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覚え書:「時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

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時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健

 ◇EU流イノベーション
 海外で和食は着実に定着している。伝統的なモノから新和食まで。10月ほぼ1カ月ヨーロッパにいたが、今回訪れたどの都市でも多彩な和食が食べられた。立食パーティーの場では、のり巻きや手まりずしなどもはや定番。スペインの王妃主催のレセプションパーティーでも、タパス(スペイン風一口おつまみ)の一部として自然にのり巻きが出てきた。驚いたのは細いスティック形のプラスチックチューブに少量の醤油(しょうゆ)が入った「醤油入り楊枝(ようじ)」とも言うべきアイテム。手を汚さず食べられ、同時にスティックの後端を押すと好きな量の醤油が出せる。これは日本でも十分使えるパーティーずしのイノベーションだろう。ささいなものとはいえ和食に関するイノベーションに、日本人がスペインで驚かされたわけで、日本文化が広がったなどと、おごっている場合ではないと強く思わされた。

 今回その浸透に驚かされたのは枝豆である。ヨーロッパではあまりに皆が食べるので生産が始まっているようだ。ロンドンで店の人に「冷凍物か?」と聞くと「生に決まっている」と怒られた。地物らしく流通量も多く価格もこなれている。ホウレンソウでも何でもグタグダになるまで茹(ゆ)でる悪癖のあるイギリスですら、枝豆の茹で方がわかっている。しかも熱いうちに結晶の大きな岩塩をかけて出てくる。ヨーロッパには良い塩がたくさんあり、大変おいしい。東京に帰ってきて和食屋で枝豆を頼んだら、茹で過ぎ。まさか枝豆でロンドンに負けるとは。一般論として「イギリスはまずい」とよく言われる。しかし、欧州連合(EU)による人材の流動性の良い面だろう。味のわかる客も腕のある料理人も、お金のあるロンドンにヨーロッパ全体から集まっている。今「枝豆食べるならロンドン」なのだ。

 仕事で訪れた中にヘルシンキ工科大学内のEITがある。これはEUが作った分散大学で、ヨーロッパ各地に拠点がある。日本の大学でも、既存の組織が協力して時代に合わせた新しい教育・研究をしようとの試みが随分前にはやったが、そのための新組織を作ると、そのポストを各出向者が本籍の代理人として取り合う内部抗争の場になりやすい。新設ポストを作るのでなく、各自が本籍にいたままプロジェクトに応じてネットワーク内で協力する仮想的新組織というのは、そうした問題に対する一つの解だろう。

 組織の継続が自己目的化し、人材の流動化が難しいということではヨーロッパも日本も似ている。組織破壊のようなドラスチックな方法を取らず、実質的な人材の流動化を実現するという課題に--実際にうまくいくかは別にして--ヨーロッパが日本以上に真剣に考え、試行錯誤しているという点が強く印象に残った。

 なにしろヨーロッパ、外から見ると同じように見えても実は全く異なる文化、風習の国々の集合体だ。どうやってEU内で仲良く物事を進めるかはプロジェクトを成功させるより難しい。交流団体から始まり、それを超えて共同プロジェクトにしたり、政府や企業などさまざまな組織から集めた予算をプールして、多国籍研究開発プロジェクトを走らせるための枠組みがいくつもある。日本のように中央主導で予算配分をするのでなく、ヨーロッパ全域で流動的に研究開発予算を行使するためのシステムと思えば、なぜこんな屋上屋を架すような複雑なプロジェクト形態になっているか理解できる。

 ギリシャでもめてさらにイタリアと、醜態を晒(さら)しているように見えるEU。しかし各々の国に主権もあり、考え方も言葉も異なる中で、40年以上にわたり、まがりなりにも共同体を維持するという人類史に例のない大変なことをやっているのも事実だ。異なる文化、異なる国々、異なる分野、異なる組織の人々が集まって共同で何かしなければならないという時に、うまくいくようにするためのノウハウを必死に確立しようとしている。同じ国の中でさえ、同じ業界内でさえ、面倒な共同プロジェクトをやるより、すぐに自社主導の囲い込みを目指す日本にEUが笑えるか。ましてやアジア共同体など夢のまた夢だろう。

 日本からEUを見ると、例えば「ヨーロッパ共同技術イニシアチブであるARTEMISが10年間2500億円の予算で、組み込みコンピューターの研究」とかそんな断片的情報しか見えない。しかし、このARTEMISなども先に述べた研究開発予算流動化のための枠組みだ。日本的な感覚で「EU政府が、ARTEMISという組織に予算をつけて研究開発を行わせる」とニュースを読むと、実際と大分ずれてしまう。

 ヨーロッパでは安易に米国流をまねるのでなく、あくまでEU流でイノベーションをどう起こすかを真剣に考え、さまざまなトライアルを行っている。所詮米国にはなれないと、はなからあきらめているように、イノベーションのかけ声も聞かれなくなった日本。真剣にあがき、文化や社会の継続性とイノベーションの両立を模索しているヨーロッパ。結果がどうあれ、尊敬できるのはヨーロッパの方だと私は思う。=毎週日曜日に掲載
    --「時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

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