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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『トクヴィルの憂鬱』=高山裕二・著」、『毎日新聞』2012年2月5日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『トクヴィルの憂鬱』=高山裕二・著

 (白水社・2730円)

 ◇民主主義の功罪を予見した「若者」
 冷戦以前、トクヴィルは民主政治の必然を認めながら社会主義を敵視した保守的歴史家として扱われていたが、冷戦以後、一転して、唯一残された選択肢である民主主義を成立の時点で功罪両面から徹底考察した予言者として高く評価されるに至っている。欧米知識人業界では「マルクスの後はトクヴィルだ」というのが合言葉にすらなっている。

 本書は、そんなトクヴィル・ルネッサンスの中、この冷徹な観察者をユゴーやバルザックなど同時代のロマン派世代の中に置き直すことで、彼もまた存在しない絶対に憧れるロマン派特有の「憂鬱」に冒された世紀病患者であり、むしろその憂鬱が彼をして時代を超えたデモクラシー理論の発見に向かわせたとする示唆に富む論稿である。

 だが、そもそもロマン派的憂鬱はどのようにして生まれるのか? 「人間の欲望の目の前にある障碍(しょうがい)だった特権は破壊されており、自己の外部にある法制度的な障碍はいまや問題ではない。だが、万人が『同じもの』を求める結果、万人において解放され増大する欲望は満たされない」。こうしたロマン派世代特有の憂鬱を背負いこんだトクヴィルにとって、解決策を与えてくれるように見えたのが独立後間もないアメリカだった。「アメリカは封建制のない共和国であり、大革命後のフランスあるいはヨーロッパにとっては『未来』を意味した。トクヴィルもまた、新しい社会の未来を見定めるため、平等化/民主化が極限まで進んでいると考えられたアメリカを旅行先に選んだ」

 その成果が帰国後の一八三五年に発表された『アメリカのデモクラシー』第一巻であり、そこでトクヴィルはアメリカで発見した「個人の利益追求が結果的に全体の利益につながるという発想」はフランスでも適用可能と信じたが、しかし、やがてことはそれほど単純でないと考えるようになる。民主政治の宿痾(しゅくあ)たる無関心と嫉妬の問題に気づいたからだ。

 まず、機会平等が徹底されるにつれ、巨大な欲望の実現不可能性が明らかになり、無力感と同時に社会に対する無関心が生まれる。しかし、その社会的無関心は一方で自分らに似た存在に対する羨望(せんぼう)や嫉妬を呼び起こす。「無関心な社会で各人が他人を意識するのは一見矛盾しているが、当人の精神構造においてはなんら矛盾ではない。無関心な社会に生きる人間は、他人にそれ自体として(その他在において)関心をもつわけではなく、人は自己の存在を確定させるためにその尺度としての他人を意識するのである」。

 つまり、他人は自分の位置と大きさを定める定規として意識されるだけなのであり、そこから特定の集団内の極端な他者欲求が生まれる。「トクヴィルはこうした分析を通じて、人間は完全に自律できる、自律すべきだとする近代理論の前提がある種の神話であることを示唆している」。だが、そうした絶望にもかかわらず、トクヴィルは絶対や完全を希求しつづけた。その意味ではトクヴィルはパスカルに近い。すなわち、トクヴィルは、パスカルが人間を超えた次元があることを理性によって認めることで信仰に留(とど)まったように、「人間は根本的諸問題を解くことはできないが、これへの回答が存在することを理性を用いて認める必要がある」として、民主政治に絶望はしなかったのである。

 トクヴィルを、民主主義社会で全能感と無能力の落差に懊悩(おうのう)する元祖「現代の若者」と見ることで、彼のより根源的な重要さを明らかにした力作と言っていい。
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『トクヴィルの憂鬱』=高山裕二・著」、『毎日新聞』2012年2月5日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20120205ddm015070039000c.html

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