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覚え書:「異論反論 雨宮さん ことし一年を振り返ると?=雨宮処凛」、『毎日新聞』2011年12月14日(水)付。

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異論反論 雨宮さん ことし一年を振り返ると?=雨宮処凛
これ以上ない変革の予感
今年もあとわずかだ。

 今、改めて振り返ると、本当に怒濤の一年だった。
 去年の今頃生きていた人たちの命が、大震災によっておびただしい数で奪われた。福島第1原発が爆発し、多くの人が住む場所を追われた。この国に、立ち入り禁止区域が出現した。そして今も、放射能汚染は続いている。
 私たちにとって、本当に大切なものはなんなのか。あの日以来、この国に住むすべての人が常に問われていることだ。「絆」という言葉が強調され、家族の大切さが繰り返される。一方で、原発は「経済」か、「命」かという問いを今も私たちに突きつけている。
 世界を見渡しても、今年は激動の一年だった。アラブの春に始まり、2月にはエジプトで独裁政権が倒された。スペインやロンドンでも人々が街頭に繰り出し、9月にhアメリカで「我々は99%だ」を合言葉にウォール街占拠が始まった。この動きは世界各国に広まり、10月15日には世界1000近くの都市であらゆる場所が「占拠」された。
ここに浮かび上がるのは、資本主義の暴走の限界だ。「99%」という言葉が示すように、あらゆる国でいびつな格差が広がっている。そしてそれは、人々から社会への信頼を奪い、希望の芽を摘んでいる。
 11月、厚生労働省は、生活保護受給者g205万人を突破したことを発表した。このことは、貧困の拡大を示している。受給者の役8割を占めるのは高齢者、障害、傷病世帯。社会的弱い立場の人たちが、最後のセーフティーネットで命をつないでる。しかし、「受給者が増えた」ことは時に「お荷物」のように語られる。3・11を受け、多くの人が「命」について真摯に考えたはずなのに、時にそれは「財源」の陰に隠れてしまう。

経済を基準にするのか
命を基準にするのか
 そもそも、この国は3・11前から満身創痍の状態だった。そこを襲った震災と原発事故。国の財政が厳しいというのはわかる。しかし、基準にすべきは、当然だが「命」だ。そしてそのことは、原発の問題とも通じる。経済を基準にするのであれば、どれほど被ばく労働にさらされる人が増えようとも、原発をつくり、輸出すればいいだろう。しかし、命を基準に考えるとおのずと答えは出てくるはずだ。
 3・11以降。この国では脱原発を掲げた集会やデモが1500以上開催されているという。アラブの春で始まった2011年、この国の人々もまた、立ち上がり始めている。原発事故を受けての国の無策、原子力行政の機能不全、そして故郷を追われた人々、必ず誰かが犠牲になる矛盾が噴出した日本で、多くの人が今、「未来を変える」ために行動している。
 最悪のことばかりの1年だたけれど、私が今感じているのは、これ以上ないくらいの変革の予感だ。
あまみや・かりん 作家。1975年生まれ。反貧困ネットワーク副代表なども務める。「来年1月14、15の両日、横浜市西区のパシフィコ横浜での『脱原発世界会議』に登壇します。世界の人たちと原発を考える会です。デモもあり。ぜひ参加を」
    --「異論反論 雨宮さん ことし一年を振り返ると?=雨宮処凛」、『毎日新聞』2011年12月14日(水)付。

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