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覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著
 (現代書館・2730円)

 ◇欧米に現れた「人間を計る科学的手法」の功罪
 特異な観点を備えた書物である。標題は「近代のまなざし」とあるが、まなざしの赴くところは人間である。つまり十九世紀以降、西欧に生まれた「新しい人間観」と、それを支えた「科学的手法」に焦点を据えたのが、本書ということになる。
 十九世紀西欧での一つの事件は、ダーウィンの生物進化論の提唱と普及である。ダーウィンは黒人奴隷の問題に強い関心を抱き、奴隷解放の強い志を持っていたが、そのこと自体、当時すでに黒人の生物学的な立場が議論されていたことを意味する。例えば<mulato>というスペイン系の言葉(白人と黒人の第一代混血)があるが、これはウマとロバの第一代雑種「ラバ」に当たる<mulo>から造られた。第一代雑種に生殖能力があるか、ないか、それが議論されてもいたのである。ダーウィンの進化論提唱の裏に、こうした議論への強い反発があったとも伝えられるが、皮肉にも、そこから本書のキーマンであり、ほとんどすべての項に登場する、F・ゴールトンに代表される優生学的発想が生まれもした。
 すでにF・ガルの骨相学(頭蓋(ずがい)測定学)などの先駆(一八一〇年代)があったものの、その後精神医学における類型論などの領域で、「人間を計る指標」が様々な形で作り出され、それが人種論などに利用されていく有様を、幾つかのトピックスやエピソードを連ねつつ明らかにする。それが著者の意図である。
 選ばれたトピックスは、写真、指紋、知能テストであり、写真が取り上げられることに、いささか意表をつかれる。
 第一章では、十九世紀末アメリカで、移民審査のために開設されたエリス島入国審査所での、審査・選別の状況が克明に語られる(念のためだが、この制度は第二次世界大戦後廃止されている)。そこには、知能指数の出発点とも言われるビネーの方法(二十世紀初頭に開発)をはじめ、様々な「人体計測」の手法が駆使され、また健康診断などの名の下に、無名の大衆を選別する基準が数多く利用されていることが浮き彫りにされる。なかでも発達障害や精神障害の判別が重んじられていたことが目立つ。
 第二章では、ナチスによる人種判別の方法が、小説や映画を題材に、ややエピソード風に語られる。もちろん最終的には北方アーリア系から、ユダヤ系を徹底的に排除する目的があってのことだが、評子がドイツ(西ドイツ)で親しくなって気を許した友人が、小声で、「君には判(わか)るまいが、自分は、街行く人のなかで、本能的にユダヤ系を見分けることができる」と語った言葉が思い出される。それを如何(いか)に「科学的」に、かつ徹底して行おうとしたか。暗然とする。
 第三章は、そうした区別され、差別された人々が、近代社会においてどのように扱われたかが描かれる。
 第四章の写真考では、写真が、その技術的開発の初期から、警察において活用されていたことが指摘される。犯人写真の登録は、累犯や類似の犯罪における容疑者の特定などに効果を発揮することが期待されたからである。同じことは、次の章で扱われる指紋において、よりはっきりする。指紋法も十九世紀後半に確立されていくが、ゴールトンがここでもある役割を演じている。そしてビネーらの知能指数概念の開発へと繋(つな)がる。
 現代アメリカ社会では、知能指数はタブーになっているが、そして私たちは本書に描かれた歴史的状況の先にいるが、千ドルDNA検診のような新しい技術に直面してもいるのである。考えさせられることは多い。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120415ddm015070177000c.html

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