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書評:ジョン・キム『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年。

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ジョン・キム『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年。

従来のメディアの概念を根底から変えるソーシャル・メディアの眼差しを精緻に分析


 ジョン・キムこと金正勲さん日本語での初めての単著が本書。
 本書は、外交公電の大量公開で注目を浴びた「ウィキリークス」に見られる「情報」を媒介に国家と市民の力関係を、思想と現実の文脈から読み解くもので、類書のなかで群を抜く一冊だ。
 「ツイッター」「フェイスブック」をはじめとするソーシャルメディアを媒介とする情報共有の動きがどのように世界を動かすのか--。アラブの春とウィキリークスの衝撃は、情報革新による新しい可能性を見せつけてくれた。
 権力が民衆を支配する。この事実は否定できない。しかし民衆が権力を監視することも可能であろう。筆者は、象徴的な「パノプティコン」の眼差しを逆さまにしてくれる。
 「パノプティコン」(一望監視施設)とは、イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムが発案した監獄のモデルのこと。監視塔の周囲に監獄をめぐらし監視を一望するシステムで、ミシェル・フーコーが名著『監獄の誕生』で権力が民衆を支配する仕組みの象徴として紹介したことで有名だ。円環状の建物(監獄)の中央に監視塔を配置する。監視者の姿は見えないように設計されているのが特徴的で、仮に塔が無人であっても、囚人たちは常に監視されている可能性を感じつつ生活せざるを得なくなる。目に見えない監視によって監視される者は、内面から自身を縛っていく構図を、フーコーは近現代の規格化された社会全体として論じている。
 本書で著者は、ネットを舞台に現在進行している状況をパノプティコンの反対、つまり市民が権力を普段に監視する構図としてとらえている。ネットメディアが権力に対抗しながら情報を不断に監視する逆転の構造だ。
 著者はウィキリークスに連携した欧米のメディアやジャーナリズムの役割を評価し、「情報を分析、検証、説明する能力を有するマスメディアの価値はさらに高まる」と指摘しているし、日本のメディア界の動向に関しても好意的に評価している。
 従来、メディアは国家と民衆の中間に位置し、「中立性」をその特徴と「称した」。しかし実際のところ「中立性」などは存在しないし、メディアに要請される中立性とは、その本質が民衆の権利を守るという立場でならなければならないはずだろう。日本では「リーク」とは、何等かの「秘密を暴露する」というスキャンダラスな受容がその殆どだ。しかし、その根柢には、国家や共同体といった枠組みを超えた、人間そのものを保障するという眼差しが存在することを本書は想起させてくれる。
 全体として未来へのスケッチとしては秀逸なものの、評者は、震災以降、実際には逆パノプティコンとして機能した日本のメディアの動向を全否定することはできないものの、恣意性や権力との癒着構造、また反権力ならば何をやってもいいというスタイルや受け手のネットリテラシーの問題を勘案すると楽天的に受け止めることには躊躇してしまう。

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