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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『近代広告の誕生』=竹内幸絵・著」、『毎日新聞』2012年3月18日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『近代広告の誕生』=竹内幸絵・著


 (青土社・3570円)

 ◇「集団の夢」の形として読み解く「社会美術史」
 ベンヤミンは『パサージュ論』で、資本主義とは、個人の意識は目覚めて活動しているのに集団意識は深い眠りに落ちている特異な現象であり、その夢の痕跡をたどるには建築、モード、広告などを分析するしかないとした。建築、モード、広告は、集団作業であると同時に金銭が介在するため、時代の集団意識が顕在化しやすいからである。この意味で、資本主義段階に到達した一九二〇年代日本の広告を「集団の夢」として分析する研究が出てきてもよさそうに思うが、意外とこれが少なかった。社会学者はアートに疎く、美術史家は社会学に弱かったからである。本書は二つの分野を横断しながら「集団の夢」の形象としての広告を読み解いた「社会美術史」とも呼ぶべきタイプの新しい研究である。

 著者がまず注目するのは第一次大戦直後に新聞社が開催した「大戦ポスター展」。広告とは美人画プラス宣伝文という認識しかなかった日本の広告関係者は強烈なメッセージを伝える欧米のポスターに衝撃を受け、広告の変革を志向するようになる。その先陣を切ったのは田附與一郎(たつけよいちろう)という実業家で、田附は自腹を切って『歐米(おうべい)商業ポスター』を出版し、欧米ポスターを「単化」という概念で要約した。文字と商品を「出来得る限り単化表現する」のである。この「単化」概念を日本で初めて実際に応用したのが日本商業デザインの草分・杉浦非水。杉浦は自ら主宰する『アフィッシュ』誌で美人画ポスターを批判する一方、東京地下鉄道開業ポスターを制作し、商業美術の幕を開ける。

 ところで、この商業美術なる言葉を造ったのは東京美術学校出身のクリエーターで『現代商業美術全集』全二四巻という画期的な全集を刊行した濱田(はまだ)増治という人物だった。濱田は広告図案家と呼ばれて蔑(さげす)まれていた広告制作者たちに「商業美術家は醒(さ)めなければならない」と呼びかけ、ステータスの向上に努力した。

 こうして濱田の意図通りに日本に商業美術が定着したのが一九三〇年前後だが、この時代にもう一方で啓蒙(けいもう)の役割を果たしたのが誠文堂発行の『広告界』という業界雑誌だった。若き日に小倉の工房で見習い職人として働いていた松本清張は「この雑誌が私の図案の勉強だった」と回想しているが、『広告界』で編集長をつとめた室田庫造(くらぞう)こそレイアウトという言葉を日本に広め、図案工をデザイナーに昇格させるのに与(あず)かって力あった人である。室田はクリエーターのサロン雑誌化していた『広告界』の編集方針を変更し、紙面の半分を実務的記事で埋めた。「『広告界』には、商業的効果が見込める広告の実効性を重視する価値観と、広告の美的価値を理解しこれを重視する価値観の両輪が並存したのだ。これが読者層の厚みにつながった」

 だが、皮肉なことに『広告界』のこうした両面性は時代が写真時代を迎えると迷走の原因となる。写真広告には大きな資本が必要だったが、日本のクライアントはそこまで成熟していなかったからだ。「写真広告は、コストメリットという利点を持つ『単化』を牛耳ることは出来なかったのだ」。しかし、そんな中、写真広告の威力に注目する勢力が現れる。総力戦態勢を視野に入れた国家権力である。かくて写真に新しい広告表現を見ようとした広告マンたちの夢は破れたかに思えたが、戦後、それはオリンピックを契機に劇的に復活する。そう、あの亀倉雄策の東京オリンピック・ポスターによって。

 最初にして決定版といえる日本ポスター通史。
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『近代広告の誕生』=竹内幸絵・著」、『毎日新聞』2012年3月18日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/news/20120318ddm015070015000c.html


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