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「隔たり」を認めながらも「人間性の一なること」を信じる

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 私事にわたるけれど『タルムード新五講話』の訳書を送ったおりに、翻訳の作業そのものが私に自己省察の得難い機会を提供してくれたことに感謝の意を表したことがある。その手紙への返信のなかでレヴィナスはこう書いてくれた。

 「あなたが克服しなければならなかった困難さは、ほんとうに大変なものだっただろうと思います。時間や空間などの隔たりに較べればなにほどのものでもないからです。あなたがこの翻訳の仕事を通じて<人間性>が根源的には一つであるということを証示してくれたことを私は心から喜んでいます。」(一九九〇年二月二二日)

 ユダヤ教のなんであるかも、西欧形而上学のなんであるかもろくにわきまえない極東の一学徒の仕事に対して、おそらく絶望的な疎隔感を覚えながら、レヴィナスはなお共感の身振りを送ってくれた。「隔たり」を認めながらも「人間性の一なること」を信じると書くレヴィナスの深さと包容力に接して、私は「この人はほんとうに大人だなあ」とつくづく感心してしまった。
    --「訳者あとがき」、フランソワ・ポワリエ、エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る』国文社、1991年、234-235頁。

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昨日は、授業をしてから、レヴィナス()の勉強会。
2時間弱で、結局10頁と進まなかったのですが、レヴィナスを学ぶということは、西洋の思想と歴史、そして宗教をすべて学ぶということ。

そしてそのことはとりもなおさず、洋の東西を問わず、「現代」と向き合うことになります。

学生さんと始めたのですが、長いスパンで継続していければと思います。

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