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火事の起こらない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩く

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 一体国家というものが危うくなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂が少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなって然るべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すより外に仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。従って何時どんな事が起こってくるかも知れない。そういう意味から見てわれわれは国家の事を考えていなければらなんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起こらない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります。必竟するにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起こった時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、--考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛し個人の活動を切り詰めても、国家のために尽すようになるのは天然自然といっていい位なものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、何時でも撲殺し合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。
    --夏目漱石「私の個人主義」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年、136頁。

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このところにわかに地に足のつかない「きな臭い」言説がぼんぼん飛び出してくるだけでなく、それが「特異な」言説と受け止められるのではなく、「まあ、そういう選択肢もあるよね」という気軽な感じで受容されることに驚くばかり。

人間の内面を抑圧する方向への議論が、対岸の火事のように見受けられたり、一部の政治家たちが排外主義的・積極的膨張論を主張することに眉をひそめるどころか、拍手喝采をおくりだすような現状に、辟易としてしまうのはおそらく僕一人ではないと思います。

うえに、引用したのは夏目漱石(1867-1916)の有名な講演「私の個人主義」からの一節です。漱石が亡くなる2年前、1914(大正3)年11月に行われたものですが、この年は第一次世界大戦が勃発した年でもあります。日本が参戦するのはこの年の8月のことですが、当時と現代の状況を比べてみるならば、現在よりも「憂(うれい)」の大きな世相だと思います。

漱石は慎重に言葉を選びながら……そして現在の眼から漱石の議論は限界があるよね!などという戯言をいいだす人もいらっしゃるでしょうが、そう簡単に言い切ってしまうことには私は批判的ですが……、当時の限界状況のなかで、圧倒しようとする空気や国家の用意した同調同圧に抵抗しようとする心意気とその言葉には、目を覚まされる思いです。

このところ一部政治家や首長たちが、声高な議論を連呼しております。しかし、ホントは、そうした主張よりも、やるべきことや課題は山積しております。別に危機感をひくくみつもろうなどとは思いませんが、優先順位や手法といった限定的な側面に注目して検討してみても「ちゃんちゃらおかしい」ことばかり。

そして加えて「国家の事を考えていなければらなん」というとき「考えられる頭の人」というのは、「考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人」でなければならないはずなのですが、どうもこの辺もインチキといいますか、修養の積んだ人が発言している訳でもなく、人気取りや目くらまし、そして他者を否定することで自己の立ち位置を定位しようとする薄暗い承認欲求まるだしのような状況ではないでしょうか。

西と東、そして過去と現在と徹底した対話し続けた漱石の言葉、もう一度振り返ってみる必要があると思うのですが……。


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