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信頼の現象は単に他を信ずるということだけではない

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 信頼の現象は単に他を信ずるということだけではない。自他の関係における未定の未来に対してあらかじめ決定的態度を取ることである。かかることの可能であるゆえんは、人間存在において我々の背負っている過去が同時に我々の目ざして行く未来であるからにほかならない。我々の現前の行為はこの過去と未来との同一において行われる。すなわち我々は行為において帰来するのである。その行為の背負っている過去はさしずめ昨日の間柄であるとしても、その間柄は何かを為し、あるいは為さないといことにおいて成り立っていた。そうしてその為し、あるいは為さないことは同様に帰来の運動にほかならなかった。〔中略〕だからそれがいかに有限な人間存在であっても、本来性より出でて本来性に還るという根源的方向は失われない。我々の出て来た本が我々の行く先である。すなわち本末究竟等である。ここに不定の未来に対してあらかじめ決定的態度を取るということの最も不快根拠が存するのである。
    --和辻哲郎『倫理学 二』岩波文庫、2007年、24-25頁。

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昨日は、授業が済んでから、八王子にて、広島の友と快飲!

2時間ぐらいの予定で構えていたのですが、結局、終電コースまでというおるずでしたが、出張にあわせて、貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました。

また宜しくお願いします!!!

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