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覚え書:「吉本隆明さんを悼む 北川透」、『毎日新聞』2012年3月21日(水)付。

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吉本隆明さんを悼む 北川透
冬の圧力の真むこうへ
 吉本隆明さんの訃報を受けて、長い瞑目の時を持った。そして、あらためて吉本さんの生涯は詩人だった、と思う。
《世界は異常な掟てがあり 私刑(リンチ)があり/仲間外れにされたものは風にふきさらされた》
 これは吉本さんの詩「少年期」の二行だ。少年期における仲間外れ。それを経験しないまでも、怖れたことのない人はいないだろう。詩人はこれを追憶として書いているのではない。家族、友人仲間から教団、党派、国家にいたるまで、人は様々なレベルの掟や法を内在させた、共同の関係から逃れられない。それを視野に置いた関係の違和、不服従、追放の惨劇をたどる少年期の原型を、ここに見定めようとしている。
 これと同時代の『転位のための十篇』や『固有時との対話』などの詩集も含めて、吉本さんが、まだ二十代の半ばから、三十代の初めに書いた詩篇が、いまに甦るのを感じるのは、東日本大震災後のウソのないことばを求める状況があるからだろうか。それだけと思えないのは、吉本さんが、以後、展開する思想的・理論的なモチーフの強度が、ここに孕まれてるからだ。
 その逆の見方も、また可能だ。吉本さんほど、詩や文学が成立する土壌としての、基盤としての、自前の思想や構築に生涯を費やした詩人はいない。わたしは一九五七年、大学の四年生になった頃、初めて吉本隆明の著作『文学者の戦争責任』を読んだ。その昂奮がなければ、(旧)書肆ユリイカ版の『吉本隆明詩集』を求めることもなかった。それは凄い本だった。私の詩や文学への甘っちょろい夢を吹き飛ばした。
 ヨーロッパの最先端の意匠で装うモダニズムの詩も、マルクス主義や、近代的な自我の詩も、戦争下においてすべて無惨に崩壊したという、戦慄すべき事態。そこでは、いかに新しそうでも、いかに恰好よく見えても、輸入された付焼刃の知識や感覚の遊戯、孤高を誇る自意識では、役に立たないことが語られていた。新しい知識や感覚自体が駄目なのではない。それを身につけようとする時、遅れた底辺の社会に浸透する法や制度、意識やモラルと格闘しながら、自前の思想、感覚、方法を身につけるたたかいをして来なかった。そこに日本の詩の脆さがある。それをしなければ、戦争詩や翼賛文学は繰り返される、という強い自覚、開眼。
 ここから始まる一九六〇年以降の思想のたたかい。確かに吉本さんは、詩「ちいさな群への挨拶」でうたったように、たった一人、手ぶらで《冬の圧力の真むこうへ》と出ていった。吉本思想のキー・ワード〈自立〉は六〇年安保闘争における旧左翼との訣別・。擬制の終焉から出てくるが、すでに五〇年代の詩のモチーフや、詩人の戦争責任を問う論理に内包されていた。そして、何ものからも独立する表現の場の確保のために、『試行』の創刊。
 そこにすべての党派的な文学観を否定した、『言語にとって美とはなにか』の連載。一方、戦争下において、ほとんどの詩や文学が、回帰していった庶民意識や国家の問題は、『共同幻想論』として原理的に探求される。さらにそれは意識と無意識、狂気と正気、悪はなぜ根拠を持つのかなど、心的現象のすべてを解明する終わりのない試みに引き継がれる。『心的現象論』、『最後の親鸞』等々。
 わたしが吉本さんと『現代詩手帖』誌上で対談したのは、ソ連、東欧の社会主義の崩壊した後の世界認識を先取りして書かれた、『マス・イメージ論』と『ハイ・イメージ論』の中間、一九八四年十二月だった。吉本さんが変質する高度資本主義のなかで、多元的な文化の在り方について、大胆な仮説を展開していた時だ。吉本さんについてのわたしの印象は、大きな耳を持った人。
 むろん、自説は、訥々とした口調ながらも、断乎として主張されるが、わたしなどのつまらぬおしゃべりにも、じっと耳を傾けられた。その感銘を思い起こしながら、「ちいさな群への挨拶」の二行を噛みしめたい。
 《ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる/もたれあうことをきらった反抗がたおれる》
 (きたがわ・とおる=詩人)
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 *詩人・評論家、吉本隆明さんは16日死去、87歳。
    --「吉本隆明さんを悼む 北川透」、『毎日新聞』2012年3月21日(水)付。

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