« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

覚え書:2011 東京フィルメックス (5)「無人地帯」藤原敏史監督インタビュー(齋藤敦子)、河北新報社 2011/11/29

11_dsc03317

-----

「2011 東京フィルメックス (5)「無人地帯」藤原敏史監督インタビュー  (齋藤敦子)、河北新報社 2011/11/29」

―『無人地帯』は、単なる震災やフクシマの問題を越えた、人間とは何か、世界のあり方とは何かというところまで見通した映画でした。まず、最初に福島に行こうと思い立ったのは、どのあたりでしたか?
藤原:2009年くらいから大阪で撮っていた映画があって、2年、3年やっているのに、どうにもうまくいかない。どうしようかと悩んでいるときに震災が起きたんです。2009年というのは夏に民主党への政権交代があり、その後、新しい日本になるかと思ったら、むしろ政権が変わったことも含めてそのことを恐れるような風潮になっていった。そのことに強い違和感を感じていたんです。それが、震災が起こって、それってこういうことだったのかと見えてきたことがあった。とはいえ、お金もないし、それだけで福島に行く気にはならなかった。被災地に撮影に行くにはいろいろと考えなければならないことがある。特に物資が止まっていた時期なので、我々が行くことが迷惑をかけることになってしまう。それもあって4月の半ばまでは動かなかった。ところが、報道のあり方に、僕が感じていたおかしさが露骨に出てきた。にもかかわらず、映っていた被災地の人々が、あまりにも美しかった。あれは気仙沼だったか、小学校の男の子がテレビの生中継で、レポーターに今何が欲しいかと聞かれて、まだ電気が来てなくて、お年寄りが夜寒いから、電気と灯油が欲しいと言ったんです。小学校の5年生くらいの男の子がすごくしっかりした答をして、その瞬間、レポーターの方が衝撃を受けて崩れ落ちてしまった。その様子を見て、これは違うのではないか、と思ったこと。もう1つは、3月12日から考えていたことで、原発事故が起きて避難命令が出たときに、あの地域でも津波の被害があり、瓦礫の下で救助を待っている人達は当然いるはずなのに、そのことをマスコミがほとんど話題にしなかった。政府批判はすごく出たけど、官邸記者会見なり、ネットなりで、疑問を呈する人が誰もいない。そのときから、あまりにも避難させられた人達が無視されている、と思ったんです。

―では行ってみようと背中を押したものは?
藤原:ロフトプラスワンというのをやっている平野悠さんという人が、"金がない奴には10万円貸してやる"というようなことをツイッターで流していて、それでお金を貰えて、だったら行けると。カメラの加藤孝信に声を掛けたら、行くということで。

―行くと決めた時点で、映画に撮ろうという意志があった?
藤原:できるかどうかはわからないけど、我々が行く限りは作品にしなければいけないと。

―実際に行ってみた第一印象は?
藤原:郡山インターを降りて、三春の方から入っていったんですが、山の方から入っていくと景色がきれいなんです。ちょうど春になったばかりで、桜が咲いている。正直な感想は、黒澤明さんの『夢』の"狐の嫁入り"の風景そのままだった。オープニング・クレジットが終わると、次に出てくるのが玉の湯温泉の満開の桜で、大熊町の山の奥なんですけど、そこが一番最初に撮ったところです。20Km圏内であっても、地元の人には放射能によって死の町になる、みたいなイメージではないし、そこをきちっと撮っておかないとと思って。それに、そういうのが見えると、映画を見る人も多少考え方が変わるだろうと。

―女性の英語によるナレーションには、クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』に似た感じも受けたんですが、あれは、いつ頃から考えていたんですか?
藤原:飯舘村を撮ったときあたりから、これはナレーションを使うべきだろうなと考えていました。5月の末ですね。日本人自身が語ることが出来なくなっている日本人的なもの、本来の農民の国として考え方というのは、逆に英語で語る方が論理的にクリアになるのではないか。最初はフランス語だったんですが、外国語でどういう風に言えるのかというのを自分で試してみたかった。ある種、抽象化できるし、世界的な問題でもある。

―意外に早い段階ですね。構想しながら撮っていったんですか?
藤原:飯舘村を撮ったときは完全に構想しながら撮っていました。飯舘村で一番最後に撮ったのが、映画の最後に出てくる弘法大師が彫ったと言われている十三仏で、あれを撮ったときに、これで映画の構想が分かったと思いました。もともと、下に十三仏の案内板があるので知っていたんですが、てっきり石仏だと思っていたんです。村の人にインタビューすると、飯舘村の場合は避難するまで時間があったので、皆さん、お祭りやお墓参りをちゃんとやってから出て行くというような話をされる。村の重要文化財だし、ちゃんと撮っておこうと思って行ってみたら、岩があるだけで、何だろうと思った。

―線彫りみたいな仏様でしたね。
藤原:遠くからは見えないが近くに行ったら見える。"見えること、見えないこと"というテーマがまさにこれだと。ナレーションについては紆余曲折があって、最初CNC(国立映画センター、映画の支援を行うフランスの公的機関)に申請するためのシノプシスでは、ほとんどフィクションの物語構造で、それはフランス人の女性が僕とやりとりをしていて、2人が映像を見て何を考えるかということだった。

―まるっきり『サン・ソレイユ』みたいですね。その時点で、すでに遠くから見た視点と、近くにある実際のものとの距離感を考えながら撮っていったと。
藤原:僕自身、福島県、特に浜通りなどはこの事故以前には行ったことがなくて、子供の頃に親に磐梯山に連れていかれたくらいで、会津の方にしか行ったことがなかったので、そういう意味ではよそ者なんです。

―地元の人が驚くほど快く出演してくれていますね。
藤原:2回だけ、インタビューは嫌だ、撮影されたくないという人達に会いました。1度はいわき市の四倉漁港で、地元の漁師さんが"インタビューはたくさんだ"と言いながらも、3人で30分くらい話をしてくれたんです。録音はしてたんだけど、残念ながら風がひどくて映画には使えませんでした。

―被災した家を撮ることに関してためらいはなかった?
藤原:撮ると決めてましたから。そこが演出とカメラマンを別にする利点で、演出は撮れというだけで自分は撮らないで済む。だからカメラマンは辛かったと思います。

―最初の映像が、津波で残った木で、そこからずっとカメラがパンしていく。あのオープニングは最初から考えていたんですか?
藤原:あれは撮ったときに、これはファーストショットだと思いました。

―原発が外から見えないという指摘も驚きでした。私達が報道で見ていた原発は海側から撮っているからよく見えるけど、内陸側からは見えない。外から見えないように隠すというのは日本的な感性で、まさに東電が作り上げていった世界がそれだったことに素直に驚きました。
 撮影のときに一番苦労したのは?
藤原:運転ですね。僕が演出と運転を担当したんですが、みんな避難しているから道路がほとんど直していないんです。夜遅くまで撮影していると、部分的に電気が通ってはいても街灯そのものがほとんどないから、真っ暗な道を走っていて、気がつくとマンホールがぼこっと持ち上がってたりする。

―スピードが出ていると危ないですよね。楽しかったというと言い過ぎかもしれないですけど、よかったことは?
藤原:全体的に撮影は楽しかったです。会う人会う人、みんな面白い方ばかりで。飯舘村で、"お前達にインタビューされても何の得にもならない"と言いながら、喋り続けたおじさんもいます。映画の中には使ってないんだけど、最初に行ったときに峠道で会って、ここから原発が見えると教えてくれた人がいて、その人が言ったのが映画で使った「おたまじゃくしと画面ばかり見ていても、何にもわかんないだろ」という言葉だったんです。おたまじゃくしって何だろうと思ったら、パソコンのマウスのことだった。最後の方で、茂原さんという方のお宅の茶の間まであがって話を聞いたときも、もの凄く楽しかった。

―もう少しで百歳になるおばあちゃんがいるお宅ですね。あの方達も今はみんな避難されて?
藤原:今は川俣町にいて、一軒家を借りられたそうです。この間、電話もらったら、お元気で、でも、おばあちゃんを東京に連れていくのは無理だから(上映には行けない)と。

―これからあの村は何年も無人地帯になる。とすると、何年か後に『無人地帯2』を作らなければならないのでは?
藤原:ある意味、まだ入口をやっただけだし、今後どうなっていくかは誰かがやらなきゃならない。今回の映画では、まだ抽象的に出ているだけの社会の大きな矛盾というのは、今後、具体的な形でどんどん出てくるし、今8か月たったところでも出てきてしまっている。そこをどうするかですよね。
 映画の最後でアルシネ・カーンジャンに言ってもらったんだけど、結局それはキリスト教的世界観のせいかもしれない。もともと日本人は、荒ぶる神には黙って耐えるしかないというような発想だったのに、神様は人間のために世界を作ったみたいな発想を安易に受け入れてしまっている。そのこと自体が間違っているのではないか。

―人間は自然に対して何をやってもいいというような?
藤原:それは土本典昭監督と一緒に水俣に行ったときに、そういう話を緒方正人さんとか言うわけですよ、我々の今の物質文明をどう意味論的に越えていくのかと。今まったく緒方さんが言った通りのことになっている。電気という問題にしたって、これだけ大量に電気を消費する社会がそもそも人間にとって幸福なのかというと、そのこと自体が大きな疑問であったりする。
 土本典昭監督の映画をやったときに面白かったのが、わりと歳を取った人の方が素直に見てくれることです。特に60歳を過ぎた女性、最後に出てくる茂原さんなんか、僕以上に物の考え方をわかっていると思う。残念ながら、まだ男が強い社会の中で、あまり大きな声では言えないと思ってらっしゃるみたいだけど。

―いえいえ、60歳を過ぎた女性は意外に強いですよ。
                  (11月26日、朝日ホールにて)
(齋藤敦子)
    --「2011 東京フィルメックス(5)「無人地帯」藤原敏史監督インタビュー 齋藤敦子」、『河北新報』2011年11月29日。

-----

http://blog.kahoku.co.jp/cinema/2011/11/post-128.html


関連

東京フィルメックス
http://filmex.net/2011/

『無人地帯』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=J4NLrlKKMVs


X2


3resize0183


サイコ・シャワー (リュミエール叢書)Bookサイコ・シャワー (リュミエール叢書)


著者:ジャネット リー,クリストファー ニッケンス

販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


アモス・ギタイ―イスラエル/映像/ディアスポラBookアモス・ギタイ―イスラエル/映像/ディアスポラ


販売元:フィルムアート社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

国家は生物の個体に比すべきもので、個々人は細胞のようなものだ、と考えている人もいるに違いない。しかし、これは明らかに間違いである。

11dsc03319

-----

 国家は道具である、などと主張すると怒る人がいるかもしれない。日本が滅んだら、日本人の大部分は困るのだから、個々の日本人よりも、やっぱり日本という国家の方が大事だろう、と思っているのかもしれない。そう思っている人がいることは否定しない。この人の頭の中には国家という実在感がはりついているのだろう。もしかしたら、国家は実体だと思っているのかもしれない。
 中には国家は生物の個体に比すべきもので、個々人は細胞のようなものだ、と考えている人もいるに違いない。しかし、これは明らかに間違いである。生物の個体が死んだら、個体を構成している細胞は生きていけない。細胞培養をすればシャーレの中で生きていけるけれど、単細胞生物と違って自力では生きていけないことは明らかだ。個人は国家が消滅しても、そのことだけで死んでしまうことはあり得ない。個体の生存のために、細胞は死を余儀なくされることも多い。。たとえば、生物がちゃんとした形を作り出すためには、アポトーシスと呼ばれる細胞のプログラム死が必要不可欠だし、個体がウイルスに感染されれば、ウイルスが侵入した細胞は容赦なく殺される。そうしなければ、個体が死んでしまうからだ。我々は自分の生存のために、自分を構成する細胞が少々死んでも当然だと思っている。
 国家を至上とする立場からは、個々人もまた、個人にとっての細胞のように、国家存続のために、必要とあれば死ぬものは仕方がないと考えろということなのであろう。これは一見、筋が通ったお話のように感ぜられるかもしれないが、実はとんでもないウソなのである。生物の系列にとって最高次の存在は個体なのであって、細胞も社会も、個体の生存のための道具なのである。高等生物ではとくに人間いおいては、個体は意識を持つし、自由意志を持つ。細胞は意識を持たない。社会も国家もそれ自体としては意識も意見も持っていない。
 国家の意見とか意志とか称するものは、結局の所、誰か個人の意見か、様々な個人の意見を調整した妥協の産物なのである。専制君主が、「朕は国家である」とうそぶいている国家とは、専制君主の私有物であって、国民は奴隷である。この場合、国家というのは一個人の所有物のことであって、個々人を要素とする全体などではないから、個人より国家が大事という話は大ウソであることはすぐわかる。
    --池田清彦「国家は道具である」、『他人と深く関わらずに生きるには』新潮文庫、平成十八年、120-122頁。

-----

生物の「有機体」としての側面に注目して共同体をそのアナロジーとして位置づけようとした試みは、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)においてひとつの完成をみるわけですが、「有機体」としての全体に何をどう配置するのかという時点で決定的に共同体=有機体「観」というのは破産してしまうのは、これまた数々の論者によって指摘されている議論です。

ちなみに、私の研究対象の吉野作造(1878-1933)も大学院時代にヘーゲルの国家観をその演習題目として取り上げ、日露戦争前後なんかはこの有機体説を採用して、ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)の一般理性に馴致される体制を賛美した側面もあるのですが、それが徐々に相対化・水平化されていくのがそのナショナリズムの言説。

しかし、さすが構造主義生物学者の言説!!!

「中には国家は生物の個体に比すべきもので、個々人は細胞のようなものだ、と考えている人もいるに違いない。しかし、これは明らかに間違いである。生物の個体が死んだら、個体を構成している細胞は生きていけない」。

あざやかですねぃ。

国家・組織を形成する一人一人は「細胞」だから、、、

「犠牲になってもいたしかたなし」
「黙って言うことをきいていればいいんじゃイ」

……って言い方が殆ど意味をなしていないって話ですねぇw


2resize0182


| | コメント (0) | トラックバック (0)

買いかぶりおよび見くびりの感情は常に悪である

1a_dsc03314


-----

定理四八 買いかぶりおよび見くびりの感情は常に悪である。
証明 なぜならこれらの感情は(感情の定義二一および二二により)理性に矛盾する。したがって(この部の定理二六および二七により)それは悪である。Q・E・D・

定理四九 買いかぶりは買いかぶられる人間を容易に高慢にする。
証明 もしある人が愛のために我々について正当以上に感ずるのを我々が見るなら、我々は容易に名誉を感ずるであろう(第三部定理四一の備考により)。すなわち喜びに刺激されるであろう(感情の定義三〇により)。そして我々は自分について言われている善を容易に信ずるであろう(第三部定理二五により)。したがって我々は自分に対する愛のために自分について正当以上に感ずるであろう。言いかえれば(感情の定義二八により)我々は容易に高慢になるであろう。Q・E・D・
    --スピノザ(畠中尚志訳)『エチカ 倫理学 下』岩波文庫、1975年、60-61頁。

-----

……いや別に、「何」という訳じゃないンですけど……。


2resize0181


3resize0180


スピノザ エチカ 倫理学〈上〉 (ワイド版岩波文庫)Bookスピノザ エチカ 倫理学〈上〉 (ワイド版岩波文庫)


著者:ベネディクトゥス デ・スピノザ

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


スピノザ エチカ 倫理学〈下〉 (ワイド版岩波文庫)Bookスピノザ エチカ 倫理学〈下〉 (ワイド版岩波文庫)


著者:ベネディクトゥス デ・スピノザ

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著」、『毎日新聞』2011年11月27日(日)付。

1_dscf2072


-----

今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著
世界文化社・2625円

 ◇国民を誘導したプロパガンダの記録
 昭和十三年(一九三八)二月、一つの雑誌が創刊された。大判で本文二四ページ、そのうちの八ページは写真、発行は内閣情報部、のちに情報局に移行。最終号は昭和二十年(一九四五)七月の三七四・三七五合併号。
 興味深い試みである。政府また軍部直々のプロパガンダ誌を通して、日中戦争から太平洋戦争にわたる「戦時下の日本」を見ようというのだ。そのための資料を相手がどっさり取りそろえてくれた。それは戦時下の日本と日本人を伝えるとともに、当の発行者が何を国民に求め、いかなる誘導を図ったかを色こくとどめている。
 ほぼ全号の表紙をズラリと掲げるかたわら、1938年~日米開戦、1942~1943年、1944年~終戦までの三部構成をとり、それぞれの冒頭に手引きにあたる「時代の背景を読む」をつけた。前線、銃後、海の彼方(かなた)、子供、学生、中国……テーマ別に写真を再編して、コメントを添えていく。

 「一億、今ぞ敵は米英だ!」

 日米開戦を伝える第一九九号は丸ごと復刻。戦線の拡大とともに新しい項目が入ってくる。捕虜、アジア、大東亜共栄圏……。つかのまの勝利がなだれを打つような敗勢へうつると玉砕、空襲、神風、特攻が加わってきた。広告ページの紹介、戦中用語の解説、永井荷風の『断腸亭日乗』などに見る時代証言など、入念な編集のもとに貴重な歴史記録がよみがえった。
 内閣情報部は何から国民誘導のためのグラフ雑誌を思いついたのだろう? 考えられるのは日独防共協定で結ばれていたナチス・ドイツの先例である。プロパガンダ大臣ゲッベルスを中心にして活発なメディア作戦を展開していた。内閣情報部が情報局に移行したのは、各省庁にちらばっていた情報部門を統合して、啓蒙活動だけでなく、新聞、出版、映画などの発禁、禁止処分にあたらせたせいだが、それはナチスの国民啓蒙・情報宣伝省と瓜二つである。違いといえば日本には、ゲッベルスのような天才的なメディア戦略家がいなかったことだろう。
 プロパガンダ用であれば人のよろこびそうなことは派手にのせるが、政府や軍部に不都合なことはゴマかし、すりかえ、隠す。「今次の事件発生以来撃墜した敵機数は関東軍の発表によると7月4日までに合計は336機にのぼり……」
 一九三九年に満蒙国境で起きた「ノモンハン事件」をめぐり、『写真週報』は戦果を誇示しているが、実際は莫大な損害を受けていた。国民が事実を知ったのは、ようやく戦後になってのことである。
 特攻こと「特別攻撃隊」は敗色濃厚となってから編成されたと思われているが、真珠湾奇襲攻撃から三カ月あまりのちに特殊潜航艇で戦死した九人が「純忠比なし軍神九柱」としてページを飾っている。兵士は死ぬためにあり、死ねば軍神のプログラムが当初からあったわけだ。
 毎号表紙ウラに「時の立札」と題してスローガンが掲げてあった。一九四五年の新年号が背水の陣を訴えている。「戦いのきびしさはいやつのるとも くじけんや、われらの戦意 すでにして一億神風と化す」
 戦うにも物資乏しく、食料にもこと欠いている。飛行機の燃料に松の根からとれる「松根油」増産が号令され、いたるところの松林が根こそぎ姿を消した。
 政治学では「ユーフェミズム」というが、遠まわしの言い方で事実を見えないようにする。軍部はそれを多用した。どこから見ても戦争なのに「支那事変」といいつづけ、追い立てられても「転進」である。戦時だけにかぎらなかった。知られるとおり敗戦は「終戦」になり、占領軍は「進駐軍」にすりかわった。
 いま若い人には、写真入りのおとぎばなしを見ているように思えるかもしれない。学校でアメリカの広大なカリフォルニア油田を学んだはずの大人たちが、嬉々として松の根を掘り出している。どうしてこのようなフシギがあり得たのだろう?
 政府・軍部のプロパガンダが成功したのだろうか? 多少の効果はあったかもしれないが、もっと根の深いことがあずかっていたような気がする。国民のおおかたにとって戦場は海の彼方であり、惨憺たる現場を知らずにいられた。大本営発表がうさんくさいとわかっていても、当局の発表する写真によって現実に直面しなくてすむのである。見たくないものは見ず、聞きたくないものには耳をふさいで、どんなに空疎であれ、スローガンを受け入れておく。そんな処世術的ズルさ。フクシマの原発事故以後の経過にてらしても、日本人は少しも変わっていないのではあるまいか。
 それにしても皮肉なことだ。「大東亜戦争一周年」記念号は「わが国グラフ誌初」のオフセットを採用、東條首相が表紙になった。画期的な鮮明さを誇る新しい印刷技術が、子供のおもちゃのような勲章で飾り立て、多少ともバツの悪げな中年男を写している。このような人物をリーダーにいただいていたのである。
    --「今週の本棚:池内紀・評 『「写真週報」に見る戦時下の日本』=保阪正康・監修、太平洋戦争研究会・著」、『毎日新聞』2011年11月27日(日)付。

-----


2resize0180


3resize0181


『写真週報』に見る戦時下の日本 (世界文化社)Book『写真週報』に見る戦時下の日本 (世界文化社)


著者:太平洋戦争研究会

販売元:世界文化社

発売日:2011/09/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (2) | トラックバック (0)

「富の生産、流通、あるいは蓄積に参加できないということ」は果たして「怠惰」なのか?

1_dsc03301

-----

 一七世紀の半ばに、急激な変化が起こる。狂気の世界が排除の世界に一変するのである。
 ヨーロッパ全土で大規模な収容施設が作られる。この施設は狂者を収容するだけでなく、少なくともわれわれからみて非常に多様な人間を収容するためのものであった--貧しい身体障害者、困窮した老人、頑固な怠け者、性病患者、すべての種類のリベルタン、家族や王権の意向によって公式の処罰を加えるのを避けたい人々、浪費家の父親、禁令に従わない聖職者など。要するに理性、道徳、社会の秩序に対して、「壊乱」の兆候を示す人々が閉じ込められたのである。そのしばらく前に、聖ヴァンサン・ド・ポールは、サンラザールの旧癩病院を、同じような監禁施設に転換している。やがて、最初は病院であったシャラントンが、後には新しい施設の手本に従うことになる。フランスでは、すべての大都市に、「一般施療院」が解説されることになる。
 こうした施設には、医学的な使命はない。収容するのは、治療するためではないのである。社会の一員として生活していけないか、社会の一員であるべきではない人間が収容される。古典主義時代には、他の多くの人々とともに狂人が監禁されたが、ここで問題となっているのは、狂気と病の関係ではない。社会が自らとどのような関係を結ぶかであり、社会が個人の行動のうちに認めるものと、認めないものとどのような関係を結ぶかである。たしかに監禁は公的扶助の一つの手段である。多くは寄付金の恩恵をこうむっていることが、その証拠である。しかしこのシステムの理想は、それ自体で完結していることであろう。一般施療院には、ほぼ同時代のイギリスの貧救院(ワークハウス)のように、強制労働が厳存していた。紡ぎ、織り、さまざまな物を製作し、これを市場で安価に販売して、その利益で施療院を運営できるようにしていた。しかもこの労働の義務は、制裁の役割と、道徳的な管理の役割も担っていた。すなわち、登場しつつあったブルジョワ社会では、商業の世界における主要な悪徳、本来の意味での〈罪〉が定義されたばかりであった--それは中世のような傲慢でも、どん欲でもなく、怠惰である。監禁施設に収容された人々に共通したカテゴリーとは、本人の責任または事故によって、富の生産、流通、あるいは蓄積に参加できないということであった。これらの人々は、この能力の欠如の度合いに応じて排除された。これは、近代の世界において、それまで存在していなかった分割線が登場することを意味するのである。このように監禁の起源とその最初の意味は、この社会的な空間の再構成に結びついたのである。
    --ミシェル・フーコー(中山元訳)『精神疾患とパーソナリティ』ちくま学芸文庫、1997年、136-137頁。

-----


フーコー(Michel Foucault,1926-1984)は17世紀に誕生した強制=強制囲い込み施設としての一般施療院に収容されたひとびとの罪状を「怠惰」と指摘している。それを具体的にみると「富の生産、流通、あるいは蓄積に参加できない」人々のことが該当する。

要するに経済的合理性からあぶれる存在が「怠惰」というわけです。

17世紀に資本主義の萌芽があり、そこで経済的活動に何ら影響を与えることのできない存在が「怠惰」と認定され、それは無価値(否、半価値)と断罪の対象になる。

しかし、経済活動は、つまるところは……実体としてそうじゃないとしても……「自転車操業」のように回し続けていかないと破綻するエンドレスゲームというのがひとつの特徴です。

だとすれば、これは原発とアナロジーさせる訳ではありませんけれども、人間が始めたゲームだけど、「経済的“合理性”」を追及するっていうことは、その「止め方」を未だ学んでいない怪物なのかもと、ふと今更ながら思った次第です。

これに世俗内禁欲としての勤勉が労働を準備・蓄積していくわけだけど……、いやはや人間とは恐ろしいゲームをはじめたものです。

別に僕は専門的な経済学理論は熟知していないし(社会思想史の延長線上では理論史は理解していると思うけど)、そして、それに対する脊髄反射としてのマルキシズムも結局のところ「枠内のネコパンチ」としての惰性しているので、リアルに辟易ともします。

ただしかし……、
単純ですけども、そうした儲けの合目的性から逸脱するエトヴァスにしか、問題を照射する閃光ってのは無いのかも知れませんよ。

金儲けに参加できない人間(ないしは「金儲けで負ける人間」も含め)を人間として扱うことができないのが現代の特質なのかもしれません。

※昨日「覚え書」で「論点 原発輸出」を紹介しましたが、奇しくも「原発を輸出しようとするひとびと」というのが、「経済的合目的性」のみを総ての準拠とするのは偶然ではないのかもですよ。加えると「国益」「国益」って口を酸っぱくいうわけだけれども、結局そのスローガンからは「国益」の受益・不利益当体となる「国民」のダメージはスルーしているとか……ねぇ。

まあ、戻りましょう。

いずれにしても、ホント、恐ろしい時代だな。ふう。

いや、お金は大事なんですけどネ……。

だけどそれを批判する論理が「枠内ネコパンチ」しかないていうのが寂しいですよね。

想像力と発想の貧困といいますか……。

そんで、これはお金に対する議論(お金至上主義とお金糞食らえという二項対立)だけじゃないと思うのですが……。

また、清貧主義的な東洋の徳論のように安易に生き方の問題に収斂させて、戦陣訓のような精神主義に傾きたくもないのですが、それでも機軸としては、どこかで生き方とかの問題に関係させていく……しかも対自的……新しい選択枝というものは必要なんだろうと思う。

働ける人は働ける人で偉いと思う。

僕もサラリーマンの真似事?やっているからその辛酸もわかる。

だけど、字義通りの「怠惰」ではなくてですよ、働きたくても働けないって多様なパターンを一慨で排斥するような認識構造はホントに不幸しか生まない。

特に高等教育をうければうけるほど、そうした認識が強くなっていく……(くどいけど字義通りの「怠惰」ではなくてですよ)働いていない人(=経済活動に参加していないひと)=無用な存在ってイエスかノーかって基準だけで判断しているとエライことになってしまうと思うんだな。

倫理学は身近なものに注目することから始まるわけですが(アリストテレス)、身近なものとは生活であり、生活とは、物、人、自分自身との関係です。

ここで大切なのは物、人、自分自身の背後には必ず生きた人間が存在するということなんだと思う。これを失念するからお金を扱う態度もヘンになっちゃうのか。

ほんと、大変な世の中だ。


Resize0178


精神疾患とパーソナリティ (ちくま学芸文庫)Book精神疾患とパーソナリティ (ちくま学芸文庫)


著者:ミシェル・フーコー,中山 元,Michel Foucault

販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「記者の目:北杜夫さんを育てた旧制高校=澤圭一郎(東京社会部)」、『毎日新聞』2011年11月25日(金)付。

1_dscf2132

-----

記者の目:北杜夫さんを育てた旧制高校=澤圭一郎(東京社会部)

 ◇今こそ「教養教育」が必要だ
 「学校の勉強以外で教師や友人と深く触れ合ったのが、旧制高校でしたね。私は松本高校(長野県松本市、現信州大)に入ったことが人生の転機になり財産になったと思っているんです」。先月24日に84歳で亡くなった作家の北杜夫さんにインタビューした時の言葉を、今も口調とともにはっきり覚えている。毎日新聞の教育のページで今も続く「学校と私」のコーナーで、高校時代の思い出を話してもらった。その生活を描いた著作「どくとるマンボウ青春記」(1968年出版)には、旧制高校の教養教育や教師と生徒の触れ合いが、ユーモラスなエピソードとともに描かれる。その描写を暗記するほど読み、憧れて大学に進んだ私は「そんな教育こそが必要ではないか」と今、思う。
 旧制高校は1894年に高等学校令により正式に設置され、一高(現東京大)から八高(現名古屋大)のナンバースクールや新潟や松本の地名がついた高校、武蔵や成城といった私立高もあった。当時の日本のリーダーを輩出したが、戦後、学制改革で1950年に廃止され、新制大学に切り替わった。

 ◇本を読み議論し生き方を考える
 大半が3年制で、1学年200人程度の男子校。寮生活が基本にあり、落第もある厳しさだったが、旧帝大とほぼ同じ定員で、卒業後は帝大に進学できた。今の比ではない受験競争を勝ち抜いたスーパーエリートの学校だったが、生徒は「善の研究」(西田幾多郎)など古典的名著のほか、国内外の本をしっかり読み、生徒同士で議論し、教授と問答をしながら、人生の意味や社会の中で人はいかに生くべきかを考える「教養教育」が施された。これぞ学校の神髄であると思う。
 「青春記」を読んで私が信州大学に進んだ当時(85年)、大学にはまだ教養部というものがあり、1、2年はこの教養部に属して語学や哲学、自然科学を学ぶ仕組みになっていた。旧制高校の残り香があれば、大学教養部はひょっとして私を満足させてくれるかもしれぬと期待を抱いたが、これは見事に裏切られた。教養部の授業は高校の授業の焼き直しにしか思えず、教授も「青春記」に出てくるような人物はいなかった。
 私の感覚は正しかったようで、91年には大学設置基準が緩和され、専門教育の充実を旗印に、東大など一部を除き、教養部は解体してしまった。失敗したのである。当時、4割に上る進学率で大衆化した大学の限界と、専門教育を上位に見て教養を軽視した大学内の事情など、さまざまな要因が重なったことが理由だ。
 以前、コラムで旧制高校復活論を唱えたら、全国から賛意のお便りを頂いた。「『よく学び、よく遊べ』を実践していた学校だった」と懐かしむ手紙もあった。中でも、旧制高校出身者らで作った「日本の教育改革を進める会」(西澤潤一代表)のメンバーからは「ぜひ、良かった点を今の教育に復活させたい」と連絡を頂いた。同会は97年から09年まで活動を続け、専門だけにとらわれない幅広い基礎学力と人格形成に徹した教育をする「教養大学」の創設など、7次にわたる提言をまとめて文部科学相らに提出している。メンバーの一人で、旧制浪速高(現大阪大)卒業生の藤田宏・東京大名誉教授は「今はリーダーを育てる教育が失われている。旧制高校の良さを生かし、ロマンを持った若者を育てるべきだ」と話す。

 ◇実学偏重を改め本当のゆとりを
 一部では具体化している大学もある。秋田県雄和町(現秋田市)に04年に開学した国際教養大は、英語を基本とした授業や1年間の寮生活、留学、幅広い教養科目の履修など、今の時代に即した教養重視の教育を実践し、評価が高い。国際基督教大(東京都三鷹市)も語学と教養重視の学校だ。
 今、中学でも高校でも「受験に関係ない」という理由で、人間の幅を広げる勉強がおろそかになっていないか。あるいは「実学志向」で、すぐに役立つ勉強偏重になっていないだろうか。受験にしても就職活動にしても、その対策に追われるばかりで、ゆっくりと本を読んで議論するような時間が少なすぎる。世間の不評を買ったが、本当の「ゆとり教育」とはそういうことではなかったか。どのような人材を育てるべきなのかを考えたとき、北さんの「青春記」に描かれる旧制高校の教育には、大きなヒントがあると思う。
    --「記者の目:北杜夫さんを育てた旧制高校=澤圭一郎(東京社会部)」、『毎日新聞』2011年11月25日(金)付。

-----


Km2_dsc03274


Km3resize0174


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「論点 原発輸出」、『毎日新聞』2011年11月25日(金)付。

R1_dsc03281


-----

論点 原発輸出

 10月の日本・ベトナム首脳会談でベトナムの原子力発電所建設を日本が受注することで合意しました。国内では脱原発依存を唱えながら輸出は認められるか。政府の原発輸出を論じます。

十市勉 日本エネルギー経済研究所顧問
◇アジアの発展取り込め

 原発輸出を考える大前提として、日本が今後、原発をどのように活用すべきかを、国際的な視点も含めて考える必要がある。

安全高めた活用前提に
 東京電力福島第1原発事故の発生を受け、原子力に対する国論は割れているが、日本が直面している課題を解決する上で、原子力発電の役割はなお重要だ。電力の安定供給や地球温暖化の防止、再生可能エネルギーの高い発電コストなどを考えれば、安全性を最高水準に高めて原子力を活用すべきことが必要だ。原発輸出の問題は、それを前提にした上で考えるべきである。
 民主党政権は昨年6月にまとめた新成長戦略で、原発輸出を積極的に進める姿勢を示した。ベトナムをはじめアジアの新興国は経済が発展し、電力不足が深刻化している。経済の発展には電力の安定供給が欠かせない。地球温暖化対策の面でも、長期的には新興国にも温室効果ガス削減の義務が課せられる可能性が高く、これらの国での原子力発電の必要性は高まっている。
 日本は1960年代から原子力の平和利用に取り組み、多くの技術の蓄積を持つ。こうした蓄積を世界のために生かすことは、アジアの経済発展を取り込んで生きていくという、日本自身の国策にも合致する。
 韓国は稼働中の原発が21基、建設中と計画中が13基を数え、国策として原発輸出に力を入れている。中国も14基が稼働中、27基が建設中で、15年には40基を超え、日本を追い抜き米国、フランスに次ぐ原子力大国になる。いずれ中国も、本格的な原発輸出を目指すだろう。
 このような中、ベトナムやトルコは福島事故後も、日本の原子力技術に高い信頼を置いている。事故の教訓を最大限生かし、こうした期待に応えるのも日本の国際的な責任と役割である。
 原発輸出は政治的にも大きな意味を持つ。ベトナムは領土や領海問題をめぐり中国と対立しており、歴史的にも強い警戒心を持っている。そのベトナムが日本を信頼し、協力を求めている。日本にとってベトナムは「対中カード」としても重要な国の一つであり、その要請に応えることは、外交上もプラス面が大きい。逆に、ここで日本が合意した輸出をやめれば、対中戦略上も悪影響を与えかねない。
 ただ、福島事故で原子力に対する国民の批判が強い今、日本が本当に原発輸出をやれるのか、課題が多い。
 原発輸出は単なる建設にとどまらず、完成後の操業まで含めて30年、40年の長期にわたる関与が必要だ。日本の原子炉メーカーは高い技術を持っているが、全体の責任主体となるべき電力会社は、リーダー役の東京電力が福島事故で経営的に大きな痛手を受けた。他の電力会社も、事故の影響で稼働中の原発が次々と停止し、経営は弱体化している。さらには政府内では、電力会社の発電部門と送電部門の分離(発送電分離)の可能性も議論されるなど、将来の見通しがついていない。

国がリスクを負う覚悟を
 原発輸出に取り組んでいる、フランス、ロシア、韓国などは、国の強い支援を受けて、国営企業がリスクを取って主導している。日本では、民間企業が新たなビジネス機会として取り組むには、国が「原発輸出は国益上進める必要がある」との覚悟を持ち、公的な金融支援および最終的なリスクを負う態勢をとって進める必要があるのではないか。
【聞き手・尾中香尚里】
といち・つとむ 1945年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。米マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て現職。著書に「21世紀のエネルギー地政学」など。

飯田哲也 環境エネルギー政策研究所所長
◇ 現実を見て立ち止まれ

 世界史に残る地球規模で最悪の原発事故の収束がいまだに見えないというのに、民主党政権が原発輸出に前のめりになっている。素朴に見てもナンセンス極まりないが、問題は意外に根深い。
 政権交代直後の民主党に欠けていた「成長戦略」というあなに「インフラ輸出」というキーワードがスッポリ入り込み、一昨年末、アラブ首長国連邦への原発輸出競争で韓国に敗れたことで、逆に競争心をあおられ勢いづいたのだ。
 最大の問題は、政権が事実と現実を知らないことだ。

コスト急騰と建設遅延
 世界で建設されつつある原発は、コストの急騰と建設期間の遅延で、非常に大きな投資リスクとなっている。フィンランドで建設中のオルキルオト原発3号機はコストが当初の見積もりの4倍に高騰し、建設期間も現時点で4年もの遅延だ。フランスでも唯一建設中のフラマビル原発で2倍以上のコスト超過と遅延が生じ、アメリカではサウステキサス電力会社が計画していた原発が3倍以上の見積もり高騰で、フクシマ後にキャンセルされた。
 まして海外でプラント主契約者の経験がほとんどない日本が、成功する見込みは乏しい。民間保険会社の規模を超えるような損害に政府などが対応する貿易保険などがあるが、国民の税金などをこうした事業のリスクにさらす、「もうけは一部の企業、リスクは国民」という不公平極まりない構図はそもそも許されない。
 そもそも原発輸出が「新経済戦略」になるのか、冷静に再考すべきだ。上記の原発事業自体のリスクに加えて現在の原発輸出の構図は、中国・ロシア・インド・韓国などの新興国が自国市場やその他のアジア諸国を含む新興国に輸出する形だ。日本がそうした新興国の市場で競争力を持てるとは思えない。
 仮に受注を獲得しても「成長戦略」と呼ぶに値しない程度の数に限られ、しかも海外パートナー企業の設計のもとで日本は製造下請け的な付加価値の低い役割にとどまる。
 そして何よりも、フクシマ事故が立証した、お粗末極まりないに日本の原子力ムラの実態だ。すでに先の国会では、ヨルダンとの原子力協定に先立って、建設予定地は緊急時の冷却水の確保が困難な乾燥地帯であるなど、ずさんな調査の実態が非政府組織(NGO)から指摘されている。原子力ムラはフクシマ事故から何も学んでいないのだ。

核拡散助長のリスクも
 原発輸出の経済面以外のリスクも考える必要がある。原子力未開発国に対して原発を輸出するということは、潜在的に核拡散を助長するリスクを高める。これはイランや北朝鮮等で現実のリスクとなっており、日本の2国間協定で防止できるという考えはナイーブにすぎる。
 輸出先の原発事故で製造者責任を問われるリスクもある。それを回避するために、「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)」が用意されているが、日本はフクシマ後に慌てて加盟を検討し始めたという泥縄的対応だ。それ以前に、この条約自体が輸出車に都合の良すぎる身勝手なものだ。本来、日本が取るべき対応は、フクシマ事故を踏まえて、こうした悲惨な事故を他国に引き起こさないために、原発輸出に禁欲的になる規範性ではないか。
 政権は、こうした根拠なき過信がフクシマ事故を招いたとの真摯な反省に立って、今こそ勇気を持って立ち止まり、原発輸出という妄想を捨て去るべき時だ。
いいだ・てつなり 1959年生まれ。京都大学大学院原子核工学修了。原子力産業・原子力規制を経験後、持続可能な自然エネルギー政策の専門家に転じた。


吉岡斉 九州大副学長(科学史)
◇ 国民が賠償負う恐れ

 政府が原発輸出に積極関与する背景について、まず歴史を踏まえておきたい。
 世界の原発は80年代末以降、400基台前半で停滞している。先進国ではもはや原子力産業は構造不況の斜陽と言っていい。ところが、00年代に中国やインドをはじめ東南アジア、中東、アフリカ諸国に原発計画が浮上し、原子力メーカーの目は海外に向いた。だが、それら新興国は国内の電力供給システムすら未整備の国が大半で、原発の運転管理や人材育成などをすべて盛り込んだ「フルパッケージ型輸出」を求めた。こうなるとメーカー単独で請け負うことは不可能だ。

初の官民一体型方針に
 こうした要請が、昨年6月に民主党政権がまとめた「エネルギー基本計画」につながっている。戦後初めて、官民一体のフルパッケージ型原発輸出の方針を打ち出した。電力会社や原子炉メーカーなどが参加する原発輸出専門の新会社「国際原子力開発」も設立され、オールジャパンの枠組みが整った。
 とわいえ、原発輸出は経営上の問題点が多い。あくまで民間ビジネスとしてやればいいことであり、政府の関与は無期凍結すべきだと考える。
 最大の問題は、事故や契約不履行が生じた場合の賠償責任が国民負担に結びつく可能性が高い点だ。例えば、パッケージの一つとして輸出しようとしている核燃料サイクルは、現状において国内実績がゼロに近く、日本企業にサービス提供能力はない。契約不履行となれば、結果として相手国から日本政府にも巨額賠償が請求される恐れがある。
 事故の損害賠償も同様だ。原子炉建設から運転管理、燃料供給、廃棄物処理にいたるまですべてを請け負えば、事故時の賠償責任を負わされるリスクが増すのは確実だ。
 もちろん、相手国の債務不履行というリスクもある。いずれにしろ官民一体型は政府負担、つまりは国民負担のリスクが常につきまとう。福島第1原発事故で巨額の国民負担が生じている中、新たなリスクは許されるだろうか。そもそも国際原子力開発の筆頭株主である東京電力に余力はない。
 第二に、新興国の買い手市場となっている点も問題だ。政府はベトナムとの原発輸出交渉で、ベトナム側が提示した核廃棄物処理や建設費の低利融資などの諸条件をのんだとされる。この他、政府間では原発と直接関係ない付帯サービスの契約もあるかもしれない。そういった取引条件の多くは秘匿され、全体として黒字なのか赤字なのか、国民の目からは経済合理性の判断がつかない。国内の公共事業と同じ構図だ。
 インドのような核拡散防止条約(NPT)非加盟国と原子力協定に向けて交渉していることも問題だ。戦後、非加盟国との原発技術協力は御法度だったが、それを破ったのが08年にインドと原子力協定を結んだ米ブッシュ政権だった。市場として成長が見込めるからと言って、被爆国日本がそれに追随するのは異常だ。

日米とも国内市場縮小
 米国の原子炉メーカーはリストラが進んで今や圧力容器すら自前で造れず、提携する東芝や日立と共同でなければ原発建設を受注できない。東芝や日立がこれ以上原発部門を縮小すれば、米国メーカーもつぶれる依存関係が出来上がっている。原発輸出は国内市場の縮小に悩む日米双方のメーカーの救済策にはなるだろうが、払うリスクが大きすぎる。
【聞き手・阿部周一】
よしおか・ひとし 1953年生まれ。東京大理学部卒。政府の福島原発事故調査・検証委員会委員を務める。著書に「原子力の社会史 その日本的展開」など。
    --「論点 原発輸出」、『毎日新聞』2011年11月25日(金)付。

-----


R2


R3resize0177


| | コメント (0) | トラックバック (0)

平等であるということは単なる比喩であって、人間の意思や人格を有効に測量し、計算しうるということを意味するものではない

1_dsc03287

-----

 平等であるということは単なる比喩であって、人間の意思や人格を有効に測量し、計算しうるということを意味するものではない。
    --ケルゼン(西島芳二訳)『デモクラシーの本質と価値』岩波文庫、1966年、39頁。

-----


差別に対峙し、平等を保証していかなければと奮闘する「公共哲学者」たちに難癖を付ける人間というのは、平等は「計量し、計算しうる」ことはできない幻想にしか過ぎないというけれども、落ち着いて考えてみるとまったく逆のような気がする。

差別を温存させることを屁とも思わない連中ほどそろばん勘定には精通し、人間を金銭で代価する「経済的合理性」に精通していることがほとんどだから、彼らこそ「人間の意思や人格を有効に測量し、計算しうる」と発想しているんじゃないのかねぇ。

「勝ち組」だの「負け組」だのって表現は、平等を探求する人間たちから造語されたわけではありませんし、ほんと逆さまです。


2resize0176



《岩波書店岩波文庫》ケルゼン 西島芳二訳デモクラシーの本質と価値 【中古】afb 《岩波書店岩波文庫》ケルゼン 西島芳二訳デモクラシーの本質と価値 【中古】afb


販売元:古書 高原書店

楽天市場で詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「ロールズ 政治哲学史講義1・2 [著]ジョン・ロールズ」、『朝日新聞』2011年11月20日(日)付。

Dscf2022


-----

ロールズ 政治哲学史講義1・2 [著]ジョン・ロールズ
[評者]姜尚中(東京大学教授) 
■率直、簡潔に「正義」を読み解く
 本書はロールズによるハーバード大学での講義録であるが、現代の古典(カノン)として名高い『正義論』の読解に不可欠なテキストである。講義という形式のせいか、ロールズは率直かつ簡潔にリベラリズムとその政治哲学の思想と伝統について語っており、読んでいても小気味いいほどである。
 それにしても政治哲学と聞けば、難解な思弁や高尚な理想がちりばめられた権威的な学問と思われがちだが、決してそんなことはない。ロールズが言う政治哲学は、立憲デモクラシーの制度や政策にふさわしい正義や公共善といった基本的な観念に関する市民的な背景文化の一つになっているからだ。この意味で政治哲学の権威は、あくまでもその時代ごとの市民の双肩にかかっているのである。
 ロールズによれば、そうした政治哲学の伝統は社会契約論と功利主義から成り立っている。社会契約論の範例的な思想家としてホッブズ、ロック、ルソーが、また功利主義の代表者としてヒューム、ミルが、さらにそれらの批判者としてマルクスが扱われている。ロールズは、テキストに対する「解釈上の善意」を払いつつ、自らの「公正としての正義」を手がかりに、これらの巨人たちの正義の構想を読み解いていくのである。
 本書が並の政治哲学史の講義と違うのは、功利主義の代表的な範例としてヘンリー・シジウィックに言及するとともに、ホッブズと並んで近代の道徳心理学の定礎者とも言えるジョゼフ・バトラーにスペースを割いていることである。そこには、政治哲学は道徳心理学に基づいていなければならないという確固とした信念がうかがえる。この点で、ロールズ批判の代表的な哲学者であり、共通善の存在論を説くチャールズ・テイラーの『自我の源泉』と比べてみれば、興味深いに違いない。
 訳文はこなれて読みやすく、ロールズの政治哲学を知る上でも重要なテキストだ。
    ◇
 齋藤純一ほか訳、岩波書店・各3780円/John Rawls 1921~2002年。元ハーバード大教授。
    --「ロールズ 政治哲学史講義1・2 [著]ジョン・ロールズ」、『朝日新聞』2011年11月20日(日)付。

-----

Resize0175


ロールズ 政治哲学史講義 IBookロールズ 政治哲学史講義 I


著者:ジョン・ロールズ

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


ロールズ 政治哲学史講義 IIBookロールズ 政治哲学史講義 II


著者:ジョン・ロールズ

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「ザ・特集:ギリシャ人、何思う 怠惰、浪費、脱税…欧州危機で非難の的」、『毎日新聞』2011年11月24日(木)付。


X


-----

ザ・特集:ギリシャ人、何思う 怠惰、浪費、脱税…欧州危機で非難の的

 ♪ソ、ソ、ソクラテス--じゃないけれど、悩めるギリシャが気にかかる。債務危機が続く欧州で、世界経済を危機のふちに追いやった張本人のように後ろ指をさされる昨今。西洋文明発祥の地に暮らす人々は本当に「怠け者」で「浪費家」なのか。日本在住のギリシャ人3人に今の思いを語ってもらった。【井田純】

 ◇ユーロ導入後、給料上がらず物価は上昇。庶民は副業当たり前。
 ◇脱税は腐敗政治家と結んだ一部の富裕層の問題。サラリーマンは無関係。
 ◇「コネ社会」で政治機能不全。苦しいし抵抗はあっても健全化に改革は必要。
 「ギリシャ人は怠惰だと言われていますが、それは事実じゃありません」

 東京・六本木のギリシャ料理レストラン「スピローズ」。あいさつもそこそこに「弁明」の口火を切ったのは、ギリシャの食材を現地から輸入・販売している日本在住10年のアサナシオス・フラギスさん(62)だ。怠惰どころか、「ギリシャ庶民の多くは本業の収入だけでは生活費が足りず、副業を持つのが当たり前なんです。中には三つの仕事を掛け持ちする人も珍しくない」と言うのだ。
 ブドウの葉でごはんを包んだ「ドルマダキア」などギリシャの前菜が並び、テーブルは一気に華やいだものの、「01年のユーロ導入後、給料は低いまま、物価は他の欧州諸国と同じか、それ以上に上がってしまったんです」とヤニ・プララキスさん(32)が顔をくもらせる。来日1年半、東大大学院で建築を学ぶ留学生だが、それまではアテネで建築関係の仕事に就いていた。
 アサナシオスさんの言い分を裏付けるデータもある。経済協力開発機構(OECD)の統計では、昨年のギリシャの労働者1人あたりの労働時間は2109時間。一方、欧州連合(EU)最大の経済大国ドイツは1419時間。自己申告ベースとはいえ、ギリシャの方が約1・5倍働いていることになる。

 だとしても、浪費が過ぎてしまったのでは?
 「元々、ギリシャでは『欲しいものがあれば貯金しなさい』というのが伝統だった。日本と同じようにね」。アサナシオスさんが言う。ところが、ギリシャがユーロ圏に入ったころから、空気が変わってきたというのだ。「ローンを組んで住宅や車の購入を勧める金融機関のテレビCMが増えた。まるで洗脳のようでした」とヤニさんは振り返る。
 質実を旨とする古くからの美徳も、旧通貨・ドラクマとともに消えたということなのか。
 でも、指摘される脱税の横行はユーロ導入とは無関係のはず。ヤニさんはこう反論する。「徴税システムに問題があるのは事実です。だけど、脱税は、腐敗した政治家と結びついた一部の富裕層によるもので、所得が捕捉された多くのサラリーマンは無関係なんです」
 経済のグローバル化とともに国境を超えた投機マネーによって、一国の経済が危機を迎える事態は、確かにギリシャが初めてではない。政府も、流れ込むユーロをアテネ五輪(04年)開催に向けた公共工事や公務員増員などさまざまなばらまきに投じ、公的債務を国内総生産(GDP)比約1・5倍に膨らませるなど、財政の無規律ぶりをさらした。

 今回の債務危機についてギリシャ、そしてギリシャ人は被害者だったと言える?
 「いや。腐敗した政府はもちろん、愚かな国民にも責任はある」。アサナシオスさんは厳しい口調で言う。それにしても「デモクラシー」という言葉を生んだ地で、民主主義の負の側面があらわになる皮肉に話を向けると、「うーん」とうなって無言になった。
 女性の意見はどうか。別の日、貿易関係の仕事に就くクリシ・テオドラカコスさん(45)に会った。
 「ギリシャ人が甘やかされてきたのは事実です」。小学生の男の子2人を育てる母親は、いきなりバッサリ。先の男性たちとはかなりトーンが違う。
 「増税や緊縮財政は、アメばかりなめていた子どもにニンジンを食べさせるのと同じ。抵抗はあるでしょうが、必要な措置です。今まで通りではダメに決まってるんだから」。健全な状態に切り替えるために多少の痛みを伴うのはやむを得ない、と強調する。アテネの生まれだが「父はスパルタの出身」と聞き、何だか妙に納得してしまう。あるいは英国でコンピューターサイエンスを学び、米国系企業に勤務したキャリアの影響か--。
 政財界腐敗の最大の原因は伝統的な「コネ社会」にあるという。「その人に何ができるかではなく、その人が誰の知り合いかで決まる。問題の根源は政党政治のシステム」と顔をしかめるクリシさん。だからこそ、欧州中央銀行副総裁の経歴を持つパパデモス新首相に期待する。世論調査でも、学者肌の新首相の支持率は高い。
 「無秩序と自由をはきちがえている国民には、規律が必要でしょ。改革は苦しいものになるだろうし、一時的に犯罪が増えることもあるかもしれない。それでも、日本のようにきちんと機能するシステムを構築しないと。震災後の日本と同じ、『ガンバッテ』というところかな」
 「日本のように」という言葉は正直面はゆいが--。
 再びギリシャ料理レストラン。若いヤニさんに尋ねた。そもそもギリシャがユーロ圏に入ったのは間違いだった?
 「いいえ。我が国はこれまでもEUに貢献してきたし、これからも欧州の一部であり続けます。今回借りた資金は長い時間をかけても返すべきだし、ユーロからの離脱にも反対です」。アサナシオスさんが続ける。「世界大戦を経験した欧州が平和のために築いたのがEU。ギリシャは19世紀の独立以降、20世紀半ばまで、地域紛争や内戦などで平和が10年と維持されたことはなかった。平和の尊さは十分にわかっている」
 現在の経済システムのもとで生じるさまざまな格差によって「世界は不安定化する危険性をはらんでいる」とヤニさん。「ウォール街デモで分かるように、米国人でさえおかしいと思い始めた。今回の危機から、ギリシャでは世界に先駆けた前向きの変化が生まれると思います。そこに注目してほしいな」
 アサナシオスさんが賛意を示すように、やや改まった口調で言った。「若者よ、人生のたそがれを迎えつつある私から言葉を贈ろう。知識人として、また科学の徒として、さらには一人のギリシャ人として、新しいギリシャへの貢献があなたたちの義務なのだ」「たそがれなどと、何を言うのです。まだ道半ばでありませんか。われわれギリシャ人は長生きなのですから」とヤニさんが返す--。何やらプラトンの「対話編」の一節のように聞こえた。
 ディナーも終わりに近づき、伝統料理の「ムサカ」が運ばれてきた。まろやかなベシャメルソースに包まれた肉と野菜の豊かな風味に2人が相好を崩す。これからのギリシャが楽しみにも思えてきた。
    --「ザ・特集:ギリシャ人、何思う 怠惰、浪費、脱税…欧州危機で非難の的」、『毎日新聞』2011年11月24日(木)付。

-----

G2_dsc03266


G3_resize0172

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「必要が人間に都市を造らせ、その連合体である社会を造らせ」た筈なんだけど( ;´Д`)

1_dsc03198

-----

 必要が人間に都市を造らせ、その連合体である社会を造らせました。こうして、団結の力によってお互いに野獣や群盗の被害を防ぐことができるようにしたのです。人間界では、一人の人間だけで事が足りるというものは何もありません。たとえば、人類は、もし夫婦間の相愛関係というものをうち立て普及させていなかったなら、まさにその創生の初期に滅亡していたことでしょう。産婆の親切な手と乳母のやさしい慈しみで助けられなかったら、赤ん坊は生まれることがもできないでしょうし、生まれ落ちるとすぐ死んでしまうでしょうし、また、たとえ娑婆の光に浴したにしても、たちまち命を失うことでしょう。自然は、生まれないうちからもう子供たちを愛させるように、両親の心の中に激しい愛情の火花を播いておいたようです。また一方では、子供の心の中に両親にたいする愛慕の情を投げ入れました。年老いた両親の体力が弱った時の苦しみを、今度は子供たちが世話して和らげるようにとの計らいですね。このようにして親と子のすべてに等しくいとも賞(め)すべき間柄が成立しますが、このことをギリシア人はいみじくも「こうのとりの親子相愛」と読んでいます。その上に、血縁関係や婚姻の絆が加わりますし、さらに天性が似通っていたり好みが共通だったり、また、姿形が似ていると言うことが、親愛の情の確かな結び役として加わってきます。こうして相愛に駆り立てる不可思議な衝動、魂のひそやかな訴えが多くの人びとに立ち現われるのです。驚嘆した古代人たちは、この感情を神の意志〔あるいは精霊〕のせいにしています。
    --エラスムス(箕輪三郎訳)『平和の訴え』岩波文庫、1961年、22-23頁。

-----


最近、ねつ造された「公共」なるものの桎梏がますます強固されようとしていることを実感する。

いやな言い方だけど、90年代末頃よりミスリードされた……要するに本来国家や公共が負担すべき責任を隠蔽するために“翻案”された作業仮説にしかすぎない……「自己責任」の追求が度を増すにつれ、結果としてはそれへの脊髄反射から、自己を守るために……それはそれで必然なんですが……人々の関心が「公共」なるものから離反していく傾向を帯びてしまった。

自己を守るためことは必要不可欠です。
しかし過度のリソース傾斜は、本来、お互いに関わるべき事案を見落とすこととなってしまう。

本来「公共」とは、誰かが用意するものではなく……もちろんたたき台としてはありえるでしょうが……人々が「共」にその枠組みを創造していく概念であり、道具にしかほかならない。

しかし、過度の自己防衛が公共への関心を喪失していく中、次のような議論も出てくる。

即ち、公共性がない個人主義的・利己主義的連中で街が横溢するようになってしまった……いまこそ協同連帯の回復だ! そして悪しき個人主義が公共を台無しにするようであれば、制限されてもやむを得ずっておまけまでついてきてしまう始末。

いや、たしかに、人間は個の世界だけで生存することは不可能だから、公共(全体との関わり)は必然してしまう。だから、協同連帯の回復を計ることは必要だとは思う。

ただしかし、そこで出てくる「公共」なるものの枠組みが、国家や保守系知識人の用意した、そして使いふるされてかびくさい「排他主義的強制紐帯」というものだから、まあ、うさんくささと同時にきな臭さも感じてしまうわけ。

先に言及したとおり、上から目線クラスタで準備適用すると必ず失敗するのが「公共」なるもの。だから、みんなで議論して検討して立ち上げていきませんかって試み……結果としては失敗というか中断しているのだけど……として「新しい公共」円卓会議なるものも立ち上がったのは記憶に新しいところです。

まあ、だから「これでいけよ、おまえ」って言われてもにわかに「はい、そうですか」とも言えないわけですが、ここ10年の経緯を振り返ってみると、実はそこへ誘導するための罠、すなわち、

①自己責任強調論
②紐帯のゆるみ
③反動としての用意された「“新しくない”公共」の高調w

……って筋道が描かれていたのではないの???って思うのは多分僕一人だけではないんだろうなぁとは思うわけですが・・・。


2_resize0173



《岩波文庫》エラスムス 箕輪三郎訳平和の訴え 【中古】afb 《岩波文庫》エラスムス 箕輪三郎訳平和の訴え 【中古】afb


販売元:古書 高原書店

楽天市場で詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として 著・蓮池透」、『朝日新聞』2011年11月20日(日)付。

1_20110501153510


-----

私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として [著]蓮池透
[評者]上丸洋一(本社編集委員)

■原発の「自滅」を在職中に確信
 東日本大震災の発生以降、「東京電力」の名を見聞きしない日は一日もない。新聞もテレビもこの会社を主語とするニュースを連日伝えてきた。にもかかわらず、東京電力とはどんな会社なのか、もう一つよくわからない。靴の下から足をかくかのような感じがある。それは、そこに働く人の肉声がほとんど聞こえてこないからだろう。
 本書は、東電に32年間勤務した元社員による「東電体験記」。東電の内情を語る貴重な証言だ。
 著者によると、福島第一原発に勤務していた際、独身寮の朝食メニューは毎日、同じだった。ご飯、おしんこ、生卵、納豆。これを変えようとすると反対された。値段が上がるから嫌だ、という人が多かったという。
 水力、火力、送電、変電、配電などの部門と原子力部門との間には、人事交流がほとんどなかった。原子力部門で働く社員にはパイオニアのプライドがあり、「原子力なんて、(外国から)丸ごと買って来たもんじゃないか」とみる他部門の社員との間に意識のギャップがあった。
 画一性と、セクショナリズムと。しかし、それは何も東電だけのことではない。多くの会社に大なり小なり、同じようなことがある。つまり、東電は「私たち」と異なる特別の存在なのではなく、「私たち」と地続きの存在、あるいは「私たち」自身なのかもしれない。
 「このままいけば原発は自滅する」と著者は在職中から考えてきた。高レベル放射性廃棄物の最終処分場が設置できない以上、原発は「自滅」の道を歩むしかない、と。
 ただ、本書を読む限り、在職中に著者が自分の考えを社内で語った形跡はない。語る環境がなかったのだろう。しかし、もし東電に「言論の自由」があれば、今日の事態は避けられたのではないか。日本の会社にそれを求めるのは、そも無理なのだろうか。
    ◇
 かもがわ出版・1575円/はすいけ・とおる 55年生まれ。東京電力で原子燃料サイクル部部長など。09年に退社。
    --「私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として 著・蓮池透」、『朝日新聞』2011年11月20日(日)付。

-----

2_resize0170


3_resize0171


私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者としてBook私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として


著者:蓮池 透

販売元:かもがわ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ヒキガエルの目に映ずる通りに自然を書き出す技術」に過ぎませんが……紅葉。

0_dscf2076


-----

写実主義 (realism n.) ヒキガエルの目に映ずる通りに自然を書き出す技術。モグラが描く風景ないし尺取虫の筆になる物語にみなぎる魅力。
ビアス(西川正身編訳)『悪魔の辞典』岩波文庫、1997年、181頁。

-----

ちょいと箸休め。

月曜に大学へ出講した際、紅葉が見頃を迎えていましたので、ひとつ。

つたない写真ですいません。


1_dscf2073


2_dscf2074


3_dscf2093


4_dscf2120


5_20110919160154


新編 悪魔の辞典 (岩波文庫)Book新編 悪魔の辞典 (岩波文庫)


著者:アンブローズ ビアス

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「日本の若者は何を考えるのか 20代の若者は現在の生活に満足」、『毎日新聞』2011年11月21日(月)付。


W1_dscf2096


-----

日本の若者は何を考えるのか 20代の若者は現在の生活に満足

 ◇格差や貧困に当事者意識ない
 ◇古市憲寿(ふるいち・のりとし=東京大学大学院総合文化研究科博士課程)

 長らく日本の若者の政治離れが叫ばれてきた。「政治に興味がない」「投票に行かない」「ましてやデモになんて行くはずがない」、と。しかし、その若者が東日本大震災以降、積極的にデモに参加しているようなのだ。
 特に多くの人を巻き込んでいるのが、東京・高円寺の雑貨リサイクル店「素人の乱」が中心となって企画する一連の脱原発デモだ。4月に高円寺で行われた「原発やめろデモ」には約1万5000人(主催者発表)が集まり、駅一帯は数時間お祭り騒ぎに包まれた。その後も、5月、6月、8月、9月に都内で相次いで同様のデモを行い、毎回5000~2万人(同)の人々が参加した。
 そんななか、米ニューヨークで多くの若者が反格差を訴える運動「ウォール街を占拠せよ」が盛り上がっているというニュースが飛び込んできた。
 日本でもここ数年、格差が拡大し若者の貧困が問題になってきた。また、脱原発デモを主導してきた「素人の乱」は、リーマン・ショック以降に格差社会に対する抗議運動も積極的に行ってきた集団でもある。このため、米国から各国に呼びかけられた反格差の「国際行動デー」の10月15日、日本版の「オキュパイ・トウキョウ(東京を占拠せよ)」にも多くの人が集まるのではないか──。そんなことを本気で期待していた人がいたかどうかはしれないが、当然、そういうことは起こらなかった。告知は欧米と同様、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアが使われたが、実際に日比谷や六本木などに集まったのはせいぜい数百人だった。しかも、年齢的に「若者」と呼べる人はほとんどいなかった。

 ◇格差に現実感ない
 なぜ、日本の若者は反格差デモに反応しないのか。告知期間が短かったことあるが、そもそも日本に住む若者がどれだけ「格差社会」なるものに現実感を持っているのか、という問題がある。
 例えば、米国であれば貧困層と富裕層が明確に分かれている。世界トップレベルの私立大学の授業料が年間数百万円にのぼる半面、公立大学の進学費用も工面できずに、やむなく手当や奨学金目的に軍隊に入隊する若者もいる。また、天文学的な金額の金融取引が展開されるウォール街の片隅で、貧困線ギリギリの賃金で働く移民労働者がいる。米国で「1%の富裕層が富を独占している」というスローガンに現実感があるのは当然だろう。
 つまり、敵が明確なのだ。エジプトのムバラク政権やチュニジアのベンアリ政権などの独裁者の存在が民主化運動につながった中東のように、米国でも「1%の富裕層」がわかりやすい攻撃相手になっている。
 一方の欧州は、もともと若者のデモが盛んなうえ、若年層の失業率はとにかく高い。経済協力開発機構(OECD)によれば、2010年のスペインにおける15~24歳の失業率は41.6%、ギリシャは32.9%、福祉国家のイメージばかり言いはやされるスウェーデンでも25.2%。日本の9.2%という数字は世界的に見れば低水準だ。
 そして、高等教育機関を出ても未経験者にはほとんど働き口のない欧州と違い、日本には新卒一括採用制度がある。一部の優良大企業の席を争う「就活レース」に批判も多い半面、中小企業の有効求人倍率は4.41倍(10年)で、4社の中小企業が1人の学生を取り合っている計算になる。もちろん、サービス残業の強要やパワーハラスメントなどの違法行為が常態化している「ブラック企業」問題もあるが、欧州に比べたら大卒というだけで何とか働き口が見つかる日本は「若者に優しい社会」だといえる。
 さらに、若者自身が果たして日本社会で生きることに不満なのかも疑問だ。内閣府の「国民生活に関する世論調査」(10年)によれば、現在の生活に満足していると答えた20代の割合は、男性65.9%、女性75.2%だった。格差社会の名の下、不幸さばかりが吹聴される若者だが、生活満足度は約7割にも及ぶ。また、20代男性では1970年の52.2%と比べると、10%以上上昇し、近年では若年層ほど満足度が高い。
 また、同調査では、今後の生活の見通しも聞いているが、20代の65.4%が「同じようなもの」と答え、「悪くなっていく」は11.5%しかいない。さらに、「悪くなっていく」と答えた40代は24.7%、50代は35.4%に達している。つまり、20代より40代、50代の方が社会に強い不満を持っているのではないか。
 「若者が立ち上がって社会を変えてくれる」という勝手な期待をしている人には悪いが、当の若者はどうやら今の日本社会を、そこまで悪いものだとは考えていないようだ。

 ◇脱原発デモはオフ会
 ではなぜ脱原発デモには1万人規模の人が集まったのか。1つは、脱原発が「わかりやすい敵」として立ち現れたからだ。福島第1原発事故のような大惨事が起これば、誰だって原発に不安を持つ。ただ、1万人が集まったところで、特に社会は変わっていない。
 そもそも「素人の乱」は、「家賃をタダにしろ一揆」や「ニート祭り」など、まるでお祭りやピクニック気分の雰囲気で「誰でも参加しやすい入場料無料のカーニバル」のようなデモを主催してきた。3・11以降の脱原発デモも、インターネットで知り合った仲間が月1回実際に集まる「大規模なオフ会」のようなものだ。事実、4月10日のデモには、同日が投票日で原発政策も争点だった東京都知事選挙が行われたが、投票しなかった参加者もいた。
 「しょせん、オフ会」だった脱原発デモに比べて、10月15日の「オキュパイ・トウキョウ」は真面目すぎた。少しもお祭りっぽくない。だから、数百人しか集まらなかった。一方、同日にオープンした有楽町阪急メンズ館の行列は600人。開店2日で10万人もの人を集めた。やはり、若者はデモより消費に魅力を感じているようだ。
 一番長続きしやすい社会運動というのは当事者運動だ。例えば、今でも最も放射性物質の影響を心配しているのは小さな子供を持つ親だろう。一方で、日本の若者は格差社会の当事者、つまり自分たちが「弱者」だという認識がない。日本で反格差を掲げたデモは広がらないし、続くこともないだろう。

 ◇格差の本質は未来
 若者にとって格差や貧困とは、未来の問題だ。20代のうちは体も健康だし、親も元気な場合が多いし、世代内収入格差も少ない。しかし、40、50代ともなれば自分の体も弱るし、親も老いてくる。同世代でも「成功者」と「落伍者」がはっきり分かれるだろう。
 今後、本格的なデモや社会運動が起こるとしたら数十年後かもしれない。93年頃から始まった就職氷河期が生んだ「フリーター第1世代」が高齢者になる頃だ。現在は消費者として元気な団塊の世代がいなくなり、モノを買う人が減る。現役人口はさらに減り、高齢者の割合は増える。すると社会保障費や年金がついには立ち行かなくなる。
 日本の落日は、欧州よりは遅いかもしれない。しかし、現在の社会制度を変えない限り、「その日」は必ず訪れる。今日、明日食べることさえおぼつかなくなったら、いくらおとなしいと言われる日本でも暴動は起こるだろう。その時に「ついに日本中の人が政治に興味を持ちだした」なんていう能天気なことを言える人がいるだろうか。
 「その日」を回避するために、誰が何をすべきか。それは若者ではなく、今、おカネも人脈も経験も相対的に豊富に持つ「年配者」の仕事ではないのか。自分は何も行動を起こさずに、リソース(資源・財源)の少ない若者が社会を変えてくれることを待つというのは「少し都合が良すぎる」、と一若者として思う。
    --「日本の若者は何を考えるのか 20代の若者は現在の生活に満足」、『毎日新聞』2011年11月21日(月)付。

-----

Wakamono2


W3_resize0168


| | コメント (0) | トラックバック (0)

真直ぐな、開かれた、信頼に満ちた眼差し

01_dscf2143


-----

 ところで、さらに明らかにしなくてはならないことは、彼らは果たしてどのような仕方で「形式的意味における世界観」に、すなわち世界を観入するその仕方に影響を及ぼしているのかということである。まずフッサールについて言わなくてはならないことは、彼が事象そのものに導き、それらの事象を鋭く精神的に眼差しのうちに保持し、真剣に、忠実時、かつ良心的に記述することへと育成したその仕方は、認識における恣意や驕慢から解放し、「素朴で、事象に忠実な、謙虚な認識態度」へと導くものである。そのような認識態度はまた、「先入見からの解放」を齎し、見いだしたものに相応する「囚われのない態度」に導く。そしてフッサールが意識して育成したこのような態度は、われわれの多くをカトリックの真理に対しても解き放ち、こうして彼の一群の弟子は、彼自身は見いだすことのなかった教会への道を見いだしたが、そのことは一つには彼に負っているのである。
 シェーラーの関心の的であったのは、批判的に吟味する眼差し(彼はそれを「瞬きをするように」と言っているが)の代わりに、真直ぐな、開かれた、信頼に満ちた眼差しを、特に価値の世界に対して向けられることであった。多くの人にとって確かにそれは解放であり、至福であったが、前にも述べられたように、シェーラーにとって、さらに彼の影響の下にある多くの人にとって、外からの刺激と自らの方法とに対して、もう少し批判が行われたほうがよかったであろうということは、ここでもはや繰り返し述べておきたい。
 ハイデッガーが形式的に現代の世界観にどのような影響を与えているかということについては、私は今日判断を下そうとは思わない。彼がここ数年の間、大学生や社会人を引きつけ、影響を与えていたことは事実である。それが現代の世界観に対してなんらかの影響を与えていることは疑うことができない。この影響がどのような種類のものであるかということは、私は「事実として」述べることはできない。それは従来よりも一層深い「生の真摯さ」に導くようになる「かも知れない」。というのは、それは決定的な生の諸問題を関心の中心に据えたからである。しかし私見によれば、それが今日までどのように生じてきたかということを見ると、現存在の崩落性が、さらには現存在を取り巻く暗闇が、つまり憂慮が一方的に強調されており、厭世的な、そればかりか虚無的な見解を推進し、われわれのカトリック信仰の要である絶対的存在への定位が損なわれているように思われる。
    --エディット・シュタイン(中山善樹訳)「現象学の世界観的意義」、中山善樹編訳『現象学からスコラ学へ』九州大学出版会、1996年、66-68頁。


-----


今日は仕事をしながら……仕事といっても市井の職場の方ですが……久しぶりにびびった。

仕事は所謂GMSというアレですが、店舗と駐車場が直結していないので、駐車場に集積された「カート」を定期的に回収しなきゃいけないんだけど、その業務で、信号待ち……道路を挟んだ向かいが駐車場……をしていると、二人の男子高校生が談笑しながら歩いていて、談笑に集中するあまり、40代後半のオサーン・リーマンと肩が当たったのですが……、、、

オサーン、いきなり、

ゴルァァァァァ

……って大音声にて、ローキック。

そして胸ぐら掴んで以下略。

めんどくさいので言及しておきますが、「一般人」ですよ。

ひさしぶりに、一般人が一般人を、ところかまわず、ガチ・ハードパワーを反射神経的に発動するのを見せていただいた。

もちろん、談笑に集中して周りに目配りをしていなかった高校生が悪いといえば、悪いのですけど、

「そこまでやる必要があるンけ?」

……っていうのもあるわけでして、、、

「はぁ、なんだかな」

……って思わざるを得ない一瞬。

いや、はや。。。

頭に来たらきたであれば、いきなり「ガチンコ」する必要はないし、もっとうまく「戦略」を選択しようとすれば、「証言」集めて「民事」でもやった方がずっとスマートですよ(勿論、僕はそれにも違和感がありますがw

しかしねぇ、、、。

いきなり肉弾戦とは……。

まるで「戦艦ポチョムキン」の階段の虐殺を思い起こさせるようなスローモーション。時間にして多分20秒くらいでしょうか。

いわゆる「フルボッコ」(涙

横断歩道の対岸での惨事でしたが、一緒にならんでいたオジサンと若者が間に入って、とりあえずクローズ。

しかしねぇ……。

「はぁ、なんだかな」

……ですよ。

物事に対して、「批判的に吟味する眼差し」っていうのは、現実な話し、必要不可欠ですよ。そしてそれを発動させるきっかけになるのが、

「おい!」

……っていう脊髄反射ですよ。

しかし、その脊髄反射に「真直ぐな、開かれた、信頼に満ちた眼差し」っていうものが随伴することができない限り、この腐った世界を「価値の世界」に転換することはサ、できないんだよなって思うんだけどねぇ。

ガチ、気分わるし。


02_resize0169


暗い時代の三人の女性―エディット・シュタイン、ハンナ・アーレント、シモーヌ・ヴェイユBook暗い時代の三人の女性―エディット・シュタイン、ハンナ・アーレント、シモーヌ・ヴェイユ


著者:シルヴィ クルティーヌ=ドゥナミ

販売元:晃洋書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「オウム裁判:きょう終結 妻亡くなり事件は終わった--松本サリン被害者の河野さん」、『毎日新聞』2011年11月21日(月)付。

Sk1_dscf2146

-----

オウム裁判:きょう終結 妻亡くなり事件は終わった--松本サリン被害者の河野さん

 オウム真理教による一連の事件は21日、教団元幹部の遠藤誠一被告(51)=1、2審死刑=に最高裁判決が言い渡され、上告が棄却されれば全公判は終結する。以前に遠藤被告とも面会した松本サリン事件の被害者、河野義行さん(61)に、事件発生時から公判終結までの思いを聞いた。【聞き手・石川淳一】

 夜、自宅の庭からカタカタと音がする。出てみると犬が倒れていた。部屋に戻ると今度は妻もけいれんしていた。子供たちを集めて救急車を呼び、私もそのまま入院した。
 翌日には病院で警察の聴取を受け、「本当のことを言ってください」と。犯人扱いされ、1カ月後の退院時にはマスコミに囲まれた。きっと逮捕されると思っていた。子供を落ち着かせるため「何もしていなくても死刑になることもある。間違うのが人間なんだ」と言い聞かせた。だからオウム真理教が起こした事件だと分かったが、恨む気持ちはすぐ切り替えた。恨んでも幸せになれない。
 それからは被害者支援の充実を訴えた。事件に唯一の功があったとすれば、被害者支援の法整備。それまでは被害者は検察の「証拠物」程度の扱いだった。あとは普通の人が犯罪に遭っても生活できる保険があるといい。被害に遭えば経済的ダメージがあるし、加害者を訴えて勝訴しても相手に支払い能力がない現実もあるから。
 08年、妻の意識が戻らないまま亡くなった。私の中では、その時点で事件は終わった。14年間、妻が回復する方法があるなら試そうとあの手この手でやってきて、あとは闘うものはない。裁判は私のグラウンドではないと思っていたから「裁判が終わるから何なの?」という気持ちだ。
 09年から4被告に面会した。遠藤さんは「たぶん死刑になるだろう」と言うので、私は「死刑判決が出たら裁判官に『呪ってやる』と叫べ」と冗談も言った。被告への被害者感情は一切ない。それを言ったらマスコミも警察も私には加害者だ。過去の負の感情は捨ててもいいと心の中で整理できている。
 今も警察とマスコミは当時とシステムが一緒だと感じる。メディアは、報じたことが翌日になって事実じゃないと分かったら修正すればいいのだが、訂正に抵抗がある。報じたことが事実でないといけないという思いは捨てればいい。
 捜査機関はメンツを捨て、有罪に持ち込むことが目的でないという考えが大事。現場にある事実は曲げてはいけない。見立て捜査でなく、事実を押さえることだ。
 口永良部(くちのえらぶ)島が最後の楽園と聞き、妻の3回忌と自分の還暦を区切りに昨年、鹿児島に移り住んだ。事件後、会社から帰って妻を介護し土日は講演と、自分の時間がほとんどなかった。これからは年金だけで釣りと温泉のスローライフ人生を送ろうと思う。

人物略歴 河野義行(こうの・よしゆき)さん
 オウム真理教が94年6月、教団進出に反対する住民との裁判が係属していた長野地裁松本支部の裁判官などを狙い、長野県松本市でサリンを発散させた「松本サリン事件」の被害者で第1通報者。事件の死者は刑事裁判上7人だが、08年8月にサリン中毒による低酸素脳症に伴う呼吸不全のため60歳で亡くなった妻澄子(すみこ)さんは8人目の犠牲者。02年から3年間、長野県公安委員を務めた。著書に「『疑惑』は晴れようとも」など。
    --「オウム裁判:きょう終結 妻亡くなり事件は終わった--松本サリン被害者の河野さん」、『毎日新聞』2011年11月21日(月)付。

-----

Sk2_resize0166


Sk3_resize0166


| | コメント (0) | トラックバック (0)

知性の一面的な訓練は、しばしば分業的な技術に導くこと、またかえりみられなかった非合理的な心の衝動にとつぜん反作用をおこさせるおそれがある

1_dscf2138


-----

 第三帝国に先立つ時代のこの観察者は、次のように語った。大学でりっぱな専門教育をうけてきた技術家、技師等々は、十年ないし十五年間は自己の職業にまったく献身的に専念し、脇目もふらずにひたすら有能な専門家になろうとする場合が、現在非常に多い。やがてしかし、三十代の中ごろないし終わりころになると、かれらが以前には決して知らなかったあるもの、かれらが職業教育をうけたさいにもかれらにはまったく近づかなかったもの--おさえつけられた形而上的要求と呼んでよいもの--が、かれらのなかで目をさます。そしていまやかれらは、なにかある特殊な精神的な仕事に、すなわち、国民のあるいは個人の幸福にとってとくに重要であると自分に思われるところの、ちょうど流行しているなにかある事柄に--それは禁酒論でも、土地改革でも、優生学でも、神秘学でもよい--はげしい食欲をもって身を投ずる。そのとき、従来の分別ある専門家は、一種の予言者に、熱狂家に、あるいはそれどころか狂信家や偏執狂に変化する。世界改革者の類型はこのようにして発生する、と。
 ここにわれわれは、知性の一面的な訓練は、しばしば分業的な技術に導くこと、またかえりみられなかった非合理的な心の衝動にとつぜん反作用をおこさせるおそれがあること、だがしかし、批判的な規律や創造的な内面性をそなえた真の調和をもたらすのではなく、いまや荒々しくかつ際限なく広がるあらたな一面性に導くことを、知るのである。
ナチス指導者の多くのもののなかには、この類型が認められると思う。たとえばアルフレッド・ローゼンベルクは、技術家として出発し、その後、かれが『二十世紀の神話』のなかで世界に布告したあの粗野な歴史哲学的複合物にとびついたのであった。
 もっとも、技術的な職業がつねに世界改革者の陶酔に先立つ必要があるとはかぎらない。熱した頭と独学の創作本能と名誉心をもつ人間もまた、技術的に規格化されたこんにちの労働作業にむりやり押しこまれるならば、心と環境のあいだのこのような衝突のなかで、内心の均衡をかんたんに失い、炎々と燃えあがる可能性がある。とるにたらぬ製図家であり水彩画家であったヒトラーは、かつて建築工事で働いて自己の貧しいパンを得なければならず、そのさい自己のユダヤ人にたいする憎悪を、救世の熱情をもって一つの世界観にまで育てあげたのであったが、このヒトラーは、このような一例である。
    --マイネッケ(矢田俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年、65-66頁。

-----


オウム真理教による一連の事件の公判が11月21日の今日、全て終わった。

結局ははっきりしないまま結審したというのが実状であることは誰の目からも否定できないし、その問題点の指摘を積み上げるだけで……もちろんその指摘には混交玉石という状況だし、どちらかといえばやや針小棒大なものが大多数を締めることも事実……山のようになるから、今更、新しい論点も何もないんだけど、気にとめておかなければならないのは、これは、決して「過去にあった事件」ということだけで「片づけてはならない」んだろうとは思う。

嚆矢から見ればおよそ20年来の問題ということになるのでしょうが、自分自身が生きている環境そのものは、その時代とエートスもシステムも殆ど代わりがない。基本的には「脇目もふらずにひたすら有能な」人材育成を目指す治育という意味では。

もちろん「脇目もふらずにひたすら有能な」人材を育成していくことは必要なんだろうけれども、それが人間の幸福に直結するのか……っていう眼から見た場合、やはり疑問を抱いてしまう。

「脇目もふらずにひたすら」走り続け、ふと立ち止まったときに、闇に転落しないという保証はどこにもない。

「脇目もふらずにひたすら」走り続けることは大事だけれども、走り続けることは不可能だから、ときどき立ち止まることはある。しかし立ち止まったときの「省察」を誰も教えてくれないし、立ち止まる行為すら疎まれるのが現在の社会認識。

思い起こせば……マイネッケ(Friedrich Meinecke,1862-1954)の『ドイツの悲劇』からで連投で恐縮ですが……、こんな話しは、オウムだけに限ったわけじゃないんだど、理性か感情か、知か無知か、合理か非合理か……って二者択一しか選択できないところに、大きな落とし穴があると思うんですが、なかなかやりきれないといいますか、考えること自体を拒むような圧倒感に涙目ですね。

しかし、まあ、いいや……ってする訳にもいかないわけなんだけど。。。

2_resize0167


世界の名著 (65) マイネッケ(中公バックス)Book世界の名著 (65) マイネッケ(中公バックス)


著者:マイネッケ

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「著者に会いたい 人権という幻 対話と尊厳の憲法学 遠藤比呂通さん」、『朝日新聞』2011年11月13日(日)付。

1_imag0927

-----

著者に会いたい 人権という幻 対話と尊厳の憲法学 遠藤比呂通さん
憲法を実践、釜ケ崎で生きる
[文]樋口大二

 1996年、36歳で東北大学法学部の助教授を辞め、その2年後に大阪・西成の労働者街「あいりん地区」(釜ケ崎)で弁護士事務所を開業した。
 「辞表を出した時点では、実は宣教師になろうと思っていたんです」
 関西の大学の神学部に通いながら、釜ケ崎でボランティア活動していこうか、そんな風に考えていたら、釜ケ崎の支援者から切り出された。「法律をやっているなら、違う闘い方があるだろう。ここには医者はいるけど、弁護士がいない」。当時は大学院で5年以上教えると弁護士資格を取得できる制度があった。
 「後になってみると、自分のミッション(使命)が実現したということかもしれません」
 大学を離れても、研究者であることまでやめたわけではない。著書での肩書も「弁護士/憲法研究者」だ。だが「もし大学に残っていたら、この本は百%書けなかったでしょう」と語る。
 野宿のテントを強制撤去されたホームレス、夜間中学の学校運営を批判して卒業文集の作文を勝手に修正された在日韓国人女性、日の丸・君が代の強制に反対して処分された小学校教師。人間の尊厳を訴える様々な依頼人たちと出会い、憲法を実践するための対話を重ねてきた。
 「幻なき民は滅ぶ、という聖書の言葉があります。人権という幻は決して虚妄ではなく、共同体が共有すべきvision(先見)なのです」
 「人権という幻」は、常に完全に実現することはないだろう。しかし、依頼者たちの苦しみと怒りの中から立ち上がってくる言葉が刻みつけた「幻」は、消えることもない。
    ◇
 勁草書房・2835円
    --「著者に会いたい 人権という幻 対話と尊厳の憲法学 遠藤比呂通さん」、『朝日新聞』2011年11月13日(日)付。

-----


2_endo02


3_resize0165


人権という幻: 対話と尊厳の憲法学Book人権という幻: 対話と尊厳の憲法学


著者:遠藤比呂通

販売元:勁草書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

近代の文化と文明に浴している人間にとっての重大な問題は、精神生活における合理的なちからと非合理的な力のあいだの健全な、自然な、そして調和的な関係である

1_dscf2066


-----

 近代の文化と文明に浴している人間にとっての重大な問題は、精神生活における合理的なちからと非合理的な力のあいだの健全な、自然な、そして調和的な関係である。なぜなら、まさにこの近代の文化と文明こそ、それのもつ特性によって、この均衡を脅かしているからである。
 悟性と理性が--非常に大ざっぱに、しかしわれわれの目的にかなうように考察するならば--一方の領域の力であり、心情、空想力、欲求および意欲が、いま一方の領域の力である。けっきょくは理性が、それゆえ合理的な力が、心の波動全体を支配すべきものである。しかしこの理性は、その最高、最良の働きをするためには、それ自身すでにまた、非合理的なもろもろの力によって養分を与えられなくてはならない。心情は理性に、よきものへの、利己心の抑制への、あらゆる倫理的、宗教的な目標への道を、空想力は美しいものへの、それとともにまた利己的-感覚的な欲求からの心の解放への道を示さなければならない。さらにまた心情と空想力とは、世界を理解する任務をもつ悟性をも、すなわち認識や真理への衝動をも養い導かねばならないが、しかしこのことは、要領よく、慎重に、かつ暴力を加えることなく行われる必要がある。しかしながら、よいもの、美しいもの、真なるもののすべての領域において最後に行政権を行使しなければならない意志は、理性の女王に服従すべき義務がある。なぜなら、理性とは、心のもろもろの力の全体から高まって、それらをすべてじゅうぶん理解し、和解させ、指導する支配者だからである。
 心の個々の力の一面的な発展はどんなものでも、それが合理的な力であろうと非合理的な力であろうと、全体をかき乱すおそれがあり、だんだん高まってゆくと最後には、個人にとっても集団にとっても民族全体にとっても、悲惨な結末に達し、思いがけない大事件が嵐のように殺到して、それらを危険な方向に追いこむ可能性があるのである。
 このような嵐が当時ドイツ人を襲ったのであって、この嵐に完全に抵抗したのは、ほんのわずかな人々だけであった。
    --マイネッケ(矢田俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年、62-63頁。

-----

理性的に振る舞おうとも、非合理にあこがれようとも、その態度が中途半端であるかぎり、ややもするとそれとはまったく意図しない方向に雪崩をうってしまうということは、おそらく「よくある話」の一つなんだろう。

そしてそれを加速させているのが、コンテンツの吟味を割愛した「専門」風「教育」ということなんだろうけれども、これは、今に始まった話ではないということ。近代という社会システムがそうした感情や非合理を嫌悪する分断知に依拠することに一つの起源があるのであり、裏返すならば、その合理的「計画」知は、感情や非合理を合理的に検討しよういう挑戦を「前世紀の遺物」として退けてしまい、関わるという視座を割愛してしまったしっぺ返しかも知れない。

合理的・計画性・経済性によってすべてが吟味できるわけではない。しかしその規準で、本来は勘案すべき問題を見逃すことによって、かえって、免疫がなくなってしまった……。

そういうところもおそらくあるのじゃないかとも思う。

理性的であるから優れているわけでもないし、非合理であるから「ありがたい」ものでもない。その両者とも人間に由来する事実をわすれて、どちらか一方のみを先鋭化してしまうとろくなことはありゃアしないということでしょう。

「心の個々の力の一面的な発展はどんなものでも、それが合理的な力であろうと非合理的な力であろうと、全体をかき乱すおそれがあり、だんだん高まってゆくと最後には、個人にとっても集団にとっても民族全体にとっても、悲惨な結末に達し、思いがけない大事件が嵐のように殺到して、それらを危険な方向に追いこむ可能性があるのである」。

時代の嵐を直接経験した歴史家・マイネッケ(Friedrich Meinecke,1862-1954)のこの指摘は重いものがありますねぇ。

蛇足ですが、写真は先週いただいた「北海道産・仙鳳趾牡蠣」。
なかなかウマシでした(汗


2_resize0164


世界の名著 (65) マイネッケ(中公バックス)Book世界の名著 (65) マイネッケ(中公バックス)


著者:マイネッケ

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「時代を駆ける:谷口ジロー」、『毎日新聞』1~9

Tg1_dsc03077


-----

時代を駆ける:谷口ジロー/1 欧州へ日本の日常漫画

 ◇JIRO TANIGUCHI
 普通の日本人の日常を描く、一見目立たない日本人漫画家が、その精密な絵とストーリーの独創性から欧州で人気を集めている。谷口ジローさん。64歳。古里鳥取を舞台に家族の葛藤と絆を描いた代表作「遥(はる)かな町へ」は最近10年間で仏、独、西のコンクールで最優秀賞を受賞した。「母国以上」(仏紙)と評される人気の秘密は何なのか。

 自分ではよく分かりません。例えば「遥かな町へ」は東京で働く48歳の主人公が、帰省中の鳥取で14歳当時の自分にタイムスリップし、青春を再体験する物語です。テーマは、あの時こうしておけばよかったという後悔、やり直したいという願望。独創性というより、人間の普遍的な要素が共感を得る場合が多いのかもしれません。昨年、この作品はベルギー人の監督が実写映画化しましたが、私が描きたかったことが上手に表現されていた。人間の感性は同じなのだと思いました。

 《技術的には、BD(フランスなどの漫画)の影響が背景とも考える》
 20代の頃、東京・銀座の洋書店でメビウスという仏漫画界の巨匠の作品を手にし、描写力に圧倒されました。日本の漫画が比較的省略化やデフォルメ(誇張)を多用し、コマのつながりもダイナミックなのに対し、欧州の漫画は静的で一つ一つの絵をじっくりと描き込みます。私は欧州の漫画の模写を繰り返したので、無意識にその影響が出ているかもしれません。
 また、私の漫画は普通の人の日常を描いた大人向けの作品が多いのですが、欧州にはそうした文学風の漫画を受け入れる文化があります。それが、ヒーロー物を中心とした少年、若者向けの漫画が主流の米国より、欧州で評価される理由なのかもしれません。

 《今年7月には、数々の作品が翻訳、出版された功績で、仏政府から芸術文化勲章が贈られた》
 昨年、一昨年とブリュッセル、パリでサイン会を開きましたが、小学校高学年ぐらいの子どもからお年寄りまで集まってくれました。日本での私の読者は20~40代が中心なので、日本より幅広い層の人たちが読んでくれていると感じました。
聞き手・宮川裕章 写真・塩入正夫/今週は火~木、土曜日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 本名・谷口治郎(じろう)。漫画家。鳥取市出身、1947年8月14日生まれ(写真は、参考文献であふれる東京都内のアトリエで)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/1 欧州へ日本の日常漫画」、『毎日新聞』2011年11月1日(火)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/2 漫画好きは漫画の道へ

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《鳥取の洋服仕立て職人の家に生まれる。3人兄弟の三男。子供の頃から漫画が好きだった》

 小学生の頃は、「鉄腕アトム」や、親に連れられ見に行った映画のシーンなどを広告の紙の裏に描いてばかりいました。後に影響を受ける小津安二郎監督の映画も見ましたが、当時はまだ幼く、退屈に感じました。
 中学、高校では少年漫画誌に応募しようと描き始めるのですが根気が続かず、漫画家になりたいのだけれど、その方法も分からず、なれるわけがないと思っていました。

 《高校卒業後、漫画とは関係のない京都の会社に就職した》
 成長するにつれ、田舎から出たいと思うようになりました。就職したのはスカーフなどをデザインし、工場に発注して販売店に卸す会社。デザインの仕事ができると思ったのですが、入ってすぐの私の担当は商品の配達や発送ばかり。そんな時間を過ごす中、自分がどれだけ漫画が好きで、漫画を描きたいのかということに気づきました。
 その頃、東京の知り合いが、漫画家のアシスタントの仕事を紹介してくれました。当時、少年漫画を描いていた石川球太氏のところです。東京まで面接に行くと、「漫画を一本描いてきなさい」と言われました。今考えると、私がどこまで漫画が好きなのか試されたのだと思います。
 京都に帰り、仕事の後、3カ月かけて約30ページを描き上げました。主人公の侍が西部劇の時代の米国をさすらう筋書きの、今見ると恥ずかしくなるようなひどい絵の漫画ですが、夢中で描きました。

 《漫画を送ると石川氏に採用され、会社を辞め上京。ほかのアシスタント2人との4畳半一間の共同生活が始まる》
 これで好きなことができると思いました。不安より期待の方が大きかった。住み込みで給与は月3000円ぐらい。普通に考えると生活は苦しいのですが、毎日が新鮮で、何も大変だと感じませんでした。石川先生のもとで、漫画の描き方から売り込み方まで、すべてを学びました。結局、アシスタントは5年勤めて独立しました。やはり自分独自の作品を描きたくなったのです。
聞き手・宮川裕章/今週は火~木、土曜日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳(写真は小学3年生の1956年ごろ、古里の鳥取市で友人と。「当時漫画家になれると思っていなかった」=本人<左>提供)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/2 漫画好きは漫画の道へ」、『毎日新聞』2011年11月2日(水)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/3 自分の新スタイル確立

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《71年、24歳で「嗄(か)れた部屋」でデビュー。86~97年に雑誌に連載した作家関川夏央氏との共作「『坊っちゃん』の時代」は、夏目漱石ら明治の文豪たちを描いた異色の作品で、手塚治虫文化賞を受賞。漫画家としての転機となった》

 関川氏とは駆け出しのころから一緒に仕事をしてきましたが、シナリオを渡された時、これは新しい漫画になる、でもこれまでの技術では表現できないのではないかと思いました。明治の時代感をどう表現すればいいのか。映画的な描写の細かさだけでなく、舞台劇のような雰囲気も重視しようと思いました。
 漫画を描く前には、古い建物を見たり図書館や博物館で資料を集めますが、写真や映像で見る明治の風景は薄暗く、重い感じがする。でも実際は、当時の空気は今より澄んでいたはずだし、今は古くなった建物も、当時は新しかった。人々が明るく前に進もうとしていた時代を暗く表現しない方がいいと思いました。
 技術的には絵の一部を黒く塗りつぶす「ベタ」という手法を減らしたり、手書きで斜線を引くところをスクリーントーン(漫画用の柄付きシール)で代用したり、描きながら試行錯誤を繰り返すうち、空気が澄み、絵の雰囲気が明るくなりました。今見ても、連載の中盤あたりから、自分の絵が変わってきているのが分かります。

 《関川氏は作品のあとがきで「自分は物語の精密な脚本を書き、谷口氏の才能と実力は、物語の速度、キャスティング、カメラワーク(構図)を含む「演出」に発揮される」と述べている》
 テンポ、速度も漫画の重要な要素です。その機微はせりふの分量、コマの大小などで表しますが、これは欧州の漫画にはあまり見られない日本の漫画の技術の一つです。「『坊っちゃん』の時代」では、普通の漫画よりテンポを緩めたり、ふと大きいコマで流れを止めて明治という時代を見せたり、いろいろ技法を試しました。シナリオ作家との共同作業は、自分で書く場合以上に潜在能力を引き出してくれます。この作品で自分の新しいスタイルを確立できた気がしました。
 聞き手・宮川裕章(写真も)/今週は火~木、土曜日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳(写真は作画。精密な筆致は欧州の漫画家の影響を受けた。丁寧に描くため1ページ完成させるのに3日かかることもある)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/3 自分の新スタイル確立」、『毎日新聞』2011年11月3日(木)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/4 小津映画の面白さ知る

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《普通の人の散歩、そこから見える風景を描いた「歩くひと」はせりふがほとんどなく、絵そのもので表現するスタイルを取った》

 この作品を描いたのはバブル末期の90年。日本中が忙しく走り回っている印象がありました。このままでは日本はだめになるのではないか。もっとゆっくりでいいのではないかと感じていました。人間は長い距離を走り続けることはできません。逆にゆっくり歩くことで、普段は見えなかったものが見えるのではないか。そんなメッセージを込めました。
 作中の主人公は私自身で、連れて歩く犬は、当時飼っていたサスケがモデルです。サスケと実際にゆっくり散歩すると、今まで見過ごしていた小さな路地や、名も知らない鳥、マンホールの蓋(ふた)の模様などが目に映り、新鮮な輝きを持ちました。
 描いた当初は「気持ちいいな」「きれいだな」というせりふを入れたのですが、編集者と話し合い、感嘆文や感情を表す形容詞をできるだけ省略しました。次第にせりふが減り、後半部分ではほとんどありません。こうなると、表情や背景が非常に重要になる。この作品から、背景を重要なキャラクターと考えるようになりました。

 《参考にしたのが小津安二郎の映画だった》
 子供の頃、あれだけ退屈だった小津映画でしたが、改めて見て、優れた表現力が分かりました。日常を淡々と描き、オーバーな表現はありませんが、演出が自然で、何気ないせりふや映像に現実感がある。こんなに面白い映画だったのかと。
 例えば「東京物語」には、田舎で母親が危篤になるシーンがあります。東京で電報を受けた子供たちは心配しながらも、「喪服を持っていった方がいいか」と相談する。この少し別の角度から見たような細部の演出。自然さと、何でもないようなところをしっかり描く大切さを、漫画にも生かせると思いました。
 結局、バブル期の日本人に向けたメッセージを込めた「歩くひと」でしたが、日本でそれほど評価されませんでした。しかし、後に、意外な国の人たちに注目されました。フランスでした。
 聞き手・宮川裕章 写真・塩入正夫/次回は8日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳(写真はアトリエ近くでの散歩。仕事は1日8時間。休日は妻と過ごす。「有名になろうとも思わない。ゆったり描きたい」)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/4 小津映画の面白さ知る」、『毎日新聞』2011年11月5日(土)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/5 仏で予想外の高評価

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《91年、初めてフランスを訪れた》

 仏西部のアングレームで毎年行われる世界最大級の漫画イベント「アングレーム国際漫画祭」に日本の出版社の企画で参加しました。世界中の出版社、漫画家が集まるイベントで、その年は日本を特集する「日本年」でした。そこでフランスの出版社から「日本の漫画をフランスの読者に紹介したいのだが、誰かいないか」と日本の出版社に声がかかったそうです。
 せりふがほとんどないのが、翻訳が楽で良かったのかもしれません。何人かの作品の中から、私がそのころ描いた「歩くひと」が選ばれ、翻訳出版が決まりました。
 すると、日本ではほとんど話題にならなかった作品が、フランスで「詩のようだ」とか「音楽が聞こえてくる」などと予想もしなかった評価をされ始めました。

 《当時フランスでは既に日本のテレビアニメや少年向け漫画が流入し、一部で過剰な暴力シーンが批判を受けていた》
 「歩くひと」のフランスの読者から「こんな漫画は見たことない」と言われましたが、肯定的な響きがありました。当時批判された日本の漫画にも、こんなジャンルもあるのだ、幅広さを知ってもらえたのだと思います。私自身、この作品で初めて普通の人の日常を描くことができ、またそれが遠く離れたフランスで評価されたことは自信になりました。 そしてこの漫画祭で大きかったのは、出版社を介し、20代の頃から尊敬する仏漫画界の巨匠・メビウス氏と出会ったことです。日本での手塚治虫氏のような存在。私が緊張しながら自分の作品を手渡すと、ページをめくり「すごい」と褒めてくれました。社交辞令だったのでしょうが、とてもうれしく思いました。
 漫画祭は、漫画家同士や漫画家と読者が直接触れ合う場を提供し、日本にはないものでした。作品はどれも手作りの感触のある絵本のような仕上がりで、うらやましくも感じました。この漫画祭をきっかけに、私の仏漫画界での人脈は広がりました。ただ、数年後、メビウス氏の原作で漫画を描くことになるとは、想像がつきませんでした。
 聞き手・宮川裕章/火~土曜日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳(写真は1991年1月、仏アングレーム国際漫画祭で。憧れる仏漫画界の巨匠・メビウス氏と会う=本人<左>提供)
    「時代を駆ける:谷口ジロー/5 仏で予想外の高評価」、『毎日新聞』2011年11月8日(火)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/6 古里の温かさは一緒

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《93年ごろ、久しぶりの帰省で古里のありがたさを痛感した》

 末っ子の気楽さからか就職以来、鳥取市内の実家にはあまり帰りませんでした。旧友からの誘いで15年ぶりに帰省すると、古里の町は、思ったほど変わっていませんでした。長く帰らなかったことに後ろめたさを感じていましたが、家族、親戚、友人みんなが温かく迎えてくれ、久松山(きゅうしょうざん)から鳥取の町を見渡した時、帰る場所がある喜びがこみ上げました。仕事に追われ、古里のぬくもりを忘れ、変わったのは自分だったと感じました。
 94年、「父の暦」という作品を描きました。父の通夜で鳥取に帰省した主人公が、周囲の人からの話で生前の父の悩み、家族への愛情に初めて気づく物語です。私が4歳の時、市街地の大半を焼いた「鳥取大火」や、焼け跡でのバラック暮らしなど、記憶をたどって場面を設定し、地元の図書館にも協力してもらい、資料を参照しながら町並みを再現しました。物語は架空ですが、父の悩みに気づかない主人公を描いた背景には、私の父の存在があります。父は黙々と働く洋服仕立て職人でしたが、若い頃画家になりたかったそうです。家庭の事情で断念したことを、私も大人になるまで知りませんでした。
 そして父が画家の道を選んでいたらどうなっていただろう、と想像しながら描いたのが、48歳の主人公が青春を再体験する「遥(はる)かな町へ」でした。舞台はやはり鳥取で、古里を描くことが私にとっての恩返しでした。

 《その後、地元鳥取市では「父の暦」の読書感想文コンクールが開かれ、映画化の運動も起きている。また両作品は翻訳され、仏アングレーム国際漫画祭ベストシナリオ賞などを受賞した》
 田舎がある幸せをあらためて思います。また二つの作品とも日本の地方が舞台で、登場人物も普通の家族。欧州の読者は意識しませんでした。それでも欧州で共感が得られるのならば、それは共通の価値観、感性があるからだと思います。古里の鳥取、遠く離れたフランス、欧州に自分の作品を理解してくれる人がいることを、本当にありがたく思います。
 聞き手・宮川裕章/火~土曜日掲載です

人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳。映画化された自作が昨年フランスで公開、特別出演する(写真は09年6月、仏リヨンのロケ現場で=本人提供)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/6 古里の温かさは一緒」、『毎日新聞』2011年11月9日(水)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/7 日仏漫画に技法の差

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《アングレーム国際漫画祭での出会いから6年後の97年、尊敬する仏漫画家・メビウス氏との合作が実現する》

 「イカル」という空を飛ぶ能力を持った主人公を描くメビウス氏のシナリオを、日本人の漫画家が描き、日仏両言語で出版する企画で、メビウス氏が何人かの日本人漫画家の中から私を選んでくれたようです。
 尊敬する漫画家との合作は重圧を感じましたが、作業は想像以上に難航しました。大きなハードルとなったのが日仏の技法の差でした。1コマあたりのせりふの量がフランスの漫画は日本よりはるかに多く、例えば日本で30コマ分のせりふをフランスは15コマで表現します。これでは詰め込みすぎで日本人の感覚ではリズムが出ません。メビウス氏のシナリオが求める細かい状況説明は、そのままでは長いので、できるだけ絵で表現するよう心がけ、せりふを大幅に省略しました。

 《技法の差の背景に、両国の漫画文化の差がある》
 日本の漫画が雑誌への掲載が中心の「読み捨て文化」なのに対し、フランスには漫画雑誌がほとんどなく、読み切りで比較的高価なカラー版単行本が中心です。日本の漫画家が締め切りに追われながら、白黒で多くのページ数をかけ表現するのに対し、締め切りの緩やかなフランスでは丹念に一コマ一コマを描くのですが、情報を凝縮させます。フランスの方がじっくりと描きたい絵を自由に描き、作品に漫画家の意図を込めやすいと思う半面、日本のように雑誌編集者の意見が反映されない分、読者のニーズに鈍感になりがちで、また作品に芸術的要素が多くなるため難解になる恐れもあると思います。
 また、フランスの漫画家のペースで日本で描いていては生活が苦しいかもしれません。一長一短があると思います。
 結局「イカル」は大満足とはいかないまでも、とりあえず納得できる出来になりました。メビウス氏は「まだまだあなたは原作者の私に遠慮している。もっと自由に描いてもよかったのに」と感想を言いましたが、当時の私としては、それが精いっぱいの仕事でした。
 聞き手・宮川裕章/火~土曜日掲載です
 人物略歴 たにぐち・じろー 鳥取市出身。64歳。今やフランスで最も著名な「マンガカ」の一人(写真は09年6月、パリの友人のアトリエで=本人提供)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/7 日仏漫画に技法の差」、『毎日新聞』2011年11月10日(木)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/8 虚実のバランスの魅力

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《一昨年、フランスのダウン症の女の子と家族の苦悩、再生の物語「私の一年」を描いた。仏作家のシナリオで、仏語圏のみで出版される作品を、日本の漫画家が描くのは異例だ》

 フランスの出版社から打診があった時、難しいテーマで、どこまで描けるか不安でした。でも難しいからこそ描きたい、伝えたいと思いました。

 物語は北部ランスに住む家族が西部ノルマンディー地方の別荘に行くシーンから始まります。当然、町並みや樹木、海岸線など風景が日本と異なるうえ、食事中の手の置き場所や、親戚、家族同士の距離感など、文化、風習を知らなければ描けません。原作者から話を聞き、現地を歩き、写真を撮り、障害者施設も訪ねました。でも障害をどう描くのかという難題に直面しました。

 漫画というのは、フィクションを混ぜないと読みにくくなり成立しません。そこを「間違いだ」と言われると描けなくなる。施設で出会った子供たちは人懐っこく、とても愛らしく見えたので、その雰囲気を絵で表現しようとしました。

 だが作品が出来上がると「容姿が現実とは違う」「一目で障害があると分からない」という批判を受けました。また、話をスムーズに進めるため、主人公の女の子が気持ちを表現するモノローグ(独白)の場面では、たどたどしいものの普通に話ができる設定にしたのですが、現実は違うという意見もありました。

 障害を持つ子供の家族から見ると、その現実をありのままに描いてほしいという思いがあったのでしょうが、私はその現実を、できるだけ多くの人に分かりやすく伝えたかったのです。

 《一方で現地取材では、フランスの施設が地域に溶け込むための努力や、地域ぐるみで施設を支援する様子を実感したが、描かなかった》

 社会性を前面に出すと物語が重くなり、リズムよく読み進めなくなることもあるのです。漫画には読みやすさと正確性などのバランスが求められます。答えのなかなか出ない問いですが、そこを苦心しながら乗り越えていくのも漫画の魅力のひとつかもしれません。 聞き手・宮川裕章/火~土曜日掲載です
人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。64歳。「日仏の文化の懸け橋になれるのならなりたい」(写真は09年6月、パリの書店で自らの作品を前に=本人提供)
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/8 虚実のバランスの魅力」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

-----

-----

時代を駆ける:谷口ジロー/9止 これまでにない漫画を

 ◇JIRO TANIGUCHI
 《漫画家を目指して上京した時、ここまで続けられると思わなかった》

 私の漫画は描写が細かく手がかかるので割に合わないと言われます。今までそれほどのヒット作もありません。それでも読み捨ての一過性ではなく、単行本をずっと大事に持ってくれる読者が世界にいることを知り、この方法で間違っていなかったと思うし、このように描き続けられる環境に本当に感謝しています。

 自分自身の納得の仕方として、これまでにない漫画を描きたいという気持ちが常にあります。地味だと言われても、ヒット作にならなくても、許される限り、ほかの人が描かないようなジャンルを切り開きたい。

 これまで描き続けてきたことで少しずつ表現の幅が広がり、異なる種類の漫画を描きながら、興味の対象も広がりました。同じ本を読んでも映画を見ても、以前は見過ごしていた部分に新しい発見をすることがある。そこをヒントにまた新しい作品を描きたい。

 《次はフランスの日常を日本に伝えたい》

 最近描いた「ふらり」は、江戸時代の測量家をモデルにした人物が江戸の街を歩く話で、行き交う人々とのやり取りや街の風情を楽しんでもらおうという作品です。作中ではアリや鳥、トンボの視点からの風景を、江戸時代の資料や明治の写真を基に再現しました。構図、視点の面白さを出そうという試みです。

 今度は、このフランス版を描きたいと考えています。さまざまな構図、視点でとらえるパリの町並みの中、日本人の主人公が歩き、道に迷い、フランス人とふれあう。その漫画で、フランス人の日常生活を紹介したいと思っています。日本の漫画は今ではフランスに浸透し、日本の日常生活を漫画を通して知るフランス人は多い。それに比べフランスの日常生活を描いた漫画は日本であまり出ていないと感じます。そこを広げていきたい。

 私は漫画を小説と映画の中間と位置づけています。絵と文の両方で多くのものを描ける力強い表現法です。できるだけ多くの人に、その魅力を伝え続けていきたいと思っています。=谷口さんの項おわり
聞き手・宮川裕章 写真・塩入正夫/15日から日本駆け込み寺代表の玄秀盛さん
 人物略歴 たにぐち・じろー 漫画家。鳥取市出身。64歳。今年7月、仏政府から芸術文化勲章受章。「漫画に限界はないと思う。哲学だって描けるかもしれない」
    --「時代を駆ける:谷口ジロー/9止 これまでにない漫画を」、『毎日新聞』2011年11月12日(土)付。

-----

Tg2_resize0161


Tg3_resize0162


| | コメント (0) | トラックバック (0)

人間を見よ、そうすれば諸君は、世界についてどう考えるべきであるかを、知るであろう

A_dscf2037


-----

 世界がどれほどの価値あるものなのかということを、世界の最小の小部分でさえも、顕示してくれるに違いない、--人間を見よ、そうすれば諸君は、世界についてどう考えるべきであるかを、知るであろう。
    --ニーチェ(渡辺二郎訳)「哲学者の書」、『ニーチェ全集』第3巻、ちくま学芸文庫、1994年、305頁。

-----

ちょうど先月から「休み」なしで1ヵ月が経過……。
人間やればできるもんだな……と思いつつ、もう二度とやりたくないと思いつつ、次の休みがいつなのか予定も立てられず……という負のジレンマ。

嘆いてもイタシカタありませんので、とりあえず目前のタスクを消化して無理にでもこじ開けるしかありませんね。

さて……。
今日は、息子殿の学習発表会のため、朝は小学校へ。
あらかじめ、舞台のこのへんに立つ予定……っていうのは事前に聞いていたので、

「では、このへんで」

……って待機していると、実際は、全く逆!!!

当初は撮影するにはベストポジションを確保した!

……という臆見が瞬く間に木っ端に。。。

まあ、しかしながら、それはそれで、普段、向かい合うことのない?方向からの「観察」となり、、、

「ほお、こういう顔をしているのかァ」

……などと認識を新たにした次第です。

見過ごしてしまうことはシカタガナイとしても、ハナから「まあ、こういうもんだよね」って状況を固定化・単純化させればさせるほど、世界は価値あるものではなくなってしまう。

冒頭に掲げたニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche,1844-1900)の言葉は、そのことをそっと教えてくれますね。
A_resize0163


ニーチェ全集〈3〉哲学者の書 (ちくま学芸文庫)Bookニーチェ全集〈3〉哲学者の書 (ちくま学芸文庫)


著者:フリードリッヒ ニーチェ

販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「木語:神風の「もしも」=金子秀敏」、『毎日新聞』2011年11月17日(木)付。

M1_dscf1992

-----

木語:神風の「もしも」=金子秀敏

 <moku-go>

 元寇(げんこう)の沈没船が長崎県松浦市の鷹島(たかしま)付近で見つかった。泥に埋まった竜骨(キール)の長さは確認されただけで12メートルあった。全長20メートルを超える大型船らしい。「神風」の威力を物語っている。
 1281年「弘安の役」では元軍の艦隊が鷹島に集結した。元軍は朝鮮半島を出た「東路軍」と中国浙江省寧波(ニンポー)を出た「江南軍」に分かれていた。両軍は平戸島の沖で合流した。計4400隻の船団に将兵14万人。
 7月27日、博多を攻撃するために元軍主力が鷹島に移動した。その3日後、台風が吹いた。(佐伯弘次「モンゴル襲来の衝撃」中央公論新社)
 東路軍の船には、モンゴル軍とモンゴル支配下の高麗軍が乗っていた。当時の高麗船には竜骨がなかったという。
 江南軍の船は竜骨のある中国船である。モンゴル人司令官のもとに、金国出身の張禧(ちょうき)、李庭(りてい)と南宋出身の范文虎(はんぶんこ)が率いる3艦隊で構成されていた。金国も南宋もモンゴルに征服された国。金は中国の北、南宋は南にあった。
 中国の史書「元史」は「8月、台風大いに作し、文虎、庭の艦隊みな壊る。禧の部隊のみ完なり」と書く。(「旧唐書倭国日本伝・宋史日本伝・元史日本伝」岩波文庫)
 張禧は、船と船との間隔を50歩以上あけて停泊させたが、ほかの船は密集していた。そのため高波でぶつかり合い壊れたという。鷹島の沈船は范艦隊か李艦隊の主力艦である。
 「士卒の半ばが溺死」という被害を出した。だが、「歴史のもしも」があるなら全艦隊が張禧の命じたような台風対策をとっていれば神風の効果はもっと小さかったかもしれない。
 台風一過、張は「死を脱した兵はすべて精鋭である。失った食糧は敵地から奪い取れ」と戦闘継続を主張した。戦いに敗れて帰国すれば司令官は死罪である。だが、范は「責任はおれが負う」と言って、張から船を分けてもらい帰国した。
 平戸島に4000人の上陸部隊が取り残された。張は船から軍馬70頭を降ろして兵を収容して帰った。後に范は死罪、張は罪を免れた。沈船の写真で歴史のエピソードが身近に思えてくる。
 「元寇」を、中国では「元日戦争」と呼ぶ。元旦ではない。元朝中国と日本の戦争という意味である。
 たしかに「寇」は強盗行為で、国権の発動たる戦争のことではない。台風を「神風」と言ったり、侵略戦争を「元寇」「蒙古襲来」などと軽く言うのはなぜだろう。その後の日本人の安全保障観に悪影響を与えた。(専門編集委員)
    --「木語:神風の「もしも」=金子秀敏」、『毎日新聞』2011年11月17日(木)付。

-----

M2_resize0159


M3_resize0158


| | コメント (0) | トラックバック (1)

あたりの黄ばんだ葉を濡らしながら、地面と植物が発散させるあの十一月の香りを強めながら


A0n

-----

 わたしたちが帰路につくためにふたたび俥の中に腰を下ろすころには、もう地平線の上には黄ばんだ太陽の最後の一端が残っているばかり。
 黄昏の中を、わたしたちは今朝と同じ道を反対の方向にとって返す。小さな谷々の同じ迷路の中の、わたしたちの視野を仕切る小さな丘陵の同じ連なりのあいだにある、あの同じいくつもの稲田を縫って。
 空はヴェールのように落ちてくる大きな雲のためにそっくり蔽われてしまう。そして驟雨がわたしたちの上を通り過ぎる。あたりの黄ばんだ葉を濡らしながら、地面と植物が発散させるあの十一月の香りを強めながら。
    --ピエール・ロチ(村上菊一郎・吉永清訳)『秋の日本』角川文庫、昭和二十八年、98頁。

-----

いちばん過ごしやすいのが僕としては11月かなぁと思うのですが、月曜日、大学へ出講したおり、キャンパスの紅葉がそろそろいい感じではじまりましたので、速報的に紹介しておきます。

A1_dsc03141

A2_dsc03148


A3_dsc03149


A4_dsc03152


A5


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「語る:加藤尚武さん 『災害論』を刊行」、『毎日新聞』2011年11月17日(木)付。

K1_dscf1990

-----

語る:加藤尚武さん 『災害論』を刊行

 ◇原発事故は哲学への挑戦
 福島第1原発事故の背景には、原子力をめぐる高度な技術の壁が潜んでいる。未曽有の事態を前に、何を出発点に、どんな順番で考えるべきかが見えない不安も人々の中にある。哲学者の加藤尚武さんが今月刊行した『災害論--安全性工学への疑問』(世界思想社)は、錯綜(さくそう)する問題の糸を一本一本解きほぐしていく本だ。いま何が問われているのか、加藤さんに聞いた。【大井浩一】

 原発の「安全神話」を崩壊させた事故には、さまざまな反応が起きた。「関東大震災の時と同様に天罰説も出ましたし、自然に対する技術のおごりだという人もいました。しかし、おごりがあったとしても、取るべき対策が存在する『答えのある問題』を考えることが大切です」
 この本では「原子力発電のコスト」に1章を割き、エネルギー資源としての原子力の利用について「長期にわたる、あらゆるコスト・ベネフィット(費用と利益)を厳密に評価しなければならない」と述べた。
 環境倫理学が専門の加藤さんは1996年から5年間、国の原子力委員会専門委員を務めた。昨年からは日本学術会議の「放射性廃棄物と人間社会小委」で、主に高レベル放射性廃棄物の処理問題を考えてきた。
 「原発の存続か廃止かを議論する前に、既にある大量の廃棄物をどう処分するかを決めざるを得ません。膨大な費用がかかるなら存続は無理でしょう。私は、高レベル放射性廃棄物の放射能が自然と同じ水準まで低下する10万年間のコストを、実際に支払うかどうかは別にして計算すべきだと主張してきました」
 コスト・ベネフィット評価で有名なのは、70年代の宇沢弘文氏による「自動車の社会的費用は利益を上回る」との指摘だ。ところが、その後も自動車は増えている。これは「歩道橋や街灯の設置、救急医療体制の改善といった社会全体の努力で、交通事故死者が減少した結果だ」と話す。
 「原子力では安全対策に関し、自動車以上にしっかりした吟味が必要なはずです。しかし、実は原発を推進してきた人たちも、原子力利用を進める合理的な理由があるかどうかは知らなかったのではないでしょうか。先の戦争で、誰も日本が勝てるという情報を持たないのに、誰かが知っていると思っていた、というのと同じかもしれません」
 原発事故のリスクに関しては、「確率的安全評価」の手法を問題視し、これを巧みに論じた原発推進派の米物理学者、H・W・ルイス氏を批判する。
 「『低い確率で起こる大きな損害=高い確率で起こる小さな損害』という確率論の公式通りの考え方を、彼は原発にも当てはめます。原子炉事故対策では最悪の場合を考えてはならない、とまで言う。しかし、確率は低くても損害が過度に大きい原発事故のようなケースで、この公式を適用すべきかどうかは別問題です」
 現在は確率論自体に「カオス(混沌(こんとん))理論」が導入され、新しい理論を用いた研究では「原子炉の暴走を止められなくなる可能性」が示されていたことも紹介している。金融市場のリスクが発生する原因とも共通するメカニズムだという。
 ただし、加藤さんは一方的に原発反対を主張するわけではない。「純粋に技術面で考えると、今の日本のレベルでも原発事故が起こらない可能性はあったと思います。原発のシステムに対しては、もっと合理的な疑問をたくさん出し、将来像をきちんと検討すべきだというのが私の立場です」
 その立場は、テクノ・ファシズムとテクノ・ポピュリズムの対立という見方に表れている(別稿参照)。原発でいえば推進派と反対派に相当するが、従来、両者は互いの主張をぶつけながらも議論はかみ合わなかった。この構図は事故後も変わっていないと見る。
 突きつけられているのは「どちらの間違いも排し、合理的で民主的な判断が可能な情報システムをどのように作るか」という課題だ。「原発事故対策では、前提として地震学と原子力工学など異なる専門家の間の情報を、どう調整するかを考えなければなりません」
 「原発事故によって哲学が挑戦を受けている」と感じたことが、執筆の動機になったという。考察は「合意形成のあり方」にも及んでいる。その際、注目するのは放射性廃棄物をはじめ、資源の枯渇、環境劣化、国の借金など「未来世代に不利益を及ぼす問題」だ。 「どれも現在の世代の多数決による合意では対応できない。未来世代の利害を入れた正義は可能か、という問いかけです」

 ◇テクノ・ファシズムとテクノ・ポピュリズム
 テクノ・ファシズムは「科学技術の専門家集団が、一定の信念のもとに、国民的な合意形成を無視して、一定の技術政策を強行すること」を指す言葉。テクノ・ポピュリズムは「技術情報を公開し、多くの国民が直接参加して決定すれば、必ず合理的な解決に達する、という主張」を指すもので、いずれも加藤さんが著書で用いている。

 『災害論』では、原子力技術を例に、技術の水準が高くなると専門家が独走する危険、すなわちテクノ・ファシズムの危険が高くなると述べている。これに対し、テクノ・ポピュリズムは情報公開を要求するが、こちらは妥当な合意形成の可能性については常に楽観的な態度を取る。しかし、高度の科学的知見が必要な問題では、「たとえば国民投票で科学的に間違った決定を下す可能性がある」という。加藤さんは「専門的に見て正しく、なおかつ公平な公共的判断を行う可能性を切り開くことが、現代社会のもっとも重要な課題である」と指摘している。

人物略歴 かとう・ひさたけ 1937年生まれ。東大哲学科卒。千葉大、京大教授、鳥取環境大学長、東大特任教授などを歴任。『応用倫理学のすすめ』など著書多数。
    --「語る:加藤尚武さん 『災害論』を刊行」、『毎日新聞』2011年11月17日(木)付。

-----

K2


K3_resize0157


災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)Book災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)


著者:加藤 尚武

販売元:世界思想社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

国民的追憶に関しては、哀悼は勝利以上に価値あるものです

P1_dscf2008

-----

国民的追憶に関しては、哀悼は勝利以上に価値あるものです。というのも、哀悼は義務を課し、共通の努力を命ずるのですから。
    --エルネスト・ルナン(鵜飼哲訳)「国民とは何か」、エルネスト・ルナンほか(鵜飼哲ほか訳)『国民とは何か』インスクリプト、1997年、62頁。

-----


見落としがちな観点なので少し紹介しておきます。

19世紀フランスの宗教史家エルネスト・ルナン(Joseph Ernest Renan,1823-1892)は1882年に行った講演「国民とは何か」のなかで、国民は種族や言語、宗教や居住地理といった「自然的基盤」のうえに成立するものではなく、「日々の人民投票」にその根拠が存在すると喝破したことはよく知られている。

しかし同時に人々は、公共へ参与することによって国民として外から調教されるだけでなく、「すべての個人が多くの事柄を共有」することで内側かも調教されていく(みずからしていく)ことによって国民的「連帯心」を形成する。

そしてその中核に位置するのが「哀悼」という「国民的追憶」という装置。これはフランスのような便宜的な共和制を用いようとも、血の団結を「想像」するドイツのような帝政を用いようとも同じだ。

どのような形態をとろうとも「国民国家」が一種の誓約共同体である限り、それを強化する「共同の哀悼」という文化的行為は欠かせないということ。

そして「勝利」の記憶よりも「哀悼」の記憶が、その雰囲気を醸成するうえでは役者が一枚うえということだ。12月8日よりも8月15日にこそ沸点に達することを想起すればたやすくその経緯が理解できる。

さて……具体的には「何が?」

……などと野暮なことには言及しませんけれども、ここ数ヶ月、その粘着してくる空気に息苦しさを覚えるのはおそらく、僕一人ではあるまい。


-----

 記憶、公共性、そして記憶の創造のためのテクノロジー技術に対する省察が、20世紀を通じて存在し続けていたことに疑いはない。しかし、以下のように論じてみることもあながち無茶ではあるまい。1980年代の後半から、とりわけ1990年代になって、私たちはふたたび公共の記憶(パブリック・メモリー)のあり方についてひたすら関心を寄せるようになったと。多くの記憶が、ホロコースト、ヒロシマ、沖縄戦、植民地主義、征服、奴隷制、ヴェトナム、南京大虐殺、「慰安婦」など、深い傷を残す(トラウマティック)事件や時代を刻んでいる。そうしたさまざまな記憶を生み出しているのは、かつて19世紀から20世紀初頭にかけて、公的な記憶(パブリック・メモリー)を作成する技術において、支配的な力を及ぼしている現場、すなわち、博物館、記念碑、記念日、教科書、一般向けのさまざまな読み物、映画、などである。
    --タカシ・フジタニ(梅森直之訳)「(思想の言葉)公共の記憶をめぐる闘争」、『思想』1998年8月、岩波書店、1998年、3頁。

-----

P2_resize0160


国民とは何かBook国民とは何か


著者:エルネスト・ルナン,J.G.フィヒテ,J.ロマン,E.バリバール,鵜飼 哲,大西 雅一郎,細見 和之,上野 成利

販売元:インスクリプト
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「記者の目:米大統領候補者選びのケイン氏人気=吉富裕倫(静岡支局)」、『毎日新聞』2011年11月17日(水)付。

Km1_dscf1995

-----

記者の目:米大統領候補者選びのケイン氏人気=吉富裕倫(静岡支局)

 ◇吉富裕倫(ひろみち) 静岡支局(前ロサンゼルス支局)
 ◇白人保守層の主張に迎合か
 米国の野党共和党の大統領候補者選びは、黒人実業家のハーマン・ケイン氏(65)が草の根保守「ティーパーティー(茶会運動)」から支持され勢いがある。私は6月に米国の人種問題について「きしむ多人種国家アメリカ」を連載し、非白人人口増大や経済低迷と軌を一にし、白人保守層の一部に移民排斥などの人種差別的な感情が高まっていることを指摘した。マイノリティー(少数派)の支持が高い民主党でなく、保守勢力の共和党でなぜ黒人候補者が人気を集めるのか。米メディアでは、同氏の「白人への迎合」を指摘する見方も出ている。

 ◇貧しい家庭から経済的に大成功
 ケイン氏は人種隔離が厳しかった南部ジョージア州アトランタの貧しい家庭から身を起こし、ピザチェーン「ゴッドファーザーズ・ピザ」の最高経営責任者(CEO)に上り詰めるという経済的成功を収めた立志伝中の人物だ。
 モアハウス大学という全員黒人の男子大学を卒業。ただ、学生時代盛んだった黒人への差別撤廃を求める公民権運動には参加せず、「トラブルに巻き込まれないようにするため」勉強と学費稼ぎのアルバイトに専心した。
 政治に深く関わったきっかけは93年、当時のクリントン民主党政権が打ち出した医療保険制度改革。雇用主に従業員の保険料の8割を負担させる内容を含んでいたため、全米レストラン協会の会長の立場から、反対の急先鋒(せんぽう)として廃案に追い込んだ。 無保険者を減らし安心して医療を受けられるようにしようという制度改革は、低所得者が多い黒人には歓迎の声が強いが、ケイン氏を含め共和党・保守派は激しく反発した。昨年、オバマ政権が成立させた医療保険改革法も、「小さな政府」を求めるティーパーティーから、こっぴどい攻撃を受けている。

 ◇不法移民問題で過激発言に拍手
 そんなケイン氏だけに、白人保守派に受けのいい過激な言辞が目立つ。米メディアによると、10月15日、テネシー州のティーパーティー主催の集会で、ヒスパニック(中南米系)の不法移民を防ぐため、フェンスによる国境守備計画を披露した。「高さは20フィート(6メートル)。上部に有刺鉄線を置き、電気を通す。国境の反対側に『警告--死にます』と看板を掲げる」と発言した(後に「ジョークだった」と釈明)。別の集会では「不法移民を国境で止めるため、本物の銃と本物の弾丸を装備した軍隊を派遣することもできる」と話した。こうした発言のたび、拍手がわき起こったという。
 ワシントン大学の民族人種性別研究所の10年の調査では、ティーパーティーを支持する白人の56%が「移民が米国人の仕事を奪う」と回答(同じ答えは、ティーパーティーを支持しない白人では31%)。ケイン氏は、そうしたマイノリティーに反感を抱く白人の敵意さえも取り込むことで、政治的影響力を確保しようとしているように見える。さらに、ティーパーティーの集会で「ここには人種差別主義者はいない」と持ち上げ、「黒人は民主党を支持するよう洗脳されている」と述べる。「白人に話を聞いてもらうために黒人のマイナスイメージを引き合いに出している」(ブラウン大のウリ・ライダー客員研究員=米紙ニューヨーク・タイムズ)のだろうか。
 「電気有刺鉄線」の提案などは、共和党内にも波紋を呼んだ。テキサス州共和党のヒスパニックの幹部が「ケイン氏は無実の人々に対する殺害を主張した。共和党はそんな発言を許容し拍手喝采している」と述べて離党する騒ぎも起きている。
 だが、共和党の党員は89%が白人でヒスパニックは5%、黒人は2%に過ぎない(09年、ギャラップ社調べ)。このため、マイノリティーの反発は、ケイン氏には打撃になっていない。むしろ、ビジネスでの成功と、所得税、法人税、消費税のいずれも9%にする分かりやすい経済政策、妊娠中絶反対などで保守派の評価を得ている。
 米国政治は近年、中間派、穏健派の存在感が薄れ、両極への分断が目立つ。製造業の海外移転が続き、中産階級が衰退し貧富の差が拡大したことが背景にある。
 そうした状況の下での今回の大統領選。もし「オバマ対ケイン」になれば、「史上初の黒人大統領誕生」の前回に続き、「史上初の黒人同士の対決」という画期的な選挙になるはずだ。だが、ケイン氏は「今の米国で人種差別が大きく人を妨げることはない」と述べ、目の前の人種・民族問題を直視しているようには見えないし、人権派弁護士だったオバマ大統領すら「白人の歴代民主党大統領より人種問題に消極的」と指摘されることがある。私には現状が「新しい米国」を感じさせるものとは思えない。
    --「記者の目:米大統領候補者選びのケイン氏人気=吉富裕倫(静岡支局)」、『毎日新聞』2011年11月17日(水)付。
Km2_dsc03177


Km3_resize0155


| | コメント (0) | トラックバック (0)

飲む気になれば,理由はいつでもどこでも,必ずある.古今東西を通じて真理であろう

B1_dscf2025


-----

【さけ】
84 飲む理由はたくさんある.
multae sunt causae bibendi.
               ことわざ

飲む気になれば,理由はいつでもどこでも,必ずある.古今東西を通じて真理であろう.
    --柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』岩波文庫、2003年、120-121頁。

-----


とりあえず10月20日、すなわち秋期スクーリングの前々日に休んでから、まったく休みが無くて、11月17日の今日が、久しぶりの「休み\(^o^)/」の予定だったので、今日は久しぶりに……

「朝から飲んでやるかっ」

……などと思っていたわけですが、

結局の所、来週締め切りの仕事が2つあったことが発覚\(^o^)/
来週締切りのレポートに全く添削の手を入れていない\(^o^)/
細君が所用で留守にするので子守をしろって話(汗\(^o^)/
そして、来週の哲学の授業の準備も済んでいない\(^o^)/

そのほかもろもろの所用によって……

「休み」で自宅に居る!

にもかかわらず、結局の所、自宅にて仕事をしろって話しになったので、ぎゃふん。

とりあえず、11月17日0時以降、販売開始となった「ボジョレー・ヌーボー」で、先に「飲む」しかありませんネ

いやはや……。

「飲む理由はたくさんある」。

しかし……。

休みたい。

……ってことで、ボジョレーは基本的に旨くないので、「季節」を感じるだけですめばいいので安モンでお茶を濁しておりますが(汗、今年の出来をひとことで言えば……、

酸味がきつくなく、フレッシュ!

……って感ですね。

肴は、いなばのささみの缶詰とコーンをたっぷりのオリーブオイル、クレイジーペッパー、九条葱であえただけの一品ですが、なかなか乙です。

……ってことで、、、

休みたい(涙


B2_resize0156


ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)Bookギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)


販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「ニセ科学って何だ? 久保田裕さんが選ぶ本 『もうダマされないための「科学」講義』」、『朝日新聞』2011年11月06日(日)付。

1_dscf1994

-----

ニセ科学って何だ? 久保田裕さんが選ぶ本 『もうダマされないための「科学」講義』
[文]久保田裕(科学医療部)  [掲載]2011年11月06日

■思い込みが行動を左右する
 一見、科学的な主張に見えるものの、実は科学でない。そんな主張を、ニセ科学とかエセ科学、疑似科学などと呼ぶ。
 血液型でその人の性格が分かるとする血液型性格判断や、マイナスイオンを浴びると健康になるとか、水に「ありがとう」と話しかけるときれいな結晶ができる、などといった類いの主張のことだ。先月亡くなったスティーブ・ジョブズ氏ががん治療に取り入れ、のちに悔やんだと伝えられる食事療法などの代替医療にもニセ科学は多い。
 人の行動や発言は、理性や客観性、科学的事実といったことより先に、自分が元から抱いている感情や思い込みといったものに左右されやすい。最近、この傾向が大きく出たのが、東京電力の福島第一原子力発電所の事故で放出された放射性物質に対する人々の態度だろう。
 「ニッポン、頑張ろう」というかけ声のその陰で、「放射能を散らすので、福島製の花火は打ち上げるな」とか、「福島から来る放射能に汚染されているトラックは走らせるな」とか、「地元の送り火で岩手県産の松は焼くな」といった過剰反応がいろいろ出た。

■不安が招く差別
 目に見えない放射線が不安なことは分かる。しかし自分が不安だからといって、それで他人を差別したり、排除したりしてよいわけがない。ましてや被災した人々をさらに苦しめるようなまねをしていいわけはない。
 今回の放射線騒動では、放射線を「正しく怖がろう」とも言われた。「正しく怖がる」のは実は、かなり難しい。せめて他人に迷惑を掛けるような「間違った怖がり方」だけは、差し控えたいものだ。
 『もうダマされないための「科学」講義』は、震災関連で生まれた色々なニセ科学へ警鐘を鳴らす。たとえば発酵させた米のとぎ汁が放射性物質の「毒だし」をするとして、目にさした人の例が紹介されている。
 「目が真っ赤になって目ヤニがたくさん出た」というのだが、それはとぎ汁が効いたのではなく、単に目に雑菌が入っただけでは? すぐに眼科に行った方がいいだろう。一分子も残らないほど希釈した水でも、薬としてよく効くと主張するホメオパシーも「薬効がない」とバッサリ。今回の原発事故で、ホメオパシーのレメディー(砂糖玉)をとったら「被曝(ひばく)も大丈夫!!」だと宣伝しているのだという。

■予言やUFOも
 人々が自分の思い込みに、いかにダマされやすいかは、『人間この信じやすきもの』を読むと納得できる。賭け事やスポーツで「波に乗った」と思うことがある。なぜか続けて物事がうまく行く場合だ。でも、本当にそんな現象があるのか? バスケットボールのショットのデータを基に、著者が統計的なチェックを試みている。
 結果は、直前のショットの成功が次の成功を呼ぶことなどなく、ボールはランダムに入ったり、入らなかったりしているだけだった。だが、この研究結果を米国のバスケットの有名監督に伝えたら、返ってきたのは「誰だい、この男? こんなことは関係無いよ」の一言。裏付けがある客観的なデータより、長年の自分の思い込みのほうが信じられるというわけだ。
 より多くのニセ科学を知るには『ハインズ博士 再び「超科学」をきる』がお薦め。心霊術、予言、UFO、代替医療といった古典的なニセ科学のオンパレードを、バッタバッタと切ってくれる。
 ◇くぼた・ひろし 58年生まれ。共訳書に『きわどい科学』など。
    --「ニセ科学って何だ? 久保田裕さんが選ぶ本 『もうダマされないための「科学」講義』」、『朝日新聞』2011年11月06日(日)付。

-----


3resize0154


もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)Bookもうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)


著者:菊池 誠,松永 和紀,伊勢田 哲治,平川 秀幸,片瀬 久美子

販売元:光文社

発売日:2011/09/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

希望こそ太古より聳える巌のごとくあれ! 足下を掘り世界と連帯する詩心に関する一考察?

1_dsc03142


-----

希望
とはいえ、かようの限界、かようの堅固な壁の
いとわしい門からは閂(かんぬき)がはずれゆくのだ。
希望こそ太古より聳える巌のごとくあれ!
一個の実体が軽やかにいましめなく動き、
厚い雲、霧、驟雨のうちから、希望の手で
われらは高められ、希望に寄りそい、希望によって翼を得る。
よくわかっているだろう、希望はありとある圏域を経めぐる、
翼をひとうちすれば--われらの背後には永劫の時!
    --ゲーテ(檜山哲彦訳)「原初の言葉 オルフェウスにならって」、生野幸吉・檜山哲彦訳『ドイツ名詩選』岩波文庫、年、57頁。

-----

哲学の講義で、どうして文学の話で時間を割くのか?と誰何されそうですが、やはり、人文科学の基本は、古典名著との徹底的な対峙によってどのように自分自身を形成していくのかということが重要なポイントになってきますので、毎度毎度ですが、少し時間を作って……

何故古典名著を読むべきなのか
読む上でのヒント
文学の意義と詩の力

……なんかについてお話をするようにしております。

月曜はちょうど「詩心の復権」をテーマとして取り上げた次第です。
現代世界に最も必要なものとは何かといえば、やはりその一つに「詩心」を掲げてもよいだろうと思うからです。

不思議なもので、優れた詩人の作品というものは、読む者の魂を浄めるものであり、高揚させるものです。

それは、巧まざる自然の営みへの驚嘆であれ、あるいは圧政への抵抗の叫びであれ、謳いあげられた詩人の心が、読者の心に触れて共振をおこさせるからなのでしょう。

世界的な問題群に対しては勿論直接アプローチすることは必要です。しかし同時にそうした問題を引き起こした人間そのものへも目を向けていかないとはじまりません。

詩は、まさにさまざまなカテゴリーに囚われる人間に対して、いっさいの束縛をうち破り、個々の赤裸々な人間に立ち戻ることを促します。

その意味で、優れた「詩」というものは、問題を引き起こした人間そのものへ眼を向け、欲望に振り回されやすい人間そのものを統御せしめんと促すものではないかと思います。そのことにより、人は、理想を見つめつつ、現実を力強く切り開いていく精神の力を高めることが可能になるのだと思います。

それが詩のもつ力でしょう。

さて……、
先々週は、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の『カラマーゾフの兄弟』やスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)の言説を中心に取り上げ“人類のために何かをしようとするのであれば……”「ダブルバインドを承知の上で強かに足下を掘る」しかない……っていう話をしました。

要するに抽象化された立場に対して如何に献身しようとしてもそれは徒手空拳におわり、現実の人間世界をややもすると分断しかねないというジレンマという話題です。

もちろん、様々な問題を「知らない」ことはスタートライン以前の話であり論外です。しかし何かを知ったとして、それに直接アプローチできなくても、その無力はなげく必要はありません。

丹念に「ちゃんと生きていくこと」ができれば人間は、外の世界へ出なくても、必ず通じていくことが可能になるからです。生きている目の前のひとと関わりながら、世界へ通底してくということです。

しかし、自分自身の実践や2-3の歴史的話題を除いて、なかなかその好事例を紹介できないなァと悩んでいたところ、優秀な知己のすばらしい実践がありましたので、「詩心」の具体的実践(+足下を掘る)ということでひとつ授業のなかで紹介した次第。

すでに共同通信の報道で紹介されておりました次のエピソードがそれです。


-----

洪水被害のタイに恩返し 石巻市民がビデオでエール 共同通信(2011年11月12日)


 【バンコク共同】深刻な洪水被害に直面するタイ国民を励まそうと、東日本大震災で被災した宮城県石巻市の市民らが「がんばれ タイ!」とエールを送る応援ビデオがタイのテレビで放映され、話題になっている。「同じように苦しい立場の日本からの心温まる声援だ」と、タイ国民を勇気づけている。

 ビデオは東京都の会社員大森貴久さん(23)と大学生佐伯大樹さん(22)らが「日本の震災時、支援してくれたタイにお返ししたい」と作成。歌手のTAEKOさんが歌う「ひまわり」の曲に乗せ、「日本はタイの友達」「ありがとう がんばれ」と日本語とタイ語で書かれたボードを手にした石巻市民らの写真と、両国の被災地の写真で構成されている。

 先月末、動画投稿サイト「ユーチューブ」にビデオを投稿すると、ネット上で話題に。地元テレビでも番組の間に流されるようになった。冠水地域が広がりつつあるバンコク在住の医師パンカモンさん(23)は「日本とタイは痛みを分かち合い、さらに絆が深まった」と笑顔で話した。

http://www.kyodonews.jp/feature/thai_flood/2011/11/post-85.html

-----


上記のビデオクリップに関しては以下の通り。

【Thailand floods】Japan for Thailand http://www.youtube.com/watch?v=O3kgdigcHqM


さて……
報道の通りなのですが、先月来、被害の深刻化を増すタイの洪水被害の話題です。
日本のメディアは日系企業の工場被害の報道ばかりで、「正直、どうなってンの?」って偏向さに驚いたのは僕一人ではないと思います。

思いおこせば、先の日本の東日本大震災に対してタイのひとびとは、17億円に近い募金を集めておくってくださった。国民1人あたりの平均所得が約15000円とも聞く。

そして半年経ってから同じく自然災害で苦しんでいる。

海に隔てられているけれどもそこには、人間が同じく住んでいる。そして同じく苦しんでいる。

偏向したメディアの問題は終わっているのでひとまず横に置きますが、この災禍対して、もちろん、現場へ赴き直接何かをすることも可能だし、義捐金を送るのも一つの手ですし、様々な方法が考えられます。

しかし、現実には、なかなか具体的な選択肢に直結することができず、「何かしたいけど」……結局何も出来なくて苦しい・辛いという無念感を味合うことがあるのも屡々。

しかし、智慧と工夫と善意があれば、そうした暗雲をうち払うもんだな……と思った次第です。

どこにいても、丁寧に生きていくことで、遠い人ともつながることはできるし、近い人をももっとも大切にもできるんです。

これも、ひとつの詩心の具体例の現れだと思います。

ベトナム反戦の烽火になった一枚の写真があります。
マグナムに所属した写真家・マルク・リブー(Marc Riboud,1923-)の手によるものです。

反戦平和行進で国防総省護衛兵の銃剣に立ち向かうひとりの女性が、銃剣を突きつける兵士に対して一輪の花を差し出す。

プラカードも、おどろおどろしい装飾でシュプレヒコールをあげるわけでもありません。無作のままの善意……その姿が、世界を震撼させることになったのは有名な話です。

人間を無力なものとして斥け、圧倒的なものとして立ちふさがる何がしかに対して、さまざまな抵抗をしていく人間の本源的な力、そして人間を人間自身に立ち返らせることのできる言葉と想像力の力。

今の世界にもっとも必要なものは何でしょうか。

繰り返しになりますが、それは「詩心」の復権かもしれません。

「希望こそ太古より聳える巌のごとくあれ!」

-----

 私には家があります。本拠地となる家はたくさんあります。たくさんの家を本拠地にすることは、想像力が育つ一つの方法だと思います。ちょうと〔ママ〕マケドニアに行って来たところなのですが、マケドニアにいたとき--マケドニア共和国、ですよね--私が書いたものをわざわざ翻訳してくれているなんて、光栄で信じられませんでした。彼らが私をどう理解しているかはわかりませんが、信じられませんでした。そこでは家にいるように心からくつろげたのですが、それはなぜか。それは、ギリシャ人も、ブルガリア人も、セルビア人も認めようとしないがゆえに、マケドニア共和国にはマケドニア語があるのだ--こう語る方法を、ガヤトリ・スピヴァクが示してくれたという感覚があったためです。彼らの言語はわからないながら、私はなぜか感じたのです。私と彼らの関係にはある種の交換があって、その交換は、家にいるという比喩を使ってのみ私には理解可能であると。マケドニアを去るのは心残りでした。ですから、想像力が文学を読む者になにかをなすとすれば、それは、その人の想像力を鍛え、他の人々の世界に入らせるのだと思います。本とはそういうもの、詩とはそういうもの、過去とはそういうものです。そしてその観点からすると、家という概念は無限に拡大が可能です。
    --ガヤトリ・スピヴァク(大池真知子訳)「家」、『スピヴァク みずからを語る 家・サバルタン・知識人』岩波書店、2008年、25-26頁。

-----


Rose


3_resize0153


ドイツ名詩選 (岩波文庫)Bookドイツ名詩選 (岩波文庫)


販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)Bookカラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)


著者:ドストエフスキー

販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


スピヴァクみずからを語る―家・サバルタン・知識人Bookスピヴァクみずからを語る―家・サバルタン・知識人


著者:ガヤトリ スピヴァク

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

Jk1_dscf1433

-----

時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健

 ◇EU流イノベーション
 海外で和食は着実に定着している。伝統的なモノから新和食まで。10月ほぼ1カ月ヨーロッパにいたが、今回訪れたどの都市でも多彩な和食が食べられた。立食パーティーの場では、のり巻きや手まりずしなどもはや定番。スペインの王妃主催のレセプションパーティーでも、タパス(スペイン風一口おつまみ)の一部として自然にのり巻きが出てきた。驚いたのは細いスティック形のプラスチックチューブに少量の醤油(しょうゆ)が入った「醤油入り楊枝(ようじ)」とも言うべきアイテム。手を汚さず食べられ、同時にスティックの後端を押すと好きな量の醤油が出せる。これは日本でも十分使えるパーティーずしのイノベーションだろう。ささいなものとはいえ和食に関するイノベーションに、日本人がスペインで驚かされたわけで、日本文化が広がったなどと、おごっている場合ではないと強く思わされた。

 今回その浸透に驚かされたのは枝豆である。ヨーロッパではあまりに皆が食べるので生産が始まっているようだ。ロンドンで店の人に「冷凍物か?」と聞くと「生に決まっている」と怒られた。地物らしく流通量も多く価格もこなれている。ホウレンソウでも何でもグタグダになるまで茹(ゆ)でる悪癖のあるイギリスですら、枝豆の茹で方がわかっている。しかも熱いうちに結晶の大きな岩塩をかけて出てくる。ヨーロッパには良い塩がたくさんあり、大変おいしい。東京に帰ってきて和食屋で枝豆を頼んだら、茹で過ぎ。まさか枝豆でロンドンに負けるとは。一般論として「イギリスはまずい」とよく言われる。しかし、欧州連合(EU)による人材の流動性の良い面だろう。味のわかる客も腕のある料理人も、お金のあるロンドンにヨーロッパ全体から集まっている。今「枝豆食べるならロンドン」なのだ。

 仕事で訪れた中にヘルシンキ工科大学内のEITがある。これはEUが作った分散大学で、ヨーロッパ各地に拠点がある。日本の大学でも、既存の組織が協力して時代に合わせた新しい教育・研究をしようとの試みが随分前にはやったが、そのための新組織を作ると、そのポストを各出向者が本籍の代理人として取り合う内部抗争の場になりやすい。新設ポストを作るのでなく、各自が本籍にいたままプロジェクトに応じてネットワーク内で協力する仮想的新組織というのは、そうした問題に対する一つの解だろう。

 組織の継続が自己目的化し、人材の流動化が難しいということではヨーロッパも日本も似ている。組織破壊のようなドラスチックな方法を取らず、実質的な人材の流動化を実現するという課題に--実際にうまくいくかは別にして--ヨーロッパが日本以上に真剣に考え、試行錯誤しているという点が強く印象に残った。

 なにしろヨーロッパ、外から見ると同じように見えても実は全く異なる文化、風習の国々の集合体だ。どうやってEU内で仲良く物事を進めるかはプロジェクトを成功させるより難しい。交流団体から始まり、それを超えて共同プロジェクトにしたり、政府や企業などさまざまな組織から集めた予算をプールして、多国籍研究開発プロジェクトを走らせるための枠組みがいくつもある。日本のように中央主導で予算配分をするのでなく、ヨーロッパ全域で流動的に研究開発予算を行使するためのシステムと思えば、なぜこんな屋上屋を架すような複雑なプロジェクト形態になっているか理解できる。

 ギリシャでもめてさらにイタリアと、醜態を晒(さら)しているように見えるEU。しかし各々の国に主権もあり、考え方も言葉も異なる中で、40年以上にわたり、まがりなりにも共同体を維持するという人類史に例のない大変なことをやっているのも事実だ。異なる文化、異なる国々、異なる分野、異なる組織の人々が集まって共同で何かしなければならないという時に、うまくいくようにするためのノウハウを必死に確立しようとしている。同じ国の中でさえ、同じ業界内でさえ、面倒な共同プロジェクトをやるより、すぐに自社主導の囲い込みを目指す日本にEUが笑えるか。ましてやアジア共同体など夢のまた夢だろう。

 日本からEUを見ると、例えば「ヨーロッパ共同技術イニシアチブであるARTEMISが10年間2500億円の予算で、組み込みコンピューターの研究」とかそんな断片的情報しか見えない。しかし、このARTEMISなども先に述べた研究開発予算流動化のための枠組みだ。日本的な感覚で「EU政府が、ARTEMISという組織に予算をつけて研究開発を行わせる」とニュースを読むと、実際と大分ずれてしまう。

 ヨーロッパでは安易に米国流をまねるのでなく、あくまでEU流でイノベーションをどう起こすかを真剣に考え、さまざまなトライアルを行っている。所詮米国にはなれないと、はなからあきらめているように、イノベーションのかけ声も聞かれなくなった日本。真剣にあがき、文化や社会の継続性とイノベーションの両立を模索しているヨーロッパ。結果がどうあれ、尊敬できるのはヨーロッパの方だと私は思う。=毎週日曜日に掲載
    --「時代の風:共同体維持の知恵=東京大教授・坂村健」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

-----


Jk2_resize0150


Jk3_resize0152


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚・新刊:『石巻赤十字病院の100日間』」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

Ss1

-----

今週の本棚・新刊:『石巻赤十字病院の100日間』

 ◇石巻赤十字病院+由井りょう子著
 (小学館・1575円)

 東日本大震災発生の4分後に災害対策本部を立ち上げ、1時間後に救急患者の受け入れ態勢を完了させた石巻赤十字病院。当初、思ったほど救急搬送は多くなかったというが、夜が更けるにつれ、低体温症で運び込まれる患者が増える。

 次々に発生する予想外の事態に、最新の医療設備を持つ地域の拠点病院はどう立ち向かったか。通常1日60人程度の救急外来は、震災3日で2800人に達した。治療スペースを確保するため、避難者・帰宅困難者の怒号を浴びながら避難所へ向かうよう説得する医師。災害医療の最前線、極限状態のなかで従事したスタッフの苦悩が伝わる。彼らの氏名に振られた年齢に、積み上げてきた時間やこれからの人生が表れているようで重みを感じた。(秀)
    --「今週の本棚・新刊:『石巻赤十字病院の100日間』」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

-----

Ss2_resize0151


Ss3_resize0149


石巻赤十字病院の100日間Book石巻赤十字病院の100日間


著者:由井 りょう子,石巻赤十字病院

販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

Am1

-----

今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著
五月書房・3990円

 ◇アメリカ、覇権追求の論理を検証する
 アメリカは、第二次大戦後、西半球を超えて、西欧、東アジア、ペルシャ湾地域で覇権(ヘゲモニー)を確立、維持することを大戦略としてきた。しかし、アメリカが将来、これらの地域で覇権を維持できる可能性は小さい。歴史は、覇権を追求すると必然的に自滅する、と教えている。それは一つには、覇権が常にカウンター・バランシング(対抗)を引き起こすからであり、もう一つは、帝国がその能力を超えて周辺に介入する「帝国の過剰拡大」をもたらすからである。では、なぜアメリカは西欧、東アジア、ペルシャ湾地域で覇権を求めてきたのか。それに代わるどのような大戦略があるのか。それが本書の問いである。

 なぜアメリカは西欧、東アジア、中東で覇権を求めてきたのか。本書はこれを国際システムにおける力の分布と国内政治のダイナミックスで説明する。アメリカは第二次大戦後、ソ連もふくめ、他のすべての国々と比較して圧倒的な力をもつことになった。また、アメリカはそれまでに、西半球で覇権を確立していた。こうしてアメリカは1940年代、西欧と東アジアと中東において覇権を確立する手段と機会を手に入れた。

 しかし、それだけでは、アメリカがなぜこれらの地域で覇権を求める行動をとったか、説明できない。それを説明するのがアメリカの「門戸開放(オープン・ドア)」である。門戸開放は、経済的には、国際的に開かれた経済システムを維持すること、政治的には、民主制と自由主義を世界に広めることを意味する。アメリカには、その政治経済システムを維持し、繁栄と安定を維持するためには、民主的で開かれた自由主義的国際秩序を世界に拡(ひろ)げていかなければならないというウィルソン主義的な考え方がある。これがアメリカの覇権追求の国内政治的衝動を生み出す。

 しかし、門戸開放は、結局のところ、アメリカの安全と繁栄をもたらすのではなく、「帝国の過剰拡大」をもたらす。その意味で、ウィルソン主義は、平和ではなく、「平和の幻想」をもたらすにすぎない。

 しかも、アメリカは将来、長期にわたって西半球の外で覇権を維持することもできない。アメリカの大戦略を支えた内的、外的条件が失われつつあるからである。第一に、新興国の台頭によって国際システムにおける力の分布は多極化していく。第二に、アメリカが「帝国の過剰拡大」の罠(わな)にはまっている。そして第三に、アメリカはその財政的・経済的制約からいずれ軍事的優位を維持できなくなる。

 では、どうすればよいのか。「オフショア・バランシング」が本書の答えである。その目的は、アメリカが国際システムにおいてもつ力の相対的位置に対応して、柔軟に、戦略的に、アメリカの行動の自由を最大限、確保することである。ではなにをするのか。アメリカは、東アジア、西欧、ペルシャ湾地域において、アメリカ中心の地域的安全保障システムを維持するのをやめる。その代わり、防衛の責任をそれぞれの地域の主要国家に移譲する。それは具体的には、たとえば東アジアにおいて、日米安保条約を破棄し、日本に海洋の安全、東シナ海における領土主権防衛、さらに核抑止の能力を提供するとともに、日本、韓国等、現在、アメリカの同盟国である国々がインド、ロシアなどとともに、潜在的な覇権国である中国とバランスするよう、促すことである。あるいは中東について言えば、アメリカは中東からの原油輸入依存を減らし、中東から撤退すべきである。

 わたしは、オフショア・バランシングがこれから10~20年のうちにアメリカの大戦略になるとは考えない。それには二つ理由がある。その一つはきわめて単純である。本書はアメリカの大戦略の基本に「門戸開放」のイデオロギーと政策があることを示している。では、なぜ、門戸開放が近い将来、力を失うというのか。

 もう一つ、世界がこれから多極化に向かうことは疑いない。しかし、それでアメリカを中心とした世界秩序が終わるわけではない。かつて19世紀には、国際社会は、国家を超えた超越的権威がないという意味でアナーキー(無政府状態)だったばかりでなく、主権国家の行動を律する国際的規範とそれを体現する制度も未成熟だった。しかし、21世紀の現在、世界には、アメリカの覇権下につくられたさまざまの制度と規範がある。新興国の台頭とともに、こうした制度と規範は変わっていく。しかし、なくなるわけではない。多極化するからアメリカは引くべきだということにはならない。

 わたしは、本書(原書)出版以来、大学院のセミナーで本書をテキストの一冊として使っている。国際政治について考えるとはどういうことか、本書の骨太の論理と格闘させることが、学生が成長する上で役に立つと考えるからである。決して読みやすい本ではない。しかし、アメリカの世界戦略について考えたい人には必読の書である。(奥山真司訳)    --「今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

-----

Am2_resize0147


Am3_resize0148


幻想の平和 1940年から現在までのアメリカの大戦略Book幻想の平和 1940年から現在までのアメリカの大戦略


著者:クリストファー・レイン

販売元:五月書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

未来への希望に基づいて科学を方向づけていくことである。未来が見えなくなった地球の将来に対して、未来への道筋をつけて、人々に希望を与えること

W1_dsc03109

-----

 いま政府は温暖化対策として、二〇一〇年までに後二〇基の原発を! などと、未だに言い続けている。原発の大増設は、現実には不可能だし、温暖化対策としても本来有効でないことは、政府官僚も各種審議会の委員も分かっているのに。そういう場で「右肩上がりのエネルギー政策をやめるしかないのではないか」と言おうものなら、各委員から「成長をやめたら日本は崩壊する」「人々の欲望を抑えることはできない」と集中砲火のような反論がかえってくる。この人たちはー、人々のあきらめを組織的に利用して、現状の国家形態・産業形態を基本的に維持していこうとしているのだ。
 ここで欠如しているのは、人々の未来に対する希望である。先に「理想」として述べたような、安全で自由な暮らしと未来に対する人間としての当然の希望、そのために努力したいという基本的な意欲は、誰でも持っているのに、あきらめの浸透が希望を抑えこんでしまっているのだ。
 そうであるならば、私たちはあきらめからの脱出、すなわち希望を、単に個人個人に期待するだけでなく、人々の心の中に積極的にその種を播き、皆で協力し合って育てていくものとしてとらえ直す必要がある。それを、私はオーストリアの友人ぺーター・ヴァイスにならって「希望の組織化」と呼びたい。
 私自身は、批判的作業や原発反対運動に終始して来た感があるが、基本的には、それは「よりよく生きたい」という意欲、明日への希望に発していた。しかし、そのようなものとして、うまくポジティブに表現できず、反対運動としてネガティブにのみ受けとられたことが、今日の危機をとめるための有効な運動を生み出せない原因だったのか。この点は、私個人の問題としてでなく、戦後の平和、人権、環境運動全体の問題として考えていかなくてはならない宿題だ。

いま、市民科学者として
 このように状況を認識するなら、「市民の科学」がやるべきことは、未来への希望に基づいて科学を方向づけていくことである。未来が見えなくなった地球の将来に対して、未来への道筋をつけて、人々に希望を与えることである。
 「市民の科学」は、科学技術の研究開発に一般的な巨大システムの片隅にあって、ほんのささやかな、しばらく前まではゼロに等しい位置を示すに過ぎなかった。私たちの世代の活動によって、相変わらずささやかではあるが、ある意味をもち得る存在として、社会に少しは定着し得たと思う。
 今後もこれが大きな位置を占めることはないだろうし、それでよいと思う。そうであっても、私たちは地球の未来を取り戻す、ないし、持続的なミラ死を築くための、構想を提示することができるだろう。これには、「市民の科学」としての専門性に裏づけられた想像力と構想力が必要で、この点においてこそ「市民の科学」が、従って市民科学者としての私自身が、力量を問われることになろう。
 しかし、そのような構想を提示できるなら、それは必ず人々の心に対する希望の種を播き、組織し、変革への流れを生む。科学は「希望の科学」として機能しよう。
    --高木仁三郎『市民科学者として生きる』岩波新書、1999年、255-257頁。

-----

少し思い出したかのように故・高木仁三郎(1938-2000、核化学)博士の文献を読み直しているのですが、今日、再読しなおしたのが10年前の著作になりますが、亡くなる少し前にまとめられた『市民科学者として生きる』という作品。

この本が出版されたときは、当時、僕はメディアのオシゴトをしておりましたので「書評に」という話になって、先輩のライターと高木先生のもとを訪問した記憶があります。

そのとき、印象的だったのは、テクニカルな数値の話題とか禍々しい災いの話しよりも、「希望をどう見出していくのか」……そのことを熱心に語ってくださった先生のお姿が非常に印象的でした。

恥ずかしながら、そのときは「希望を紡ぐ」という意味がなかなかピンとこなかった。

といいますか……、例えば政策としてどのように転換していくのかというところに血が上っていたのかも知れませんが……そういう脊髄反射していたのは情けない話です。

が、再び読み直すなかで、ああ、やはりここか!と先生の最後のメッセージに納得せざるを得ないな……などと再読しつつ思った次第です。

「成長をやめたら日本は崩壊する」「人々の欲望を抑えることはできない」……などとスローガンを並べ、もっともらしい理由と複雑な利権構造を盾にして、核というものを推進しようとしても、そこで語れる構造の奥底には、「人々のあきらめを組織的に利用して、現状の国家形態・産業形態を基本的に維持していこう」とする心根が存在するということ。

この状況認識は必要不可欠でしょうね。

そして、そうした心根は未来に対する希望というものは「存在しない」と捨閉閣抛してしまう「あらきめ」であることをキチンと押さえておかない限り、そうした人間の心に根ざす闇を乗り越えることは恐らく不可能かも知れませんね。

それが、健康によくない、地球に良くないことは推進しようが否定しようが、程度の差はあれ、おそらくみんな理解している。

しかし、現状を認識するなかで、どのようにシフトさせていくのかという「希望」として切り開く力になることが出来るのか、それとも「あきらめ」“仕方がない”とゴマカシごまかし生きていくのか……という選択肢の違いは大きなものになるんだろうと思う。

「安全で自由な暮らしと未来に対する人間としての当然の希望、そのために努力したいという基本的な意欲は、誰でも持っているのに、あきらめの浸透が希望を抑えこんでしまっているのだ」。

……この自己抑制が一番恐ろしい。

丸め込む側っていうのは、世の東西を問わず、えてしてその狡獪さは、希望を抱くひとびとの無邪気さをしらないうちに「飲み込んで」しまうほど巧妙だというのが現実です。

そこに、どれだけ抗していきながら、現実に理想を着地させる「希望」を提示することができるのか。

恐らくここなんだろうなぁ。


W2_resize0147


市民科学者として生きる (岩波新書)Book市民科学者として生きる (岩波新書)


著者:高木 仁三郎

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』 大熊由紀子」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

Z1_dsc03051

-----

くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』
大熊由紀子 国際医療福祉大大学院教授

地方分権でサービス低下
 「地方分権とは、国のナショナルミニマム(国民生活の最低基準)を上回る『シビルミニマム』(市民生活水準)を自治体が実現することにあるのではないでしょうか? 自治体は居室定員1人という国の特別養護老人ホームの基準を守り、尊厳ある暮らしを保証すべきです」
 4人部屋新設の動きに反対して6日、「特養ホームを良くする市民の会が発表した共同声明の一節です。
 「雑居部屋で老いたくない」という社説を朝日新聞に書いたのは88年のことでした。日本住宅会議の白書も当時、こう分析していました。
 「1人きりになれる部屋が全くないのはつらい。一時的に入院する病室や旅行中の相部屋ではない。永く住むところなのだ」と。
 ところが、特養の経営者からは猛反撃されました。
 「雑居などと人聞きの悪い言葉は使わないでほしい。相部屋の方が和気あいあいとして日本の老人の人情や文化にあっている」というのです。


 孤立無援の私に99年、強い味方が現れました。京大教授の故・外山義さんです。
6人部屋を個室+だんらん室に建て替えた特養ホームのお年寄りが、その前と後とで、どう変わったかを、綿密に比較研究して「和気あいあい神話」を覆したのです。
 15人の学生が、朝7時から夜7時まで、誰と誰がどのような会話を交わしたか1分ごとに記録しました。10室中会話の全くなかった部屋が3室、1~2回が4室。会話があっても、「あんたがとったんではないか」といったトラブルでした。
 「どちらを向いて、何をしているか」も観察しました。大半が他の人と視線があわないように背を向ける姿勢をとっていました。
 そして、改築後、お年寄りは驚くほど変化しました。口から食べる人が増え、食べ残しも半分に減りました。トイレの自立も進み、ベッドから離れ、互いの部屋を訪問するようになりました。何より、笑顔と会話が増えたのです。
 厚生労働省はこの結果を基に「03年以後は、個室とだんらんの部屋を組み合わせた小規模生活単位型特別養護老人ホーム、通称ユニットケアのみの建設を許可する」という政策転換に踏み切りました。
 ところが、民主党政権になるや、時計の針が逆にまわり始めました。地方に権限を移す地域主権改革推進一括法を盾に雑居部屋を新設しようという自治体の動きです。その先頭を切っているのが、かつてシビルミニマムを提唱した東京都なのが情けなく、撤回を求めたいと思います。

言葉 低所得者の居住費負担
 雑居の特養を新設する自治体の大義名分は、「低所得者が個室の自己負担分を払えないから」というもの。だが、生活保護の人は国の減免制度の改正により入居が可能となった。非課税世帯については、たとえば横浜市は、一定の収入・資産以下の費とに独自に助成し、月2万円から4万円の居住費負担で入居できるようにしている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』 大熊由紀子」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

-----

Z2_resize0146


Z3_resize0145


| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分の身の行く末のみ考えて、如何したらば立身が出来るだろうか……というようなことばかりに心を引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う

N1_dsc03089


-----

 兎に角に当時緒方の書生は、十中の七、八、目的なしに苦学した者であるが、その目的のなかったのが却って仕合で、江戸の書生よりも能く勉強が出来たのであろう。ソレカラ考えてみると、今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に終始我身の行く先ばかり考えているようでは、修業は出来なかろうと思う。さればといって、ただ迂闊に本ばかり見ているのは最も宜しくない。宜しくないとはいいながら、また終始今もいう通り自分の身の行く末のみ考えて、如何したらば立身が出来るだろうか、如何したらば金が手に這入るだろうか、立派な家に住むことが出来るだろうか、如何すれば旨い物を食い好い着物を着られるだろうか、というようなことばかりに心を引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。就学勉強中はおのずから静かにして居らなければならぬ、という理屈がここに出て来ようと思う。
    --福沢諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年、94頁。

-----


-----

 兎に角に当時緒方の書生は、十中の七、八、目的なしに苦学した者であるが、その目的のなかったのが却って仕合で、江戸の書生よりも能く勉強が出来たのであろう。ソレカラ考えてみると、今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に終始我身の行く先ばかり考えているようでは、修業は出来なかろうと思う。さればといって、ただ迂闊に本ばかり見ているのは最も宜しくない。宜しくないとはいいながら、また終始今もいう通り自分の身の行く末のみ考えて、如何したらば立身が出来るだろうか、如何したらば金が手に這入るだろうか、立派な家に住むことが出来るだろうか、如何すれば旨い物を食い好い着物を着られるだろうか、というようなことばかりに心を引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。就学勉強中はおのずから静かにして居らなければならぬ、という理屈がここに出て来ようと思う。
    --福沢諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年、94頁。

-----


土曜日は、夕方まで勤務校の公募推薦入試の面接官でしたので、市井の職場を振り替え休日にして大学へ出向しておりました。

少子高齢化、経済状況の悪化が進展するなかで、本年度も、ほぼ例年並みの水準を維持した出願であり、受験生のみなさまのかけてくださる大学への期待に襟をただす次第です。

まずは、ご受験いただきましてありがとうございます。
※……ってことは本来ならば専任教員がいうべきなんでしょうが、その問題はひとまず措きましょうw 

自分自身は、非常勤の教員という立場ではありますが、みなさまの期待を裏切ることのないよう、さらなる「知性と福徳豊かな」大学建設に邁進しなければと思う次第です。

さて……上の文章は、慶應義塾の創立者福沢諭吉(1835-1901)が大阪の適塾での修業時代を振り返りながら、その状況を後年描写した一節ですけれども、いずれにしまして、大学は「学問の道場」です。決して「就職予備校」ではありません。

僕自身は、就職のクソの役にも立たない学問の担当ではありますが、きちんと学問を積み重ねることによって、結果として「立身」「金が手に這入る」等々……という最高の就職が必然されるのは世の習いですから、みなさまの大学での挑戦をお待ちしております。

重ね重ね諄いかもしれませんが、まずは、ご受験いただきましてありがとうございます。今日はゆっくりお休み下さいませ。

僕は休む暇がないので、もう少し仕事をしようかと思いますおるず。

N2_resize0144


新訂 福翁自伝 (岩波文庫)Book新訂 福翁自伝 (岩波文庫)


著者:福沢 諭吉

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「記者の目:「アジア一体化」掲げる釜山映画祭=勝田友巳」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

Psan1_dscf1326

-----

記者の目:「アジア一体化」掲げる釜山映画祭=勝田友巳

 韓国・釜山国際映画祭を、10月に取材した。05年に初めて訪ねてから4回目だ。「アジアのハブ(拠点)」を自任する釜山は、「映画によるアジア一体化」という大構想を掲げている。大言壮語と思っていたが、来るたびに少しずつ態勢が整っていく。

 ◇日韓連携で独自の感性発信を
 今回は、映画祭専用施設「映画の殿堂」が完成、本拠地を確保していた。釜山の勢いを感じながら、日韓映画界が関係を密にして世界に作品を送り出せれば、難航中の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に先駆けて映画がアジアを一つにするかも……と思えてきた。

 ◇専用施設を建て各種支援も充実
 第1回釜山国際映画祭の開催は、96年。年々規模を拡大し、今回は上映作品307本、入場者数約19万7000人。「アジア映画の発信地となる」「新人の発掘、育成」という目標をブレずに掲げたことが、成功の大きな要因だろう。アジアと自国の作品や才能を丹念に紹介し、アジア映画のショーケースとして世界の注目を集める。
 この間、99年に映画やテレビ、CMなどの撮影の便宜をはかる釜山フィルムコミッション(FC)が、アジアでいち早く発足し、他国に設立を働きかけた。今では17カ国46団体がネットワークを作っている。市内に撮影スタジオや仕上げ作業施設も建設して映像都市構想を推し進めた。
 「映画の殿堂」は国と釜山市が約1678億ウォン(約119億円)を投じた、4000人収容可能な屋根付き野外劇場や上映設備などを備える豪華施設。映画祭成功の証しであり、釜山の象徴だ。国の映画支援組織「韓国映画振興委員会」もソウルから移転することが決まっている。映画製作の川上から川下まで、釜山にそろうことになる。
 次に目指すのは、アジアの複数の国の出資で製作された、多国籍映画のヒットである。そのために税制優遇措置など手厚い支援策を用意し、仲立ち役を買って出る。これまでも映画祭を通じて人脈を築き人材を育ててきた。
 欧州では支援基金「ユーリマージュ」もあり、合作は当たり前だ。釜山FCのオ・ソックン委員長は、そのアジア版を思い描いているという。「ハリウッド、欧州と並んで、アジアは世界映画界の極になれる」と話す。
 釜山に比べて、日本の映画界の反応はもう一つ鈍い。日本でも、特に独立系の製作者が、海外進出を模索してきた。しかし個別の挑戦が主で、全体として後押しする雰囲気ではなかった。映画の市場が小さい韓国が国外に活路を求めざるを得ないのに対し、そこそこ自足できる日本では切迫感がない。日韓に比べ、他のアジア諸国の映画環境整備はまだまだだ。

 ◇国際合作増やし共に未来描こう
 日韓など、これまでの合作が、興行的に期待はずれだったことも足かせだ。ここ10年で30作以上がさまざまな国際合作を試みたものの、ヒットは少ない。釜山に先行してアジア代表を目指した「東京国際映画祭」も、アジアと欧米の間で進路が定まらぬうちに、国際的な影響力では釜山に水をあけられた感がある。
 ただ、だからといって、釜山の構想を絵空事と片付けるのは惜しい。
 国境を超えて人材とアイデア、資金の交流が進めば、ハリウッドとも欧州とも違う、アジアの感性を磨いた映画ができそうだ。大きな視野を持った人材も育つ。配給網を自国の外に拡大することで、一国だけでは製作が困難な作品に資金が集まり、上映機会も増えて資金回収しやすくなる。海外から撮影隊が来ればロケ地は経済的に潤うし、撮影地が名所になれば観光客も増える。ひいては国と国との相互理解が進み、経済的、政治的な垣根も低くなる--。釜山から見える映画によるアジア一体化構想の青写真だ。
 オ委員長は「中心となるのは韓国と日本」と期待する。日本もようやく、文化庁が「国際共同製作映画支援事業」を始めた。日本と海外の資本で製作される作品が対象で、本年度は5作品に合計約1億7600万円を支援する。ドラマでも放送中の「僕とスターの99日」など日韓スターが共演している。釜山映画祭のイ・ジョングァン委員長は「かつて韓国は日本文化に憧れ、日本では韓流ブームが起きた。芸術、文化の面で相互理解は進んでいる」と話す。機は熟してきたのではないか。
 TPPは利害が複雑にからんでいるが、映画によるアジア一体化なら経済面でも芸術面でも、そして観客にとっても損はない。合作支援強化など、釜山の構想に精いっぱい加勢したらどうだろう。アジアの未来を一緒に描くのも、映画的なロマンではないか。(東京学芸部)
    --「記者の目:「アジア一体化」掲げる釜山映画祭=勝田友巳」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

-----
Psan2_dsc03072


Psan3_resize0142


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう」って話しなんだが……

01_dsc02999


-----

異なったもの--学問
 或る下士官が、配下の不器用なことでは折紙つきの徴兵猶予学生を前にして、その驚きを次のように表現した、「これほど知性があって、しかもこれほど間抜けな奴がいるものかね」と。この言葉は実践的知性と理論的知性との混同、ならびに知性と知識との混同を含んでいる。
 通俗的な知識--事実を説明することができないままなされる事実の認識にに帰着する--は、殆ど知性を伴わず、殆ど思い出に帰着する。たしかに、それは真の知識ではないといってよい。ベーコンによれば、「真に知るとは原因によって知ることにある」 vere scire, per causas scire のだ。そこにあるのは説明的な知識だけである。
説明的知識の獲得は知性を要求し、発達させる。説明するためには理解しなければならず、理解するのは知性である。そして知性は、いっそう困難な問題の解決のために使われば使われるほど、いっそうよく理解するようになるのである。
 しかし、知識の所有は一般的な理解能力としての知性とは無関係である。エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう。おそらく彼は、故障の原因を素人よりはよく理解する。しかし、彼の知識は、梃子やクレーンがその所有者をなにも強くするわけではないように、なにも彼を知性的にしているわけではない。知識はいわば知性に供される手段ではあるが、知性と一つになることはない。
    --ポール・フルキエ(中村雄二郎、福居純訳)『哲学講義1』ちくま学芸文庫、1997年、444-445頁。

-----

言語運用においてそれが誤用であることは承知ですけれども、「これほど知性があって、しかもこれほど間抜けな奴がいるものかね」というセリフを発してしまい、「まじかよ」って驚くことが、昨年以上に多くなったような気がします。

これはフルキエ(Paul Foulquie、1898-1983)が指摘するとおり、「実践的知性と理論的知性との混同、ならびに知性と知識との混同」という自体に間違いありません。しかし、どうもこの国では、その傾向がフランスよりも濃厚なんじゃないのかと思うのは僕一人でもないんじゃないかとはひそかに思ってしまいます(汗

た、要するに「知識の所有」が「知性」の「証」として機能するようになった近現代世界そのものに問題があることは今ならながらですが踏まえない限り、「エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう」ってことを、高等教育を受けた人間が何度も繰り返しやってしまうんだろうって話しです。

まあ、それを……通俗的ですけれども……どのように運用していくのかという「知性」を鍛えることにポイントを置いていかない限り、このジレンマを乗り越えていくことは難しいでしょうねぇ。

さて、本日は、朝から勤務校の公募推薦入試。

おそらく明年の新学期から出会うであろう新入生の皆さんと一足早く顔を合わすことになるのだろうと思います。

日本の大学は残念ながら殆ど「就活予備校化」の一途を辿るばかりで、「実践的」という「名」の講座ばかりで、おそらく「辟易」とされることもあるかも知れませんが、根源的知性を養っていく講座を自分は継続したいと思っておりますので、もし、なんかの拍子に教室なんかで出会うことがあれば、その節はどうぞw

……ってことで早めに沈没しようかと思いますが、蛇足をひとつ。

冒頭で紹介したフルキエの『哲学講義』はフランスのリセ(lycée)--日本でいう高等学校--の必修科目「哲学」の教材。日本の高等学校でいえば、「倫理」あたりに該当するものでしょうが、そこで扱われる半端な教材科目とは全く異なる、恐ろしいほど本格的な内容ですから、驚くほかありません。

自分自身も哲学を教授するようになってから、概念を整理したり、理解を深めさせる手法を見直したりする際に、時々読み直すのですが、クロニクルな哲学史の羅列というよりも、「認識」と「行動」に焦点を絞って考えておくべきテーマについて言及しているこの本は、読んでいてもなかなかすがすがしくおもしろいものです。

しかも「教科書」だからこそ、お約束の言説を並べるだけでなく、議論の決着してない問題に関しては、必ず反論も併載しているところは、フランスのお国柄によるのか……などと思ってしまうわけですが、哲学の入門書として、興味のある方には是非手に取っていただきたい・読んでも十分役立つ一冊です。

興味のある方はひとつどうぞw

02_resize0143


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「語る:加藤陽子さん 『昭和天皇と戦争の世紀』を刊行」、『毎日新聞』2011年11月10日(木)付。

St1_dsc02989


-----

語る:加藤陽子さん 『昭和天皇と戦争の世紀』を刊行

 ◇不本意だった開戦…心情探る
 昭和天皇をテーマにした書籍が、相次いで刊行されている。戦後生まれ、気鋭の研究者による力作ぞろいだ。『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社)を著し、謎の多いその人物像に迫った加藤陽子・東京大教授に聞いた。【栗原俊雄】

 日本史を歴代の天皇から読み解くシリーズの第8巻。主に大正期の皇太子時代から第二次世界大戦の敗戦までを振り返っている。
 序章「焦土に立つ人」の項目でまず、昭和天皇の前半生を俯瞰する。皇太子時代に視察した、第一次世界大戦で荒野になったヨーロッパ。関東大震災後の焼け野原。そして国破れた第二次世界大戦。天皇が激動の時代を生きたことが、改めて分かる。
 大正期、発達したメディアなどによって皇太子は広く国民に親しまれた。加藤さんはその露出を、牧野伸顕宮内大臣ら宮中グループの意図とみる。「普通選挙などデモクラシーの機運は高まっていましたが、小作農民や労働者に対する社会政策は不十分だった。国民の不満を吸収するものとして、皇太子の人気を利用しようとした」のだ。
 本書は続いて、なぜ“勝ち目のない”太平洋戦争に踏み切ったのか、という、昭和史最大の謎に迫る。
 1941年の開戦前、対米交渉の延長を模索する政府と、陸海軍強硬派の綱引きが続いた。「欧州視察で戦争の悲惨さを実感していた天皇は、戦争を避けたがっていました」。軍部は説得にかかる。海上補給路を確保する船舶確保の見通しなど都合のいいデータをそろえ、陸海軍ともに勝算あり、と主張した。「天皇は説得されてしまった。情報は軍部が握っており、それを覆すだけのデータは、天皇にはありませんでした」
 「政治と軍事が衝突したとき調整するのは天皇の役割」と規定する。「例えば1893年の建艦詔勅です(※注1)。対立する政府と政党に妥協を促しました」
 こうした「天皇の利用のしどころ」を、伊藤博文ら国家をつくった人々は心得ていたという。明治天皇には伊藤や山県有朋ら、維新を成し遂げた超重量級の政治家、軍人がいた。しかし戦前には、テロと暗殺が相次ぐ。「井上準之助、団琢磨、犬養毅、斎藤実、高橋是清ら……。生きていれば議会や軍、財界の要となっていた人材が倒れたことも大きかった」。1940年、元老として昭和天皇の後見役だった西園寺公望が死去。「その後、昭和天皇は個人として歴史を動かさざるを得なかったのです」
 対米関係の緊張が高まった41年7月2日から12月1日までの間に、「御前会議」(※注2)が4度開かれた。9月6日の会議で、昭和天皇は異例の行動をとる。「四方(よも)の海皆同胞(はらから)と思ふ世になど波風の立騒ぐらむ」という明治天皇の「御製」を読み上げた。非戦を望むメッセージだった。
 「読み上げるだけでなく、例えば『(戦争を回避しようとしていた)近衛(首相)に従え』と、はっきり言うべきでした。天皇の意思が公の場ではっきり示されれば、軍の首脳といえども、ないがしろにすることはできなかったはず」
 昭和天皇の戦争責任を巡っては長年、議論が続いている。本書では政治学者、丸山眞男らの言葉を引き、その責任を浮き彫りにする。内大臣として天皇を支えた木戸幸一が敗戦後、退位を主張していたことにも触れた。
 加藤さんの立場がどこにあるかは、明らかだ。なぜ、自らの言葉で責任を問わなかったのか。「昭和天皇にとって、戦争は本当に不本意だったはずです。その心情を思うと……」と、非戦を望んでいた君主を思いやった。

  ×  ×  ×
 近年、「富田メモ」など昭和天皇をめぐる史料が明らかになった。それに呼応して、今年は古川隆久・日本大教授による『昭和天皇』(中公新書)や伊藤之雄・京都大教授の『昭和天皇伝』(文藝春秋)などの評伝が相次ぎ刊行されている。いずれも、かつてのように天皇の戦争責任の有無だけを問う筆致ではなく、史料に基づいてその歴史的評価を試みる仕事だ。
 「恩讐のかなたに、ということもあるでしょうか」と加藤さん。戦争で多くの人が辛酸をなめた昭和だが、時の流れとともに研究者が総括を進める環境が整ってきた、ということだ。
 これまでの仕事と同様、1次史料から過去の基礎研究はもとより、若手の最新研究にまで幅広く目を向け、取り込んでゆく。400字詰め原稿用紙で700枚分。しかし、戦後40年以上におよぶ天皇の後半生には、言及が少ない。
 講和問題や沖縄返還との関係、政治家による「内奏」の問題……。75年10月の会見で、広島への原爆投下について「戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っています」と語ったことなど、難解ではあるが論ずべき点がたくさんある。躊躇(ちゅうちょ)しましたか、と問うと「もちろん戦後憲法の下での天皇も書きたかったんですが、分量オーバーで。続編が必要ですね」。

 ※注1
 第2次伊藤博文内閣は軍事予算を巡り、衆議院で多数を占めていた民党と対立。明治天皇が宮廷費削減などを約束しつつ、軍備拡張について議会は政府に協力するよう求めた。詔勅を利用した、伊藤の議会政策。
 ※注2
 政府と軍部の首脳が集まり天皇臨席のもと、国策を決定するもの。御前会議の前に開かれる、首相や陸海軍首脳らによる「大本営政府連絡会議」(一時期は「大本営政府連絡懇談会」)で決まった内容を天皇が追認する場であり、天皇は発言しないのが慣例だった。

人物略歴 かとう・ようこ 1960年、埼玉県生まれ。専攻は日本近代史。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』で小林秀雄賞を受賞。
    --「語る:加藤陽子さん 『昭和天皇と戦争の世紀』を刊行」、『毎日新聞』2011年11月10日(木)付。

-----


St2_resize0140


St3_resize0141


昭和天皇と戦争の世紀 (天皇の歴史)Book昭和天皇と戦争の世紀 (天皇の歴史)


著者:加藤 陽子

販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


それでも、日本人は「戦争」を選んだBookそれでも、日本人は「戦争」を選んだ


著者:加藤 陽子

販売元:朝日出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (1)

「他人の目で[私たちの感情と信念を]観察する、あるいは他人からそれを眺めるであろう方法を心がける」必要

1_dsc03047


-----

 孤立した社会のなかでは、完全に「正常」で「良識ある」ものだと思われている習慣でも、幅広い根拠にもとづいて、あまり制約を受けないかたちで検証されると、生き残らないかもしれません。本能による偏狭な反応がひとたび批判的な精査に代わり、世界各地の慣習と規範にさまざまな違いがあることがよく認識されるようになった場合、にはそうなるでしょう。
 一定の「距離」をおいた精査は、さまざまな慣習を検討するうえで何かしら役立つのではないでしょうか。それは、たとえば、タリバン政権下のアフガニスタンでの姦通女性にたいする石たたき刑から、アメリカの一部の州で(ときには大衆に歓迎されながら)、死刑が頻繁に執行されていることまで、じつに多様な慣習が対象となります。これこそ、アダム・スミスが「刑罰が確かに公正か」どうかを知るために、「他の人間の目」に照らしてみなければならないと主張したような問題なのです。結局、道徳面からの批判的な精査のためには、「他人の目で[私たちの感情と信念を]観察する、あるいは他人からそれを眺めるであろう方法を心がける」必要があるのです。
 国境を超えた双方向の交流の必要性は、裕福な社会にとっても、貧しい社会にとっても重要です。ここで気をつけなければいけないのは、国境を越えた精査が容認されているかどうかではありません。ある地域だけに限られた道徳感情であっても、それを厳しく評価するには、そうした精査が必要、ということなのです。
    --アマルティア・セン(東郷えりか訳)「人権を定義づける理論」、『人間の安全保障』集英社新書、2006年、177-178頁。

-----


「人権を定義づける理論」という所論の中でアマルティア・セン(Amartya Sen,1933-)が「完全に「正常」で「良識ある」ものだと思われている習慣でも、幅広い根拠にもとづいて、あまり制約を受けないかたちで検証されると、生き残らないかもしれません」とボソッと言っていることは、地域的・文化的な特殊性に限定される問題ではないのかも知れませんね。

さまざまな習慣・慣習は、それを無批判に受け入れることで成立していますが、「習慣だから」「慣習だから」“許される”“シカタガナイ”ものばかりなのかどうかは、それを受け入れる場合においても、精査することは必要かも知れません。

その辺りをスルーしてしまうことで、本来、問題であることが「そんなことは問題ではない」……って裏付けのない否定として機能してしまうわけなのですが……。

精査のうえ、それを受け入れるのか・受け入れないのかは「次のステージ」の問題です。しかし、精査することは必要不可欠だと思うわけなんですけどねぇ。

3resize0138


人間の安全保障 (集英社新書)Book人間の安全保障 (集英社新書)


著者:アマルティア・セン

販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「異論反論 ハシズムで誰が得する? 寄稿 雨宮処凛」、『毎日新聞』2011年11月9日(水)付。

1_dsc03003


-----

異論反論 大阪府知事・市長のダブル選が話題です
ハシズムで誰が得する? 寄稿 雨宮処凛

 大阪のダブル選挙が世間を騒がしている。注目の的はやはり橋下徹前知事だ。
 大阪都構想、教育基本条例、既得権益バッシング。橋下氏の主張は極めて明確だ。「諸悪の根元はここだ!」と敵を名指し、そこさえ突破すればバラ色の未来がまっているような錯覚を与える。これまで、市や府の職員などが槍玉にあげられてきた。そうして現在、大阪維新の会が提案する教育基本条例は「勝ち組じゃない先生/子ども」にターゲットを絞っているように見える。
 さまざまな問題点が指摘されているこの条例だが、やはり特筆したいのは「知事が設定した教育目標を達成しない教育委員は罷免」「3年連続定員割れのの府立高は統廃合」「2年連続最低評価の教員は分限処分」辺りだろう。

先生も子どもも成績下位切り捨て
 ここに貫かれているのは、徹底した競争原理だ。「競争の何が悪いの?」という意見もあるだろう。しかし、過剰な競争は時に教育をゆがませる。例えば「教育目標の達成」。そのために手っ取り早いことは、「もう少しがんばれば成績が良くなりそうな子」の指導のみに力を注ぐことだ。おそらく、成績下位の生徒たちは切り捨てられる。最低評価を受けたら処分されるのだから先生だって必死だ。一方で、目先の評価を気にする先生ばかりになれば、生徒や保護者の人気取りに走る状況も生まれてくるだろう。「あの先生、怖くて大嫌いだったけど、実はすごく大事なことを教えてくれたな」と数年後に気付くような先生像は過去のものになっていくのかもしれない。
 もうひとつ、気になるのはいじめの問題だ。競争原理が徹底した世界では、いじめを否定する論理は成り立たない。そこでは「劣った者は排除していい」「勝てない者は努力が足りないのだから本人が悪い」という思想が蔓延するからだ。今でさえ、子どもたちは、過酷な椅子取りゲームの中にいる。教育基本条例は、今も生きづらい子どもたちにトドメを刺すように思うのは私だけだろうか。ちなみにどれほど「勝てないのは自己責任」と言われようとも、学力と世帯年収には相当の因果関係がある。お金持ちの家の子どもが有利であることは明白だ。ちなみに子どもの貧困率は2009年で15・7%。1985年から5ポイント近く悪化している。
 橋下氏の手法は、ファシズムにかけて「ハシズム」といわれている。次々と「敵」を名指すやり方には爽快感を覚える人もいるかもしれない。しかし、公務員など橋下氏が「既得権」と名指す人とそれ以外の人が対立したところで、結果的に得をするのは誰だろう。少なくとも、あなたではないはずだ。社会は決して、一発逆転では変わらない。長い閉塞の中、多くの人の鬱屈を一時的に晴らしてくれるハシズムに、何かこの社会の病理を見る思いがする。
あまみや・かりん 作家。1975年生まれ。反貧困ネットワーク副代表なども務める。「周りの人が米ウォール街占拠運動の現場に行っていて、うらやましすぎます……。この運動によって、日本でも貧困、格差問題への関心が再び高まりつつあるように感じます」
    --「異論反論 ハシズムで誰が得する? 寄稿 雨宮処凛」、『毎日新聞』2011年11月9日(水)付。

-----


2resize0135


3resize0136


| | コメント (0) | トラックバック (0)

すべての人であってなんびとでもない抽象的な荒野であり真空帯

T1_dscf1909

-----

 公衆は、ひとつの国民でも、ひとつの世代でも、ひとつの同時代でも、ひとつの共同体でも、ひとつの社会でも、この特定の人々でもない。これらはすべて、具体的なものであってこそ、その本来の姿で存在するのだからである。まったく、公衆に属する人はだれ一人、それらのものとほんとうのかかわりをもってはいない。一日のうちの幾時間かは、彼はおそらく公衆に属する一人であろう。つまり、ひとがなにものでもない時間には、である。というのは、彼の本来の姿である特定のものであるような時間には、彼は公衆に属していないからである。このような人たちから、すなわち、彼らがなにものでもないような瞬間における諸個人から成り立っている公衆というやつは、なにかある奇怪なもの、すべての人であってなんびとでもない抽象的な荒野であり真空帯なのだ。
    --キルケゴール(桝田啓三郎訳)『現代の批判 他一篇』岩波文庫、1981年、77-78頁。

-----


人間を抽象的に扱うとは、具体的にいえば、おそらく人間を「手段」として扱うことになる。人間を「手段」として扱うということは、人間を人間として扱わないことに他ならない。

だとすれば、個人と個人の相互尊重をうち破るものであり、そしてそれは単なる利己主義の所作に過ぎなくなってしまう。

一人の人間の具体性からかけ離れてその人を抽象的に扱うということは利己主義を招くということなんだろう。

そしてこれは共同体に関してもおそらく同じである。

一人一人の人間の具体性からかけ離れて共同体を「さも分かったかのように」論じてしまう抽象的な立場というのは、単なる全体主義の所作に過ぎないものである。

共同体を抽象的に扱ってしまうということは全体主義を招くということなんだろう。

そしてその両者に共通しているのが「抽象化」という立場である。

ものごとを「抽象化」してしまった扱うことは確かに「便利」だし「スピーディー」である。しかし、その便利さや高速さに馴れてしまえば馴れてしまうほど、現実の人間ともそしてその人間の居住する共同体からも遠くかけ離れていってしまう。そしてそのあげく現出するのは「すべての人であってなんびとでもない抽象的な荒野であり真空帯」に他ならない。

このことに対して警戒的であるべきなんだろうと……思うんだけど。。。


T2_resize0137



《岩波書店 岩波文庫》キルケゴール 桝田啓三郎訳現代の批判 他一篇 【中古】afb 《岩波書店 岩波文庫》キルケゴール 桝田啓三郎訳現代の批判 他一篇 【中古】afb


販売元:古書 高原書店

楽天市場で詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「『梵漢和対照・現代語訳 「維摩経」』岩波書店 植木雅俊訳 評・前田耕作」、『読売新聞』2011年11月6日(日)付。

Ui1_dsc03000

-----

『梵漢和対照・現代語訳 「維摩経」』岩波書店 植木雅俊訳
評・前田耕作(アジア文化史家・和光大名誉教授)

「文殊との対論」輝き新た


 奈良・法隆寺の美しい五重塔の初層内陣に須弥山を中心として東西南北四つの主題が塑造されていることは、訪れた人なら誰でも知っているだろう。仏伝の時軸に沿えば、北面の涅槃像土、西面の分舎利仏土、南面の弥勒仏像土となろう。東面の維摩詰
(ゆいまきつ)像土だけは他の主題とは切り離され、向かって左に維摩詰、右に文殊菩薩、下段に一群の眷属を配した場面が表出されている。端正な文殊と対照的に鬚髯(あご髭ひげとほほ髭)を蓄え、口を開き歯をみせ談ずる俗形の維摩との神韻漂う対話の場面となっている。わが国における「対論講説の相」を表す維摩詰像の原型である。聖徳太子によって法華経・勝鬘経とともに社会救済の実践に不可欠な三経の一つとされたと伝えられる維摩経の最も重要な場面が、太子ゆかりの寺の塔本に造出されたことの意味は深い。
 紀元後1~2世紀ごろに成立したといわれる『維摩経』がわが国に至りつくまでには、西域や中央アジアでのコータン語、ソグド語訳、中国での漢訳など、重訳の歴史を経ねばならなかった。日本の仏教に決定的な影響を与えた漢訳には、後3世紀に支謙によって訳された『維摩詰経』と後5世紀初頭、鳩摩羅什によって訳出された『維摩詰所説経』がある。
 しかし二人とも中国の人ではない。支謙は「大月氏国」の出であり、鳩摩羅什の出自は「亀茲国」であり、いずれも多言語に通暁した人たちであった。原典の文学的リズムを伝えるために心砕いた羅什の訳は、言葉が匂い出るように華麗であったが、それでも原語の「美しい文藻」は伝えられないと嘆いたという。後7世紀には維摩の故宅・方丈の址を訪ねた玄奘の訳『説無垢称経』もできあがった。
 『維摩経』の和訳は、河口慧海をはじめ多くの人びとによってなされてきたが、いずれも漢訳と蔵訳(チベット語訳)からのもので、肝心の梵語(サンスクリット語)原本からの訳文はこれまでなかった。「本経のサンスクリット原典は、残念ながら現存しない」(仏教学者・長尾雅人)からであった。
 ところが1999年の夏、チベットのポタラ宮殿の一隅から思いがけず本経のサンスクリット原典の貝葉(ターラ樹の葉)写本が大正大学の学術調査団によって発見されたのである。わが国では千数百年も前から秋10月になると維摩会を営み、講釈し親しまれてきた本経が初めて原典に基づき、梵漢蔵に相照らして現代語訳する機会が巡ってきたのである。
 『維摩経』の特色は、釈尊が「最後の旅」の途次立ち寄った商業が盛んな大都城ヴァイシャーリーを舞台にして、この地の雄族リッチャヴィの資産家で妻も子もあり、俗界に身をおきながらも「確実な知恵」を有し、あちこち自在に出没して「真理の教え」を雄弁に語り、人びとを「大いなる乗り物」(大乗)へと導く在家の菩薩ヴィマラキールティ(維摩詰)を主人公に据え、言説飛び交う多声的な対話劇に仕立て上げているところにある。 釈尊を慕う遊女アームラパーリの所有する静かなマンゴーの森の中、従う多くの出家者や菩薩たちと釈尊が「仏国土」について「心清ければ土もまた清浄」と穏やかに語らう時をもつ場から幕があく。
 しかしこの場には病に伏す維摩の姿はない。衆生病むゆえに病床にある維摩の想いを察した釈尊は弟子たちに見舞いにゆくよう促すが、誰も維摩の日頃の出家者に対する憚らぬ批判的言辞に怖れをなしてためらう。弟子たちの弁明の言葉が重ねられてゆくにつれ、次第に維摩の空の思想の骨格が明かされる。クライマックスは舞台を維摩の自宅(方丈)に移しての文殊菩薩との対論である。生と滅、言語と沈黙のパラドックスをめぐり哲学の核心を衝く問答で、沈思を誘う場面が圧巻だ。植木氏による現代語訳は、なによりも明晰な訳文と精緻で創意に富む訳注によって古経に新たな生命の輝きと躍動感を返し与えている。
 会津八一は奈良・法華寺の維摩像を歌に詠み、「在家にして大乗の造詣最も深く、思索弁証の無碍自在を以て鳴る」と自注し(『南京続唱』)、武者小路実篤は「いかに生くべきかを教えてくれる」仏典と讃えた。寂寞のひととき熟読するに相応しい書である。

 ◇うえき・まさとし=1951年、長崎県生まれ。仏教研究家。著書に『仏陀の国・インド探訪』など。
 ◇まえだ・こうさく 1933年、三重県生まれ。アジア文化史家・和光大名誉教授。著書に『巨像の風景』『アフガニスタンを想う』など。

岩波書店 5500円
    --「『梵漢和対照・現代語訳 「維摩経」』岩波書店 植木雅俊訳 評・前田耕作」、『読売新聞』2011年11月6日(日)付。

-----

Ui2_dsc02779


Y3_resize0134


梵漢和対照・現代語訳 維摩経Book梵漢和対照・現代語訳 維摩経


販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

自由の人々のみが相互に最も多く感謝しあう。

N1_dsc02996


-----

定理七一 自由の人々のみが相互に最も多く感謝しあう。
証明 自由の人々のみが相互に最も有益であり、かつ最も固い友情の絆をもって相互に結合する(この部の定理三五およびその系一により)。そして同様な愛の欲求をもって相互に親切をそなうと努める(この部の定理三七により)。したがって(感情の定義三四により)自由の人々のみが相互に最も多く感謝しあう。Q・E・D・
備考 盲目的な欲望に支配される人々が相互に示すような感情は、多くは感謝というよりもむしろ取引あるいは計略(アウクピウム)である。
 次に忘恩は感情でない。しかし忘恩は非礼なことである。なぜなら、それは多くは人間が過度の憎しみ、怒り、高慢、貪欲などに捉われていることを示すものだからである。というのは愚かであるために贈与に報いることを知らない者は忘恩的と言われない。ましてや情婦の贈物によって彼女の情欲〈または色情〉に奉仕するように働かさない人、あるいは盗賊の贈物によって盗賊の盗品を隠匿するように動かされない人、その他この種の人間の贈物によって動かされない人はなおさら忘恩的とは言われない。いかなる贈物によっても自己あるいは社会の破滅になるような行いへ誘惑されない人は、確固たる精神の所有者であることを示しているからである。
    --スピノザ(畠中尚志訳)『エチカ 倫理学 下』岩波文庫、1975年、82-83頁。

-----


去年の今頃に「近いうちに呑みに行こうね」って話をしていたICUの院生さんがいらっしゃるのですが、私自身も情けない話しですが、割合と忙しく、お互いの距離はそんなに遠くないのですが、「機を逸してしまった」感が続いてしまい、1年経ってようやく月曜日に「近いうちに呑みに行こうね」がようやく実現しました\(^o^)/


例の如く最近行きつけの国分寺「芳一」にて軽く……のつもりががっつりorz

個人的な話題から、宗教の在り方まで?ひさしぶりにディープな話し合いをじっくりさせていただき、大感謝。

人間は真面目だけでも成立しないし、不真面目だけでも成立しないし、いろいろな側面を合わせもって人間として成立するわけなのですが、「取引あるいは計略」でもない自由闊達な対話空間の時間を作っていただいたワカヤマくんに大感謝。

こちらもエンジンをがんがん吹かせてしまった所為で、最後は記憶をお店に置いて帰って……っていう「いつものパターン」ですが、またこりずにどうぞ宜しくお願いします。

それぞれの大学のもつエートス。
将来の夢や希望。
日本社会の問題。
ティリッヒとバルトについて。
差別の問題。
そしてそれに対するアクションの問題について……等々。

覚えているだけでもかなり剣豪の如き真剣な言葉を交わすことができたのではないかと思います。

いやはや、いろんな問題はこの人間世界にあるんだけれども、僕はやっぱりそれでも「人間」が好きだし、「人間」をできるだけ「丁寧」に接していきたいと思う。

そこには思想・信条・イデオロギーは口を挟む余裕がない。

なぜなら、自由な人間とは、相手が誰であろうとも、「人間」を「人間」として接していくことができるからだ!!!

そのうちまた、ご一献やりましょうwww


N2resize0130


N3resize0131


N4resize0132


N5resize0133


スピノザ エチカ 倫理学〈上〉 (ワイド版岩波文庫)Bookスピノザ エチカ 倫理学〈上〉 (ワイド版岩波文庫)


著者:ベネディクトゥス デ・スピノザ

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


スピノザ エチカ 倫理学〈上〉 (ワイド版岩波文庫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:張競・評 『仏教、本当の教え』=植木雅俊・著」、『毎日新聞』2011年11月6日(日)付。

Ui1_dsc02779


-----

今週の本棚:張競・評 『仏教、本当の教え』=植木雅俊・著
中公新書・840円
 ◇原始仏典の精読にもとづく宗教文化論

 アメリカで信仰のことを聞かれたら、口が裂けても無宗教とはいえない。道徳心がないと見なされ、人格を疑われてしまうからだ。そんな場合、仏教徒です、と逃げまくるのが得策だが、もし仏教のことを少しでも聞かれたら、多くの人が冷や汗をかくであろう。
 日本では仏教は身近な宗教だが、基本的な知識でも知らないことが多い。キリスト教にはバイブルという正典があるのに対し、仏教は経典が多い。おまけに文章が回りくどくてわかりにくい。こと漢訳の仏典はまるで謎の記号で書かれている呪文のようだ。
 そんな苛立ちを感じる人にとって、本書はわかりやすい入門書になる。しかも、従来のように、基本的な教義、主な宗派を羅列的に紹介するのではない。仏教の原点に立ち戻って、原初の宗教精神から説き起こしている。さらに、中国と日本における受容を振り返り、最後に、日本、インドと中国の文化と関連しながら、三つの文化における仏教の特徴について分析を行う。
 原始仏典の教えを読むと、これまで知られている仏教とかなり違う世界が見えてくる。万人の平等を唱え、迷信を否定する。女性差別をせず、呪術的な儀式を批判する。原始仏教についてはこれまであまり多く知られていない。専門家向けはいざしらず、一般読者を対象とする書物についてはそういう印象がある。著者はそこに着目し、近年発見された資料を生かして、いままであまり語られていないことを紹介している。
 最大の特徴は、論拠として引用された仏典はすべてサンスクリット語の原典にもとづいていることである。新発見の資料はいうまでもなく、すでに漢訳された経典についても、必ずサンスクリット語のテクストと綿密な照合を行っている。一句ずつ精読し、文中の単語については、逐一その品詞類と語根と格を検討し、文脈との関係においてその意味を徹底的に吟味する。釈迦が生きている時代の教義を復元することで、仏教のイメージが一新された。
 バラモン教をはじめ、当時の既成宗教に対する疑問と批判は仏教誕生の一つの背景となる。インドの民族宗教が社会的な階層性を容認し、差別に加担していたのに対し、原始仏典の言葉が示したように、新生仏教は出身階級よりも人間の行いをより重視する。そうした指摘は仏教の起源を知り、その多様性を理解するのに役に立つ。欲を言えば、釈迦が入滅した後の展開についてもう少し触れてほしいが、仏教について、無常、無我、涅槃の三題噺に終わるのではなく、釈迦が何を唱道していたかは、現代的な考えに置き換えて新しい解釈が試みられている。
 漢訳における仏典の変容には面白くも驚くべきものがある。原音を写した語には難解なものが多く、一旦、漢語に直されると、音写であることが忘れられ、古文の表現にこじつけて解釈されることが多い。
 故意の改竄も少なくない。原典では「母と父」という順番になっているところは、漢訳のなかで儒教倫理に合わせて、「父と母」のように改変された。甚だしくは、仏典のなかの片言隻句を取り出し、漢文の文脈に沿って訓詁学的な注解が行われている。
 日本では漢訳仏典を通して仏教を受容したのだから、最初からまちがいの多い版本に依拠している。しかも、中国と同じに、漢訳された仏典の漢語を日本語ふうに理解していたから、いわば二重の誤謬を犯している。
 著者はたいへんな努力家で、サンスクリット語をはじめ、複数の語学を習得している。従来の仏典翻訳と解釈から満足のいく説明がえられなかったため、壮年にして一念発起し、主要な経典の翻訳を思い立った。研究の環境と時間に恵まれた専門家にとっても困難の多い挑戦だが、著者は余暇を利用し、二〇〇八年に綿密な注釈をつけた『法華経』を新たに訳出した。さらに、今年の四月に岩波書店から『維摩経(ゆいまきょう)』の現代訳を出すという離れ業を見せた。

 翻訳の苦労は本書でもその一端が披露されている。鳩摩羅什が「妙音」と漢訳した菩薩の名前がある。サンスクリット語ではガドガダ・スヴァラ(gadgada-svara)だが、ガドガダは擬声語で「吃音」を、スヴァラは「音」「声」を意味する。「吃音」がなぜ「妙音」と訳されたのかは長いあいだずっと謎とされてきた。著者も最初は手こずっていたが、答えが出ないまま辞書を何気なく眺めると、二十行ほど上に「明瞭に話す」という意味のgadという文字が目に飛び込み、鳩摩羅什がなぜ「妙音」と訳したか、疑問が氷解した。粘り強い努力が報われる瞬間を語った好個のエピソードである。
 本書の帯に「壮大な伝言ゲームの果てに」という名コピーがある。振り返ると、仏教の解釈史は確かに壮大な誤解の歴史といえるかもしれない。そうした誤訳、誤読、誤解のすべてを解くには多くの人たちの、たゆまぬ努力が必要である。原典の翻訳も含め、著者による一連の仕事はそうした誤解を解くための、意味深い第一歩となるであろう。
    --「今週の本棚:張競・評 『仏教、本当の教え』=植木雅俊・著」、『毎日新聞』2011年11月6日(日)付。

-----

Ui2_resize0125


Ui3_resize0126


仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)Book仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)


著者:植木 雅俊

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『神と国家の政治哲学』=マーク・リラ著」、『毎日新聞』2011年11月6日(日)付。

Kk1_20110504114502

-----

今週の本棚:村上陽一郎・評 『神と国家の政治哲学』=マーク・リラ著
NTT出版・4410円
◇「政教分離」への現代的考察に誘う書

 二十一世紀日本に生きる私たちにとって、イスラム国家と言われる国々の、対外、対内政治において宗教の占める決定的な役割は、なかなか理解し難いものがあります。むろん、私たちにも、国家神道の途(みち)を歩んだ比較的近い歴史的な記憶はあります。しかし、維新以後の西欧化、近代化のなかで、国家やその政治に宗教が関わることの問題点は、意識され続けてきたことも確かでしょう。
しかし、私たちが、その意味でお手本にした西欧にあっても、宗教と国家政治の分離は、短い歴史しか持ち合わせていません。そして、西欧化・近代化が、国家政治と宗教との相互浸透という事態から、社会を解放することで、話の決着は着いた、と思ってきたのは、実は幻想に過ぎなかった、という視点で、現代を見直してみよう、という野心的な試みが本書だと言ってよいでしょう。
 もちろん著者は、西欧・近代の壮大な試みを否定するわけではない。それどころか、永年に亘るキリスト教神学の政治との結合の歴史に対する、重大な挑戦が、西欧・近代であった、ということを、あるいはそれが、人類史上まれな出来事であったという評価を、認めることにおいて、躊躇いはないのです。
 著者は、その根元をホッブズに求めているようです。中世的キリスト教神学の基礎はトマス哲学にあると思われますが、そのトマスは、「自然法」の根拠を、神の創造の秩序に求めました。例えば英語の「法」を示す<law>は、今で言う<lay>という動詞の過去分詞形つまり受動態です。能動者である神の手で「整えられた状態」それが、自然のなかでは法則、社会のなかでは法律、ということになります。しかし、著者が「近代ストア学派」と呼ぶ思想家たちは、こうした原点をいとも容易く乗り越えて、「神の法を括弧でくくり」、人間的な起源へと視点を移し替えた、というのが、著者の主張です。つまり、人が社会を構成する以上、「他の構成員に対する生まれながらの感覚」を持っている、というところに自然法の起源がある、という考え方が十六世紀後半には盛んになった、と述べています。その極点にホッブズがいることになります。
 著者によれば、ホッブズは、エピクロス主義者なのです。古代エピクロス主義者が、恐怖や心の混乱(それは、むしろ宗教によって増幅される)から人間を解放することに究極の快楽を見出したのに対して、そうした発想を「政治的目的」のために利用したのがホッブズだということになります。彼の目的は「キリスト教政治神学の伝統全体(彼の言葉では「暗黒の王国」)を攻撃し、破壊することにあった」と著者は言います。
 ホッブズによれば、その有名なテーゼ「万人の万人にたいする戦い」は、人間の本性に由来するのですが、それは、宗教によって解消されるどころか、むしろ、宗教は、そうした人間同士の間に生じる、欲望と喪失への恐怖を基にした争いの源泉でさえあると考えるべきではないか。宗教が引き起こした様々な「戦争」を見れば、それは明らかだ、そうホッブズは考えます。そうしたホッブズの思想の記述を、著者は、ロック以降、ルソー、ヒュームらその後の世俗化の流れを描くための出発点にします。もちろんそうした人々が、単純に宗教を否定したのではない。特に「宗教的現象」が人間の本性の一部に由来することは、色々な論者が認めている、と著者は言います。なかんずくカントは、「適正に改革されたキリスト教が人間の道徳的な改善に最も相応しい宗教である」ことを認めた、とさえ考え、そこからヘーゲルらの近現代思想へ橋渡しをするのです。
 こうした著者の主張は、ほとんど、判り易く述べられた西欧近代の哲学史であるとさえ言えましょう。それが判り易いのは、対象軸として西欧がどのように「政教分離」を果たし得たか、という戦いの筋が設定されているからです。
 しかし、本書が、単なるそうした哲学史の解説書でないのは、そうした歴史の延長点に、ナチズムがあったことを強く意識し、そこへ至る途を準備したものを詳細に描くことによって、政治と宗教との関わりへの現代的な考察に、あらためて読者を誘う強い力を備えた書物だからだと思います。
 なお、原著のタイトルは<The Stillborn God>つまり「死して生まれた神」という不思議な意味合いを持つものです。訳者は、「死産に終わった虚構の神」という解釈を与えておられます。ナチズムに典型を見るように、政治的言説のなかにも、虚構の神を偶像視し、メシア主義的なファナティシズムに陥る危険が常に存在していることへの、警告の意味があると理解すればよいのでしょうか。
 著者は、アメリカ生まれ、アメリカで教育を受け、現在はコロンビア大学の思想史の教授で、『ニューヨーク・タイムズ』への常連の寄稿者としても知られている由です。(鈴木佳秀訳)
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『神と国家の政治哲学』=マーク・リラ著」、『毎日新聞』2011年11月6日(日)付。

-----

Kk2_resize0127


Kk3_resize0128


神と国家の政治哲学 政教分離をめぐる戦いの歴史 (叢書「世界認識の最前線」)Book神と国家の政治哲学 政教分離をめぐる戦いの歴史 (叢書「世界認識の最前線」)


著者:マーク・リラ

販売元:エヌティティ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

イエスが社会の差別システムを否定したということは、それにまつわるユダヤ教の聖別システムとその根源にあるエルサレム神殿体制への批判を内包しているということである

X1_dscf1954


-----

 こうした使信(メッセージ)と熱狂的パトスを伴ったイエスの活動は、極めて大胆な言動を生み、社会観念の枷や桎梏を砕いて人に迫ったために、ガリラヤの民の大部分である貧民・没落階級の広範な支持を得た。それは、ヨハネを支持した人々と類似の社会層に何よりも好意的に支えられたということである。さらにイエスが社会の差別システムを否定したということは、それにまつわるユダヤ教の聖別システムとその根源にあるエルサレム神殿体制への批判を内包しているということである。ここに、かつてのヨハネに見られた反神殿体制の方向性がイエスにも再確認できることになる。
 さらには、イエスの自由な批判的言動は、一部はエリート階級にも食い込む支持を見出した可能性もある。そうした広範な支持者・同調者の中には、イエスを「メシア」的存在と理解し、生活や家族を放擲してまで彼と共に放浪の生活を送り、その宣教伝道の活動に参与する人々--やがて「弟子たち」と言われる彼の同志たち--も出て来た(ルカ九57以下など)。
    --佐藤研『聖書時代 新約篇』岩波現代文庫、2003年、42-43頁。

-----


佐藤研先生(1948-)、サラッと書いているんだけど「イエスが社会の差別システムを否定したということは、それにまつわるユダヤ教の聖別システムとその根源にあるエルサレム神殿体制への批判を内包している」って点は案外と見逃しがちな盲点なんじゃないかと思う。
「使信(メッセージ)と熱狂的パトスを伴ったイエスの活動」が「広範な支持を得」たことはいうまでもないんだけど、そのメッセージは、差別や格差を含む現状の問題の奥にある人間の認識構造やそれが実体と化した「構造」そのものに目を向けよというひとつの促しなんだろうと思う。

たしかに、対処療法的アプローチやそれを支える善意の具現化は必要不可欠なんだろうけれども、それと同時に、そうした問題を背景からささえる構造的暴力……と表現してしまうと、それはそれでまた限定的になっちゃうんだろうけど……に対しても鋭敏である必要はあるんだろうなぁ。。。。


X2_resize0129


聖書時代史 新約篇 (岩波現代文庫)Book聖書時代史 新約篇 (岩波現代文庫)


著者:佐藤 研

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「近聞遠見:「たばこ発言」のその後=岩見隆夫」、『毎日新聞』2011年11月5日(土)付。

T1_dscf1840


-----

近聞遠見:「たばこ発言」のその後=岩見隆夫

 たばこと政治家の話である。
 最近の統計によると、喫煙人口は下降線をたどっているが、それでも、成人男子の3人に1人、男女合わせると4人に1人が吸っている。ざっと2200万人、小さい数字ではない。
 一方、たばこ論争は、ほぼ言い尽くされた。分煙主義で折り合ったとみていい。喫煙人口はさらに減るかもしれないが、強制力でどうなるものでもない。
 そんな時、新任の小宮山洋子厚生労働相によるたばこ値上げ発言が飛び出し、世間を驚かせた。独特の笑みを浮かべながら、
 「1箱700円台まで上げても税収は減らない」
 2200万人がカチンときたのは間違いない。去年、値上げしたばかりじゃないか、と。
 私もそうだが、喫煙者は頭を低くしている。極力ご迷惑をかけまいと、分煙による<控えめ喫煙>が定着した。戦後社会で、これほどの集団的自己抑制は例がない。
 唐突な小宮山発言は尾を引いている。女優の淡路恵子(78)は60年間1日3箱のヘビースモーカーだが、「愛煙家通信No.3」(ワック・11月刊)のインタビューで、
 「あの(小宮山発言の)テレビを見てものすごく腹が立ったんです。あんな嬉(うれ)しそうにニコニコして、1箱700円が当然みたいに言われるとね、ムカムカムカムカ、この怒りをどこへぶつけようかしらと思いましたね」
 インタビューには<たばこは私の6本目の指>という題がついていた。
 淡路の怒りは喫煙者のいわば民意である。それをどこまで察し、くみ取って発言するか、という政治家のセンスが問われているのだ。
 ところで、政治家とたばこ、いろいろ逸話が残っている。葉巻は吉田茂元首相のトレードマークだった。
 終戦間際、吉田は戦争終結のため活動したとして憲兵隊に連行されたことがある。その場にいたお手伝いに、
 「葉巻に気をつけろ」
 と言い残した。それを聞きとがめ、翌日、また憲兵隊がやってきて、葉巻を箱ごと押収、バラバラにほぐして調べたあと、燃やしてしまったという。
 葉巻の中に機密書類でも隠してあると思ったらしいが、吉田が言ったのは、
 「大事に保管しろ」
 という意味だった。
 橋本龍太郎元首相も愛煙家で知られた。村山政権発足まもない94年7月のナポリ・サミット。不慣れな村山富市首相を補佐して、橋本通産相が走り回る。
 米通商代表部(USTR)のカンター代表とも会談、別れぎわにカンターが、
 「次はワシントンで会いたい」
 と言うと、橋本はこう切り返した。
 「ワシントンは好きじゃない」
 「……?」
 「ワシントンでは、たばこが吸えないじゃないか」
 「君が来るなら灰皿を用意しておくよ」
 「それなら行こう」
 ワシントンでの再会は同年9月。しかし、自動車交渉が難航し、険悪な空気になる。橋本は、
 「だって、カンターさん、あなた私との約束を守っていないじゃないか」
 と灰皿の約束を持ち出し、一転、日米双方大爆笑になった。しかし、灰皿は届かない。 「USTR中探し回ったが、灰皿はない。すまないけど」
 と出されたのはコーラの空き缶だった。
 長い歴史が、たばこにはある。小宮山はたばこ嫌いで通っているが、だからといってたばこ好きを切り捨ててすむなら、政治は簡単だ。(敬称略)
    --「近聞遠見:「たばこ発言」のその後=岩見隆夫」、『毎日新聞』2011年11月5日(土)付。

-----

いやはや……。
わたしも肩身の狭い愛煙家のひとりですよorz


T2_resize0123


T3_resize0125


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「本質」という虚構に頼って、それによって分節し出された存在者の世界は要するに虚構の世界、妄想に浮ぶ仮象にすぎない

I1_dsc02960

-----

 「本質」ぬきの文節世界の成立を正当化するためにこそ、仏教は縁起を説くのだ。だが縁起の理論は、理論的にはいかに精緻を極めたものであっても、実践的にはなんとなくもの足りないところがなくはない。この現実の世界でわれわれが実際に交渉する事物には、縁起の理論だけでは説明しきれないような手ごたえがあるからだ。大乗仏教の数ある流派の中で、この問題に真正面から、実践的に取り組もうとしたのが禅である、と私は思う。
 禅も「本質」など絶対に認めない。「本質」という虚構に頼って、それによって分節し出された存在者の世界は要するに虚構の世界、妄想に浮ぶ仮象にすぎない。それなのに、現実の事物にどっしりした手ごたえがあるとすれば、それはもともと、「本質」を通した存在文節のほかに、いわばそれと密着して、それとは全く異質の、「本質」ぬきの文節が生起しているからであるに違いない。「本質」に依る凝固性の文節ではない、「本質」ぬきの文節が生起しているからであるに違いない。「本質」に依る凝固性の文節ではない、「本質」ぬきの、流動的な存在文節を、われわれ一人一人が自分で実践的に認証することを禅は要求する。
 そしてこのことは、当然、言語にも深く関係してくる。なん遍も繰り返したとおり、コトバは元来、「本質」喚起をその本性とするからである。つまり「本質」を通さない存在文節とは、もともと「本質」を喚起するように作られているコトバを、「本質」を喚起させずに使う、ということだ。
 老師が手にした杖を高々と振り上げて、さあこれをなんと呼ぶか、言ってみろという。杖であると言えば、「空」が凝結してしまう。杖でないと言えば、経験的事実に背く。現に老師に津でなぐられればたしかに身にこたえがある。ということは、杖でないことはない、つまり杖であるということだ。ここに至って切羽詰った学人は「転語」を発せざるを得ない。つまり自ら「本質」の影もない境位に身心を置いて、「本質」的でない仕方で杖を分節し出さなければならない。このような非「本質」喚起的な言語の用法、存在の非文節的文節については、語るべきことが多いが、いまはこれ以上語らない。後で主題的にこの問題を論じる機会があるので、ここではこのまま先に進むことにしよう。
    --井筒俊彦『意識と本質 精神的東洋を求めて』岩波文庫、1991年、25-26頁。

-----


井筒俊彦先生(1914-1993)の禅と唯識への傾倒には、正直なところ「若干」の違和感があるのですが、それでも、その営みの全体像を毀損することは全くなく、読み直すたびに驚くわけですが、『意識と本質』の冒頭で素描しているコトバのもつ「本質」喚起機能に、やはり我々現代人も多かれ少なかれ、影響を受けているんだよな……という自覚をもつことは必要不可欠のようですね。

昨日はありもしない『兎角亀毛』を現前させてしまう言語の問題について紹介しましたが、そのひとつの核となるのが、コトバの「本質」喚起可能ですね。

そうした似非存在論にNoを突きつけた論理を、おそらく「空」と読んでいいのでしょうけれども、本質実在論のイデオロギーが……この文章でも指摘されておりますが経験的事実に背くという意味ではない意味での……「虚構の世界」「妄想に浮ぶ仮象」に過ぎないということを深く認知すべきだし、ひょっとするとそれは釈尊在世時代よりも「濃厚」になっているのではないだろうかと危惧するばかりです。

ともあれ、そうした「虚構」「妄想」に執着しないこと、そしてそれに囚われている問題に目をそむけないこと……単純なようですが、ここを大切にするしかありませんね。

I2_resize0124


意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)Book意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)


著者:井筒 俊彦

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

存在しないものも存在するかのように思い込みがち

T1_dsc02337


-----

 人に差別があるかのように世間で言われているのは、人間が勝手に言葉で規定しただけであると、釈尊は『スッタニパータ』で次のように言っている。

 身体を有する〔異なる生き〕ものの間ではそれぞれ区別があるが、人間〔同士〕の間ではこれ(区別)は存在しない。名称(言葉)によって、人間の間で差別が〔存在すると〕説かれるのみである。(一一八頁)。

 私たちは、言葉によって逆規定されて、存在しないものも存在するかのように思い込みがちであるが、釈尊は人間における差別が言葉による逆規定によるものであって、人間には本来、差別はいと断言している。
 仏教では「有」(bhava 存在)を種々に分析しているが、その中に「名有」というものがある。「名有」とは、「兎の角」を意味するシャシャ・ヴィシャーナ(sasa-visana)や、「亀の毛」を意味するクールマ・ローマ(kurma-roma)のように言葉(名)のみが存在していて、現実には存在しないもののことである。ところが、われわれは言葉によって、いかにもそれが存在するかのように錯覚してしまう。それを身近な例で教えたのが「兎角亀毛」であった。
 ここで言う、「人間の間の差別」というのも、「兎角亀毛」と同様、言葉によって存在するかのように思い込まされているのであり、そんなものは本来、存在しないのであると述べている。ここの人間(パーリ語 manussa)を、デンマークのパーリ語学者V・ファウスベルはmenと英訳しているが、それでは女性(women)が排除されているかのごとき誤解を与えかねないので、human beings(人間)と訳した方が無難であろう。manussaは、itthi(婦人)、あるいはpurisa(男)という語と複合語を作り、それぞれ「女の人」(manussa-itthi)、「男の人」(manussa-purisa)という意味になる。従って、manussaだけでは、男女を区別しない「人間」を意味しているのである。
    --植木雅俊『仏教 本当の教え』中公新書、2011年、18-19頁。

-----


しらないうちに僕たちは「言葉(名)のみが存在していて、現実には存在しないもの」を現実に存在「せしめて」いるんじゃアないだろうか。


それは権力理論に適応したフーコーは、社会の位置づけに応じた身体を訓練(=ディシプリン)によって形成してゆく陥穽を鋭く突いた。

根拠ではなく、言葉によって分断され、それが習慣によって「実体」化させられてしまった構造を温存させていく「生-権力」(bio-pouvir)。

知らないうちに拘泥して生きているのが人間の実情なんだろうけど、それは臨床観察者が記述すれば「妄想癖」って話しになるんだろうな((((;゚Д゚)))))))

虚構された「兎角亀毛」が持つ暴力の問題を真っ正面からとらえるほかない。

T2_resize0122


仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)Book仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)


著者:植木 雅俊

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「社説:読書週間 大震災後に思う本の力」、『毎日新聞』2011年11月4日(金)付。

S1_dsc02908


-----

社説:読書週間 大震災後に思う本の力

 本の大切さを改めて考えるきっかけにしたい読書週間(11月9日まで)だが、大震災後の今年はいつも以上にその思いが強い。書物の力を求める人が多いのではないだろうか。
 現在の読書週間は1947年にスタートした。終戦後、読書の力で平和な文化国家を建設しようという思いからだった。ただ、この運動には、関東大震災で大量の出版物が失われた翌年の1924年、図書文化の普及をめざして運動が展開されたという前史がある。私たちには、災害や戦争で大きな被害を受けるたびに、心の復興のために読書を大切にしてきた歴史があるのだ。
 毎日新聞による第65回読書世論調査では、東日本大震災をきっかけに本を読むことが「より大切に思うようになった」人が約2割もいた。震災や豪雨で自分や家族が被災した人に限ると3割近くになった。
 理由として挙げられたのは、「事実を知る情報源になる」が最多で、「人生や物事を深く考えるきっかけになる」が次に多く、「心の支えになる」も少なくなかった。詳しく知ること、生きる指針を得ること、喪失感を埋めることに、本が期待されていることがわかる結果になった。
 被災地へ本を送る活動も各地で展開されている。毎日新聞が大阪国際児童文学館などと取り組む「いっしょだよ」キャンペーンもその一つ。これまでに75の保育園や幼稚園、小中学校に約4000冊を贈呈した。
 出版社などで構成する<大震災>出版対策本部も精力的に被災3県(岩手、宮城、福島)への図書寄贈プロジェクトを実行している。夏休み前の7月には1000円分の図書カード約13万2500枚を小学生たちに贈った。子供たちからのお礼の手紙が事務局に寄せられている。書名を挙げながら、「夏休みの楽しい思い出がふえた」「本がどれだけ大切なものかわかってきました」と、震災後の不安に負けず、感謝を記す文面が感動的だ。 本をめぐる状況は揺れ動いている。一つは電子書籍の市場が広がりつつあることだ。特に世界最大の電子書店、アマゾン・ドット・コムの日本進出が話題を呼んでいる。現在は価格などを出版社と交渉中だ。出版の多様性が失われないことを望みたい。
 全国の書店数が減少しているのも気になる。出版社「アルメディア」の調査では、01年に約2万1000店だったのが今年5月では約1万5000店になった。街の本屋さんは、子供たちが本に出会う場所だ。世論調査でも、「身近な小さな書店もあってほしい」と願う声は多い。読書の喜びを広げる小さな文化センターのようなものとして、活性化できないだろうか。
    --「社説:読書週間 大震災後に思う本の力」、『毎日新聞』2011年11月4日(金)付。

-----


S2_resize0120


S3_resize0121


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき ~当事者、読者の声~ 男、女である前に人間」、『毎日新聞』2011年11月3日(木)付。

Ki1_dsc02872

-----

境界を生きる:性分化疾患・決断のとき ~当事者、読者の声~ 男、女である前に人間
 ◇理解得て結婚、自由に生きる 告白「死ぬまでしない」
 染色体やホルモンの異常が原因で男女の区別が難しい病を取り上げた連載「境界を生きる~性分化疾患・決断のとき」(10月17~19日)に多くの反響をいただきました。当事者の立場から寄せられた体験や、読者の声を紹介します。【丹野恒一】

 「性分化疾患は簡単に割り切れるものではないが、男や女である前に人間なのだという命の原点を見つめ直すことが大切ではないか」。神奈川県藤沢市の尼僧、高井叡空(えくう)さん(72)は、連載にこんな感想を持ったという。
 生まれつき膣がなかった高井さん。「女性としての性発達に何らかの問題があったのは確か。性分化疾患という言葉は最近になって知ったが、そういったものの一つだと思って生きてきた」
 人生の転機は高校を卒業した直後に訪れた。縁談が持ち上がり、すぐにまとまりかけたが、体のことが問題になった。生理はなく、性交渉もできない。子どもも産めないだろうと思われたからだ。
 「半世紀以上も前の時代だから、拒絶されて当然だったはず。でも、相手はご家族を含めて『それでもいい』と言ってくれた」。両親の「せめて形だけでも整えて」という勧めで、結婚前に手術を受けて膣を作ることになった。近くでは病院が見つからず、大阪の大学病院に3カ月、入院した。「診察の時はいつも研修医たちが取り囲み、物珍しげにのぞき込んできた」という。
 退院して半年後、20歳の秋に無事結婚した。しかし、形成した膣が小さくなっていかないよう、プラスチックの棒を常に挿入しておかねばならなかった。入れておくだけでも恥ずかしかったが、装着していた7年間で、人前で抜け落ちてしまったことが3度もあった。「そのたびパニックになった」。つらい思い出がよみがえり、高井さんの目から涙が流れた。
 子どものいない結婚生活。高井さんは自由に生きた。アングラ劇団員、現代芸術家、レストランの経営にも挑戦した。そして50歳のとき、比叡山に登り、修行中の僧と出会ったのがきっかけで尼僧になった。「空庵(くうあん)」と名付けた自宅は寺の体裁をとらず、ヨガの会を開いたり、若者が集まって性のことから社会問題まで語り合う場になっている。
 3年前に夫に先立たれた。ふと思い立ち、かつて造膣手術を受けた大学病院にカルテが残っていないか問い合わせた。医師にも親にも詳しい説明を受けた記憶がなかったからだ。カルテは既に廃棄され、自分がどんな体で生まれ、何という病気と診断され、どんな手術を受けたのか、分からないままになった。
 高井さんは尼僧になった時、献体登録をした。「私自身は知ることができないが、これからも生まれてくる性分化疾患の子どもたちが生きやすくなるよう、この体を医学の発展に生かしてほしい」と柔和な表情でほほえんだ。

   *
 2年前の連載時にも感想を書いてくれた匿名の女性(62)からは、7枚の便箋につづった手紙が届いた。結婚から約3年後、30歳を過ぎたころに下腹部に精巣が見つかり、性染色体も男性型であることが判明したという。
 子宮と卵巣がないことは19歳の時に知り、自殺まで考えたが、ショックはそれ以上だった。思わず医師に「(男性としてならば)子どもを作る能力があるのか」と尋ねた。もし「ある」というなら、夫とは離婚して男性として生きようと思った。しかし、返ってきた答えは「能力はない」だった。
 いったん自分の中に男性的な部分を見つけてしまうと、特に30代、40代は折り合いをつけて生きることに苦しんだ。築き上げた生活を壊さないよう、「夫には死ぬまで絶対に告白しない」と決めている。
 遺伝がかかわっているためか、親族の中に似た症状の女性が複数いる。周囲から差別的な扱いを受けていると聞いたこともあるが、タブーになっていて互いに触れることはない。
 女性は「私と同じ性分化疾患の若い人に言いたいこと」として「もし人生のパートナーを求めて生きようとするなら、生まれ育った場所ではなく、東京のような、いざとなればよそに移れるところがいい。病気のことを告白する場合は、人の心の痛みが分かる人かどうかしっかり見極めてほしい」と率直にアドバイスする。

   *
 人々の意識や社会の在り方に対する疑問や、今後目指すべき方向についての意見も寄せられた。
 静岡市駿河区の派遣社員、大原三琴さん(40)は「人間は男と女にデジタル的に分けられるものではない。極めてアナログ的で幅のあるものだということが連載を通してはっきりした。自然界を見れば、それは珍しいことではなく、人間の認識の仕方に問題があったということだろう」と考える。
 千葉県市川市の会社員、島昌代さん(49)は「誰の迷惑になるわけでもなく、本人に痛みさえない場合、それを『疾患』と定義することには疑問がある。肉体にメスを入れたり、ホルモン治療を受けたり、なぜそこまで無理をして男と女というたった二つのカテゴリーに人間を押し込まねばならないのか。性分化“疾患”をありのままに受け入れることができない、懐の狭い社会の方にこそ問題がある」と訴えた。
 また、薬害肝炎や薬害エイズの被害者支援をしている東京都足立区の江川守利さん(57)は「効率化を求める現代においては、画一化された社会のレールからはみ出す者はみんなマイノリティーとなる。そんな社会の在り方そのものが新たな差別や偏見を生み出し、マイノリティーを生きにくくしている。まずは存在を知り、理解を分かち合うことから始めたい」と提言した。
 一方、京都府の無職の女性(47)は精神科を受診している立場から「男っぽい性格の女性もいれば、女っぽい性格の男性もいる。私の中にも男性的な部分があることに気付くことがある。周囲との関係に強い違和感があるのは、私もある意味で境界を生きているからかもしれない」としたうえで「デリケートな内容にもかかわらず、取材に答えた当事者や関係者、医療者に敬意を払いたい」とのメールを寄せた。
    --「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき ~当事者、読者の声~ 男、女である前に人間」、『毎日新聞』2011年11月3日(木)付。

-----


関連エントリ http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-9145.html


Ki2_resize0116


Ki3_resize0117


| | コメント (0) | トラックバック (0)

真の世界を除去することが、決定的に重要である。

N1_dsc02857


-----

 真の世界を除去することが、決定的に重要である。真の世界があればこそ、私たち自身がそれである世界が大いに疑問視され、その価値を減ぜられる。すなわち、真の世界はこれまで私たちにとって生の最も危険な謀殺であったのである。
 真の世界が虚構された基礎であるすべての諸前提に対する戦闘。これらの諸前提には、道徳的価値が至高の価値であるということが属している。
 至高のそれとしての道徳的価値評価は、それが非道徳的価値評価の帰結であると、すなわち、正真正銘の非道徳性の一つの特殊な場合であると立証されうるなら、論駁されてしまうであろう。このことでそれは、見せかけへと還元され、また見せかけとしてそれは、みずから、仮象を断罪するいかなる権利をももはやもたなくなるであろう。
    --ニーチェ(原祐訳)『権力への意志 下 ニーチェ全集3』ちくま学芸文庫、1993年、118頁。

-----


仕事から帰ってきてクタクタで、こんな世界は、「本当の自分の世界じゃない」なんて青臭く思わないこともなきにしもあらずですが、受け入れる乃至それに甘んじるという惰化を斥けるという意味での「これは違う」っていうのは必要でしょうけれども、どこかに「本当の世界がある」っていう議論を首肯することはどうもできません。

もちろん、現在を生産的に批判するという意味での作業仮説としてはその存在意義を認めることは可能でしょうが、それが二項対立に対峙させられてしまうと結局は、「本当の自分の世界じゃない」というそれと「本当の世界」ってやつは、交差しないまま終わってしまうんじゃないのかと思う。

別に現実の世界が「厭や」で「真の世界」へ「移動したい」というのであれば話しは別ですけども、現実の世界が「本当の自分の世界じゃない」けれども、願うべき世界……とでも幅広く表現しておきましょうか……へと転換しようと思うのであれば、「移動したい」とは違う選択肢が必要というのが手順なんだと思うわけなんですが……。

もちろん、現実の生活世界に対してひとびとは様々な不満や鬱憤、否定しがたい感情を持ち合わせているのは事実です。

しかし、それが内向的なルサンチマンとしての青白い炎となり、「どこかにある!」って夢想して、現実世界と丁寧に向き合うことができないようになってしまうと……それはそれで残念なコトになってしまうと思うのですけどねぇ。

ともあれ、再来週まで休みがないので、今日はとっとと呑んで寝ますか。

N2_resize0119


ニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫)Bookニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫)


著者:フリードリッヒ ニーチェ

販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫)Bookニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫)


著者:フリードリッヒ ニーチェ

販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

因果と目的のカテゴリーから人間を解き放す「文化の日」

Bk1_dsc02845

-----

 日常の経験において、我々は、現象を因果または目的のカテゴリーによって結びつけてる。事物の、理論的な理由に関心をもつか実際的な結果に関心をもつかによって、我々はそれらを原因と考えまたは手段と考える。こうして我々はもはや、面と向かって、それらを見えないほど、その直接の姿を見る眼を普通失っているのである。他方、芸術は事物をただ概念化したり、利用したりするばかりでなく、視覚化することを教える。芸術は、現実の、より豊富で溌剌とした多彩なイメージを与え、現実の形式的構造の、さらに深い洞察を与える。人間が、現実に向かう一つの、特殊で単一の道だけに限局されることなく、その観点を選択することができ、したがって事物の一側面から、他の側面に転じうるのは、人間性の特徴である。
    --カッシーラー(宮城音弥訳)『人間 シンボルを操るもの』岩波文庫、1997年、357-358頁。

-----


11月3日は日本では「文化の日」という法律によって定められた祝日(……とはいえ、コチラは仕事ですけどw)。

「国民の祝日に関する法律」によれば、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」のが「文化の日 十一月三日」の意義ということらしい。

歴史を振り返ると、1946年のこの日、日本国憲法が公布されたわけで、憲法が平和と文化を重視していることから、1948年「文化の日」と定められたみたいです。
(※因みに1947年までは明治節として、明治天皇の誕生日による休日)。

さて、ひとつ、ここは文化にでも触れたいところですが、うまく時間をさくこともできませんが、その意義を念頭にでもおきながら、画集の一つでもめくっておきたいところです。

何しろ文化の一端をになう「芸術」とは、カッシーラー(Ernst Cassirer,1874-1945年)によれば「人間が、現実に向かう一つの、特殊で単一の道だけに限局されることなく、その観点を選択することができ、したがって事物の一側面から、他の側面に転じうるのは、人間性の特徴」でありますから、因果と目的のカテゴリーによってがんじがらめにされてしまった人間の思考を解き放ってくれるものですから、意識的に向き合っていかないと、振り返らないまま、時間だけ過ぎていってしまうというものですからねぇ。

……ということで、まず目前の仕事を片づけますかorz

……あ、ついでの蛇足ですが昨夜はこの季節限定の「赤霧島」をがっつりやりましたが、まろやかなそのうま味は格別のものがありました。


Bk2_resize0118


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「これが言いたい:自治体の復興事業に民間のノウハウを生かせ=大西健丞」、『毎日新聞』2011年11月3日(木)付。

Ki01_imgp1291

-----

これが言いたい:自治体の復興事業に民間のノウハウを生かせ=大西健丞

 ◇「知の協業」へのシフト必要--公益社団法人Civic Force代表理事・大西健丞
 第3次補正予算案が臨時国会に提出され、大震災から8カ月近くを経てやっと復興に向けた動きが本格化する。予算案にはインフラ整備や中小企業向けの融資などが盛り込まれ、待たされ続けた被災地の期待は大きい。だが、肝心なのは、具体的な復興事業に地域の事情や住民の意向をどこまで反映できるかだ。
 「Civic Force」が支援活動をしている宮城県気仙沼市では、高さ5~10メートル超の防潮堤を沿岸に建設する計画が示されたが「観光資源でもある港の景観を壊し、暮らしを海から遠ざける」と反発が出て、住民を二分する騒ぎになっている。土地のかさ上げや高台への集団移転も、利害が複雑にからみ、調整は困難をきわめそうだ。
 まちづくりをゼロから再スタートさせる難しさは並大抵ではない。従来の土建事業の枠組みと発想だけで対処しようとすれば、現場の実感との乖離は広がるばかりだ。
 本来なら基礎自治体と呼ばれる市町村が住民の声を吸い上げ、地域の実情に合ったオリジナルの復興策を練り上げるべき場面だが、どうも心もとない。もともと日本の基礎自治体は国や県への従属性が強く、決められた事業枠に当てはめることは得意でも、本格的な政策立案能力をもった人材が育ちにくい。加えて震災後は職員が通常の何倍もの業務を抱え、余力がない。
 このような状況下で私たちNGOを含む民間がなすべきは、被災地のまちづくりについて、住民や基礎自治体の側に立ってさまざまな知恵を出し、ノウハウや人脈を提供することだと思う。自治体の仕事の隙間を埋める「草の根」の活動だけでなく、政策の提言や調整の段階から知的な貢献をする。緊急期の物資配布やがれき撤去といった実動的な支援から、「知の協業」へのシフトである。
 たとえば、PFI法や再生可能エネルギー法を活用して民間資本を呼び込み、太陽光パネルを備えた新タイプの復興住宅を建てる。売電収入を「配当」とすることで低コスト化を図り、ローンを抱えた世帯や社会的弱者に優先的に供給する。あるいは、自動車会社が本業を生かし、車のリースや修理技術の提供を通じて、地域に合ったカーシェアリングのしくみを構築する。外部の人材群が、手薄な自治体の政策立案を支援することで、そうした民間のダイナミズムをまちづくりに効果的に取り込めるのではないか。
 海外の紛争地などの復興でも、オックスファム(英)のような一流のNGOは中・長期の地域開発政策に深くコミットしており、調査・分析や提言は驚くほど質が高い。残念ながら私たちはまだその域に及ばないが、豊富な蓄積をもつ民間シンクタンクと組んで知見を引き出すことで、東北の被災地に対し同様の貢献をしたいと考えている。

     *
 この秋、復興計画づくりを担う自治体の関係者から「防潮堤の高さや土地の買い上げの有無を国が決めてくれないと、計画を詰められない」といった言葉をよく聞いた。補助率の上乗せなど、国の政策のさじ加減ひとつで計画の実現を左右される現場の苦悩が垣間見えた。
 一方で予算案には、自治体の自由な裁量で復興事業に使える交付金が盛られた。裏を返せば、構想力や政策立案力しだいで復興の質に大きな差がつくことになる。「押し付けの復興事業」という言い訳は通用しない。民間との「協業」で知恵とリソースを引っ張り込む貪欲な発想を、自治体の側にも期待したい。

人物略歴 おおにし・けんすけ 英ブラッドフォード大院修了。国際協力NPO「ピースウィンズ・ジャパン」代表理事。
    --「これが言いたい:自治体の復興事業に民間のノウハウを生かせ=大西健丞」、『毎日新聞』2011年11月3日(木)付。

-----

Ki02_resize0115


Ki03resize0114


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「trend:中東 日本アニメ人気拡大」、『毎日新聞』2011年10月31日(月)付。

Anm1_dsc02866


-----

trend:中東 日本アニメ人気拡大

 <トレンド>

 民主化騒乱に揺れる「アラブ最貧国」イエメンの首都サヌア。その一角で日本アニメのCDを販売する「アラブ・アニメーションズ」が営業している。オサマ・ハティーブ店長(31)によると、「ワンピース」など日本でも人気の作品約150タイトルをそろえる。売り上げは順調に伸びており、今年1月に支店をオープンしたほどだ。
 日本のアニメや漫画は世界で高い評価を受ける。中東でも、人口の過半数を占める20代以下の若者を中心に、熱心なファンが増えている。衛星テレビやインターネットの発達で裾野が広がった。日本貿易振興機構のアニメ・ゲーム市場調査(10年9月)は、オイルマネーの集まるペルシャ湾岸諸国や人口8400万人のエジプトなどが「未来の有望市場」であることを示す。
 文化背景の違う日本で生まれたアニメや漫画が、なぜ中東で受けるのか。ハティーブさんは「ストーリーの面白さ、絵の質の高さが世界の人々を引き付ける」と解説する。サヌアでゲームショップを経営するザキ・シャムランさん(40)は「日本のアニメが強調する友情や助け合いの大切さは、我々の価値観にも合う」と分析する。
 先月、エジプトの首都カイロの日本大使館で人気作品「サマーウォーズ」の上映会があった。約100席の会場は9割がエジプト人で埋まった。大使館のアンケートに「日本アニメをどんどんやって」との意見が多く寄せられた。11月にも別の作品を上映予定だ。
 カイロ郊外に住む薬剤師のヤスミーン・アブデルラヒムさん(24)も日本アニメの大ファン。取材場所の喫茶店で、バッグ二つに詰め込んだ漫画雑誌やキャラクター人形を披露してくれた。古本屋を回り、25エジプトポンド(約317円)の漫画本を見つけた時は「うれしさで値切るのを忘れた」。
 アラブ首長国連邦(UAE)のドバイには08年11月、英訳の日本漫画本も販売する紀伊国屋書店がオープン。山田拓也副店長(39)によると、日本漫画は仕入れ全体の1割未満だが、売り上げは当初の約2・5倍増。月2000点以上だ。この店では欧米人の利用が主流だが、漫画コーナーに限れば、伝統衣装を身にまとった顧客がほぼ半数だという。
 ただ、中東は日本や欧米に比べ保守的傾向が強く、当局の検閲もある。「暴力や裸体が含まれる青年向け作品や宗教色の強いものは要注意」(山田さん)のようだ。【サヌアとカイロで和田浩明】
    --「trend:中東 日本アニメ人気拡大」、『毎日新聞』2011年10月31日(月)付。

-----


Anim2_imag0930


Anim3_resize0112


| | コメント (0) | トラックバック (0)

理想性、世界性、独創性が不足し、文学者にも職業倫理の欠如があったこと

001_dsc02875


-----

 「何故に大文学は出ざる乎」において、内村は、とくに近代の日本にその生じない理由として四つのことをあげている。その第一は、「文学とは高尚なる理想の産」であるのに日本に「大文学」の「プリンシプル」となるような理想のないことである。第二は、せまい愛国心の養成にのみ汲々としていて、「世界的精神」を育てず、「世界文学の攻究」を怠ったことである。第三は、「独創を危険」視し、「兵隊的服従」を強いたことである。第四は、「文学とは真面目なる職業」であるべきなのに「文人」というと「花柳に遊ぶ」を要する人としてみなされてきたことである。まとめ言うならば、理想性、世界性、独創性が不足し、文学者にも職業倫理の欠如があったことである。
    --鈴木範久『内村鑑三をめぐる作家たち』玉川大学出版部、1980年、16-17頁。

-----


日本文芸史が専門ではないけれども、内村鑑三(1861-1930)の指摘する、理想性、世界性、独創性の欠如という問題は、近代日本の文化形成において大きな影を落としていることはおそらく否定できない。

もちろん、それを本気で乗り越えた達人は無数に存在する。

しかし、大勢としては、「平時」においては、その側面にどこかで接近することができたとしても、「非常時」においては、何の衒いも逡巡もなく「兵隊的服従」に迎合していった事例が多いことを考えると、創作における「プリンシプル」の欠如のみならず、人間が生きるということに関しては、「これだけは譲ることができない」というような「プリンシプル」が欠如したことも大きく影響しているのではないだろうか……などと思うわけだけど……ねぇ。


002_resize0113


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「採用活動:『学生の質』巡り認識に隔たり 企業の4割超『低下』実感、大学側は反論」、『毎日新聞』2011年10月31日(月)付。

01_dsc02878


-----

採用活動:「学生の質」巡り認識に隔たり 企業の4割超「低下」実感、大学側は反論

 ◇会話能力の不足認める/トップクラスは「優秀」
 4割を超える企業が「学生の質の低下」を実感--。就職情報会社の調査で、こんなデータが公表された。より優秀な学生がほしい企業と、進学率の上昇で「大衆化」した大学、義務教育も含めた社会状況が混在して生み出された現象ともいえそうだ。【遠藤拓】

 就職情報会社「マイナビ」(10月に毎日コミュニケーションズから社名変更)が、国内企業に実施した調査(1757社回答)によると、12年春に卒業を予定する大学生の採用活動について「前年より厳しかった」「前年並みに厳しかった」と答えた企業は81%に上った。その理由(複数回答)で「学生の質の低下」を掲げたのは52%で、全体の42%に。「母集団の確保」(37%)▽「辞退の増加」(37%)など他の項目を上回り、最も多かった。
 マイナビの栗田卓也・HRリサーチセンター長は「学生への不満はここ数年、よく耳にする。企業がグローバル競争にさらされ、社員に求められる仕事のレベルが上がったことも背景にある」と話す。「マナーやあいさつなど一般常識のなさ」「主体性の欠如」が挙がることも多いという。
 東京都内の中堅メーカーの採用担当者はこの時期、各大学で合同企業説明会を開くと、消極的な学生が目につく。「就職先が決まっていないにもかかわらず、会場の壁際にたむろし、ブースを回ろうともしない。特に男子学生はガッツが感じられず、『草食系』と言われるのもうなずける」
 関東地方を中心に展開する小売会社の採用担当者は「会社説明会で『よろしくお願いします』のあいさつさえしない学生が少なくない。入社後にちゃんと仕事をしてくれるのか不安だ」とぼやく。

 これらの声を、大学側はどう受け止めているか。
 一橋大学キャリア支援室の高橋治夫シニアアドバイザーは「今の学生は、社会全体が貧しかった親世代と違い、がむしゃらに勉強をしなければ未来が開けないわけではない。意欲やモチベーションには欠けているかもしれない」という。だが「社会のリーダーとなり得る学生の能力は決して落ちていない」と、トップクラスの学生の「質低下」論は否定する。
 同大はキャリア教育の一環で、社会で活躍する卒業生が自らの経験を伝える授業がある。18日に教壇に立った投資助言会社「フジマキ・ジャパン」社長で同大非常勤講師の藤巻健史氏も「企業が学生に対して厳しい見方をするのは、もうかっていないからだろう。優秀といわれる大学の学生の質は落ちていない」と学生を擁護する。
 日本大学の宇田川理・就職課長も「一般論として今の学生は、あいさつなども含めたコミュニケーション能力が落ちたとの指摘は理解できる。でも、ITスキルは昔よりも向上している。総じて学生の能力は落ちていない」と述べる。さらに「大学が学生を磨けるのは4年間だが、実質的な就職活動スタートまでは2年余り。企業側がひとくくりにする学生の『質』は、小中高までの学校生活や家庭環境に左右される部分も大きい」と反論、「大学悪玉論」を否定する。
 一方で大学進学率が5割に達したことに原因を求める見方もある。関西の新設大学の教員は「中学生程度の学力で、コミュニケーション能力が決定的に欠けた学生も珍しくない。学生の質は明らかに低下している」と打ち明ける。マイナビの栗田氏も「90年代以降、大学進学率が大きく伸びたことで、大学生の裾野は大きく広がった。一方で企業が社員に求めるハードルは年々上がっており、『質低下』を問題視する動向は続くのではないか」とみる。

 企業と大学のギャップを埋める方策はないのか。
 企業の人事担当と大学の就職支援担当を経験した、コンサルティング会社「採用と育成研究社」の小宮健実社長は「企業が『学生の質が落ちた』と繰り返すのは、大学と企業が、人材育成の観点から連携できていないからだ」という。その上で「企業側は求める人物像を『変革に耐えうるチャレンジ精神』などと曖昧な言い方でなく、具体的に示すべきだし、大学側も育成しようとする人物像を『建学の精神』など抽象的な文言に頼らずに明示する必要がある。そうしない限り、学生が『質低下』を言われ続ける状況は収まらないのではないか」と話している。
    --「採用活動:『学生の質』巡り認識に隔たり 企業の4割超『低下』実感、大学側は反論」、『毎日新聞』2011年10月31日(月)付。

-----

02_resize0110


03_resize0111


| | コメント (0) | トラックバック (0)

出家することは、本来、世俗の名誉、名声、利益など一切をかなぐり捨てて、社会の最底辺に置かれた人たちと同じ立場に立つことであった……

01_imag0908


-----

 また、『サンユッタ・ニカーヤ』(内容別に分類された教えの集成)でも、次のように述べている。

 多くの呪文をつぶやいても、生まれによってバラモンとなるのではない。〔バラモンといわれる人であっても、心の〕中は、汚物で汚染され欺瞞にとらわれている。クシャトリヤ(王侯・武人)であれ、バラモンであれ、ヴァイシャ(庶民)であれ、シュードラ(隷民)であれ、チャンダーラ(施陀羅)や汚物処理人であえれ、精進に励み、自ら努力し、常に確固として行動する人は、最高の清らかさを得る。このような人たちがバラモンであると知りなさい。(第一巻、一六六頁)

 呪文を唱えるなどの宗教的祭儀を司っていたバラモン階級について、その生まれだけで清らかだとは言えない、その内心は、汚物で汚れているとまで言い切っている。
 その一方で、不可触民とされたチャンダーラでも、その行いによって「最高の清らかさ」(paramam suddhim)を得ることができると断言している。
 釈尊は、出家して袈裟を着ていたが、その袈裟はチャンダーラたちが身に付けていたものである。袈裟は、「薄汚れた色」、あるいは「黄赤色」を意味するサンスクリット語のカシャーヤ(kasaya)を音写したものである。その心は、墓地に捨てられた死体をくるんでいたものである。死体が猛獣に食べられた後、布の破片が散らばっているのを拾い集め、洗ってつなぎ合わせて衣にしていたのだ。死体の体液の染みで汚れ、黄赤色になっていることから、その衣はカシャーヤと呼ばれていた。あるいは、パーンスクーラ(pamsu-kula 拾い集めたぼろ布で作った衣)と言われることもあり、それは「糞掃衣」と音写された。
 中村先生は、「仏教では意識的に最下の階級であるチャンダーラと同じ境地に身を置いたらしい。仏教の修行僧は袈裟をまとっていたが、袈裟をまとうことは、古代インドではチャンダーラの習俗であったからである」(『原始仏教の社会思想』七七頁)と言っておられる。
 出家することは、本来、世俗の名誉、名声、利益など一切をかなぐり捨てて、社会の最底辺に置かれた人たちと同じ立場に立つことであった。外見や生まれによってではなく、行いによって、最高の清らかさを得る在り方を求めたのである。
 このように、釈尊は人を賤しくするのも、貴くするのも、その人の行為いかんによるとして、「生まれ」による差別を否定したのであった。
    --植木雅俊『仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解』中公新書、2011年、15-16頁。

-----

インドの原始仏教における出家の意義を紹介した一節ですが、これれがのちに専業集団化するなかで、「社会の最底辺に置かれた人たちと同じ立場に立つこと」という意義がうすれ、「世俗の名誉、名声、利益など一切をかなぐり捨て」ることが、世間から超脱することとしての「出世間」=閉鎖的集団化することと誤解されて受容・流通・権威化してしまったことはひとつの不幸かも知れません。

もちろん単純に批判するわけではありませんが。

しかし、「世俗の名誉、名声、利益など一切」がごった煮している世間から離反するのではなく深く内在することによってそれに拘らないという観点は踏まえておく必要はあるかと思います。

加えて、ミスリードされた「出世間」が、世間や国家の役に立たないとして廃仏毀釈の理由に掲げられることが多かったことも忘れてはならないのだろうし、僕は国家や世間に「有用」であればOKとする劣化したプラグマティズムには全く興味はないけれども、そうなるとこんどは「いやいや、役に立つにんですよ」って迎合する連中もわんさかでてきたことが、たとえば近代日本の宗教史であったことは、宗教とは何かを考えるうえでは大事なことなんじゃないかと思いますが……。

いずれにしても、「壮大な伝言ゲームの果てに」という帯の植木雅俊氏(1951-)の近著『仏教 本当の教え』(中公新書)を読み始めたところですが、なかなか知的スリリングに満ちた一冊です。


02_resize0109


仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)Book仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)


著者:植木 雅俊

販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »