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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著」、『毎日新聞』2011年11月27日(日)付。

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今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著
世界文化社・2625円

 ◇国民を誘導したプロパガンダの記録
 昭和十三年(一九三八)二月、一つの雑誌が創刊された。大判で本文二四ページ、そのうちの八ページは写真、発行は内閣情報部、のちに情報局に移行。最終号は昭和二十年(一九四五)七月の三七四・三七五合併号。
 興味深い試みである。政府また軍部直々のプロパガンダ誌を通して、日中戦争から太平洋戦争にわたる「戦時下の日本」を見ようというのだ。そのための資料を相手がどっさり取りそろえてくれた。それは戦時下の日本と日本人を伝えるとともに、当の発行者が何を国民に求め、いかなる誘導を図ったかを色こくとどめている。
 ほぼ全号の表紙をズラリと掲げるかたわら、1938年~日米開戦、1942~1943年、1944年~終戦までの三部構成をとり、それぞれの冒頭に手引きにあたる「時代の背景を読む」をつけた。前線、銃後、海の彼方(かなた)、子供、学生、中国……テーマ別に写真を再編して、コメントを添えていく。

 「一億、今ぞ敵は米英だ!」

 日米開戦を伝える第一九九号は丸ごと復刻。戦線の拡大とともに新しい項目が入ってくる。捕虜、アジア、大東亜共栄圏……。つかのまの勝利がなだれを打つような敗勢へうつると玉砕、空襲、神風、特攻が加わってきた。広告ページの紹介、戦中用語の解説、永井荷風の『断腸亭日乗』などに見る時代証言など、入念な編集のもとに貴重な歴史記録がよみがえった。
 内閣情報部は何から国民誘導のためのグラフ雑誌を思いついたのだろう? 考えられるのは日独防共協定で結ばれていたナチス・ドイツの先例である。プロパガンダ大臣ゲッベルスを中心にして活発なメディア作戦を展開していた。内閣情報部が情報局に移行したのは、各省庁にちらばっていた情報部門を統合して、啓蒙活動だけでなく、新聞、出版、映画などの発禁、禁止処分にあたらせたせいだが、それはナチスの国民啓蒙・情報宣伝省と瓜二つである。違いといえば日本には、ゲッベルスのような天才的なメディア戦略家がいなかったことだろう。
 プロパガンダ用であれば人のよろこびそうなことは派手にのせるが、政府や軍部に不都合なことはゴマかし、すりかえ、隠す。「今次の事件発生以来撃墜した敵機数は関東軍の発表によると7月4日までに合計は336機にのぼり……」
 一九三九年に満蒙国境で起きた「ノモンハン事件」をめぐり、『写真週報』は戦果を誇示しているが、実際は莫大な損害を受けていた。国民が事実を知ったのは、ようやく戦後になってのことである。
 特攻こと「特別攻撃隊」は敗色濃厚となってから編成されたと思われているが、真珠湾奇襲攻撃から三カ月あまりのちに特殊潜航艇で戦死した九人が「純忠比なし軍神九柱」としてページを飾っている。兵士は死ぬためにあり、死ねば軍神のプログラムが当初からあったわけだ。
 毎号表紙ウラに「時の立札」と題してスローガンが掲げてあった。一九四五年の新年号が背水の陣を訴えている。「戦いのきびしさはいやつのるとも くじけんや、われらの戦意 すでにして一億神風と化す」
 戦うにも物資乏しく、食料にもこと欠いている。飛行機の燃料に松の根からとれる「松根油」増産が号令され、いたるところの松林が根こそぎ姿を消した。
 政治学では「ユーフェミズム」というが、遠まわしの言い方で事実を見えないようにする。軍部はそれを多用した。どこから見ても戦争なのに「支那事変」といいつづけ、追い立てられても「転進」である。戦時だけにかぎらなかった。知られるとおり敗戦は「終戦」になり、占領軍は「進駐軍」にすりかわった。
 いま若い人には、写真入りのおとぎばなしを見ているように思えるかもしれない。学校でアメリカの広大なカリフォルニア油田を学んだはずの大人たちが、嬉々として松の根を掘り出している。どうしてこのようなフシギがあり得たのだろう?
 政府・軍部のプロパガンダが成功したのだろうか? 多少の効果はあったかもしれないが、もっと根の深いことがあずかっていたような気がする。国民のおおかたにとって戦場は海の彼方であり、惨憺たる現場を知らずにいられた。大本営発表がうさんくさいとわかっていても、当局の発表する写真によって現実に直面しなくてすむのである。見たくないものは見ず、聞きたくないものには耳をふさいで、どんなに空疎であれ、スローガンを受け入れておく。そんな処世術的ズルさ。フクシマの原発事故以後の経過にてらしても、日本人は少しも変わっていないのではあるまいか。
 それにしても皮肉なことだ。「大東亜戦争一周年」記念号は「わが国グラフ誌初」のオフセットを採用、東條首相が表紙になった。画期的な鮮明さを誇る新しい印刷技術が、子供のおもちゃのような勲章で飾り立て、多少ともバツの悪げな中年男を写している。このような人物をリーダーにいただいていたのである。
    --「今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著」、『毎日新聞』2011年11月27日(日)付。

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著者:太平洋戦争研究会

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コメント

東條が「胸に一杯勲章を付けている」ぐらいでここまで叩かれるという点に驚愕です。当時はどの国の将軍も、正式なポートレート撮影に臨んではこのくらいやっていたのでは。

投稿: syo | 2012年2月 7日 (火) 19時06分

スターリンなら互角、いやそれ以上の勝負になるかと思います。

投稿: ujike norio | 2012年2月 7日 (火) 23時44分

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