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くよくよでもよいから、煮え切らなくてもよいから、自分の言動に責任をもつ生き方

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 最後につけ加えるならば、私が戦争直後に、教科書に炭を塗った世代にあたっています。日本の敗戦のとき、国民学校の五年生でした。そのため、時々「わたしは小学校には一年も行っていません」と言います。それは入学するときに小学校が国民学校に変わり、卒業するときまで国民学校であったからです。そのあと再び小学校に戻りました。したがって私たち前後の学生は一年は小学校に通ったが、私たちの学年だけは、一年も小学校に行っていない学年になりました。
 ということは、炭で塗る前の教育を、戦前にある程度受け、それとは全く対照的な教育を戦後に受けたことになります。それも同じ教師からでした。これにより生じた教師をはじめとする人間に対する不信感は簡単には拭い切れませんでした。
 先程も、ある学者たちの戦中の発言をまとめたばかりですが、自伝などを読むばあいにも、その人々が戦中にはどのような言動をしたのか、そして戦後にはどうであったか、という問題が気になるという後遺症が残りました。もちろん人間であるからには「あやまちは人の常」が前提です。見極めようとしている点は、それをあやまちと認めるか、認めたとき、それをどのように受け止めているか、という点なのです。
 したがって「心の図書館」には、戦後も平気で大手を振って生きた人でなく、くよくよでもよいから、煮え切らなくてもよいから、自分の言動に責任をもつ生き方の表れたものを入れたいと思っています。
    --鈴木範久「心の古典に親しむ」、『古典に学ぶ』人事院公務員研修所、平成十七年、12-13頁。

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昨日は恩師のところで、論文の指導を受けてきました。

暗闇のなかをとぼとぼと歩くような毎日でしたが、論点が整理され、骨格が明瞭になった感。師の学恩に感謝です。

細かな論文の話題だけでなく、日本宗教史と宗教学の問題から身近な雑事まで、都合4時間ちかくお世話になりました。

先ずはだされた宿題をきちんと来月までに片づけていこうと思います。

非常勤1つ終了となったり、orzな事件が続く2012年ですが、まあ、自分が〝決めた〟課題だけは、きちんとこなして、なるようにならせていくしかないですね。

ということで、鈴木先生、ありがとうございました。


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