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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『原子力 その隠蔽された真実』=ステファニー・クック著」、『毎日新聞』2012年1月15日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『原子力 その隠蔽された真実』=ステファニー・クック著


 (飛鳥新社・2415円)

 ◇「平和と軍事」論争の秘められた歴史に迫る
 何が隠されていたのか。

 まず、アメリカの国務長官アチソンと、TVA(テネシー河流域開発公社)で有名なリリエンソールが書いた、五五ページの原子力の国際管理についての報告書であろう。それは、アメリカの原子力科学者を代表するオッペンハイマーの指導のもとでつくられた、という。

 その内容は、原子力の平和利用と軍事利用は、わけられないこと、したがって、核分裂物質の採掘・加工等のすべてを新たにつくられた国連が管理し、各々の国や企業がこれを行うことを禁ずる、というものであった。書かれたのは一九四六年三月のことである。

 このことは重要である。それは、アメリカが独占している原子力の支配を、自ら手ばなし、国際機関のもとに置き、封印することを意味しているからである。それが核の脅威から人類を守るための唯一の道であると、この人たちは考えたのである。理想主義が支配していた戦後のアメリカならではといいたい。

 だがこの報告書は修正された。国連原子力委員会のアメリカ代表バーナード・バルークによってである。重要な修正点は、核分裂物質の採掘と精製を私企業にゆだねたことである。

 かれは、自由放任の資本主義が正しいと考える今日でのフリードマンのような人間であり、その信念どおりインサイダー取引を自由に行い、財をなし、政界に進出した男だったという。この修正を知り、オッペンハイマーは絶望した。核拡散の危険がおこると。

 一九五三年のアイゼンハウアー大統領の国連での原子力の平和利用演説は、このバルークの線上のものであり、これによって原子力発電とともに核の拡散の危険性が世界的に進むことになる。

 アイゼンハウアーの国連演説の翌五四年、ソ連の外相モロトフは、アメリカのダレス国務長官とジュネーブで会談したとき、「原子力エネルギーの産業利用は、軍事利用拡大の潜在性を排除しないばかりか、それに直結する可能性がある」と批判したという。このモロトフの考えは、著者が書くように、アチソン=リリエンソール報告書の主張と同じである。モロトフはソ連の五人の科学者からの報告にもとづき、このような主張をしたのであり、この会談でダレスを追いつめている。知られていない事実である。

 原子爆弾の開発にたずさわった科学者は、ナチスドイツが、その開発を試みているということへの危機感から、それを抑止するために開発に参加した人が多い。その爆弾が日本に落とされ、多数の市民を殺したことに衝撃を受けている。だが開発に関係した軍人たちは対ソ連を早くから強く意識していたことを、著者は明らかにする。

 この流れは、マッカーシーの非米活動委員会の赤狩り--誰も彼も共産主義の同調者として糾弾する流れと共鳴していくが、国務長官アチソンとリリエンソールも、かれらによって共産主義の同調者とされている。

 著者は原子力発電所の二大事故、スリーマイルとチェルノブイリについても、それぞれ一章をさき、フランス、イギリスが核保有国になるために原子力発電に進む経緯や、イスラエル、中国、インドが核保有国になることについてもふれているが、この日本版のために別章をもうけ、「三・一一巨大地震襲来」を付け加えている。事故の実態を追うこと、みごとというほかない。あらためて感心した。

 作家池澤夏樹の解説もよい。私には一六章のサッチャーの関連が面白かった。(藤井留美訳)
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『原子力 その隠蔽された真実』=ステファニー・クック著」、『毎日新聞』2012年1月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/news/20120115ddm015070021000c.html

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