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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、

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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐ糧さえあれば、
君とともにたとえ荒屋に住まおうとも、
心は王侯(スルタン)の栄華にまさるたのしさ!
    --オマル・ハイヤーム(小川亮作訳)『ルバイヤート』岩波文庫、1979年、78頁。

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水曜日は、千葉の大学で倫理学の講義をしてから、夕方の早い時間から盃を交わしてしまいました。

ずーっとツイッターでやりとりをされている人生の大先輩が、東京へ所用があるということで、お互いに所用をすませてから、初めてお会いし、一献……というかげふんげふんとなるぐらいお酒を飲み交わしてしまいました\(^o^)/

身近な生活から文化や文明、そして宗教等々さまざまな問題に関して闊達な意見を交わすことができ、自分自身も、また生きて頑張ろうというひとつのきっかけになったかと思います。

Mさん、ありがとうございました。

しかし、つくづく実感するのは、ツィッターの「人と人を結びつける」善なる側面のすごさ。もちろん、ヘイトスピーチや嘘やデマを垂れ流す負の側面もあるのは承知ですが、1ポストがたった140字の短さですが、そこにやはり人間性というものは醸し出てくるというもの。

間違いない、素晴らしいーと思った人はやはり会ってみると、想像以上ということが殆どでした。

それから付け加えるならばツイッターのすごさは、身分や社会的地位にかかわらず、水平に向き合うことができるということ。日頃の生活世界では、やはりポジションによって遠慮してしまうところがあるのですが、わりときちんと話ができるというところでしょうか。
※もちろん、粘着してきたり誤読の上揶揄してくるような人もいるのは事実ですが。

しかし、たった2時間弱の語らいでしたが、ホント、いい時間を過ごすことができました。

重ね重ねですが、Mさん、本当にありがとうございました。


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