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書評:中村綾乃『東京のハーケンクロイツ 東アジアに生きたドイツ人の軌跡』白水社、2010年。

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極東の地に暮らすドイツ人がナチズムをどのように受け止めたのか。

中村綾乃『東京のハーケンクロイツ 東アジアに生きたドイツ人の軌跡』白水社、2010年。


ナチズムに関する先行研究は膨大に存在する。思想や政治、文化や歴史等々様々なアプローチが多岐に渡るように、それが人間の全ての側面と分かちがたく関わってきた事件だからそれが必然なのであろう。本書は副題の通り、日本と中国のドイツ人社会の歴史に注目する一冊だ。在外外国人として祖国とどのように向き合ってきたのかを、広汎な史料とインタビューを交えながら素描している。

当時の在外ドイツ人社会の特質とは、ハンザ同盟に代表される商人の世界だ。東アジアへ足を伸ばすきっかけは植民地闘争の文脈だが、その結果、現地にはドイツ人社会が誕生する。しかし不平等条約によって形成される共同体は、現地社会と隔絶した社会だから、文化の共有によってドイツ人らしさの維持も大切にされた。
中心は商人だが、学者、外交官も含まれるから、一定の社会的身分をもつ人間の集団となる。だから、階層的不満を一つの原動力とした本国とは受容の熱気や共鳴は強かったわけでもない。本書は、極東の地に暮らすドイツ人がナチズムをどのように受け止めたのか鮮やかにまとめている。

1945年、ドイツ第三帝国は崩壊する。東京のドイツ大使館では半旗が掲げられ、ヒトラーの追悼式が行われた。ドイツ大使シュターマーはヒトラー礼讃の演説を行ったが、中国・天津では、ヴィーデマン総領事がナチス批判の演説をしていたというのが興味深い。

生活のなかで、受容の形態はさまざまだ。そして本国から遠く離れているからこそ、政治的言説によって統制されていくというより、日常生活の言語や振る舞いによって政治性が遂行されたその軌跡は非常に興味深い。また異郷であるがゆえに「ドイツ人らしさ」の追求が本国の流れとも親和していく。

ナチズムの受容や浸透を考えるうえで刺激に満ちた一冊であると同時に、日本や中国の近現代の歴史を振り返る上でもおさえておくべき研究であろう。


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