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世界の脱魔術化の進展が必然する運命への抵抗

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 すでにわれわれの世紀の初めに、偉大な社会学者マックス・ヴェーバーは、世界の脱魔術化の進展という運命が官僚主義化の増大という運命となって現われる、と予言していた。爾来今日に至るまでわれわれは、こうした出来事が不可避なものであることを経験してきた。この出来事は、文字通り生まれてから死ぬまで、われわれの社会的生活系全体を完全に支配しており、世界のどんな政治体制も、これに対処する手だてを見出せないでいるように思われる。
 だからといって、一党独裁国家と多党体制国家との違いが見過ごされてよいわけでは決してない。国家権力のイデオロギー化が真の理論を占有していると主張することになると、このイデオロギー化は内的な論理に従って、異端審問所が行ったように、別の考えをもつ人をすべて排除するようになる。つまり、そのような人を物理的に抹殺するか、彼を精神病患者として扱うようになるのである。このイデオロギー化よりも、気づかれていないだけにいっそう驚異的であるのが、マス・メディアが世論形成と判断力の低下とに与える影響である。路線に忠実であれという主張の重圧が存在しないかのような錯覚を作り出すことは、全体主義的体制のなかで今日使われている同志という概念をもってしても、できるものではない。そのような仕方で確認される共同性には不寛容の排他性が含まれているのである。しかし権力分立や議会制民主主義とても、多種多様な利害や立場が調停されるべき公的な多元論の体系とみなされうるのだろうか。万人のコンセンサスの形成方法が匿名の選挙だけに限定されている場合、議会において政治的対立者同士が、つねに同志(Kollege)の名で呼ばれるということには、たしかに何がしかの意義はあるだろう。実際、古代ローマの高級官僚を表すこの表現は、敵対関係ではなく、むしろ最も熾烈な敵対者たちをも統合し和解させる連帯感を強調しなければならない場合にはいつでも、いまだに活用されているのである。けれども、立法団体の内部においても、またその決定の余地に関しても、官僚主義化と管理の自動化がとどまることなく生成している。例えば、代表者の選択の自由を制限する党機構を考えていただきたい。あるいは、政治家のエキスパートへの依存を考えて頂きたい。
    --ガダマー(須田朗訳)「1782-1982年の寛容の理念」、本間謙二・須田朗訳『理論を讃えて』法政大学出版局、1993年、111-113頁。

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ちょいと大学もはじまり、時間がなく(汗、文章の紹介と一行コメントでおわりそうで恐縮ですが、大事なので紹介しておきます。


ガダマー(Hans-Georg Gadamer、1900-2002)が、18世紀に定式化される「寛容」の理念に対する現代的挑戦の部分が冒頭の叙述です。

いちおう、近代民主主義は、それを制度として保障するうえで、最高とはいわないけれども、比較的マシな部分で機能はしている。

生活全体を網の目のような権力で支配する構造はその手をゆるめずしなやかに強化するのがその性だから、誤用や誤誘導を賢明にさけるしかない。

しかし、現状は、例えばコンセンサスを得るのに時間がかかるから、強権的にいけいけどんどんしよー!だとか、メディアそのものが「憎い奴らは消してしまえ!」式の公正さを書いた報道を繰り返していく。

そして、全てが骨抜きとなり、内崩の最後に出てくるのは、近代以前の集団主義か反個人主義。

読みながら実感するのは、フーコー(Michel Foucault、1926-1984)の生-権力を、哲学的解釈学と公共哲学の文脈で表現するとかるあるのかな……などとも。

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