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「エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう」って話しなんだが……

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異なったもの--学問
 或る下士官が、配下の不器用なことでは折紙つきの徴兵猶予学生を前にして、その驚きを次のように表現した、「これほど知性があって、しかもこれほど間抜けな奴がいるものかね」と。この言葉は実践的知性と理論的知性との混同、ならびに知性と知識との混同を含んでいる。
 通俗的な知識--事実を説明することができないままなされる事実の認識にに帰着する--は、殆ど知性を伴わず、殆ど思い出に帰着する。たしかに、それは真の知識ではないといってよい。ベーコンによれば、「真に知るとは原因によって知ることにある」 vere scire, per causas scire のだ。そこにあるのは説明的な知識だけである。
説明的知識の獲得は知性を要求し、発達させる。説明するためには理解しなければならず、理解するのは知性である。そして知性は、いっそう困難な問題の解決のために使われば使われるほど、いっそうよく理解するようになるのである。
 しかし、知識の所有は一般的な理解能力としての知性とは無関係である。エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう。おそらく彼は、故障の原因を素人よりはよく理解する。しかし、彼の知識は、梃子やクレーンがその所有者をなにも強くするわけではないように、なにも彼を知性的にしているわけではない。知識はいわば知性に供される手段ではあるが、知性と一つになることはない。
    --ポール・フルキエ(中村雄二郎、福居純訳)『哲学講義1』ちくま学芸文庫、1997年、444-445頁。

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言語運用においてそれが誤用であることは承知ですけれども、「これほど知性があって、しかもこれほど間抜けな奴がいるものかね」というセリフを発してしまい、「まじかよ」って驚くことが、昨年以上に多くなったような気がします。

これはフルキエ(Paul Foulquie、1898-1983)が指摘するとおり、「実践的知性と理論的知性との混同、ならびに知性と知識との混同」という自体に間違いありません。しかし、どうもこの国では、その傾向がフランスよりも濃厚なんじゃないのかと思うのは僕一人でもないんじゃないかとはひそかに思ってしまいます(汗

た、要するに「知識の所有」が「知性」の「証」として機能するようになった近現代世界そのものに問題があることは今ならながらですが踏まえない限り、「エンジンのことをよく知っている者が、それだからといって、或る人の境遇をよりよく理解するのに向いていることにはならないだろう」ってことを、高等教育を受けた人間が何度も繰り返しやってしまうんだろうって話しです。

まあ、それを……通俗的ですけれども……どのように運用していくのかという「知性」を鍛えることにポイントを置いていかない限り、このジレンマを乗り越えていくことは難しいでしょうねぇ。

さて、本日は、朝から勤務校の公募推薦入試。

おそらく明年の新学期から出会うであろう新入生の皆さんと一足早く顔を合わすことになるのだろうと思います。

日本の大学は残念ながら殆ど「就活予備校化」の一途を辿るばかりで、「実践的」という「名」の講座ばかりで、おそらく「辟易」とされることもあるかも知れませんが、根源的知性を養っていく講座を自分は継続したいと思っておりますので、もし、なんかの拍子に教室なんかで出会うことがあれば、その節はどうぞw

……ってことで早めに沈没しようかと思いますが、蛇足をひとつ。

冒頭で紹介したフルキエの『哲学講義』はフランスのリセ(lycée)--日本でいう高等学校--の必修科目「哲学」の教材。日本の高等学校でいえば、「倫理」あたりに該当するものでしょうが、そこで扱われる半端な教材科目とは全く異なる、恐ろしいほど本格的な内容ですから、驚くほかありません。

自分自身も哲学を教授するようになってから、概念を整理したり、理解を深めさせる手法を見直したりする際に、時々読み直すのですが、クロニクルな哲学史の羅列というよりも、「認識」と「行動」に焦点を絞って考えておくべきテーマについて言及しているこの本は、読んでいてもなかなかすがすがしくおもしろいものです。

しかも「教科書」だからこそ、お約束の言説を並べるだけでなく、議論の決着してない問題に関しては、必ず反論も併載しているところは、フランスのお国柄によるのか……などと思ってしまうわけですが、哲学の入門書として、興味のある方には是非手に取っていただきたい・読んでも十分役立つ一冊です。

興味のある方はひとつどうぞw

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