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2012年5月

自立・自律の思索と参加を根こぎにする「ウチとソト」という曖昧さと退行、「滅私奉公」と「マイホーム主義」の併存という撤退の問題。

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丸山 東洋対西洋とか、日本対外国という発想はわたしはきらいです。とくに、何かというと、日本ではこうだけれど、「外国では」こうだという言いかたがはやるのは、日本の空間的地位と文化接触の昔からかたちとに制約されている、それこそ日本的な発想ですね。日本とアメリカとか、日本とインドネシアとかいう言いかたならどこにでもあるけれど、日本と「外国」というふうに、日本以外の世界が「外国」という十ぱひとからげにされる。昔はその代表が中国だったのが、明治以後「欧米」に代わっただけ。それでも文明というより欧米列強、つまり「くに」なんです。だからおよそ、コスモポリタニズムほど、日本で昔もいまも評判のわるいことばはないし、またこれほど異質的な思想はないですね。白樺派のコスモポリタニズムなんていうこと自体チャンチャラおかしいんだなあ、わたしに言わせれば。あれくらい外国崇拝と変に日本的なものとがくっついている妙なものはないです。むしろ、道元とか親鸞とか、そういうところにコスモポリタニズムみたいなものがありますね。やはり、普遍宗教ですから、真理に直接個人が向きあう、一種の世界市民主義みたいになる。彼らは、けっして仏教をインド(天竺)という「くに」の教えとは思っていません。したがって、ヨソのものをもらってきて、ウチでどうこうするっていう発想自体がない。コスモポリタニズムよおおいに起これ、だな。
インターナショナリズムと言ってもいいけれど、これはなんといってもナショナリズムののちに出てきたものですからね。だからわたしは、「人生いたるところ青山あり」というコスモポリタニズムが出てこなきゃ、「ウチ」的ナショナリズムは日本に根づかないと思う。
鶴見 占領下に育った人たちのなかに、皮膚感覚としてそういうものを身につけた人たちが出てきてますね。
丸山 わたしもそう思います。しかし、実際はなかなかたいへんでしょうね。たとえば、若いあいだに海外旅行などして国際的なものの見かたをして、そういう意味ではいかにもコスモポリタン的な感覚を身いつけていても、私生活の面では、たとえば、結婚とかいうことになると、平気で親がかりになる。そういう人が実に単純なマイホーム主義でしょう。マイホーム主義というのは、これはね、『万葉集』とともに古いんだなあ。ちっともそれと切れてない。敷島の大和の国に人ふたり--つまり君とぼくと--ありとし思はば何か歎かむ、あとは知っちゃいない、可愛いかあちゃんと二人だけの閉塞的な天地をつくっちゃえば、あとはベトナムもヘッタクレもあるかって考えは、太古あらあるんだなあ(笑)。われ一人じゃないんで、二人でなくちゃいけない。万葉のそういう面は、戦争中には抹殺されて、大君の辺にこそ死なめ、といった歌ばかり言われてね。実際は万葉にはこの二つの流れがあるんですよ、滅私奉公的な流れとマイホーム主義の流れと。
鶴見 そのマイホーム主義がさっきのウチとソトという分けかたの原型になるんですね。
丸山 原型になる。無限に細分化されますからね。会社で言えば、ウチの会社になるし、会社のなかでは、またウチの課になって、これは相似三角形みたいなもんで、いちばん小さいのがマイホーム。だから、滅私奉公対マイホーム主義と対立するように言うけれど、実ははじめから二つは並存しているんです。
ただ、さっきのウチ・ソトの発想にしても、これからは急速に変わっていかざるをえないでしょうね。わたしは、そういう意味で開国、開国というんです。だけど、いわゆる開国というのは、海外交流といった空間的開国ばかりで、精神的開国というのはなかなか難しいと思う。自分の精神のなかに、自分と異質的な原理を設定して、それと不断に会話する。鶴見さんなんか、ファナティックなところがある反面(笑)、それがあるので感心するんですが、対話対話っていうけれど、一般には少ないですね、自己内対話というのは。その代わりに一枚岩の精神がお互いにケンカしている。
「普遍的原理の立場 丸山眞男」、『鶴見俊輔座談 思想とは何だろうか』晶文社、1996年、27 30頁

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5月になってから、鶴見俊輔さんの座談集(『鶴見俊輔座談』晶文社)を再読しております。もったいないので、1日に1編以上、読まないようにしていますが、これが痛快。

コピーには次のようにあります。

「思想は対話に始まる。会って話した50年、200人。これは、まれにみる人物辞典であり、比類ない哲学事典であり、心の手引きである。二十一世紀を生きる思想の種子がここにある」。

対談相手は、極右から極左まで!
氏自身が「人間によって立つ思想」の哲学者だから、誰とでも闊達に話をする。刊行からすでに15年近くが過ぎておりますから、古いものだと60年以上まえの対談も収録されておりますが、読んでいると新しく、その「息吹」に驚くと同時に、抜群に面白い。

さて上に引用したのは戦後日本を代表する丸山眞男との対談で、初出は1967年。

これもコメンタリー不要な内容ですが、大事なものだと思い、つい抜き書きしてみた次第です。


日本人は、すぐに「ウチとソト」と区分する。これは自室への退行であると同時に、立ち位置を特殊的地位と自認して、相関性を排除する悪弊と言えばいいでしょうか。

「ソト」を扱うにもおおざっぱな「ソト」であったり、文化・文明で論じず、短絡的に「くに」で対比してしまう。

コスモポリタニズムも、対決・対峙がないから「チャンチャラおかしい」“妙なもの”になってしまう。

「チャンチャラおかしい」のは、二律背反的社会参画アプローチだけでない。参加か撤退かっていう図式も、実は同梱されている!

しかも『万葉集』の時代から「伝統」だけに驚き仰け反ってしまう(涙

いろいろなものごとに対して、それを肯定するにしても否定するにしても、「すり合わせ」(字義通りでのいい意味でですが)は必要だと思う。

しかし現実には、その「すり合わせ」ができない精神文化だから「対話対話っていうけれど、一般には少ないですね、自己内対話というのは。その代わりに一枚岩の精神がお互いにケンカしている」んだろうなー。

こりゃア、深刻だorz

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覚え書:「今週の本棚:藤森照信・評 『股間若衆』=木下直之・著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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今週の本棚:藤森照信・評 『股間若衆』=木下直之・著
 (新潮社・1890円)

 ◇男性裸体彫刻「受難の歴史」を探訪する
 まず写真(右ページ)を見て頂きたい。今から104年前、明治41年の秋、上野で開かれた第2回文部省美術展覧会(文展、現日展)に出品された当時を代表する彫刻家白井雨山の<箭調(やしら)べ>である。正確にはその股間である。青年男子をモデルに制作された腹部や手先の表情は、見事なリアリズムといえるのに、青年男子の身体の核心たる股間のこの作りは何なのか。葉っぱが付いているのは分かるが、楽園追放時のアダムのようにチンポコとキンタマの前後二つを上から覆って隠すのならまだしも、これでは二つとも切って前者の切り口に葉っぱを押し当てたようにしか見えない。
 こんな奇妙な表現がなされたのは、当局の監視が絵だけでなく彫刻にも及び、摘発を恐れた彫刻家たちは、布や手拭(ぬぐ)いで隠すのが習いとなっていたからだ。もし隠さなければどうなるか。同じ第2回文展に美術学校を出たばかりの朝倉文夫はリアルに露出した<闇>を出そうとするが、事前チェックを受け、泣く泣くノコギリで切り落としている。朝倉は切り落とし、白井は切り落とした後に葉っぱを貼り付けた。
 日本にヨーロッパ美術が入ってきた時の裸体表現の問題としては、明治34年、黒田清輝の<裸体婦人像>の額の下半分に警視庁の注意で布を掛けた「腰巻き事件」がよく知られているが、股間問題は婦人だけでなく青年男子の身にも起こっていた。それも婦人以上に複雑な問題として起こり、婦人問題が解決したあとも、なんとも悩ましいまま続き、戦後になると思いもよらないような方面へと広がって……。
 これまで誰も考えたことのないこの一件を、日本の美術界で扱えるだけの学識と実績を誇るのは木下直之しかいない。19年前、名著『美術という見世物−−油絵茶屋の時代』(平凡社・ちくま学芸文庫・講談社学術文庫)を出した。兵庫県立近代美術館での展覧会を元にしたもので、西洋美術と初めて接したときの日本人の困惑と喜びを跡づけてくれた。今や伝説となったこの展覧会に私は幸い足を運んでいるが、西洋絵画のリアリズムに驚いた日本人美術家が、砂利を画面に、それも手前は大粒、向こうは小粒に貼り付けて、河原の遠近をリアルに表現しようと工夫していたのにはたまげた。
 本書は、第一章股間若衆、第二章新股間若衆、第三章股間漏洩集、と展開し、先に述べた婦人問題の解決の事情は第二章で扱われ、大正7年、大審院により、「(婦人の)其(その)部分は人の注視を促すに足る可(べ)き何物の描出せられたるものなき」であるならOKとなった。要するに谷間だけにして毛や割れ目を表現しなければいい、というのである。余談になるが、大正7年の大審院判決は戦後も生きながらえ、これを破ったのは篠山紀信による樋口可南子の写真集で、以後、毛まではいいが、最後の一線はダメ。
 ところが男子はそうはいかない。ノッペリした谷間だけでは婦人と間違えられるし、今さら葉っぱも布も付けたくないし。そこで日本の彫刻家はどうしたか。木下は実物探訪を始め、一つの結論を得る。大正から昭和初期のこと、「男性裸体像を好んだ北村西望が『とろける股間』としかいいようがない境地を開いた」。
 実例の写真を見ても、前後二つが一つになったようなそうでもないような、何か物体があることは分かるが形状は曖昧モッコリ状態が現出する。
 以上の事情も、あくまで美術展場内の話で、切っても、葉っぱを付けても、とろけても、決して野外に立てられることはなかった。戦前いっぱい、野外彫刻は、衣服着用が義務付けられていたのである。
 裸の男の彫刻が野外に出るようになるのは、戦後のこと。もちろん、欧米と同じようにリアルに表現しても許されるが、木下の採集した戦後の実例をチェックすると、意外にも、切ったのやとろけたのが多いことに驚かされる。
 もちろんリアルなのもあり、昭和30年、文化の日、千鳥ケ淵公園に菊池一雄の<自由の群像>が立てられたりする。
 しかし、青年男子の不幸が終わったわけではない。駅前広場や美術館や文化施設の前庭に立つ裸体彫刻は圧倒的に女性が多く、男は体育施設などに限られる。どうも、社会は男の裸を求めてはいないのだ。
 不幸はまだしも、木下すら思いもよらぬ受難が野外に出た青年男子の身に降りかかった事実が、第三章股間漏洩集に収載されている。若くて健康でリアルな青年の像に熱い視線を注ぐ人々がいたのだ。『薔薇族』に先行する雑誌『ADONIS』の読者欄に、「千鳥ヶ淵に菊池一雄作の銅像自由の群像があるそうですが写して誌上に御紹介して下さらないでしようか、こういうのを集めてみたらいかがでしよう、アングル次第でおもしろいアルバムが出来るでしよう」。
 ゴロあわせで始まったに違いない書名が、著者すら思いもよらぬ方向へとつながったところで本書は終わっている。
    --「今週の本棚:藤森照信・評 『股間若衆』=木下直之・著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120527ddm015070037000c.html


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書評:川島慶子『マリー・キュリーの挑戦 科学・ジェンダー・戦争』トランスビュー、2010年。

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否定できない出自や環境に縛られるのではなく、それを希望へ転換した「理系女子」の闘いの軌跡

川島慶子『マリー・キュリーの挑戦 科学・ジェンダー・戦争』トランスビュー、2010年。


「偉大な科学者」にして「良妻賢母」。彼女に冠される形容詞を全否定することはできない。妻・母・科学者として完璧であったことは事実であるからだ。

しかしなるべくしてなったわけでもない。本書は、彼女の伝記的伝説を木っ端みじんに破壊する。

「リケジョ」という新語があるそうだ。いわゆる「理系女子」を指す言葉。理系に進学する女子は現在でもなお、少数派に留まる。ましてマリー・キュリーの時代に、どれほどの困難があったことか。

本書は、時代の波にもまれつつ、精一杯生き抜いた、一人の生身の女性の足跡に注目する。

「彼女がその生涯で、男性に対して一歩も引かなかったのは、自分が女である以前にポーランド陣であるという事情が抜きがたく存在していた」と著者はいう。

当時の先進国に生まれた女性であれば、「怒り」や「競争心」といった感情をもつこと自体が「女らしさ」に反することとして否定されたという。これに対して、ロシア帝国治下のポーランドでは、ロシアに対する怒りや競争心は、むしろ歓迎されたという。

人間が自身の生き方を選ぶ際、足枷になるのが、後天的には否定できない出自や環境であろう。しかし、本書を読むと、その縛りとしての環境を希望へ転換して自身の歩みを残していくことも可能であるという先人の苦闘の輝きを仰ぎ見ることができる。

生活の苦闘や、放射能の危険性に対する誤認、そして恋愛遍路……。等身大の「生きた」女性像に、認識が新たになる。

読んでいてすがすがしい一冊である。

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覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『哲学大図鑑』=ウィル・バッキンガムほか著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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今週の本棚:本村凌二・評 『哲学大図鑑』=ウィル・バッキンガムほか著
 (三省堂・3990円)

 ◇きわめつきの精神活動を最大限わかりやすく
 ある高名な哲学者と経済学者が散策しながら語り合っていた。哲学者は「経済学とはとどのつまり最小限の努力で最大限の効果をあげようとする学問だろう」と言った。すかさず経済学者は「哲学とは要するに最大限の努力で最小限の効果をあげようとする学問でしょう」と言い返したという。この小話じみたやりとりには、なにがしかの真実があるのではないだろうか。
 きわめつきの精神活動のごとき哲学と誰にでもわかりやすい図鑑。それがどうして結びつくのか。ラファエロの絵画「アテネの学堂」を横目にしながら、プラトンとアリストテレスの相違について読み進むと、たしかに頭に入りやすい。
 アカデメイアで二人が知り合ったのは師が六十歳、弟子が十七歳のときだった。アリストテレスはプラトンの後継者に選ばれず、アテネを離れイオニア地方に旅立つ。だが、そこで野生の生物を観察することで、師のイデア論への疑念が強まったという。プラトンの思考の背景には数学があり、医者の父親をもつアリストテレスの関心は今日でいう生物学にもとづくものだった。
 およそ千四百年後のイスラム神学者イブン・シーナー(西洋名アヴィケンナ)はギリシアの叡智(えいち)と論証にならう道を歩み、とりわけアリストテレスの後継者たらんとした。彼は幅広い医学の知識をもち、その『医学典範』は近世にいたるまでヨーロッパの医学界に絶大な影響をおよぼしている。それにもかかわらず、アヴィケンナは身体と精神とをまったく異なる実体と考える二元論者として名高い。不死の魂というプラトンのような結論にたどりついたというから歴史の皮肉でもある。
 「われ思う、ゆえにわれ在り」のデカルトもまた、あらゆる事物を疑いながら、心身二元論者であった。感覚があてにできないというのは、平行線が曲がっているように見える光学的錯覚の図版を用いれば、誰にでも明らかになる。それでも、私が在るという意識なら、私が思いちがえるわけはないという。
 哲学者の代名詞のごときカントにとって、自分の外に外部世界が実在することをそれまで証明する議論はなかったというのが最大のスキャンダルであった。哲学的思考になじまない凡人のわれわれにとって、このような問題が提起されることこそ最大のスキャンダルではないかと思うのだが。日々、他人の言動に喜怒哀楽の情感を禁じ得ない自分も奇妙奇天烈(きてれつ)だが、同時に、フラマリオンの木版画に描かれた時間と空間の外部を見ている人間もまた滑稽(こっけい)に映るのは図鑑の効用かも。
 二十世紀後半を代表するフーコーと十八世紀のカントはなにも接点がないように見える。だが、フーコーこそ、カントの発想にならって、世界はありのままに見えるのではなく今の自分に即して見えるにすぎないことを指摘した。人間が探求される対象でありながら、同時に探求する主体でもある。このような人間そのものは十九世紀以後の世界の産物にすぎないという。しかもこの最近の発明品はいつまでつづくかわからないのだ。
 哲学にはなにもそこまで突き詰めなくてもいいのではという深遠で辛気臭いイメージがつきまとう。でも、「最大限の努力で最小限の効果を」と揶揄(やゆ)される哲学も、華やかな色彩あふれる図鑑の助けがあれば、最大限にわかりやすくなる。それはありがたくもあり、凡人のための最良の哲学入門書を手にしたような気がする。(小須田健訳)
    --「今週の本棚:本村凌二・評 『哲学大図鑑』=ウィル・バッキンガムほか著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120527ddm015070025000c.html

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興味深い時代であるだけに、なんらかの革命を起こさなければなりません…残念ながら、ずばり的中する解決策は思いつきません。

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 今の時代は面白い。ただ、つまらない時などあるのでしょうか? ヨーロッパで一番退屈な場所はスイスです。ここの人に聞いても、スイスで政権についているのはどの政党か、誰が大統領か、誰もわかりません。完全に匿名であるかのようですが、ただただ機能しています。ヨーロッパで唯一、政治制度があまり知られていない国です。未だにユダヤの資産やナチスの金を隠し持っているとか、そんな話題だけです。
 興味深い時代であるだけに、なんらかの革命を起こさなければなりません。倫理的、政治的な大変革です。そうでもしなければ破滅が運命づけられていると私は感じています。残念ながら、ずばり的中する解決策は思いつきません。私たちが人間の本質に立ち向かっているとすれば、人間性そのものを再定義することを強いられるのです。
    --スラヴォイ・ジジェク(岡崎玲子訳、インタビュー)『人権と国家 --世界の本質をめぐる考察』集英社新書、2006年、182頁。

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先日も授業が済んでから、学生さんたちと少し言葉を交わしていたのですが、共通するのが、「今の時代はとんでもない時代」という認識でしょうか。

それに対して、具体的に何ができるのかと問われた場合、「これ!」っていうものが即座に出てくるわけでもありませんから、若者特有の感覚と相まって、どんどん、苛立ってしまうのが実際のところだと思う。

そこで訳知り顔の大人風に、

「まあ、まあ」

……となだめてみたり、

駅前のキャッチセールス風に

「これが手っ取り早いよ」

と簡単な全否定の「組織運動」へ、そのむき出しの善意を動員することほど、無益なことはないと思う。

では、どうすべきか。

私は、「学生は学生として徹して学ぶべき」と答えるようにしている。

では、「徹して学ぶ」とは何か。

世界との有機的な連関を断ち切り、山へこもって「徹して学ぶ」と同義ではない。世界の問題へより敏感になりながらも、自分自身が格闘すべき課題へ真剣に取り組むなかで、一剣を研くほかあるまいのではと思う。

それが、具体的には、語学であったり、教養を学ぶことであったり、はたまたスキル系の習熟であったりするかも知れない。

そしてその作業は大変つらい営みかも知れないし、「お前、ぜんぜん何も考えてないよなー」と「意識の高い学生」からdisられるかも知れない。

しかし、世界に対して敏感になるとは、ストレートにそれに対して何かをなすということが全てであるというのは錯覚だし、イコールでもない。

だとすれば、そこへ繋がり行く「仕込み」、「学生としての本分」を徹底していくべきではないだろうか。

例えば、英語の教材で、人種差別の記事を読んだとしよう。だとすれば、その教材だけで済ませることなく、自身で歴史を学び、自身で現状を深く認知していくことも、立派な「「営み」のひとつだと思う。

パワーポイントやエクセルの使い方を学ぶなんて、これほど下らないことは正直ないだろうとは思う。しかし、その武器を使う自身の沃野も同時に耕していくことができれば鬼に金棒のはずだ。

単純に「これをすればよい」なんて特効薬はどこにも存在しないし、それは得てして毒薬であることが殆どじゃないかと思う。

「道は近きに在り。しかるにこれを遠きに求む。事は易きに在り。しかるにこれを難きに求む」とは古代中国の聖賢・孟子の言葉である。

だとすれば、自身の本分に徹する中で、必ず世界へつながっていく、そして「よりよき」ものへ変革していくという深い決意を持続することができるかどうか、ここに勝負があると思う。

回り道に見えるかも知れないが、そこに本物の近道は存在するし、強かに足下を掘り続けたものだけが、本当の変革を可能にすると思う。私もかくありたい。


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覚え書:「時代の風:欧州統合の未来=仏経済学者・思想家 ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年5月27日(日)付。

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時代の風:欧州統合の未来=仏経済学者・思想家 ジャック・アタリ


「ユーロ連邦」で成長を
 フランス人は自国大統領を君主とみなしがちだ。仏大統領が皇帝のような存在であるのは日本人や他の外国人には理解されにくい。(天皇制の)日本には首相がおり、英国には首相と女王がいる。米国やフランスのように王をもたない共和国では大統領がその威厳を備えなければならない。国を分断するのでなく、糾合するの大統領が必要なのだ。
 (社会党のフランソワ・オランド氏が勝利した5月6日の)仏大統領選で有権者が発したのは「若者、社会的公正、欧州を大事にしてほしい」というメッセージだ。自由主義への反対ではない。オランド大統領は金融界の行き過ぎに反対しているのであり、金融界が企業の発展や産業の資金調達に寄与することは支持している。支持していないのは「金融界の発展にのみきゅうきゅうとする金融界」だ。
 オランド大統領は経済成長の重要性を説く。成長を生み出すのは人的投資、教育、科学技術、研究、人口増加、(労働力・物・サービスなどの)流動性、公平さだ。オランド政権は財政支出の大幅削減、より公平な税制度、初等教育の重視、失業者への職業訓練によって、公的債務の削減と経済成長を両立する計画を実施できると確信している。
 フランスは公的債務対策が遅れており、欧州の中で必要な努力を最も怠っている国の一つだ。私はサルコジ前政権で改革委員会を主催し、債務残高の削減を求めたが実施されなかった。サルコジ前大統領が実行しなかった私の改革案をオランド大統領に実行してもらいたい。


 オランド政権が成功するかどうかは欧州が連邦の段階に進み、経済成長のための強力な手段を手に入れ、欧州共通通貨ユーロの競争力を維持できるかどうかにもかかっている。連邦制とは欧州が連邦予算を持ち、域内の富を再分配できるということだ。
 旧ユーゴスラビアなどに版図を拡大しようとしている欧州連合(EU、加盟27カ国)は政治統合を進めるには大きすぎる。連邦になるにはもっと小さな領域が必要だ。つまり、(現在、17カ国で作る)ユーロ圏が連邦にならなければならないのだ。ユーロの維持は欧州統合の強化によってのみ可能になる。
 万が一、多くの人が指摘するようなユーロの崩壊が起これば、欧州はまったく別の局面に突入することになるが、私はユーロが崩壊するとは思っていない。いくつかの危機を経て、欧州はいずれ連邦制になると思う。そうなれば文字通り「大国」になる。
 欧州と米国を比べると、欧州の方がうまくいっている。欧州では貿易黒字が出ているが、米国ではそうではない。公的債務の対国内総生産(GDP)比は欧州で85%だが、米国では100%以上だ。フランスでは平均余命が延びているが、米国は下がっている。1人当たりGDPも欧州が米国を上回っている。
 だが、米国が欧州に勝っている点が二つある。まず、人口の増加だ。米国が多くの外国人を引きつける土地になっているためだ。次に、連邦国家であるために、資金調達、開発、インフラ投資の権限を持っている点だ。誰もがギリシャの危機を語るが、カリフォルニア州の問題は語らない。なぜなら米国には、予算の穴を埋め合わせることのできる連邦国家が存在するからだ。


 欧州には今、異なる二つの潮流がある。一つは、社会福祉や公平性、連帯を重視するフランス的な欧州を志向する動きだ。もう一つは(伝統的な)欧州から離れ、自分さえ良ければよいと考える(反連帯の)個人主義的な傾向だ。
 再選挙が実施されるギリシャでは(EUと合意した緊縮財政策の)再交渉を望む政党(急進左派連合)が優生だが、彼らは反欧州ではない。むしろオランダやセルビア、ドイツの一部で起きていることの方が心配だ。「なぜ他人(他加盟国)のために税金を払わなければいけないのか」という意見が出ているからだ。
 だが、(弱肉強食の)競争政策だけでは成し遂げられないことがある。例えば(米ボーイングなどに対抗するため欧州主要国が70年に設立した国策的な航空機メーカー)エアバスだ。当時、(エアバスは寄り合い所帯ゆえに体力が弱く)もし純粋な競争政策しかなかったならば、今のエアバスは存在しなかっただろう。
 単一市場を持つ欧州は世界の実験室のようなものだ。世界貿易機関(WTO)ができて、世界も一種の単一市場と言えるからだ。もし、欧州がまとまりを維持することができなければ、私たちは、荒々しく破滅に至る保護主義に戻ることになるだろう。
 欧州で今後、民族主義的な傾向が強まる危険性がある。欧州にとどまらない。20世紀、貧しい人々は植民地独立で豊かな人々をお払い箱にした。だが、21世紀は豊かな人々が貧しい人々を追い払う世紀になるかもしれない。豊かな者たちはもはや連帯を望んでいない。私たちはその振る舞いを目の当たりにしつつあるのだ。【構成・宮川裕章】
    --「時代の風:欧州統合の未来=仏経済学者・思想家 ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年5月27日(日)付。

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書評:E・トッド(石崎晴己訳)『アラブ革命はなぜ起きたか―デモグラフィーとデモクラシー』藤原書店、2011年。

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ここちよい高揚感さそう本格的な文明論

E・トッド(石崎晴己訳)『アラブ革命はなぜ起きたか―デモグラフィーとデモクラシー』藤原書店、2011年。

 人類学と人口統計学を駆使して、アラブの春を予見した一冊との評価が多いが、そんな歴史学的まがいものの一冊ではない。本書は間違いなく「文明論」だ。

 議論の論旨は、人口動態(デモグラフィー)の急激な変化によって社会は民主化へと動きだすということだ。しかしここでいう民主化を狭苦しい「西洋化」と捉えてしまうとトッドの普遍主義を損なってしまうことになるだろう。

デモクラシーへの筋道は、人口動態に起因する。人口動態とは、幅広く捉えるならば、わたしたち一人一人のライフスタイルのことである。先制よりも人間は自由と平等を希求する。トッドの思考の基底には、単純なシステム論ではない、本物の普遍主義が存在する。

人間の生活をむしばむものには様々な形態が存在する。そしてその一つが、文化的な桎梏である。その具体的な代表が、まさにデモグラフィーで分析される家族制度である。識字率の上昇や出生率の低下、情報の共有と自己の確立により、権威主義的な直系家族は挑戦を受けている。勿論、民主化への筋道は西欧的ライフスタイルのそのままの受容ではない。しかし挑戦への応答から新しい普遍が誕生するのではないだろうか。

本書は、軽口も交えながら、構成されたインタビュー集という体裁だが、最初に言及したとおり本格的な文明論の一冊だ。

解説も充実しており、初めてトッドを手に取る人にもお勧めだ。

民主化は必然としても、中身をどうデザインするのか。今、この地球に生きている自分たち自身が試されている。読み終えてからの高揚感がなかなか収まらない。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『影の磁力』=原武史・著」。『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『影の磁力』=原武史・著
 (幻戯書房・2730円)

 書斎にこもって文字記録にのみ頼るのでなく、必ずや現場にも身をはこび、直接触れたモノやヒトからあざやかに歴史をよみとる、すぐれた肉体派の政治思想史家による最近の随筆集。二〇〇〇年から一一年に発表された書評、エッセイ、解説文、追悼文などの四九篇をおさめる。

 現場主義の著者はとうぜん旅の達人で、本書の後半は主に鉄道エッセイ。線路と風景の歴史の変遷に目くばりしつつ、軽やかで楽しい文化論が展開される。一わんの駅そばの湯気の中に、日本とイギリスの鉄道文化の差異が浮かびあがったりする。

 そして迫力あるのは前半の、天皇制をめぐる書評と諸論。史家としての著者の一つの原点は、新聞記者として昭和天皇の最晩年を取材したこと。その時、東京の中央に隠然と皇居が広がり、その不可解な<影>の制度が、昭和史を貫通することに気づいた。この解明を志した。

 書評の形をとりつつ著者が指摘する、皇后の宮中祭祀差配の可能性や、八月十五日神話の意味、皇居開放による近代日本史の見直しなどの問題は、じつに刺激的。三島由紀夫『春の雪』に、大正天皇のメタファーを発見する読みにも驚いた。(叙)
    --「今週の本棚・新刊:『影の磁力』=原武史・著」。『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120527ddm015070047000c.html

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おとなたちは、何事も、子どもたちが将来しあわせになるためにやったんだ、なんていうんだ、ずうずうしい話じゃないか。

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 国家の代表たちが署名した条約の文句はこうでした。

 「われわれ、世界のすべての国の責任ある代表者たちは、生命財産にかけて、つぎの諸点を実行する義務をおう。
 1 国境のくい、国境のみはりは、すべてとりのぞく。国境はもはや存在しない。
 2 軍隊、銃砲、爆弾はすべてなくす。戦争はもはやおこなわれない。
 3 秩序をたもつために必要な警察は弓と矢で武装する。警察はとくに、科学と技術がもっぱら平和につかえるように、監視する。殺人科学はもはや研究されない。
 4 役所と役人と書類だんすの数は、どうしても必要な最小限にへらされる。役所は、人間のためにあるのであって、その逆ではない。
 5 今後いちばんよい待遇をうける役人は、教育者とする。子どもをほんとの人間に教育する任務は、いちばん高い、いちばん重い任務である。真の教育の目的は、悪いことをだらだらとつづける心を許さない、ということでなければならない!」
 まえにいったように、国家の代表者たちはみな、これに署名しました……

 人間たちはラジオで、じぶんたちの国家の代表者が動物たちにゆずって、永久の平和条約におごそかにサインをしたということを知ると、地球のいたるところで、どっと喜びの声をあげたので、地軸が半センチメートルまがりました。
    --エーリヒ・ケストナー(高橋健二訳)「動物会議」、『ケストナー少年文学全集8 動物会議』岩波書店、1962年、106-108頁。

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子どもを授かったとき、細君が、我が子に読み聞かせようと思い、購入したのが、『飛ぶ教室』で有名な作家・ケストナーの『動物会議』(1949年)。

子どもの本の整理をしていたら出てきたので、少し手にとって読んでみたのですが、なかなか興味深い内容で驚きの連続でした。

欲の赴くままに動き、そして始終、戦争にあけくれる人間たち。

「あきれたやつらだ! 人間ときたら、、」

動物たちの不満はたまるばかり。そして犠牲になるのはいつも「子どもたち」。

「ぼくはただ人間どもの子どもたちが気の毒なんだよ」。

「あんなにかわいい子どもたちなのに! いつも子どもたちは、戦争だ、革命だ、ストライキだと、ひといめにあうんだ。それなのにおとなたちは、何事も、子どもたちが将来しあわせになるためにやったんだ、なんていうんだ、ずうずうしい話じゃないか。」

そこで動物たちは集まって会議を開き、大人の人間たちに条約をつきつける!

大人たちは必死で抵抗する。しかし最後には、動物たちの要求を受け入れ、平和条約にサインをするという内容です。サインへいたるまでの大人の人間たちと動物とのやりとりは、少しドリフのコントを想起させる軽妙なものですが、ここは筆を少し自粛しましょうw

「小学3,4年以上」と裏表紙にありますから、そろそろ我が子も「聞き」だけでなく、実際に活字と向かいあって欲しいなと思う1冊です。

大人たちはケストナーが1949年に本書を出版してからも、同じことを繰り返しています。そういう大人へささやかに抵抗する大人の一人でありたいと思うと同時に、それが次代への責任なのじゃなかろうか、そんなことを考えさせられた一冊です。

最後の訳者解説「ケストナーの生活と作品について」で、次のような一節があります。


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 ケストナーは悪い時代に生きました。しあkし、彼は、悪いことにもよい面がある、よりよくなれるのだから、といっています。彼は、悪い時にも絶望せず、世界をよりよく返ることに情熱をそそぎつづけてきました。自分は作家であって、道徳家ではない、などと彼はいいません。自分は道徳家だ、と名のっています。
    --前掲書、180-181頁。

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よりよく改めていく挑戦を継続するには、「絶望」しないこと。

自分自身も今日よりまた開拓の一歩一歩を歩んで参りたいと思います。

いやー、しかし、本物の「子ども向け」っていうのは侮れないですよ。


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信頼の現象は単に他を信ずるということだけではない

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 信頼の現象は単に他を信ずるということだけではない。自他の関係における未定の未来に対してあらかじめ決定的態度を取ることである。かかることの可能であるゆえんは、人間存在において我々の背負っている過去が同時に我々の目ざして行く未来であるからにほかならない。我々の現前の行為はこの過去と未来との同一において行われる。すなわち我々は行為において帰来するのである。その行為の背負っている過去はさしずめ昨日の間柄であるとしても、その間柄は何かを為し、あるいは為さないといことにおいて成り立っていた。そうしてその為し、あるいは為さないことは同様に帰来の運動にほかならなかった。〔中略〕だからそれがいかに有限な人間存在であっても、本来性より出でて本来性に還るという根源的方向は失われない。我々の出て来た本が我々の行く先である。すなわち本末究竟等である。ここに不定の未来に対してあらかじめ決定的態度を取るということの最も不快根拠が存するのである。
    --和辻哲郎『倫理学 二』岩波文庫、2007年、24-25頁。

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昨日は、授業が済んでから、八王子にて、広島の友と快飲!

2時間ぐらいの予定で構えていたのですが、結局、終電コースまでというおるずでしたが、出張にあわせて、貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました。

また宜しくお願いします!!!

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否定的自由のもたらす破壊の凶暴

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 否定的自由にとっては、あらゆる特殊化と客観的規定を絶滅することからこそ自由の自己意識が生じる。そこで、否定的な自由が欲すると思っているものはそれ自身すでに抽象的な表象でしかありえず、これの現実化は破壊の凶暴でしかありえないのである。
    --へーゲル(藤野渉ほか訳)「法哲学」、岩崎武雄編『世界の名著 ヘーゲル』中央公論社、1978年。

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少し、仕事の都合でへーゲル再読していたので少しだけ覚え書。

デカルトに端を発する「考える我」に根拠をおくものの見方は、個人を尊重しようという個人主義の考えをもたらすことになるが、展開の過程で、いわば、孤人主義とでもいうべき質的な変貌を遂げたことは疑いようのない事実。

問いが「なぜ」よりも「いかに」にウェイトがおかれてゆく中で、アトム的な人間観が誕生する。そこでは、本来、代換不可能である個々人の主体を中心にという考え方が、実体的な概念として受容され、その結果、動的なものから静的なものとして人間をまなざすようになってしまう。

人間が実体として扱われるということは何を意味するのか。本来、個人を個人として扱おうとする考え方が、単なる空虚な自己主張へと転落することを意味する。

おそらくこうした時代の流れに抵抗したのがカントやへーゲルなのだろう。
とりわけへーゲルは多感な時期にフランス革命からナポレオンの出現という「世界史」を経験し、動向に注視した。

本来「人間のために」というフランス革命が、革命後、一転して暴力的傾向を帯びてくる状況の原因を、悪しき個人主義、悪しき自由主義に見抜くこととなる。

へーゲルはフランス革命の負の側面を「否定的自由」の原理が跋扈した時代として把握したのである。

悪しき個人主義とは否定的な自由のことである。それは真の自由ではない。真の自由とはへーゲルにおいては、社会と歴史を自己として生きる個人のものである。

何かと切り離されて自存する自由や個とは、静的であるがゆえに、恣意的に振る舞ってしまう。だからこそ関係性に絶えず注視したのであろう。もちろん、後期へーゲルは、その関係構造とその具体的構築物へ傾斜してしまうことは事実であり、残念な展開といってもよかろうが、デカルトに端を発する近代哲学の終結といわれるそのとらえ方は、自由の劣化への抵抗と受け止めることも可能である。

このへーゲルのとらえ方は、今の時代においても今なお色あせるものではないと思う。

さて……。
千葉の大学で担当する倫理学の講座、先の水曜の授業で、とりあえず倫理学の観点を紹介することが終了。最終的なまとめを経て、次から具体的な課題へ進む予定。

ともあれ、象牙の塔の学者と評されがちなのがいわゆる「哲学者」と呼ばれる人々でしょうが、ヘーゲルもそうですが、実際は、毎日、長時間、新聞を熟読するに費やしたともいわれております。現実のなかにこそ理性的なものがあるとしたヘーゲルの思索は、単なる概念の上の遊戯ではなく、「否定的自由」の議論に関しても、時代との格闘のなかで思索が遂行された点は失念してはなりませんね。まあ、そういうことを話した訳ですが、次の準備もしませんと・・・いけませんね(涙


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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著
 (ダイヤモンド社・2940円)

 ◇「システム」に組み込まれた後の陰鬱な未来図
 経済のグローバル化は避けがたい時代の趨勢(すうせい)だが、野田政権はこれをTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加で乗り切ろうとしている。農業生産が大幅に縮小しても、製造業の輸出が伸びれば国として得策というのだ。
 だが一時的に金銭的に潤ったとして、その先には何が待ち受けているのか。「食」に焦点を当てグローバル化の憂鬱な未来を描き出す本書は、多くのヒントを与えてくれる。
 500ページにわたり饒舌(じょうぜつ)に綴(つづ)られるのは、食料生産システムのたどった歴史とその帰結、そして代替案である。遺伝子組み換えかオーガニックかといった論争にも踏み込みつつ双方の長短に触れる。冷静な筆致だけに、紹介される事例の面白さにもかかわらず、予測には暗澹(あんたん)たる気分にさせられる。
 食料はかつて、自然の恵みに過ぎなかった。ところが農業が興り、技術が進展して、食物に余剰が生まれる。それは交換され市場が成立して、人口の増加を呼び起こす。当初は小規模な農場で生産され余った物産だけが地域で取引されていたが、利潤を目当てに行動する人々が大勢を占めるようになると、市場が自律性を持ち始める。本書が「食システム」と呼ぶのは、グローバルに広がって各国の保護壁をも打ち破り、地域の小規模農場を駆逐して、ネスレやウォルマート、マクドナルドのような巨大なメーカーやサプライチェーンがより安くより多くの食品を供給する市場のことなのだ。
 発展を牽引(けんいん)したのは、技術革新である。アメリカで土壌から消失した有機物を化学肥料で補う方法が開発されると、大規模農業による低コスト化が実現された。植物や動物の交配も研究される。そのうえ小売業が「画一的で傷がなくより安い」ものをという消費者の要求に応えるようメーカーに圧力をかけると、豚肉は「足のまま」ではなく肉片を切り貼りして均質なハムとされ、鶏は胸肉を大きくするよう遺伝的に改良されて生後5週間で歩けなくなったりする。加工は添加物で。こうした食料工場は、より安価な土地や労働を求めて、東欧やアジア、中国をさまようように移動している。
 食システムの展開は、アジアで成功した「緑の革命」のごとく一時的には称揚された。けれども想定外の帰結も生まれた。一つは、地球上で十億人近くが飢餓に苦しんでいるというのに、ほぼ同数が肥満に悩んでいる。二つには、自由貿易を受け入れ主要食物(たとえばトウモロコシ)の生産を放棄した国々が、国際市場での価格騰貴にさらされた。三つには、効率的な肉類生産のために飼育箱に窮屈に閉じ込められた鶏や豚の体内で遺伝子の突然変異が起き、強い毒性を得た病原菌が市場から市場へと世界中をかけめぐるようになった。菌が抗生物質に耐性を獲得すれば、千万人単位の死者が出るとの予測もある。四つには、アフリカでは肥料をいくら与えても水不足や表土流出、土壌汚染から減産の趨勢が止められなくなった。
 陰鬱な未来図だが、救いはないのか。著者は、何が起きるか予想しきれない遺伝子組み換えよりも小規模な生産で地産地消する農業へ戻り、それに知恵を絞ることに活路を見出(みいだ)している。そしてそのためにも、安価に見えて消費者が負担していないだけの食肉生産にかかる外部費用を明らかにするなど政治的要求を訴えるべきだ、とする。妥当な結論であろう。
 本書を読めば、TPP参加とは環太平洋圏の各国が「食システム」に組み込まれることだと分かる。目先の利益と食の未来、いずれを選択するかが問われているのである。(神保哲生訳)
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。


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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070034000c.html


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著
毎日新聞 2012年05月20日 東京朝刊

 (中央公論新社・2415円)

 日本最大の炭鉱にして約1年にわたる激しい労働争議で知られた三池炭鉱。著者は労使双方をはじめ、炭鉱事故や第二次大戦中の強制連行の当事者らへの取材を通じ、三池炭鉱の歴史を真正面から記録した映画「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」の監督だ。撮影過程で出合った事実の数々を書き残そうと、東日本大震災後の改稿を経て日本を支えたエネルギー産業の裏面史にまとめ上げた。

 街を2分した労働争議の中心人物に切り込み、炭鉱労働者の日常生活も丹念に拾い上げる。さまざまな立場から炭鉱の営みを描き、貧困問題を背景に成長してきた危険と背中合わせの企業の構造にたどりつく。

 炭鉱労働者の多くが苦しんだじん肺の訴訟資料を震災後に読み返し、著者はがく然とする。原発労働者の置かれた環境とあまりに重なっていたからだ。二つの国策産業は労働者の健康被害防止策の充実より、企業の利益を優先してきた。著者があえてタイトルを逆転させて強調したように、三池炭鉱を掘ることは今の日本を掘ることにつながっている。

 労働とは何か。企業で働くこととは何か。名もない労働者の証言が語りかけてくる。(美)
    --「今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070020000c.html

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絶対性がなくなると宗教は自己崩壊してしまう。しかし同時に自分と異なる信仰を持つ人もそう思っている

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 さて、今日では、冷戦体制が崩壊してしまったので、イデオロギー対立による全面戦争の危機は逼迫したリアリティを持たなくなってしまったが、互いに不寛容になった諸宗教間の対立が、世界各地で目立つようになっている。こうした状況を考えると、たとえヒックが導き出す結論に異議があるにせよ、寛容を訴える彼の宗教的多元論の主張そのものは、決して無視できるものではない。
 いずれにせよ、常に人間は信仰や思想で意見を異にする者がいるとき、少数派の相手を常に排除してきた。二一世紀の我々は過去の歴史から学ぶだけでなく、宗教や文化、思想に関して、互いに寛容の精神を身につける必要があるだろう。そうした意味で、宗教間対話の取り組みは、現代世界の必然的な課題である。この課題はキリスト教にだけ限られた問題ではない。世界の諸宗教は、異なる宗教諸伝統の中にいかに自己を位置づけるかという問いを、追求する必要がある。自己の信仰と全く異なる他の諸宗教を理解し、これと対話を進めることは、その宗教にとっての自己理解のためにも必要不可欠である。

 そもそも宗教は、それを信ずる人にとっては最高の価値を意味している。したがって信仰者にとっては自分の信ずる宗教が最も善いものである。その場合の〝最も善い〟=最高・絶対性とは、二番、三番があっての一番ではなく、端的に〝それしかない〟という独占的な一番である。他と比べてそれなりによいものだとか、それに対する信仰はほどほどでよかろうというものではない。それは当然であり、それで良い。そうした絶対性がなくなると宗教は自己崩壊してしまう。しかし同時に自分と異なる信仰を持つ人もそう思っていることを知らねばならない。他者の存在を無視し、その存在を認めないのは独善である。そうではなく、異なる他の諸宗教の存在をそれぞれの固有性において真に尊重することが必要なのではないだろうか。宗教多元主義の考え方は、そうした宗教間対話を神学的・哲学的に基礎づける視座を提示してくれている。
    --拙論、「明治キリスト教と宗教多元主義の諸問題 --事例としてのユニテリアン派の活動から(一)」、『東洋哲学研究所紀要』第22号、東洋哲学研究所、2006年、20-21頁。

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twitterの連投のまとめですが、少し記録として残しておきます。

「AとBという宗教を比べたとき、AはBより優れていますよね?」という議論に関しての問題です。


宗教者とその教義は排他的絶対性の主張がなければ成立しませんから、私はそれを否定はしません。ただ、何かを否定して自身の安心立命を図ろうとするのであればそれは問題ではないかと考えます。これはネトウヨの承認欲求と構造は同じでしょう。

私自身は諸宗教を研鑽するようになってから、根本的には、教義上の高低浅深の議論が結局は躓きの石になっていることを学んだように思います。確かに教義的な強弱から暴力へ連動する人間も存在します。しかし非暴力へ挺身する人間も存在します。その意味で単純な類型論……例えば「キリスト教は一神教だから排他的、アニミズムに見られるような東洋の諸宗教はすべてを肯定する」……には懐疑的です、

もちろん、教義論争が不毛だと一蹴にしようとは思いません。

しかし、それで相手の全人性を図ることは不可能ですよね。その意味では「宗教の真正さを試すべき試金石はどこにあるのか」といえば、人間を人間として尊重することだと思います。これはもちろん、理想論かも知れませんが。


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 レッシングの『賢者ナータン Nathan der Weise』の指環の物語は、宗教の究極的な最奥の真理がもはや外面的にではなく内面的にのみ立証されることを現している。歴史的事実による経験的な証明であれ、抽象的な論拠にもとづく論理的・形而上学的証明であれ、所詮すべての証明は不十分である。なぜならば結局において、本来の宗教はそれが作用する限りにおいてのみ存在し、そしてその本質は心情と行為においてのみ実現されるからである。

 すべての宗教の真正さを試すべき試金石はこの一点に存する。

    --カッシーラー(中野好之訳)『啓蒙主義の哲学 上』ちくま学芸文庫、2003年、274-275頁。

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くどいけど、カテゴリーで人間を扱うようになってしまうと終わりなんだろうね。

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書評:ベルナール=アンリ・レヴィ(石崎晴己、三宅京子、沢田直、黒川学訳)『サルトルの世紀』藤原書店、2005年。

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ベルナール=アンリ・レヴィ(石崎晴己、三宅京子、沢田直、黒川学訳)『サルトルの世紀』藤原書店、2005年。

 あまた存在する現代思想家のなかでも、「忘れ去られた」感のある巨人がサルトルではないだろうか--。

 第二次世界大戦後、実存主義の華々しい主張で、戦後の思想界に血の巨人として君臨したものの、後に登場する構造主義、ポスト構造主義の哲学によって完膚無きまでに否定されたことから「乗り越えられた」思想家として位置づけられてしまったからかも知れない。
 そんなサルトルを現代に甦らせようとするのがベルナール=アンリ・レヴィの手による『サルトルの世紀』である。著者は、サルトルの二つの側面に注目する。戦前~戦時下抵抗の中で刷り上げられていく反人間主義・反主体思想を構想する「第一のサルトル」。そしてそのふたつもののうらとおもてとなる戦後の暗澹たる「第二のサルトル」。すなわち、あるべき本性を措定し人間改良を模索するその足跡。

 サルトルの矛盾とは自分自身の課題であり、その足跡は20世紀の宿題そのものかも知れない。いずれにしても挑戦すべき巨人であり、流行や「乗り越えられた感」で避けるべき思想家ではないだろう。

 サルトルの何が「新しく」、何が「問題」であったのか。本書は本格的なサルトル入門書ともなっている。


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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921?2011』=『思想』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921-2011』=『思想』編集部・編
 (岩波書店・4200円)

 ◇変革の時代を生きるための思考とは何か
 5月11日、楽天・星野仙一監督が、戦後生まれとしては初めてとなる監督通算1000勝に輝いた。その翌日、1001勝目を叩(たた)き出した同氏の名前センイチと1001をかけた駄洒落(だじゃれ)を、私じしん複数の場所で耳にしたことを思えば、1000というのは人の心に、しかと刻まれる数にはちがいない。

 ここに紹介するのは、岩波書店の発行する雑誌『思想』が、2007年に1000号を迎えたのを機に開かれた4回の座談会を核とし、『思想』にかかわりの深かった人物の回顧談や総目次・執筆者索引(CD-ROM)が付録でつくという、盛りだくさんの本である。創刊は1921(大正10)年。この年は、昭和天皇が皇太子としてヨーロッパ訪問をはたして帰国し、国民から歓呼で迎えられた年であり、また富豪や顕官を葬ることで大正維新の実現を呼号していた朝日平吾によって、安田財閥の総帥・安田善次郎が暗殺された年でもあった。当時の首相だった原敬もほどなく暗殺されたことを思えば、古き良き秩序が、禍々(まがまが)しいまでに新しい何かによって打倒されてゆく、そのような時代に『思想』は生まれた。
 座談会は、『思想』の軌跡を1921~45年、1945~65年、1965年~85年、1985年~2007年に4分割し、時代の思想状況と関連させつつ、雑誌の特徴を明らかにしている。それはあたかも、亡き大女優の足跡を愛好家が語り合うかのような熱い空間であり、読者は手に汗握って立ち会うこととなる。この比喩が不当でないことは、一昨年亡くなった高峰秀子と黒澤明・木下惠介・成瀬巳喜男ら監督との関係を、『思想』と和辻哲郎・谷川徹三・林達夫ら編集人との関係に置きかえて想像すれば、おわかりいただけるのではないか。むろん『思想』は元気であり、お亡くなりになってはいないので、誤解なきよう。

 まずは、米谷匡史、佐藤卓己、苅部直の3氏が創刊から敗戦までを論じた。和辻・谷川・林が編集人だった時代、戦時下の政治社会と『思想』の緊張関係はいかなるものだったのか。この絶対はずせない問いに、出版の基礎構造から論じたのが佐藤氏であり、『中央公論』や『改造』など時局を扱う雑誌が新聞紙法によって取締まられていたのに対し、『思想』は学術雑誌を対象とする出版法によっていたこと、統制が本格化すると返品がなくなるので版元としては利益があったことなど、興味ぶかい事実が明らかにされた。
 意外にも平穏だった戦時下の『思想』の実像を認めつつも苅部氏は、統制が強化されるなかでの『思想』のがんばりの部分も強調しておきたいとして、37年4月号にのった矢内原忠雄の論文をとりあげている。「民族と伝統」と題した矢内原論文は、議会制度こそが日本の伝統なのだと説き、35年以来続けられていた天皇機関説排撃のための国体明徴運動に対して痛烈な批判をおこなっていた。また、戦後に批判もされた和辻の戦時中の国家論について、別の読み方を提示する。国家が国民に従軍義務を課せるのは、政府がきちんと「人倫の道」を実現している限りにおいてであり、この条件なしには国家の行為は正当化しえない、との主張が和辻の論の深奥にあるとした。これは、大岡昇平が『レイテ戦記』で述べていたこと、すなわち、徴集兵に戦いを続けさせる条件を国家が維持できなくなった時、軍は降伏を命じなければならなかった、と同じものだ。ただ、和辻の真意に気づけた人間は当時どれだけいたか。この雑誌が旧制高校的連帯の内側で閉じていたといわれるゆえんだろう。
 続いて、酒井哲哉、間宮陽介、中島岳志の3氏が敗戦からの20年を語る。同時代の『思想の科学』との比較も視野にいれた酒井氏による思想状況の整理は傑出したもので、この部分を読むためだけでも本書を買う価値がある。例を挙げれば、政治意識を研究対象とした政治学者・京極純一氏の問題意識は何であったのかと問い、次のようにまとめる。それは、「意味」への関心だったろう、と。国体論をはじめとする「言霊(ことだま)の舞う戦時下」で青年期を過ごした者にとって、1960年代末に全共闘が発した「自己否定」という言葉は、「意味」を希求しようとする心性という点で、戦時下に目にしたものと同じに見えたはずだ、と。1930年代の統制経済と国体論の組合せと、60年代の高度成長と自己否定の組合せを、同じ位相で眺める視角が提示されている。

 岸信介などの革新官僚によって進められた高度国防国家構想には、戦時下ゆえ可能な変革の契機があり、それは天皇制すら無化しうる「モダニズム」の側面があった。経済の一大変革期であった60年代に、「意味」への関心が再び頭をもたげてくるのは、ある意味必然だったと読み解かれる。『思想』の軌跡を追った本書は、同時に、思想とは何かを考えさせ、今の時代を生きるための思考とは何かのヒントを与えてくれる本ともなっている。離れ業というほかはない。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921?2011』=『思想』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070007000c.html


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懐疑が悪いこととして否定されなければならない場合はいつでも、第一にその懐疑が徹底していないとき、第二にその懐疑の動機が正しくないときである

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懐疑が悪いこととして否定されなければならない場合はいつでも、第一にその懐疑が徹底していないとき、第二にその懐疑の動機が正しくないときである。
三木清『語られざる哲学』講談社学術文庫、1977年、15頁。

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よく、学生さんから「せんせいは、疑い深いひとですねー」と言われますが、「疑う」ことは悪いものなのでしょうか。

こういう指摘を頂くにつれ、日本ではとにかく、「疑うこと」は「良くない」というイメージが定着しているのじゃないの! って印象を抱きます。

何も、疑うために疑っている訳ではありません(苦笑。

ある意味では確実性を探究するために疑っているのであり、「本当のそれはどうなんだろう?」っていう好奇心から疑うわけで、その意味では、学問を探究する人間は、既存の前提に対して大いに疑問を持ち、「常識」と称されるものの薄皮の一枚、一枚を剥いでいくことは必要だと思います。

しかし、注意がけた方がいいことも存在します。
うえに、三木清の文章の一節を紹介しましたが、「第一にその懐疑が徹底していないとき」、「第二にその懐疑の動機が正しくないとき」の二つがそれに当たるかと思います。

そもそも本気で探究しようなどとは思っていない人間には徹底的な探究など不可能でしょう。

そして、人間はどうして探究するのでしょうか。
それはまさに自分自身が心から納得したいから「なぜ?」と疑問を抱き、探究を遂行していきます。その意味では、そうした本源的な「知への愛」が立ち上がっていないとき、探究は本末転倒になってしまうかと思います。

このあたりは、気に掛けておくべきなのではないかと思います。

それから余談ですが、例えばtwitterやfacebookをはじめとするSNSなんかで、本来探究であったはずの「やりとり」が不毛な結果に陥ることがよくありますが、この場合もほとんどがここに起因するのではないかと思います。本気で探究しようと思っていないから、言葉に真摯になれず、ただやりこめる議論に惑溺してしまう。だから、言及を曲解したり、悪い事例だと、捏造/歪曲してまで勝他することに専念する。こういうのは避けたいものではあります。

追伸:5月21日(月曜)の朝は、金環日食でしたが、寝不足の二日酔いながらも、300円の日食観賞用メガネ越しに、ふらふらしながら、一眼レフが電池切れにて、コンデジで撮影を試みましたが、無惨な結果(涙

準備しておくものですね。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著
 (春秋社・1680円)
 生命倫理やジェンダーについて発言を続ける哲学者が、東日本大震災や脳死移植から音楽や現代美術まで、幅広くつづったエッセイ集だ。
 60編に通底するのは生命にまつわる思索であり、読み進めると「死ななければならないのに、なぜ人は生きるのか」という問いに行きつく。
 人は死を宿命づけられているが、普段はそのことを直視せずに生活している。ところが思いがけない不幸に見舞われたり、幸せを実感できなくなった時、「なぜ生きなくてはならないのか」と自問する。
 その答えとして提示されるのが「誕生肯定」という考え方だ。<生きている人たちや、亡くなった人たちや、自然の中でうごめくいろいろないのちを内部に取り込むことによって、私は生きているのである。>
 そうした認識を著者は「哲学的アニミズムの生命観」と呼ぶ。そこに立脚し「生まれてきて本当に良かった」という誕生肯定を広めることを哲学者の責務と自任しているのだ。 大震災、東京電力福島第1原発事故という危機に直面しながら、哲学は社会に対して何ができるのか。その問いに答えようとする真摯(しんし)な姿勢が伝わってくる。(さ)    --「今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070039000c.html


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この宗教は暴力的で、あの宗教は平和的か??? 戯れ言も程々にしろよ。

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 元来宗教は動(やや)もすると「一種の党派」になり、「いくら自分では公平なつもりでも識らず/\に自分の宗旨に肩をもち」たがるものである(大庭氏訳一六七頁)。併し少しく聡明を開いて考へて見れば、斉しく是れ一人の神の光の反映ではないか。修道院の長老が聖廟騎士に皇帝暗殺の密計を授けんとした時、騎士は「自然がたとひ一筋でもわしの顔をあなた(皇帝ザラディンを指す)の弟様に肖せて作つて呉れたとすれば、魂もそれに対応(かな)ふやうなものが少しだつてないでせうか」と答へて、既に人類的性惰の民族的宗派的超越を暗示して居る。然るに基督教徒は自分が基督教徒だと誇り、人間だといふことを誇らうとしない。而して「基督といふ名前です--基督教徒が諸方へ拡めたがつてゐるものは。あらゆる傑(すぐ)れた人間の名前をその名前で辱しめ、そして併呑しようといふので」あつて「創造主が性[生ママ]ある総べてのものにお賦与(さず)けなすつた愛をば」忘れてゐる(大庭氏訳六二-六三頁)。是れ豈指輪の真贋を争ふ三人の兄弟の姿その儘ではないか。真贋の争をやめて謙(へりくだ)りて神の命に聴け。神の賦与せる愛に眼醒めよ。そこに何んの宗派の別があるか。第四幕第七駒に元と馬丁であつた修道僧とナータンとがレヒヤヤーを送り届けられた際の昔話がある。ナータンがレヒヤーを育てやうと決心するに至つた物語に感動して修道僧は「ナータンさん! ナータンさん! あなたこそ基督教徒です! 神様にかけて、あなたこそ基督教徒です! こんな立派な基督教徒はかつてなかつた!」といへば、ナータンはまた「お互いに恵まれてゐる! あなたから見てわしを基督教徒とする所以(もの)が、わしの眼にもあなたを猶太教徒に見せますから」といつて居る(大庭氏訳二〇四頁参照)。是に至つて宗派は或る団体の専有物ではない。之に値する何人にも恵まるべきものである。丁度神様はすべての人類の神様である様に。

 五
 愛と聡明とに依て理想世界を建設せんとするが蓋しレッシングの大本願であらう。不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない。「本来の人格といふものは此世界で余儀なくされてゐる人格と何時(いつ)も一致してゐる」とは云へぬ(大庭氏訳二二二頁参照)。余技なくされて居る人格から本来の人格に向上する様に吾々を覚醒することがレッシングの『賢者ナータン』を書いた目的の一つであり、而して是れ実にまた世界平和の理想に燃えて居るすべての人の不断の努力であつた。この精神は現代の日本に必要がないだらうか。
    --吉野作造「賢者ナータン」、『文化生活』一九二一年九月。

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旧約聖書に関する論考を読みつつ、確かに、旧約の時代……例えばヨシュア記や士師記など……とは、殺戮の歴史であったことはよく分かる。それは事実であろう。

しかし、ここからユダヤ=キリスト教が「暴力的な宗教」と短絡的にレッテルを貼って満足することは早計だろうと思う。

宗教における乱暴な東西対比論などに目をむければ、そうした経緯からユダヤ=キリスト教……そして経典の民だからイスラームまでひっくるめて……を「暴力的な宗教」と設定して、佛教や東洋的なアニミズムのようなものを「平和志向の宗教」と位置づける暴論をよく目にする。
※まあ例えば梅原某とか山折云々とか……うわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp

さて戻りますが、確かにユダヤ=キリスト教、そしてイスラームにしても、そのかかわりで、暴力的な歴史や事件があったことは事実だ。しかし、典型的な類型論で「平和志向」とされる佛教やらアニミズムという有象無象に関してはそうした事例が皆無だったのかと誰何した場合、同じぐらいに事例に事欠くことはないだろう。

結局、うえの議論はナンセンスなことこのうえない。

そもそも、宗教を受容する人間そのものへ注目してみればその消息はよく分かる。暴力を、そして平和を志向するのも一人の人間であろう。宗教は人間の歴史であるとすれば、暴力とは切っても切り離すことができない関係だ、そして平和に関してもしかりである。だとすれば、人間の獣性とどう向き合うかという課題が出てくるだけだ。

これは暴力的なそれ、あれは平和的なそれ、と措定すること自体が、暴力と聖性を内包する人間としての私を直視しない、人間としての自覚を欠いたまやかしの議論なのだろう。そこから、排他的な暴力へ転ずるのは容易なことだ。
※勿論、眼前の問題をスルーする議論という意味ではありませんが。

キリスト教で暴力的な人間は存在するし、同じくらい平和を目指す人間も存在する。これはどの宗教でも同じって話ですよ。

もちろん、歴史と教義により特色があることは事実だ。しかし一点だけを拡大して、暴力的、平和的と分類することは、宗教そのものだけでなく人間そのものをバカにした議論に他ならないと思う。

それが現在の争乱の原因だろう。宗教に起因するというよりも、宗教を利用する人間に起因するというのが精確だろうと思う。

アマルティア・センは「人間のアイデンティティを『単眼的』に矮小化することは甚大な影響を及ぼす」と言っている。

だれかと友達である、だれかと友達になる……っていうことにおいて、大事なのはその人自身だろう。

誰かと友達になろうと思った時、出自や信条を理由にしてやめておこう(その逆も)という判断を下すようになると終わりだ。

彼は○○だから関係を絶とうというのも同じ。人に即さないとマズイと思う。

「ワカリヤスイ」議論ほど、トンデモであることなんだよ、ホント。

宗教でも文化でも何でも同じだと思いますよ。


※twitterの纏めの加筆でスイマセン。最近、忙しいんです(涙

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覚え書:「そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏」、『毎日新聞』2012年5月14日(月)付。

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そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏

万能の人の原点に触れて

 「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展が東京・渋谷で開かれている。500年前の巨匠が、なぜ今も世界中で注目され続けているのか。カリフォルニア大学ロサンゼルス校アーマンド・ハマー・レオナルド・ダ・ヴィンチ研究所所長のカルロ・ペドレッティ氏(84)に魅力を聞いた。【ロサンゼルス堀山明子、写真も】

ダヴィンチ展の意義
--万能陣として異名を持つほど多方面で活躍した巨匠ですが、世界的な研究の潮流は?
◆知的探究が施された分野について、美術だけでなく建築、科学、哲学などすべてを総合的に分析し、欧米社会における文化遺産の基盤を締めそうというのが今の流れです。彼は理想世界に生まれたと思っていたので、「自然美」と「伝統」が核心的な関心分野でした。世界観を理解するには、彼が何から影響を受けたのか、死後500年にわたって世界にどう影響を与えたのか、生前と死後のインパクトを多角的に学ぶ必要があります。
--具体的な研究は?
◆私はドイツ、イギリス、フランスなど欧州各国の関連機関やメディアと連携して、今日の社会にどんな影響をもたらしたかを分析する大掛かりなプロジェクトを進めています。死後の影響は時代ごとに変わります。宇宙科学や解剖学、工学、映画の技法でも文化遺産は引き継がれていますが、体系的にはまとまっていません。欧州連合(EU)が実現した今、彼はイタリアだけでなく、欧州の文化統合の象徴です。国境を超えて研究する意味は大きいと思います。
--ルネサンス芸術は中国の水墨画の影響を受けたと言われます。アジアとの関係は?
◆中国の著名なレオナルド研究者によると、レオナルドが水墨画に言及した著述はないそうです。水墨画の技法を取り入れたという証拠はありません。ただ、彼が生きた当時のフィレンツェは中国との貿易が盛んだったので、刺激を受けた可能性はあると思います。プロジェクトにはアジア各国の研究者にもぜひ加わってもらいたいですね。
--開催中の展示には名誉監修者としてかかわったそうですね。どこが見どころですか。
◆レオナルドの「美の概念」を正面から主題にした展示は、第二次世界大戦後初めてでしょう。理論的著述を含めて展示しようという試みは、今日的な研究の流れとも合致し、意義のあるアプローチだと思います。展覧会を訪れた日本の方々が知的刺激を受け、もっとレオナルドを多角的に知りたいと思う契機になるのではと期待します。
--約9割が日本初公開ですが、最も注目すべき作品は?
◆東京展から加わった「ほつれ髪の女」(1506~08年ごろの作品)です。彼の美の概念を表現した最高作の一つで、大好きな作品です。イタリア国内で展示されただけで、海外にはほとんど出ていません。焦点となる顔の中央部分だけ明るく、表情豊かに描き、ほつれ髪の部分は色あせて、少しずつ暗い背景と一体化していく。写実的な世界を超越したマジックのような絵です。このイメージは目で見るのではなく、心で映し出す必要があります。

人々励ます美の力
--概念的な追究の変遷が分かる作品はありますか。
◆1980年代に存在が確認された「岩窟の聖母」(1495~97年ごろの作品)です。この絵はルーブル美術館蔵の原形と、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵の修正版があります。東京展で展示されるのは、この二つの作品の間に描かれたのではないかというのが1990年以降の研究で指摘されています。修正版はいずれも聖母マリアに後光が描かれていますが、これは後に弟子が加筆したものだと考えます。こうした分析は最近の研究で注目されている分野の一つです。
--なぜ後光は弟子が加筆したと分かるのですか。
◆後光は、当時の宗教的な絵画では慣習的に描かれていました。しかし、レオナルドは後光のような不必要な装飾をやめてシンプルに描こうとしていました。作品はすでに宗教的な構図なので、シンボルを加える必要がないからです。聖母は子供の頭に手をかざし守護する仕草をしており、それだけで十分にメッセージは分かります。そうした細かなこだわりを知ることも「美の概念」を理解する手助けになるでしょう。
--東日本大震災後、海外の有名美術館が日本への名作貸与に慎重になる中、イタリアの関係者は展示に協力しました。大変な決断だったと思いますか?
◆日本の国民が悲劇に直面した今だからこそ、「美の概念」というレオナルドの原点となるテーマの展示が必要だと、イタリアの関係者はすぐに感じたのだと思います。美は、レオナルド芸術のパワーの源です。自然美は真実だけでなく、秩序を超えた世界の美と調和を表現しています。物理的にも知覚的にも秩序が崩れた今の時代こそ、レオナルドの作品は人々を励ましてくれるのだと思います。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年) 14~16世紀に欧州で盛り上がったルネサンス芸術の最盛期を支え、ラファエロ、ミケランジェロと並ぶ3大巨匠の一人。イタリア・トスカーナ地方に生まれフィレンツェを中心に活躍。美術、建築、土木、科学など幅広い分野を探究した。

カルロ・ペドレッティ氏(84) Carlo Pedretti 1928年、イタリア北部のボローニャ生まれ。50冊以上のレオナルド研究の著作を持つ。米国とイタリアの両国で活躍し、イタリアのウルビーノ大学でも教べんを執る。米国の現研究所所長には85年の開所と同時に着任した。
    --「そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏」、『毎日新聞』2012年5月14日(月)付。

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「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展
2012年3月31日~6月10日

http://davinci2012.jp/

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書評:ケネス・ルオフ(木村剛久訳)『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』朝日新聞出版、2010年。

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官民が渾然一体となって仕掛けた「ディスカバー・ジャパン」としての『紀元二千六百年』

ケネス・ルオフ(木村剛久訳)『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』朝日新聞出版、2010年。

本書を読んで驚いたのは、“国威発揚”のイベントというものは、何かしらの当局がその思惑のもとに総動員を下すのではなく、いわば官と対極にある民がそこにすり寄って、補完・補強していくという構造だろう。

オリンピックを想像すればそのことは用意だ。東京オリンピックといえば1960年のそれを『三丁目の夕陽』的に思い出せばそのメカニズムを容易に把握することが可能であろう。しかし、開催中止となった1940年にも東京オリンピックは開催の手はずだった。日中戦争の激化で開催を返上したと言われるが、その1940年こそ、“国威発揚”の節目となる『紀元二千六百年』でもあった。

本書を読むと恐ろしいほどにその時代の空気を感じることができ、それが遠い世界でないことにも驚く。そして、1940年の空気には、翌年末に突入する太平洋戦争の息吹は全く感じることができない。

いうまでもなく総力戦へむけての体制の準備は着々として進んでいる。しかし、庶民の生活はそれとは程遠い現実でもあったようだ。明るい側面や活気が見えるからだ。

本書の副題は、「消費と観光のナショナリズム」。

戦後の高度成長期に日本は「明治百年」を迎える。そこでブームになるものと、1940年のそれが同じ光景……すなわち、「消費と観光のナショナリズム」であったことはこれまた驚いてしまう。すなわち、国史ブーム、大衆参加と大量消費、朝鮮満洲観光。まさに1940年の日本は戦争など予期できないイベントと金儲けの時代であったということだ。そしてその「消費と観光のナショナリズム」が日本という国家を大衆レベルで実感・共有させていく翠点となっていく。決して過去とは思えぬ筋道なのである。

さて、冒頭で言及した通り、百貨店、新聞社、出版社、レコード会社、鉄道会社などが盛んに記念行事を煽ったことは忘れてはいけないだろう。一体感を演出する記念イベントはビジネスチャンスであったということだ。広告と消費、そしてマスメディアと戦争の関りは丁寧に探究されるべき。過去を知ることが現在を映しだす。

このところ喧しいのが官か民かという二元論だが、結局のところ、「儲け」の前に、経済性に軸を置く「民」の正常性は担保されないのは現実なのかもしれない。

紀元2600年つーうのは、要するに官民が渾然一体となって仕掛けた「ディスカバー・ジャパン」なんだよね(´Д` )


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理性によって導かれる人間の究極の目的、いいかえれば最高の欲望は--彼はこの欲望にもとづいて、それ以外のあらゆる欲望を統御しようとする--こと

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 かくて人生でもっとも有益なものは、知性あるいは理性をできるだけ完成させることである。そしてこの点にのみ人間の最高の幸福あるいは至福がある。もちろん至福は、神の直観的な認識から生じる心の安らぎ以外の何ものでもない。他方、知性を完成させるとは、神と神の属性、さらに神の本性の必然性そのものから帰結される諸活動を認識することである。それゆえ、理性によって導かれる人間の究極の目的、いいかえれば最高の欲望は--彼はこの欲望にもとづいて、それ以外のあらゆる欲望を統御しようとする--、彼自身と彼の知的認識の対象となるすべてのものを、十全に把握するように彼をかりたてる欲望である。
    --スピノザ(工藤喜作訳)「エチカ」、『世界の名著 スピノザ・ライプニッツ』中央公論社、1969年。

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本日の講義にて、西洋哲学史の流れは、ひとまず完了。めちゃくちゃな駆け足でやってきたのですが、西洋哲学の一つの伝統とは自己完成を目指していくという方向性がれっきとして存在することを見落としてはならないと思います。

「行」的な自己完成を目指す伝統はどちらかといえば、東洋的な伝統に濃厚に見受けられますが、それは東洋的な伝統の専売特許ではありません。

生活世界のなかで、有限存在としての自覚から出発し、どこまで自分が自分の「主(あるじ)」として振る舞っていけるかどうか。そして自分に対し、世界に対し、そして他者に対して、その認識からどのようにかかわっていくのかどうか、哲学を学ぶ意義というのは、いくつかあるでしょうが、この自己完成、主としての認識……くどいですがこれは“オゴリ”としてのソレではありませんよ……を手にすることができるかどうかというのは大事なポイントだと思います。

ですから、逐語的に、名前と概念を「暗記」するのではなく、過去の賢者たちの思索をたよりに、他律から自律へ……この流儀を学ぶことを心がけて欲しいかなと思います。

ちょうど授業も1/3が終了。このあとは、個別のテーマに従って、哲学的知見を紹介しながら、皆様と思索を深めていければと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、

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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐ糧さえあれば、
君とともにたとえ荒屋に住まおうとも、
心は王侯(スルタン)の栄華にまさるたのしさ!
    --オマル・ハイヤーム(小川亮作訳)『ルバイヤート』岩波文庫、1979年、78頁。

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水曜日は、千葉の大学で倫理学の講義をしてから、夕方の早い時間から盃を交わしてしまいました。

ずーっとツイッターでやりとりをされている人生の大先輩が、東京へ所用があるということで、お互いに所用をすませてから、初めてお会いし、一献……というかげふんげふんとなるぐらいお酒を飲み交わしてしまいました\(^o^)/

身近な生活から文化や文明、そして宗教等々さまざまな問題に関して闊達な意見を交わすことができ、自分自身も、また生きて頑張ろうというひとつのきっかけになったかと思います。

Mさん、ありがとうございました。

しかし、つくづく実感するのは、ツィッターの「人と人を結びつける」善なる側面のすごさ。もちろん、ヘイトスピーチや嘘やデマを垂れ流す負の側面もあるのは承知ですが、1ポストがたった140字の短さですが、そこにやはり人間性というものは醸し出てくるというもの。

間違いない、素晴らしいーと思った人はやはり会ってみると、想像以上ということが殆どでした。

それから付け加えるならばツイッターのすごさは、身分や社会的地位にかかわらず、水平に向き合うことができるということ。日頃の生活世界では、やはりポジションによって遠慮してしまうところがあるのですが、わりときちんと話ができるというところでしょうか。
※もちろん、粘着してきたり誤読の上揶揄してくるような人もいるのは事実ですが。

しかし、たった2時間弱の語らいでしたが、ホント、いい時間を過ごすことができました。

重ね重ねですが、Mさん、本当にありがとうございました。


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書評:粕谷一希『内藤湖南への旅』藤原書店、2011年。

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京大東洋史学の泰斗、内藤湖南膨大な業績から、我々は何を学ぶことができるのか?

粕谷一希『内藤湖南への旅』藤原書店、2011年。

私事ですが吉野作造研究に従事する身として吉野の中国論を読む上でスルーできないのが内藤湖南。日本東洋学における富士の如く霊峰にして泰斗ながら忘れ去れた思想家として定位しているのが実状だろう。

吉野研究の絡みで、本書を手に取ったが、読んでみて面白かった。

本書は、内藤の人生と学問、そして彼の生きた時代の精神と、関連する人物や後継といった群像を温かい敬意をもって精緻に描いた一冊。

内藤湖南の魅力とは何か。

「古代から清朝衰亡までの全体を実感をもって押さえただけでなく、有史以来の歴史意識の発生と発展の過程を丹念に辿るという壮挙を成し遂げた歴史家」。

定番ですがこういうのもあります。

山根幸夫「日本人の中国観 : 内藤湖南と吉野作造の場合」、『東京女子大學論集』(19,1968)。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110005053293


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覚え書:「今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子--高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子--高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著
 (文藝春秋・1785円)


 ◇創造を信じる子と親と社会のファンタジー
 高校生の数学オリンピックは日本でも有名になったが、理科の分野でも同じような行事がある。アメリカではサイエンス・フェアと言われていて、郡や州単位のものから、国際的なレベルのものまで毎年盛んに行われているらしい。まるでスポーツ大会のように、中高生がそれぞれの科学研究を発表して、競い合う。ここで地元大学進学の奨学金を得ることもできる。
 このサイエンス・フェアの最高峰がインテル国際学生科学フェア(ISEF)である。毎年五〇か国以上の国々から、一五〇〇人以上の高校生が集まり、世界から予選を勝ち抜いた理科の自由研究を発表する。賞金や各地の大学奨学金は総額四百万ドルを超え、熾烈(しれつ)な戦いが五日間繰り広げられる。本書はインテルのフェアに参加した子どもたちの記録である。
 そういえば中学校の夏休みの自由研究で、友達の理科工作が東京都とかの賞をもらっていたなあ、とぼんやり思い出すが、現在の国際学生科学サイエンス・フェアの内容の高さは夏休みの宿題とは隔絶したレベルにある。
 ナノテクノロジーの研究で、すでに五つの特許を取って会社を経営する高校生や、核融合炉を作る高校生。いとこの自閉症の子のために言語教育プログラムを開発した高校生など、サイエンス・フェアで発表される研究は、大学や博士課程の研究を上回るものが多い、という。少なくとも創造性については、はるかに上を行くこと間違いなしである。
 この本の良さは、一つには、著者の言うとおり、子どもたちの才能と真っ直(す)ぐな努力が伝わってくることである。著者のジュディ・ダットンはこう書いている。
 「子供のような彼らとその能力について抱いていたわたしの考えは根本から覆され、八歳だろうが八十歳だろうが、全身全霊で打ち込めば、どのようなことも乗りきれると思い知らされたのだった。」
 国際比較の学力テストなどではアメリカの科学教育のレベルは高くない。将来の凋落(ちょうらく)をオバマ大統領も憂慮しているというが、ダットンは明るい希望を見たと言う。
 でもそれだけではない。優秀な科学エリートたちだけの物語ではないところに、むしろこの本の感動がある。そういう突出した子を見守る人たちがいること、社会に受け入れる鷹揚(おうよう)さがあることにも胸打たれるものがある。
今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子?高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著
毎日新聞 2012年05月13日 東京朝刊


 インタビューされた子どもたちは、社会的経済的に恵まれた天才秀才ばかりではない。障害のある子、変り者の子、極貧のネイティブアメリカンの子も、矯正施設にいる子どもたちも、サイエンス・フェアに出場している。高校に行かずに家庭で教育を受けている子もいる。
 サイエンス・フェアに参加するためには、確かに子どもに才能は必要である。でも最初から子どもが輝いているわけではないし、能力のバランスが良いわけでもない。子どもの突飛な発想を後押しし、励まし、指導し、称賛し、一緒に楽しむ大人の存在は大きい。しかも徹底して良いところだけ見てサポーティブに評価する。自分の子どもが、核融合の実験を自宅で始めても、見守っていられる親は多いとは思えない。子どもが自閉症児の教育法を作っても、本気で試す人は多いと思えない。特に日本人にはなかなかできない技だ。
 人を信じることの大切さが伝わってくる、ファンタジーみたいに気分の良い本なのである。(横山啓明訳)
    --「今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子?高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070015000c.html


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書評:アントニオ・ネグリ(杉村昌昭訳)『さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命』作品社、2007年。

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アントニオ・ネグリ(杉村昌昭訳)『さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命』作品社、2007年。


思想哲学の分野に限らず、現代の特徴とは、伝統的な概念が、もはやうまく機能しなくなってきているという問題だろう。発想にせよシステムにせよ、それに変わるものごとの構築を迫られている。本書は、ここ10数年、多数の著作が紹介されるようになったネグリが政治哲学について正面から論じた一冊だ。

ネグリは伝統的な思想が力を失った原因を3つ、本書で指摘している。一つは「非物質的な労働」の登場である。これにより、伝統的なマルクス主義の労働概念と人間概念は木っ端みじんに崩壊した。

次は、「主権の生政治的定着」とよばれる現象である。社会の生政治形態は全体化しているのはまぎれもない事実だろう。この現象により社会における主権という概念が決定的な重要性を喪失した。

そして最後は、「グローバリゼーション」である。従来の様々な統治形態は……例えば、君主制によせ貴族制にせよ、そして民主制にせよ……、一者に主権をすべて集中するところにその特徴がある。しかしグローバリゼーションの到来は、その無効を宣告した。

そしてそれに挑戦するポスト近代の政治思想を取り上げ批判する。しかしネグリによれば、どのアプローチも有効に機能していない(第一は「近代の存在論に対する哲学的な反動」、第二は「弱い思想」、そして第三は「無力な契約主義」である)。

さてネグリ自身は概念更新についてどのように考えているのだろうか。冒頭で次のように言及している。

「概念の構築の作業は、常に人類学的なプロセスをたどり、協働的な流れ、未来に開かれた装置となっていく。これが移行期における思考の特徴であり、また逆に、この思考の生成は移行期によって強化されていく」。

そう、ここで登場するのが氏の持論である。従来の植民地化か脱植民地化かというポスト近代の思想を退けながら、「特異性の総体」としてのマルチチュードの登場である。グローバリゼーションのもと、マルチチュードの内部では、主体性(主観的権利)は、単に個人的利益を擁護しようとするのではなく、むしろ協働して機能する。

ネグリは言う。

「問題は否定的なものを排除することではなくて、それと並行して肯定的なものを建設することなのである。なぜなら、この二つの線は、実際は、恒久的に交差するものだからである」。

決定するとは、何かひとつを排他的に選び取るものではないのかもしれない。それが民主主義の「生産」になるという。

さて思い出すのは「対案を出せ」という弾呵。
このワンフレーズがさらなる機能不全を招来することはいうまでもないだろう。 


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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著
 (NTT出版・2940円)

 ◇アメリカ「草の根保守」の実態に迫る
 共和党の予備選挙下、右派を支える草の根地域運動であるティーパーティについてのすぐれた実証的な研究が、この本である。執筆者は編者を含めて十一人、みなアメリカ現代史の専門家である。
 第一章では、世論調査を使ってこの運動に共通しているものが「小さな政府」を求めるものであることを明らかにしている。政府の弱者支援に反対であり、自らの生活は自らの努力の上に築くべきで、政府に依存してはならないという考えである。ロンドン大学のドーア教授によれば、過去に共同体を持ったヨーロッパの人たちが、福祉社会を志向しようとするのと対照的であるという。
 小さな政府の主張は、経済的保守主義、市場原理主義、反福祉政策に通じている。
 このティーパーティ運動の発端は、二〇〇九年九月の「サンテリの叫び」だという。住宅差し押さえに窮した人に、オバマ政権が救済措置をとることを知り、こんなことに国の金を投じてよいのかと、怒りをぶつけたサンテリ(ケーブルテレビの金融レポーター)が、“オバマ反対、独立記念日にミシガン湖に集まれ! 私がシカゴ・ティーパーティ運動を組織する”とテレビで言ったことにはじまる、という。
 アメリカ独立戦争の発端にちなんで名づけられたティーパーティは、こうして、指導者はなく、統一した綱領もなく、強い衝動にもとづく異議申し立てとして、二〇〇九年十二月の「納税者ワシントン行進」となっていったのである。
 著者たちは、ティーパーティの影響は、共和党の予備選挙までであるとしているが、共和党の予備選挙の進行をみると、この予想は正しく、大統領選挙に影響することはなかった。この運動は大きな話題を集めたが、ニューディール以後の新しい行政ニーズ、経済問題、政治問題に対処できないと書かれているが、その通りである。
 注意しなければならないのは、ティーパーティの中には、少数派ながら異端のいくつかの流れがあることだという。その最たるものが「コーク財団」の動きであろう。
 コーク兄弟は、石油精製事業をおこした父から、富と強烈な反共主義を受けつぎ、世界長者番付十八位の所得を手に、右派支援の活動を展開しており、オバマをマルクス主義に通ずるものがあると批判するなど、極右支援の動きとティーパーティ運動とを、ともに展開しているという。その動きは、現代のマッカーシズムを思わせる。
 他のひとつはロン・ポール下院議員とかれを支持する草の根運動であり、かれらはティーパーティ運動の元祖は自分たちだと自負している。かれらは、個人の自由を最大限に尊重しなければならないとするリバタリアンであるが、同時に、制定時の合衆国憲法に忠実でなければならないとする「憲法保守」である。
 ポールの批判は民主党政権だけでなく、二〇〇八年「不良資産救済プログラム」を認めた共和党主流にも加えられる。この時「自由への行進」に使われた旗や服装が、ティーパーティに使われていく。
 初期憲法に忠実ゆえ、イラク戦争、米軍の海外駐在に反対であり、社会問題ではリベラル派に近い主張をしている。
 共和党の大統領候補は中道のロムニー前マサチューセッツ州知事におちついた。大金持で、正に共和党の候補にふさわしい。この本は、ティーパーティについての、わが国でのはじめての本格的研究書であり、その実態を私たちに教えてくれる。
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070005000c.html

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比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと

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 比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと。光が溢れ出てくるまで、じっと見つめつづけること。
 一般的に、知性を訓練する方法は、見つめることである。
 実在するものと幻想上のものとを見分けるために、この方法を用いること。感覚による認識の場合に、自分の見ているものに確信がもてないならば、目を離さずに自分の場所をかえてみると、実在があらわれてくる。内面的生活においては、時間が空間のかわりをする。時間がたつにつれて、人は変化するが、さまざまと変化する中にも、同じ一つのものにじっと目を向けつづけているならば、ついには、幻想は消え去り、実在があらわれてくる。その条件としては、注意が執着になってはならず、ただ見つめるということでなくてはならない。
    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、199頁。

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細君が所用にて外出のため、月曜の夜は、子供と一緒に過ごしていたのですが、そこで気づいたことが少しありました。

一緒に過ごしたといっても、別に何か一緒に遊んだわけじゃないのですが、まあ、要するに、同じ部屋で、ふたりでそれぞれのことをやりながら、「留守番」をしていたと表現した方が精確なのですが、本を読んだり、おもちゃで遊んでいる姿を観察すると、対象について、それをそのまま受容している様子に驚いた次第。

本を読むにしても、牽強付会のような都合のいい解釈をするわけでもなく、実在物としてのおもちゃで遊ぶにしても、遊び手が恣意的に対象をコントロールしているわけでもありません。

その意味では、対象に対して「集中する」「注意を注ぐ」ことに真剣であり、それは大人以上のものがあるのじゃないか。そう実感した次第です。

小学3年生ですけどネ。

驚くばかりです。

ただ、日本の国語教育は「感想主義」がそのメインストリームにあるから、恐らく今後そうした洗礼を浴びてしまい、対象に即さない「独白」になってしまうのかッ!!!

……っていう恐怖もあるのですが、「集中する」「注意を注ぐ」という流儀はどこかで大切に持ち合わせ続けさせたいとは思う次第です。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著
 (岩波新書・798円)

 李鴻章(1823-1901)といえば、われわれは19世紀半ばの洋務運動の指導者、日清戦争における清朝の全権使節ということを想起する。しかし、その存在は、実はもっと大きく、実務官僚の第一人者として、19世紀半ばから末にかけて、清の勢威が次第に衰え、中国を中心とする東アジアの国際秩序が解体していく時代を生き、その時代を作り上げた中心人物の一人だった。
 李鴻章は清がアヘン戦争で英国に敗北した直後の1847年に科挙官僚となり、清朝存亡の危機に際し淮(わい)軍を指揮して太平天国の乱の平定に功績を挙げ、洋務の総帥となり、海防を主導し、日本をはじめとする外国列強とわたりあうなかで、その生涯を終えた。
 本書はこの李鴻章の生と重ね合わせるかたちで19世紀後半の清=中国の変貌を物語る。特に、李鴻章が「属国自主」の概念によって朝鮮、ベトナムに対する清の宗主権をいかに守ろうとしたか、なぜ、また、いかにして、その試みが日清戦争と下関条約で失敗に終わったか、この時代の中国と東アジア国際秩序の変容を理解する上で、学ぶところが多い。好書である。(隆)
    --「今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070023000c.html


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書評:中村綾乃『東京のハーケンクロイツ 東アジアに生きたドイツ人の軌跡』白水社、2010年。

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極東の地に暮らすドイツ人がナチズムをどのように受け止めたのか。

中村綾乃『東京のハーケンクロイツ 東アジアに生きたドイツ人の軌跡』白水社、2010年。


ナチズムに関する先行研究は膨大に存在する。思想や政治、文化や歴史等々様々なアプローチが多岐に渡るように、それが人間の全ての側面と分かちがたく関わってきた事件だからそれが必然なのであろう。本書は副題の通り、日本と中国のドイツ人社会の歴史に注目する一冊だ。在外外国人として祖国とどのように向き合ってきたのかを、広汎な史料とインタビューを交えながら素描している。

当時の在外ドイツ人社会の特質とは、ハンザ同盟に代表される商人の世界だ。東アジアへ足を伸ばすきっかけは植民地闘争の文脈だが、その結果、現地にはドイツ人社会が誕生する。しかし不平等条約によって形成される共同体は、現地社会と隔絶した社会だから、文化の共有によってドイツ人らしさの維持も大切にされた。
中心は商人だが、学者、外交官も含まれるから、一定の社会的身分をもつ人間の集団となる。だから、階層的不満を一つの原動力とした本国とは受容の熱気や共鳴は強かったわけでもない。本書は、極東の地に暮らすドイツ人がナチズムをどのように受け止めたのか鮮やかにまとめている。

1945年、ドイツ第三帝国は崩壊する。東京のドイツ大使館では半旗が掲げられ、ヒトラーの追悼式が行われた。ドイツ大使シュターマーはヒトラー礼讃の演説を行ったが、中国・天津では、ヴィーデマン総領事がナチス批判の演説をしていたというのが興味深い。

生活のなかで、受容の形態はさまざまだ。そして本国から遠く離れているからこそ、政治的言説によって統制されていくというより、日常生活の言語や振る舞いによって政治性が遂行されたその軌跡は非常に興味深い。また異郷であるがゆえに「ドイツ人らしさ」の追求が本国の流れとも親和していく。

ナチズムの受容や浸透を考えるうえで刺激に満ちた一冊であると同時に、日本や中国の近現代の歴史を振り返る上でもおさえておくべき研究であろう。


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魂の場合は、無理に強いられた学習というものは、何ひとつ魂のなかに残りはしないからね

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 「ほかでもない」とぼくは言った、「自由な人間たるべき者は、およそいかなる学科を選ぶにあたっても、奴隷状態において学ぶというようなことは、あってはならないからだ。じじつ、これが身体の苦労なら、たとえ無理に強いられた苦労であっても、なんら身体に悪い影響を与えるようなことはないのだけれども、しかし魂の場合は、無理に強いられた学習というものは、何ひとつ魂のなかに残りはしないからね」
 「おっしゃるとおりです」と彼。
    --プラトン(藤沢令夫訳)『国家(下)』岩波文庫、1979年、153-154頁。

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先週の哲学の講義で、古代ギリシアについてはなんとか終わらせることができました。しかしまあ、15回で全部抑えろというのが土台無理な話なんですが、それを言い始めるときりがないことも承知しておりますので、後は、関心をもった一人一人が深めていくしかないと思います。

結局のところ、大学の教室の90分というのは、それですべてが完結するパッケージではありませんので、興味をもった部分については、教師や図書館を利用しながら、そして友人達と意見を交わしながら、自分自身で発酵させていくプロセスというのが大事なんだろうと思います。

プラトンやアリストテレスについては、ホワイトヘッドをひくまでもなく、以後の西洋哲学の歴史はそのデッドコピーのくりかえしといっても過言ではありませんが、なんとかポイントは示すことができたのではないかと思います。

リアクション・ペーパーで反応を確認しただけでも、わりとその違いを理解してくださったようで何よりです。

先日の授業では最後に、あわせて、教養を自分で深めていく挑戦についても……まあ、うえのような話ですが……言及しましたが、このことについても深く同意をいただいたようで、こちらも何よりです。

結局の所、「魂の場合は、無理に強いられた学習というものは、何ひとつ魂のなかに残りはしないからね」とソクラテスが語る通りです。

しかしまあ、就職活動に「役に立つ」やら「スキルアップ」などという糞みたいな科目というのは「魂をすり減らす」ようなものばかり。

哲学ぐらいはそうならないように、このあとも、自由にゆるくつづけます。


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覚え書:「仏大統領選 私はこう見る 英・政策研究センター オラム・クラム所長」、『毎日新聞』2012年5月12日(土)付。

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仏大統領選 私はこう見る
英・政策研究センター オラム・クラム所長

成長戦略、長期的視野で
 選挙では「上げ潮路線」を掲げる社会党のオランド前第1書記と、財政規律強化を訴えるサルコジ大統領の経済政策をめぐる対立が焦点となった。だが、年金支給年齢を62歳から60歳に引き下げるという(オランド氏の)選挙対策以外の政策では両者の主張に目立った違いは無いと分析している。
 サルコジ氏はメルケル独首相と共にこの2年半、欧州債務危機対策に奔走してきた。その「メルコジ」体制の崩壊で、欧州の危機対応に混乱が生じるとの見方もある。だが、過去の仏独関係を見ると同じ党派の首脳同士だけではなく、保守派のコール氏と左派のミッテラン氏、左派のシュレーダー氏と保守派のシラク氏など政党、主張が異なった場合でも協調が深まった例もある。
 危機の長期化を受けて、欧州は成長戦略も含めた新たな対応を構築する時期に来ている。メルケル氏はオランド氏の成長路線に耳を傾けることで、妥協の余地が生まれるはずだ。新たな政策を選択する余地が生まれるとも考えられる。
 財政規律一辺倒ではなく、長期的な視野で、欧州の成長戦略を描くことは極めて重要だ。もちろん、成熟社会の欧州がかつてのような高度成長を実現できるわけではない。だが、バブル経済崩壊後の日本と同様、社会保障改革、労働市場改革など痛みを伴う構造改革に踏み込まなければ、中長期的な成長路線の構築はできない。新たな仏独協調体制が新戦略を作り上げることを期待したい。【聞き手・会川晴之】
    --「仏大統領選 私はこう見る 英・政策研究センター オラム・クラム所長」、『毎日新聞』2012年5月12日(土)付。

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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 検討始まった生活支援戦略 湯浅誠」、『毎日新聞』2012年5月11日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論 検討始まった生活支援戦略
湯浅誠 半貧困ネットワーク事務局長

困窮者の暮らし丸ごと支える
 4月9日の国家戦略会議に、厚生労働省は、「『生活支援戦略(仮称)』の推進について」と題するペーパーを提出した。①生活困窮・孤立舎の早期把握②ステージに応じた伴走型支援の実施③民間との協働による支援④多様な就労機会の確保⑤債務整理や家計の再建支援⑥安定した居住の場の確保⑦中・高生に対する支援の強化--という七つの柱(機能)を一体的に展開する政策体系を、7年計画で構築しようとするものだ。
 従来、現役世代の生活は「企業と家族が支える」と想定され、社会保障制度は主に高齢・障害者向けにしか整備されてこなかった。日本は「中福祉」か「低福祉」かという議論があるが、現役世代については間違いなく「低福祉」であり、それで問題ないとされてきた。
 しかし90年代以降、非正規雇用の拡大に代表される社会構造の変化は、企業と家族の生活保障能力を弱め、生活困窮に至る現役世代を拡大させた。現役世代の生活保護受給者が増えているのはその結果である。改善のためには、生活保護以外のセーフティーネットの強化が必要であり、それが今回、生活支援戦略として提示された。
 雇用の劣化や雇用保険の不十分さなどすべての帰結を、生活支援戦略で引き受けきれるわけではない。七つの機能の中でも、住宅問題や子どもの貧困(貧困の連鎖)の問題はとてつもなく大きい。現役世代を含むすべての人々に「居場所」と「役割」を提示できる包摂型社会の構築に向けた作業は、始まったばかりだ。
 にじり寄るような積み重ねの上にしか、本当の変化は訪れない。「根本的な変化」を一個人の頭の中で思い描くことはできる。しかし、社会は多くの諸個人が集まって構成されている。その事実を飛び越すことは、誰にもできない。


 いま、既存の社会保障制度の対象とならない人たちは膨大な数に達しつつある。それが結婚に踏み切れない男女、子どもを産み育てることに不安を感じる夫婦を増やし、社会の持続可能性を取り崩している。
 私自身、生活困窮者らの雇用や住居、暮らしを総合的に支援する「パーソナル・サポート・サービス」のモデル事業や、仕事、生活、性や心の悩み、自殺念慮など、あらゆる相談の窓口を一本化した「よりそいホットライン」で、既存の制度に当てはまらない人たちに対する包括的な支援に着手した経緯がある。生活支援戦略は、その次の展開、いわば第2のステップを刻む試みだ。
 大勢の諸個人で構成される社会では、当然ながら、このような流れに抗する人たちもいる。復古的な家族主義を称揚する動きも強まっている。ここでも社会の選択が問われている。

ことば 生活に困窮する現役世代
生活保護受給世帯のうち、母子世帯や傷病・障害者世帯をのぞいた現役世代(15~64歳)が多く含まれる「その他の世帯」の割合は、00年度の7・4%から10年度は16・1%と、10年で倍以上に増加した。賃金が低く不安定な非正規雇用労働者の割合も、00年は26・0%だったが、10年は34・3%に増えている。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 検討始まった生活支援戦略 湯浅誠」、『毎日新聞』2012年5月11日(金)付。

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言語活動は立法権であり、言語はそれに由来する法典である。われわれは、言語のうちにある権力に気づかない。

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 私が権力的言説と呼ぶのは、言説を受け取る側の人間に誤ちがあるとし、したがって、罪があるとするような言説のすべてである。ある人々は、われわれ知識人があらゆる機会に「国家権力」に反対して行動することを期待している。しかし、われわれの真の戦いはほかにある。真の戦いは、複数の権力に対するものであって、それこそ容易な戦いではない。というのも権力は、社会的空間においては複数的であり、歴史的時間のなかでは、それと対称的に、永続的だからである。権力は、こちらで追放され、衰えたかと思うと、あちらにふたたび現われる。権力は決して滅びないのだ。権力を打破するための変革をおこなっても、権力はたちまち、新しい事態のもとでよみがえり、芽をふきかえすだろう。権力がこのように持続し偏在するのは、権力が、社会の枠を越えたある組織体に寄生しているからである。その組織体が、単に政治の歴史や有史以後の歴史だけでなく、人間の来歴全体と結びついているからである。人間が存在しはじめて以来ずっと権力が刻みこまれているこの対象こそ、言語活動(ランガージュ)である--あるいはもっと正確には、言語活動の強制的表現としての言語(ラング)である。
 言語活動は立法権であり、言語はそれに由来する法典である。われわれは、言語のうちにある権力に気づかない。というのも、およそ言語というものはすべて分類にもとづき、分類というものはすべて圧制的である、ということを忘れているからである。ordo(秩序=命令)という語は、分類区別することと同時に威嚇を意味する。
    --ロラン・バルト(花輪光訳)『文学の記号学 コレージュ・ド・フランス開講講義』みすず書房、1981年、11-13頁。

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授業のなかで、ときどき、

「質問とか何かありますかー? 授業の内容と全く関係ないものでもいいでよー?」

って訊くことがあります。

もちろん、大勢のまえで、

「ハイ! 質問です」

ってやることに対する遠慮という抵抗感があるのも事実でしょうが、割と、

「しーん」

っていう反応で切り返されることがここ数年多くなったような気がします。

勿論、私に全て対応できるわけでもありませんし、通信教育部で教鞭をとっていたときは、年齢も様々でしたから、「うひゃー」っていう質問も飛び出したりするなど、大汗をかくことも屡々経験してきましたので、切り出す方も、まあ、「さあ、かかってこい」って構えるわけですが、わりと、

「特にないですー」

みたいな反応で終わってしまうと、ガクってなってしまうのも事実です。

人間の思考は言語によって遂行されます。そしてその言語そのものに権力性が深く刻印を記していると暴いてみせたのはフランス現代思想でしょう。

しかし、「沈黙」とか「考えるに値しない」とか「改めて訊くような事柄はない」っていうのも、実際のところは、自覚がないけれどもそれは、ひとつの権力の威嚇による発露であり、しなやかな駄化の表出なんじゃないのかと思ったりもします。

「特にないですー」っていうことを責めようとは思いませんが、ある程度は、所与のものとされる事柄に対して「ほんとうはどうなのだろうか」っていう批判眼は大学生には必要だろうと思うのですが、うーむ。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『風化する光と影 “メディアから消えつつある震災”の中間報告』=太田伸幸ほか編」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『風化する光と影 “メディアから消えつつある震災”の中間報告』=太田伸幸ほか編
毎日新聞 2012年05月06日 東京朝刊

 (マイウェイ出版・1000円)
 震災報道から「見たくないもの」が減ったいま、「被災地モノは売れない」と知りながらもしぶとく被災地に足を運ぶフリーランス記者たちの報告集。釜石でも、多くが生き延びた東中の「奇跡」と津波避難所に指定されていない防災センターで六三人が亡くなった「悲劇」は隣合わせだ。「光と影」を丹念に追う。
 影もさまざま。当初は日常化していた略奪は、ATMを狙うプロの仕業だけではない。品の良い高齢夫婦や自転車に乗った中学生も、コンビニから食料を奪った。復興の現実としては除染がゼネコンのビジネスになり、不動産市場が活況を呈した仙台にはデリヘル業者が集結した。
 記録し残したいのが、今後への教訓だ。だが他人を思いやる共同体の論理は、責任追及の回避につながる。多数死者を出した大川小では、原因究明が混迷している。仮設入居でコミュニティを分断すれば孤独死や自殺者が増えるというのは神戸の教訓だが、生かされていない。被災直後に教員が人事異動で生徒と引き裂かれた例も報告されている。
 無事に家族に会えた女子高生の「つぶやき」全文は感動的で、「光」には救われるのだが。(空)
    --「今週の本棚・新刊:『風化する光と影 “メディアから消えつつある震災”の中間報告』=太田伸幸ほか編」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070026000c.html


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書評:原武史『「鉄学」概論 車窓から眺める日本近現代史』新潮文庫、平成二十三年。

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鉄道はダイヤや車両だけにあらず、駅舎やホーム、路線、駅名、車窓風景、そして鉄道を利用する人々といった、複雑で様々な要素が絡み合うことで成り立っている。
 一八七二(明治五)年の新橋-横浜間の開業以来、すでに百四十年近くにおよぶ鉄道の歴史は、まさに近現代日本の歩みを反映している。たとえこの間に他の交通手段が発達してきても、またSLがなくなり、赤字ローカル線が廃止されても、鉄道の重要性は一向に揺るがない。
 とりわけ、毎日の通勤、通学客の輸送に鉄道が不可欠な大都市およびその近郊や、東京-大阪、東京-仙台など、新幹線によって結ばれている大都市間ではそうである。また赤字ローカル線であっても、豪雪のために道路が通行できなくなる冬には、鉄道が唯一の足となる地方もある。
 好むと好まざるとにかかわらず、今日もまた日本の各地で、多くの人々が鉄道を利用し、一定の時間を車内で過ごしている。この点では、男性と女性、首都圏と地方の間になんら違いはない。
 どこかの線が普通になれば、首都圏であろうが地方であろうが、すぐにニュースになる。最近ではブルートレインの廃止や新幹線の開通がニュース番組の冒頭を飾ることも珍しくない。それは取りも直さず、鉄道が日本人全体と切っても切れない関係にあることを物語っている。
    --原武史『「鉄学」概論 車窓から眺める日本近現代史』新潮文庫、平成二十三年、4-5頁。

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『「鉄学」概論』の原武史先生の専門は近現代の天皇や皇室を中心とした日本の政治思想史研究。その分野で新しい眼差しを示したことで知られるから、関連する著作は殆ど読んでいます。原先生が鉄道に興味のあることは存じてましたが、自分自身は鉄道に対する興味がなくスルーしていたのですが、読んで正解でした。

きっかけは、やはり原武史『可視化された帝国』(みすず書房)でしょうか。
明治日本は、鉄道という「メディア」によって「可視化された帝国」として生成されたと指摘した一冊。そこで関心を持ったので、授業が終わってから、図書館で借りてみた。帰りの電車でうんうん頷きながら読了した次第です。

『「鉄学」概論』の解説を作家・宮部みゆきさんが担当しております。「『鉄道が好きだ』と明言する方はたくさん」いるが、「鉄道嫌いをはっきりと明言する方は、はたしているものでしょうか」。鉄道に対する態度は、おおむね「関心がない」のが実状でしょう。僕もその一人です。

ちょうど水曜が千葉の大学で講義。ドアトゥドアで6時間かかります。だから僕自身、どの経路でいくのが安いのかだとか、どれが早いのかだとか、そして千葉駅から東の路線は、風に弱いから(運休の可能性)、天気まで気にする。「関心はない」けど、「気に掛ける」生活の一つなんだろうと思う。

だから、鉄道の歴史を学ぶということは、『「鉄学」概論』の副題にある通り、「車窓から眺める日本近現代史」。同書で似た鉄道会社として「西の阪急、東の東急」を取り上げている。西のコピーと深化が東。ただ西は何処までも「民」、東は「官」接続の重視等の指摘は興味深い。

たとえば、大阪駅と梅田駅は、歩いていく駅。渋谷駅に代表される国鉄(現JR)への私鉄の連続は、まさに国鉄依存・迎合による文化。ホームの設計自体にその違いも出てくるし、阪急、東急の創業者由来の美術館の所蔵品(西が無名でもモノへのこだわり、東が国宝重視とか)。

日本近代史から少し脱線しましたが、原先生の大阪と東京の気質の違いの具体的表象に関する研究は、『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』(講談社選書メチエ、1998年)というのでクリアカットに示されておりますので、深める場合はこちらを。

いずれにしても、趣味としては「鉄道」に全く関心はなかった。しかし、「鉄道」に関する「気遣い」は実際のところかなりあったこと、そして『可視化された帝国』で明らかにされたように、鉄道が国民国家・想像のひな形として起因したことを刮目されたように思う。少し原先生の関連著作も読もうと思う。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『なのはな 萩尾望都作品集』=萩尾望都・著」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『なのはな 萩尾望都作品集』=萩尾望都・著
 (小学館・1200円)

 サブカルチャーの筆頭といえるマンガは、時にどのメディアよりも早く、鋭く社会を活写する。福島第1原発事故の後、少女マンガの第一人者がそれを実証してみせたかのような最新の作品群を収録した。
 著者は原子炉建屋の爆発を見てメルトダウンを直感した。それでも「大丈夫」と言い続ける政府と電力会社に「胸のザワザワ」が止まらず、何かを描かずにいられなかったという。表題作はフクシマの少女と津波にさらわれた祖母、そしてチェルノブイリの少女の不思議な物語。絶望の深さゆえに求められる希望を込めた。多くの表現者が創作をためらうなか、事故後わずか3カ月の昨年6月、月刊誌上で発表された。
 「プルート夫人」「雨の夜」「サロメ20××」のSF三部作では、夢のエネルギーとされてきた放射性物質が擬人化される。恐ろしく魅力的な彼女や彼を愛して滅びるのもいい、と思わせるほど。悪(放射能)と善(人)が逆転する「サロメ20××」は、とくに哲学的だ。
 将来、原発事故を誰がいつ、どう描いたかが、あらゆる芸術分野で徹底検証される時、必ず取り上げられる一冊になるはずだ。(阿)
    --「今週の本棚・新刊:『なのはな 萩尾望都作品集』=萩尾望都・著」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070028000c.html

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書評:アジット・K・ダースグプタ(石井一也ほか訳)『ガンディーの経済学--倫理の復権を目指して』作品社、2010年。

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経済学と倫理を交差させた柔軟かつ実践的なガンディーの思想を辿る

アジット・K・ダースグプタ(石井一也ほか訳)『ガンディーの経済学--倫理の復権を目指して』作品社、2010年。

「非暴力」「不服従」を唱えた「インド独立運動の父」“裸の聖者”として有名なガンディーと対極に位置する「経済学」なるものがイメージとして全く結びつかなかったが、奇妙な組み合わせに興味をひかれて手に取った一冊。

さて、本書は、ガンディーの思想を主として経済学の観点から読み解く一冊で、イギリスの植民地支配と貧困、そして宗教的な因襲に起因する不平等からインドの自立……これをスワラージととらえてよいだろう……を目指すガンディーの柔軟かつ実践的な思想を浮き彫りにしている。権利と義務、産業化、平等論、教育など多様なテーマが本書では取り上げられている。

ガンディーに一貫しているのは、欲望に任せて際限なくそれを追求する立場への批判である。そして働くことの大切さという極めてシンプルな考え方だ。ここに経済学と倫理が交差することとなる。

一見すると古くさい考え方のような印象を抱くかも知れないが、ガンジーは学者ではなく実践の人間である。古色蒼然とする倫理的経済感覚を柔軟に適用させようとするから驚いた。

例えば、社会的弱者への支援は必要不可欠だろうが、そうした慈善が受け手の自尊心を失わせるものになるとすれば、道徳的に悪い行為と判断するし、財政基盤の安定性がないならば、倫理的に善とされる政策も赤字を出しては意味がないと批判する。そこで提唱されるのが独自の「受託者制度」である。金持ちの財産を信託管理で運用し、社会全体の繁栄へと導くスケッチだ。その青写真は確かに夢想的でもある。しかし西洋社会と全く異なるインドという文化背景を踏まえるながらあながち夢に終わらないかもしれない。

近年、アマルティア・センの開発経済の考え方が正義論とセットで注目を集めている。その意味では、経済学と倫理を交差させたガンディーの発想は、そのひとつ水源とみることも可能であろう。

評者はガンディーに対する無批判な礼讃(←単なるナショナリストなところ等々)に対しては極めてネガティヴであり、名言のみがコンテクストと離れて流通している現状には正直なところ「おなか一杯」というのは否定しがたい事実である。

例えばガンディーの名言のひとつに次のようなものがある。すなわち、

「7つの社会的罪。1.理念無き政治、2.労働無き富み、3.良心無き快楽、4.人格無き知識、5.道徳無き商業、6.人間性無き科学、7.献身無き崇拝」

、、である。まさに完膚無きまで完璧な一節であろう。ぐうの音もでないほど否定しがたい模範解答である。しかし、そうした言葉がどのような背景から出てきたのか、名言だけを後生大事にするひとに是非手にとってもらいたい一冊だ。

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覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『人生と運命 全3巻』=ワシーリー・グロスマン著」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚:沼野充義・評 『人生と運命 全3巻』=ワシーリー・グロスマン著
 (みすず書房・1巻=4515円、2・3巻=4725円)

 ◇「人間の自由」を現代に刻む一大叙事長篇
 心底驚くべき翻訳の出現である。二〇世紀のロシア文学の中で、最高の傑作とはあえて言わないが、もっとも力のある長篇小説の一つであることは間違いない。それが原著刊行後三〇年以上の歳月を経てようやく出版されたのだ。邦訳は全三巻、計一四〇〇ページに及ぶ。この野心的な「全体小説」の中には、われわれがいま生きる現代の世界を考えるために避けて通れない大問題が、これでもかこれでもかとばかり盛り込まれている。舞台は一九四〇年代前半、スターリン時代のソ連とヒットラーの支配するドイツだが、現代のわれわれにとって、これは過去のことでもなければ、無関係な外国のことでもない。これを読まずして、現代小説のことはおろか、現代世界のことも語れないのではないか。それほどのことを思わせる作品である。
 著者のグロスマン(一九〇五-一九六四)は、ユダヤ系のソ連作家。日本でも第二次世界大戦直後から、主に戦争経験を扱う作家として若干の作品が紹介されていた。モームが選んだ『世界100物語』(河出書房新社)にも、彼の初期短篇「ベルヂーチェフの町にて」が収録されている。ところが、才気はあるがソ連の公式路線を大幅にはみ出ることのない良心的な作家といった彼のイメージを根本的にひっくり返したのが、『万物は流転する』(勁草書房)だった。これは三〇年ものシベリア収容所生活を終えてモスクワに戻ってきた主人公の目を通じて、ロシア千年の「奴隷根性」と、その土台の上に恐るべき国家を作り上げたレーニンを根本から批判した衝撃的な作品で、作家の死後西側で出版され、ソ連の「反体制」文学として国際的に広く知られるようになった。
 しかし、じつはそのグロスマンの本当の代表作は、翻訳されないまま今日まで来てしまったこの『人生と運命』なのである。この作品の原稿は一九六一年、ソ連当局によって最高度に危険で有害な作品と見なされ、押収されてしまった。失われたと思われたグロスマンの原稿は密(ひそ)かに国外に持ち出されてスイスで一九八〇年に出版、ソ連本国でもペレストロイカ以後ようやく公刊された。
 歴史上の人物と架空の人物が交錯しながら展開する一大歴史叙事長篇であって、戦争の時代に設定されているだけに、誰しも偉大な前例としてトルストイの『戦争と平和』を思うことだろう。主要な背景となるのは、ナチス・ドイツ軍とソ連軍が死闘を繰り広げたスターリングラード攻防戦である。じつはグロスマン自身、赤軍従軍記者として独ソ戦を四年にわたって取材し、時事的な記事を書き続けていた。活字にならなかった膨大な取材ノートも編集・整理されて出版されているほどだ(ビーヴァー他編『赤軍記者グロースマン』白水社)。
 そういった取材の裏付けがあるだけに、戦時下の社会の描写はじつにリアルだが、戦闘シーンばかりが前面に打ち出されるわけではない。戦争はこの多声的な小説を構成する一つの要素に過ぎず、舞台となるのはその他、ドイツとロシアの収容所や刑務所、カザンなどの疎開地と様々で、大づかみに言って、シュトルームというユダヤ系核物理学者を中心とした科学と良心の問題、ユダヤ人の大量虐殺、そして全体主義と人間の自由といったいくつもの重く大きな主題が互いに絡み合いながら小説の全体像を形作っていく。
 しかし、決して、俯瞰(ふかん)的で抽象的な叙述に終始しているわけではない。戦時下の全体主義社会の中で、親子や夫婦、男女の愛は平時よりも強烈に燃え上がり、収容所ではナチ親衛隊少佐とソ連の古参共産主義者の手に汗握る対決が行われ、絶滅収容所に向かう列車の中で知り合った他人の子供に母性愛を感じたユダヤ人女性の医師は、自分の命が助かる可能性を捨ててその子供と運命をともにする。そして、核物理学者は母を郷里に残した結果ホロコーストの犠牲にしてしまったことに良心の呵責(かしゃく)を感じ、母を呼び寄せることに反対であった妻と不和になり、迫害のさなかにスターリンから直々(じきじき)の激励の電話を受けて安堵(あんど)したかと思えば、西側に対する抗議声明に署名を強制されて苦悩する。こんな風に、圧倒的に巨大な歴史のキャンバスのあちこちに、細密な人間模様が巧みに織り込まれているのだ。
 そして、本書から最終的に伝わってくる力強い主張は、人間にとって究極の価値が自由だということだろう。グロスマンは大胆にドイツとソ連の二つの全体主義をあえて同列に扱い、どちらも自由と人間性を破壊するものとして糾弾する。あまりにまっとうで、いまさらそんなこと、と鼻白むようなメッセージだろうか。決してそんなことはないと思う。いまでも全体主義は姿を変え、まるで目に見えない放射能のようにあちこちを徘徊(はいかい)しているではないか。
 最後に、このような巨大な作品の翻訳に長年取り組み心血を注いで完成させた訳者の功績と、出版社の決断を称(たた)えたい。優れた作品の紹介には、遅すぎるということはないのだから。(齋藤紘一訳)
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『人生と運命 全3巻』=ワシーリー・グロスマン著」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070022000c.html


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否定はしなかったことと全面肯定とは別なのだ

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 ところで、営利や自己保存を他の一切に優先させる雑誌と異なり、人間としての読者(国民)の尊重を第一義とする雑誌は、軽率な変身による読者の切り捨てや、みずからの都合のみによってその主張や方針を転換することはない。むろん、規制の強化によって次第に相貌を変えることは起こりうるし、そのことを無視したのでは雑誌存続の可能性が失われるとすれば、それもまたやむをえないといえないこともない。
 たとえば婦人雑誌についてみると、敗戦まで存続した『婦人之友』(『主婦之友』とは別)は、次第に戦争肯定の度を強めたとはいうものの、積極的に率先加担をしたという理由によって延命したとはいい切れないのである。否定はしなかったことと全面肯定とは別なのだ。そのへんの状況を説明するのはきわめて微妙で誤解を招くおそれがあるが、あえていえば、他の婦人雑誌の多くが戦うための戦力の一環として女性や家庭を捉えていたにもかかわらず、『婦人之友』の編集内容を子細に検討してみると、婦人や幼児を戦争からいかに守るかということに目標が置かれていたと判断される。ともに戦時下の生き方暮らし方を主題としながら、しかしこの相違はきわめて大きく、権力の側からいえば、『婦人之友』は消極的にしか協力しない記事に満たされた不急不用誌ということになるであろう。
    --高崎隆治『雑誌メディアの戦争責任』第三文明社、1995年、13-14頁。

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戦前・戦中のメディアは雑誌だけでなく、新聞・ラジオを含め、オール翼賛体制へと変貌していくことは、なんとなくであったとしても割合と理解されていると思います。

しかし、翼賛体制へと舵を切った経緯については、しらばっくれるのがその殆どで、各社は「社史」でとりあげている場合でも、「しかたがなく追随“せざるを得なかった”不幸な歴史」とお茶を濁すはまだよい方というのが実状でしょう。

これが日本のメディアの支配的な体質になっていることは言うまでもありません。

ただ、その消息を丹念に追求してみると、「しかたがなく追随」というものの実状は、弾圧への恐怖から、かえって積極的に加担したケースも多いから驚いてしまう。

しかし、なかには、積極的には否定しなかったものの……そもそも戦時下において積極的な否定というのはあり得ないわけですし……、全面肯定という全面降伏を退ける、したたかな闘いもあったことは認識しておくべきだろう。

戦前・戦中のメディアに関しては冒頭でも言及したように、その戦争賛美・礼讃報道という黒歴史によって、全てが一緒くたにみられてしまう傾向があることは否めません。しかしながら、限界状況という歴史というコンテクストを踏まえるならば、それに知恵を絞って「否定はしなかったことと全面肯定とは別」という“抵抗”があったことは忘れてはならない。

おしならべて全面肯定した連中が、「やむをえざる選択であった」といけしゃあしゃあと自己弁解でスルーする戦後の歴史であるがゆえに、ささやかながらも、先人たちの良心の抵抗があったことは忘れてはならない。


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書評:山本武利『朝日新聞の中国侵略』文藝春秋、2011年。

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軍部による報道の検閲や嘘の報道? 実は自ら進んでその旗を振ることで成立した翼賛ジャーナリズム

山本武利『朝日新聞の中国侵略』文藝春秋、2011年。

8.15を境にしたメディアの変貌はひどいものがある。その日まで「鬼畜米英」と煽りに煽り、その日から「わたしたちも被害者でした」といけしゃあしぁあと「民主主義」を語ってきたのが“無節操”な日本のメディアである。これ関する罪責告白は、会社が大手であればあるほど皆無というのが実状だろう。そして、この問題が日本のメディアの権力との親和性、そして補完構造の根になっていることはいうまでもない。

さて本書は、『大陸新報』という昭和十四年に中国・上海で創刊された日本語新聞をとりあげ、『朝日新聞』の中国大陸における報道の実態を検証した一冊である。

上海事変以降明らかになるのは、日本の宣伝工作の遅れである。支那軍派遣報道部は、日本語新聞の創刊でこれに対抗する。大手各社をさしおいて朝日新聞社がこの指名を獲得する。紙面の題字は主筆の緒方竹虎が執った。

特務機関や知識人とジャーナリストたちの交差は実に複雑だ。路線争いやオーナーの対立など、一筋縄にはいかない複雑な実態を本書は丹念にほぐしていく。本書の史料精査は実に圧巻だ。そしてこれが歴史研究の「深み」であろう。

戦後、朝日新聞は『社史』においてこれら「汚点」をそれなりに自己告白している。しかし、本書を読むと、それは消極的免罪への「自己言及」にすぎない。実状は、積極的荷担を意図的に隠蔽しているともいえよう。本紙『大陸新報』以外の周辺活動がスルーされていることがそれを如実に物語っている。国内外での軍関係雑誌や書籍の発行、そして植民地でのプロパガンダ工作に目を向ければよい。

かつて戦時下ジャーナリズム研究家・高崎隆治氏は、新聞メディアよりも雑誌メディアの戦争責任が重いと語ったことがあるが、新聞メディアも雑誌メディアと同じ手法をとっていたことに驚く。すなわち『文藝春秋』は本誌の体面を守るために、都合良く迎合礼讃雑誌『話』を創刊し、翼賛報道を繰り返した。しかし新聞メディアも同じ手法を使っているということだ。そして、南京事件は、権力メディアへの便乗は、同業他社への圧倒や新聞市場の拡大へと点ずる契機となっている。

戦後、朝日新聞は、GHQに対して、戦争をぎりぎりまで回避する努力を怠らなかったと弁明している。しかし本書を読むと、説明責任とはほどとおいダブルスタンダードぶりが明らかになる。朝日新聞は、戦争を利用して部数を大きく伸ばし、広告収入も大きく増やしている。

かつて右翼から「国賊新聞」と罵られたリベラリズムの伝統を放擲し、「国策新聞」化へと進むのが戦前昭和の朝日新聞の歴史といってよいだろう。そして問題なのは権力の眼差しを「隠す」ことに協力して事業を拡大したこと、そしてそれと同時に、大陸新報社は、……まさに雑誌ジャーナリズムが本体を守るためにいつもで休刊してよいダミー雑誌を繰り返し発刊したように……子会社化させて本体の責任を逃れるよう仕込んだこと。このことは広く周知されたい時事である。

その意味では、戦前昭和の「事変」化報道に取り組むなかで、もっとも戦争を光明に煽っていたのは朝日新聞かもしれない。ほとんど隠蔽されたままにあるのが「メディア」と「戦争」の関係だろう。本書はそこに一筋の光を放つ一冊だ。

以下少しだけ蛇足。

1994年に安田将三、石橋孝太郎『朝日新聞の戦争責任 東スポもびっくりの戦争記事を徹底検証』(リヨン社、のちに太田出版で再刊)が刊行。この一冊は紙面を縮刷的に、統制が求めた以上の率先・煽動を検証した。朝日新聞は著作権侵害を理由に圧力をかけ、発売停止となっている。

そして、別に『朝日新聞』が憎いわけではありません。しかし見落としていることは沢山あると思います。返す刀ですが『朝日新聞の中国侵略』を刊行した文藝春秋はもっとひどい。社史でも殆ど触れられることのない「満州文芸春秋社」についても研究が必要とされる。※しかし現物史料が殆どないんですよね(涙


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覚え書:「今週の本棚・この3冊:原発=村田喜代子・選」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:原発=村田喜代子・選

 <1>虹のカマクーラ(平石貴樹著/柿谷浩一編『日本原発小説集』所収/水声社/1890円)
 <2>チェルノブイリ原発事故 ある一日の報告(クリスタ・ヴォルフ著、保坂一夫訳/『クリスタ・ヴォルフ選集2』所収/恒文社/2940円)
 <3>風しもの村 貝原浩画文集(貝原浩著/パロル舎/絶版)
 ※<3>は「貝原浩の仕事の会」(090・2904・2518)や一部書店で入手可能(2940円)

 原発に関する本で浮かぶ一冊は、被災地の記録でも原発を生んだ現代の文明論でもなく、一九八三年のすばる文学賞『虹のカマクーラ』だ。二十九年前の作で、まだチェルノブイリ原発事故も起きてない。この小説で見えてくるのは海外から日本に出稼ぎに来る人々の姿だ。そしてこの国のいびつな姿も逆照射される。
 原発労働者は一日に一時間だけ百ドルの高給で働く。雇用期間は一週間。長くは続けられない仕事だ。日本経済の高度成長期、アメリカから原発の仕事に来た黒人の若者が起こす、アベック惨殺事件が描かれる。
 知り合ったタイ人の娘は、東京のライブショウで働いている。実演の相手の客も見物客も、日本人の男たち。二人で遊びに行った鎌倉で、平凡な黒人の若者が憤怒で暴走するまでを、描写も説明もほとんどない、訳文付き英語のセリフで通す。突然絡まれて、「ヘルプ、ヘルプ」と哀願する日本人アベックの男に、若者が言う。
 ヘルプだと、おれたちと話そうとなんてするんじゃねえ! てめえのことばを使っててめえの女をファックしやがれ! おれたちをわずらわすんじゃねえ、タイからも、合衆国からも、誰も連れてくるんじゃねえ、このニホン人やろう!
 日本人が書いた、日本人罵倒の珍しい小説だ。
 二冊めは『チェルノブイリ原発事故 ある一日の報告』女性作家の手になる小説である。この固い邦訳の題名には異議を唱えたいが、中味の文章は放射能に汚染された無残(むざん)な春を、静かな筆圧で語って力がある。事故の同日に別の土地で、弟は脳腫瘍の手術を受けている。その一日の心の記録。弟の容体を思い、放射能の降る山野を憂う。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を想起したが、それは女性科学者の現代文明の告発書で、こちらは女性作家の心象だ。
 三冊めは『風しもの村 貝原浩画文集』。チェルノブイリ事故後、七回以上にわたって放射能危険区域となったベラルーシの風下の一帯をまわり、多くの鉛筆や水彩の絵にまとめた。写真集は多いが、原発画集は珍しく貴重な一冊。鳥のさえずりのない春の凍ったような大地。立ち入り危険区域に戻って暮らす「サマショーロ」(わがままな人)と呼ばれる老人たちの不敵な面構え。同じ運命に遭った人々の風貌は、人種を越えて似ている。そんなことを教えてくれた絵描きは二〇〇五年六月、癌(がん)で逝った。
    --「今週の本棚・この3冊:原発=村田喜代子・選」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070023000c.html

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風邪ではじまり風邪おわるゴールデンウィークorz

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ゴールデンウィークが終わろうとしておりますが、結局のところ「風邪」で始まり、「風邪」で終わるといういつものパターンという不始末。

まあ、寒暖の差の激しい季節ですので致し方ないという話もありますが、今年はなんとか3日と4日を休みにすることができたので、それぞれ自分の用事、家族の用事で使うことができました。

さて先日から、アーレント(Hannah Arendt,1907-1975)に関する議論をまとめて読んでいたのですが、彼女とお互いを照射し合う関係であったユダヤ人女性思想家のヘラー(Agnes Heller,1929-)については、見落としてました。

今年は、少しヘラーの作品にも目を通していこうと思います。

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 アーレントとヘラーの両方にとってこれに劣らず魅力的であったのがゴットホルト・エフライム・レッシングであり、その独立独行の自己思惟(Selbstdenken)を前者は公然と、後者は密かに模範とした。二人がともにハンブルク市からレッシング賞を授与されたこと--アーレントは一九五九年、ヘラーは一九八一年--は適切であった。受賞講演ではそれぞれ、レッシングが多数の真理(アーレントの読み方によれば、意見)を掲げて絶対的真理を拒否したことを称え、原理主義的な道徳論を批判したことを称えた。また平等とか、友愛という共同体的きずなのような抽象的観念と対立する、公共的世界のなかの具体的な友情の重要性を彼が洞察していたことを賞賛した。そして二人とも『賢者ナータン』の重要性と、そのなかの名高い三つの指輪の喩え話をこめて語っており、それは彼女たち自身がユダヤ人であることを意識してのものであった。とはいえ、彼女たちの評価を勝ち得たのはとりわけ、哲学は個人の精神の事柄ではなく世界の事柄だというレッシングの理解ではなかろうか。アーレントにとってもヘラーにとっても、もっとも暗い時代にあってすら、哲学は世界を肯定しつつ、人間的交渉の間主観的領域、政治と文化の公共の場へのつながりを失ってはならないのである。
    --マーティン・ジェイ(今井道夫・吉田徹也・佐々木啓・富松保文訳)『力の場  思想史と文化批評のあいだ』法政大学出版局、1996年、95頁


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『私たちは“99%”だ ドキュメント ウォール街を占拠せよ』=『オキュパイ!ガゼット』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『私たちは“99%”だ ドキュメント ウォール街を占拠せよ』=『オキュパイ!ガゼット』編集部・編
 (岩波書店・2100円)

 恐らくは「アラブの春」の影響もあったかもしれない。昨年の九月一七日、ウォール街近くのズコッティ・パークで始まった反貧困・反格差運動が、またたく間に全米に拡(ひろ)がった。金融資本主義が生み出した一%の超富裕層と、九九%の「私たち」。
 しかし、ことは単なる経済格差の問題なのではない。九九%もの「私たち」が、民主主義を取り戻すにはどうすればよいのか。経済活動で様々なアウトソーシングが拡がってきただけでなく、実は、政治と民主主義までもがアウトソーシングされてきたのではないのか。そんな問いかけが拡がってゆく様が、本書を通じて伝わってくる。ズコッティ・パークの参加者たちは、当局によって排除されてしまったけれど、「花を引き抜くことはできても、春の到来は止められない」(ソルニット)。
 二〇年ほど前に、ガルブレイスが『満足の文化』の中で語っていた。アメリカの民主主義が、既得権益を手にしそれを守るために投票所に足を運ぶ人たちの民主主義に成り下がっている。もしも転換のきっかけがあるとすれば、都市における異議申し立ての反乱が起きる時ではないか、と。=肥田美佐子訳(達)
    --「今週の本棚・新刊:『私たちは“99%”だ ドキュメント ウォール街を占拠せよ』=『オキュパイ!ガゼット』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070027000c.html

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書評:荻野昌弘編『文化・メディアが生み出す排除と解放 差別と排除のいま』明石書店、2011年。

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メディアの排除と解放の両方に注目し、新しい排除と差別の多様さをあぶり出す

荻野昌弘編『文化・メディアが生み出す排除と解放 差別と排除のいま』明石書店、2011年。

「安易に『良い文化』と『悪い文化』に文化を色分けし、良い文化だけを増やせばいいというわけではない。単純に排除する文化を『排除』して、そうでないものにすればいいというわけではない」。

文化やメディアの排他性の指摘はその歴史と共に存在する。しかし一方的にメディアの差別性や差別用語を批判するだけでは問題は解消されないだろう。本書はタイトルに「排除と解放」と銘打たれている通り、その排除と解放の両方の側面に注目し、その「今」を描きだす。
 例えば、第1章は「食とマイノリティ」、食と差別を扱っている。何を食べるか、そして何を食べないかで、仲間意識が創られたり、あるいは敵が創られたりする。大阪市内の沖縄出身者、在日朝鮮人、そして被差別部落のひとびとからの聞き取り調査は、食に関する差別を描き出す。そして食事を通じてひとびとの相互理解が形成されるエピソードも紹介されるが、これはまさに排除の対になる「解放」の側面だろう。

本書が取り上げる話題は食の他に、歌謡曲、スポーツ、(差別を助長する)インターネット、映画やドラマにおける障がい者の表象、漫画と幅広い。

伝統的な差別が見えにくくなっている中で……これは意図的隠蔽と「見ないこと」に由来するがひとまずここでは措く……、インターネットを初めとする新しいメディアに現れる新たな差別と排除がかくも多様な形態であることに驚く。しかし、メディアは私たちの日常生活に深くよりそっているものだとすれば、驚くことでもないのだろう。伝統的な差別や排除も新しいそれと同じように形成されたものも多いのではないかと思う。是非、若い読書に手にとって欲しい一冊である。

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書評:原武史『可視化された帝国[増補版]--近代日本の行幸啓(始まりの本)』みすず書房、2011年。

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鉄道が形成する「可視化された帝国」

原武史『可視化された帝国[増補版]--近代日本の行幸啓(始まりの本)』みすず書房、2011年。

ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(NTT出版)は、近代史や近代文化史を研究する者にとっては、いわば基本中の基本ともいうべき現代の古典の一冊であろう。本書は、アンダーソンの「想像の共同体」論を、明治以降の近代日本の実状とすり合わせながらがら、国民国家の成立にメディアがどのような役割を果たしたのかを分析する。

国民国家の制度化に先行する「想像の共同体」は出版メディアによって可能となるという筋書きだが、筆者は日本社会においては、それに相当するものがなかったという。では、日本の近代国家の成立に貢献したメディアは何なのか。筆者は鉄道に注目する。

メディアといえば、情報を伝達する手段をイメージするから、「鉄道がメディア?」と聞けば違和感があるかも知れないし、鉄道ファンを自認する筆者ならではの牽強付会?と思うかも知れないが、それは早計だ。鉄道も情報を伝達するひとつの手段であるし、情報だけでなく人間そのものを「結びつける技術的な手段」という点においては、具体的なメディアであろう。

さて鉄道に注目する筆者は、明治期の国民国家形成に果たした最大の役割を、鉄道を用いた天皇の行幸啓であると指摘する。天皇の「お召し列車」が全国各地を通過することで、各地域のひとびとは動員される。決められた時間どおりに走る列車に向かって、いっせいに敬礼する。この振る舞いが拡大することで「帝国」が「可視化」されながら成立していくとみるのである。

本書は天皇制論、政治学、文化史としての価値が高い一冊であることはいうまでもないが、「鉄道文化史」としても面白い一冊である。


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和辻倫理学は、近代日本国家の勃興と挫折に運命を共にした思想体系であると評すべきもの

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 和辻倫理学の評価にかえる。彼の近代主義批判は、日本の文化的伝統に即しつつ西洋近代を克服しようとする試みであったが結果的には失敗に終わったといわなくてはならない。ただ彼がおちいった誤りは、現代史における文化的ナショナリズムの問題性を尖鋭な形で提起する、という一種の反面教師的役割を果たしている。文化と政治、民族と国家を一体化してとらえようとする志向は、現代世界のナショナリズムに色こく現われている傾向である。近代日本は、このような文化的ナショナリズムが育ちやすい歴史的条件を最もよくそなえた民族社会であったため、近代西洋のインパクトに対して敏感な反応を示し、それが近代国家形成の異常な早さになって現われてきたといえよう。しかし和辻の文化的ナショナリズムの背景には、白人種の世界支配に対する「怨恨(ルサンチマン)」が存在しており、その結果彼は、宗教と文化の問題を常に外面的な政治的次元から解釈するという誤りにおちいってしまった。一言でいえば、和辻倫理学は、近代日本国家の勃興と挫折に運命を共にした思想体系であると評すべきものであろう。現代のわれわれは、否応なしにそういう近代国家の遺産を--プラス・マイナスともに--引きついでゆかねばならぬ運命にある。われわれに要求されているのは、彼の遺した学問的遺産をいかなる形で継承するかという課題である。
    --湯浅泰雄『和辻哲郎 近代日本哲学の運命』ちくま学芸文庫、1995年、399頁。

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少し古い本からなのですが、湯浅氏が簡潔に和辻倫理学の限界について指摘したのが冒頭の一節。しかし、この問題は、和辻哲郎一人の問題ではなく、近代日本の思想家すべての問題なのかも知れません。

発想する土壌から完全に自由になることは不可能だから、それに対してどれだけ自覚的に引き受けることができるのかどうか。そしてその否定を脊髄反射としないように取り組むことができるかどうか。この辺なんだろうと思います。

昨今、安直な文化の回帰主義が流行の気配がありますが、回帰の対象として理想化される「近代日本国家」というものは、勃興から挫折へという歴史です。何がそこで問題となり、挫折したのかを精確に捉え、その遺産を引き受けていかない限り、その模倣は、模倣される対象よりもいびつなものとなってしまうと思われる。
 


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酒をのめ、君、つまらぬことを言わぬがよい。

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選ぶなら酒場の舞いの男(カランダール)の道がよい。
酒と楽の音と恋人と、そのほかには何もない!
手には酒盃、肩には瓶子ひとすじに
酒をのめ、君、つまらぬことを言わぬがよい。
    --アマル・ハイヤーム(小川亮作訳)『ルバイヤート』岩波文庫、1979年、76頁。

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ツイッターをやってて良かったと思うのは「ああ、この人と会ってみたい」とか「この人と呑みたいなあ」っていう「息吹」を感じ取れることができることでしょうか。。

実際、おかしいやつらは一杯いるけど(汗、字面だけでヤバイかどうかはある程度わかる。ただお会いしたいなーっていう方はいっぱいいる。これは財産だなあと思う。

まあどのような情報媒介を選択しようとも、その背景には必ず人間が存在するわけだから、言葉をどのように使おうともその原点を忘れてしまうと、とんでもない言葉を垂れ流すようになってしまう。しかしそれを把握した人間は、人間を生かす言葉を使う。

そんなことをいつも感じるのですが、昨日は、ひさしぶりにそうしたお会いした方々と軽く一献のつもりが、ハンパ無く一献という状況を楽しんできました。

ご参加されました皆様、ありがとうございました。

日頃、ホント、この世の中はどうなっていくのか、目を覆いたくなるような毎日なのですが、また生きる希望を皆様から頂いたように思います。

ホント、ありがとうございました。


※蛇足ながら、国分寺の「恵比須屋」さんを利用しましたが、なかなか素敵なお店でしたw

http://r.gnavi.co.jp/g641700/


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書評:村岡健次『イギリスの近代・日本の近代―異文化交流とキリスト教』ミネルヴァ書房、2009年。

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宗教に軸足を置きながら、日本の西洋化の過程と問題に鋭く迫るユニークな一冊。

村岡健次『イギリスの近代・日本の近代―異文化交流とキリスト教』ミネルヴァ書房、2009年。

同じ島国として対比されるのがイギリスと日本。このふたつの国に関する比較文化論は盛んだが、どこか眉唾ものが多いのも事実だろう。しかし本書は本格的な比較史的論考である。イギリス近代史を専門とする著者が、自分自身の問題として日本の近代化をイギリスのそれと対比させて考察する。

日本に限らず、19世紀後半から20世紀にかけて遂行された「近代化」とは、異文化受容の歴史に他ならない。技術の受容だけが「近代化」ではないからだ。日本は様々な文物を西洋諸国から吸収したものの、「洋魂」の宗教に関しては「違和感」をもって対峙したのが特徴的である。

キリスト教の再渡来は明治以降本格化する。しかしその信徒数は、明治期のそれと現在も変わらずほぼ横ばいというのが実状だ。いわゆる「1パーセントの壁」がそれである。筆者は、その原因を「文化接触の違和感」に見出す。すなわち日本人の精神風土としての宗教認識が、外来のキリスト教への違和感として示され、積極的受容を拒んだ。

筆者は神社の家庭に生まれ、長じてからキリスト者になったという。日本に根付く宗教文化の伝統、そして異なるものを受容する過程というのは、筆者自身の「ことがら」でもあった。考察そのものは、平凡なきらいがなくもないが、説得力のある論考である。

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「黒白(こくびゃく)」で片づける思考方法を破棄してくれた池波正太郎先生への感謝

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 中年男の梅吉は少年のような矮軀(わいく)であったが、きちんとした堅気の風体で、連れの三十がらみの男と茶店から出て来て、参道を遠ざかって行った。そのとき、
 「では、明後日。またここでね、いいかえ」
 という梅吉の声が、はっきりとおふじの耳へ入った。
 連れの男は縞の紺木綿の半てんのようなものを着こみ、手に小さな風呂敷包みを持っていたという。
 「それからはもう、しばらくは、そこをうごけもせず、おそばも食べずにじいっとしていましたけれど……こわいのをがまんして、やっと……」
 「そうか。そりゃあ、よく見ておいてくれたな」
 「小野様さま、御役にたちましょうか?」
 「たつとも。いや、たてずにはおかぬ」
 「ま、うれしい……」
 梅吉がいう明後日というのは明日のことであるから、小野十蔵はすぐさま役所へもどり、御頭の長谷川平蔵の指示をあおぐと、
 「おぬしにまかせよう」
 この御頭は、にっこりとして、
 「おりゃ、当分は、おぬしたちにいろいろと教えてもらわねばならぬのでな」
 と、いった。
 このとき十蔵は、何とはなしに、この御頭の風貌に好感を抱いてしまった。
 (肚(はら)のひろいお人のようにおもえる。でなければ、なまけものだ)
    --池波正太郎「唖の十蔵」、『鬼平犯科帳 1』文春文庫、2000年、31-32頁。

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今日5月3日は、池波正太郎先生の命日ですので、twitterに連投したものですが少しまとめて掲載しておきます。

私自身は池波正太郎先生を師と仰ぐのですが、最初に読んだのは20代の半ばでしょうか。信頼する大人から「まあ、読んでみなさい」と言われたのがきっかけです。『鬼平犯科帳』の概要は知っていたけど、読み始めると止まらなかった。以後、赴くまま時代小説、そしてエッセーの類まで1年で全部読んだ。

はまりっぷりに自分でも驚く。

何に魅せられたのだろうか。いくつか理由はあるのでしょうが、先入見からスタートする二元論をやんわりと退ける力強さというのはその一つだろうと思う。しかし通俗的な善悪二元論を退けるからといって、「目を瞑る」わけでもない。この「黒白」(こくびゃく)だけに片づけない度量に引き込まれた。

いちおう、私も文学部の文学科(ドイツ文学)出身の文学囓りのはしくれだから何なんだけど、「大文字」の世界文学もよく読んだ方だと思うし、東洋の古典も大分読んだ。それはそれでいいものだと思う。しかし、それだけを「後生大事」にして、それ以外を全て否定するというのはいささかナンセンスだとも思う。往々にしてそういう連中が多いなかで育ったが、それは所詮、文学から「学ぶ」というよりも文学に「淫する」ことなんだろう。

「池波なんてしょせん、娯楽の大衆小説だよな」と言われることに腹が立った。

難解さや思想的深淵さは、読み物にとって必要ではあるとは思う。そして「面白い」だけが文学の全てではないとは思う。しかし、前者のみを持ち上げるハイ・カルチャーを排他的に「卓越した芸術」と「淫する」人間には、人間存在の全体は見えないのだとは思う。もちろんその脊髄反射のアナーキーもご遠慮だけど。

お上品さとか難解で保守するのでもなく、お下劣とわかりやすさだけで革新するのでもないところに人間存在の豊穣さは実存するのではないだろうか。そんなことを僕は池波正太郎先生から学んだように思う。だから、以来、僕は……これは勝手にですが……先生を師と仰いでいる。

以来、毎年、『鬼平犯科帳』、『剣客商売』、『仕掛人梅安』は、毎年読み直しているから、10数回以上の再読が自分の生きる糧になっている。筒井ガンコ堂さんや常盤新平さんの足下には及びもしないが、自分自身はやっぱりりっぱな「池波狂」であり「池波教」であることは否定できないというか誇りだ。

ついでに、池波先生は、まったく軽くはありませんよ、念のため。師が小学校しか出ていないから低いという奴はバカだし、世界文学の殆どは読まれている。研鑽の鬼が師の異名なんだということも付言しておこう。しかも、吉川英治のようなルサンチマンがない。これは江戸庶民の国際性なんだろうと思う。

今日は先生のご命日。出会いに感謝です。

蛇足ながら、シャイな江戸ッ子の池波先生は「ゴルァ」などといいませんし「おすまし顔」をしません。これが実は師の映画批評に出ます。前衛的審美的フランス映画をのみ賛嘆してアメリカ映画を否定するのが戦後知識人の作法。しかし、氏は是々非々。これはすごいと思います。『銀座日記』でその消息が分かります。

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書評:鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社、2009年。

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鶴見さんのユニークな平和思想・非暴力主義、そして「じぶんで考える」という哲学的スタンスはどのように生成されたのか。

鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社、2009年。


個人的なことがらから語るとすれば、鶴見俊輔氏は、ぼくのなかでは綺羅星であることは否定できないし、そう思う方はぼく以外にあまた存在することは知っている。なぜ綺羅星かといえば、まさに「自前で思考」できるはじめての日本人だからなんだろうと思う。

さて本書は、鶴見さん(愛着と私淑を込めて「鶴見さん」と表現します)が八五歳当時に文芸雑誌『すばる』に寄せたインタビューを中心に構成された豊かなアンソロジー。そしてそれは「遺言」とも評すべき一冊となっている。

思い出は少年期の回想から始まる。

「こうして八十五年生きてみて、私はおふくろに大変感謝してるんだ」。

“正義と道徳の権化”の母親に反抗して札付きの不良少年が形成されるが、麻布の大邸宅の育った鶴見さんは「バカ殿様」とはほど遠い歩みを残すことになる。

まさに「おふくろに大変感謝」だ。

悪態のあげく、鶴見さんは、アメリカに“放擲”されてしまう。日本でいると親子ともに碌なことがないからだ。15歳で渡米、ハーバード大学に入学してから猛烈に勉強に取り組む。しかし日米開戦後、無政府主義の嫌疑で逮捕、獄中で卒論を書いて姉で南方熊楠研究の嚆矢として名高い鶴見和子さんが原稿をタイプして、なんとか卒業することができた。そして、卒業式の日に日本に送還される……。

道徳教本の権化のような母親からは善を強要され、悪を叱責された鶴見さん。しかし振り返ってみると、その経験から、善なるものも、悪なるものも、一人の人間に内在することを学んだ様子がこの一冊からは明瞭に理解できる。戦後のマルクス主義や共産党に対する特異なスタンスや、ベ平連、脱走兵援助への助力その延長線上に定位する。

終章は「原爆から始める戦後史」。ここでは、核開発、憲法九条、そして沖縄の連関がクリアカットに吐露されている。戦争という暴力の「産業」が全人類を動員するのが現代という時代。そこに抗う「非暴力の生き方」を語るために、本書は編まれたといってよい。そしてそのヒントは読んでお確かめを!、だ。

善の強さその弱さ、悪の問題と悪のしなやかさ。それがあわさってひとりの人間が形成される。この「人間とは何か」という窮極の問いを、身をもってして経験し思索し、哲学したのが鶴見さんの「歩み」なのだろう。

鶴見さんのユニークな平和思想・非暴力主義、そして「じぶんで考える」という哲学的スタンスはどのように生成されたのか。鶴見さん自身が簡潔にしてそして率直に語る一冊。


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「選択の余地のない唯一のアイデンティティという幻想」に抗する

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実際、世界における多くの紛争や残虐行為は、選択の余地のない唯一のアイデンティティという幻想を通じて継続されている。憎悪をかき立てる「技」は、その他の帰属意識に勝る卓越したアイデンティティと考えられているものの魔力を利用するものとなる。このような手段は都合のいいことに好戦的な形態をとるので、われわれが普段もっている人間的な同情心や本来の親切心も凌駕することができる。その結果は、泥臭い粗野な暴力沙汰にもなれば、世界的に策略がめぐらされる暴力事件やテロリズムにもなる。
    --アマルティア・セン(大門毅・東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力--運命は幻想である』勁草書房、2011年、7頁。

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こないだからまとめてセン(Amartya Sen,1933-)の議論を追跡しています。

実際のところ、世界各地で頻発する対立と構想というものは、「選択の余地のない唯一のアイデンティティという幻想」を介して継続され拡大再生産されていることはセンの指摘を待つまでもなく、その通りです。

しかし、こうした対立は、TVで映し出されるどこか遠くの世界での出来事だけでなく、家庭や会社、友人関係においても発動しているのではないだろうか、とも推察されます。

センの議論を、恐らく他人事としての話題にしてしまうだとか、学者という偉い先生の議論だけですよ、僕たちにはあんまり関係ないんですよねー、という認識でこれを受容するととんでもないことになってしまうでしょう。

なぜなら、結局自己をどこに定位させ、豊饒な相手を一つの視点からのみ眼差すという意味では、どこにでも起き得るわけですから。そのことをスルーしているというのが実際の日常生活でしょう。

たえず多層的・重層的なわたしとあなたを見る流儀を身に付けることが必要不可欠なのですが、しかし、ひょっとすることこれまた難事なのかも知れません。

私事ながら、思い出すのは、数年前、お受験のために子供が専門塾に通っていたときの出来事です。

勿論、これは私の子供だけの話かもしれませんが、例えば、一つの物体を見た場合、別の方向から見るとどう見えるのか、という問題に対して彼が難渋していたことです。

喩えはよくありませんが、缶ビールを見た場合、どのようなイメージが表出するでしょうか。ヨコから見ると、長方形。上から見ると円形。斜めからみると……というかたちで表現していくわけですが、これが極めてニガテだった様子です。

こうした経験を振り返ると、人間の認識構造はある程度、ひとつの眼差しに慣れてしまうと、他の角度からものを見るということ、そしてその想像力というものが鈍磨してしまうのでは???と思った次第です。
そしてこれは、いうまでもありませんが、私自身においても例外ではありません。

思考実験として様々なものごとに対して……特に日常生活において「考えることに値しない」という事柄をあえて、自分で定義し直してみるというのは、一つの多層的な思索を身に付けるうえでは、重要な訓練になります。

しかし、それだけでなく、視覚や聴覚におけるそうした「訓練」というやつも意識的にしていくべきなのではないかと思った次第です。

「選択の余地のない唯一のアイデンティティという幻想」という奴は「このような手段は都合のいいことに好戦的な形態をとるので、われわれが普段もっている人間的な同情心や本来の親切心も凌駕することができる」ものですから、それに対抗するには、意識的な挑戦が必要なのだと思います。

缶ビールは確かに横から見ると長方形。しかし、それだけが缶ビールのすべてではないとすれば、様々な角度から見たイメージを書いてみる、想像する、といったたわいもない行為かもしれませんが、ひょっとすると役に立つのかも。そうすることで、一つの角度からしか見ないという眼差しを避ける、そして想像力の鈍磨を避ける一助になるのではないかと思います。

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もうすこし信じることをやめて、その分認識するように・もうすこし願望することをやめて、その分活動するように・願望することをやめて、その分愛するように

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 願望することを自分に禁じるのも、絶望を望むのも問題とはなりません。肝心なのは、理論的な領域では、もうすこし信じることをやめて、その分認識するようにすることですし、実践の、つまりは政治や倫理の領域では、もうすこし願望することをやめて、その分活動するようにすることです。そして最後に、情動や精神の領域においては、もうすこし願望することをやめて、その分愛するようになることです。
    --アンドレ・コント=スポンヴィル(木田元、小須田健、C.カンタン訳)『幸福は絶望のうえに』紀伊國屋書店、2004年、96頁。

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哲学をよく知らない初学者に「幸福とは何か」について考察したスポンヴィル()の一冊を、少し調べることがあり再読していたのですが、この小著によって刮目されることがしばしば。幸福を論じたものでありながら、第一級の現代批評ともなっていますね。


1)「理論的な領域では、もうすこし信じることをやめて、その分認識するように」
昨年の震災以降、露わになった転倒がここなのでしょう。「信じることをやめて、その分認識する」ことの大切さ

2)「実践の、つまりは政治や倫理の領域では、もうすこし願望することをやめて、その分活動するように」
テレビを見ながら政治家たちの失態に対して悪態をつく一方、根拠のない変革への憧憬を忖度する態度。願望する対象の間違いという問題への指摘。


3)「情動や精神の領域においては、もうすこし願望することをやめて、その分愛するように」
最後にまとめとして、願望することをやめて、その分愛するようにという指摘。

人生を背負って、歩み続けるしかないわけですから、この3つのポイントは大切にしたいと思います。恐らく願望すべきことがらに願望せず、認識せずことがらに対して認識せず、愛すべきことがらに対して愛せずというのでは本末転倒どころか不幸になってしまうという話ですね。

さて、少し風邪で調子がわるいので今日はこの辺でご寛恕を。


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書評:ムスタファ・シェリフ(小幡谷友二訳)『イスラームと西洋―ジャック・デリダとの出会い、対話』駿河台出版社、2007年。

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デリダとイスラーム?……文明の根源は「多元性」の尊重、そして保障する「来るべき民主主義」の普遍主義を語る。

書評:ムスタファ・シェリフ(小幡谷友二訳)『イスラームと西洋―ジャック・デリダとの出会い、対話』駿河台出版社、2007年。


「私は多元性が文明の本質そのものであると思います。多元性と言っても私は他者性という意味で使っていますが、差異の原理、他者性への敬意、これらは文明の根源と言えます」(デリダ)

著者のムスタファ・シェリフは、アルジェリア生まれの哲学者・イスラーム学者、政治家としても活躍するなど多彩な人物として知られている。本書は2003年、パリのアラブ世界研究所で開催された「アルジェリア・フランス、文明の対話に尽力した重要人物へのオマージュ」というテーマのシンポジウムでの著者とデリダの対談をレポートしたものだ。

デリダとイスラーム……一見すると、二つのキーワードは関係のないように見えるが、そもそもデリダはアルジェリア生まれのユダヤ人であること、そしてその批判的思索は絶えず「西洋」なるものを相対化させようとする試みであったことを想起すれば、この二つは全く別のものではないのだろう。そして本人自身が「地中海の子」と自己規定している。

さてデリダはシェリフとの対談で、「多元性」の尊重、そして「民主主義の普遍主義」を希求しているということを率直に語っている。「差異の原理、他者性への敬意、これらは文明の根源」であり、それを保障するのが「来るべき民主主義」である。ヨーロッパ中心主義的伝統を退けながら、現実には実在していない「来るべき民主主義」を説く。自己批判と改善可能性を受け容れることに軸足を置く民主主義は、イスラームと西洋の双方のためになるだろうと展望している。

シェリフが質問してそれに応える体裁だが、著者自身が誰よりもデリダを尊敬していること様子がにじみ出ており、ほほえましさを覚える。そして、質問に丁寧に応えるデリダの様子は、デリダ像を一新してくれるものであり驚いた。西洋世界とイスラーム世界のをむすびつけようとするデリダの平易な語りは、デリダ晩年の思索の恰好の入門書でもある。

またアルジェリアをはじめとする「北アフリカ」はイスラームとして歴史の古い地域であり、地中海を挟み現在に至るまでヨーロッパとの多様な交渉のある地域だ。「中東」に集約されるイスラームに対する平板なイメージを破壊してくれる一冊でもある。

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覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評『なぜ地球だけに陸と海があるのか』=巽好幸・著」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『なぜ地球だけに陸と海があるのか』=巽好幸・著
(岩波科学ライブラリー・1260円)


 ◇水ゆえに大きく変動するこの星のしくみ
 地球に陸と海があるなんてあたりまえ、多くの方がそう思っているだろう。私の場合、仕事柄海については考えてきた。地球は水の惑星と呼ばれ、海があったからこそ生命体が生まれたのだから。でも陸は……。
 実は、大陸の形成は地球上の重要事件であり、しかも近年その研究に大きな進歩が見られているようなのだ。著者らはその中で「大陸は海で生まれる」という仮説を立て検証中なのである。新しい科学を生みつつあるワクワク感が伝わり、読むうちに「地球だけに陸と海がある」という文字が輝いてきた。
 地球は、中心から核、マントル、地殻という三層構造をしており、地殻はマントルの上に浮いている。マグマから作られる地殻には、大陸地殻、海洋地殻の二種がある。前者は安山岩質で平均四〇~五〇キロメートル、後者は玄武岩質で六キロメートルと組成も厚さも異なる。これが惑星としての地球の特徴なのである。
 ところで、この地殻なるもの安定してはおらず、常に作られ続けている。ここで登場するのがプレートテクトニクスである。地球の表層を覆ういくつかのプレートは、地殻とマントルの一部が一緒になったもので常に動いている。海洋プレートは火山が密集するところで海溝からマントルへと沈み込み、ここで安山岩質のマグマが発生することがわかってきた。先に大陸地殻は安山岩質だと述べた。そこで、この沈み込み帯で大陸地殻が作られるのではないか、つまり海で大陸は生まれるのではないかという考え方が出て来たのである。
 一九九六年、東大の海洋研(現大気海洋研)が伊豆・小笠原諸島付近の地下構造探査で火山の真下に二〇キロメートルの厚さをもつ「島弧地殻」を発見し、それが大陸地殻と同じ安山岩質だった。そこで小笠原諸島から更に南のマリアナ諸島も含めた「伊豆・小笠原・マリアナ弧(IBM弧)」調査プロジェクトが始まった。IBM弧があるフィリピン海プレートが年間数センチ移動し、この運動によってマントルに沈み込んでいることが、海溝型巨大地震「南海・東南海・東海連動型地震」を発生させているという重要な場所である。IBM弧の誕生は五〇〇〇万年ほど前、その後プレートと共に北へ、更に東へと移動し、一五〇〇万年前にアジア大陸から分離してきた本州に衝突した。伊豆半島・丹沢山地がこれでできたのだが、近年、衝突の際に地殻の一部が融(と)けて接着剤となり、それが丹沢の花崗岩(かこうがん)であることがわかってきた。陸の誕生の経過が身近に残されているのである。
 三八億年前に始まったプレートテクトニクス。以来沈み込み帯で大陸が作り続けられていることで地球という星の特徴が生まれたことがわかってきた。著者はそれを「サブダクションファクトリー」(沈み込み工場)と名付け、海洋物質(堆積(たいせき)物、地殻、マントル)を原材料とする大陸形成とそのための地球内部の物質循環を語る。金星や火星にもマントルや火山活動があるのにプレートテクトニクスがあるのは地球だけなのは、沈み込みが起きるには摩擦を小さくする水が必要だかららしい。結局水に戻った。水惑星と聞くと、美しく青い星を思い浮かべるが、水ゆえに地球は大きく変動する星にもなったのだ。地震もこの地球変動の一つなのである。
 宇宙や生命に比べて地球はあまり語られていない。正直、不慣れな用語や物質名にかなり戸惑った。興味深いテーマなので、今後更に読みやすい本の登場を期待している。
    --「今週の本棚:中村桂子・評『なぜ地球だけに陸と海があるのか』=巽好幸・著」、『毎日新聞』2012年04月29日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120429ddm015070013000c.html


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