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真の世界を除去することが、決定的に重要である。

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 真の世界を除去することが、決定的に重要である。真の世界があればこそ、私たち自身がそれである世界が大いに疑問視され、その価値を減ぜられる。すなわち、真の世界はこれまで私たちにとって生の最も危険な謀殺であったのである。
 真の世界が虚構された基礎であるすべての諸前提に対する戦闘。これらの諸前提には、道徳的価値が至高の価値であるということが属している。
 至高のそれとしての道徳的価値評価は、それが非道徳的価値評価の帰結であると、すなわち、正真正銘の非道徳性の一つの特殊な場合であると立証されうるなら、論駁されてしまうであろう。このことでそれは、見せかけへと還元され、また見せかけとしてそれは、みずから、仮象を断罪するいかなる権利をももはやもたなくなるであろう。
    --ニーチェ(原祐訳)『権力への意志 下 ニーチェ全集3』ちくま学芸文庫、1993年、118頁。

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仕事から帰ってきてクタクタで、こんな世界は、「本当の自分の世界じゃない」なんて青臭く思わないこともなきにしもあらずですが、受け入れる乃至それに甘んじるという惰化を斥けるという意味での「これは違う」っていうのは必要でしょうけれども、どこかに「本当の世界がある」っていう議論を首肯することはどうもできません。

もちろん、現在を生産的に批判するという意味での作業仮説としてはその存在意義を認めることは可能でしょうが、それが二項対立に対峙させられてしまうと結局は、「本当の自分の世界じゃない」というそれと「本当の世界」ってやつは、交差しないまま終わってしまうんじゃないのかと思う。

別に現実の世界が「厭や」で「真の世界」へ「移動したい」というのであれば話しは別ですけども、現実の世界が「本当の自分の世界じゃない」けれども、願うべき世界……とでも幅広く表現しておきましょうか……へと転換しようと思うのであれば、「移動したい」とは違う選択肢が必要というのが手順なんだと思うわけなんですが……。

もちろん、現実の生活世界に対してひとびとは様々な不満や鬱憤、否定しがたい感情を持ち合わせているのは事実です。

しかし、それが内向的なルサンチマンとしての青白い炎となり、「どこかにある!」って夢想して、現実世界と丁寧に向き合うことができないようになってしまうと……それはそれで残念なコトになってしまうと思うのですけどねぇ。

ともあれ、再来週まで休みがないので、今日はとっとと呑んで寝ますか。

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