計にしか過ぎません。

なにしろ、人類の歩みとしてのそれを産湯をすてると同時に赤子まで捨て去るのは暴挙に他なりませんし、同時に、それぞれの場合において、教団・信徒・専従者は、その反省とその黒歴史を踏まえた上での展開というのは必要不可欠なことはいうを待ちませんから。

さて……。
そうした負の側面を大きくスライドさせる事件といえば、やはり近代市民社会の登場がそのひとつになるでしょう。

宗教の担っていた役割を、世俗の市民社会が担うことによって基本的にデザインされた社会構造というわけですが、果たして宗教以上にうまく機能したのかと問い直した場合、疑問が残るも現実です。

先に言及したとおり宗教社会における問題はもちろん反省されてしかるべきですし、近代社会によって囲い込まれ、機能的棲み分け必然だった局面も多々存在します。それはそれでいいと思うんです。しかし、全体としてみるならば、それ以前の世界に対する改革というものが、改革という筋道を大きく超えて反動として機能してしまったことも否めません。いわば、先に指摘した前者の部分が肥大化して事態が進行してしまったというところでしょうか。

これが俗に言う世俗化としての近代社会の形成という評価になりますが、ここで注意したいのは、その形成がいわば「移管」に過ぎなかったという経緯と側面が実は大きくあるということです。市民社会の誕生は宗教に「代わる」新しい装置としては誕生しなかったということがそのことでしょうか。

時代の転換・変化であったことはまぎれもありません。

しかし構造としてみるならば、新しい在り方の誕生というよりも、「移管」「代補」であった事実を失念して捉えすぎていないだろうか……ということです。

「新しさ」に目をひかれ、その点を失念してしまうと大きなミスリードをみてしまいます。

確かに宗教の肩代わりとして機能する学校、工場、会社……。

もちろんその正の側面も多々存在します。

しかし、それと同時により負の側面が強烈に噴出してしまったところも存在しますし、その功績は非難どころか賞賛に値することは承知しております。

ただ、その運営と実行力の合理性とテクノロジーは、近代社会が“残滓”にしかすぎないと見なした当の宗教よりも圧倒的なものがありますから、そこで招来される矛盾も暴力もそれ以上のものとなってしまう……。

このところ、責任を放棄する大人、会社、有力者たち、そして無関心と「無辜」を決め込む市民たち……彼らの姿を見るに付けそんな痛痒を感じてしまうのですが……。

もちろん、だからといってその反動として……いわば反・宗教改革的なノリのような……流血と決断を迫るようなデモーニッシュなロマン主義的傾向も論外ですから、その意味では、現在形成された近代社会というものが、宗教を乗り越えたものではなく、せいぜいのところ劣化モノにすぎないものの、より強力さを増した怪物というぐらいで認識する必要があるのかもしれませんね。

まあ、おうおうにして、それを否定しようとして誕生した“だけ”のものは、それ以上になることはできず、たいていのところ、それをさらに悪化させたコピーに過ぎないってぇ話はよくある事例なわけですけれども、このところそういうものばっかり見せつけられてしまい、甚だ当惑してしまうわけなんですけれどもネ。

勿論、近代社会の成立は、それだけではなく、宗教が守備範囲していなかった誇るべき人類の遺産を提示している点は否定しませんし、その経緯は大切にすべきだとは思います。ただ、代補装置として機能した側面(そしてそれが失念されていること)は踏まえられる必要があると思うわけですけど……ねぇ。

ただかつてのひとびとを「聖職者であり、ときには法律家でもあった宗教的専従者たちは、人々に次のような点で奉仕した。すなわち、救いの保証を与え、神託を解釈し、儀式を執り行い、事件を裁き、神の言葉や神の法を宣し、どのような社会関係が適切かを明らかにし、人間相互や集団相互の義務を明確にし、人間と超自然的なものとの間を取りなすといった点である。しかし、彼らはエリートであったため、しばしば俗人の理解をまったく超えた宗教的真理の概念を展開する傾向があった。また、彼らが示す教説は、しばしば不可解かつ難解で、該博ではあるが、ときには曖昧で不明確でもあった」と指摘し、そのことをあざ笑う現代人もおなじような陥穽に陥り、ひとびとと相対(あいたい)していることだけは確実なんだろけど。

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宗教の社会学―東洋と西洋を比較して (叢書・ウニベルシタス)Book宗教の社会学―東洋と西洋を比較して (叢書・ウニベルシタス)


著者:ブライアン ウィルソン

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東日本大震災:被災地での学生ボランティア活動 大学で対応割れる単位認定」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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東日本大震災:被災地での学生ボランティア活動 大学で対応割れる単位認定

 ◇「教育の一環」「本来は無償の行為」と賛否両論
 東日本大震災の発生から7カ月。被災地での学生ボランティア活動に大学が単位を与える動きが出始めている。今も学生はさまざまな支援活動に汗を流しているが、本来は見返りを求めない無償の行為。その在り方を巡り、各大学の対応は分かれている。【遠藤拓】

 震災で液状化の被害が目立った千葉県浦安市郊外。スーパーマーケットの入り口脇で、紫色のはっぴを着た学生たちが威勢良く買い物客を呼び込んでいる。「被災地支援の物産展です」。テーブルには福島県と岩手県から取り寄せたお菓子がずらりと並ぶ。
 明治大学の学生が被災地の商品を販売する「被災地サポートマルシェ」。6月から週末ごとに開いている。大学の授業「東日本大震災に伴うボランティア実習」の一環でもある。
 学生はボランティアの心構えや注意を学び、浦安での商品販売や被災地で授業が遅れた小中学生の学習支援、岩手県大船渡市でのがれきの片付けにあたる。事後にはリポートを提出。60時間の実習で2単位を得られる。
 同大「震災復興支援センター」副センター長、水野勝之教授は「事前、事後の学習も含めてボランティアを教育の一環ととらえている。自分の責任で行動し、長期間にわたり被災地を支えられる学生を育てたい」と授業の意義を話す。
 学生からは「ボランティアをしたくてもどうしていいか分からなかった。大学が窓口で取り組みやすい」と好評だが、単位認定には「本来は無償のはず。違和感がある」という学生も。水野教授は「大切なのは実習が終わってから。学生が自主的な行動を続けると期待している」と強調する。


 文部科学省は4月、各大学が授業の目的と密接にかかわると判断すれば、ボランティア活動に単位を付与できるとの通知を出した。95年の阪神大震災と同様の対応で、大学にとっては「お墨付き」と言える。
 桃山学院大(大阪府和泉市)は明治大と同様、授業を新設した。「本学の教育理念である『キリスト教精神に基づく人格の陶冶(とうや)』に合致する。文科省の通知も後押しとなった」(松田義弘・学部事務課長)。単位数は、ボランティアをした時間を反映させ、事前講義を含む30時間につき1単位、最大4単位を認める。
 山口県立大は、これまであった国際交流や共生社会に関する実習(60時間、2単位)で、被災地のボランティア活動も認めることに。交通費や宿泊費の一部は大学側が負担し、他の授業と重なる場合は公休扱いとなる。「さまざまな立場の人と実際に交流して学ぶ授業の趣旨と被災地でのボランティアは合致していると判断した」と、岩野雅子教授は説明する。
 一方、単位認定には異論や慎重論もある。
 ボランティアを受け入れる宮城県の「石巻市災害ボランティアセンター」の副総括、佐藤正幸さんは「単位と関係なく学生は一生懸命だ。ただ個人的には、ボランティアは対価があってすることでなく、後で対価がついてくるものと思う」と疑問を投げかける。
 学習院大では「東日本大震災関連のボランティア活動を、授業の実習や演習と位置付けての単位認定をしない」と学生に告知。福井憲彦学長は「元からあるボランティア関連の授業に盛り込むならば分かるが、新たな授業で単位を認めるのは筋が違う」と説明する。福岡大は、開講の手続きが間に合わなかったことを理由に、授業にはしなかったが、8月下旬、学生ら約100人が被災地でがれきの撤去などに参加した。
 被災県にある岩手大は、「折衷案」を取った。ボランティアの実習を含む既存の授業(45時間、1単位)に被災地での活動も認めるが、卒業に必要な単位数としては扱わない。「ボランティアに従事した証しと位置づけている」(学生支援課)という。
 活動の教育的効果を重視する意見もある。関西学院大災害復興制度研究所長の室崎益輝教授は「ボランティアは学生を大きく成長させるので、大学がそれをカリキュラムに位置づけるのは大切なこと」と意義を認めつつ、「単位にふさわしい能力を得たかは、事後に見極める必要がある」といい、安易な単位認定には警鐘を鳴らす。
    --「東日本大震災:被災地での学生ボランティア活動 大学で対応割れる単位認定」、『毎日新聞』2011年10月10日(月)付。

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「どんなもんだーい」という得意顔から出た「実」

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【おわび】
「江沢民前中国国家主席死去」の報道について
2011.10.9 15:04 [中国]

 7月7日の速報および号外(電子版)で、日中関係筋の情報として「江沢民前国家主席死去」の見出しとともに、「中国の江沢民前国家主席が6日夕、北京で死去したことが7日分かった」と報じました。しかし、江氏は10月9日、北京で開かれた辛亥革命100周年記念大会に出席したことが確認されました。見出しおよび記事の内容を取り消し、関係者と読者のみなさまにおわびします。
産経新聞速報・号外(電子版)2011年10月9日15:04
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111009/chn11100915050005-n1.htm

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名匠・小津安二郎監督(1903-1963)の晩年の作品に『お早う』(松竹、1959)というコミカルなドラマがある。

川沿いに面し建売り住宅が軒の連ねるサラリーマン家庭の小学生の二人の子供が主人公という小津の作品ではめずらしいホーム・コメディだが、その冒頭がまた笑わせてくれる。

数人の小学生たちが通学途中の土手の上……。

彼らが熱中しているのはある「遊び」だ。
その「遊び」とは、「おなら合戦」!。

一人が相手の額を押すとそのタイミングで「おなら」を出すのが一人前というとわいのない遊びだ。うまくできれば「どんなもんだーい」という得意顔する子供たち。

しかし、うまくいかなくて「実」が出てしまう少年ももちろんいる。

あわてて自宅へ戻って……という寸法だ。

さて『産経新聞』はこれまで偏ったナショナルアイデンティティとレイシズムを執拗なまでに宣揚してきた全国紙としてつとに有名だが、これまでも人畜無害とはほど遠い「おなら」をならしつづけて世間を騒がせてきた。

しかし、とうとう「実」が出てしまったというものでしょうかw

さて……。
コメディとしての『お早う』はその軽快な物語のステップとは別にもう一つのテーマがある。

それは「言葉」の問題だ。

劇中、「言葉」の責任を叱責された子供たちは、大人たちの繰り返かえす相手を気遣う言葉としての「挨拶」が無意味だ、開き直る一枚がある。

「言葉は無用」とばかりに子供たちは決め込んで、無言で生活していく。しかし、言葉を発しないことで不手際も生じてくるのは必定だ。

言葉は現実にはまったく無用なものでもない。

そして終劇へと向かう。親や大人に反発する子供たちの傍らには、お互いの行為を言い出せない佐田啓二(1926-1964)と久我美子(1931-)が姿が常にある。

ラストシーンは駅で電車を待つ、恋人以前の微妙な二人の姿。そこでの交わされるやりとりは「大人たちの無駄な会話」のリフレインだ。

しかし、それは同時にふたりがお互いの好意を確認しあう「愛の言葉」にもなっている。

仮象を仮象と扱い、実体を実体として表すのが人間のやりとりとしての生きた言葉である。だとすれば、仮象を無理矢理実体として扱ったり、実体を仮象に過ぎないとして扱ってしまうことは言葉のインフレとデフレの極みになってしまう。

その造作を無遠慮に繰り返してきたのが『産経新聞』。
これは「チョンボ」や「お詫び」ですむ問題ではないと思うのだけど……ねぇ。

※ 蛇足ですが、7月の報道はすでに「削除」されていますネw

http://www.youtube.com/watch?v=FdHM4W5gF78


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覚え書:「急接近:村上達也さん JCO臨界事故から12年、教訓は生かされたか」、『毎日新聞』2011年10月8日(土)付

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急接近:村上達也さん JCO臨界事故から12年、教訓は生かされたか

<KEY PERSON INTERVIEW>
 茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」の臨界事故から9月末で12年がたった。東京電力福島第1原発事故に当時の教訓は生かされたのか。福島原発事故後、「脱原発」を唱えている村上達也・東海村長に聞いた。【聞き手・八田浩輔】
 ◇原発持つ資格欠ける国--茨城県東海村村長・村上達也さん(68)
 --福島原発事故での政府の対応をどう評価しますか。

 ◆ 事故拡大を防げなかっただけでなく、住民保護の観点からも対応は後手に回った。計画的避難区域への指定が遅れた福島県飯舘村などの住民は、浴びる必要のない放射線に長時間さらされた。原発で全電源喪失による事故が想定されていなかったことが示すように、原発に対する楽観的で安易な考えが背景にある。JCO事故から何も学んでいない。原発を持つ資格に欠ける国だと思った。

 --JCO事故の教訓は生かされなかったと。

 ◆ 当時も想定外と言われたが、慢心が招いた事故だった。政府を含む「原子力ムラ」は、原子力産業周辺の不届きな会社が法令違反で起こした事故と総括してふたをし、再び安全神話に浸って原発拡大路線を突き進んだ。また、当時は対策本部があちこちにできて情報共有ができなかった。その反省を受け、すべての原発にオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)ができたが、福島では機能しなかった。その結果、現地対策本部は福島原発から(約65キロ)離れた福島市に置かれた。これも対策の遅れにつながった理由と思う。JCO事故で感じたのは(放射線量のように)距離の2乗に反比例して緊迫感は落ちる。風評被害は逆だ。遠方になればなるほど厳しくなる。

 --村長の持論だった経済産業省と原子力安全・保安院の分離が来春にも実現します。

 ◆ JCO事故後、01年に原子力規制を強化する目的で保安院ができたが、実態はまったく逆方向に進んだ。福島事故後の再稼働を巡る問題などをみる限り、やはり保安院は規制組織ではなかったと思う。分離して環境省に移す形は良いと思うが、中身が見えない。本当に事故を防げなかった真摯(しんし)な反省から分離するのか。あるいは停止した原発を再稼働するために分離するのか。権限も分からない段階でどうこう言えないから期待もしていない。

 --福島原発事故後、脱原発の姿勢を鮮明にされています。

 ◆ 福島原発は3基の原子炉が事故を起こしたという面ではチェルノブイリ原発事故以上の事故だ。世界を震撼(しんかん)させ、ドイツ、イタリアは脱原発に向かうことになった。本来、日本が真っ先に脱原発を真剣に考えるべきではないか。まずは地震列島の日本に原発はふさわしいのか改めて考える必要がある。村にある東海第2原発(日本原子力発電)を例にとれば、30キロ圏内で100万人規模が暮らす。東日本大震災では、東海第2もあと70センチ津波が高ければ全電源喪失に陥る可能性もあった。国の原子炉立地審査指針は「原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること」とあるが、現実と合っていないのは明らかだ。理論と実態が破綻する中、原発に依存して地域社会をつくるのは限界で、そこから脱したまちづくりを考えるべきではないか。

 ◇原子力ムラの総括必要
 --日本で初めて「原子の火」がともった東海村の将来像は。

 ◆ 私は原子力の研究開発からの脱却を訴えているのではない。脱原発を唱えても廃炉や廃棄物の処理や安全対策についての研究は重要で、研究開発拠点としての東海村の存在意義はむしろ高まる。最先端の原子力科学や基礎研究の推進、国際的な原子力人材を育成するために東海村の経験と施設の蓄積を利用する。ただし原発のように膨大な電源交付金や固定資産税が入ってくることに比べれば、研究主体のまちづくりは簡単ではない。大変な課題だが、10年もたたないうちに変わると思う。

 --脱原発を支える研究拠点を目指すということですか。

 ◆ そうとらえてもらって結構だ。原子力イコール発電だけではないし、旧来の原子力エネルギー開発にしがみついていては先に行けない。そうした考えは捨てるべきだ。

 --東海第2原発の再稼働の判断について住民投票を示唆されていますね。

 ◆ 具体的な案はまだないが、住民投票でも住民側による請求もあれば、大規模アンケートという方法もある。いずれにしても住民の皆さんが是非を積極的に判断すべきだ。利害関係が網の目のように張り巡らされた原発所在地で脱原発はすぐに割り切れる話ではない。ちなみに私が脱原発と言ってから直接非難する人には村で一度も会っていない。「よく言った」と言ってくれる人はいるが。

 --原子力ムラは変わると思いますか。

 ◆ 絶対に総括しなければいけない問題だ。一つの利益集団ができると、磁石のごとく人が集まって反対勢力を排除し圧迫する。原子力ムラは50年以上の歴史を持つ牢固(ろうこ)たる社会だ。徹底的に自己批判も含めてやらないと原発の将来はないし、また事故は起きる。そう簡単に変わるとは思えないが、その中で知恵を働かせてバランスをとる仕組みや組織を作る必要がある。鍵を握るのは政治力だ。

 ◇JCO臨界事故
 99年9月30日、茨城県東海村のJCO東海事業所でウラン溶液の混合作業中、核分裂反応が連続する臨界事故が発生。死亡した作業員2人を含む666人が被ばくした。違法操業が原因として業務上過失致死罪などでJCOと事業所元幹部の有罪が確定している。
 ◇むらかみ・たつや
 茨城県東海村出身。一橋大社会学部卒。常陽銀行支店長などを経て、97年9月から現職(4期目)。1期目でJCO臨界事故を経験し、福島原発事故以前から原発に依存した地域振興策の限界を訴えてきた。
    --「急接近:村上達也さん JCO臨界事故から12年、教訓は生かされたか」、『毎日新聞』2011年10月8日(土)付。

http://mainichi.jp/select/opinion/approach/news/20111008ddm004070019000c.html

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・中野区編「ゆむゆむ Yumu Yumu」&「中野 Public BAR Abbot's Choice」

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先日KO中野祭?で利用したお店のメモ


1軒目。

ゆむゆむ Yumu Yumu
住所 〒164-0001 東京都中野区中野2-29-2 KMビル1F
http://r.tabelog.com/tokyo/A1319/A131902/13097484/

ドリンク類がだいたい300円台で楽しめる(その分、気分、量が少し少ないかw)、いわゆるやきとんや。20人も入ればいっぱいになるような隠れ家的な雰囲気、一人でぶらっと利用する分にもいいですね。

丁寧に焼き上げた串ものもリーズナブルですが、なかなかいい味ですね。食べログでの評価が比較的高いことからもよくわかります。


2軒目。

中野 Public BAR Abbot's Choice
東京都中野区中野5-56-11
http://r.gnavi.co.jp/a430401/
http://r.tabelog.com/tokyo/A1319/A131902/13039520/

パブ、ダイニングバー。
品揃え豊富です(品切れとのときもあります)。

ほとんど呑んでばっかりでしたが、各国麦酒、シングルモルトもそろっておりなかなか楽しめます。サッカー観戦でも利用されているみたいです。
落ち着いた空間で素敵な時間の過ごせるお店ですね。

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資料:石川県金沢市「モスク計画に住人反対」の諸紙報道

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金沢にモスク建設 射水の宗教法人

金沢市若松町でモスク建設を進めている富山モスクの礼拝堂=射水市内
 金沢市若松町に、石川県内で初めてのイスラム教礼拝施設「モスク」が建設されること が、27日までに分かった。宗教法人富山モスク(射水市)が金沢支部として基礎工事に 着手し、年内の完成を予定している。富山モスクによると、石川県内には100人を超え るイスラム教徒がいる。過去に富山、福井でイスラム教をめぐる騒動があったこともあり 、付近住民の中には「なじみが薄く、不安」と身構える向きもある。
 富山モスクによると、金沢市内でのモスク建設計画は約3年前に持ち上がった。富山モ スクは昨年7月に同市若松町で土地358平方メートルを取得し、今月、工事に取り掛か った。約2600万円の建設費用は、全国の教徒の寄付で賄われる。

 モスクは毎日5回の礼拝を中心に、地域の教徒が集まって話し合ったり、子どもたちを 教育する場となる。富山モスクによると、石川県内には留学生ら100人を超える教徒が おり、これまでこうした活動はアパートの一室で行ってきた。

 イスラム教をめぐっては、2001(平成13)年に富山県小杉町(現在の射水市)の 路上でイスラム教の聖典コーランが破り捨てられていたことを受け、教徒が富山県庁や県 警に抗議に押し寄せた。福井市では昨年10月、モスクの駐車場に止めてあった車が放火 され、モスクに外国人を中傷する張り紙が貼られた。隣県でこうした騒動が起きたことも あり、金沢市若松町の住民の中にはモスク建設に不安を口にする人もいる。

 50代の会社員男性は「イスラム文化にはなじみが薄く、不安がなくはない。話し合う ことで、互いに理解し合いたい」と述べた。

 富山モスクのカーン・ナディーム代表=パキスタン出身=は「モスクは周辺に住むイス ラム教徒にとって必要な施設であり、夢がかなう」と話した。
「北國新聞」8月28日02時24分

http://www.hokkoku.co.jp/subpage/H20110828101.htm

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モスク建設計画難航…地元町会「引き下がって」

 石川県内在住のイスラム教徒らでつくる「石川ムスリム協会」が中心となり、金沢市内で進めている県内初のモスク建設計画が、地元町会の反発で難航している。

 既に土地を取得し、着工段階を迎えた協会側は、9月下旬に地元説明会を開いて理解を求めたが、町会側は「イスラム教になじみがない」などと、計画反対を訴える声が多いといい、異文化理解の難しさをうかがわせている。

 同協会は、金沢大の留学生を中心に約100人が所属しており、出身は東南アジアや中東などさまざま。

 普段は集まって礼拝するほか、解体の仕方に宗教上の決まりがある肉類の調達、ラマダン(断食月)明けの祭りなどを行っている。現在は礼拝に市内のアパートの1室を使っており、毎晩10人程度が参加するが、手狭で集会を開くのも難しいという。

 富山、福井など近県にモスクが建つ中、同協会も3年ほど前から計画。中古車輸出業者が多い富山県などに比べ、留学生中心の石川県は資金面が課題だったが、留学生らが全国のモスクを回るなどして、3000万円以上の寄付金を集めた。金沢大に近い同市若松町の土地を取得し、集会所を兼ねた2階建ての施設を着工するところだった。

 ところが、住民理解を得るための説明会では、集まった周辺3町会の住民約20人から、イスラム文化への疑問や不安を訴える声のほか、騒音や駐車場、建物の外観などへの注文が相次いだという。

 協会側は「不安はあると思うが、一つずつ解決する」と訴えたが、町会側は「説明会後に町会内で話し合ったが、反対意見がほとんど」として、反対の立場を固めている。

 若松東町会の室井健会長(53)は「反対する一番の理由は、イスラム教に絡んでテロが起きている中、いろんなことが想定されるから」と強調。「異文化理解と言っても、静かに過ごしてきた年配の人にとっては不安。今は住民に理解しようという気持ちが生まれていない」と、イスラム教に対する地元の拒絶感があることを認める。

 同協会の松井誠志副会長(38)は「国内のイスラムの情報が、テロ関連に偏っているから誤解されやすいが、イスラム教はテロも自殺も推奨していない」と説明。自らはインドネシアでボランティアをした際、現地女性と結婚して改宗したといい、「自分が外国に行く時も、妻が日本に来る時も不安はあった。接する中で徐々に解消できると信じる」と語る。

 同協会は近く、建物の外観を制限する市景観条例などに基づき、市にモスクの建設許可を申請する。条例は地元同意を必要としていないが、松井副会長は「強引に進めたくない。たとえ工期が延びても説明を繰り返したい」とし、今後も理解を求めていく意向だ。一方、町会側は「穏便に引き下がってほしい」としており、接点は見いだせないままだ。

「読売新聞」(2011年10月4日13時36分)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111004-OYT1T00228.htm

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住宅街にモスク計画
2011年09月26日

◆教徒側「地元理解得て」◆
 イスラム教の礼拝施設モスクを、県内で初めて金沢市若松町に建設する計画が進んでいる。25日に地元説明会があったが、一帯は静かな住宅街のため、住民からは「多くの人が出入りする施設はそぐわない」などと反対する声もあがった。
 説明会を開いたのは「石川ムスリム協会」。参加した約30人の住民からは、騒音やゴミ出しなどに関する不安の声や、「イスラム教自体に問題はないが、なぜ住宅街に作るのか」という意見などが出た。一方、「においや騒音も含めて異文化を理解する努力が必要だ」と前向きな声もあがった。地元町会長の室井健さん(53)は「不安を持つ住民も多く、まだ結論は出ない。まず近隣の町会長で協議したい」と話した。
 石川ムスリム協会によると、県内には東南アジアや中東から金沢大学への留学生とその家族を中心に150人程度のイスラム教徒がいる。これまでは借り上げたアパートの部屋などで礼拝していたという。
 建設予定地はすでに購入済み。モスクは床面積約100平方メートルの2階建てにする方向で、費用は全国の教徒からの寄付で賄う。アラビア語やインドネシア語の講座のほか、様々な国の料理教室を開くなど、地域交流の場にもするという。
 石川ムスリム協会の松井誠志副会長(38)は、同町に用地を選んだ理由について、金沢大学から近く、また商業用地などは価格が高くなるためだと説明。「今後も話し合いを続け、地元の皆さんの理解を得たうえで建設したい」と話している。
(生田大介)
    「朝日新聞」2011年09月26日
http://mytown.asahi.com/ishikawa/news.php?k_id=18000001109260004

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教養科目というのを時間つぶしの余分な知識としか考えないダメな学生や元学生、それを容認してしまう大学教員が増えており、私はかなり疲れている。

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 哲学者・阿部次郎が主人公三太郎に仮託して自らの思索の軌跡を綴った『三太郎の日記』(一九一四、一五、一八)では、三太郎の視点を介して、ギリシア神話、聖書、ダンテ、カント、ヘーゲル、ゲーテ、ニーチェ、トルストイ等、膨大な量の西洋の古典的な書物の世界を渉猟しながら、「人生いかに生くべきか」という根源的な問いに対する答えを探求していくという、いかにも“教養主義的”な叙述スタイルが採用されている。
 そして、この問いに対するヒントを与えてくれるものとして、西欧的な個人主義の神髄とも言うべき「哲学」、あるいは、漱石や鷗外の作品のように、哲学的なテーマを中心に据えた文学作品・評論に対する関心が高まることになった。「哲学」的な問いを中心に、[教養=人格形成Bildung]観が形成されていくという考え方は、一九世紀ドイツの教養主義と共通している。大正デモクラシーの時代は、西洋的な「哲学」が、高等学校・大学で教育を受けた人々の間で認知され、影響力を発揮するようになった時代でもある。
 ただし、ここで留意しておく必要があるのは、日本の“教養主義”が、西欧のそれのストレートな再現であったわけではなく、非西欧国でありながら強引に“西欧的なもの”を模倣したがゆえの特性を示していたということである。わざわざ言うまでもないことだが、ドイツやフランス等の西欧諸国は、古代ギリシア・ローマ以来の人文主義的な「教養 humanitas」の伝統--ラテン語の〈humanitas (フマニタス)〉は、文字通りにとれば「人間性」であるが、それはあらゆる人に生まれつき備わっているものではなく、雄弁術、文法、修辞学、論理学などの知識を身に付け、自己を研くことで獲得されるとされた--を共有していた。近代ドイツにおいて、ギムナジウム(大学予備教育機関)と大学を中心とする知識人の養成システムが再編されていく過程では、ギリシア・ローマから受け継がれてきた「フマニタス」的なものをベースにしながらも、デカルト=カント以降の近代哲学や、ゲーテ、シラー等によって確立された国民文学などが身に付けるべき基礎的な素養として新たに付け加えられた。近代的な「自我」観を中心に形成された知の領域が、市民的な「教養」の中核に置かれたことによって、「(普遍的理性を内在する)自我を一人前の市民としての自立へと導くための教養」というイメージが形成されたわけである。つまり、“自我”が成長するための糧として、西欧の知の歴史の中で徐々に形成されてきた[人間性=教養ある人格]のイメージに即して、必要な知識を体系的に取得することが目指されたわけである。
 そのように、知識人教育の制度・慣習と結びついて歴史的に体系化されてきた西欧の「教養」に比べると、日本の場合、そうした伝統をもともと共有していなかったため、“教養”を支える知識がどんどん輸入されてきても、「教養」という抽象的な理念それ自体はなかなか理解されなかったきらいがある。ドイツの「教養」観には、古典的な「フマニタス」のように「『人間らしさ』の条件をかなり強く規定するもの」、日本的に言い換えれば、基本となるべき「型」を身に付けていくことの重要性を強調する側面と、その「型」による制約を乗り越えて、自由な想像力によって、理想的な自己のイメージを追及する側面とがある。両側面の間の緊張感を通過することを通して初めて、「人格形成」が意味を持つわけである。
 しかし日本にパッチワーク的に輸入された“教養”においては、共通の基礎となる「型」の部分が具体的にどのように構成されるべきかはっきりしなかったために、とにかく“偉大な西洋の思想家”の書いたものを雑然と読んで参考にしてみる、ということになりがちであった。三太郎の試行錯誤の跡を辿る『三太郎の日記』の文体は、見方によっては、そうした方向性の定まらない雑然さを象徴していると言える。
 無論、西欧人の古典をそのまま継承する必要はなく、例えば、記紀万葉以来の日本の古典あるいは四書五経などを核にしながら、西欧のものを必要に応じて接ぎ木してもいいわけだが、そういう“和魂洋才的”な形での「教養」再構築の構想も生まれてこなかった。そのため、高等学校や大学で学ぶ、あるいは知識人たちによって書かれた“教養的”な諸知識が、「教養=人格形成」という高尚な理念となかなかストレートに結び付かないというもどかしい状態が生じることになった--その最終的帰結として、現代の日本の大学では、教養科目というのを時間つぶしの余分な知識としか考えないダメな学生や元学生、それを容認してしまう大学教員が増えており、私はかなり疲れている。
    --仲正昌樹『日本とドイツ 二つの全体主義 「戦前思想」を書く」光文社新書、2006年、161ー164頁。

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ですから……。

同じく「私はかなり疲れている」。


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晩餐は一日の最後の仕事ゆえ、ゆっくりとちょうだいするのがよろしい

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 晩餐は一日の最後の仕事ゆえ、ゆっくりとちょうだいするのがよろしい。快食者はいずれもいっしょに同一の目的地に着くべき旅人同士の心持でなければならぬ。
    --ブリア=サヴァラン(関根秀雄、戸部松実訳)『美味礼讃 上』岩波文庫、1967年、244-245頁。

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昨夜は大学時代の同期が東京を旅立つということで、中野にて壮行会。

「軽く」のつもりが「重く」一献。

学生時代の友人というものは、何ものに代え難い財産です。

べつに何を話するというわけではありませんが、そこから、今日から明日へという勇気と希望をふつふつと湧いてくるというのは実に不思議なものです。

ご参集されたみなさま、おそくまでありがとうございました。


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覚え書:「異論反論 反原発デモの参加者が増えています 寄稿 雨宮処凛」(『毎日新聞』)+「デモと広場の自由」のための共同声明

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異論反論 反原発デモの参加者が増えています 寄稿 雨宮処凛

未来は私たちで決めよう

 野田佳彦首相の言うことがどんどん変わっていく。
 就任直後は安全性を確認した原発の再稼働に触れつつ、長期的には「脱原発依存」。しかし、9月21日の米紙インタビューでは「来年夏に向けての再稼働」に言及。さらに22日の国連会合では「脱原発依存」には触れもしなかった。
 一方、19日に東京・明治公園で開催された「さようなら原発5万人集会」には6万人が押し寄せた。事故から半年の9月11~19日の間は「脱原発アクションウィーク」と名付けられ、全国で120以上のデモや集会が開催された。
 しかし、そんなデモでは逮捕者も出ている。11日、1万人が参加した「新宿・原発やめろデモ」では12人が逮捕。私も現場にいたが、警備の警察がデモ隊に乱入するなど混乱を引き起こし、その中で次々と参加者が逮捕されていくという状況だった。一部報道では「デモ隊が暴力を振るった」などとされているが、私の知る限りそんな事実はない。この日集まったのは、自らが意思表示をしないと未来を変えられないという思いをもった人々だ。しかし、街頭で声を上げることそのものがまるで「罪」であるかのように逮捕される。一方で、福島の子どもたちを今も被爆の危険にさらし、原発周辺に住む人たちの生活を根こそぎ破壊した東京電力や原発を推進してきた政治家などからは逮捕者など出ていないし、なんの罪にも問われていない。
 この逮捕を受け、評論家の柄谷行人氏などが、「『デモと広場の自由』のための共同声明」を出し、記者会見を開催した。そこで柄谷氏は、日本でデモが少なくなってきたことと、これほど地震が多い国に54基も原発がつくられたことには関係がある、と発言。また、現在デモが起きていることは「社会の混乱」ではなく「成熟度」を示すと述べた。

「自分で考え、行動すること」が大切
 長らく、この国の多くの人はデモという、誰もがもっている権利の存在を忘れていた。しかし、デモは誰にだってできる。72時間前までに出発地の最寄りの警察署に申請すればいいだけだ。憲法で保証されている権利なのだ。
 いつからこの国では、「自分で考え、行動すること」が特殊なことになったのだろう。そしてそんな人任せの作法が、地震大国に世界中の原発の1割以上を集中させるという異常事態を作り出した。しかし、他の国を見ると、当たり前に意思表示を、現実を変えている。イタリアでは6月に国民投票があり、94%以上が脱原発を選択。スイスでも脱原発の法案成立が確実となり、ドイツでも7月に脱原発法が成立した。その背景にあるのは世論だろう。福島の事故を受け、さまざまな国でデモが起こり、こうして現実を変えている。
 私達は、どんな未来を望むのか。当事国の当事者が動かなければ、何も変わらない。

あまみや・かりん 作家。1975年生まれ。反貧困ネットワーク副代表なども努める。「大震災の発生以来、計12回のデモに参加したら、5㌔もやせました。デモはダイエット効果も狙えます。本文中の共同声明には、私も名前を連ねてます」

    --「異論反論 反原発デモの参加者が増えています 寄稿 雨宮処凛」、『毎日新聞』2011年10月5日(水)付。

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言及されている「デモと広場の自由」のための共同声明は以下の通り。

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「デモと広場の自由」のための共同声明
3・11原発事故において、東京電力、経産省、政府は、被害の実情を隠し過小に扱い、近い将来において多数の死者をもたらす恐れのある事態を招きました。これが犯罪的な行為であることは明らかです。さらに、これは日本の憲法に反するものです。《すべて国民(people)は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する》(25条)。しかし、東京電力、経産省、政府はこの事態に対して責任をとるべきなのに、すでに片づいたかのようにふるまっています。
それに抗議し原発の全面的廃炉を要求する声が、国民の中からわき起こっています。そして、その意思がデモとして表現されるのは当然です。デモは「集会と表現の自由」を掲げた憲法21条において保証された民主主義の基本的権利です。そして、全国各地にデモが澎湃(ほうはい)と起こってきたことは、日本の社会の混乱ではなく、成熟度を示すものです。海外のメディアもその点に注目しています。
しかし、実際には、デモは警察によってたえず妨害されています。9月11日に東京・新宿で行われた「9 ・11原発やめろデモ!!!!!」では、12人の参加者が逮捕されました。You Tubeの動画を見れば明らかなように、これは何の根拠もない強引な逮捕です。これまで若者の間に反原発デモを盛り上げてきたグループを狙い打ちすることで、反原発デモ全般を抑え込もうとする意図が透けて見えます。
私たちはこのような不法に抗議し、民衆の意思表示の手段であるデモの権利を擁護します。日本のマスメディアが反原発デモや不当逮捕をきちんと報道しないのは、反原発の意思が存在する事実を消去するのに手を貸すことになります。私たちはマスメディアの報道姿勢に反省を求めます。
2011年9月29日
起草者:柄谷行人、鵜飼哲、小熊英二

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http://jsfda.wordpress.com/statement

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夢想する必要もなければ、落胆する必要もない。 警戒しなければならないのはむしろ一喜一憂だろう。

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■赤川次郎 三毛猫ホームズと芸術三昧!
前進する元気 与えたい

 タイトルを変えながら4年半続けたこのコラムは今回が最終回。
 連載中、歴史に残る大きな出来事が三つもあった。自民党から民主党への政権交代、東日本大震災、福島第一原発の事故である。
 「景気が良くても悪くても、選挙になれば自民党が勝つ」のが長い間の常識だった。「おとなしい日本人」が、さすがに「もう限界!」と悲鳴を上げた政権交代だったが、今や息も絶え絶え。もともと右から左までの寄り合い所帯の民主党に劇的な改革は期待できなかったにせよ、一応「反自民」を旗印に政権についた以上、「これで少しは良くなる」と思った人が多かったろう。
 しかし、長い自民党政権下にできた、政権と大企業、政治家と地元企業、官僚の既得権などの強固な構図を変えるのは容易なことではない。天下り一つ取っても、官僚が死にもの狂いで抵抗してくるのは当然だ。
 私は民主党政権が5年くらいかけて、1年に一つか二つ、改革を進めていけば上出来と思っていた。むろん、民主党を支持した人は誰しも自分のかかわる分野が改革されることを望んだろう。しかし「明日から世の中すべてが変わる」という期待は危険である。ソ連が民主化しても、生活は上向かず、結局ロシアのプーチン政権下、アンナ・ポリトコフスカヤを始め、政府に批判的なジャーナリスト200人もが殺されている。アメリカのオバマ政権にしても、期待から失望への変化が早過ぎる。むろん批判は必要だが、民主主義には時間がかかる、ということを、先例から学ばなければならない。
 日本では民主党政権が発足もしないうちから、マスコミは「政治とカネ」を書き立てては世論調査で「支持率低下」と報道した。しかし、「政治とカネ」というなら、麻生政権が総選挙で敗北した後、引き出した官房機密費2億5千万円(税金である)の方をずっと問題にすべきだが、マスコミは一向に追及しない。
 マスコミの、自民党への甘さは原発事故以後、際立っている。原発を推進してきた責任を、歴代の首相に問うぐらいのことがなぜできないのか。そもそも、政権交代を招くまでに日本の社会を疲弊させた、小泉純一郎元首相の政治の検証さえしていない。今、自民党の谷垣禎一総裁や石原伸晃幹事長の態度を見ていると、マスコミから追及されることなどないと承知しているとしか思えない。
 しかし、どんなに政治やジャーナリズムに失望しても、石原慎太郎都知事や、橋下徹大阪府知事のような独裁者タイプの政治家に期待するのは最も避けるべき選択である。一日で被災地を復興し、原発の放射能を取り除く魔法は存在しないのだ。今は一歩ずつ前に進むしかない。その元気を少しでも与えるのが作家としての私の役目だと思う。
 最後に一つ、TV、新聞の方へ。次の世論調査には一項目付け加えてほしい。「あなたは私たちの報道を信じていますか?」
      ◇       
 次回からは狂言を中心に幅広く活動する野村萬斎さんによる「野村萬斎 きょう.げん.き!!」の連載が始まります。
    --「赤川次郎 三毛猫ホームズと芸術三昧! 前進する元気 与えたい」『朝日新聞』2011年10月1日(土)付夕刊。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201109290450.html?id1=3&id2=cabbbaad

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震災にも原発にも政治の問題にもそして、メディアの問題に関してもすでに反響を呼びまくっている赤川次郎氏(1948-)のコラムの最終回。

注目したいのは、末尾の一節。

「しかし、どんなに政治やジャーナリズムに失望しても、石原慎太郎都知事や、橋下徹大阪府知事のような独裁者タイプの政治家に期待するのは最も避けるべき選択である。一日で被災地を復興し、原発の放射能を取り除く魔法は存在しないのだ。今は一歩ずつ前に進むしかない。その元気を少しでも与えるのが作家としての私の役目だと思う」。

元気を少しでも与えるのは、本来、それを政治や権力として売り物にする“○まる屋”の責任だけど、この連中は糞の役にも立たない……。

だけどそこに忖度する必要も、希望する必要も、そして見放してしまう必要もないけど、かわりに必要なのは、それがその機能するようにたゆまず関わっていくことと、そして「作家」だけでなく、生きている人間の問題として自分自身からそれを出来る範囲で考え、実践していくしかないんだよな……と思った次第。

自分自身の一歩が自分に元気を与え、そして関わるひとへ元気を与えていく……この絶え間ない挑戦と勇気に変革への鍵は存在する。

夢想する必要もなければ、落胆する必要もない。
警戒しなければならないのはむしろ一喜一憂だろう。


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人間が万物の尺度ではあるが、普遍的な、思考する理性的な人間がそうなのだということ……

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 ソフィスト哲学の正しさは主観性、自己意識の正しさ、すなわち、わたしによって承認さるべきものは、それが合理的であることをわたしの意識の前に立証しなければならないという要求である。その正しくない点は、有限で経験的で利己的な主観性を原理へまで高めたこと、すなわちわたしの偶然的な意欲と意見とが、何が合理的であるかを決定するという要求である。その正しい点は、自己確信の原理を立てたことだり、その誤りは偶然的な意欲と表象とを王座にのぼせたことである。自由と自己意識との原理を真実の姿にまで発展させること、ソフィストたちが破壊にのみ用いていたのと同じ反省という手段をもって客観的思想という真の世界、絶対的に存在する内容を獲得すること、経験的主観性のかわりに絶対的あるいは理想的主観性を定立すること--これが次の時代の課題であった。そしてこの課題を引受けかつ解決したのがソクラテスである。経験的主観性のかわりに絶対的あるいは理想的主観性を原理とするとは、次のような認識を表明することを意味する。すなわち、万物の真の尺度は、この個人としてのわたしの意見や好みや意欲ではなく、真、正、善はわたしまたは他のいかなる経験的主体の好みや恣意にも関係せず、それを決定するのはわたしの思考ではあるが、わたしの思考、すなわちわたしのうちにある理性的なものである。わたしの理性はわたしに特有なものではなく、あらゆる理性的存在に共通なもの、普遍的なものであるから、わたしが理性的な、思考的な存在としてふるまうかぎり、わたしの主観性は一つの普遍的な主観性である。実際思考する者はすべて、自分が権利、義務、善、悪と考えることは、単に自分にそう思われるだけではなくて、すべての理性的存在にそう思われるのだという意識、したがって自分の思考には普遍性という性質、普遍的な妥当、一口に言えば客観性があるという意識をもっている。以上がソフィスト哲学に反対するソクラテスの立場であり、したがってソクラテスとともに客観的思想の哲学がはじまるのである。ソクラテスがソフィストたちにたいしてなしえたことは次のことであった。すなわち、反省を無反省の信仰や従順が必然的に生み出していたと同じ結論に導いたこと、および思考する者が自由な意識と自分の確信から、かつて生活と風習とが普通の人々に無意識のうちに教えていたと同じように判断し行為することを学ぶようにさせたことであった。人間が万物の尺度ではあるが、普遍的な、思考する理性的な人間がそうなのだということ--これがソクラテスの教えの根本思想であり、この根本思想によってそれはソフィスト的原理の積極的な捕捉をなしているのである。
    --シュヴェーグラー(谷川徹三・松村一人訳)『西洋哲学史 上巻』岩波文庫、1958年、85-87頁。

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哲学という学問は基本的には「自分で考える」ことを大事にします。
しかしながら、それが独りよがりになってしまうことを極端に警戒します。
独断専行の思索というものは、哲学と呼べるものではなく、単なるイデオロギーにしか過ぎませんから。

しかし、「自分で考える」ことが大事だよ!って言いますと、「ひとそれぞれ」でいいんですよねって反応が返ってくるのも事実です。

いや、しかし、それは早計なんだが……という訳ですから、「自分で考える」ことが大事だという以上に、何度かにわたってそのことを指摘するようにしておきます。

さて……。
月曜の講義では、ちょうどソフィストからソクラテス(Socrates,c. 469 BC-399 BC)への展開を紹介していたので、そのあたりを少し丁寧に紹介した次第。

ご存じの通りソフィストたちは、詭弁術を駆使して、この世の中には「ひとそれぞれ」しかないんだって開き直ってしまいます。

プロタゴラス(Protagoras,ca. 490 BC-420 BC)の言葉「人間は万物の尺度である」は、その格率を見事に表現したものだと思います。
※ただプロタゴラスの意図は違うところにありますが、それはひとまず措きます。

たしかに人間は、神のような眼を持つことは不可能ですから、考える・判断することにおいて「ひとそれぞれ」としての「自分」から出発せざるを得ません。

その意味では字義通りの「ひとそれぞれ」でしょう。

しかし、本当に「ひとそれぞれ」って簡単に言い切ってしまうことができるのだろうかどうかという余韻は実際のところ余地としてのこってしまいます。

おそらく、この余韻にどれだけ敏感になることができるかどうかがその分岐点かもしれません。

人間にはその出発点以外にも、本人の意志ではいかんともしがたい「ひとそれぞれ」というのは歴然として存在します。

しかしそれとおなじぐらい、自分自身だけでなく他の人にも共通して当てはまるような観点ていうのも存在します。プラトン(Plato,424/423 BC-348/347 BC)のようにイデアなんてものを定位しようとは思いませんし、近代自然科学流の「客観」の「実在」なんてぇいいません。しかし、私にもアナタにもひとしくかかわるようなところはやっぱりあるです。

結局、ソフィストの問題というのは認識論としての相対主義というよりも、後者を全く切り捨ててしまった不寛容さにあるのじゃないのかなと思う次第ですが、「ひとそれぞれ」と「ひとそれぞれだけじゃない」ってことを混同したり、どちらか一方しかないんだって言い切ることは、少し恐ろしいことかも知れません。

「自分で考える」のは「ひとそれぞれ」としての私ですが、そのことを歴史と社会、そして他者との有機的な相即関係のなかでその考察をすすめていかないと……ねぇ。


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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『科学コミュニケーション……理科の〈考え方〉をひらく』=岸田一隆・著」、『毎日新聞』2011年10月2日(日)付」。

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今週の本棚:山崎正和・評 『科学コミュニケーション-理科の…』=岸田一隆・著
『科学コミュニケーション-理科の<考え方>をひらく』(平凡社新書・798円)

困難を自覚した科学啓蒙の決意
 「科学立国」は日本の国是だと叫ばれながら、他方では若者の「理科離れ」が囁(ささや)かれている。世界中で科学が世界観の中心を占めるなかで、庶民の非科学的なふるまいが問題を起こしている。米国では予防ワクチン注射に母親の反対運動が広がったり、日本では放射能汚染の被害者への差別が見られたりした。科学コミュニケーションの必要と困難は、あらためて誰しもが感じるところだろう。

 著者もみずから専門の物理学者として、科学者と一般庶民の知識の溝に憂慮を覚えて、筆を執った。だがこの著者が凡百の科学啓蒙(けいもう)家と違うところは、専門の研究者として問題の深刻さを自覚し、溝を埋めるのは容易でないという現実直視に立っていることである。「科学の感動」だの「科学を身近に」といった甘ったれた標語を排して、科学は難しいと素直に認めることから著者は出発する。

 著者はまず「わかる」とはどういうことかと自問し、専門外の脳科学や心理学や哲学的認識論まで援用して、常識と科学との根源的な乖離(かいり)を指摘する。常識が「わかる」というとき、それはたんに頭で理解するだけではなく、共感をこめて納得することを意味している。一方、科学が「わかる」というのは、情報を純粋に理性的に把握することであり、そのために最大限に数学に頼って現象を記述することである。両者の違いは心理学的にも実証されており、近年は脳科学が活動する脳の部位にまで遡(さかのぼ)って区別を認めている。

 さらに科学のなかでもっとも尖端(せんたん)的な物理学の場合、用いられる数学は極度に高度化し、虚数を含む複素数が駆使されるようになった。量子力学のいう物質の波動はそれでしか表現できないのだが、これはもはや常識の表象能力を完全に超えた世界だろう。だいたい二乗すると負数になる虚数というもの自体、たとえ専門家でも理解はできても「思い浮かべる」ことはできるのだろうか。現に著者によればあのアインシュタインですら、量子力学の解釈に最後まで納得しなかったという。

 ついに科学がここまで来てしまった今、それでも科学啓蒙は可能かと問うために、著者はさらに科学的思考の歴史を素描する。ここでも著者の思索態度は底深いのであるが、結果として浮かびあがったのは、日本に固有の困難な事情だった。科学の母胎となったのはキリスト教だが、西洋では科学は母なる宗教と絶えまなく闘いながら成長した。だが日本では科学は政府の方針として外から輸入されて、庶民にとっては反感でも歓迎でもなく、ただ無関心の対象だったからである。

 欧米の科学者が世間の迷信と闘い、その戦闘精神を内に秘めて研究に励んだのにたいして、安んじて象牙の塔に立て籠(こ)もってきた日本の研究者は幸運に見えた。だがいったん知の社会的共有が課題になると、反対者を相手に説得する学者よりも、無関心の群衆に囲まれた学者のほうが孤独は深いのである。

 にもかかわらず現代社会において、科学的な無知は放置できる問題ではない。知の共有は個人の権利ではなく、社会にたいする義務であることは、たとえば言葉や道徳の共有がそうであることに似ている。思考の方法としての科学、世界観としての科学は万難を排して啓蒙すべきだ、という著者の決意は胸を打つ。著者はそのための方策をも模索しているが、この本を読み終えた読者なら、ここから先を考えるのは自分自身の責任であるのに気づくだろう。
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『科学コミュニケーション……理科の〈考え方〉をひらく』=岸田一隆・著」、『毎日新聞』2011年10月2日(日)付。

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科学コミュニケーション−理科の<考え方>をひらく (平凡社新書)Book科学コミュニケーション−理科の<考え方>をひらく (平凡社新書)


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高い志にもかかわらず、自分でも嫌っている殺戮と惨禍をひき起こす連中……

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 フランス革命史において、まさにリヨンの叛乱は、最も血なまぐさい殺伐の数頁の一つであるが、しかもこれをひもとく者はまれである。しかも当時まだ小市民的な農業国であってフランスにおいて、第一の工業都市であり絹製造業の本場であったリヨン市は、社会的階級の対立が先鋭化していた点で、どのような都市にもまさり、パリさえもぬていた。まだブルジョワ的色彩をおびていた一七九二年の革命の最中に、この都市の労働者は、すでに明瞭な形で、王党的な資本家的な考えを抱いている企業か階級と劃然と区別せられるプロレタリア群を形成したのだが、これも全国においてはじめてのことだった。このように葛藤の熾烈な土地柄だったからこそ、革命でも反動でも、それが殺伐無頼、過激きわまる形をとってあらわれてきたことは、べつにふしぎではないのである。

 ジャコバン党ひいきの連中、それに労働者や失業者群は、世界的変革に際してとつぜん社会の表面に浮かびあがってくる型の例のふしぎな人物の一人を中心にして、グループをなしていた。そういう人物といえば、ごく純真な理想主義肌の人間なのだが、きわめて残忍な実際政治家や野獣的なテロリスト以上に、その奉ずる信念のために、かえってますます大きな災禍をひき起こし、その理想主義のゆえに、かえってますます多くの流血の惨事を招くものだが、この男もまたそういう型の一人だった。高い志にもかかわらず、自分でも嫌っている殺戮と惨禍をひき起こすのは、いつでもこういう純粋な信念の人、宗教的で夢中になる人、世界を変革し改善しようとする人であろう。リヨンのこういう型の人物はシャリエと呼ばれ、還俗した僧侶で、もとは商人だった男である。この男にとっては革命はふたたびキリスト教、正しい真のキリスト教となり、彼は自己犠牲的な迷信的な愛をささげて革命に愛着していた。理性と平等に人類を昂めることは、この激情的なジャン=ジャック=ルソーの愛読者には、それだけで一千年王国の実現を意味した。彼の狂信的な燃えるような人類愛は、まさにこの世界炎上のうちにこそ、新しい不滅の人間性の黎明を認めていた。なんという感傷的な幻想家であろう。

    --シュテファン・ツワイク(高橋禎二・秋山英夫訳)『ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』岩波文庫、1979年、52-53頁。

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※またしてもtwitterの連投のまとめで恐縮ですが、やっぱり、僕はこの問題に対してははっきりと言っておくべきだと思うから残しておく。

はい。


しかし、どうして政府と東電の不備として出来する放射能汚染(外部被爆・内部被爆)の問題を「現地に住むひとびと」の責任問題として片づけてしまうのだろうか。

短絡的にもほどがある。

責めるべきはそこに住まう人間じゃないだろう。

集団神経症は否定しないよ。

そして現実の汚染拡大は否定できない。だけど、ねぇ、だけど、責めるべき対象を間違っていることだけは確かだ。

どうして、汚染防御の議論が、そこに住むひとびとや暮らし、そして生活というものを「ケガレ」の如く排除する議論をしなきゃならないんだ。

特に東京に住んでいる人間はこの手の議論が先鋭化している嫌いがある。

例えば、「少なくとも今の検査体制のままで、○○の産物を流通させるのだけはやめさせてください」っていうような言い方をよく拝見する(晒さないけどネ)。

しかし、誰にいっているのだろうか????

内部被爆とその拡散は重大な問題だとは理解している。山下某とかの肩を持とうなんてこれっぽっちも持とうとは思わない。

しかし、その安全を図ろうとする言語が、どれだけ妥当性があろうとも、言明対象を欠如したような言い方ぐらいはやめてくれ。

言明対象を措定できない議論は結局の所、「独白」にすぎない。要するに「独り言」。

しかし、それが発話の形であれ、活字として表出されるものであれ、それがいったん「表現」という形をとってしまうと、それは「毒にも薬にもなる」っていうのはどの問題でも同じだ。

このルールを守ることの出来ないエクリチュールほど無責任なものはない。批判対象としての東電・国家と五十歩百歩ですよ・

そして、そのエクリチュールがどれだけ妥当性があるものだろうとしても、軽々しくそうした言述を遂行する発話者の人間性というものを僕は信頼することはできない。

いやな言い方だけどはっきり言っておく。

結局のところ、自分だけは助かりたいって話しでしょ、ぶっちゃけたところ。

その心根は否定しないよ。なにしろそれは本能としての人間の生きんとする意志だからけど(=生存への欲望だから)。

だけど、それを表現する上では、工夫がいるんだ。

どうしてみんな智慧を使わない。

とってつけただけのような知識だけを流通させてサ。

くどいけれども、繰り返す。

はっきりいえばいいじゃないか。

自分以外の人間は、震災にともなう千差万別の労苦で死に絶えようが、私は健康で生き残りたいって!!!

そういう話しでしょ、結局の所。

逆説的ですが、そこまで開き直れるなら僕はその勇気をたたえたい。

しかし自分の言葉を使わずに、テキトーな言論でサイレントマジョリティを決め込むことだけは許容できない。

誤解をまねくとやだけど、現在の規準を安全「神話」として受容しろボケって話しではないですよ。

だけど安全性を追求とそれを享受する「人間の範囲」っていうのはどこやねんって話しですよ。

人間とは何かっていう探究を欠如したうわっつら議論は、僕は大嫌いだ。

おとといきやがれって話しですよ。

人文科学者は数値の真偽議論には参加できない。

だけど、その議論がどのような仕組・先験的認識枠組みで推移しているのかぐらいは理解できる。

はっきりいうが、それがどれだけ真理にちかかろうが、その真理に近づく為に「やむを得ない犠牲」ってあるよねって精神を僕はどこまで許容することはできない。

自分や家族の安全確保の為にに情報を集めることは推奨されてしかるべきだ。

しかしその行為が、他者の不幸の上に構築されることを何ら痛痒とも思わない人間を僕は信用しない。

「ごく純真な理想主義肌の人間なのだが、きわめて残忍な実際政治家や野獣的なテロリスト以上に、その奉ずる信念のために、かえってますます大きな災禍をひき起こし、その理想主義のゆえに、かえってますます多くの流血の惨事を招くものだが、この男もまたそういう型の一人だった。高い志にもかかわらず、自分でも嫌っている殺戮と惨禍をひき起こすのは、いつでもこういう純粋な信念の人、宗教的で夢中になる人、世界を変革し改善しようとする人であろう」……っていう「引き裂かれた男」ツヴァイク(Stefan Zweig,1881-1942)の指摘は、「かつてあった」って話しじゃねぇや。

以上。


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覚え書:「時代の風:放射性物質汚染とデモ=精神科医・斎藤環」、『毎日新聞』2011年10月2日(日)付。

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時代の風:放射性物質汚染とデモ=精神科医・斎藤環

顔なきシステムと闘う

 「文部科学省及び群馬県による航空機モニタリング」の結果が、9月27日に発表となった。広域の放射性物質による影響や避難区域等における線量評価や放射性物質の蓄積状況の評価のためになされた調査である。

 この結果を見る限り、放射性物質による汚染の広がりは、予想以上に深刻に思える。茨城県南部や千葉県北西部はもとより、群馬県や栃木県にも高い蓄積量を示す地域(ホットスポット)があるのがわかる。

 群馬県は山間部などで線量が高い地域があったため実測調査を実施したが、土壌撤去など除染の目安とされる毎時1マイクロシーベルトの半分以下で、「健康に影響がないレベル」と発表した。

 しかし汚染地図を見ると、福島県から遠く離れた群馬県にすらチェルノブイリ事故の際の基準でいえば「放射線管理区域」(1平方メートル当たり3万7000ベクレル)に該当する場所があり、あらためて事故の影響のはかり知れなさに愕然(がくぜん)とする。加えて東京都に関してはまだ調査結果が公表されておらず、さらに汚染地域が広がることも懸念される。

 年間100ミリシーベルト以下の低線量被曝(ひばく)による放射線被害は、確率的であるとされる。汚染地域内でも線量のむらは大きいし、体内に取り込まれて内部被曝が生じた場合でも、年齢や性差によって影響は異なってくる。

 それゆえ、影響の大きさを事前に予測する手がかりはほとんどない。いや、実際に障害が生じた場合ですら、内部被曝との因果関係を証明することはきわめて困難だ。なにしろチェルノブイリ原発事故についてすら、健康への影響についてはいまだ一致した見解が得られていないのだから。

 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は2008年の報告で、6000例を超える小児の甲状腺がんは原発事故と関係があるとしつつも、他のがんについては、そうした関連性を示すエビデンス(根拠)はないとしている。しかし医学的エビデンスが存在しないことがただちに「因果関係の否定」にならないのは言うまでもない。

 しかし、もはやエビデンスを待つ段階ではない。東京電力による「想定外」、ないし「人災ではない」といった“言い訳”によって決定的となったのは、絶対に無事故の原発が原理的にありえないという事実だ。だとすれば原子力発電所は、ただ存在するだけで私たちの生を確率によって汚染するという“原罪”を帯びることになる。

 もちろんその電力を求め消費したのは私たちだ。しかし性急に自己責任を問う前に、考えておきたいことがある。

 この種の「原罪」は、もはや単純に、自然にも人間にも帰すことができない。ジャンピエール・デュピュイはそれを「システム的な悪」と呼ぶ(「ツナミの小形而上学(けいじじょうがく)」岩波書店)。

 「私たちの行く手を阻む大災禍は、人間の悪意やその愚かしさの結果というよりも、むしろ思慮の欠如(thoughtlessness)の結果なのだ。(中略)そこでの悪は道徳的でも自然的でもない。その第三種の悪を、私はシステム的な悪と呼ぼう」(デュピュイ、前掲書)

 デュピュイはこの「システム的な悪」について、来日講演でドイツの哲学者ギュンター・アンダースの予言的な言葉を引用している。

 「われわれのせいで黙示録的な脅威にさらされているのに、世界は悪意なき殺人者と憎悪なき被害者が仲よく住む楽園の姿をまとう。そこには一(ひと)欠片(かけら)の悪意も見当たらず、あるのは見渡すかぎりの瓦礫(がれき)ばかりである」(http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/Dupuy_japanese_2011.pdf)。これはヒロシマ・ナガサキの光景についての言葉だが、ここに「3・11後の日本」の姿を重ねずにすますことは難しい。

 システム的な悪。原発事故はその最悪の象徴である。私たちがその存在を求め、依存し、あるいは依存している事実すら忘れていた「電力システム」のもたらした「悪」。このシステムには「顔」がない。それは神のように遍在しながら同時に私たちの分身でもある。ここで生じた悪はただちに私たち全員を共犯関係に巻き込み、全員が共犯であるがゆえに、ただちに「責任」はうやむやになる。

 そう、放射線を浴びるまでもない。システムはすでに私たちを匿名化し、とうの昔に確率的存在に変えてしまっていたのだ。

 デュピュイは講演で次のように主張する。システムの悪における責任の問題を考えるという困難を乗り切るためには、「象徴的思考」に訴えよ、と。フィクションとしての集合的主体(「私たち」や「原子力ムラ」などの)を想定することが、それを可能にするだろう。

 顔を持たないシステムに対抗すること。それは私たちが「顔」や「名前」を持つ存在として「声」を上げることを意味するだろう。すでに都内では数万人規模の反原発デモが繰り返されている。この種の運動が久しくみられなかった「楽園」において、これは喜ばしい兆候だ。支援と擁護と参加をもって、その歴史的意義への肯定に代えたい。
    --「時代の風:放射性物質汚染とデモ=精神科医・斎藤環」、『毎日新聞』2011年10月2日(日)付。

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ツナミの小形而上学Bookツナミの小形而上学


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覚え書:「急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか」、『毎日新聞』2011年10月1日(土)付。

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急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか

 <KEY PERSON INTERVIEW>

 風力や太陽光で発電する再生可能エネルギーを日本で普及させることは可能か。スウェーデンのエネルギー庁長官を辞職し、ソフトバンクの孫正義社長が設立した「自然エネルギー財団」の理事長に就任したトーマス・コバリエルさんに聞いた。【聞き手・乾達】

 ◇原子力よりコスト安い--前スウェーデン・エネルギー庁長官、自然エネルギー財団理事長 トーマス・コバリエルさん(50)
 --なぜ日本に来ることにしたのですか。

 ◆ 自然災害に原発事故が追い打ちをかける状況を見て、助けたいと思いました。日本には化石燃料や原子力に代わり再生可能エネルギーを発展させる大きな潜在能力があります。そうすることでエネルギー自給率を高め、生活の安全を守り、経済の競争力も強化できます。

 それにスウェーデンでの仕事も順調で「20年までにエネルギー供給の50%を再生可能エネルギーでまかなう」という目標もあとわずかまで来ていました。

 --日本の再生可能エネルギー普及をどう支援しますか。

 ◆ 国際的な専門家約100人のネットワークを築き、経験や知識を持ち込みたい。世界で最も成功している事例に学ぶのが近道です。太陽光発電は日本も優れていますが、ドイツや南欧が進んでいます。風力ならデンマークや中国、地熱はアイスランド、バイオマスはスウェーデンを参考にすればいい。他にも送電網の運営や、協同組合方式での発電会社経営など日本の課題に適した情報を集め、普及までの時間を短縮したい。

 日本の産業技術があれば、低コストで収益性の高い発電事業は十分可能です。あとは知識と経験が必要ですが、自分でやって失敗する前に、他人の失敗から学べばよいのです。

 --発電コストが課題では。

 ◆ 欧州では風力発電、太陽熱温水利用、バイオマスは既に価格競争力があります。投資コストは原発より安く、追加コストもほとんど発生しませんから。日本は金利が低く、資金調達コストが安いのが利点で、初期投資額の大きい風力や太陽光発電所は他国より競争力があるものがつくれるはずです。

 それに風力や太陽光発電所はつくればつくるほどだんだん費用が安くなっていますが、米国やフランスの原発はつくるほど高くなっています。安全基準を満たす費用が膨らみ、大型化で設備が複雑になっているためと見られます。福島第1原発の事故後、地震対策の基準が厳しくなり、非常用電源や冷却システム強化の要求が増えて世界中でコスト高になるのも確実です。

 --風力や太陽光では供給が不安定になるのでは。

 ◆ 実際にエネルギー供給の50%以上を再生可能エネルギーでまかなっている国や地域があります。自由な電力市場では常に稼働するのはコストが一番安い電力です。風が吹けば風力、日が差せば太陽光が最も追加コストの安い電力です。需要がその供給量を超えれば、原子力や火力など値段の高い電力が使われます。常に発電できないのは原子力も同じ。風が吹くかどうかは天気予報である程度予測が可能ですが、原発の技術的トラブルは予測できず、1基止まっても代替が困難です。

 ◇自由な電力市場が必要
 --停電が起きませんか。

 ◆ 電力網が広域に及んでいれば、どこかで晴れたり風が吹くので発電量の変動は吸収できます。日本には全国で融通しあえる態勢がないのが課題になります。欧州では国際的に電力網を接続する取り組みが進み、今後も巨額の投資が予定されています。送電網の強化で余分な発電所への投資が減らせ、供給も安定し、各国間の相互依存と協力にもつながります。

 --日本は島国です。

 ◆ 問題ありません。スウェーデンは海を越えてフィンランドなど数カ国と電線を結んでいます。海底ケーブルは地上の電線より安く、許可を取る時間もかかりません。スウェーデン北部からバルト海を縦断して2000キロ離れたポーランドにケーブルを引く計画もあります。

 --日本は電力会社が送電網も所有し地域独占しています。

 ◆ 独占は競争がある場合よりコストが高くなりがちです。スウェーデンでは15年前に独占状態だった発電と送電網の会社を分離し、完全に透明で競争のある自由な電力市場を作りました。われわれは送電会社と発電会社から2枚の請求書を受け取っています。どんな方法で発電した電気を買うかも選べます。こうした改革の結果、多くの企業が再生可能エネルギーに参入し、電気料金も3分の1程度に下がりました。

 製紙会社などでバイオマス発電に参入し、発電分が自社消費を上回り、電力を供給するようになった企業もあります。安い電力のおかげで企業のコストは大幅に下がり、競争力が高まりました。特に原油価格の上昇で他国の企業のコストがかさむ中、スウェーデン企業は電力販売で利益を増やしました。楽しい話だと思いませんか?

 --再生可能エネルギーとビジネスは矛盾はしない?

 ◆ 逆に日本のビジネスの継続的な発展には、再生可能エネルギーが必要条件になると思います。化石燃料や原子力では長期の成長は無理です。石炭などの資源を持つ中国が、風力発電所を何千基も建てているのはこのためです。もうからないなら成功しませんが、競争力は海外で証明済みです。

 ■ことば
 ◇スウェーデンの再生可能エネルギー
 豊富な森林資源を生かしたバイオマス発電(木くずなどを燃やした熱を利用)や水力発電が盛んで、再生可能エネルギーがエネルギー供給全体(電力、燃料など)の45%に上る。電力供給に占める原子力発電の比率は以前は5割程度あったが、37%に低下した。

 ■人物略歴
 ◇Tomas Kåberger
 スウェーデン・シャルマーシュ工科大で修士号(物理工学)。バイオ燃料会社副社長、大学教授を経て08年からエネルギー庁長官を務めた。今年8月に長官を退任し現職。
    --「急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか」、『毎日新聞』2011年10月1日(土)付。

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「おまえは味方か、敵か」……って

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 善意をもつということや同情するということは、幸いにして、宗教の繁栄や衰退とは関係がない。これに反して、善なる行動をなすということは、宗教的な命法によってひどく規定されたものである。義務にかなった善なる行動の極めて広汎な部分が、何らかの倫理的価値をももたず、むしろ強制されたものなのである。
 実践的な道徳性は、宗教のあらゆる崩壊に際して、極度に苦悩するであろう。処罰し報償する形而上学は、不可欠なものであるように思われる。
 もしも風習が、強力な風習が、創造され得たならば、いいであろうに! そうすれば、またひとは、人倫性も、もつことになるわけである。
 しかし、風習は、個々の強力な人格者たちの率先によって形成されるものである。
 多数の所有者階級の中に目覚めつつある善意というものを、私はあてにはしていないが、しかしそれを、一つの風習に、旧習に対する一つの義務に、もって行くということは、できるかもしれないであろう。
 これまで教会の建設に用いて来たものを、人類が、教育と学校とに用いるならば、いいであろうに、神学にふり向けて来た知性を、教育にふり向けたならば、いいであろうに!
    --ニーチェ(渡辺二郎訳)「哲学者に関する著作のための準備草稿」、「哲学者の書」、『ニーチェ全集』3巻、ちくま学芸文庫、1994年、247-248頁。

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twitterのまとめで恐縮ですが、やはり大事なので乗せておきます。
ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844-1900)はその事例として宗教の限界を指摘しておりますが、これは宗教だけに限定される問題ではないし、その影響力からいえば、政治的主張や教育や学校、その他の世俗的次元の方が現在ではより深刻であるという点は先に断っておきます。

さて……。
まじめになやみながら生活と格闘している後輩が、同輩から「おまえは仲間かそれともアンチか」っていうようなお話にもならないような恫喝を受けてしまったとのことで、僕もぶち切れてしまった次第。まじめになやみ考え模索している人間を頭ごなしに否定する感性にあきれた……。

たしかに生命そのものに対する敵は歴然として存在すると思う。
だからそれに対して全力で戦っていかなければならないし、立場を越えて連帯する必要がある。

しかしそれに対する異議申し立てというものが時を経るにつれて、お前はこれに賛同するのかどうかという二者択一が当初の問題意識より「重要事」となってしまい、イエスかノーかを迫る査問になってしまうことが、人間の世界にはよくある。

しかし、これはいけない。

様々な高等宗教は、生命そのものを「無」としてしまうものを「サタン」だとか「第六天魔王」とか表象し、その特質を、人間…そして人間の生きている世界・森羅万象そのもの……の敵とみなした。

くどいのだが、これに対しては全力で立ち向かうしかない。
しかし愚かな人間は、立ち向かうなかで、立ち向かうべき相手のことを忘れてしまい、仲間内での魔女狩りに奔走してしまう。

要は「おまえは仲間かそれともアンチか」ってネ。
そんな貼附で人間なんて判断できないし、世界を理解することなんてできゃアしない。

正味のところまったく、冗談じゃねぇよって話しですよ。

大切にすべき人間、生命、そしてそれの住まう環境を無視した「排除の論理」には僕は、それがどのような清き清しいスローガンを掲げるものだろうとも、賛同することはできない。

それで苦しむ仲間もいるんだ。わかるか!

「あなたはアンチですか」だと、バカにするな!

日頃からこうしたところは大切にしているのだけれども、その自由さ?に対して「アンタ、大丈夫か」ってよく聞かれる。

だけど、それもよけいなお世話と申し上げたい。

どのように高邁な志をかかげようとも、内心をコントロールしようとする暴挙には、僕は組みすることは出来ないってことです。

目的と手段の転倒、そして準拠する認識枠組みに盲目であることが悲劇を生みやすいし、欺瞞となる。

「おまえは仲間かそれともアンチか」って他者を尋問するまえに、自分自身に対して聞けって話しですよ。

「アンチか」って迫る態度なんてまさに前々世紀の壮士気取り……。

博物館にでも「ご安置(アンチ)」したいところです。


さて……。

ヴォルテール(1694-1778)の有名な言葉、「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」というのを生きる上での大切な格律の一つにしているけれども、最近、それを維持し続ける困難さを痛感する。

時代に試されていると思うけれども、僕は負けたくはない。


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意識とは、生きることが、Erleben〔体験〕が、経験が、自己へと現前すること

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……意識とは、生きることが、Erleben〔体験〕が、経験が、自己へと現前すること(プレザンス)なのである。経験は単純なものであって、本質的に、錯覚いよって触発されることは決してないのである。経験は、ある種の絶対的な近さ(プロクシミテ)の中にある自己としかかかわらないからである。
    --ジャック・デリダ(林好雄訳)『声と現象』ちくま学芸文庫、2005年、128-129頁。

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朝から、子供の運動会。
蒸し暑い一日でしたが、近くでその様子を拝見しないと見えてこない部分がありますね。

しかし、疲れたおるず。

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声と現象 (ちくま学芸文庫)Book声と現象 (ちくま学芸文庫)


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