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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著
 (ダイヤモンド社・2940円)

 ◇「システム」に組み込まれた後の陰鬱な未来図
 経済のグローバル化は避けがたい時代の趨勢(すうせい)だが、野田政権はこれをTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加で乗り切ろうとしている。農業生産が大幅に縮小しても、製造業の輸出が伸びれば国として得策というのだ。
 だが一時的に金銭的に潤ったとして、その先には何が待ち受けているのか。「食」に焦点を当てグローバル化の憂鬱な未来を描き出す本書は、多くのヒントを与えてくれる。
 500ページにわたり饒舌(じょうぜつ)に綴(つづ)られるのは、食料生産システムのたどった歴史とその帰結、そして代替案である。遺伝子組み換えかオーガニックかといった論争にも踏み込みつつ双方の長短に触れる。冷静な筆致だけに、紹介される事例の面白さにもかかわらず、予測には暗澹(あんたん)たる気分にさせられる。
 食料はかつて、自然の恵みに過ぎなかった。ところが農業が興り、技術が進展して、食物に余剰が生まれる。それは交換され市場が成立して、人口の増加を呼び起こす。当初は小規模な農場で生産され余った物産だけが地域で取引されていたが、利潤を目当てに行動する人々が大勢を占めるようになると、市場が自律性を持ち始める。本書が「食システム」と呼ぶのは、グローバルに広がって各国の保護壁をも打ち破り、地域の小規模農場を駆逐して、ネスレやウォルマート、マクドナルドのような巨大なメーカーやサプライチェーンがより安くより多くの食品を供給する市場のことなのだ。
 発展を牽引(けんいん)したのは、技術革新である。アメリカで土壌から消失した有機物を化学肥料で補う方法が開発されると、大規模農業による低コスト化が実現された。植物や動物の交配も研究される。そのうえ小売業が「画一的で傷がなくより安い」ものをという消費者の要求に応えるようメーカーに圧力をかけると、豚肉は「足のまま」ではなく肉片を切り貼りして均質なハムとされ、鶏は胸肉を大きくするよう遺伝的に改良されて生後5週間で歩けなくなったりする。加工は添加物で。こうした食料工場は、より安価な土地や労働を求めて、東欧やアジア、中国をさまようように移動している。
 食システムの展開は、アジアで成功した「緑の革命」のごとく一時的には称揚された。けれども想定外の帰結も生まれた。一つは、地球上で十億人近くが飢餓に苦しんでいるというのに、ほぼ同数が肥満に悩んでいる。二つには、自由貿易を受け入れ主要食物(たとえばトウモロコシ)の生産を放棄した国々が、国際市場での価格騰貴にさらされた。三つには、効率的な肉類生産のために飼育箱に窮屈に閉じ込められた鶏や豚の体内で遺伝子の突然変異が起き、強い毒性を得た病原菌が市場から市場へと世界中をかけめぐるようになった。菌が抗生物質に耐性を獲得すれば、千万人単位の死者が出るとの予測もある。四つには、アフリカでは肥料をいくら与えても水不足や表土流出、土壌汚染から減産の趨勢が止められなくなった。
 陰鬱な未来図だが、救いはないのか。著者は、何が起きるか予想しきれない遺伝子組み換えよりも小規模な生産で地産地消する農業へ戻り、それに知恵を絞ることに活路を見出(みいだ)している。そしてそのためにも、安価に見えて消費者が負担していないだけの食肉生産にかかる外部費用を明らかにするなど政治的要求を訴えるべきだ、とする。妥当な結論であろう。
 本書を読めば、TPP参加とは環太平洋圏の各国が「食システム」に組み込まれることだと分かる。目先の利益と食の未来、いずれを選択するかが問われているのである。(神保哲生訳)
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。


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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070034000c.html


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