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「『思索人の如く行動し、行動人の如く思索する』というベルグソンの言葉」を餞に

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 現代の知性人とは如何なるものであるかという問いに対して、「思索人の如く行動し、行動人の如く思索する」というベルグソンの言葉をもって答えることができる(第九回国際哲学会議におけるデカルト記念の会議に寄せた書簡)。ところで思索人の如く行動し、行動人の如く思索するということは構想力の媒介によって可能である。我々の眼前に展開されている世界の現実は種々の形における実験である。相反し相矛盾するように見えるそれらの実験が一つの大きな経験に合流する時がやがて来るであろう。「そこへ哲学が突然やって来て、万人に彼等の運動の全意識を与え、また分析を容易ならしめる綜合を暗示するとき、新しい時代が人類の歴史に新たに開かれ得るであろう。」知性人は眼前の現実に追随することなく、あらゆる個人と民族の経験を人類的な経験をに綜合しつつしかも経験的現実を超えて新しい哲学がを作り出さねばならぬ。この仕事の成就されるためには偉大な構想力が要求されている。すでに個人から民族へ移るにも、構想力の飛躍が必要であろう。今日の知性人は単に現実を解釈し批評するに止まることなく、行動人の如く思索する者として新しい世界を構想しなければならない。新時代の知性とは構想的な知性とはである。
    --三木清「新しい知性」、『哲学ノート』新潮文庫、昭和三十二年、19-20頁。

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日曜深夜に東京へ戻ってから翌日が勤務する短大の「哲学」の講座の定期試験。

結局のところ、試験によって「その人に哲学の力があるのかどうか」なんてわかるようなものではありませんが、大学という「制度」は「試験」を必要としますので、

「断腸の思い」にて敢行せざえるを得ないのですが、いずれにしまして、15回の講義、それから試験に参加された皆様ありがとうございました。

いわゆる一般教養の「哲学入門」、「哲学概論」に当たる講座ですが、クロニクルに哲学「史」を過去から現在への歴史として「概念」や「知識」として習得するというスタイルは当初よりとっておりません。

その辺は、最初の数回で概観してから、さまざまなテーマに関して、哲学者たちの考え方や人間の足跡を紹介しながら、「一緒に考えてみよう」というスタイルをとっているのですが、最後の試験の解答やこれまでの15回分のリアクション・ペーパーなどを読み返しておりますと、その試みは、今回もなんとか成功したのではないかと思います。

いや、別に「概念」や「知識」として哲学なるものを習得することが悪いってわけではありませんよ。
しかし、それと同時に、そしてそれ以上に大事なことは、それを使ったり、利用したり、また納得したり、反発したりしながら、

実際のところ・・・

「私はこう考える」

・・・っていう「哲学する」ことへ収斂させていかない限り、「哲学を学んだ」ことには多分ならないのでしょう。

だから、本を読めばすむような話は、自助努力にお願いすることにして、思索することを一緒に楽しむことで、「哲学する」練習にはなったのじゃないかと思います。

哲学なんて、はっきりいえば別に就職するうえで、ぶっちゃけたところ、ダイレクトに役に立つわけではない、今日(こんち)隆盛の猛威を振るう「キャリア科目」なるものからみれば、「不毛な科目」ってことになるのでしょうし、実際のところ教養教育軽視の風潮はますます強まるばかり。

しかし、今回は70名以上の方が履修してくれ、本当にありがとうございました。

確かに「就職」の役にもたちませんし、給料をupさせることもできません。

しかし、自分で考える、そして全体との関係を切断せずに思索することは、人間として不可欠なはずなんです。

何かあったときに、そう、

「これは、いっぺん、自分で考えてみないとまずいな」

・・・ことが時々、人生にはあるんです。

そのとき、今日までやってきた「哲学する」訓練は、さりげなく、あなた方をサポートしてくれるはず。

受け売りの手垢に汚れた言葉を右から左に使って「さも、わかった」ように生きていくのではなく、たとえば、「自分はどう判断していくのか」って局面で、力になると思います。

そのときまでは、直接の「役立つ」ものではないことは忸怩たるところですが、人間世界のなかで、その世界から退避するのではなく、ひとつひとつの言葉と真正面から格闘するなかで、何か、「さあl、もういちどやるぞ」って態度をとることができると思うんですよね。

だから、そういったとき、15回、一緒にやってきた「哲学する」を思い起こしてくだされば・・・などと思う次第。

ともあれ、試験が終わると、長ーい春休みですよね。

大学生は何をやるのも・・・「まあ、自由ですよ」

有意義な長期休暇であってほしいですね。

・・・ってことで後期の授業、ありがとうございました。


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