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覚え書:「特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・東浩紀さん」、『毎日新聞』2012年1月6日(金)付(夕刊)。

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特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・東浩紀さん

 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇思想をかけた議論を--東浩紀さん(40)
 「子どもにとって学校とは、何年も友達と過ごす一つの世界です。突然、その世界から切り離されてしまった。これは暴力です」
 哲学書が本棚に並ぶ静かな大学の研究室。作家であり、活発な評論活動で知られる論客、東浩紀さんは昨年4月、編集長をしている言論誌の取材で福島県浪江町に入った。その直後、福島第1原発から20キロ圏内が警戒区域に指定され、訪れた地域への立ち入りも禁止された。
 「小学校には子どもたちのランドセルがそのまま残されていました。子どもたちの習字や工作も放置されたまま。誰もいない教室の光景が深く印象に残っています」
 「この暴力は、原発事故が起こした。少なくとも地震と津波による単なる天災によるものではない」
 被災地の話になると、言葉は熱を帯びてくる。

 <震災でぼくたちはばらばらになってしまった>
 昨年8月、言論誌の巻頭文にそう記した。今も状況は変わっていないと感じている。
 東さんは「正確に言えば、震災前からばらばらだったことが、震災で明らかになったということ。福島在住と東京在住、年収300万円と3億円では、被害の深刻さも対応能力も全く違う。2011年の漢字は『絆』でしたが、この国のどこに絆があったのでしょうか」と問いかける。
 「原発が安全かどうかを巡り、親しい友人が言い争い、極端な例では夫婦関係が壊れたりしている。こういう経験を私たちはしてこなかった。過去30~40年、日本には本質的な政治課題がなかったからです」
 東さんは、ツイッター(短文投稿サイト)やニコニコ動画(動画サイト)などのニューメディアでも積極的に発言してきた。新旧両世代から一目おかれるこの人は、閉塞(へいそく)感あふれる今の言論状況をどう見ているのか。
 「深刻な問題は日本政府の言葉を日本人が信じられなくなったことです。政府は福島第1原発の冷温停止状態と事故収束を宣言しましたが、その言葉を信じている日本人がどのくらいいるのでしょう。政治家の言葉が軽くなると何も決まらなくなります」
 そして、原発事故対応に「もし」が許されるならと前置きし「一時的なパニックを招いたとしても政府は初期段階でメルトダウン(炉心溶融)を公表しておけばよかった。そうすれば、ここまで信頼を失うこともなかった」と指摘した。
 「日本政府は、単純に言って、謝罪すべきだと思う。初期段階で事故の規模を見誤った。意図的な情報操作もした。見通しの甘い原発政策で歴史ある町や村を放棄せざるをえない状況になった。これは政府の責任であると謝罪しなければ、話が始まらない」と力を込める。
 しかし、謝罪の言葉は誰からも語られず、日本は年を越した。
 「3・11以降、やはり思想のようなものが必要なのかなと思っています」。東さんはそう話す。
 「日本は利益配分ばかりを考えてきた。象徴的には田中角栄氏以降そうです。論壇といわれる場所では、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に参加すると損か得かとか、年金を誰にどう支払うかとか、要するに、おカネの話ばかりしている」
 いらだたしさを隠しもしない。TPPも年金問題も目の前の利益配分の側面ばかり議論されることがやりきれない。
 東さんは「日本という国が100年後にどういう国になっているべきか。この国は何を目指すのか。国の形、将来像が議論されなくなった国家は方向性を失って漂ってしまう」と警鐘を鳴らす。
 「これだけ大きな震災に見舞われたのに、東北全体を見据えた復興計画が議論される気配すらない。これは各市町村ごとではなく、広域の問題であり、中核都市や高速道路網、企業誘致など地域全体の大規模なビジョンが出てくるべきでしょう」と話す。
 「長期的な広い視野を下敷きにした議論が今ほど必要とされている時代はない。それなのに対応できる人材がすごく少なくなっている。そこから立て直さないといけなくなっています」
 わずかに表情が陰る。「これまで知識人と呼ばれる人たちは新聞社や出版社が用意した論壇という狭い世界で何となく役割を果たしていたのではないか。震災後、その空虚さが見えてしまった」
 挑発的、ともいえる言葉が飛び出した。原発をめぐって友人や夫婦までもが仲たがいする今、自らの存在を懸けた血の出るような議論が、政治にも論壇にも求められているということなのだろう。
 震災後、脱原発の集会やデモを呼びかける知識人が増えた。だが、震災から10カ月。原発事故が当初発表よりも深刻だったことが浮き彫りになっても、デモや集会に事故直後のような盛り上がりは感じられない。東さんは「呼びかけ自体を否定するつもりはないが、以前のような運動が必ずしも効力を持たなくなったという現実もある。社会に届く言葉を作るためには、新しいスタイルの雑誌を作るなど、議論の足場作りから始めなければいけないのではないか」という。
 突然、カタカタと研究室の本棚が音を立て始めた。地震だ。東さんは「大きいですね」と少しの間を置き、続きを語り始めた。
 「僕は『一般意志2・0』という著書で、日本から始まる新しい民主主義の形を提案したつもりです。脱原発にしろ、別の目標にせよ、最終的に国家論、国の形に結びつかないと一時的な運動で終わってしまう」
 「新しい政治を議論するには、新しい論壇が必要です。個人のメールマガジンなどには注目すべきものがある。いずれ、ネットを舞台とした組織的なメディアが新しく生まれてくるのではないでしょうか」
 思わず「それはどんなものに」と聞くと、「まだ分からないですね」とそっけない答えが返ってきた。
 そして、思い出したように続けた。「明治期の知識人は偉かったと思います。個人で苦労して大学や出版社を作った。その苦しさを平成の知識人は忘れてしまったのかもしれない」
 研究室を後にして夕暮れのキャンパスに早稲田大学の創設者、大隈重信の銅像を探した。「理想を持て、それを行う勇気を持て」。明治の偉人のそんな名言を思い出した。【浦松丈二】

人物略歴 あずま・ひろき 1971年、東京都生まれ。東京大大学院博士課程修了。早稲田大文学学術院教授。言論誌「思想地図β」編集長。「クォンタム・ファミリーズ」で三島由紀夫賞。近著に「一般意志2・0」など。
    --「特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・東浩紀さん」、『毎日新聞』2012年1月6日(金)付(夕刊)。

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http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20120106dde012040012000c.html

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