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吉野作造:森有礼の『宗教自由論』に関連して

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森有礼の『宗教自由論』に関連して

 明治文化全集宗教篇に森有礼が米国で書いた『日本宗教自由論』が載録されてある。サンマースのロンドンで作った雑誌Phoenixを見ていると、一八七三年六月発行の第三十六号にその抄録が出ているのを眼に留めた。抄録そのものには何の奇もないが、C.U.と署名した次の註解は一寸面白いと思った。
 --上記は森氏の上書の簡単な抄録に過ぎないが、それでも「寛容」を通り越して完全な「宗教自由」を主張する意味は明に覗われる。して見ると該問題に対する彼れの立場は従来誤解されていたのだ。去冬知事バッキンガム、ピーター・パアカー氏、エヌ・ジー・クラーク博士、果ては国務卿までが条約改正の提議に際し宗教自由の承認を迫ったのに森氏は断乎としてこれを斥けたのであった。
 国民的自負心が内政事項に関する他の指示に屈従せしめなかったのはもっともである。しかも彼れは内心においては宗教自由ならびに政教分離の主義を遵奉しかつそれが適当の時期において、条約上の義務としてでなくまたは外部の圧迫に依ることなしに、日本政府自らに依て承認せらるべきを予期していたのだ。目下未だその運びに到らざるが如きは調査審議のためであろう周密に準備を整えるには常に時を要する。しかし我々は最早その終局の結果については毫末の疑をも挿まない。特派大使一行の一人より聞いた話だが倫敦において先き頃、カンターベリー大僧正と会見した時、大僧正も国家と宗教の完全なる分離が日本帝国の再建の上に極めて必要いなる旨を進言したそうである。
    --吉野作造「森有礼の『宗教自由論』に関連して」、『明治文化』昭和四年十二月。

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ちょいと時間がないので「覚え書」ですいません。

しかし、この晩年に吉野作造(1878-1933)は「明治文化」研究に従事しますが、日本の伝統を辿ることによって、……当時の……日本の現状が「終わっている」(=宗教統制)ことを批判すべく研究と発表をしていたという事実には注目すべきでしょう。

批判において外野の位置から批評するのは簡単だけど、当事者に届きにくい。だからこそ伝統に従って伝統からの逸脱という立ち位置でで勝負する。

まあ、ひとつの「脱構築」の好事例なんでしょうねぇ。

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