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書評:鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社、2009年。

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鶴見さんのユニークな平和思想・非暴力主義、そして「じぶんで考える」という哲学的スタンスはどのように生成されたのか。

鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社、2009年。


個人的なことがらから語るとすれば、鶴見俊輔氏は、ぼくのなかでは綺羅星であることは否定できないし、そう思う方はぼく以外にあまた存在することは知っている。なぜ綺羅星かといえば、まさに「自前で思考」できるはじめての日本人だからなんだろうと思う。

さて本書は、鶴見さん(愛着と私淑を込めて「鶴見さん」と表現します)が八五歳当時に文芸雑誌『すばる』に寄せたインタビューを中心に構成された豊かなアンソロジー。そしてそれは「遺言」とも評すべき一冊となっている。

思い出は少年期の回想から始まる。

「こうして八十五年生きてみて、私はおふくろに大変感謝してるんだ」。

“正義と道徳の権化”の母親に反抗して札付きの不良少年が形成されるが、麻布の大邸宅の育った鶴見さんは「バカ殿様」とはほど遠い歩みを残すことになる。

まさに「おふくろに大変感謝」だ。

悪態のあげく、鶴見さんは、アメリカに“放擲”されてしまう。日本でいると親子ともに碌なことがないからだ。15歳で渡米、ハーバード大学に入学してから猛烈に勉強に取り組む。しかし日米開戦後、無政府主義の嫌疑で逮捕、獄中で卒論を書いて姉で南方熊楠研究の嚆矢として名高い鶴見和子さんが原稿をタイプして、なんとか卒業することができた。そして、卒業式の日に日本に送還される……。

道徳教本の権化のような母親からは善を強要され、悪を叱責された鶴見さん。しかし振り返ってみると、その経験から、善なるものも、悪なるものも、一人の人間に内在することを学んだ様子がこの一冊からは明瞭に理解できる。戦後のマルクス主義や共産党に対する特異なスタンスや、ベ平連、脱走兵援助への助力その延長線上に定位する。

終章は「原爆から始める戦後史」。ここでは、核開発、憲法九条、そして沖縄の連関がクリアカットに吐露されている。戦争という暴力の「産業」が全人類を動員するのが現代という時代。そこに抗う「非暴力の生き方」を語るために、本書は編まれたといってよい。そしてそのヒントは読んでお確かめを!、だ。

善の強さその弱さ、悪の問題と悪のしなやかさ。それがあわさってひとりの人間が形成される。この「人間とは何か」という窮極の問いを、身をもってして経験し思索し、哲学したのが鶴見さんの「歩み」なのだろう。

鶴見さんのユニークな平和思想・非暴力主義、そして「じぶんで考える」という哲学的スタンスはどのように生成されたのか。鶴見さん自身が簡潔にしてそして率直に語る一冊。


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