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2012年4月

書評:イバン・イリイチ、デイヴィッド・ケイリー編(臼井隆一郎訳)『生きる希望―イバン・イリイチの遺言』藤原書店、2006年。

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「人間のために」と整備されたシステムとサービスが、人間の自律を喪失させていく錯綜と経緯を執拗に追求したイリイチ思想の集大成

イバン・イリイチ、デイヴィッド・ケイリー編(臼井隆一郎訳)『生きる希望―イバン・イリイチの遺言』藤原書店、2006年。


本書は、「脱学校化」論で知られるイリイチの最晩年にインタビュー集だが、イリイチ思想の集大成ともいうべき魅力的一冊だ。

近現代を象徴する出来事は教育や医療、医療といったインフラの制度化であろう。本来、「人間のために」と整備されたサービスが、人間の自律を喪失させていく錯綜と経緯を執拗に追求し、社会実践の経験から批判したのが異色の思想家・イリイチではあるまいか。

イリイチは、この本末転倒をどこに見出すのか。氏自身のキリスト教信仰の立場から東西教父の文献を辿り、キリスト教の教会「制度」の逸脱に現代のパラドクスの原因を見出している。始まりは隣人愛だ。それは美しき「善」であろう。しかし、「規範化」されることでその生命は喪失されることとなる。勿論プラスの側面もあるだろう。しかし失われたものの方が多いし、積極的側面をも貶めてしまう。善意の制度化は「栄光」をも権力と金に満ちた業務へと転換してしまう。

「現代の福祉社会が、客をもてなすキリスト教徒の習慣を堅固なものとして拡張する試みであることには、何ら疑いの余地はありません。他方、それはたちまち倒錯しました。誰がわたしの他者であるのかを選ぶ個人の自由は、サービスを提供するための権力と金の行使に形を変えました」。

先に「異色の思想家」だと形容したが、イリイチは人生の中盤までカトリック神父として活動を展開している。その経緯ゆえに、氏の指摘は重みをます。思えばイエスはファリサイ派の律法主義を否定したが、制度化は律法主義を再生する。あらゆるものがシステムとして制度化されて効率よく合理的に運用かされればされるほど、律法的なるものは堅固なものになってしまうのだろう。

いかに「善」から発したものとはいえ、「制度化」は、パラドクスを必然する。システム依存を否定し、地に足をおろした生き方を探るイリイチの営為は、技術理性や特権的専門家集団、そして管理社会の問題を再考するヒントが溢れている。


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覚え書:「今週の本棚:山崎正和・評 『安部公房の都市』=苅部直・著」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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今週の本棚:山崎正和・評 『安部公房の都市』=苅部直・著
 (講談社・1785円)

 ◇「根無し草」の矜持を再発見する時代
 安部公房の作家生活の時代、日本社会は流転彷徨(ほうこう)の相をきわめ、知識人は「根無し(デラシネ)草」の思いを深めていたと、苅部は見る。まだ戦争の余燼(よじん)を残しながら、経済成長の予兆は急速な都市化の芽生えを見せ、生活空間は抽象的なコンクリートの塊と化す一方、無秩序な汚泥と廃墟(はいきょ)を随所に生み出していた。
 同時にそれは歴史的には、日本人が敗戦の虚脱のなかで帰属意識の模索を始め、その結果かえって深刻な自己分裂を体験していた時代であった。典型的なのは一九六五年ごろ、「明治百年」を祝う気運が政府側で興ると、ジャーナリズムの主流はただちに「戦後二十年」を守ろうという声で応じた。外交では日米安保体制を巡って左右が激突する傍ら、進歩的知識人の一枚岩が崩れて、共産党批判が左翼陣営の内部分裂を招き始めていた。
 政治思想史の権威である苅部は、この時代の明快な展望のなかに安部を据えることで、作家の特異な精神を浮き彫りにする傍ら、その普遍性をかつてない説得力で示唆することに成功した。安部は『燃えつきた地図』から『箱男』まで、一貫して都市の混沌(こんとん)を描き、唯一の歴史小説『榎本武揚』では、歴史の断絶と倫理観の分裂を見据えた作家であった。苅部はこの都市の混沌と歴史の移ろい易さを同質の不安として捉え、安部をどちらにも耐える強靱(きょうじん)な精神として解いたのである。
 苅部は対比列伝の名手であって、たとえば六〇年代の安部を位置づけるために、同時代の江藤淳の感傷的な東京懐古を引例する。アメリカ帰りの江藤は数年間の東京の変貌を慨嘆し、彼の知る米国の田舎町の安定を懐かしんだ。これにたいして安部は東京の雑駁(ざっぱく)さを知悉(ちしつ)しながら、昂然(こうぜん)と「都市からの解放」ではなく「都市への解放」が必要だと断言していた、と苅部は強調する。
 また『榎本武揚』が提示する忠誠心の倫理についても、苅部は江藤の勝海舟論はもちろん、政治的に安部の仲間だった花田清輝や武井昭夫の批評と対比し、丹念に安部の主題の真意を追い詰めている。江藤と花田たちが思想的には対極に立ちつつも、結局は忠誠心の一貫性を求めて歴史を合理化したのにたいして、安部はひとり歴史の不条理な変化を受容し、時代ごとの倫理の相対性に耐える立場を貫いた。都市のなかでデラシネとして生きる人間は、歴史のなかでも同じ勇気と矜持(きょうじ)をもって生きられるのである。
 当然、このデラシネの精神は、代表作『砂の女』を原点とする。砂漠こそは無形の力で人を押し流し、根を張ることを絶対に許さない陥穽(かんせい)へと閉塞(へいそく)するが、安部の主人公はあえてその底へ自己の意志で戻ってゆく。
 苅部はこうした安部の背景に満州生まれの故郷喪失を読み、共産党からの除名など身元証明を脅かす事件を指摘するが、この長編評論の魅力はそうした歴史家の手腕に尽きていない。安部のアンチロマン風の意匠を剥いで、中核をなす物語を読み解く分析は正確だし、無機的とされる安部の文体に詩的なリズムを嗅ぎ取る感覚は、まさに本格的な文芸批評家の真骨頂である。
 半世紀以上の時間を隔てて、安部と苅部という二つの知性を結んでいるものは何か。注目したいのは、安部が流転茫漠(ぼうばく)の世界における人間の手の働きを重視し、苅部がそれに熱烈な共感を寄せていることだろう。グローバル化とIT化の世界は、人の居場所がどこにもありどこにもない世界である。居場所を実感するために、視覚よりも身体感覚に頼らざるをえない茫漠は、今やかつてなく切実に身辺に迫っているのである。
    --「今週の本棚:山崎正和・評 『安部公房の都市』=苅部直・著」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120429ddm015070010000c.html

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覚え書:「今週の本棚・情報:『書物復権』書籍決まる」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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今週の本棚・情報:「書物復権」書籍決まる


 8出版社が取り組む専門書の共同復刊事業「書物復権」で、ファクスやネットによる意見をもとに今年の復刊書籍が決まった。5月下旬から紀伊國屋書店(一部除く)など協力約200店で41点42冊が復刊される。鳴海四郎ほか訳『バーナード・ショー名作集』(白水社・6930円)▽外間守善著『沖縄の言語史』(法政大学出版局・6300円)▽坂井妙子著『おとぎの国のモード』(勁草書房・3675円)など。
    --「今週の本棚・情報:『書物復権』書籍決まる」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120429ddm015070020000c.html


紀伊國屋書店による「書物復権2012」公式ホームページは以下の通り。


http://booklog.kinokuniya.co.jp/fukken2012/


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書評:宇野常寛『ゼロ年代の想像力』ハヤカワ文庫、2011年。

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サブ・カルチャーに投影された想像力を検証し、その新たな可能性を展望する一冊。

宇野常寛『ゼロ年代の想像力』ハヤカワ文庫、2011年。

1990年代後半のインパクトは何だろうか。様々考えられるが、「がんばれば、意味が見つかる」世の中から、「がんばっても、意味がみつからない」世の中に移行したことだけは否定しがたい。起点となる1995年を振り返ってみても、年頭から阪神・淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件、そしてバブル経済崩壊による平成不況の長期が始まる年である。

著者は、アニメ、マンガ、映画、テレビドラマ、ケータイ小説など、膨大な数のサブカル作品が俎上にのせ、作品に投影された物語の想像力を丹念に検証し、90年代後半と00年代(21世紀)の差違と可能性を展望するサブカル評論集だ。

90年代を代表するのはアニメ『新世紀 エヴァンゲリオン』の主人公・碇シンジであろう。闘う意味を見いだせないシンジは、「引きこもり」の代表である。がんばる「意味」がわからないから、引きこもる。著者によれば、これが「古い想像力」だ。「~しない」という倫理がその特徴であろう。

ではゼロ年代の特徴とは何か。
小泉-竹中構造改革のもたらした格差社会の拡大は、要するに何もしないで引きこもっていることを許さない。特撮テレビ番組『仮面ライダー龍騎』、マンガの『ドラゴン桜』『DEATH NOTE』に表象される「サヴァイブ感」が支持される。成熟した人間とは、他者との関係世界から待避するのではなく、手を取り合う能力だという感覚が「新しい想像力」という特徴だ。

本書は1978年生まれの若い批評家の手による一冊で、作品とその需要・受容をたいへん分かりやすく批評した一冊で、新鮮な感動をもって楽しく読み進むことができた。

ただ出版から4年を経た現在から懐古するにあまりに類型化しすぎたきらいも否めない。退行から接続へという筋書きは否定できないものの、今なお「リア充爆発しろ」だとか「便所メシ」的怨嗟は否定できないからだ。

出版以来、論争の一冊となったと聞くが、ともあれ、新たな可能性を論じた野心作品であること、そしてサブ・カルを安易に退けることのできない現状であることは、認めなければならないだろう。

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「ほとんどの人は自分たちの価値基準を再考する必要を痛感することすらない」ことを暴くソクラテスの対話

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 ソクラテスはプラトンより四二歳年長であった。職業上は彫刻家であったが、彼が歴史の上に占めている重要性は、哲学思想の進展に及ぼした革新的な影響に存している。彼以前の思想家たちは、物質および宇宙総体の本性に関心を向けていた。そして彼らが外界に関心を集中させた成果の最たるものが、真の実在はアトムと空虚のみであると考えた人たち(原子論者)による純粋に機械論的な学説であった。ソクラテスの関心事は人間にあった。したがって、彼の考えによれば、唯一の重要な問題は人生における目標と目的はいかなるものであるか、にあった。彼の見るところ、ほとんどの人びとは、健康や財産の類いが関心事のすべてであるかのようにふるまっているが、しかしながら、これらの恩恵にあずかったとしても幸福がもたらされはしないのである。幸福が達成されるのは「アレテー」によってのみである。すなわちそれぞれの人格性、各人のもつ人間としての固有の機能の実現によってのみである--このことは、実際、万人の認めるところである。しかるに、健康や財産はわれわれの必要の若干を満足させるにすぎない。それらはなるほど当面の目的とは見なされうるかもしれないし、徳に対する見返りとすら見なされるうるかもしれないが、けっして追求すべき究極目的ではあり得ない。われわれが事柄を十分に考えぬき、十二分に真摯な探究をつづけるならば、ついにはわれわれの究極目的が何であるのか--人間としてのわれわれの固有の機能、すなわちそれの遂行においてのみわれわれが十全に自己を表現し、よってもって真のすぐれたあり方(幸福)を達成しうるはずのその当のものは何であるのか--を見出すことが期待できよう。
    --R.S.ブラック(内山勝利訳)『プラトン入門』岩波文庫、1992年、27-28頁。

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金曜の哲学の授業では、ソフィストからソクラテスへ至る哲学の概要を紹介する内容だったのですが、何といいますか、不思議な縁といいますか、その日4月27日は、ソクラテスが刑死した日でした。

感慨ぶかいものを感じつつ、授業に取り組ませていただきましたが、ソクラテスの対話とは、結局のところ、「まあ、そういうものだろう」と思ったり、「そういうことになっているから」という日常生活における自明性への挑戦であったことだけは銘記しておきたいと思います。

「まあ、そういうものだろう」と思ったり、「そういうことになっているから」として「自分で考える」そして考えたことがらを他者とすり合わせない限り、そう受け止めている事柄や知識、そして社会制度に至るまで、本当に自分のものにはならないということです。

加えて「そういうことだから」として「考えない」ことは、実は本当はそうではないという意味でのバッタモノを掴まされているかもしれないことに気づくこともできません。

ソクラテスは対話のあげく、刑死してしまいます。それもそのはずです。
ひとびとが「自明」と思っていた事柄が、実はそう思っている内容と違うこと、そして「知っている」と自認している人間たちが実は無知であったということを結果として「暴く」ことになります。

ソクラテスは、惰眠をむさぼるアテナイ人たちの目を覚まさせる「虻」を自認したそうですが、虻にかまれた連中による嫉妬の山はてんこ盛りという次第です。

もちろん、ソクラテスのように容赦なく遂行せよ!

ということではありません。

しかし、時々「考えるに値しないよ」という事柄や、ふだんは自明ものと受けとめている概念や言葉をいっぺん、自分で深く考え直すということは決して無駄ではないはずです。

例えば……

「鉛筆とは何か」
「林檎とは何か」

から初めて見るのも手だと思います。アリストテレスは、そうした真摯な探究は、身近なものに驚くことによって始まり、やはて大きな問題へと考察が広がっていくと指摘しております。

生活世界の中で、様々な事象や事柄を検討していくなかで、例えば、

「正義とは何か」
「善とは何か」
「幸福とは何か」

または、

「働くこととは何か」

といったようなことを考えてみるといいと思います。そしてソクラテスはその探究を「対話」によって遂行しました。

学生時代のうちにしかおそらくできないと思いますので、是非、考えたことを友だちとすりあわせてみるということも同時にして欲しいと思います。

その取り組みや格闘によって、どこか自分もものとは違う、自分の外に権威として存在する「知」というものが、自分自身の「知」へと転換されると思います。

是非、若い学生諸氏(だけじゃないですが)には、そうした営みの時間を意識的にもうけて欲しいと思います。

ともすれば「疑う」ということが、日本の精神風土では何か悪いことのように錯覚されているフシがあります。しかし、疑うということは、本当に自分で信じられるものを獲得する挑戦でもあるのです。その雄々しき知的挑戦を是非、お願いしたいと思います。


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 彼は彫刻家の仕事を放擲して、誰とも出会った相手と、しかし願わくば若者と対話することにつとめ、あらゆる問いの中で最も重要だと見なす問い、すなわちわれわれの生き方の指針となる原則はどのようなものであるべきかを議論した。彼は何か特定の徳目の「名まえ」--正義、敬虔など--を取り上げ、その語に含まれている意味を議論するのが常であった。いつでも最後には対話の相手はそれの意味するところを知らないと白状せざるを得ない破目に陥るのだった。しかし、そうした議論が示しているような知的率直さなしには、ほとんどの人は自分たちの価値基準を再考する必要を痛感することすらないし、心理の探究にとりかかるということもありえないであろう。
 ソクラテスの目的に対する誠実さと高い道徳水準とがいかに若きプラトン--生れつき理想主義に熱意を燃やし、明らかに最も多感な時期にある一少年--の賞讃をかちえたかは、想像にかたくない。ソクラテスとの交わりによってもたらされた最も大きな成果は、プラトンのうちに、理性的原理に生き方の基盤を置き、いかなることがあろうとも自分の理想をまげない決意を醸成したこと、あるいはむしろその決意を不動のものたらしめたことであった。
    --R.S.ブラック(内山勝利訳)『プラトン入門』岩波文庫、1992年、30-31頁。

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「隔たり」を認めながらも「人間性の一なること」を信じる

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 私事にわたるけれど『タルムード新五講話』の訳書を送ったおりに、翻訳の作業そのものが私に自己省察の得難い機会を提供してくれたことに感謝の意を表したことがある。その手紙への返信のなかでレヴィナスはこう書いてくれた。

 「あなたが克服しなければならなかった困難さは、ほんとうに大変なものだっただろうと思います。時間や空間などの隔たりに較べればなにほどのものでもないからです。あなたがこの翻訳の仕事を通じて<人間性>が根源的には一つであるということを証示してくれたことを私は心から喜んでいます。」(一九九〇年二月二二日)

 ユダヤ教のなんであるかも、西欧形而上学のなんであるかもろくにわきまえない極東の一学徒の仕事に対して、おそらく絶望的な疎隔感を覚えながら、レヴィナスはなお共感の身振りを送ってくれた。「隔たり」を認めながらも「人間性の一なること」を信じると書くレヴィナスの深さと包容力に接して、私は「この人はほんとうに大人だなあ」とつくづく感心してしまった。
    --「訳者あとがき」、フランソワ・ポワリエ、エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る』国文社、1991年、234-235頁。

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昨日は、授業をしてから、レヴィナス()の勉強会。
2時間弱で、結局10頁と進まなかったのですが、レヴィナスを学ぶということは、西洋の思想と歴史、そして宗教をすべて学ぶということ。

そしてそのことはとりもなおさず、洋の東西を問わず、「現代」と向き合うことになります。

学生さんと始めたのですが、長いスパンで継続していければと思います。

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E・ヤング=ブルーエル(矢野久美子訳)『なぜアーレントが重要なのか』みすず書房、2008年。

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アーレントが徹底して思考したことを、今現在の課題としてどう生かしていくのか。弟子による内的対話の記録。

E・ヤング=ブルーエル(矢野久美子訳)『なぜアーレントが重要なのか』みすず書房、2008年。

アーレントが徹底して思考したことを、今現在の課題としてどう生かしていくのか。弟子による内的対話の記録。

個人的な印象から語ろう。3.11の東日本大震災以降、ひとはアーレントの著作をよく読むようになったのではないかと思う。

それもそのはずだろう。全体主義が深く世界をおおい、そのなかで暴力を深く省察したアーレントはまさに20世紀を代表する哲学者であり、道しるべであるからだ。20世紀の問題に蓋をして目を閉ざして生きてきたのが戦後日本の歩みである。だとすれば震災によってその開かずの門が突如として開き、矛盾と直面したとき、アーレントの言葉を求めたのだろうと思う。僕自身もその一人だ。

ファシズムとスターリニズムを全体主義として批判し、ひとりの人間が「命令でやっただけです」と大量殺戮に手を染めていく内面の過程を抉った労作は、矛盾に苛立つ感覚を鎮めるとともに、問題を他人事として突き放すのではなく、自分自身の課題として設定し直してくれるからだろう。

著者のヤング=ブルーエルは、いっさい学派を形成しなかったアーレントの弟子である。ハイデガー、フッサール、ヤスパースに学んだ彼女はまさに現代思想においては輝く「良心の星」といってよい。しかし著者は彼女をあがめ立てるような筆致は一切とらない。かといって貶めようとするわけでもない。彼女の思索と著者は対話するのだ。そのことでアーレントの生きた姿を浮かび上がらせてくれる。

本書は『全体主義の起源』『人間の条件』『精神の生活』を軸に、アーレントの思想の根源を描き出す。それはまさに、弟子・ブルーエルがアーレントの思考を徹底的に追体験していく思索のドラマだ。

アーレントは20世紀の問題を怜悧に指摘した。そしてその課題は未解決である。アーレントの肉声と対峙するブルーエルの思索の軌跡とは、未解決の「現在」との関係で、彼女の思索をどう生かすのかというひとつの挑戦にもなっている。彼女の著作は「難しい」とよくいわれる。そう痛感する人には、本書をまず読むことをおすすめしよう。

アーレントのこだわりのひとつは「想像力」。そして、人間性とは、他人の眼差しから世界がどのように見えるのか、それを自分で「想像」することでもある。師と弟子の対話は、その美しい見本でもある。

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奴隷の学問をのり越えて:「新しい思想」という看板で勝負する限り、次に「新しい思想」が流入してくると、その新鮮さが失われていく

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 筆者は、吉野作造の「民本主義論」を高く評価するものである。その内には、「明治デモクラシー」のすべてが吸収されているからである。二大政党制、普通選挙、社会民主主義だけでなく、悪名高い「主権在君」の容認についてすら、「明治デモクラシー」の「主権問題棚上げ論」の系譜を引いているのである。ただ、吉野がこの四つの主張を、自国の近過去からの継承としてではなく、三年間の欧米留学の成果として提唱したことだけが、惜しまれる。自国の民主主義的伝統を継承発展するものとして自分の思想を訴えていかなければ、次の新思想に簡単に足をすくわれてしまうのである。
 戦後日本の民主主義の、六〇年経った今日、大きな試練に直面している。そしてこの試練の中でも最大なものは、今日の民主主義が、戦前の伝統は全く無関係に、敗戦と同時に始まってきたと説いてきた。戦後啓蒙思想の行詰りにあるように思われる。「明治デモクラシー」があって初めて「大正デモクラシー」があり、その「大正デモクラシー」は昭和戦前期にも形を変えて発展しており、それらすべての上に立って、戦後民主主義が花開いたのである。
    --坂野潤治『明治デモクラシー』岩波新書、2005年、219頁。

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坂野先生の近著(『日本近代史』ちくま新書)が話題になっているので、7年前に刊行された『明治デモクラシー』を再読。
筆者は常に、明治や大正、昭和といった「区分」がそれぞれ独立に展開した事象と捉えず、相互に連関があったことを丹念に追求しておりますが、この本の最終章では、明治デモクラシーから大正デモクラシーへ、そして大正デモクラシーから戦後の民主主義への、それは薄い糸かもしれませんが、その関係性を紹介しております。

それは、まさに吉野作造(1878-1933)を中心とする大正デモクラシーの限界の指摘といえますが、この吉野に代表される問題は、吉野作造一人や大正デモクラシーに関わった知識人だけの問題ではないかも知れません。
※ちなみにですが、民本主義は確かに「新しい思想」だったがゆえに限界だったわけですが、それだけで吉野の値打ちが下がるわけではありませんので、念のため。それはアナタが吉野作造研究に従事しているからだろうと言われてしまうと、それまでですが(涙

それは何かといえば「新しい思想」という看板で勝負する限り、次に「新しい思想」が流入してくると、その新鮮さが失われていくという図式のことです。そしてこれは日本の文壇やアカデミズムの支配的体質になっているということです。


稀代の仏教学者・中村元(1912-1999)博士は、日本の学問は、流行の輸入とその解説にあけくれた「奴隷の学問」と喝破したことがあります。この問題はアカデミズムだけでなく、社会実践においても同じなのだろうと思います。
→中村元「奴隷の学問をのり越えて」、『比較思想研究』第15号、比較思想学会、1988年。


民本主義から社会主義、社会主義から共産主義へ、つぎつぎと何かが入れ替わってくる。「それは古い」という形でです。そして結局は何も残らないという寸法。

しかし、吉野作造の歩みを振り返ると、民本主義論は幾たびも修正され、最後には「人道主義的無政府主義者」の自覚にまで踏み込みますし、亡くなる直前まで、舌鋒鋭く政府の問題性を指摘し続けました。

過激さを増す急進主義的な思想は、地に足のつかない「理想事」を連呼するのみ。
弾圧によって地下に潜行してからは、影響も空中分解してしまう。

確かに吉野作造は「民本主義」の理念を「留学の成果として提唱」して「超克」されてしまう。しかし、最後まで「民福増進」で何ができるかという実践に奔走したという足跡は大切にしたいと思います。

昨今、政治がまさに機能不全に陥っていることは承知です。しかし、政府や政治家を床屋談義風に「批判」すれば、「それでよし」とする風潮は益々強くなるばかり。

たしかに罵りたくなるような現実は否定できません。しかし罵るだけでは何も解決できないことを自覚したうえで、スライドさせていくような執拗な挑戦だけは、吉野作造のように続けていきたいと思います。

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書評:小河原正道『近代日本の戦争と宗教』講談社 2010年。

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幕末から日露戦争まで、仏教・神道・キリスト教の各派の戦争「適応」「従属」から何を学ぶか。

小河原正道『近代日本の戦争と宗教』講談社 2010年。

近代日本というドラマを創造するさい、宗教はどのような役割を果たしたのだろうか。戦争という切り口からその歩みを丹念にスケッチしたのが小川原正道『近代日本の戦争と宗教』(講談社選書メチエ、2010年)である。

著者は、『大教院の研究』(慶應義塾大学出版会、2004年)や『西南戦争』(中公新書、2007年)で知られる近代日本の研究者。本書は「新書」以上「専門書」未満といる「メチエ」の一冊だが、なかなか本格的な労作だ。

タイトルの『近代日本の戦争と宗教』の通り、近代日本の歩みとは戦争の歴史にほかならない。そのために産業や社会、そして文化をすべて「動員」してきた歴史といってよい。そしてその全てに関わるのが「宗教」だ。戦争に注目すれば、戊辰戦争から太平洋戦争での破算にいたるまでトピックスは全て「戦争」であることは論を待たないであろう。

さて、本書が注目するのは近代日本「創業期」の明治時代だ。時代を戦前・戦後に区切っても、昭和・大正と明治が特異な点はいくつか存在する。それは対内戦争と体外戦争の両方を経験した時期ということだ。そこに宗教はどのようにかかわるのであろうか。

洋の東西を問わず、宗教は民衆と深い関係にある。近代国家は基本的には宗教への「収斂」を「国家」を否定するものとして退けるのが常であるが、有用である場合、その「化他」の側面と妥協する。

明治最初期の宗教史のインパクトとは何かといえば、廃仏毀釈であろう。「出家」は「在家」としての「国民国家」に不要だし、記紀神話とも中和しない。さまざまな思惑は、当事者に存在する。しかし、影響力の拡大としての「地位の確立」は、「国家の役に立つ」という眼差しへと収斂していく。

そうそう「地位の確立」といえば、思い出すのは、「世界における一等国」。宗教界においてもそのレースが始まるという次第だ(少し強調。

そもそも宗教は時代との交流で「育成」されるものであろうが、時代を撃つものでもある。その交流の経緯から、

「さて、どうするか」

再考させられる一冊である。先に言及したとおり著者は真面目に史料精査に基づく経緯の描写を描写する。その歩みを丁寧に追うことは、宗教「団体」がいかに国家と向き合ったのかをまざまざと見せてくれる。

ハナから協力や支援・迎合を全否定するわけでもないし、沈黙や逃避が善であるわけでもない。しかし、この経緯から何を学ぶのか……というのは考えさせられる。


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新入生へのちょっとしたアドバイス:「何かを教えてくれる」から「自分で問いを探究する」へ

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 新入生へのちょっとしたアドバイス

 大学で授業をしていると「何か教えてくれる」という姿勢で参加される学生さんの姿をよくみかけます。その真剣な姿には、襟をただしたいと思いますし、その求めに全力に応じていかなければならないと私は思います。

 しかし「何かを教えてくれる」という事柄に関しては少し掘り下げた理解が同時に必要だろうとも思います。

 大学では、たしかに「何かを教えてくれる」わけです。
 しかし、高等学校とかのイメージは持ち合わせないほうがいいと思います。具体的に言えば、できあがった知識のパッケージを規定回数で、きちんと理解させるという教室に参加するということと同義ではないということです。

 もちろん、カント(Immanuel Kant,1724-1804)のように「哲学は学ぶことはできない。できるのは哲学することだけだ」と言いきってしまう……とはいえ「言いきってしまいたい!」自分もいますが……と、もともこうもありません。

 ですから、そこまでストロングには言及しませんが、やはり「何かを教えてくれる」という感覚で、教室に座ってしまうと、大学で「学ぶ」という意義からすれば、大変残念なことに、そしてもったいないことになってしまいます。

 たしかに、スキル系の授業はさておき、哲学や倫理学といった授業でも「何かを教えてくれる」側面はありますので、様々な考え方やその歩みを紹介します。しかし、大事なことは、スキャナーで教科書をスキャンするように忠実にそれを脳にコピーすることで「できた!」と錯覚してはいけないということです。

 そうではなく、様々な考え方やその歩みに耳を傾けながら、自分がその考え方やその変遷と対決していくということが大事なんだろうと思います。

 なかには、ものすごく納得する議論もあれば、これは受け入れられないなーというものもあるでしょう。教室での90分というのは、そういう示唆を受ける一つのきっかけにしか過ぎないんです。いわば氷山の一角なんです。

 ですから、「ものすごく納得」したのであれば、自分で、それに関するものを読んでみるとか、「これは受け入れられないなー」という感慨を抱いたのであれば、どこをどう受け入れることができないのか、自分で反芻してみる、一部ではなく全体を、すなわち著者の一冊の本を実際に読んで、対話しながら考えてみる、そういう営みが大事です。

 数学の問題集を解いていくと、だいたいの場合、「正しい答え」が存在しますので、×か○で採点できます。しかし世の中には、必ず「正しい答え」が歴然と存在し、神が持つような解答集と照らし合わせて×とか○とか判断できるようなモノっていうのは実際少ないんです。

 だとすれば、どう自分自身で筋道をつけながら、ひとつの問いに対して、矛盾なく「私は、そう考える」という耕しの練習をしていくしかないんです。

 いざ、社会に出てみると、「うわー、わけわかめ! 誰か教えてよーー」って落とし穴に落ち込んでしまいます。

 だからこそ、自分自身で対決しながら、考えていく。そしてそれを他の人とすりあわせていくという練習をしておいたほうが、いざというとき、倒れずに済むと思います。

 様々な問題に対して、過去の思想家たちの考え方と対峙しながら、逡巡したり、熟慮したり、決断したりしていくなかで手に掴んだ答えというのが、結果としては、他のひとのものと同じだったり、いわゆる「模範解答」と同じだったということがらは多々あると思います。しかし、自分でその歩みを実践できるかどうかが大学で学ぶうえでは、大切です。

 勿論、今の大学はそうはいっても「パッケージ化された知」の講座ばかりかも知れません。しかし、「うん?」とか「これはどーなんだ!」と思ったとき、先生をつかまえてみる、図書館に足を運んでみる、、、そういう能動的な学習をこころがけると、力強い考え方を身に付け、自分自身の土台をつくっていくことができると思います。

 入学からそろそろ1ヶ月。
 環境にも慣れてきたころだと思います。

 ここはひとつ、意識的に「問い」を探究する……そうした習慣を身に付けると、ただ聞いてノートを取るというだけでは得られない「学問」の醍醐味を味わうことができると思います。

 ぜひ、そうした取り組みに挑戦して欲しいと思います。
 何かございましたら、全力で応援するつもりですから、お気軽にお声がけくださいまし。


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書評:アマルティア・セン(大門毅・東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力--運命は幻想である』勁草書房、2011年。

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「人間のアイデンティティを『単眼的』に矮小化することは甚大な影響を及ぼす」

アマルティア・セン(大門毅・東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力--運命は幻想である』勁草書房、2011年。


 アマルティア・センの関心は一人ひとりの個人にある。それが氏の人間の「生存」と「生活」を重視する「人間の安全保障論」の根柢にある。故郷インドで経験した飢餓の経験や、ムスリムだというだけで目の前で殺されたカデル・ミアとの出会いがその出発点なのだろう。多発する紛争の多くや残虐行為は、選択の余地のない唯一のアイデンティティという「幻想」を通じて発動・拡散・継続させられている。
 本書は憎悪をかきたてる「アイデンティティ」をキーワードに、テロと暴力の連鎖にどう向き合ったらいいのか、ひとつの処方箋を示した渾身の一冊だ。
 アイデンティティとは、自分を自分と認識する際の拠所のこと。ふだん私たちは様々なアイデンティティに織りなされ一人の私を形成している。性別や年齢、職業や居住地、そして所属する国籍や文化など単一の事象に還元されて生きているわけではない。時と場所、そして優先順位によってその強弱を選択することで、生活を柔軟で潤い豊かなものにしているのが日常生活だ。
 アイデンティティ意識は人間と人間を接続させる連帯感を形成するという意味ではプラスの側面を持っている。しかしそれはとりもなおさず他者への排除としても機能する。人とつながる感覚は容易に仲間と敵の分断へと転変するからだ。本来人間は複数のアイデンティティを選択している。にもかかわらずそれが一元的な単純化へ傾くとき、それは世界と個人を分断する。センはこの「単一帰属」という「幻想」に断固として反対するのだ。
 現代の世界における紛争のおもな原因は、人間は宗教や文化、所属する民族にもとづいてのみ分類できると仮定することにある。本書でセンは自らのアイデンティティをめぐる自己との対話ともいうべき腑分けをしながら、狭隘な単一帰属幻想を打ち壊そうと試みる。そしてその叙述が心をうつ。そもそも全てのアイデンティティなど「幻想」にすぎないとポスト・モダンを気取るわけでもなく、グローバル化の必然に無力な沈黙を決め込むわけでもない。人間の矮小化に抵抗するセンの力強さはその現実主義にあるだろう。単純化を回避するためには常に複数性への選択へと眼差しを向けなければならない。
 アイデンティティに起因する暴力の連鎖は、現代日本においてはどこか無縁な対岸の火事のような感覚が広く浸透している。しかし一皮剥けば、決して他人事でない。本書を読むことで自身を点検するひとつのきっかけになればと思う。


「人間のアイデンティティを『単眼的』に矮小化することは甚大な影響を及ぼす。人びとを柔軟性のない一意的なカテゴリーに分類する目的のために引き合いにだされる幻想は、集団間の抗争をあおるためにも悪用されうる」(アマルティア・セン)。

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 私の存在する権利に関わる問いとは、すでに他者の死に対する私の有責性のことであり、その問いは私の無反省的な存在固執の自然発生性を不意に断ち切るのである。存在する権利とこの権利の正当性は、最終的には、法という普遍的規範という抽象概念を権原とするのではない。そうではなくて、最終審級においては、この法そのものが、そしてまた審判=正義(justice)そのものが、他者の顔の直裁性そのものが直面している死に対して私が「無関心ではいられないこと」という「他なるもののための=他なるものの身代わりとして」を権原としているのである。他者が私を見ていようがいまいが、彼は「私に関係している=私をみつめている」。私には存在する権利があるのかという問いは、私としての私を構成する「他なるもののために=他なるものの身代わりとして」と同じだけ古い。この問いは反-自然的であり、自然の自明性に反対する問いである。
    --レヴィナス(内田樹訳)「意味についての覚え書き」、『観念に到来する神について』国文社、1997年、313頁。

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親父が亡くなってから今週で13年になる。
生前というか、晩年の10年は、はっきりいって、親父とは仲が悪かった。
理由は横に置きますが、青年特有の親との確執だけではない。
なかなか向き合えることができなかった。

13年前の正月に手術で入院する親父を病院で見送った。
その背中はあきらかに小さくなっていた。不意に涙がでそうになった。

しかしぶっきらぼうに「じゃあ、東京に戻るから、あまり無理すんなよ」ぐらいの言葉しかかけることができなかった。

3月に「やばいかも」ということで帰省してもう一度再会した。
かなり持ち直したようで、ダメだといわれていた煙草をすこーしだけ吸っていた。そのペットボトルを自分が処理したように思う。

そして4月になってから、「たぶん、もたないだろう」ということで、急いで戻った。親父と病室で対面したとき、意識はあったのだろうか・なかったのだろうか記憶は定かではない。

しかし死ぬ直前に親父と対面することはできた。
言葉を交わす暇はなかった。

それから大きな葬式を出した。
泣いたのは、本葬のとき1度だけだ。

その年は桜が遅かったように思う。
葬儀の際、遅い八重桜が最後の花びらを咲かせていた。

以来、親父の夢をときどき見る。正確には子供を授かってからだ。
年に数回見るだろうか。

設定はだいたい同じパターンだ。

東京から実家へ戻ると、親父がTVを見ながら、煙草をすっているという生前いつも見かけた光景だ。

しかし、夢の中では生前ではなく、親父の死後ということになっている。のんびりすごしているやや元気な親父に、

「え、こないだ死んだんじゃなかったッけ?」

「いや、死んでなかったみたいだ」

「ふ~ん」

小津安二郎の映画のような、要領を得ない会話が続く。
死んだはずなのに、「死んでなかったみたい」という本人と、ときおり言葉を交わしながら、テレビを見ている。

ただ、それだけだ。

感傷的な悲しみや哀愁はまったくない。さっぱりしたものだと思うし、私自身が薄情者というところに由来するは承知だが、それでも、死んだはずの親父と対話を継続していることだけは確かだ。

最後の10年ちかく、ほとんど「言葉」を交わさなかったかわりになのだろうか。

別にスピリチュアルでも精神世界でも全くない。

あと10数年すれば親父の死んだ年に自分もなってしまう。あと何回、夢のなかでぶっきらぼうに言葉を交わすのだろうか。

夢から覚めると何を語ったかは覚えていない。そしてそれでいいと思う。

過去へのセンチメンタルなノスタルジアでは決してない。親父との対話は、自分自身が未来へ何かを紡ぎ出そうとしているからなんだと思う。

今年は少しやさしいことばをかけてみたい。

以上。

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書評:黒岩比佐子『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』講談社、2010年。

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苦境を笑いとばし、文で闘う堺利彦の抵抗の精神

黒岩比佐子『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』講談社、2010年。


 大逆事件以降、社会主義運動は「冬の時代」を迎える。その時期に、翻訳・編集会社「売文社」を興し、運動の資金稼ぎを行った堺利彦を描く一冊だ。幸徳秋水、大杉栄、荒畑寒村らキラ星に比べると履歴も地味だし、これまで論じられる機会の少なかったが堺利彦だろう。本書は初の堺についての本格的な評伝であり、著者・黒岩比佐子さんの遺作でもある。
 若き日の堺は無頼放蕩の繰り返しだ。遊ぶために「文」を書く。しかし万朝報に入社し社会主義へと目覚めていく。大逆事件では連座を免れるが、仲間たちの死刑執行後、その遺体を引き取るのは堺だった……。
 冬の時代に堺は売文社を立ち上げる。これは今で言う「編集プロダクションの先駆的なもの」。ここを拠点に堺は同志たちに仕事と居場所を提供し、機会をうかがうことになる。あらゆる運動が苛烈な弾圧をうけたとき、転向したり自暴自棄になったりすることが世の中にはあまたある。そして戦前日本の「革命家」は生活までもが「アナーキー」だし、思想を優先するがゆえに、生活は従属的なものと位置づけられるフシが濃厚だ。しかし堺は敗北の事実を冷静にうけとめる。必要なことは後始末と未来への着実な展望だからだ。思想云々よりも、仲間を励ましながら煉瓦を積み上げるような堺の冷静な振る舞いとその歩みには一種の感動を覚える。
 本書を読むと驚くのは堺がどこまでも「文」と「ユーモア」の人間だったということだ。想像力をたくましくすれば作家として名をなしていたかもしれない。苦境を笑いとばし、文で闘うその抵抗の精神は人間的魅力に溢れている。
 最後に著者の史料精査はハンパない。これは是非、本書を手にとって刮目して頂きたい。

追記:尊敬する先輩が教えてくださったのですが、「常にユーモアの精神で抵抗する軌跡」とは、「そして、それは、黒岩比佐子さん自身の精神と通じます」とのこと。黒岩さんの著作はこの一冊がはじめてです。少し読んでみようと思います。

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覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『生物多様性を考える』=池田清彦・著」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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今週の本棚:養老孟司・評 『生物多様性を考える』=池田清彦・著

 (中公選書・1365円)

 ◇きわめて論理的な科学者の手になる「保全」論

 一昨年は国連の定める国際生物多様性年ということで、さまざまな社会的な動きがあった。要するに政府から関連予算が出たのだと思う。でもそれが過ぎたら静かなもの。そうかといって、生物多様性のいわゆる危機は深刻化こそすれ、良くなったわけではない。
 本書は著者の年来の持論をまとめたもので、本格的な生物多様性に関する議論である。たいへんわかりやすく書かれているが、従来の生物学をそのまま「堅く」理解している人は、受け入れにくいかもしれない。たとえば「種多様性」は、遺伝的多様性、生態系多様性とともに、生物多様性の重要な三本柱の一つだが、種の定義自体はかなり著者特有のものである。
 それならそれは誤りかというなら、そういうわけではない。科学は多数決ではない。著者の種の定義は、わかっている人なら、まあそういうことだ、と認めるような種類のものである。つまり現在の状況では、これが記述可能な限度だ、というほどのことである。
 科学はしばしば厳密だと思われている。最終の結果はそう見えるが、科学をやっているのは人間である。それなら「いい加減」に決まっている。だから厳密な定義に達する前に「まあ、こんなもの」というイメージみたいなものが当然ある。それがどのていどホンモノに近いかで、じつは科学者の善し悪(あ)しが決まる。私はそう思っている。
 生物多様性という「問題」自体もその一例である。そんなもの、まったくわからないという人も多いはずである。だから著者は右の「三つの柱」のそれぞれを、自己のデータを含めて、まずていねいにきちんと解説する。この部分が本書の半分を占める。
 残りの約半分が「生物多様性の保全とは何か」という議論である。最後の十分の一が「生物多様性と国際政治」で、これは「保全」の議論の延長と考えてもいい。この「保全」の部分を私は傾聴に値すると考える。でも著者の環境に関する発言は、社会的になかなか受け入れられない。そういう常識は著者にもあるらしく、なぜ受け入れられないかと嘆く著者に対して、奥さんが「あんたがいうからよ」といったという。
 そもそも生物多様性という言葉は政治的な概念として作られた。もともとは「生物学的多様性」つまりバイオロジカル・ダイヴァーシティという術語だったのを、「ロジカル」つまり「論理的」「学問的」という部分を取り去って作った用語である。それは「保全」問題だからで、お金や利害に直接関係する社会的な問題を含み、それならまさに政治になってしまうためである。保全に対する著者の主張は、ここで紹介するより、実際に読んでいただくべきだと思う。つまりすでに書物になっている以上、こうした主張はまずオリジナルな形で読まれるべきで、「あの人がああいっている」というふうに第三者が伝えるべきものではない。私はそう信じるからである。
 科学者は論理的だと思っている人がいる。科学者自身にもいるのではないかと思う。でも科学は論理的でなければならないが、科学者が同じく論理的だなどという保証はない。かりに人間の論理性が一定だとしたら、科学者は仕事にそれをつぎ込んでしまうので、かえって非論理的かもしれない。私はそう疑う。科学者が保全をいうと変になるのは、そのためか。その意味では、著者は科学者としては、むしろきわめて論理的だというべきであろう。
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『生物多様性を考える』=池田清彦・著」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120422ddm015070013000c.html

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B級グルメ列伝:東京都八王子市:東池袋大勝軒 八王子店

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「ラーメン」ではなく「中華そば」を食べたくなったとき、必ず訪れるのが『東池袋 大勝軒』。

違いは何?と聞かれれば返答に窮するのも事実ですが(汗、流行の魚介豚骨をはじめとする様々な創意工夫をした平成の名店のそれを「ラーメン」とくくるならば、昭和の“匂い”を嗅がせてくれるそれを「中華そば」と呼ぶことは大きく間違っていないのではないかと思う。

さて先日、授業が済んでから、朝から何も食べていなかったので、このままではこの後の仕事がもたないな~と思って教員バスから降りたところ、近くに『東池袋 大勝軒』(八王子店)ののれんを発見!

さあ、もう、これはいくしかありません。

ということで、久しぶりに「中華そば」。

またしても早い夕方でしたので、お客さんは少な目。
とにかく、この店でいつも頂くのは「もりそば(つけ麺)」(ふつう盛り)です。なにしろ「元祖」になりますので。
※「中華そば」に拘るのであればふつーに「かけそば」の方を選択すべきだろうというツッコミはご容赦ください(涙

その日は、空腹でしたので、「チャーシュー」をトッピングして、めんは「あつもり」ではなく「ふつう」でお願いし、待つことしばしば。

いやはや、こんなに麺が多かったか!と驚くほどのてかてかした太麺の雄姿!
そして、においだけでおなか一杯になってしまいそうなつけつゆ。

めんにしても、つゆ(スープ)にしてもこれぞ一流の仕事といつも感心するのが「大勝軒」です。

とくにスープは、基本中の基本ともいうべき、昆布と鰹節の深い味わいと香ばしい薫りがなんともいえません。そしてここに基本を大切にする「昭和」の面影を感じてしまうノスタルジー。

(写真にはうつっておりませんが)なると、チャーシュー、そしてメンマとゆで卵というスタンダードの織りなすハーモニーは中華そばの至福の光景でもります。

さて、つやつやした太麺をスープに絡ませていただきましたが、やはり、懐かしい味わい。空いていましたので、ゆっくり頂戴しましたが、ゆであげられためんは、たるむことものびることもなく、いきもののように“生きている”ことに驚きでした。

いやはや、いい仕事しております。

しかーしッ!!!

久しぶりに食べたので少し失敗!
まず、ふつう盛りでも、こちらのそばは量が多いということ。そしてそれにチャーシュー増量してまい、終盤、私自身が失速してしまったということです。とにかく完食しましたが、正直少し「キツ」かったのは否定できません。

これは量の過多よりも、私自身の食が細くなったことなのでしょう。

しかしいずれにしても、また立ち寄らせて頂くことにはかわりありません。

今回は八王子店の利用ですが、店舗によって限定メニューも用意されていると聞き及びます。食べ比べるのも楽しみの一つかもしれません。

しかし、そしてくどい話ですが、食が細くなった事実には、我ながら忸怩たるものがあります。


http://ramendb.supleks.jp/s/3827.html

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書評:高澤秀次『文学者たちの大逆事件と韓国併合』平凡社新書、2010年。

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創業時代としての「明治」の「栄光」が「創造」される1910年(大逆事件と日韓併合)。

高澤秀次『文学者たちの大逆事件と韓国併合』平凡社新書、2010年。


 本書は、大逆事件が文学者に与えた影響を概観する一冊だが、射程の広さと考察の深さで度肝をぬく労作だ。事件のインパクトは、1910年の前後だけでなく、昭和・平成の「御代」にまで続いている。そして日本人の作家だけでなく、朝鮮半島の作家にも、そして当時の日本の植民地化のひとびとに対しても影響を及ぼしていることを追跡する。石川啄木から村上春樹までだ。
 まず、大逆事件とは、天皇制帝国主義であると著者は基本的視座を明確にする。事件によって天皇制帝国主義は確立される。歴史を振り返るならば、その確立は、それに否を唱える「見えるもの」への対処へと起動する。しかし、対処が存在するということは「配慮」を必然させ、言及に対して遠慮するという心情を「見えないもの」にも醸成させるのは不可避である。それがまさに文学者たちに「枷」を嵌め、それは重圧となるのである。そして、大逆事件とは文学者に対する「文学的後遺症」をもたらすことになると同時に、贖罪意識は戦後日本文学の限界として表象されることとなる。
 奇しくも大逆事件と同じ年、韓国併合が行われている。両者が同じ年に起きたことは必然なのだろう。国家に優位な国民という標準の設定、そして、植民地の獲得……。共通するのは「特定のコード」の創造とそれに違反するものへの「暴力」の設定だ。それが「書く」という行為にどのような影響を与えたのか振り返ることは決して無益ではない。
 二つの事件以降、創業時代としての「明治」は「美化」の一歩を辿ることとなる。文学者のみならず、21世紀に生きる私たちも、その影響かにあるのかもしれない。
明治は確かに「成長」の時代であったのだろう。しかし成長のもつ「暴力」と「暗部」を引き受けない限り、呪縛はそのままなのであろう。

「あらゆる『理想』と『虚構』の『不可能性』を歴史的に隠蔽する『坂の上の雲』のような作品に、国民が熱狂していることが、おぞましく感じられた」と著者はいう。この「おぞましさ」の理解を促す一冊だ。しかもこれが「新書」というから驚きは2倍だ。

創業時代としての「明治」の「栄光」が「創造」されるのはまさに1910年の大逆事件と日韓併合であることは間違いない。内と外の完成がここに収斂する。そしてそれが以降の思索と行動に対して「暴力」として発動されるのが歴史だろう。

余談ならが、司馬遼太郎『坂の上の雲』が明治百年となる1968年に連載開始は偶然なのだろうか。そしてこの年のNHK大河ドラマは『竜馬がゆく』。ノスタルジーが絶えず都合のいいように創造されることも踏まえる必要があろう。1968年問題を問う小野俊太郎『明治百年--もうひとつの1968』(青葉書房、2012年)を読む必要がある。

兎に角「三丁目の夕日」的なるものへの憧憬は権力が準備する。

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覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『チョムスキー言語基礎論集』=チョムスキー著、福井直樹・編訳」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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今週の本棚:三浦雅士・評 『チョムスキー言語基礎論集』=チョムスキー著、福井直樹・編訳
 (岩波書店・6825円)

 ◇「本能としての言語」論が持ち得た包容力
 人間の幼児はなぜ短期間のうちに猛烈な速さで言語を習い覚えてしまうのか。また、その言語が、たとえば日本語、英語、中国語というように、これほどにも多様な現われ方をするのはなぜか。言語をめぐるこの二つの基本的な問いに、「生成文法」という考え方で応じたのがノーム・チョムスキーである。一九五〇年代のことだから、半世紀以上の昔になる。専門家の顰蹙(ひんしゅく)を買うのを承知であえて簡略に言えば、幼児が短期間に言語を習得するのは人間にだけ言語の本能とでもいうべきものが備わっているからである、と、チョムスキーは考えた。また、それが多様な現われ方をするのは、言語の本能とはすなわち普遍文法であって、人間にのみ埋め込まれたこの能力が、短期間のうちに各国語の様式に染まってゆく、すなわち変形生成してゆくからだと考えた。
 説得力があるが、批判は少なくなかった。チョムスキーの名が一般に知られるのは一九六六年の著書『デカルト派言語学』の刊行以後だが、挑発的な表題がその姿勢をよく示している。当時もいまもデカルトは評判が悪い。心身二元論で、おまけに身体機械論である。チョムスキーはそのデカルトを援用して、言語もまた自然科学の対象である、すなわち機械と見なしていいと言うのだ。いわば反動である。言語こそ思想の要と思っていた知識人は冷水を浴びせられた思いだったろう。言語は本能で科学の対象だというのでは思想や文化の運命は決定されたも同然に思える。ところがこのチョムスキー、六〇年代当時からベトナム戦争に反対するなど、反体制知識人として派手な活動を展開した。反動的な言語理論と革新的な政治活動がどう結びつくのか、大方は狐に抓(つま)まれたように思っただろう。じつはチョムスキーは根っからのアナーキストで、むしろその思想の必然的展開が、言語能力は人間に普遍的であるとする生成文法であったと考えたほうがいいのだ。
 現代科学の展開はしかしチョムスキーに有利に作用した。まず分子生物学がDNAの構造を解明して遺伝の仕組みを明らかにした。ここからさらに、初期条件のわずかな違いが驚くほどの多様性を生み出すといういわゆる複雑系なる考え方も登場した。本能としての言語、その現われ方の多様性を側面から証明したようなものだ。そのうえ、遺伝学と考古学の発達が、現生人類はわずか十四万年前の東アフリカに誕生し、五万年前に現在のような言語を一挙に獲得し、その後に全世界に適応拡散したという事実を明るみに出した。これもまたチョムスキーの理論を補強したようなものだ。
 本書はそのチョムスキーの半世紀以上におよぶ理論展開を浮き彫りにすべく、一九六五年から二〇〇七年までに書かれた重要論文六篇を、福井直樹が編集し、チョムスキー自身、福井の意図を汲(く)んで長文の序を書き下ろした(二〇一〇年執筆、原文併録)著作集である。このまま各国語版が刊行される可能性もあるが、現在のところ日本でのみ刊行されているのだからまさに貴重だ。編集の意図は冒頭の「解題」に記されているが、チョムスキーの思想の一貫性、また自然科学の展開に対する柔軟な対応などが手に取るように分かる。とりわけ興味深いのは二〇〇七年に発表された論文「生物言語学の探究」であって、現代生物学の知見(とりわけ進化発生生物学革命、いわゆるエボ・デボ革命)とチョムスキーの言語論がどのように切り結ぶか、自身、俯瞰(ふかん)している。
    --「今週の本棚:三浦雅士・評 『チョムスキー言語基礎論集』=チョムスキー著、福井直樹・編訳」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120422ddm015070034000c.html

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書評:姜克實『近代日本の社会事業思想―国家の「公益」と宗教の「愛」』ミネルヴァ書房、2011年。

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国家と宗教の関係を主軸に置き、近代日本の社会事業の足跡をたどる。

姜克實『近代日本の社会事業思想―国家の「公益」と宗教の「愛」』ミネルヴァ書房、2011年。

近代日本の社会事業はどのように形成され、どのような特徴があったのか--。
本書は、国家と宗教の関係を主軸に置き、宗教的発露から自発的に始まった慈善事業が、国家のテコ入れで組織化された社会事業に変化していく過程を明らかにする。

近代日本の社会事業の先駆者は確かに宗教者が多い。キリスト教では石井十次、岡留幸助、仏教では、渡辺海旭、そして、個人的発露から熱心に取り組む行政側のデザイナーとしては、渋沢栄一、後藤新平、窪田静太郎を本書では取り上げている。

興味深いのは石井と岡留の対比だろう。石井十次は日本で最初に孤児院を創設した人物で「児童福祉の父」として知られる。岡留幸助は、感化院(現在の児童自立支援施設のこと)教育の実践家で、共に社会福祉運動のパイオニアだ。
石井は、信仰に無上の価値を置き、社会性を喪失するほど権力とは対峙しつづける。対して、岡留は組織化・行政との連携を重視し、対極的立場を取る。結果として石井はキリスト教信仰に生き抜くものの社会事業としては失敗するが、岡留は事業の国策への取り込みに成功するものの信仰は失ってしまう。
宗教の社会性が風土として根付く欧米では、信仰心が他者への献身的活動への主とした動機となるものであったとしても、官民からの援助が持続的であることが多い。一方、宗教が極めて私事なるものと理解される日本では(ここでいう私事とは内心を尊重するという意味ではなく、振る舞いにおける次元)、その活動が限定的とならざるを得ない。加えて、そもそも特定の宗教の社会活動に対しては冷ややかな眼差しの方が多いというのが現況だろう。

宗教活動と社会事業の関係は一筋縄ではいかない。私事に退却するのでもなく、国家の隷属に屈するのでもない可能性は何処にあるのか--。宗教と社会事業の関係を問い直すとは、宗教と公共性の問題を捉え直すことでもある。こと宗教そのものに対して冷淡な雰囲気(もちろん、それは、この国において宗教そのものに対する基本的に認識や理解がないことにも原因があるのだが)のある日本において、その歩みを振り返ることは、極めて現代的な課題になるだろう。震災以降、宗教者の支援活動が直面している問題でもある。

本書の追跡する宗教と国家の緊張関係、協力関係の分析は、宗教(愛)と国家(公益)の特徴をそれぞれ明らかにしてくれる。

なお著者は、中国天津市生まれ。岡山大学の教員。岡山で活動した石井、そして岡留が岡山出身であったことを想起すると意義深いものがある。


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覚え書:「時代の風:『ソマリア化』する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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時代の風:「ソマリア化」する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ


 ◇政治の力で市場制御を--ジャック・アタリ(Jacques Attali)
 民主主義を伴わない市場のグローバル化(地球規模化)は「ルールのない世界」を生む。無政府状態が15年間も続くソマリアを想起してほしい。市場だけのグローバル化は「ソマリア化」と呼ぶことができる。そして私たちは今、どちらかというと、ソマリア化する世界の中にいるのだ。
 グローバル資本主義はグローバルにしか制御できない。地球規模で制御と監視にあたる手段が必要だが、世界的なルールを決めるのは難しい。ルールを適用しようとすると、拒否する国が出てきて失敗するからだ。例えば、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉を見ても、中国やインド、アフリカ諸国が反対する一方、推進する国々は密室での交渉を進めてきた。合意に至るのは困難だ。
 市場は世界規模に拡大しているのに対して、国家は「国」の枠組みの中にとどまったままだ。グローバル経済に対応するには、法の支配を地球規模にまで拡大することだ。とてもユートピア的ではあるが、必要なことだと思う。
 (第二次大戦後の)1945年に設立された国連は長年、米国とソ連が率いる東西両陣営が対立してきたせいで、うまく機能してこなかったが、今なら、力を発揮することができる。そのためには、国連を効率化しなければならない。安全保障理事会と主要20カ国・地域(G20)を一体化し、国際通貨基金(IMF)の常設機関である国際通貨金融委員会を加えるのはどうだろう。そうすれば安保理は本当の権限を持つことになる。
 そして、(東西対立の冷戦構造の崩壊に伴う)ソ連・ワルシャワ条約機構の解体で存在意義を失った北大西洋条約機構(NATO)を国連軍に改編して、国連の指揮下に置く。日本、中国、ロシアをNATOに加盟させるべきだ。法の支配を世界に広げるには、世界警察としてのNATOが必要だからだ。
 国家が自国の領土しか制御しないのであれば、何も制御していないのと同じだ。米国は北米自由貿易協定(NAFTA)によって地域統合の場を作り始めた。欧州統合も進んでいる。アジアで地域統合が進まないのは、アジアの弱点でもある。
 欧州連合(EU)は「世界政府がどのような機関になるのか」という実験でもある。その意味で、EUが成功することは非常に重要なのだ。欧州が失敗すれば誰も成功できない。だが、EUが資金を調達し、投資し、徴税する権限を持つ連邦にならない限り、ユーロは5年以内に姿を消すと考えている。歴史上、ある「国」の通貨でない通貨が長続きした例はないからだ。
 最も重要かつ難しい問題は「民主主義と時間をいかに歩み寄らせるか」だ。市場の決定は民主国家の決定よりずっと早いので、当然、市場の勝ちとなる。だが、政治が市場に歩調を合わせてはいけない。そうではなくて、一定期間は政権が交代しない制度を作ることが必要だ。
 強大な権限を持つ民主国家は可能だ。例えばフランスの大統領がそうだ。(サルコジ)大統領がどれほど人気がなくとも5年間は任期が保障され、誰も交代させることができない。米国の大統領も4年間は辞めさせることができない。これに対して、日本やドイツ、イタリアが非常に脆弱(ぜいじゃく)なのは、政権をいつでも追い払うことができるからだ。
 民主的で強権的な政権ならば時間を味方に付けることができる。(国民の痛みを伴う政策を実行し)一時的に不人気になることが許されるからだ。政権が物事を成し遂げるためには、「一時的に不人気になってもいい」ということが必要なのだ。政権が5年間の任期が満了した時に依然として人気がないままなら、交代させられる。
 日本の大きな弱点は首相が非常に頻繁に代わる制度にある。日本の首相は優れている場合が多いが、長期的な計画を立てるにはあまりにも在任期間が短すぎる。日本にとって望ましいのは、政権に就いたら5年間は任期が保障される制度にすることだ。
 資源の乏しい日本がバイオテクノロジーやロボット技術、ナノテクノロジーで世界一の座に上り詰めたのは、かつて長期的なビジョンを持っていたからだ。しかし、日本は短期的な利益を目指すようになりつつある。私は菅直人前首相と在任中に会い、「2030年の日本を考える委員会」を設置するよう進言し、彼も賛同していた。だが、彼はすでに首相の座にいない。日本は長期的な視点で物事を考えなければいけない。
    --「時代の風:『ソマリア化』する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/opinion/news/20120422ddm002070126000c.html

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書評:若松英輔『井筒俊彦--叡知の哲学』慶應義塾大学出版会、2011年。

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対話の達人・井筒俊彦のはじめての本格的評伝
若松英輔『井筒俊彦--叡知の哲学』慶應義塾大学出版会、2011年。


世界的イスラム学者・言語哲学者として知られながら、国内ではほとんど真正面から論じられることのなかった大碩学のひとりは、間違いなく井筒俊彦氏だろう。

ギリシャ哲学、言語学、ユングから老荘、仏教、そしてイスラームと神秘主義……。関連するキーワードをあげてもきりがないほどだ。数十カ国語に通じ、その探究の射程も深広である。それ故か、まとまな「井筒研究」はこれまでなかったし、解説しようにも解説できなかったのが知的世界の現状ではなかっただろうか。

本書はその著作と生涯を丹念に論じた待望の一冊であり、氏の思索の軌跡を生き生きと描き出している。

天才ともいうべき井筒俊彦にはどのようなイメージがあるのだろうかーー。
そびえ立つ孤高の霊峰のような姿は、どこか神秘のベールにつつまれたような感もあり、言語と綿密に対峙したその研究スタイルからは、ひととの交わりの淡い・近寄りがたい印象があるだろう。しかし本書はそうした先入見を払拭してくれる。

井筒は様々なひとびとと交わった対話の人だった。西田幾多郎、大川周明、吉満義彦、ジャック・デリダ……。本書は一人の哲学者として様々な人物と交わり言葉を交わしている。そして生きた人間だけでなく、過去の言葉や資料とも対話をしているのである。

ひととあって言葉を交わし、書物と言葉を交わし、歴史と対話をしているのだ。語ることが記すことであり、記すされた言葉を読むこと自体が語ることでもあるのだろう。

さて初めての井筒伝を著した若松氏は、いわゆる職業「学者」でも「文筆家」でもない。生業をもちビジネスに打ち込む一方で、研究・執筆にも取り組んでいるという。ユニークな経歴を持つ著者の意欲作は、本格的批評家の誕生を予見させるものである。

若松氏は2年前に『読むと書く―井筒俊彦エッセイ集』(慶應義塾大学出版会)を編んでいる。本書と併せて読むことをおすすめする。氏の思索の深化は本年3月に出版された『魂にふれる 大震災と、生きている死者』(トランスビュー)でもいかんなく発揮されている。

蛇足ながら、筆者は、学生時代に観覧した井筒俊彦展(慶應三田図書館にて手記やノートの展示)の記憶を鮮やかに思い出した。びっちりと数カ国語で記されたノートやカードにワクワクしたことが懐かしい。本書を読了後、あの日経験した昂奮がふつふつとわき上がってきた。

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書評:タミム・アンサーリー(小沢千重子訳)『イスラームから見た「世界史」』紀伊國屋書店、2011年。

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もっとも新しい世界宗教としてのイスラームの歴史と生活。平板な認識を更新する一書

タミム・アンサーリー(小沢千重子訳)『イスラームから見た「世界史」』紀伊國屋書店、2011年。

 日本と西洋社会に共通している問題とは何か。それはその両者の間に広く・深く息づくイスラーム世界に対する認識だ。本書は、南アジアからトルコ・エジプトに至るイスラーム世界を、その勃興の歴史と西洋社会との交渉史をひとつの「物語」として描写する一冊だ。筆者は、欧米中心の歴史認識に由来する「中東」という名称を避け、それら舞台の地域を「ミドルワールド」と呼ぶ。まさに、地中海世界と中華世界の中間に位置する世界だ。
 著者はアフガニスタンで生まれ育ったイスラーム教徒、現在はサンフランシスコで作家として生活しながら、アメリカの世界史教科書の執筆者としても活躍しているという。
 世界史で思い出したついでに、日本で教授される高等学校の世界史でも、筆者は、ムハンマド以後のイスラーム世界が、西洋社会に比べると、「大都市の発展」、「にぎわう市場」、そして「寛容な政策」と多彩な「文化的活動」の社会であると習ったと記憶する。このキーワードは、同時代の世界文明と比べても最も挑発的かつ挑戦的に躍動したのがイスラームだったのではないだろうか、ということだ。
 イスラームが躍動するのは、そもそもそれが最も新しい世界宗教だったからでもある。その歩みは、たえず西洋や東洋……説くに騎馬民族との挑戦と応答のなかで、展開していったことをどこかで僕達は失念したのではないか……そんなことを考えさせられた。平板なイメージと、ためにするように脚色されたイスラーム感を小気味よく一新してくれる。
 CNNの報道が世界のスタンダードと錯覚するのが現在の日本人だろう。本書は日本人の歴史観を多面的なものへとスライドさせるうえで刺激に満ちた一冊である。

 最後に著者の史観についてひとつだけ紹介しておこう。著者は、個人と社会の関係について、キリスト教との対比から、キリスト教は基本的に個々人の救済にかかわるものであり、イスラームは共同体形成に重きを置くという視座をはっきりさせている。これは教科書的な記述といってもよい。しかしそこに筆者は留まらない。
 話題は昨年春の「アラブの春」まで及ぶ。しかし筆者は聖戦と暴力の関係についても教条的な議論は新調に退ける。このバランス感覚にはおどろくばかりである。
 想像力を少しだけたくましくしよう。
 筆者はイデオロギーにも慣習にも本来的には無縁であったバザールの光景を幼い頃、アフガニスタンで眺めていたのかも知れない。生きた人間のまなざしから人間の営為を振り返る素晴らしい一冊だ。


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「こんにちは」、「お先にどうぞ」、「御用があればなんなりと」、こういったさりげない決まり文句に人間性は宿り、人間を元気にする!

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 善性はなんらかの観念やいくばかの小額の献金によって表わされはしない。そうではなく一つの生きる構えとして、日常生活において休みなく生きられた、他人への気遣いとして表現されるものなのだ。それはすぐれて社会的な関係、包容力において示される。そのとき、他人は引き立て役--私の善行の生きた証拠--ではなく、私のうちなるすべての可能性の窮極の目的そのもの、その前では私の姿がかき消えてしまうところのもの、私に私のことを忘れさせるものとなる……
 「こんにちは」、「お先にどうぞ」、「御用があればなんなりと」、こういったさりげない、一日に何回もさりげなく用いられる決まり文句は、他者への気遣いを、あらゆる社会生活とあらゆる人間存在の底に流れる倫理的気遣いを表している。なぜならこれこそが人間の人間性だからだ。レヴィナスの哲学はこの気遣いを際立たせ、それに問いかけ、それを誰も試みたことのないような仕方で解明したのである。
    --フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)「レヴィナス哲学入門」、エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る』国文社、1991年、53頁。

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哲学の講座も3回目が無事終了しました。
金曜日に担当するのははじめてで、少し感覚といいますか要領になれるまで時間がかかったようですが、なんとか調子を取りかえしました。ちょうど先週、授業の構成が押せ押せで、やばいなーとは思っていたのですが、今週その分もおつりができる程度補完できたのではないかと思います。

今回はおそらく50名以上。割合と盛況な方ではないでしょうか。3回目にもなりますと、まだ顔と名前は一致しませんが、顔は覚えはじめましたので、顔を見て、ああ、みんな今日も元気に参加しているなあと思うとほっとすると同時に、こちらも全力で取り組まなければならないと決意する次第です。

さて……。
今日は少し体調がよくなかったのですが、授業をすると、そして学生の一人一人とやりとりをすると、元気になるなのが不思議なことです。

また、前年受講された学生さんからも、、、

「せんせ~」って声をかけられたり、挨拶をされるとうれしいもので(汗、こうした些細なやりとりや、いわゆる「有益な会話」じゃなくても、人間が向き合ったとき、何か言葉を掛け合っていくというのは大事なんじゃないかしらん、と思うわけです。

もちろん、それは社会儀礼のマナーで形骸化したものだー、ゴルァって革命家きどりでいわれてしまうと、言葉を失ってしまいそれだけですが、それによって全否定することのできない何かというものは、やっぱり歴然として存在すると考えます。

日常生活におけるそっとした挨拶や気遣い。

レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)先生風にいえば……

「『こんにちは』、『お先にどうぞ』、『御用があればなんなりと』、こういったさりげない、一日に何回もさりげなく用いられる決まり文句は、他者への気遣いを、あらゆる社会生活とあらゆる人間存在の底に流れる倫理的気遣いを表している。なぜならこれこそが人間の人間性だからだ」。

……というところでしょうか。

もちろん、私の経験は、そんなに大げさなものではありませんが、人間性とはそうした見過ごされがちなところにそっと宿るものかも知れません。

やる気満々で相手を励ますとか、また形式主義的な慇懃無礼な社交辞令に陥るのか、そういった極端な何かを排するなかで、ふと出てくる言葉の中にネ。


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特効薬という病

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 現実に特効薬はない。
 現状がこのようにまずいから、これやっちゃえば大丈夫だ!という連呼が最近すさまじい。そういう単純にこれをやればという「特効薬なーう」のような言葉を聞くと、おいおいと思ってしまいます。

 確かに場合によっては可能なこともあるでしょうが、対象が大きくなればなるほど、ひとつの特効薬で解決することなんてできないんじゃないでしょうか。

 様々なアプローチ、複数の投薬によって、ゆっくりと問題に対処していくとうのが長い目で見ればもっとも正攻法なはず。しかし、こうした一つ一つ積み重ねでスライドさせていくのは徒労に見えてしまうのでしょうか。

 歴史を振り返れば、「すぐに解決!」という急進主義的アプローチが成功したことがないのも事実です。もう、これは多分「特効薬」病なんだろうなとこのところ実感する。

 そういう喧噪に飲み込まれ「果断な決断」をする様々な試みももちろん存在しましたが、殆どの場合、血が流れるばかり。実際のところ、場合によっては以前よりも劣悪になってしまうこともしばしばであったと思います。

 その意味では、「これさえあればすべて解決!」式の特効薬のようなものがなにかあって、それを採用して実行すれば、現実の問題は一気に解決するような発想というのは、単なる妄想にすぎないのかもしれません。

 例えば、政権交代があればそれですべては解決するとか、この政策が実現できればバラ色になるとか……、おそらくそんな一つの立場ですべてが解決することなんてあり得ないんですよ。

 ひとつの方法ですべて解決すると考える「特効薬」主義は慎重にしりぞけるべきでしょう。

 民主主義は、ああだこうだと対決する。そしてそのどちらかによって動きだすという仕組みですが、実際のところ、先に言及したとおり、特効薬なんてありゃしない。だとすれば、そういう妄想を卒業して、絶えず接近していく漸進しかあるまいのではないか。

 まるで、複雑に錯綜した信念ネットワークをたえず、強固に更新していく挑戦とでもいえばいいのでしょうか。
 この根気のいる・骨の折れる仕事を永遠に積み重ねていくことによってしか「善く」はならないと思う。
 それが面倒だから「特効薬」に走る。
 しかし現実には「特効薬」なんてないから、麻薬になってしまう。

 そして、「早急」に正しい「答え」を獲得しようという義務教育「学習」の悪弊がこの傾向を加速させているのだと思う。

 1+1=2なのでしょうが、現実には、そうひとつの答えによって説明することができないのも事実。だから辛抱強く向き合う必要があるのですけどねー。
 ※対応する答えやアプローチがひとつではない、ならば、結局なにをやっても無駄だと早計するシニシズムは論外だし、よく分からないから自分の世界に後退するというのもNGであることは言うまでもありませんが、一応念のため。

 ある程度、臨機応変にたえず修正していくことは引き受けつつ、不断に関わっていくという等身大の思考をしていくしかないんじゃないのかなー……などと。

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書評:テリー・イーグルトン(大橋洋一)『テロリズム 聖なる恐怖』岩波書店、2011年。

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人間の本質に内在する聖なるものの二面性に注目

テリー・イーグルトン(大橋洋一)『テロリズム 聖なる恐怖』岩波書店、2011年。

「いかなる支配形式も理性形式も、みずからの核心にある非理性の要素にしかるべき敬意を払う」。

2001年の9・11以降、テロの連鎖は止むことはない。本書はそのテロリズムの歴史的経緯を説明するものでもなければ、現代政治学の文脈でその連関を読み解くものでもない。原題は「聖なる恐怖」。人間の本質に内在する聖なるものの二面性に注目するスリリングな一冊だ。

創造と破壊、そして理性と狂気、自由と抑圧、自愛と自死、その具体的現象として文明と野蛮……。精神と肉体が分かちがたく結びついているように、こうした相反する性向はともに人間に潜在する。著者はギリシア悲劇から近代文学、さらにはフロイトの無意識など豊富な事例を取り上げながら、この人類の宿命ともいうべき二律背反を批評する。

決して読みやすい本ではないし、表題に掲げられた「テロリズム」が何なのか明瞭に分かるわけでもない。そして読後に残るのは圧倒的なまでの絶望感だ。戦慄する深淵に対して、ひとは蓋を使用とするのが常だろう。しかし闇をまじまじと見続けることも時には必要であろう。

明るくほほえむだけが人間のすべてではない。人間を特定の側面からのみ注目してしまうことが落とし穴だろうし、「裏切られたー」と嘆いてしまう原因にもなってしまう。理性の側面も非理性の側面も充全に捉えることが必要だろう。

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火事の起こらない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩く

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 一体国家というものが危うくなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂が少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなって然るべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すより外に仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。従って何時どんな事が起こってくるかも知れない。そういう意味から見てわれわれは国家の事を考えていなければらなんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起こらない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります。必竟するにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起こった時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、--考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛し個人の活動を切り詰めても、国家のために尽すようになるのは天然自然といっていい位なものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、何時でも撲殺し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。
    --夏目漱石「私の個人主義」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年、136頁。

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このところにわかに地に足のつかない「きな臭い」言説がぼんぼん飛び出してくるだけでなく、それが「特異な」言説と受け止められるのではなく、「まあ、そういう選択肢もあるよね」という気軽な感じで受容されることに驚くばかり。

人間の内面を抑圧する方向への議論が、対岸の火事のように見受けられたり、一部の政治家たちが排外主義的・積極的膨張論を主張することに眉をひそめるどころか、拍手喝采をおくりだすような現状に、辟易としてしまうのはおそらく僕一人ではないと思います。

うえに、引用したのは夏目漱石(1867-1916)の有名な講演「私の個人主義」からの一節です。漱石が亡くなる2年前、1914(大正3)年11月に行われたものですが、この年は第一次世界大戦が勃発した年でもあります。日本が参戦するのはこの年の8月のことですが、当時と現代の状況を比べてみるならば、現在よりも「憂(うれい)」の大きな世相だと思います。

漱石は慎重に言葉を選びながら……そして現在の眼から漱石の議論は限界があるよね!などという戯言をいいだす人もいらっしゃるでしょうが、そう簡単に言い切ってしまうことには私は批判的ですが……、当時の限界状況のなかで、圧倒しようとする空気や国家の用意した同調同圧に抵抗しようとする心意気とその言葉には、目を覚まされる思いです。

このところ一部政治家や首長たちが、声高な議論を連呼しております。しかし、ホントは、そうした主張よりも、やるべきことや課題は山積しております。別に危機感をひくくみつもろうなどとは思いませんが、優先順位や手法といった限定的な側面に注目して検討してみても「ちゃんちゃらおかしい」ことばかり。

そして加えて「国家の事を考えていなければらなん」というとき「考えられる頭の人」というのは、「考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人」でなければならないはずなのですが、どうもこの辺もインチキといいますか、修養の積んだ人が発言している訳でもなく、人気取りや目くらまし、そして他者を否定することで自己の立ち位置を定位しようとする薄暗い承認欲求まるだしのような状況ではないでしょうか。

西と東、そして過去と現在と徹底した対話し続けた漱石の言葉、もう一度振り返ってみる必要があると思うのですが……。


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『鎮魂と再生 東日本大震災・東北からの声100』=赤坂憲雄・編」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『鎮魂と再生 東日本大震災・東北からの声100』=赤坂憲雄・編
 (藤原書店・3360円)

 東北に生まれ育ち、あるいは縁あって東北にくらす聞き手たちが、「それぞれに被災地を訪ね、被災された方たちに会い、その語りに耳を傾け」(赤坂憲雄のはしがきによる)て成ったのが、この聞き書き集。
 外部に<復興>や<絆><頑張ろう>等のわかりやすい語が飛びかう中、まず東北自身の内なる多声をひらくことをめざす。宮城・岩手・福島・青森の四県にわたる、百名の体験談が誠実に記録される。
 ページをひらけば、実にさまざまの声が聞こえる。いつか津波にあうと直感しながら生活のため、海辺でおびえつつ子育てしていた女性がいる。利他的な東北人と賞揚されるけれど、そうせざるをえない古い風土を省みる人もいる。被災には格差があり、一律に「頑張ろう」なんてとても言えないという、工場長がいる。有難かったのは、一番に炊き出しに来てくれたパキスタン人、と言う人。この大震災も、二百年すれば忘れられるのだろうなと諦観する郷土史家。父を失い、これからの人生の目標は赤ちゃん増殖計画、と突きぬけて笑う若い女性。−−この多声に耳を傾け、一時でなく、東北を想像し続けることの重要を痛感する。(叙)
    --「今週の本棚・新刊:『鎮魂と再生 東日本大震災・東北からの声100』=赤坂憲雄・編」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120415ddm015070023000c.html


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覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著
 (現代書館・2730円)

 ◇欧米に現れた「人間を計る科学的手法」の功罪
 特異な観点を備えた書物である。標題は「近代のまなざし」とあるが、まなざしの赴くところは人間である。つまり十九世紀以降、西欧に生まれた「新しい人間観」と、それを支えた「科学的手法」に焦点を据えたのが、本書ということになる。
 十九世紀西欧での一つの事件は、ダーウィンの生物進化論の提唱と普及である。ダーウィンは黒人奴隷の問題に強い関心を抱き、奴隷解放の強い志を持っていたが、そのこと自体、当時すでに黒人の生物学的な立場が議論されていたことを意味する。例えば<mulato>というスペイン系の言葉(白人と黒人の第一代混血)があるが、これはウマとロバの第一代雑種「ラバ」に当たる<mulo>から造られた。第一代雑種に生殖能力があるか、ないか、それが議論されてもいたのである。ダーウィンの進化論提唱の裏に、こうした議論への強い反発があったとも伝えられるが、皮肉にも、そこから本書のキーマンであり、ほとんどすべての項に登場する、F・ゴールトンに代表される優生学的発想が生まれもした。
 すでにF・ガルの骨相学(頭蓋(ずがい)測定学)などの先駆(一八一〇年代)があったものの、その後精神医学における類型論などの領域で、「人間を計る指標」が様々な形で作り出され、それが人種論などに利用されていく有様を、幾つかのトピックスやエピソードを連ねつつ明らかにする。それが著者の意図である。
 選ばれたトピックスは、写真、指紋、知能テストであり、写真が取り上げられることに、いささか意表をつかれる。
 第一章では、十九世紀末アメリカで、移民審査のために開設されたエリス島入国審査所での、審査・選別の状況が克明に語られる(念のためだが、この制度は第二次世界大戦後廃止されている)。そこには、知能指数の出発点とも言われるビネーの方法(二十世紀初頭に開発)をはじめ、様々な「人体計測」の手法が駆使され、また健康診断などの名の下に、無名の大衆を選別する基準が数多く利用されていることが浮き彫りにされる。なかでも発達障害や精神障害の判別が重んじられていたことが目立つ。
 第二章では、ナチスによる人種判別の方法が、小説や映画を題材に、ややエピソード風に語られる。もちろん最終的には北方アーリア系から、ユダヤ系を徹底的に排除する目的があってのことだが、評子がドイツ(西ドイツ)で親しくなって気を許した友人が、小声で、「君には判(わか)るまいが、自分は、街行く人のなかで、本能的にユダヤ系を見分けることができる」と語った言葉が思い出される。それを如何(いか)に「科学的」に、かつ徹底して行おうとしたか。暗然とする。
 第三章は、そうした区別され、差別された人々が、近代社会においてどのように扱われたかが描かれる。
 第四章の写真考では、写真が、その技術的開発の初期から、警察において活用されていたことが指摘される。犯人写真の登録は、累犯や類似の犯罪における容疑者の特定などに効果を発揮することが期待されたからである。同じことは、次の章で扱われる指紋において、よりはっきりする。指紋法も十九世紀後半に確立されていくが、ゴールトンがここでもある役割を演じている。そしてビネーらの知能指数概念の開発へと繋(つな)がる。
 現代アメリカ社会では、知能指数はタブーになっているが、そして私たちは本書に描かれた歴史的状況の先にいるが、千ドルDNA検診のような新しい技術に直面してもいるのである。考えさせられることは多い。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『近代のまなざし 写真・指紋法・知能テストの発明』=山下恒男・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120415ddm015070177000c.html

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書評:鶴見俊輔『思い出袋』岩波新書、2010年。

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不良少年として生きる……国家と個人との関係を思考し続けてきた鶴見俊輔氏の力強い回想録。

鶴見俊輔『思い出袋』岩波新書、2010年。

 「くに」にしても「かぞく」にしても、それは現象として仮象的に存在するものにすぎず、モノとしての実体として存在するわけではない。しかし、誰もが一度は「くに」や「かぞく」を巡って「引き裂かれてしまう」のが世の常だろう。
 戦後思想史に独自の軌跡をしるす哲学者・鶴見俊輔さんは「不良少年」としてその歩みを始めた。名家・後藤新平の孫として生まれるが「不良少年」は日本を追われるように15歳で単身渡米、ハーバード大学へ進学して哲学を学ぶ。日米開戦とFBIによる逮捕、そして交換船での帰国と軍属の日々……。
 本書を著した時点で氏は88歳、自身の経験した出来事や人々との交流、そして印象的な書物の思い出を率直に綴っている。
 鋭利な知性と人間味溢れる感性が光る多彩な回想のなかでも、北米体験と戦争経験は、著者の思想的原点を鮮やかに示している。そしてみじんも変節がないことには驚くばかりだ。
 戦前、友人と日米開戦はあり得るのかと議論になったという。そのとき氏は次のようにいう。「日本の国について、その困ったところをはっきり見る。そのことをはっきり書いてゆく。日本の国だからすべてよいという考え方をとらない。しかし、日本と日本人を自分の所属とすることを続ける」。国家と個人の関係を正視眼で思考し続けてきた氏ならではの重みある言葉だ。
 しなやかな知性とは、神の眼をもつことではない。たえず揺れうごきのなかで自己を鍛え上げていく事なのではないだろうか。そのために必要なのは「私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている」ことだろう。
 社会の不条理に苛立つことは避けられない。そんなとき本書をゆっくり読むことをお勧めする。読むごとに目を閉じ、その言葉を噛みしめることで、もう一度歩み出す勇気をもらうことができる。


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B級グルメ列伝:東京都新宿区編:伝説のすた丼屋 早稲田店

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先日、仕事で高田馬場に立ち寄った際、訪れたのが「伝説のすた丼屋」。いわゆるクィックでボリュームたっぷりの「ワセメシ」の代表といえましょう。

ホントは別の店が目的だったのですが(汗、あいにく開店前でしたので、以前より気になっていた「スタ丼」なるものを試してみるいい機会と思い、のれんをくぐった次第です。

さて、清潔な店内へ導かれると券売機にていわゆる無印の「スタ丼」の並盛りを注文!

夕方には少し早い時間でしたが、店内を見渡すとやはり若い学生さんが中心。しかし主婦の方やサラリーマンとお見受けできる姿もちらほらあり、「スタ丼」の看板をかかげるお店は東京にはたくさんありますが、もうこれは東京の「常食」といっても過言ではないだろうかと思ったり……。

さて……、
しばしまっていると生卵と味噌汁といっしょにトレイに安置されたスタ丼の登場です!

一見すると、しょうが焼きどんぶりの風体ですが、一口運ぶとその想念は木っ端みじん!!!

わりあいと濃い味付けのこってり系と勝手に想像していたのですが、おどろくほどさっぱりしていることに驚愕です。

にんにくのきいたタレで肉を絡め焼いているのでしょうが、にんにく臭さも予想以上に低く、ぱくぱくとちょうだいしました。

ただ盲点は「これが普通盛り?」というところ。

まずお肉がたっぷりなのは言うまでもないのですが、たしかに「普通盛り」を注文したわけですが、お米がぎっしりとしゃもじで押しつけたのかというぐらいの半端のない容量。いわゆる吉野家だとか松屋なんかでいう「特盛り」の感覚。となりで若いお兄さんが大盛りを食べておりましたが、特大ラーメン鉢のようなどんぶりでまさに「勝負する」という様子!

構造としては下から上に、お米⇒1cm幅の海苔⇒お肉、というあんばいです。

いずれにしても、ご飯てんこ盛りという点は把握しておくべきですね。

しかし、先に言及したとおり、コテコテの濃い丼ではなく、さっぱり味には、ちっぽけなドクサを破壊されたようで、ある意味ではカルチャーショックでした。

お近くに立ち寄りの際は、必ずおなかをすかせてから、ご賞味くださいませ。

今回はチェーン店の利用でしたが、都内には独立系の「スタ丼」もかなりありますので、次はそうしたポイントをチェックしてみようかと思います。

しかし、若い学生さんの胃袋というのはホント「無尽蔵」ですね。

なんだか「老いたなー」と感じた筆者であります(涙

■ 伝説のすた丼屋 早稲田店
東京都新宿区西早稲田3-21-2
営業時間 11:00~翌3:00
定休日  年中無休
http://www.antoworks.com/

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キリスト教史を神学史として把握するだけでなく、キリスト教の果たした社会的役割をも重視する必要があるのではなかろうか

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 本郷教会の会員構成を『新人』一九〇五年二月号所載の「明治三七年度現在会員の概観」によって紹介しておこう。
 (一)会員総数 三八〇(男二七六、女一〇四)。(二)東京在住 二八五、東京以外在住六七、居住調査中 二八。(三)東京在住者中一家庭を有することの明なるもの 四〇組。(四)三九歳以上(数え年)四九、二九歳-三八歳 八六、一九-二八歳 一九七、九歳-一八歳 九、八歳以下 二。調査中 四〇。(五)職業別 実業家四九(内女一)、会社員六、医者二三(内女二、看護婦一二)、美術家三、教育家二二(内女一〇)、官吏一〇、国会議員一、弁護士三、著述家・記者六、伝道四、学生一六八(内女二七)、無職四四(内女三八)、未調査四八(内女一五)。なお学生の内訳は東大二三、京大二、福岡医大一、東京高商八、東京高工五、東京高師二三、一高四、早大一七、そのほか八五(内神学生四)。
 一見注目すべきことは一九歳-二八歳の青年層が会員の過半を占め、そのほとんどが学生であることである。当時山路愛山が的確に評したごとく「本郷教会は書生の教会」であった(「我が見たる耶蘇教会の諸先生」『太陽』一九一〇年一二月)。この「書生」こそ、日本資本主義が一つの社会層として生み出しつつあった若きインテリの代名詞である。帝国主義的発展に半ば酔わされつつも、なお家族倫理の圧迫や天皇制の政治的・市民社会的自由に対する抑圧に耐えがたい思いを抱きつつあった彼らが、一面帝国主義的、一面自由主義的な、国士的風貌をもつ海老名の周辺に惹きよせられてくるのは、きわめて自然のなりゆきであった。
 当時キリスト教界で海老名の自由主義神学に対抗して正統派の福音主義の旗を高く掲げたのは、植村正久の一番町教会であった。山路はこの教会を「書生の教会」に対比して「紳士の教会」と評している。近時キリスト教史の研究家の間では、この「紳士の教会」に対する評価はすこぶる高く、逆に書生の教会は一顧だにされない(たとえば隅谷三喜男『近代日本の形成とキリスト教』、山谷・小塩ほか『近代日本とキリスト教』明治篇)。なるほど植村が福音主義の伝統を固守し、多くの有能な牧師を育てたことは事実であろう。しかし海老名を単に「日本倫理へのキリスト教の妥協降伏」者としての一側面を強調して「最も賢く見えて最も愚かな途を辿った」(隅谷)と評するのは、キリスト教史家の立場からすれば正当といえるかもしれないが、日本近代史家の見地よりすれば不当というほかない。「紳士」のなかからは高倉徳太郎らの注目すべき神学者が出たのにたいし「書生」のなかからは大正デモクラシーの代表的人物吉野作造と鈴木文治が出ている。キリスト教史研究家の側でも、キリスト教史を神学史として把握するだけでなく、キリスト教の果たした社会的役割をも重視する必要があるのではなかろうか。
    --松尾尊兊『大正時代の先行者たち』岩波書店、1993年、66-67頁。
      ※「鈴木文治」の章の脚注(3)

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 近代日本の文化人とキリスト教の関係を一瞥したとき、ある程度の接触はもちながらも、福音との決定的な対決・回心を持つことなしに、キリスト教から離れる知識人が多いなか、民本主義の旗手として名高い政治学者・吉野作造(1878-1933)は死ぬまで信仰を失わなかった。私が注目するのは、デモクラット・吉野ではなく、宗教者・吉野である。

 キリスト教と文化・社会活動の関係は単純ではないが、宗教の使命は、必然的に社会的活動をともなうとする立場もあれば、その逆もある。前者は「社会派」、後者は「福音派」「教会派」と呼ばれたりする。近代日本のプロテスタント・キリスト教史においては、このどちらか一方の立場に徹するケースが実に多い。社会派信徒は、改良事業への惑溺から「卒業クリスチャン」になってしまい、福音派の信徒は、教会活動に専念し、キリスト教を積極的革新には消極的な〝修養倫理〟として受容するケースが多い。そして付言すれば、後者が日本のキリスト教の支配的な体質となっている。

 こうした事例と比べた場合、吉野の生涯は、両者が調和した絶妙な歩みとなっている。
 「自分は、自分の人生観を基督教の信仰によつて作り上げたことを密かに満足に思ふものである。……宗教的信念は少なくとも自分にとつて生活の方法を明確に示して呉れた根本のものである」(「斯く行ひ斯く考へ斯く信ず」『斯く信じ斯く語る』一九二四年一一月)。

 宗教者であるということは、ただ学者であるとか、政治家であるかとは異なり、その人間の全生活が、強く、深く、広く、宗教を中心に成り立っていることを物語る。

 吉野のデモクラシーの主張も例外ではない。その活動は単なる時勢的な論壇活動ではなく、信仰と避けがたく結びついている。吉野に関する研究は、宗教と社会変革の問題、さらには日本におけるキリスト教の文化内受肉に関する問題を明らかにする糸口を持っているように思われる。

 冒頭には、同じ関心から近代日本のキリスト教史の把握の問題性を指摘する松尾尊兊先生の一文を掲げた。

「キリスト教史を神学史として把握するだけでなく、キリスト教の果たした社会的役割をも重視する必要があるのではなかろうか」。

 確かに「キリスト教のために」貢献した人物が賞賛されるのは世の常だし、それはキリスト教のみ責められるべき問題ではない。しかし「ために」という人物や事件だけを顕彰するのでは肩手落ちになってしまうのは事実だろう。
 ※ちなみに吉野作造の場合は、キリスト教信仰にめぐりあえた幸せと信仰への自負はあるものの「キリスト教の為に」という党派的な言説は殆ど無い。
 それぞれの宗教に啓発をうけ、土台を形成し、そしてその土壌に自ら建物を築きあげた人物も射程にいれるべきではないだろうか--。

 少し踏み込んだ言及をするならば、宗教史において、なんらかの独自の取り組みを先人として切り開いてきた人物は、殆どの場合、同時代のメインストリームからは「奇人変人」扱いされることが多々ある。そして泥棒猛々しいことに、構成になってから、さも「われらの成果」といわんばかりに、我が物顔で賞賛する事例にも事欠かない。いわゆる「後出しじゃんけん」だ。

このポイントは留意しながら、足跡を追跡することは必要なんだろう。

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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『近代東京の私立中学校--上京と立身出世の社会史』=武石典史・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『近代東京の私立中学校?上京と立身出世の社会史』=武石典史・著
(ミネルヴァ書房・6300円)
 ◇明治教育、弾力性の奇跡を支えたもの
 盆暮れの2回の帰省ラッシュはおなじみの光景だが、大渋滞をテレビで見るたびに、この民族大移動にもいつか終わりがくるのではないかとの思いもよぎる。高度成長期に大学進学率が3割に急増した背景には、農村子弟の上京があった。都会を選んだ世代が次の世代へと交代してゆく先には、いかなる未来図が描けるのだろうか。
 埒(らち)もないことを考えたのは、東京の私立中学校をめざして地方から上京した明治期の青少年の実態を鳥瞰(ちょうかん)図として描いた本書を読み、大いに頭を刺激されたからだ。大急ぎで付言すれば、著者の論じたのは学校教育法上の中学校、すなわち現在の中学校ではなく、尋常小学校修了者に中等教育を授ける場としての旧制中学である。
 一見すると、旧制高校や帝国大学進学時の上京の方が一般的だったのではないかと思われるが、ナンバースクールとも呼ばれた旧制高校の場合、京都・東北・九州等、地方を単位として設置されたために進学行動は分散し、ただちに上京に結びつく訳ではなかった。 それでは、いかなる人物が、東京の私立中学をめざして上京したのだろうか。一人は群馬から攻玉社を経て海軍兵学校へと進んだ鈴木貫太郎。いま一人は福岡から共立学校(現・開成学園)を経て一高へと進んだ堺利彦の名を挙げうる。いうまでもなく攻玉社と共立学校が中学にあたる。軍人とジャーナリストの組合せは一見妙だが、生徒の8割強が士族で、薩長出身者以外の職としてこの二つが望ましかったことを知れば納得もゆくだろう。
 生まれたばかりの明治政府は、教育予算の8割弱を小学校に、2割を旧制高校・大学等の高等教育機関に振り向けて近代国家への道をひた走ったが、その間をうめる中学校教育には3%しか予算を割かなかった。一方政府は、敗者である士族にとって社会的上昇の機会となるべき高等教育機関への入学試験、その試験科目に英語・数学・物理等の近代学を要求した。幕府時代と同じ漢文・儒学等の伝統学が科目として要求されれば、地方の中学校でも対応が可能だったろう。だが、明治初年に近代学を教授できた教師は絶望的なまでに東京の私立中学校に集中していた。かくて、地方青年は東京をめざす。
 長期統計の整備によって、たとえば、1870年から1960年までを30年ごとに区切り、日本・中国・ブラジル・イギリス・ドイツ・フランス等の国々について、一人当たり実質GDPで比較することが今や可能となった。著者は、他の国々と比べて日本だけが、「マイナス成長の期間がなく、かつ前の三〇年間の成長率を次の三〇年間のそれが上回るという動きをみせている」事実に注目する。
 近代日本にこのような持続的成長を促した歴史的要因は何なのか。多様な説明が可能だろうが、私には著者の示した鳥瞰図が魅力的なものに映った。金も口も出さないが、高等教育機関に迎えるべき学生への要求値だけは頑として下げなかった明治政府。一方、政府の施策の矛盾をつき、受験予備校といわれようが何処(どこ)吹く風、地方青年の熱い向学心とまっすぐな立身出世欲を受け止めた東京の私立中学校。この奇跡のような組合せこそが、かつての日本にはあった教育の弾力性を生み出した背景と読み取れる。当年、不惑を迎える著者は、読む者に警醒と希望、二つながらを与えてくれる稀有(けう)の書を書いた。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『近代東京の私立中学校?上京と立身出世の社会史』=武石典史・著」、『毎日新聞』2012年04月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120415ddm015070003000c.html

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書評:ジョン・キム『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年。

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ジョン・キム『ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年。

従来のメディアの概念を根底から変えるソーシャル・メディアの眼差しを精緻に分析


 ジョン・キムこと金正勲さん日本語での初めての単著が本書。
 本書は、外交公電の大量公開で注目を浴びた「ウィキリークス」に見られる「情報」を媒介に国家と市民の力関係を、思想と現実の文脈から読み解くもので、類書のなかで群を抜く一冊だ。
 「ツイッター」「フェイスブック」をはじめとするソーシャルメディアを媒介とする情報共有の動きがどのように世界を動かすのか--。アラブの春とウィキリークスの衝撃は、情報革新による新しい可能性を見せつけてくれた。
 権力が民衆を支配する。この事実は否定できない。しかし民衆が権力を監視することも可能であろう。筆者は、象徴的な「パノプティコン」の眼差しを逆さまにしてくれる。
 「パノプティコン」(一望監視施設)とは、イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムが発案した監獄のモデルのこと。監視塔の周囲に監獄をめぐらし監視を一望するシステムで、ミシェル・フーコーが名著『監獄の誕生』で権力が民衆を支配する仕組みの象徴として紹介したことで有名だ。円環状の建物(監獄)の中央に監視塔を配置する。監視者の姿は見えないように設計されているのが特徴的で、仮に塔が無人であっても、囚人たちは常に監視されている可能性を感じつつ生活せざるを得なくなる。目に見えない監視によって監視される者は、内面から自身を縛っていく構図を、フーコーは近現代の規格化された社会全体として論じている。
 本書で著者は、ネットを舞台に現在進行している状況をパノプティコンの反対、つまり市民が権力を普段に監視する構図としてとらえている。ネットメディアが権力に対抗しながら情報を不断に監視する逆転の構造だ。
 著者はウィキリークスに連携した欧米のメディアやジャーナリズムの役割を評価し、「情報を分析、検証、説明する能力を有するマスメディアの価値はさらに高まる」と指摘しているし、日本のメディア界の動向に関しても好意的に評価している。
 従来、メディアは国家と民衆の中間に位置し、「中立性」をその特徴と「称した」。しかし実際のところ「中立性」などは存在しないし、メディアに要請される中立性とは、その本質が民衆の権利を守るという立場でならなければならないはずだろう。日本では「リーク」とは、何等かの「秘密を暴露する」というスキャンダラスな受容がその殆どだ。しかし、その根柢には、国家や共同体といった枠組みを超えた、人間そのものを保障するという眼差しが存在することを本書は想起させてくれる。
 全体として未来へのスケッチとしては秀逸なものの、評者は、震災以降、実際には逆パノプティコンとして機能した日本のメディアの動向を全否定することはできないものの、恣意性や権力との癒着構造、また反権力ならば何をやってもいいというスタイルや受け手のネットリテラシーの問題を勘案すると楽天的に受け止めることには躊躇してしまう。

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書評:重田園江『ミシェル・フーコー 近代を裏から読む』ちくま新書、2011年。

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重田園江『ミシェル・フーコー 近代を裏から読む』ちくま新書、2011年。

 フランス現代思想家の入門書の中でも類書が最も多いのはミシェル・フーコーだろう。このことはそれだけフーコーの思想が注目されていると同時に、単純化や歪曲されて受容されていることの証左かも知れない。もちろん優れた先行研究があることを全否定するつもりは毛頭ない。
 本書が注目するのは、中盤の労作『監獄の誕生』だ。これをフーコーのひとつの到達点と見なし、議論を配置する。初期の『言葉と物』が認識構造を問うものだとすれば、周到な「まなざし」を丁寧に分析したのが『監獄の誕生』であり、それは後期の『性の歴史』へ展開・応用を予告する周到な準備でもある。通常『言葉と物』ないしは『性の歴史』が重宝されるという受容状況があるが、認識と実践が交差する『監獄の誕生』抜きには、フーコーの関心や実践(例えば「監獄情報グループ(GIP)」の立ち上げ)を理解することは不可能だ。
 権力はどこに存在するのか--。
 彼岸に存在するのではない。フーコーは可視化された権力よりも自ら服従していく規律権力こそが問題だと喝破した。読んでいてすがすがしい一冊だ。後に展開される統治性や生権力との関わりについても丁寧に著者は描写する。フーコーの権力論は、フーコー自身がその実存として関わったという経緯を情熱を込めて描く手法には感動さえ覚えてしまう。

 まなざしの網の目から抜け出すことは現実には不可能だろう。そしてひとつの網から抜け出したとしても十重二十重に再構成されるのが世の中の常なのかも知れない。しかしそうした不可避の権力性にどのように対峙し“続ける”ことが可能なのか。
 一見すると取り囲みに無力になってしまう自分が存在する。しかし著者が読み直すフーコーの足跡を辿ると希望を見出すことができる。フーコーの入門書はあまた存在するが、まずは本書を最初の一冊としてすすめたい。


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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 「孤立死」をなくすには 湯浅誠」、『毎日新聞』2012年4月13日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論 「孤立死」をなくすには
湯浅誠 反貧困ネットワーク
「アウトリーチ」専門職の創設を


 今年に入り、一家全員が病死・餓死で発見される「孤立死」が相次いでいる。報道に出たのは、札幌、釧路、さいたま、東京・台東、同・立川、横浜などの自治体だが、そこだけで起こっているわけではないし、今に始まった話でもない。
 多くの場合、亡くなった家族には障害者や要介護の高齢者がいて、一家は「支え手」と「支えられ手」で構成されていた。そして、支え手がたおれたことで、支えられた手もたおれた。
 支えられ手の家族以外の支え手はいなかったのか。家庭の内情までは関われない、というのがすべての関係者の答えだ。確かに、家族以外の者に家族並みの関わりを求めることは、口では言えても実際には困難だ。職員を減らし続けてきた行政に、もうその体力はない。ましてや、地域住民が連日、エンドレスに関わることなどできない。
 しかし「一家まるごと死んでいくのをなすすべなく見送るしかないのが、私たちの社会です」とは、誰も言いたくないだろう。


 できることから考えたい。まずは情報共有。困窮世帯は、住民税を滞納し、国民健康保険料を滞納し、家賃、公共料金と滞納が深刻化していく。こうした滞納情報を、今は自治体のそれぞれの部局がバラバラに持っている。役所内で情報が迅速に共有される必要がある。特に、命に直結する水道料金の滞納情報は重要だ。行政機関の個人情報共有には、国の関係機関の後押しも欠かせない。
 情報の共有によって「心配な世帯」が分かれば、そこに出かけていかなければならない。誰が行くのか。「役所の誰かが行けばいい」では、物事は動かない。彼らに手を伸ばす「アウトリーチ」専門のソーシャルワーカーが必要だ。地域によっては、民間団体にノウハウが蓄積されていることもあるだろう。
 出かけていっても、相手にドアを開けて話してもらう必要がある。だが「自分たちで何とかしなければ」と固く信じている家族は多い。「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせているうちに、限界を超えてしまう。限界を超えるとSOSも出せなくなる。


 支えられ手の人々に「まだ大丈夫」ではなく「『助けて』と行っても大丈夫」と思ってもらうには、SOSを叫ぶハードルを提げる必要がある。
 今は支えられても、すぐに「支え手」に回れる、と思える場を、地域社会の中に目に見える形でたくさん作る必要がある。そのためには支えられ手だけでなく、支え手に対する公的支援も欠かせない。私たちがそれを負担する覚悟も問われている。

アウトリーチ 英語で「手を伸ばすこと」の意味。福祉分野では、潜在的に援助を必要とする人の元に援助者が直接出向くことを指す。生活に困窮していても、自ら福祉サービスの利用を申請できない人を支援し、サービス利用につなぐ。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 「孤立死」をなくすには 湯浅誠」、『毎日新聞』2012年4月13日(金)付。

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親切丁寧?に仕込まれる「管理教育」への一抹の寂しさ

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 学生が受け身であればあるほど、大学はガイダンスやオリエンテーションに熱心になる。入学式がすむと、つづいて数日ガイダンスが行われる。必修や選択の科目がどうなっているか。卒業までに、あるいは専門課程に進むためには、どういう科目をとらなければならないか。図書館を利用するにはどうしたらよいか、こと細かに説明が行われる。きみたちはあるいは、それは当然だし、新しく大学に入ったのだから、いろいろオリエンテーションが必要だ、と思うのではなかろうか。だが、ガイダンスが親切丁寧に行われれば行われるほど、きみたちの学生生活は受け身の生活になる。
 実をいえば、一九六〇年ころまでは、大学ではあまりオリエンテーションは行われなかった。まして私が大学に入学した戦争前などは、「学生便覧」などと書かれた小冊子をワタされるだけで、あとは先輩に聞くか、授業に出てみるか、する以外になかった。もちろん、そこには学生の思い違いや、無駄がなかったわけではない。しかし、失敗は成功のもとである。少々手間どったからといって、くよくよすることもなかった。ところが、今の学生生活は、ガイダンス漬けである。失敗は少なくなるかもしれないが、生活はそれだけ受け身となる。そこには、あとで述べるように、止むをえない点もあるが、もう少しのびのび学生生活を送りたいものである。
    --隅谷三喜男『大学でなにを学ぶか』岩波ジュニア新書、1981年、53頁。

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別に「昔はよかった」とノスタルジアに浸ろうとは思いませんし、昔の大学にも問題は多々あったし、昔の学生よりは今の学生の方が遙かに優秀だということは事実だと思う。

大学とはそれまでの義務教育とは異なり、自主独立の人間を育てる自由の学府であるにもかかわらず、現状をはっきりいえば、仕組みとして「自律」を損なう方向へ舵を切ろうとしていることだけは大変残念に思う。

そしてそれを強引に推し進めるのが文部科学省の大学行政であり、個々の大学は、現実にはそれに抵抗することができず、そのまま右へ倣えというのが実状ではないでしょうか。

学生だけでなく教員そのものも被害者であるなーと痛感するのですが、痛感するだけで悲嘆してもはじまらないので、「就職活動の役にも立たない」とか「糞の役にも立たない」教養教育の分野から、なんとかしないとなーと暗中模索する毎日です。

たとえば、ICカード化された学生を端末にタッチして出席をとるシステムの導入、休日まで返上して15回授業の死守、履修前後での数値による「見える化」……。さまざまな試みが日本の大学で導入されています。

たしかに便利ですし(ただ代返のイタチごっこはあいかわらずですが)、ひとむかし前なら休講になっても補講なんてなかったのですが、きちんと確保することは素晴らしいとは思うし、そして科目によってはきちんと数値化で判断できるものもあるでしょう。

しかし、大学とは極論すれば出席するも欠席するのも、小学校ではありませんから、当人が自主的に判断するのが前提条件だと思います。もちろん、出席率があがるのは歓迎すべきでしょう。しかし、他律的にそれが行われるのではなく、学生が出たくなるような講座であり(それが「直接いい企業に就職できることに訳の立たない」教養教育の科目であったとしても)、出席による単位認定を餌につるようなのは何か違うような気がするし、そういう仕組みへと誘導する「総他律社会化」への権力の眼差しには辟易としてしまいます。

また15回授業、たしかに結構なことだと思います。
しかし学生の関心によって、シラバスで当初予測した内容になるわけではありませんが、「シラバスどおり授業は進行したのか?」みたいなのもね~。

そして、履修前後での数値による「見える化」なんていうものは、そもそも「見える化」によって判断できない人間そのものを育成する高等教育への暴挙といっても過言ではありません。
※もちろんそのことによって、教員が十年一律のくそくだらない授業をやることへの免罪符としてしまうのは論外ですがね。

いずれにしても、大学とは、国家がこういう人材を創りたい……というものと、特に私立大学の場合は、無縁の「人間」そのものを育てる自由の学府じゃないですか。

もちろん、日本の近代教育における大学教育史は「国家のため」という強烈なまなざしがあったことは否めません。しかし、そもそも大学が誕生した経緯をふりかえれば、鋳型に材料をいれて金太郎飴を拡大再生産するのは大学の役割ではありません。

そういうところへ、例えば、私学助成金カットをちらつかせながら、強烈に管理化へシフトしていく教育行政。もちろん、現実に大学はNo!といえない状況が存在することは理解できます。

ただしかしねぇ、例えば、ニュースレターなんかで、「当大学はいち早く、出欠確認の電子化を実現しました!!!」とか「数値的に向上しました!」って無邪気にエヘンとやるのはどうかと思う。

しかたがないことはよくわかりますし、従わざるを得ない事情もわかります。しかし、言及したとおり、「わたしたちは教育行政の優等生!」などとやってしまうと、それはそれで自殺行為だと思う。

先週から前期の授業が始まりましたが、くたびれたサラリーマンが、社員証を首からつるして……それはまるで飼い主に絡められた犬の首輪のように……仕事をするように、無邪気に学生証を社員証のようにくびから提げた学生を目にするようになるのですが、正直、社畜を想起してしまう。


あんたは非常勤だからうだうだいえるといわれてしまえばそれまでですが、学問の自由の歴史を守ろうとした歴史は日本の先人にも存在するから。このあたりの感覚に無自覚になってしまうとおしまいだとは思います。

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覚え書:「みんなの広場 背負えないものを次代に残すな 自営業 57(神戸市西区)」、『毎日新聞』2012年4月13日(金)付。

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みんなの広場 背負えないものを次代に残すな
自営業 57(神戸市西区)

 大阪維新の会が3月に次期衆院選の政権公約のたたき台を発表。戦争放棄をうたった憲法9条改正の是非を問う国民投票が盛り込まれています。会代表の橋下徹・大阪市長は発表前の2月、憲法9条について「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。国民が(今の)9条を選ぶなら、僕は別のところに住もうと思う」と報道陣に語っていました。
 しかし、多くの人を殺し、また殺されて、笑顔が生まれるでしょうか。戦争をしないで、お互いが理解し合うための努力は、戦争をするよりはるかに大きなエネルギーが必要です。そして、その努力を惜しんではいけないと思うのです。
 私たち大人は放射能汚染という、次世代にわびてもわびきれないものを残してしまいました。これ以上、背負いきれないものを残してはいけません。次代を担う人たちのために、真の大人として振る舞えるかどうか、極めて大事な分岐点に立っていると思うのです。
    --「みんなの広場 背負えないものを次代に残すな 自営業 57(神戸市西区)」、『毎日新聞』2012年4月13日(金)付。

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「記者の目:米軍普天間飛行場の騒音問題=大治朋子」、『毎日新聞』2012年04月13日(金)付。

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記者の目:米軍普天間飛行場の騒音問題=大治朋子


 ◇教室の「日常」に目を向けよ
 軍用機が上空を日常的に旋回する沖縄県・米軍普天間飛行場。米軍再編で移設問題が注目を集めているが、飛行場に隣接する宜野湾市立普天間第二小の騒音実態は、詳しくは知られていない。琉球大工学部の渡嘉敷健准教授(環境工学・騒音)が教室内の騒音測定をした結果、米軍機の離着陸に伴う騒音は最大100デシベル以上に達した。電車が通過中の高架下の騒音に匹敵するレベルだ。2〜3月にかけて普天間第二小の「日常」に密着取材した。実感したのは、騒音問題の改善には、まず米軍基地が集中する沖縄ならではの特殊な騒音状況を的確に反映する測定方法の検討や児童・生徒らの健康被害の実態把握が必要だということだ。
 ◇授業中約4分に1回飛ぶ米軍機
 空を切り裂く軍用機の爆音は容赦なく校内に響き渡る。普天間第二小の3月1日の4時限目。45分間の授業中、米軍機は11回、約4分に1回の割合で飛んだ。最も騒音の値が高いピーク時の平均は約84デシベルで、地下鉄の電車内の騒音を上回る値だ。しかし、文部科学省が定める一般的な検査基準である等価騒音レベル(一定時間内の騒音の平均値)に沿って45分間の平均にしてみると66.7デシベルで、「やや騒々しい事務所」のレベルになる。
 米環境保護局が示した言葉の理解と騒音レベルの関係性によれば、理解度を95%以上にするには、最大騒音レベルを65デシベル以下に抑える必要がある。75デシベル以上の騒音の中では、全く言葉が聞き取れなくなるという。
 米軍機が1回飛ぶと、騒音は約30秒間続く。この間、授業は中断され、会話は成立しない。4分に1度の割合で飛んだ場合、断ち切られた会話が再開し集中力を取り戻したと思ったら、新たな米軍機が飛んでくるという繰り返しだ。
 文科省は「学校環境衛生管理マニュアル」で教諭の平均的な声の大きさを約65デシベルと設定し、一定時間内の教室の騒音の平均値を示す等価騒音レベルは窓を閉めた状態で50デシベル以下、開けた場合で55デシベル以下が「望ましい」と定めている。児童らが授業を正確に聞き取るには、教諭の声の大きさと教室の騒音の差が「少なくとも15デシベル必要」とする世界保健機関(WHO)の環境騒音ガイドライン(99年)に基づいている。しかし、WHOは教諭の声を約50デシベルと仮定し、授業中の騒音の基準値を35デシベルにしている。文科省の値はこれより15デシベル高い。
 文科省学校健康教育課によると、学校環境衛生管理マニュアルは等価騒音レベルを一般的な基準としているが、特殊な騒音源がある場合はピーク時の最大騒音レベルを重視するなど別の方法をとることも可能だという。同課調査官は「学校の衛生管理を担う学校薬剤師や音響の専門家と相談し、適切な測定方法を検討してほしい」と話している。米軍機が頻繁に飛ぶ特殊な環境では、平均値よりも最大値や騒音変動をみる方が状況を的確に捉えることができるはずだ。
 沖縄では今後、全校で教室の騒音を測定する。そこでは文科省が定める平均値の計測に加え、基地に囲まれた学校の日常を適切に反映する独自の測定方法も必要となるだろう。実態をより鮮明に映し出すデータを日本政府や米国に提示しなければ、具体的な騒音軽減にはつながらない。平均値を取るだけでは、現実を反映しない数字が独り歩きし、騒音状況が軽視される事態にもつながりかねない。
 ◇子供たちの心身に与える影響も
 もう一つ、取材で実感したのは、騒音の常態化が子供たちの心身に与える影響だ。爆音を「うるさい」と訴える子供がいる一方、「慣れた」という声も少なくない。普天間飛行場や米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)の周辺住民を対象にした調査(95〜98年)に関わった松井利仁・京大准教授(環境衛生学)は「騒音に注意を向けるとストレスで体に負荷がかかるので、意識的か無意識のうちに、騒音から注意を外すことがある」と話す。報告書でも、慢性的に航空機騒音にさらされている子供たちは「音に同調せず、注意から外し、感受性を低くする対応策を身につける」という米国の大学教授の見解が紹介されている。
 「慣れた」という子供たちも、じっくり話を聞いたり、作文を書くと、複雑な思いを表現することがある。6年生女児は作文で「騒音に慣れたくない。普通の静かな生活に慣れたい」と書いていた。
 騒音は自律神経系や内分泌系、循環器系、消化器系に影響を及ぼす恐れがあることは、医学的にも広く認識されている。教育行政の担当者は、子供や教諭らへの聞き取りなどを通じ、埋もれがちな声を拾い上げ、普天間飛行場周辺の子供たちが置かれている騒音問題の正確な実態把握に努め、その上で、適切な防護策を講じるべきだ。(外信部)

    --「記者の目:米軍普天間飛行場の騒音問題=大治朋子」、『毎日新聞』2012年04月13日(金)付。

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http://mainichi.jp/opinion/news/20120413k0000m070137000c.html

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書評:ジェームズ・レイチェルズ(古牧徳生・次田憲和訳)『倫理学に答えはあるか―ポスト・ヒューマニズムの視点から―』世界思想社、2011年。

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ジェームズ・レイチェルズ(古牧徳生・次田憲和訳)『倫理学に答えはあるか―ポスト・ヒューマニズムの視点から―』世界思想社、2012年。

 嘘を付くことはなぜいけないのか。安楽死はいいのか・わるいのか……倫理学の対応すべき事柄は身の回りの雑事から社会的な問題まで幅広い。
 アリストテレスは美徳から、カントは定言命法の立場から、そして功利主義は効用計算からその根拠を導き出そうと試みた。すっきりする説明もあれば、納得しがたい違和感も残るのがこれまで議論だったのではないだろうか。
 著者は、これまでの先験的な人間の尊厳性を徹底的に否定することので、その違和感に応えようと試みる。
 まず道徳的根拠は、普遍化された一つの原理に求めることは不可能だろうという現実から出発する。そして、道徳の原理や道徳的判断の根拠を演繹的な理性の推論には置かず、「信念ネットワーク」の総体に著者は見出そうとする。
 荘厳な倫理体系が全てを担保するのは夢想にすぎないかもしれない。なぜなら現実には、様々な原理や原則が相互に関連し、影響しあって体系にみえる仕組みを構想するからだ。
 この信念ネットワークは先験的体系ではないから、そのつどアップデートが可能である。大胆に可謬主義を認めつつ、それを補完する議論は昨今の流行といえようが、著者の議論には「軽薄さ」を感じることが全く出ない。驚くばかりである。
 イエスかノーかの根拠はどこにあるのか。その連鎖を辿ることで、脊髄反射を柔軟に退ける一冊。大学のゼミや演習での教材にも使いやすいと思う。


※またしても時間がないのでブクログの短評の加筆訂正でお許しを


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空蝉の 世にも似たるか 花桜 咲くと見しまに かつ散りにけり……キャンパスの桜の様子

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キャンパスの櫻が見頃でした。
皆様にご紹介しておきます。

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哲学を学ぶ「私たち蝶々は非常に不確定で、大地の上に安全にすわって満足している人びとから見るとおそらくたいへん滑稽」ですがそこに学ぶ意義が存在する。

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 哲学的な生活態度の目標は、到達可能な、したがってまた完成されるような状態として定形的に表現されないものであります。私たちの状態は私たちの実存のたえざる努力やその断念の現象であるにすぎないのです。私たちの本質は「途上にあること」なのです。私たちは時間の中を突進しようとするのです。それはつぎのような両義性においてのみ可能であります。
 自己の歴史性の「この時間」において実存することによってだけ、私たちは永遠の「今」を経験するのです。
 「この」形態としてそのつど規定された人間としてだけ、私たちは人間存在そのものを確認するのです。
    --ヤスパース(草薙正夫訳)『哲学入門』新潮文庫、昭和四十七年、166-167頁。

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先週、千葉の大学で担当する「倫理学」の初回ガイダンスにて、参加者1名orz……という状況でしたので、これりゃアまた、「1名で授業かーー」と思いつつ、この水曜に出講すると20名以上の参加で少し驚き!!!

カリキュラムの都合上、これまではほとんど履修できる学生が機会的に存在しない状況だったのですが、教務の方で調整してくれたおかげと、先週参加してくださった学生さんがリクルートしてくれたようで、多数の参加者にびっくすると同時に、教鞭をとる機会が失われなかったことには先ずは感謝です。

これは倫理学でも哲学でも同じことなのですが、初回の講座では、これまでの「学習スタイル」を完全にぶっこわすところからいつも始めます。

例えば、高等学校までの「義務教育」での「学習」とは、何かを覚える、公式を応用する……というスタイルに代表されるように、その手順を踏んで、必ず存在する一対の答えを導き出す(ないしは照合させる)ことがその目的とされています。

もちろん、暗記をするだとか、知識をもとにそれを応用するということが糞下らねぇことで、全否定すべきだとは思いません。しかし、それが学問の全てだと思うと大間違いであるということです。

特に倫理学とか哲学という学問に対する、一般的な新入生の認識は、高等学校における「倫理」や「歴史」科目の延長線上で理解している場合が多く、「覚えなきゃならない」、「小難しい」、「自分とは関係ない」……というイメージが殆どです。

たしかに概念や理屈を知らないよりは知っていた方がいいとは思うが、知らないことで哲学することは倫理学的思索を遂行することが不可能なわけではありません。否、むしろ知識の鬼になっていないほうが、柔軟な思考ができるぐらいだと思います。

義務教育での知育は何をもたらすのでしょうか。
そう、全てに答えがある。何かを覚えて、数式どおり計算すれば「絶対に正しい解答」が存在するというドクサです。

先にいったとおり、そういう部分はあると思います。しかし、それが学問の全体ではないということ。

では大学で学ぶそうではない部分の……そしてこれが一番大事であるのですが……「学問」の特色とは何でしょうか。

自分で考え、且つひとりよがりにならず、自分で解答を導き出していくということがそのひとつじゃないかと思います。

人間世界には「絶対に正しい解答」が常に存在する訳ではありません。複数存在する場合もあるでしょう。そして、ない場合もあるかもしれません。

そういうとき「先生ー、これで合っているのでしょうか???」とか、「解答集と照らし合わせ○×をつける」という判断ではなく、問いに対して、逡巡・熟慮・葛藤しながら、あきらめることなく「歩いていく」……そういうものが大学の学問なのじゃないかと思います。それが特に哲学とか倫理学ということでしょうか。

よく、学生から「哲学(ないしは倫理学)って、“答え”がないですよねー」と言われます。

イエスでありノーです。

「絶対に正しい解答」が常に先験的に存在すると夢想するのであれば「イエス」です。
そして、解答集がないからといって、問いの探究をやめるという意味であれば「ノー」です。

他者に考えてもらうのではなく、自己で考えてみる。
その歩みはふらふらとしてたよりないものかもしれません。
そして、その歩みが独りよがりにならないために、自己と対話し、社会と対話し、そして人間の歩みとしての歴史と対話する。そして先賢の思索を追跡し、その考え方と対決しながら、時には納得し、時には反発しながら、強い考え方をつくっていく……それが哲学とか倫理学なのでしょう。

その力強い考え方をみにつけることにより、「絶対に正しい解答」が存在するという呪縛を断ち切ると同時に、では答えがない場合や複数に存在する場合にはどうするのか、そのことを学ぶことができるのだと思います。

まさにヤスパース(Karl Theodor Jaspers、1883-1969)のいう「哲学的な生活態度の目標は、到達可能な、したがってまた完成されるような状態として定形的に表現されないものであります。私たちの状態は私たちの実存のたえざる努力やその断念の現象であるにすぎないのです。私たちの本質は『途上にあること』なのです」。

途上にありつづけることで、あきらめや撤退から無縁な自己を定立できるはずです。

そのことは同時に、これまで自分が「そんなものなんだよね」だとか「そう考える・そう行動することは当たり前だよね」って身に付けてきたものを全てふるいにかけることになると思います。

これからの授業では、そういうショック?を与えていくと思いますし、私自身も若き知性の皆様からショックをうけつつ、共に探究の旅へ出発できればと思いますので、宜しくお願いします。

……ってことで、今日は「哲学」の授業じゃないですか!!!
いちおー、準備万端です。

こちらの皆様も宜しく!!


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 哲学者は、実際的な経験や特殊科学や範疇論や方法論などの大陸の確実な地盤の上で定位し、そしてこの大陸の果てにおいて、静かな軌道に乗って理念の世界を通過したあとで、最後に大洋の岸に着きます。そしてそこで蝶々のようにひらひらと舞いあがって海岸に出て、一艘の舟を探し出し、それに乗って、自己の実存において、超越者として建言するところの一なるものの探究を目ざして探検旅行に出ようとするものであります。彼は哲学的思惟と哲学的な生活態度の方法としてのあの舟を探します。そして彼はその舟を発見しますが、究極決定的にそれを獲得しません。そして彼は非常に苦労し、おそらく奇妙なほどふらふらになるでしょう。
 私たちはこのような蝶々なのです。そしてもし私たちが確固たる大地によるところの定位を放棄するならば、私たちは没落するでしょう。しかし私たちはいつまでもそこにとどまることに満足しません。ですから私たち蝶々は非常に不確定で、大地の上に安全にすわって満足している人びとから見るとおそらくたいへん滑稽でありましょう。彼は不安をとらえたあの人びとにとってだけ理解されるのであります。彼らにとっては、世界はあの飛躍の出発点となるのです。そしてこの飛躍こそはいっさいのものにとって重大なことであり、人は誰でも自己自身のうちからその行動を起し、そして共同的にそれを鹹水しなければならないのです。またそれはそのもの自体としては、けっして本来の教説とはならないものなのであります。
    --ヤスパース、前掲書、167頁。

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書評:リン・ハント(松浦義弘訳)『人権を創造する』岩波書店、2011年。

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リン・ハント(松浦義弘訳)『人権を創造する』岩波書店、2011年
「人権という力強い考えの誕生と発展を描いた、すばらしい歴史書」


 「人権という力強い考えの誕生と発展を描いた、すばらしい歴史書」。
この言葉は、本書に推薦の辞を寄せたアマルティア・センの言葉で、これが帯に印刷されている。しかし、この簡潔なひとことが本書の概要を物語っている。
 人間の平等を謳うマニフェストは、西洋社会においては、「アメリカ独立宣言」と「フランス人権宣言」がそのさきがけとなろう。この両者に共通しているのはともに18世紀の事件だったということである。
 著者のリン・ハント女史(Lynn Avery Hunt、1945-)は、アメリカ歴史学会の会長も歴任したカリフォルニア大教授で、専門はフランス革命だ。リンは、当時の小説から政治的パンフレットにいたるまで膨大な資料を駆使しながら、ひとびとの心と身体に生じた巨大な変化……これを「共感」(empathy)と指摘する……を浮かび上がらせる。
 そう、共感が時代を変えていくのだ。
 共感を立ち上がらせるきっかけになるは、読み手を「泣かせる」小説が登場したという指摘、そして……これは女性の歴史家ならではといえばいいのだろうか……、男性が見落としがちな些細な出来事まで瑞々しく甦らせる筆致に驚いてしまう。
 ハントによれば、「共感」という土壌が成立してこそ「平等」への心構えが可能になる。そしてその土壌から「人権」の概念も誕生する。
 思うに、人権とは、イデアのように先験的に実在するものではないのだろう。本書を読むと、具体的な歴史的プロセスのなかで徐々に「作り上げられた」ものだということがよくわかる。
 勿論、人権の天賦賦与的な側面を全否定するつもりはない。しかしその「あたりまえ」が現実化するためには、それを力強い考え方へと「たらしめよう」とする努力と展開があったことを忘れてはならないし、単純に「権利への闘争」とも片づけたくもない。それは完成された概念や価値観というよりも、むしろ、その恩恵を浴び現代に生きる私たち一人一人が今後も生活の中で発展させていくべきものなのではないだろうか。
 翻ってみれば昨今の時世、コスト計算に導き出された数値を錦の御旗としたり、実際はそうではないのに偏った報道によって制限しようという眼差しが露わになりつつある。本書はそうした昨今の転倒した人権への眼差しをもういちど正視眼にしてくれる一冊ではないだろうか。

以下はUCLAのリン・ハント女史を紹介したページ。

http://www.history.ucla.edu/people/faculty?lid=535

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笑いにおける「茶化し、低俗化、ふざけ」について

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茶化しと低俗化
 日本の際立った現象として仏教用語が茶化されたり低俗化されたり、ふざけに使われたりすることが頻繁に起こった。最近でもそうだが、西洋で新しい哲学思想が流行するとすぐ飛びつくけれども、何年かたつと、きれいさっぱりと忘れ去ってしまうという、着せ替え人形のような現象が顕著である。そういう思想的な安易さがある。
 例えば「法師」という言葉がある。これは、釈尊の教えである教典を語って聞かせる人のことであある。それが、「起き上がり小法師(こぼし)」という玩具の名前としても使われている。これは、ふざけや、茶化しとは異なるが、本来の意味を見失わせるものであることには変わりない。
 あるいは「右繞三匝(うにょうさんそう)」という言葉がある。これは右回り(時計回り)に三ぺん回って合掌して敬礼するというインド独特の挨拶の仕方である。真ん中に人がいて、その人に右肩を向けて時計回りに三べん回る。中村先生によると、これはギリシア正教にも取り入れられていて、ギリシア正教では一回だけ回るという。ところが、これが日本では「三遍回ってワン」という人をからかう言葉になった。
    --植木雅俊『仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解』中公新書、2011年、130-131頁。

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「笑い」と一口に言っても様々な種類がありますが、まずはベルクソン(Henri-Louis Bergson,1859-1941)が指摘するとおりそれが「人間的」なものだから、対象について笑うのだろうと思います。

そして人間は笑うことによって、生活をより快活なものとしたり、明日への希望を紡ぐことができるのだろうと思います。

しかし、いろいろ笑いのなかで、ユーモアとか機知としてのウィットというものは、日本人はどうも苦手なようにみうけられるます。それよりも得意とするのは、対象を茶化し低俗化して笑うというスタイルになじみ部会のではないでしょうか。

もちろん、「笑う」という地平ではユーモアも茶化しも同じなんでしょうが、その性格や対象は著しく異なってしまうのも事実でしょう。

ユーモアの大きな特色の一つは、権力や権威を「笑い飛ばす」ところにあります。

それに比べて茶化しや低俗化で笑うといのは、対象が権力や権威ではなく、どちらかといえば自分よりも立場の弱い者や、社会的に低い存在に対して侮蔑としてなされる場合が多いのではないでしょうか。

日本語には「お上」という便利な言葉があります。
たとえば「お上には逆らえない」というフレーズがその代表ですよね。

そう、「お上には逆らえない」。
だから「お上」を笑い飛ばすユーモアなんて存在しないというわけ。そしてその逆に、「お上には逆らえない」から自分より立場の低い人間を「茶化」したり「低俗化」したりして、屈折したうっぷんをはらすというながれ。

たとえば、テレビなんかで若手芸人の「イタイ」映像を流して「笑い」をとるという心根もおそらく同じなんでしょう。

もちろん、笑うことにより、対象が「屁のつっぱりでもない」と思い直したり、暗い日常生活に一条の光明を差し込むことは可能になります。

しかし、そろそろ、茶化しや低俗化によってのみ笑うということは、限定的に使用した方が賢明なのではないでしょうか。

上のものには逆らえない。だから下のものをいたぶっていく。
そしてその構造が累積され、ルサンチマンは国家の負債のごとく膨大にふくらんでいく。
(古典的権力論を受容するわけではありませんが)、まあ、これでは支配しやすい構造は何ら変化しないと思います。

いまこそ、「笑い飛ばす」という知恵と勇気が必要なんじゃないでしょうか……ねぇ。

「お上」は決して「ありがたいもの」でも「逆らえない」ものでもないと考えます。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『3・11後の多文化家族』=川村千鶴子・編著」、『毎日新聞』2012年04月08日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『3・11後の多文化家族』=川村千鶴子・編著
毎日新聞 2012年04月08日

 (明石書店・2625円)
 500キロの牛肉でステーキを被災者に振る舞った日系ブラジル人、スープカレー300人前を調理したビルマ(ミャンマー)難民など、外国人ボランティアが東日本大震災で被災した東北の地で熱く燃えた。自らも被災した外国人花嫁が地域住民を支援する姿もあった。こうした支援活動を調査し、執筆したのも、多くは在日外国人の研究者だった。
 そうした多様な視点とエピソードが本書には詰まっている。日本人が忘れていた素朴な思いやりや心遣いを、改めて感じさせてくれる。
 大震災の直後から、在日外国人の帰国ラッシュが始まり、3月ひと月に前年同月の2倍の31万人が出国した。その一方で「日本に寄り添いたい」と多くの外国人がとどまる決意をした。大震災は日本人同士だけでなく、日本人と在日外国人の間にも、「家族のような」新たな絆をもたらした。国籍を超えた「家族のような」人と人の結びつきだ。
 日本には200万人を超える外国人が暮らしている。「多文化共生社会」をどう築くか、がこれからの大きな課題となっている。本書は、将来の日本のあるべき社会の姿を示唆している。(喬)

    --「今週の本棚・新刊:『3・11後の多文化家族』=川村千鶴子・編著」、『毎日新聞』2012年04月08日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120408ddm015070038000c.html


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書評:アマルティア・セン(池本幸生訳)『正義のアイデア』明石書店、2011年。

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時間がないのでブクログに書いた短評ですいません。

書評:アマルティア・セン(池本幸生訳)『正義のアイデア』明石書店、2011年。

 経済学の文脈で「正義」を構想できるのはアマルティア・セン(Amartya Sen,1933-)をおいては他にはいないだろう。制度設計論に集約されていく伝統的な正義論を「先験的制度尊重主義」を批判する氏の主論は本書でもクリアカットに示されている。

 センが注目するのは「正義」よりもむしろ世界にあまねく「不正義」の実在ということだ。飢餓や差別といった課題に対し、解決のためのアイデアを示すのが、「正義の実践」であると主張する。概念としての正義が現実を規定するのではなく、現実世界から正義を構想するというものの見方は、制度設計により解決は可能と考える西洋の伝統的な正義論を撃つだけでなく「正義」をどのようにとらえるのかという私たちのものの見方を転換してくれる。

 さらにその批判の眼差しは、正義を効用だけで評価するこれまでの「はかり方」へも向けられ、構想にとって情報提供となりうるメディアの責任にも重く見ている。

教典に示された正義を履行するのではなく、正義を実践する勇気を現実のなかでのどのように展開していくのか--。

非常に示唆に富む一冊だ。なお、翻訳もなかなかすばらしい出来あい。

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私のことを薄情者だとか「お前は人間じゃねぇ!!!」と罵声りつけてくださっても結構です

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市井の職場に勤める方のお父さんが亡くなりました。
その都合で……忌引きで休みになりますので、休まれるところのフォロー……、大学の出勤日とのかねあいもあり、ひさしぶりに2週間連続仕事ちゅうという状況です。

お父さんが亡くなれたことには、哀悼の意を抱くのですが、それと同時に、「……ということは振り替えて出勤しなきゃいけないじゃん!」という不謹慎な感情もわいてくるんです。

はい、私のことを薄情者だとか「お前は人間じゃねぇ!!!」と罵声りつけてくださっても結構です。

しかし、不思議なことに、私の場合は、相反する感情が出てきてしまうのです。

上の事例は、同じ会社に勤める仲間の親族の「死」についての問題でしたが、これは親族の場合でも同じ事を経験したことがあります。

いまから3年前の5月、通信教育部のスクーリング担当で、札幌へ出張したのですが、土日が授業になりますので、前日の金曜日から現地に入ります。

前の日がほぼ仕事で徹夜だったので、札幌に入るや呑みにいき、そうそうと布団へダイブしてしまったのですが、翌朝、起きると、実家から電話が何度も携帯電話に入っていた模様。折り返すと、

「ばあちゃんが死んだ!」

……とのことにて絶句。

同じように、まず、孫の私を深い愛情をもって育ててくれた祖母に対する哀悼の意を抱くのですが、それと同時に、「まじかよ!」とも思ってしまうんですね。

要するに、土曜の朝、さあ、これから授業をしないと!というわけなんですが、「うわ、こんなときに亡くなったっていわれても、まじで、どうするべ」という現実的な反応もしてしまう(実家は四国ですから)。

結果としては、「友引」という「ありがたい」日本的システムのおかげで、葬儀は月曜となっていたので、正直「助かった」という話です。

はい、私のことを薄情者だとか「お前は人間じゃねぇ!!!」と罵声りつけてくださっても結構です。

そして、もっとつっこめば、月曜日に葬儀にかけつけて、近親者として参列するわけですが、ここに至っても、故人への哀悼の念はもちろんあるのですが、正座をしていて、「足しびれた~」とか……そういうのもあるわけです。

そういう経験をするなかで、人間とはこれまた複雑怪奇な「矛盾に満ちた存在」なんだなという現実を突きつけられたように思います。


思うに、(これも典型的で恐縮ですが)小乗式灰身滅智の修行なり、瞑想などを繰り返しても、人間のこの相反する感情を100%滅却するのは不可能ではあるまいか……ということ。

もちろん、現実には、そのあたりをきちんと生きている人間は沢山いると思います。
しかし凡夫かつ罪人のような僕が経験した事例だけで恐縮ですが、極善だけの人間とか、極悪だけの人間というのは現実には恐らく存在しないではないでしょうか。

もちろん、後者のような否定的な情念は退けられてしかるべきなのでしょうが、否定すると言うよりも、どう向き合い、それをコントロールしていくべきなのか考えた方が、むしろ価値的なのではないか、そう考えた次第です。

人間は、他者の死に対して、身震いするほど悲しみ、深く哀悼するいきものであります。
しかし、それと同じように他者の死に対して、「ふ~ん」とか「まじ困った!」というおすすめできない感情をもいだくいきものでもあります。

だとすれば、おそらく「人間とは何か」という問題は、人間をいたずらに過大評価するのでもなく、過小評価するのでもない出発点としての認識が必要なのかも知れません。

過信と不信の間をゆれつづける「忖度」という態度ゆえに、「裏切られた」!というふうになってしまう。

だとすれば、人間といういきものは、そういう矛盾の当体であるという認識から、人間をもういちど見つめ直し、現実的な是正や取り組みというものを組み立てていくべきなのじゃないかと……とね。

ともあれ、連勤はきついっすorz


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覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『被災地の博物館に聞く』=国立歴史民俗博物館・編」、『毎日新聞』2012年04月08日(日)付。

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今週の本棚:五味文彦・評 『被災地の博物館に聞く』=国立歴史民俗博物館・編
 (吉川弘文館・2625円)

 ◇歴史的資料の救出を通じた地域復興の試み
 戦火や失火により博物館の被災はこれまでにもあったが、今回の東日本大震災のように津波によって博物館が壊滅的被害を蒙(こうむ)ることはなかった。博物館を生み、発展してきた地域もまた壊滅的な被害を受けるという状況のなか、博物館はどのように動いてきたのか。
 その悲痛な叫びが本書から聞こえてくるとともに、それにもめげずに模索を続ける試みが見えてくる。本書は昨年七月三十日に国立歴史民俗博物館で開催された特別集会の記録である。まだ被災して四ケ月後ということもあり、何とかしなければならない、という切迫感と、復活に向けての熱い思いとが、本書から聞こえ、見えてくる。
 最初の報告者は、陸前高田市の資料救出活動に中心的にあたった岩手県立博物館の赤沼英男氏によるレスキュー活動の報告である。
 陸前高田といえば、高田松原の唯一残った一本松で知られるが、この地にあった多くの歴史関係資料も多大な被災を受け、それらをいかに救出し、保存・保護してきたのか、その経過を詳細に語っている。
 資料といっても多様だ。発掘遺物や文書・民具のみならず、自然史関係の資料もある。特に貝や蝶(ちょう)などの自然史関係資料をどう保存したらよいのか、模索が続いているという。
 その陸前高田で被災にあった、海と貝のミュージアムと市立博物館からは、熊谷賢・砂田比左男両氏が、被災と救出の実情を報告しているが、実はこれら博物館職員のほとんどが津波にのまれてしまい、僅(わず)かに残された人々により必死の努力が続いている。 丹念に洗って救出してゆく。海水に浸かっただけならば、それほど問題はないが、ヘドロを始め様々な汚染があり、時間が経(た)つと有害なカビまで発生しているので、気が抜けない。散々に痛めつけられ、希少価値がない資料でも、それを続けてゆくのは、それらがこれまで地域とともにあり、地域の歴史を物語っているからである。これら資料の保存と展示を通じて地域の真の復興に向けて邁進(まいしん)してゆくという。
 宮城県の博物館からの報告は、高倉敏明・菅野正道・加藤幸治の三氏から、それぞれ被害の実態、歴史資料の保全のあり方、文化財レスキューのための連携など、被災の経験に照らし、これまで文化財の防災計画がなおざりにされてきたことを指摘しつつ、今後のあり方を訴えている。
 こうした岩手・宮城県の博物館とはやや違った角度から報告を行ったのが、福島県歴史資料館の本間宏氏である。福島県では災害以前に歴史資料保存ネットワークを構築していたことから、それが機能するはずであったのが、予想もしない放射能汚染という事態に遭遇して、動きが遅くなってしまった。いまだに被災の最中にあるわけで、「いま歴史資料の救出なんかをやっていていいのか」という葛藤さえ生まれたと苦悩する。
 そうした多くの葛藤を乗り越え、真の復興を求めて活動している関係者の声をよく聞き、これからの活動に何が必要なのか、常に考えてゆくことが求められている。
 被災を直接に受けた人々、被災者に直面して復興に取り組む人々、被災を間接的に見た人々、それぞれこの震災に身をもって関わることからしか、苦境を乗り越えてゆくことはできない。
    --「今週の本棚:五味文彦・評 『被災地の博物館に聞く』=国立歴史民俗博物館・編」、『毎日新聞』2012年04月08日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120408ddm015070014000c.html


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「絶対だな!」という病

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世の中に「絶対大丈夫」ということは、論理的には存在し得ないはずですが、流通している現状としてはだいたいの場合において結果としては「絶対」だったと機能する事例はよくあります。

例えば、宅急便でお届け日や時間指定をして配送をお願いした場合、ほとんどの場合、希望通りに届けられるのが日常生活の現状です。

しかし、「絶対に到着する」というのは実際のところ、100%保障することには無理があります。例えば、配送中のトラックの事故や、気候の問題で飛行機が飛ばない、また住所の書き間違え等々が想定されますので、そうじゃならない事例も時々でてきますし、経験上でもそのことは把握しております。

しかし、まあ、だいたいの場合、その「約束」どおり到着するのもまた事実です。

さて、そこで最近よく目にするのが、「結果は限りなく百%に近いのだけど、完全な百%だな!」と念を押す人が増えたように思うことです。

GMSという市井の仕事でもそうですが、例えば何か商品の注文を受けると十中八九間違いなく準備出来るのは事実です。しかしやはりといいますか、対応できない場合もあるから「絶対に!」って完全な約束はできないんです。

だけど「絶対だな!」って迫るケースが増えたと思う。

勿論、商売人としては「絶対なんてことはありえませんから」と開き直って努力しないことを何ともおもわないというのは論外ですが、例えば「絶対に大丈夫です」(キリッというのは言明できないんです。「ほぼ間違いないと思いますが、ご期待に添えるよう真剣に努力します」というのが、より正確な表現というところでしょうか。

たしかに、大体は大丈夫なのが現状です。しかし反比例の双曲線のようにかぎりなく接近していくのだけど、交差することは「保障できない」し「あり得ない」というのも事実。

しかし、「絶対だな!」ってすごむひとが増えたように思う。

これはひとつの「絶対病」じゃないのかなと。

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覚え書:「ノーベル賞 グラス氏 ドイツ作家 イスラエル核非難の詩で物議」、『毎日新聞』2012年4月7日(土)付。

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ドイツ作家 イスラエル核非難の詩で物議
ノーベル賞 グラス氏

【ベルリン篠田航一】小説「ブリキの太鼓」(1959年)で知られるドイツのノーベル文学賞作家、ギュンター・グラス氏(84)が4日付の南ドイツ新聞などに、事実上の核保有国とされるイスラエルを「世界平和を脅かしている」と非難する詩を投稿し、物議を醸している。ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の過去を持つドイツで、「ユダヤ国家」のイスラエルをあからさまに批判するのは異例。イスラエルのネタニヤフ首相が5日、「無知で、恥ずべき言葉だ」と反論するなど波紋が広がっている。
 「言わなくてはならぬこと」と題した詩でグラス氏は「なぜ私は今、言うのか? 核大国イスラエルが世界平和を脅かしていると。それは、今言わないと手遅れになるからだ」と訴えた。さらに、核開発を進めるイランをイスラエルが攻撃すれば「イラン国民を一撃でせん滅しかねない」と懸念を示し、イスラエルへの潜水艦売却を計画している「私の国」ドイツにも苦言を呈している。
 グラス氏は99年にノーベル文学賞を受賞。2006年に独紙のインタビューで、17歳の時にナチス親衛隊(SS)の戦車部隊に所属していた過去を告白し、話題になった。ネタニヤフ首相は「ナチスにいた過去を約60年も隠してきたグラス氏のことだ。ユダヤ国家を敵視するのも驚くに当たらない」と非難した。
 グラス氏は中道左派・ドイツ社会民主党の支持者として知られるが、同党からも「詩の内容は不適切だ」(ナーレス幹事長)との声が上がっている。
    --「ノーベル賞 グラス氏 ドイツ作家 イスラエル核非難の詩で物議」、『毎日新聞』2012年4月7日(土)付。

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http://mainichi.jp/select/news/20120407k0000m030034000c.html

以下は独紙より。

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Reich-Ranicki greift Günter Grass an
"Ein ekelhaftes Gedicht"
07.04.2012, 17:35
Eine Größe des literarischen Nachkriegsdeutschland geht mit dem Nobelpreisträger hart ins Gericht: Marcel Reich-Ranicki attackiert den Schriftsteller Günter Grass wegen dessen israelkritischen Gedichts. Grass stelle die Welt auf den Kopf, wenn er Israel im Streit mit Iran zum Aggressor erkläre. Das sei ein Schlag gegen alle Juden. In Göttingen haben Unbekannte ein Denkmal beschmiert, das Grass gestiftet hat.

Wenn es um Literatur ging, waren sie selten einer Meinung. Jetzt geht es um Weltpolitik und Marcel Reich-Ranicki greift den Schriftsteller Günter Grass wegen dessen Gedicht Was gesagt werden muss scharf an. Der Text sei eine Gemeinheit, "ein ekelhaftes Gedicht", sagte der bekannteste Literaturkritiker des Landes der Frankfurter Allgemeinen Sonntagszeitung.

Grass stelle "die Welt auf den Kopf", sagte Reich-Ranicki: "Der Iran will Israel auslöschen, das kündigt der Präsident immer wieder an, und Günter Grass dichtet das Gegenteil."

Für Reich-Ranicki ist das Gedicht ein Schlag nicht nur gegen den Staat Israel, sondern gegen alle Juden. "Wenn Palästinenser oder Araber gegen Israel hetzen, ist das ja nichts Besonderes, aber wenn ein Günter Grass es tut und so scharf gegen die Juden vorgeht, dann ist das natürlich ein Ereignis." Anders als von Grass behauptet, gebe es in Deutschland gar kein Tabu, dass Israel nicht kritisiert werden dürfe, sagte Reich-Ranicki.

FAZ-Herausgeber Frank Schirrmacher kommentierte auf Twitter, er habe den Kritiker noch nie so erlebt. Reich-Ranicki behauptet auch, dass Grass das Gedicht bewusst zum jüdischen Pessach-Fest veröffentlicht habe. Einen ähnlichen Vorwurf hatte bereits der Gesandte Israels in Berlin erhoben.

Am Mittwoch hatte Grass ein israelkritisches Gedicht in der Süddeutschen Zeitung veröffentlicht. Darin wirft er dem jüdischen Staat vor, den Weltfrieden zu gefährden. Er könnte mit einem nuklearen Erstschlag "das iranische Volk auslöschen".

In teils heftigen Reaktionen warfen Kritiker Grass daraufhin vor, gegen Israel zu hetzen, indem er die Bedrohung des Landes durch Iran verharmlose und im Gegenzug Israel zum Aggressor erkläre. Grass konterte, die Kritik an ihm sei Zeichen einer "Gleichschaltung der Meinung".

Auch Antisemitismus wurde ihm vorgeworfen. Selbst der israelische Premierminister Benjamin Netanjahu griff das Thema auf. Er verurteilte das Gedicht und wies, wie andere Kommentatoren, darauf hin, dass Grass als 17-Jähriger in der Waffen-SS war.

Reich-Ranicki gehört wie Grass zu den Größen des Literaturbetriebs im Nachkriegsdeutschland. Zum Bruch zwischen beiden war es 1995 gekommen. Damals hatte Ranicki Grass' Buch Ein weites Feld negativ besprochen - und das Buch öffentlichkeitswirksam auf dem Titelbild des Spiegel in zwei Teile gerissen. Reich-Ranicki stammt aus einer jüdischen Familie im polnischen Włocławek. Den Holocaust überlebt er im Warschauer Ghetto.

Bisher wurde die Debatte über Grass' Gedicht mit Worten geführt. In Göttingen haben Unbekannte ein Denkmal beschmiert, das Grass vor einem Jahr gestiftet hatte. Auf dem Sockel einer Plastik, die auf dem Universitätscampus an die "Göttinger Sieben" erinnern soll, schmierten Unbekannte "SS! Günni Halts Maul". Die Polizei ermittelt wegen Sachbeschädigung. Die Stahlskulptur erinnert an sieben Göttinger Professoren, die 1837 gegen die Aussetzung der Ständeversammlung durch König Ernst August von Hannover protestiert hatten und daraufhin entlassen wurden.

Positive Reaktionen hat das Gedicht in Iran ausgelöst. In einem Brief an den "bedeutenden Schriftsteller" lobte Vize-Kulturminister Dschawad Schamakdari den 84-Jährigen, er habe mit seinem Gedicht seine menschliche und historische Verantwortung vorbildlich erfüllt und "die Wahrheit gesagt". Er hoffe, die Kritik werde "das eingeschlafene Gewissen des Westens aufwecken", schrieb Schamakdari. "Ich habe Ihr warnendes Gedicht gelesen, das auf so großartige Weise Ihre Menschlichkeit und Ihr Verantwortungsbewusstsein zum Ausdruck bringt. Mit ihrer Feder allein können Schriftsteller Tragödien eher verhindern als Armeen."

In Deutschland überwog auch am Osterwochenende die harsche Kritik an den Zeilen des Schriftstellers. Der Schweizer Historiker Raphael Gross bezeichnete das Gedicht als "Hassgesang". Dennoch sei es nicht leicht, Grass als Antisemiten zu bezeichnen, schrieb Gross in einem Gastbeitrag in der Berliner Zeitung vom Samstag. Der aus dem 19. Jahrhundert stammende Begriff des Antisemitismus sei von Anfang an äußerst unklar und eng gefasst gewesen.


Nach Debatte um sein Gedicht
Grass präzisiert Kritik an Israel

Nach Debatte um sein Gedicht
Grass präzisiert Kritik an Israel
06.04.2012, 18:03
Von Heribert Prantl
Nicht das Land Israel, sondern allein die Regierung Netanjahu habe er kritisieren wollen: Im Gespräch mit der "Süddeutschen Zeitung" erklärt Günter Grass, dass er sein Israel-Gedicht jetzt anders fassen würde. Die Kritik an seiner Person treffe ihn - besonders der "kränkende und pauschale Vorwurf des Antisemitismus".

Der Literaturnobelpreisträger Günter Grass hat sich gegen Angriffe wegen seines umstrittenen Israel-Gedichts verteidigt und zugleich beteuert, er würde es jetzt anders schreiben. Im Interview mit der Süddeutschen Zeitung sagte Grass am Karfreitag, er würde nun seine Kritik präziser formulieren: "Ich würde den pauschalen Begriff 'Israel' vermeiden und deutlicher machen, dass es mir in erster Linie um die derzeitige Regierung von Premierminister Benjamin Netanjahu geht", sagte Grass.

Der Schriftsteller hatte am Mittwoch in seinem Gedicht "Was gesagt werden muss" Israel vorgeworfen, mit seiner Iran-Politik den Weltfrieden zu gefährden. Darin schreibt er, Israel beanspruche für sich das Recht auf einen Erstschlag, der "das von einem Maulhelden unterjochte und zum organisierten Jubel gelenkte iranische Volk auslöschen könnte, weil in dessen Machtbereich der Bau einer Atombombe vermutet wird".

Im SZ-Interview sagte Grass nun, er hätte in seiner Kritik deutlicher zum Ausdruck bringen sollen, dass er die Politik der derzeitigen Regierung Israels habe treffen wollen: "Die kritisiere ich: Eine Politik, die gegen jede UN-Resolution den Siedlungsbau fortsetzt. Ich kritisiere eine Politik, die Israel mehr und mehr Feinde schafft und das Land mehr und mehr isoliert." Der Mann, der - so Grass - Israel zur Zeit am meisten schade, sei dessen Premier "Netanjahu - und das hätte ich in das Gedicht noch hineinbringen sollen."

Zu der massiven Kritik an seiner Person meinte Grass, diese treffe ihn nicht besonders: "Ich war immer gewohnt, dass meine Werke, große und kleine, auf heftige Kritik stoßen." Dennoch sei er enttäuscht darüber, dass "der kränkende und pauschale Vorwurf des Antisemitismus" gegen ihn erhoben worden sei. Nicht er, Grass, sei ein Friedensstörer, sondern die derzeitige Regierung in Israel, die mit "dem Iran und der Vermutung, dass dort eine Atombombe gebaut wird, einen Popanz" aufbauen würde. Er hoffe aber, dass sich die Debatte mit einem gewissen Abstand versachliche und dann über die Inhalte seines Gedichtes diskutiert würde.

Als einen wichtigen Punkt seiner Kritik nannte der Schriftsteller im SZ-Interview seinen Vorschlag, Israel und Iran unter atomare Kontrolle zu stellen. Er halte das für eine Möglichkeit, die Kriegsgefahr zu mindern.

"Schändliche moralische Gleichstellung Israels mit Iran"

Die Kritik an Grass' Gedicht riss auch am Karfreitag nicht ab. Israels Ministerpräsident Netanjahu reagierte empört. "Die schändliche moralische Gleichstellung Israels mit Iran - einem Regime, das den Holocaust leugnet und mit der Vernichtung Israels droht - sagt wenig über Israel, aber viel über Herrn Grass aus", sagte Netanjahu. Internationale Medien erinnerten daran, dass Grass als Jugendlicher Mitglied der Waffen-SS war. Der Präsident des Zentralrats der Juden in Deutschland, Dieter Graumann, schrieb, Grass habe zwar die Waffen-SS verlassen, "aber offenbar hat die Judenfeindschaft der Waffen-SS Grass doch niemals verlassen".

Dazu meinte Grass im Interview, er sei entsetzt, wie jüngere Menschen über einen Mann urteilten, der im Alter von 17 Jahren in die Waffen-SS gezogen wurde und sich nicht freiwillig gemeldet habe. "Dies tut eine Generation, die von ihren Freiheitsrechten, die sie heute hat, meiner Meinung nach viel zu wenig Gebrauch macht."

Befragt danach, ob er ein Freund Israels sei, meinte der Nobelpreisträger, er wünsche, dass dieses Land Bestand habe und endlich gemeinsam mit seinen Nachbarn Frieden finde.

Debatte um Grass-Gedicht
Auf Kosten des Verstandes
07.04.2012, 11:20
Von Thomas Steinfeld
Es wird kommentiert, als wäre Günter Grass' Werk "Was gesagt werden muss" ein großes politisches, wenn nicht sogar militärisches Ereignis. Es ist es aber nicht. Die Diskussion über das Gedicht des Literaturnobelpreisträgers erhellt den Zustand der politischen Debatte. Es ist, als könne man gar nicht mehr reden über die Gründe der Feindschaft zwischen Israel und Iran.

Gibt es ein Gedicht, das sich in seiner Wirkung, in deren Schnelligkeit und Heftigkeit, mit diesen Zeilen vergleichen ließe? Wie war es, als Heinrich Heine sein "Wintermärchen", als Paul Celan seine "Todesfuge" veröffentlichte, wie war es, als Alfred Andersch mit "empört euch der himmel ist blau" gegen den Radikalenerlass loszog? Standen die Medien damals auch kopf, beherrschte ein kleines lyrisches Werk die Nachrichten auf allen Kanälen?

Drei Tage ist nun Günter Grass' "Was gesagt werden muss" in der Welt, und es wird kommentiert und darüber geurteilt, als wäre dieses Gedicht ein großes politisches, wenn nicht sogar militärisches Ereignis. Es ist es aber nicht. Es ist immer noch ein Gedicht, der in holpernde Verse und willkürlich gesetzte Strophen gekleidete Aufschrei einer zumindest scheinbar gequälten Seele, die Gehör und Anerkennung einfordert.

Benjamin Netanjahu, der Ministerpräsident Israels, replizierte auf dieses Gedicht, indem er seinerseits die Schuldfrage stellte und sofort beantwortete: Nicht Israel, sondern der Iran bedrohe den Weltfrieden, drohe anderen Staaten, sie auszulöschen, unterstütze den Terror, steinige Frauen und henke Homosexuelle.

Einmal abgesehen davon, dass der Weltfrieden grundsätzlich nur im Ringen um den Weltfrieden, also in Gestalt von Kriegen und Kriegsdrohungen, stattfindet: Benjamin Netanjahu gab eine Antwort, die Günter Grass in seinem als Gedicht verkleideten Pamphlet provoziert hatte: "Nicht wir sind es, sondern die anderen." Wobei es, und das sollte man auch sagen, etwas Infames hat, wenn Benjamin Netanjahu am Ende Günter Grass' spätes Bekenntnis, er sei Mitglied der Waffen-SS gewesen, so verdreht, als wäre der Dichter immer noch in deren Auftrag unterwegs.

Schuldzuweisungen, die sich im Kreis drehen
So gesehen, stellt allein schon der Umstand, dass dieses Gedicht in der Öffentlichkeit - nicht nur Deutschlands - eine solche Bedeutung angenommen hat, eine Auskunft über den Zustand der politischen Debatte dar: Es ist, als könne man gar nicht mehr reden über die Gründe der Feindschaft, die zwischen Israel und Iran herrscht. Es ist, als lägen die strategischen Ziele, die von den beiden potentiellen Kriegsparteien verfolgt werden, außerhalb aller Begrifflichkeit.

Stattdessen hagelt es Schuldzuweisungen. Wie immer drehen sie sich im Kreis, schreiten voran nach dem moralischen Prinzip des "er hat aber angefangen" - bis sie beim Recht auf Selbstverteidigung und in einer Forderung nach grundsätzlicher Parteilichkeit enden. Das politisch Zwiespältige des Gedichts von Günter Grass besteht darin, dass er ähnlich vorgeht.

Wenn er, von der islamischen Republik Iran und deren Interesse an einem Krieg absehend, "jenes andere Land beim Namen" nennen will, das da über ein "wachsend nukleares Potential" verfügt, ohne dass es deswegen einer internationalen Kontrolle unterliegt, wenn er also meint, ein politischer Konflikt lasse sich dadurch klären, dass man der Öffentlichkeit einen (weiteren) Schuldigen präsentiert, dann möchte er Richter sein und die (schon eingetretenen und noch zu erwartenden) Verbrechen gegeneinander abwägen. Und wenn er den ganzen Konflikt am Ende einer "internationalen Instanz" übergeben will, so tritt er vorläufig selber als deren Repräsentant auf.

Der Preis für die Suche nach dem Schuldigen ist hoch. Kein Wort fällt, weder im Gedicht noch in der nun folgenden Debatte, über die auch internationale Rolle, die Israel als herrschende Militärmacht im Nahen Osten innehat, und kein Wort darüber, was es heißt, wenn der Iran dieser Macht eine Konkurrenz zu eröffnen trachtet. Und dieser Widerspruch soll aufgehoben sein, wenn ein Dichter zum "Verzicht auf Gewalt" auffordert und eine internationale Aufsicht eingerichtet sehen möchte?

Das Genre des "Ich kann nicht anders"

Benjamin Netanjahu weiß offenbar, was er tut, wenn er Günter Grass in seiner Stellungnahme seinerseits mit lyrischen Wendungen gegenübertritt, die im Gestus der Betroffenheit auftreten. Von der fünfmaligen Wiederholung des Satzmusters "der Iran, nicht Israel" bis hin zur Polarität zwischen "nicht mehr schweigenden" (Grass) und "anständigen" (Netanjahu) Leuten antwortet der israelische Ministerpräsident im Genre des "Ich kann nicht anders".

Und man muss hinzufügen: Grass tat ihm einen Gefallen, als er, mit einem gewaltigen Überschuss an deutscher Phantasie, alle drohenden Szenarien übertrieb und Israel unterstellte, das "iranische Volk auslöschen" zu wollen - ganz so, als ginge es um einen neuen Holocaust, der nun aber von Israel ausgehe. Wer sich so mit Übertreibungen auf politisches Terrain begibt, darf sich nicht wundern, wenn er seinerseits nicht nur auf ein Übermaß an Phantasie trifft, sondern auch auf den Wunsch, dem Dichter das Wort zu entziehen: Einen "Anschlag auf Israels Existenz" nannte der Publizist Ralph Giordano das Gedicht, "von einem aggressiven Pamphlet der Agitation" sprach der Zentralrat der Juden in Deutschland.

Um wie viel leichter wird es nun sein, einem Vorbehalt gegen Israels Politik seinen Nachbarländern gegenüber mit dem Hinweis, man habe ja bei Grass wieder einmal gesehen, was von solcher Kritik zu halten sei, den Grund zu bestreiten. Dass Grass Fürsprecher findet wie den Kritiker Dennis Scheck, der den Dichter für den "Minenspürhund der deutschen Literatur" hält, wird weder dem Literaten noch der Literatur nützen - dass es der Dichtung nur gut tun kann, wenn sie Explosionen auslöst, ist ein Standpunkt für Knallköpfe.

Es gäbe vieles, über das öffentlich geredet werden müsste

Dabei gäbe es vieles, über das öffentlich geredet werden müsste. Denn auch wenn Günter Grass die Atombombe im Iran auch nur "vermutet": Das Land strebt nach dem mächtigsten Mittel der Bedrohung, und verfügte es darüber, müsste die Welt anders mit ihm umgehen. Zu reden wäre auch über den Anspruch Israels, die entscheidende Kriegsmacht im Nahen Osten zu bleiben - und Günter Grass hatte ja recht, als er von einem "Erstschlag" sprach: Ein Präventivschlag war Israel jedenfalls bislang nichts Fremdes.

So vertrackt ist die Lage, dass sie ein paar kalte, klare Gedanken wert wäre, ein paar Gedanken, die nicht auf das Ermitteln von Schuldigen aus sind, sondern auf die Gründe dieses Konfliktes zielen - und sich damit aus dessen nunmehr offenbar totalen Bannkreis entfernen.

So vertrackt ist die Lage, dass sie ein paar kalte, klare Gedanken wert wäre, ein paar Gedanken, die nicht auf das Ermitteln von Schuldigen aus sind, sondern auf die Gründe dieses Konfliktes zielen - und sich damit aus dessen nunmehr offenbar totalen Bannkreis entfernen.

Günter Grass verwies in allen Interviews nach der Veröffentlichung darauf, er habe in den Medien nur Tadel, in privaten Mails aber sehr viel Zustimmung erhalten: Es gibt keinen Grund, daran zu zweifeln - und auch nicht daran, dass im Nahen Osten der nächste Krieg droht und dass sehr viele Menschen diese Bedrohung als eine persönliche wahrnehmen.

Vielleicht glaubt Günter Grass, über persönliche Eitelkeiten hinaus, an den Zauber der Poesie. Vielleicht meint er tatsächlich, in den Versen eines Gedichtes liege ein Gegenzauber, mit dem man eine als bedrohlich empfundene Realität bekämpfen könne. Vermutlich gelingt es ihm, mit diesem Glauben eine Anhängerschaft hinter sich zu versammeln. Das kann alles sein. Vernünftiger aber wird die Welt durch solche Gedichte kaum - im Gegenteil: Auch in diesem Fall geht das Moralisieren auf Kosten des Verstands.

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http://www.sueddeutsche.de/thema/G%C3%BCnter_Grass


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一般教養教育をうけた者とは、安直で好まれやすい解答に抵抗できる者のことである

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 一般教養教育とは、正確にいって、学生を助けてこの問い(=「高貴な熱望にかかわる問い、『人間とは何か』という最大の問題のこと……引用者註)を自分で立てられるようにすることを意味する。答えは明らかではないが、かといって見いだせないわけでもないこと、真剣な人生では必ずこの問いが絶えず関心の的になること、学生にこれらのことを気づかせるのは、一般教養教育である。それを横見へ逸らそうというあらゆる努力にもかかわらず(その二、三はの例は本書で議論されるだろう)、すべての青年は「私は誰なのか」と尋ね、われわれ各人のなかには、デルポイの信託の「汝自身を知れ」という命令に従おうとするやむにやまれぬ欲求が生まれる。この問いや欲求は、まずもって「人間とは何か」を意味する。どのみち正解はないのだから、その問いは、結局、複数のありうべき答えを知ること、それらについて省察することに帰着する。これらの代替可能な解答を手に入れさせる役目をするのが一般教養教育であるが、われわれの本性や時代の意にそわない解答も多い。一般教養教育をうけた者とは、安直で好まれやすい解答に抵抗できる者のことである。それは彼が頑固だからではなく、そのほかの解答も省察に値することを知っているからである。書物を学ぶことが教育のすべてであるかのように信じるのは愚かであるが、読書はつねに必要であり、自分にもなれる高貴な人間類型の生きた見本が乏しい時代においては、とくに必要である。そして本を学ぶということは、教師が与えうるもののほとんどを占める。ただしそのためには、読書と人生の関係が自然に保たれた雰囲気のなかで、適切な読書指導がなされねばならない。やがて彼の学生は否応なしに人生を経験するだろう。教師の望みうる最大のものは、自分が与えうるものが学生の人生に生気を吹き込むということである。たいていの学生は、現状が重要だと見なすもので満足するようになるだろう。他の者は、いまは家族と野心が彼らに別の関心の対象を与えているせいで、表面にはあらわれていない熱狂の精神を、やがてもつことになるだろう。少数の者は、自立する努力のうちに彼らの人生を送るだろう。一般教養教育は、とりわけこの最後の者のためにある。
    --アラン・ブルーム(菅野盾樹訳)『アメリカン・マインドの終焉 』みすず書房、1988年、13頁。

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非常勤ながらも、一般教養教育を担当していると、現実には我ながらその無力さに青ざめてしまうことがよくあります。

当今の大学というものは、やれキャリア教育だの、実践的演習だの、社会に対して「迎合」した科目がもてはやされる風潮でおなかいっぱいです。

本来、大学とは、社会に対して「迎合」するのではなく、社会の圧倒的な「惰化」に対して、警世の預言者として対峙すべき「自由の学府」というのが、その存在根拠の一つとしてあるわけです。

しかし実際には、公務員上級試験に何人受かったとか、有名企業に何人就職させたとか、全体で就職率○○%乙、みたいな現状には、……はぁ、とうなだれてしまいます。

それから、「哲学」っていう言葉が就職予備校でも使われなくないんですよ。
どーいうふうに使われるかといえば、「成功哲学」とか「勝負哲学」というアレですワ(涙

もちろん、一流企業に就職したり、国家公務員の上級職や弁護士をはじめとする「士」になるのが「悪い」という訳ではありませんよ。それはそれですごいことですよ。しかしそれは「学問」を探求した結果としてついてくるもののはず。

などとのたまってしまいますと、

「それは建前にしかすぎませんから、先生、現実みてください(失笑)」

「氏家先生は、やっぱり“古い”ですね、くくく」

……などとリアルに言及されることは屡々です。

しかし、やはり大学とは学問の探究の「道場」であるはずなんですよ。
そこを軽視していくと、やっぱりスカスカのズブズブになってしまうことは間違いないんですよね。

ですから、同僚からの「失笑」にもめげず、精一杯、取り組ませていただいております。

冒頭には、1980年代後半、その出版に全米が震撼したというアラン・ブルーム(Allan David Bloom,1930-1992)の『アメリカン・マインドの終焉』の著者による序から一部を紹介しました。

同書は、政治哲学の専門家による現代の大学教育批判の書として名高い一冊ですが、ブルームは、昨今の大学の教育水準が低下し、西欧の文化遺産の多くが若き学生たちに受け継がれていない実情をきびしく指摘しています。

そして問題の指摘だけでなく、一般教養教育を充実させるためには、「もっと古典教育に工夫をこらし努力を傾けるべきだ」とも提言し、社会から持ち込まれる現実的・実利的要請を拒否すべきだと踏み込んでおります。

ブルームの主張は、一見すると古くさい教養主義を認めるだけの「保守主義」のようにみえるかも知れません。しかし、古代ギリシアにまで遡って大学論を基礎づけようとするその試みは、保守か改革かという単純な二項対立を乗り越えた地平から発せられた「教師」の肉声にほかなりません。

何の為に教養を学ぶのでしょうか。

「一般教養教育をうけた者とは、安直で好まれやすい解答に抵抗できる者のことである。それは彼が頑固だからではなく、そのほかの解答も省察に値することを知っているからである」。

この一節につきるのではないでしょうか。


さて……。
本日から、「哲学」の講義。
金曜日に配当されたのは始めてでしたが、履修(予定)者が予想以上に、多く驚き!

これから15回の講義では、キャリアデザインにも、就職活動にも、そして銭儲けにも直接の訳には立たない「哲学」のお話しをして参りますが、是非、よろしくお願いします。

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覚え書:「みんなの広場 教育の行政従属化を憂える 無職 76(奈良市)」、『毎日新聞』2012年4月5日(木)付。

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みんなの広場
教育の行政従属化を憂える
無職 76(奈良市)

 本紙の報道によると、3月に実施された大阪府立高校の卒業式で、君が代斉唱の際、弁護士でもある校長が教頭らに指示して、起立だけでなく、実際に歌っているかどうかを口の動きでチェックしていたという。
 本来、国民の人権を守る立場の弁護士でありながら、管理職を使って同僚の教職員を調べ上げる様は、もはや崇高な目的を持つ教育現場ではない。さながら、血なまぐさい幕末の世情に似たものを感じる。
 私は約40年間、ある教育委員会の行政職員をしてきた。教育長を何人も観てきたが、教育現場出身者は概して教育に対する見識が高かった。ところが、最近は校長ポストの「民間開放」がすぐれた制度のようにもてはやされている。人を育てる教育行政は一般行政とは性格が違うと思う。
 大阪や東京の行政首長による「君が代」に名を借りた教育の行政への従属化が執拗に試みられている。このような人の心への土足介入が受け入れられるとしたら、喜劇ではなく悲劇だ。
    --「みんなの広場 教育の行政従属化を憂える 無職 76(奈良市)」、『毎日新聞』2012年4月5日(木)付。

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覚え書:「経済観測 中国軍拡の経済学 清華大学米中センター高級研究員 酒井吉廣」、『毎日新聞』2012年4月4日(水)付。

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経済観測
中国軍拡の経済学
清華大学米中センター高級研究員 酒井吉廣

 中国が軍備拡大を続けている。その目的は国家・国民の安全保障の強化だが、周辺諸国にとって中国の軍事力増強は大きな脅威だ。一方、軍拡は中国経済を下支えする効果を発揮しつつある。
 中国の国防費は1000億ドルで国内総生産(GDP)の約2%。米国の約2割、日本の2倍の規模だが、米国と同様に国内に治安維持や退役軍人向けなどの関連費用を含めた広義の防衛関連費はGDPの約5%となる。現在は人件費が多いが、空母などの装備増強への支出も増えてきた。
 中国が米国並みに軍事力や国土安瀬保障網を備えようとするならば、軍需産業への需要は一段と増える。米国の防衛予算は、軍需関連産業を通じて米国内で裾野廣く雇用を増やし、米国の経済成長に寄与してきた。同様に中国の国防予算も中国経済の更なる成長を後押しするに違いない。したがって、今後の中国経済を占うには、軍拡の経済効果をどう試算するかも鍵となる。
 軍需には兵器だけでなく衣料や食品、気動車などの民生品も多く含まれるため、中国の安全保障強化は、日本からの民生品輸出にもプラスだ。
 中国は今、国内製造業の強化を図るべく、あらゆる分野で世界の先端技術を求めている。これを将来の軍需転用まで意識した産業強化への布石と見ることも可能だ。このため我々は、経済構造の米国化が進む中国との関係を考える時、実利優先か安保重視かのジレンマに陥らざるを得ない。しかし日本経済の対中依存度は休息に高まっており、これと平仄の合わない判断は難しい。中国の経済発展を止めることも隣人としてはすべきではない。日本の選択は、中国と平和維持の枠組みを構築し、その中で互恵的経済拡大を追求することだ。
    --「経済観測 中国軍拡の経済学 清華大学米中センター高級研究員 酒井吉廣」、『毎日新聞』2012年4月4日(水)付。

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世界の脱魔術化の進展が必然する運命への抵抗

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 すでにわれわれの世紀の初めに、偉大な社会学者マックス・ヴェーバーは、世界の脱魔術化の進展という運命が官僚主義化の増大という運命となって現われる、と予言していた。爾来今日に至るまでわれわれは、こうした出来事が不可避なものであることを経験してきた。この出来事は、文字通り生まれてから死ぬまで、われわれの社会的生活系全体を完全に支配しており、世界のどんな政治体制も、これに対処する手だてを見出せないでいるように思われる。
 だからといって、一党独裁国家と多党体制国家との違いが見過ごされてよいわけでは決してない。国家権力のイデオロギー化が真の理論を占有していると主張することになると、このイデオロギー化は内的な論理に従って、異端審問所が行ったように、別の考えをもつ人をすべて排除するようになる。つまり、そのような人を物理的に抹殺するか、彼を精神病患者として扱うようになるのである。このイデオロギー化よりも、気づかれていないだけにいっそう驚異的であるのが、マス・メディアが世論形成と判断力の低下とに与える影響である。路線に忠実であれという主張の重圧が存在しないかのような錯覚を作り出すことは、全体主義的体制のなかで今日使われている同志という概念をもってしても、できるものではない。そのような仕方で確認される共同性には不寛容の排他性が含まれているのである。しかし権力分立や議会制民主主義とても、多種多様な利害や立場が調停されるべき公的な多元論の体系とみなされうるのだろうか。万人のコンセンサスの形成方法が匿名の選挙だけに限定されている場合、議会において政治的対立者同士が、つねに同志(Kollege)の名で呼ばれるということには、たしかに何がしかの意義はあるだろう。実際、古代ローマの高級官僚を表すこの表現は、敵対関係ではなく、むしろ最も熾烈な敵対者たちをも統合し和解させる連帯感を強調しなければならない場合にはいつでも、いまだに活用されているのである。けれども、立法団体の内部においても、またその決定の余地に関しても、官僚主義化と管理の自動化がとどまることなく生成している。例えば、代表者の選択の自由を制限する党機構を考えていただきたい。あるいは、政治家のエキスパートへの依存を考えて頂きたい。
    --ガダマー(須田朗訳)「1782-1982年の寛容の理念」、本間謙二・須田朗訳『理論を讃えて』法政大学出版局、1993年、111-113頁。

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ちょいと大学もはじまり、時間がなく(汗、文章の紹介と一行コメントでおわりそうで恐縮ですが、大事なので紹介しておきます。


ガダマー(Hans-Georg Gadamer、1900-2002)が、18世紀に定式化される「寛容」の理念に対する現代的挑戦の部分が冒頭の叙述です。

いちおう、近代民主主義は、それを制度として保障するうえで、最高とはいわないけれども、比較的マシな部分で機能はしている。

生活全体を網の目のような権力で支配する構造はその手をゆるめずしなやかに強化するのがその性だから、誤用や誤誘導を賢明にさけるしかない。

しかし、現状は、例えばコンセンサスを得るのに時間がかかるから、強権的にいけいけどんどんしよー!だとか、メディアそのものが「憎い奴らは消してしまえ!」式の公正さを書いた報道を繰り返していく。

そして、全てが骨抜きとなり、内崩の最後に出てくるのは、近代以前の集団主義か反個人主義。

読みながら実感するのは、フーコー(Michel Foucault、1926-1984)の生-権力を、哲学的解釈学と公共哲学の文脈で表現するとかるあるのかな……などとも。

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B級グルメ列伝:東京都千代田区編:キッチンカロリー

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都内にはいわゆる「学生街」と呼ばれる街がいくつかある。
たいてい、割と古い大学を中心に、その学生が利用しやすい店が建ち並び、「学生の文化」とでもいうべき匂いが濃厚な地域をそう呼べるのではないかと思います。

古本屋、長居のできる喫茶店、チェーン店じゃないのに安く振る舞う居酒屋。
そして安価でボリュームのあるランチを提供できる「定食や」さんなんかがそのラインナップとしては不可欠でしょう。

さて……。
昨日は、「倫理学」の初回講義(ほぼガイダンス)を終えてから、学生街のひとつ「御茶ノ水」で途中下車して、徒歩1分の「キッチンカロリー」で遅めのランチ。

いわゆる「学生街の洋食屋」。
創業は1954年というから、すでに60年近い歴史。現在の80代の人もお世話になったのかと思うと感無量というわけではありませんが、朝から煙草とコーヒーしかやっておりませんでしたので、迷わず吸い寄せられた次第です。

こちらは4年ぶりの再訪。
がっつりいきたいとは思いつつ食が細くなっているので、定番の「デミグラスハンバーグ・カロリー焼き」をお願い。

一服しているまもなく、登場!!!

メインディッシュに、ライスとミニサラダ、そしてアイスコーヒーがついて760円。

街の洋食屋といえば味付けが「濃いめ」のイメージがありますが、こちらはわりと「薄味」。しかし、丁寧にこしらえているのでしょう。

先ずはハンバーグをパクリ。
少し柔らかいかなとは思うものの伝統的なデミグラスソースが絶品で涙。
カロリー焼きとはタマネギと牛肉を炒めたものですが、くどくない味付けで、ハンバーグとの相性が抜群!

そしてハンバーグとカロリー焼きの下に敷き詰められたスパゲッティはそれぞれの味わいをひきうけつつ、鉄板で少し焦げた部分やコーンとの組み合わせが絶品。

速攻で空っぽになってしまいました。

若い頃のように、「肉1.5倍」とか「大盛り」というオプションはさすがに遠慮しましたが、代わらぬ味わいに舌鼓。

学生時代を思い出しつつ、「さあ、今日もがんばるか!」と背中を押されたような気分です。

ちょうど16時前でしたので、お客さんは、私の他1組。15人も入ればいっぱいになる店内でごった返しながら食べた思い出ばかりでしたので、少しゆっくりできたのもなかなか乙なものでした。

学生食堂はとにかく1)安くて、2)早くて、3)うまい、の3本柱が必要です。すべてを満たす秘境がここにあります!!!御茶ノ水にお立ち寄りの際は、ぜひぜひ。

で……。
おなかも満足しましたので、聖橋をわたり湯島天神あたりまで食後の散歩を少々。
今年は桜の開花が例年よりも遅めですが、一日一日と彩りを増す春の訪れは着実ですね。

キッチンカロリー
東京都千代田区神田小川町3-10 江本ビル1F
営業時間 [月~土] 11:00~22:00
     [日・祝] 11:00~21:00
定休日 無休

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覚え書:「キャンパス交友:入学前から 「ミクシィで知り合った」/大学が公式SNS開設」、『毎日新聞』2012年4月4日(水)付。

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キャンパス交友:入学前から 「ミクシィで知り合った」/大学が公式SNS開設

 全国各地から学生が集まり、出会いに胸がときめく大学の入学式。最近は、ミクシィなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じ、入学前から友達を作る学生が増えている。大学側が公式SNSを開設し、入学予定者の交歓の場とする例もあり、キャンパスの交友が一足早まっている。【榊真理子】

 ◇「ミクシィで知り合った」
 昨年4月、東京電機大の入学式。建築学科の中山はる香さん(19)は式典の30分前に着き、1人で席に座っていたところ、5人ほどの女性グループが楽しそうに入って来た。「同じ高校の友人同士かな」と思っていたが、後で「入学前にミクシィで知り合った」と聞いて驚いた。
 中山さんは同2月下旬に合格が決まったが、友達作りに焦る気持ちはなく、入学前のオリエンテーションにも参加しなかった。入学式では誰とも話すことなく帰宅した。入学後、1人でいた同級生の女子に声を掛け、今は授業も委員会活動も一緒だ。「ミクシィで最初の不安は取り除けるかもしれないが、結局は気の合う人と過ごすようになるので同じ気がする」と話す。
 東洋大哲学科の小川美奈さん(20)は高校3年の秋、推薦入試で合格が内定。すぐにミクシィで東洋大関連の情報を探し、2010年度入学予定者が開いたコミュニティーを見つけた。「入学式まで時間があるし友人も作れるなら」と思い、参加した。
 「哲学の勉強が不安で、友達ができればと思って入りました。同じ人、メッセ(メッセージの略)ください」などと書き込んだ。当初は他学科の人の反応ばかりだったが、3月に哲学科の女子学生からメッセージが届き、「うれしくてお母さんにも言っちゃった」。メールアドレスを交換し、プリクラ画像を送り合った。
 入学式前のガイダンスで待ち合わせ、以来仲良くしているという。「2人でいる人に声をかけるのは勇気がいる。とりあえず友達が1人できると安心だし、他の子にも声をかけやすくなった」と振り返る。

 ◇大学が公式SNS開設
 関東学院大工学部(横浜市金沢区)は08年から毎年1月、入学予定の学部生向けにSNSを開設している。学科別など複数のコミュニティーがあり、毎年アクセス数のトップは「友達をつくる」。仮名で登録できるが、実名での参加が多い。趣味や身長などの自己紹介、「髪を切りました」などの近況報告、「入学式はどんなスーツ?」といった質問も。書き込みには、絵文字や顔文字がちりばめられている。
 ミクシィのコミュニティーが誰でも入れるのと異なり、同学部のSNSは入学予定者に限定。1月のガイダンスで、ID、パスワードを通知した。当初は3月末までの開設だったが、延長してほしいとの要望を受け、昨春からは入学後の4月末まで開いている。
 11年度の利用者アンケートでは、「友達をつくる」機能について「役に立つと思う」が42%、「思わない」が10%、「分からない」が48%だった。「いきなり人に会うより気分的には楽」「入学するのが楽しみになった」などの声があった。3月末まで教務主任だった辻森淳教授は「不安解消の助けになるのは確かだが、あくまでも入学を控えた高校生のためのもの。本来は対面のコミュニケーションが大切。SNSは時間と空間を超えて触れ合うためのもので、補助的な役割と理解してほしい」と話す。

 ◇学校生活「勉強より友情」
 コミックやテレビアニメ、ゲームソフトにもなった小説「僕は友達が少ない」(メディアファクトリー)。「友達がいないのが嫌なのではなく、寂しいやつだと思われたくない」などと登場人物が語り、若者の共感を集めてきた。著者の平坂読(よみ)さんは「自分の学校時代を振り返ると、恋愛よりもクラスでの人間関係や友達との付き合いの方がより切実な問題だった」と語る。
 実際、学生の「友人志向」が高まっているようだ。18~24歳を対象にした内閣府の「世界青年意識調査」(07年)では、「学校に通う意義」(複数回答)の設問に「友達との友情をはぐくむ」がトップ。66%がこう回答し、98年の60%から伸びた。韓国では「学歴や資格を得る」、米、英、仏は「一般的・基礎的知識を身につける」の回答が多く、対照的だ。03年の調査では「友人(恋人を含む)との関係に満足していますか」に、「満足」と答えた人が72%に上った。
 東京学芸大の浅野智彦准教授(社会学)は「近年は友達の重要性が高まり、特に大学は高校のようなクラスがなく、友達ができない不安が大きくなりやすい。孤立しないよう、SNSで予防措置を講じておきたいのではないか」とみる。一方で、「一緒に飲食したり、遊びに出かけた写真をネット上にアップしている。バーチャルなつながりを現実と融合させており、SNSが友人関係を濃密化する装置になっている」と指摘した。

 ◇高校のコミュニティーも
 ミクシィで検索すると、北海道大、早大、慶大、立命館大、九州大など全国の大学の今春入学予定者を対象にしたコミュニティーが、個人で開設されている。高校のコミュニティーもあり、参加者は少ないながらも、自己紹介や入りたい部活などを互いに書き込んでいる。
 また、専修大ネットワーク情報学部(川崎市)では一部の教員が、指定校推薦などで入学が決まった合格者に対しSNSを設け、質問に応じているという。
 入学前教育に詳しい関西国際大の浜名篤学長は「SNSのインフラ環境がない学生がいると、入学前から差ができかねないが、対人関係が苦手な新入生も多く、対応したプログラムが必要なことも確か」と話す。
    --「キャンパス交友:入学前から 「ミクシィで知り合った」/大学が公式SNS開設」、『毎日新聞』2012年4月4日(水)付。

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http://mainichi.jp/life/edu/news/20120404ddm013100024000c.html

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よい精神をもつというだけでは十分ではないのであって、たいせつなことは精神をよく用いること

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 良識はこの世で最も公平に配分されているものである。というのは、だれもかれもそれを十分に与えられていると思っていて、ほかのすべてのことでは満足させることのはなはだむずかしい人人でさえも、良識については、自分がもっている以上を望まぬのがつねだからである。そしてこの点において、まさかすべての人が謝っているとは思われない。むしろそれは次のことを証拠だてているのである。すなわち、よく判断し、真なるものを偽なるものから分かつところの能力、これが本来良識または理性と名づけられるものだが、これはすべての人において生まれつき相等しいこと。したがって、われわれの意見がまちまちであるのは、われわれのうちのある者が他の者よりも多く理性をもつから起こるのではなく、ただわれわれが自分の考えをいろいろちがった途によって導き、また考えていることが同一のことでない、ということから起こるのであること。というのは、よい精神をもつというだけでは十分ではないのであって、たいせつなことは精神をよく用いることだからである。最も大きな心は、最も大きな徳行をなしうるとともに、最も大きな悪行をもなしうるのであり、ゆっくりとしか歩かない人でも、もしいつもまっすぐな途をとるならば、走る人がまっすぐな途をそれる場合よりも、はるかに先へ進みうるのである。
    --デカルト(野田又夫訳)「方法序説」、『方法序説・情念論』中公文庫、1974年、8-9頁。

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早いなと思いつつも今日から授業。
担当は「倫理学」なんですが、哲学の一部門と考えるならば、思索の方法としては重なるところが非常に多々ありますので、倫理学とか哲学を学ぶ意義を少しだけ紹介しておきます。

おそらく、高等学校で歴史や倫理を学んだひとはその延長線上に大学における一般教養としての「哲学」とか「倫理学」といった概論科目をイメージするのではないかと思いますが、そう想定してしまうと足下をすくわれることになります。

なぜなら、大学で「哲学」や「倫理学」を学ぶということは、「ソクラテス」=「無知の知」とか、「デカルト」=「我思う故に我あり」といった一対の対応概念をクロニクルに習熟するものとは全く異なるものだからです。

もちろん、基礎的な知識の習得が「ちゃんちゃらおかしいぜい」などとは言い切りませんが、そこに主眼をおいてしまうと、「哲学」やら「倫理学」とはほどとおい学習になってしまうからです。

では、大学の「哲学」とか「倫理学」を学ぶ意義というのはどこにあるのでしょうか。

いくつかあるかと思いますが、そのひとつは、古代から現代に至る聖賢の言葉に耳を傾けながら、自分自身で考えてみるということです。

ソクラテスのキー概念となるのは、確かに「無知の知」でしょう。しかし、それが当人にとってどのようなリアリティがあるのか。ソクラテスがそう発想せざるを得なかった背景をふまえつつ、その言葉に耳を研ぎすませ、今・この世界で生きている自分にとってはそれがどのような意味があるのか。

デカルトは絶対的確実性の探求のためにすべてを疑い、疑いの果てに「我思う故に我あり」を発見します。

量子論的アプローチからこの世に確実なものなど全くありゃーしませんぜ、などと嘯くつもりは毛頭ありませんが、不確実な世界のなかで、なんとか、崩れない程度の差しあたりの「確実性」に依拠しながら、生活しているのが毎日ですよね。

だとすれば、「確実」にみえるものが妥当するのか、そして「不確実」にみえるものが果たしてそうなのか、点検することは無意味な労作ではないと思います。

そしてそのためには理性をどのように運用していくのかということが大事になってきます。狭義でいう「論理学」がその基礎を固めてくれます。

そして理性を過信するでも不信するでもなく、限界をふまえたうえで、それをどのように性格に使用していくのか。

言葉を正確に使うことによって、所与のものと差し出された世界をひとつひとつ点検していく。

その中で誤りを訂正し、真実らしいものを発見していく、その試行錯誤の繰り返しで、人間は、新しい人間へと成長することが可能になるはずです。

ですから、授業では、そうした方法論と歴史を紹介しながら、あえてみなさまに同執正疑を与えるようにしようと思っています。


どれだけ見落としていたことがらに気がつくことができるか。

それができるようになれば、そのひとは「哲学」しはじめたことになると思います。

短い間ではございますが、どうぞよろしくおねがいします。


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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『低線量被曝のモラル』=一ノ瀬正樹、伊東乾ほか著」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『低線量被曝のモラル』=一ノ瀬正樹、伊東乾ほか著


 (河出書房新社・3360円)

 ◇議論が暴く「生活」と「研究」の隔たり
 東日本大震災から1年。復興の槌音(つちおと)が響く地域もあるが、福島第1原発についてはまだまだ見通しが立たない。

 政府は避難区域にかんし昨年末、年間20ミリシーベルト以下を「避難指示解除準備区域」、50ミリシーベルトまでを「居住制限区域」、それ以上を5年以上帰還できない「帰還困難区域」の3区分に再編した。だがそもそも東京圏も一部含まれ関東一円に及ぶ20ミリシーベルト以下の低線量区域ならば、「安全」なのだろうか。不安を隠さないのが子どもを持つ母親たち。内部被曝(ひばく)を恐れ自主的に移住したり、農産物購入に慎重になっている。ではそうした不安は無知ゆえか、それともまっとうさの証拠なのだろうか。

 事態をややこしくした一因として、原発等が緊急事態に陥った際に政府が外部被曝線量や甲状腺等価線量などをシミュレーションするSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の情報を二カ月近く開示しなかったことが挙げられる。政府は情報隠蔽(いんぺい)に懸命だった。

 そのうえ福島県で放射線の専門家が100ミリシーベルト以下ならば大丈夫と講演した直後に全村避難が指示されたり、原子力工学の専門家が燃料棒がメルトダウンすることはないと胸を張ったにもかかわらず正反対の事態が報道された。政府・電力会社・学者、これまで日本を担うとされた(多くは東京大学出身の)人々が、総崩れ状態で疑われるようになったのだ。

 これでは不安の拡散に収拾がつかなくなって不思議ではない。それでもいまだ楽観論を力説する学者もいて、放射線の専門家たちは「年間20ミリシーベルトというのは問題にならないくらい低い線量」(座談会「『低線量被曝と内部被曝』の正しい知識」、『週刊新潮』3月8日号)と主張している。

 いわば、母親と放射線学者が対立するという不思議な事態となっているのだ。本書は東大文学部哲学科で昨年夏に行われた討論会の記録に討論者の論文を加えた論集だが、まさに双方の立場を代弁して、激しいやりとりを繰り広げている。

 参加者は、線量よりも内部被曝による遺伝子切断に注目し20ミリシーベルト以下でも危険と訴えて除染活動に邁進(まいしん)する児玉龍彦、放射線医学者を代表する中川恵一、「不安」を因果論から読み解く哲学者の一ノ瀬正樹、マスコミにおける学者の語り口に異議を唱える影浦峡、ヒロシマ原爆の放射線被害を低く見積もる概算式を批判してきた宗教学者の島薗進、確率論と物理学の関係を扱う伊東乾の各東大教員。重要な争点がほぼ網羅されている。

 20ミリシーベルト以下の低線量の場合、十分な量のデータを背景とするタイプの「科学的」な主張を行えない。その影響を、いかに評価し伝えるべきか。中川は低線量に対しては人体の回復力が見込めるという推測から避難生活のストレスと比較せよと言い、対照的に児玉は生物体の低線量への反応は短期的にはラドン温泉のように健康増進に有効と見えても長時間内部被曝すればがん化に向かうと述べる。影浦は厳密さを残そうと曖昧に語る学者の言葉こそが母親たちにとっては具体的な不安を抱かせると追及し、島薗は学術会議が市民にではなく学者仲間に向けた言葉しか持たなかったと批判する。

 学者は大量データから確実な主張を行おうとするが、現実生活の多くはそれに該当しない領域で営まれている。そうした前提を踏み外した議論が学者への信頼を失墜させ、混乱を招いた。学問の発言権を問いただし、主張できることの限界を示した書である。
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『低線量被曝のモラル』=一ノ瀬正樹、伊東乾ほか著」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20120401ddm015070005000c.html


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新入学生に心掛けて欲しい3つのポイント(よき友、よき本、そしてほんものにふれること)

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学而第一
子曰。学而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来。不亦楽乎。人不知。而不慍。不亦君子乎。
子曰く、学んで時に之を習う。亦た悦ばしからずや。朋あり、遠方より来る。亦た楽しからずや。人知らずして慍(いきど)おらず。亦た君子ならずや。
    --宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫、2000年、1頁。

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昨日は勤務校の入学式。
無事艱難をくぐりぬけ、入学された皆様おめでとうございます。

くどくどのべるまでもありませんし、もう飽きるほど耳にしたことがらかも知れませんが、在学中に、

1)一生涯つきあっていくような良き友をつくってください。
2)いい本をたくさんよんでください。
3)そして、ほんものに触れてください。

この3つを心掛けてみてください。
少し先輩からのアドバイスです。

これまでの義務教育課程とは異なり、大学の科目はひとつひとつ自分で選択するものです。もちろん、現状は就職予備校として機能しているきらいがありますので、ある程度はパッケージ化されているかも知れません。

しかし、意識的に、学問や事物、そしてひとと向き合うなかで、うえの3つを心がけると少しは違うものになると思います。

では、教室で出会える日を楽しみにしております。


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覚え書:「論点 社会に出る君へ 堂々と間違える勇気を 寄稿 雨宮処凛 作家」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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論点 社会に出る君へ
堂々と間違える勇気を
寄稿 雨宮処凛 作家

 考えてみれば、私は一度もマトモに「就職」というものをしたことがない。美大を2浪して受験をあきらめ、フリーターとなり、25歳で作家デビューした。そんな私が新社会人に贈れる言葉などあるだろうかという疑問が浮かぶが、一応12年、「物を書く」ことだけで食べてきた人間からの言葉に、ほんの少しでも不安が薄れれば、うれしい。
 さて、これから社会に出る若者たちに届けたいメッセージは、「堂々と間違えろ」ということだ。これは私が生きる上で、信条としている言葉でもある。
 間違える。この言葉は常に否定的なニュアンスで語られる。私自身も小さな頃から「間違えるな」と言われてきたし、学校でも仕事でもそれは「失敗」と同義に語られる。「人生」においてもとにかく「間違えないように」ということばかり強調される時代だ。しかし、先行き不透明な今、一体誰が「正解」を知っているのだろうか。今、私たちが目にしているのは、この国でずっと信じられてきた「正解」が不正解となり、そしてどの間違いがある日突然「正解」に化けるのか、誰にも予想がつかないという地平だ。
 正解は常に一つしかない。しかし間違いには無数のバリエーションがある。そしてあまりにも堂々と間違えると、それは時にそれなりの成功以上の結果を生み出す。間違いが化学変化を起こすのだ。
 草食系、冒険をしない、内向き。現だの若者を語る時によく使われる言葉だ。しかし、それは右肩下がりの中、「一度の間違いが取り返しのつかないことになるんだぞ」と言われ続けた結果にすぎない。が、絶対に間違えてはいけない人生は、どうしようもなく生きづらい。だからこそ、新社会人を迎える大人たちに言いたいことがある。それは間違える勇気を持った若者に寛容であってほしいということだ。それは挑戦の結果だからだ。

身を守る方法を知ろう
 若者たちに伝えたいことはまだある。中には、新卒で入った会社がブラック企業なんてこともあるだろう。また、非正社員として社会人デビューする人も多いだろう。が、どんな働き方だろうとも、自分の身を守る方法は絶対に知っておいた方がいい。「うちの会社はこれが当たり前」と言われても、会社の常識は時に世間の非常識だ。「おかしいな」と思いつつも判断に迷ったら、「合法か違法か
」で判断すればいい。残業代の未払いは違法だし、即日解雇も違法だ。労働問題の相談窓口はたくさんあるし、弁護士による無料の電話相談だってある。そんな情報を、いざという時のために集めておくに越したことはない。
 もう一つ、言っておきたいのは、企業社会とは別の価値観の場をもつべしということだ。結局、企業の目的は営利活動なのだから、より多くの利益を生み出す者がもっとも偉いことになる。しかし、それは企業の中だけの話。できればものすごく非生産的な趣味の人間関係をもつなど、正反対の価値観の場を用意しておくといい。貧乏で役立たずであればあるほど尊敬されるような場があれば一番いいだろう。いざという時、その場はあなたの命を救ってくれるかもしれない。

金もうけのためだけでなく
 最後に。私たちは、たかが金もうけのために生まれてきたわけではない。会いたい人に会い、時に大間違いをやらかし、日々を面白おかしく過ごすために生まれてきたのだ。
あまみや・かりん 1975年生まれ。00年、「生き地獄天国」でデビュー。近著に「14歳からの原発問題」など。反貧困ネットワーク副代表も務める。
    --「論点 社会に出る君へ 堂々と間違える勇気を 寄稿 雨宮処凛 作家」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史--写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史--写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一


 (岩波書店・4620円)

 ◇はるかな時を刻む私たちの大地
 文学や映画であまりにも有名な、ドーバーの白い崖。本当に真っ白く、そして巨大にそそり立つ写真に息をのむ。きめが細かくて古くから白墨として使われたチョークは、日本語では白亜、つまり「白い土」である。元来、このドーバーの崖を作る白い物質のことなのだ。

 九千万年前の中生代・白亜紀は、今より十℃も気温が高い大変な温暖期だった。海面は二百五十メートルも上にあって陸地は今の半分しかなく、広い遠浅の海に囲まれていたという。その海ではびこったのが、暖かい気候に適した微細な原生動物・円石藻(えんせきそう)だ。膨大に積もり積もったその石灰質の殻がすなわち、チョーク。「白亜紀」の名も、これから付けられた。

 地球の全歴史で起こった事件の痕跡をたどって世界中を撮り歩いた、これは世界初という地球史のアルバムだ。それも、写真集『日本列島の20億年』をかつて世に問うた、練達の写真家によるもの。

 ドーバーの崖ならその下で昔をしのぶことも出来るのだが、私たちの大祖先たる三十五億年前の単細胞生物の微化石が見つかるというチャイナマンクリークは西オーストラリアの乾燥地域にあって、簡単には行けそうにない。いっぽう、カンブリア紀の進化大爆発を語る美しい化石が出るカナダのバージェス頁岩(けつがん)層や、平たい葉っぱのようなエディアカラ動物群がうようよ一面に覆うニューファンドランド島の岩壁へは、ガイド付きツアーもあるそうな。そんな行き方や緯度経度も含めた「撮影地情報」付きである。

 一つ一つの写真は美しく、風景としても楽しめる。その中に、巨大な恐竜の足跡が点々と続いてゆくのが見えたりする。見事な和染めのようなパターンの巨大な岩脈が、二十億年昔に衝突した巨大隕石(いんせき)が残した大規模な溶融岩層だと説明され、心ははるかな時を超えて漂う。

 エジプトの砂漠に孤独に横たわる、化石のクジラ。今も成長を続けていることを示す、ヒマラヤやアルプスの急峻(きゅうしゅん)な山岳。地球の奥深くからマグマが湧き出してプレートを生みだしている現場・アイスランドでは、南北に裂く幾筋もの大地の割れ目が不気味である。しかしその生々しい割れ目の中をなんと道が通り、車が走り、家さえも見える。そのアンバランス。いや、そうではない。地球の時間と人間の時間とは、ケタが違うのだ。そして最後の写真では、東日本大震災で地球がまた少し動いた事実が告げられる。

 写真の解説に加えて、巻末には四十ページにわたる詳しい解説がある。四十六億年の地球史・生物進化史研究の最前線を具体的に語る、新鮮な総説である。地球という惑星が初期の高温状態から冷えながら、その表面で絶え間ない活動を引き起こしてきたこと。地表面の変化は必然的に大きな気候の変化を伴い、そして生物進化に甚大な影響を及ぼしてきたこと。地球のダイナミックな息遣い、その地球とともに歩んだ地球生物の足取りが伝わってくる。この解説を読んでから写真をもう一度眺めてみれば、身近な地形の一つ一つにも地球の歴史が刻まれていることが実感されるだろう。

 白亜紀は、恐竜が絶滅した隕石衝突事件で幕を閉じる。その事件を今に伝える黒い地層は世界各地にあるが、この写真集は隕石衝突説の提唱者アルバレス父子がイリジウムの異常濃集から隕石衝突の証拠とした、有名な粘土層を示す。イタリア・グッビオにあり、この記念碑的発見を示す説明板が立っている。

 地球史・生物進化史の広大な時空に遊べる写真集である。
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史--写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2012/04/20120401ddm015070006000c.html


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グローバルリズムか伝統への回帰か……そっと二元論を退ける「中国化する日本」

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書評: 與那覇潤『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』文藝春秋、2011年。


 今日のグローバル社会の原型は宋代の中国で誕生した。そしてそのグローバリズムの挑戦への対応が日本という国の足跡ではなかったのか--。そう大胆に描写する本書の基本図式には何ら異論はない。
 宋代に誕生したシステムとは、1)皇帝を支える官僚、2)貨幣経済の浸透と都市の形成がその基盤にある。。官僚は科挙によって公平に選ばれ、貨幣経済の拡大は貴族による荘園経営の崩壊を招く。ともに地域や職能による紐帯を弱め、政治も経済も個人単位で動いていく。要するにグローバル社会の到来は今から千年前の中国にその嚆矢をみることができるという「歴史観」だ。
 では、その対極にあるのはどういう社会か--。著者によれば、江戸時代に完成した日本型社会がそれに当たる。農村を基本単位とする地位共同体の結束を基礎的モデルとして、何らかの集団に帰属し、強い束縛を受ける変わりに、衣食住を保障するというというのがその特色だ。例えば新卒一括採用や終身雇用に代表される戦後の企業社会はその現代版ともいえよう。
 そして中国化か江戸時代化かがつねに日本史における対立軸であったと著者は指摘する。一見大胆な仮説に「見える」が、安直な「ためにする」議論になっていないことには驚くばかり。実はプロの歴史学者が最新の研究にもとづく実証的研究となっていながら、読みやすくまとめていることに二度驚く。
 ただし限界がないわけでもない。これは文明論に共通した落とし穴かもしれないが、人間の「営み」という息吹が伝わりにくいということだ。勿論文明論だから必要ないと言い切ることも可能だし、無い物ねだりの感もある。ただ歴史とはとどのつまり「人間」の「足跡」に他ならないから、単なる類型化でまとめ上げてしまうこともできないのも事実だ。勿論これは過剰な注文といわれてしまえばそれまでだが、著者の新著にこの点は期待したいところである。
 ただ本書が提示した図式は、あれか・これか……すなわち現状の破壊かそれとも復古かという従来のものの見方の陥穽を撃つと共にその両方を学ぶことでオルターナティブを立ち上げる必要があるのでは、とそっと肩を叩いてくれる。

※すいません、ブクログの書評の再掲です、ちょい今日は時間がないのでorz


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覚え書:「時流底流:警察の番号利用に懸念 清水雅彦日本体育大準教授(憲法)」、『毎日新聞』2012年3月31日(土)付。

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時流底流:警察の番号利用に懸念
清水雅彦日本体育大準教授(憲法)

 個人識別番号利用法案(マイナンバー法案)17条には個人番号など個人情報を第三者に提供することを制限する例外として「刑事事件の捜査」(11号)が明記された。住民票を持つすべての人を対象にした個人番号の導入は、精確な所得の把握と、増大する社会保障費の抑制が名目だった。操作の例外扱いは、個人情報の収集に力を入れる警察が便乗利用しようとしていると考えるべきだ。
 1982年に誕生した中曽根政権にまでさかのぼる新自由主義改革は、一部の勝ち組と多くの負け組からなる格差社会を生み出した。従来型の犯罪者だけでなく、高齢者のおにぎりの万引きに象徴されるような食べていくための犯罪増加の恐れを想定し、警察はだれもが犯罪者になり得る社会に備えた新たな治安対策に踏み出した。94年、警察嬢に生活安全局を設置し、ソフト面では警察が住民と連携して行う防犯パトロール、ハード面ではマンションや駐車場などあらゆる場所での監視カメラの設置などだ。
 これに加えて、力をいれているのが個人情報の収集だ。微罪でも注意にとどめず刑事事件として取り締まれば顔写真、指紋などを集められる。番号制は、警察にとっても使い勝手のいいシステムになる。個人番号情報保護委員会のチェックも受けない。ICカードの個人番号カードは本人確認のための身分証として提示を求められるだろう。
 憲法はそもそも国家権力を縛るために作られた。ところが今日の社会では、縛られる側の国家が国民を縛ろうとする逆転状況が生まれている。秘密保全法案は、国家秘密法(廃案)になかった「公共の安全・秩序の維持」を含める。同法案は、国家の側のプライバシーを認めると同時に国民の知る権利を侵害するし、マイナンバー法案は、国家に国民の個人情報を知る権限を認めて国民のプライバシーを侵害する内容で、国家と国民の関係を180度転換させてしまう危険性がある。
    --「時流底流:警察の番号利用に懸念 清水雅彦日本体育大準教授(憲法)」、『毎日新聞』2012年3月31日(土)付。

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B級グルメ列伝:東京都国分寺市編 らーめん武道家 囗 −くにがまえ−

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午前中、勤務先の千葉の短大の新年度の講師説明会があったので、土曜日は朝早くから外出。ただ、ニュースでも話題になった通り、強風で電車がストップしたり、緩行運転で、早めに済んだにもかかわらず、なかなか東京へ戻ることが出来ませんでした。

当初は、神田かお茶の水あたりを散策しようと考えていたのですが、夕方からは仕事がひかえているので、途中下車はお預け。最寄り駅の国分寺まで戻ったのですが、いつも利用するようなお店で遅い昼食をとることには忸怩たるものがありましたので、少し歩いてみると、新しくできたラーメンやさんを発見。

……ということで、「らーめん武道家 囗 −くにがまえ−」さんのお世話になることに。

券売機で「ラーメン」(650円)を選んで、「麺・味の濃さ・あぶら」は「かため・こいめ・多め」でお願い!

基本的にいわゆる「家系」(武蔵家)ラーメン。
スープは、濃厚な白湯豚骨をベースに鶏油を浮かべた家系の豚骨醤油。

スープの味わいはまさに「凝縮」「濃厚」という言葉がふさわしい肌触りですが、たんに「濃い」とか「強烈」というわけではなく、なかなかマイルドな仕上がり。醤油も利いているようで、まあ、これは年のせいかもしれませんが、少ししょっぱいかなとは思いつつ。。。

麺は、平打ちの太目のストレート、思った以上にモチモチとした食感に驚きました。ちなみにデフォルトメニューの「ラーメン」のトッピングは、チャーシュー、ほうれん草、ネギ、海苔というオーソドックスな組み合わせ。

さて……。
ここの特色は、ライス(50円)がおかわり自由というもの。写真にはとっておりませんが、このライスとお漬物(たぶんきゅうりのキューちゃんだと思います)が食べ放題。

店内に入ったときは、高校生が5-6人、若い男性が二組いらっしゃいましたが、みなさん、おかわりされておりましたw

さすがに私はそこまではできませんでしたが、わりと大きくもってくれた白飯とキューちゃん、そしてラーメンで満足したことはいうまでもありません。

全体として「コストパフォーマンスの高さ」に驚きです。
濃いめの味付け、そして食べ放題のライスとおつけものの組み合わせは、若い人が「はらへったー、がっつりたべたいなー」っていうときに最適なお店ではないかと思います。

お近くに立ち寄りの際は是非。

あ、そうそう、わすれていましたが、入店すると、なぜか「ッせーい!!!!」っと割れんばかりの元気のいい挨拶で出迎えてくれます。

私はびっくりしましたが、まあ、心の準備をしてはいってください(笑)

■ らーめん武道家 囗 −くにがまえ−
東京都国分寺市本町2-2-9
営業時間:11:00~15:00 17:00~23:00
定休日:無

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