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B級グルメ列伝:東京都中野区編 田舎そば かさい

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 友人達と雑談をしていて、何が一番おいしかったか、という話になったことがあった。その時、辣腕で聞えたテレビのプロデューサー氏が、
 「おふくろの作ったカレーだな」
 と呟いた。
 「コマ切れの入った、うどん粉で固めたようなのでしょ?」
 といったら、
 「うん……」
 と答えたその目が潤んでいた。
 私だけではないのだな、と思った。
 ところで、あの時のライスカレーは、本当においしかったのだろうか。
 若い時分に、外国の船乗りのはなしを読んだことがある。航海がまだ星の位置や羅針盤に頼っていた時代のことなのだが、その船乗りは、少年の頃の思い出をよく仲間に話して聞かせた。
 故郷の町の八百屋と魚屋の間に、一軒の小さな店があった。俺はそこで、外国の地図や布やガラス細工をさわって一日遊んだものさ……。
 長い航海を終えて船乗りは久しぶりに故郷へ帰り、その店を訪れた。ところが八百屋と魚屋の間に店はなく、ただ子供が一人腰をおろせるだけの小さい隙間があいていた、というのである。
 私のライスカレーも、この隙間みたいなものであろう。すいとんやスケソウダラは、モンペや回覧板や防空頭巾の中で食べてこそ涙のこぼれる味がするのだ。
 思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐しさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。
 だから私は、母に子供の頃食べたうどん粉カレーを作ってよ、などと決していわないことにしている。
    --向田邦子「昔カレー」、『父の詫び状』文春文庫、2006年。

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わすれないうちにアップしておきます。
18から30まで10年以上にわたって住み続けたのが東京都中野区。
すでに自分のなかでは第二の故郷といってよい思い出の街なのですが、こないだ久しぶりにちょっとだけ訪問しましたので、そのときの様子を。

在住時代はよくおせわになったのが、JR中野駅北口ロータリ前の「田舎そば かさい」(立ち食い)。

懐かしく立ち寄ったのですが、思い出の味わいはそのままでした。
※向田邦子女史(1928-1981)の「昔カレー」にならず、少し、ほっとしたw

蕎麦は田舎そばと言うだけあってかなり野太いそば。これにそば殻を含んだ麺なので普通のものより黒っぽい。

これに醤油の濃いめのつゆで頂くわけですが、薬味として「生姜」を入れていただくというのが特徴的なスタイル。讃岐うどんなんかではポピュラーな薬味ですが、蕎麦では珍しいスタイルです。

しかしこれが実によくあう。
こないだは、オーソドックスに掻き揚げをトッピングした次第ですが、ひさしぶりに立ち食いでつゆまで飲み干した次第です。
つゆの味付けの濃さがおろし生姜によってサッパリして飲みやすく、天ぷらも味わいが引き立ちます。

お近くに立ち寄りの際はぜひぜひ。


店名 田舎そば かさい (いなかそばかさい)
東京都中野区中野5-63-3
営業時間:6:00-23:00

http://rp.gnavi.co.jp/6183765/

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父の詫び状
配信元:電子書店パピレス
提供:@niftyコンテンツ

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