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書評:リチャード・ホーフスタッター(田村哲夫訳)『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年。

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アメリカの「正義」を根柢から支える「知性への敵視」という伝統

リチャード・ホーフスタッター(田村哲夫訳)『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年。


本書の主題は、アメリカ合衆国が建国以来、広く社会に浸透している「反知性主義」。

まず、建国と密接に関わる宗教的な知性への敵視である。宗教的な純粋の探求が「新大陸」へ人々を向かわせた。純粋なキリスト教への回帰は福音主義に基づく平等としての理想郷建設と向かうが、同時にこれは宗教における学問性を危険なものとして退ける傾向を帯びることになる。

そしてこれが政治の世界にも顔を出すことになる。知識人や専門家が指導者になるよりも、無学の男や大衆の英雄が大統領に選ばれることがしばしばある。時代の変遷のなかで、専門家の役割は必然的に高まっていくが、知性への敵視は弱まることはない。政治における知識人の役割が高まることは、産業世界でも同時進行だが、ここでもその傾向は無関係ではない。

最後は、驚くことに教育の分野における反知性主義。発端は19世紀初頭だが、1910年頃にそれは本格化する。民主主義や経済生活の向上に資するのは実学とされ、実用に反する学問は「無用の長物」として扱われる。

かくも様々な分野で知性への敵視の伝統が脈々と根付いていることには驚くほかないが、これはまさにアメリカ合衆国が民主的制度や平等主義的感情に基礎づけられていることのひとつの帰結でもあろう。だからといって、民主的制度や平等主義を否定してもはじまらない。問題は、知性の驕りと「知性への敵視」という感情である。そしてこの情況を克服するには、鍛え上げた知性の力によるほかない。

アメリカ社会におけるそのような伝統を概観した一冊だが、決して他人事ではない。今から半世紀近く前に書かれた本とは信じがたい。戦慄する前に、反知性と知性の関係を自身の問題としてとらえるほかない。


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