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覚え書:「今週の本棚:五百旗頭真・評 『とめられなかった戦争 さかのぼり日本史(2)昭和』=加藤陽子・著」、『毎日新聞』2012年3月4日(日)付。

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今週の本棚:五百旗頭真・評 『とめられなかった戦争 さかのぼり日本史(2)昭和』=加藤陽子・著


 ◇五百旗頭真・評
 (NHK出版・998円)

 ◇あの戦争の転機を史眼と人間性でとらえる
 『さかのぼり日本史』シリーズの「戦後 経済大国の“漂流”」を扱う第一部を私は担当した。その誼で、戦争の時代を扱った続編である本書をひょいと手にし、たちまち引き込まれた。もともとNHKテレビ番組用に語られ、それを本にしたものである。軽やかな口調だが、その背後に著者の並々ならぬ学術的考察の蓄積がある。裾野の広い確かな研究にもとづきながら、一般の読者に分りやすく論ずる作品である。
 太平洋を舞台に3年9カ月にわたり死闘を繰り返した日米戦争の要所を語りつつ、著者もサイパン陥落を、日本の敗戦が宿命づけられた決定的瞬間であるとしている。まず真珠湾攻撃によって日本側は空軍の優位を実演した。それでいて、太平洋島嶼の基地を艦隊決戦のための補給地とする古い思想を脱しえず、島嶼を航空拠点として用いる思想が不徹底であった。日本軍はサイパン島に4万4千の守備隊を集めたが、米軍の制空権・制海権の下、猛烈な空爆と艦砲射撃によって、7万の米軍が上陸を開始する前に、日本軍の水際防禦陣地はほぼ壊滅した。マリアナ沖海戦で日本は機動部隊を失い、サイパン失陥により日本本土はB29の空爆圏に入った。敗戦必至となったこの時点から1年以上戦い続ける中で、310万にのぼった日本人全犠牲者の大半が失われ、戦後の日本に深い傷を残したとしている。
 それにしても、国民総生産で12倍、産油量で777倍もある米国に対して、日本はなぜ戦争に踏み切ったのか。当時の軍人も国民も日米の国力差を知っていた。弱いアジア諸国をいじめるのと異り、米国との国力の差を精神力で立ち向い克服するのを快とする国民感情や日露戦争の勝利体験といった心理的要素で説明する他はないようである。日中戦争開始後、陸海軍が「臨時軍事費」の特別会計により戦争準備の恩典を得ていたことが開戦決断を支える要因であったとの指摘は新鮮である。第一次世界大戦直後から、日本が帝国国防方針によって、米国がオレンジ・プラン策定によって、共に将来の戦争を予期していた一面があること、日本の南部仏印進駐に対し米国政府が石油全面禁輸などの激烈な制裁で応じたのは対ソ配慮ゆえであったこと、結局のところ日中戦争が日米戦争への導火線であったことなどが論じられている。
 日中戦争は長期にわたる大規模な戦争であったが、両国とも米国が中立法を発動して支援や貿易を止めることを嫌って、戦争ではない「事変」とした。長期化したのは「短期決戦で押したい日本と、アメリカとソ連の介入までどうにか戦線を維持し……たい中国との、対照的な戦略ゆえ」としている。それにしても、その場その場の事態への強い応戦に夢中になる中で、かくも全体的状況への洞察を見失うことができるものである。それは昔も今も変らないとの想いを禁じ得ない。
 事の始まりは満州事変であった。昭和初期の経済的絶望の中で、松岡洋右の「満蒙問題は我が国民の生命線」という言葉が人々の心を捉えた。「満蒙」も「生命線」も、何と不正確な言葉であろうか。もともと中間のあいまいな了解を、陸軍は明確な約束なのに中国が守らないと日本国内で宣伝した。東京帝大生の88%が、武力行使をしても満蒙の権益を守るべきだと答えた。満州事変はメディアと世論の圧倒的支持を享受し、満蒙の一部であると国内でイメージされた熱河へ関東軍は侵攻した。正確な概念を魅力的なイメージの下で消し去る風潮の恐ろしさを改めて教えられる。歴史への精通とヒューマンな視点の結合を特徴とする本書である。
    --「今週の本棚:五百旗頭真・評 『とめられなかった戦争 さかのぼり日本史(2)昭和』=加藤陽子・著」、『毎日新聞』2012年3月4日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20120304ddm015070034000c.html

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