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覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

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今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著
毎日新聞 2012年06月24日 東京朝刊
 (新潮社・3150円)

 ◇生きる者を励まし続けた作家の思い
 悲劇がしばしば死を賛美するのに対し、喜劇は生を称揚する。どんなにぶざまで弱くて愚かでも人間が生きることは素晴しい。井上ひさしはこの意味での喜劇の精神を大事にし続けていた。否定より肯定の人だった。
 氏が逝ってから二年。井上文学の良さを敬愛こめて描き出したみごとな評伝が登場した。著者は長く山形新聞で文化欄を担当した人。多作多才の作家の全作品を丹念に読みこみ、さらに多方面にわたる活動にも目を向け、豊かで深みのある評伝に仕上げている。
 葬儀の時、三女は父の柩のなかにディケンズの『デビッド・カパーフィールド』を入れたという。井上少年が最初に感動した本。
 五歳で父親を失ない、戦後、生活に追われる母親と別れ、仙台の養護施設に入ることを余儀なくされた少年は、孤児同然のデビッドに自分を重ねたのだろう。
 人の世は悲しみにあふれている。悲しみは最初からあるが、笑いや喜びは誰かが作り出さなければならない。悲劇より喜劇を大事にする井上文学はそう考えた時に生まれた。まさに「ひょっこりひょうたん島」の歌詞にあるように「泣くのはいやだ笑っちゃおう」。
 不安定な家庭環境のため仙台をはじめ東北各地を転々とした。そのつど言葉の違いに悩まされた。東京に出て来てからは標準語が喋れずに苦労した。吃音症にもなった。
しかし、そこから逆に日本語への強い関心が生まれ、それはのちにユートピア小説『吉里吉里人』に結実する。文学は挫折の総和だとすれば井上ひさしはまさに青少年期の挫折体験こそを糧にした。
 本書は引用が多いのが特色。井上作品からだけではなく、その小説や舞台を評した評論家の文章も数多く引用されている。
 著者の豊富な読書量を物語るし、引用の適確さはみごとな「引用の織物」と呼びたい。引用によって自分の意見をなまに出すことを抑えるという知的慎しさにもなっている。
 井上ひさしは朝日新聞で「文芸時評」を担当した時、一冊の小説の批評を書くためにその著者の全集まで読破したという。原稿がいつも遅れ、自ら「遅筆堂」と名乗ったのもこの丹念さと関わっている。
 少年時代の養護施設での体験にも井上ひさしの肯定の精神、他者への敬意が窺える。
 カトリックの施設に入った。井上少年は宗教そのものより、外国人の師父たちが私心を捨てて日本の貧しい子供たちを大事に育てようとする姿に心うたれた。粗衣粗食、手を泥だらけにしながら野菜を作る。「私にとって、宗教は、教義よりも人なのである」
 神を信じることは難しい。しかし神を信じている無私の師父たちは信じられる。信仰の本質はここにあるだろう。『モッキンポット師』ものは彼ら師父たちへの敬意から生まれている。
 本書で教えられた意外な事実がある。井上作品、とくに戯曲にはなぜかよく死者や幽霊が登場する。宮沢賢治の生涯を描いた『イーハトーボの劇列車』は死んだ農民の話だし、『頭痛肩こり樋口一葉』では女性たちの幽霊が活躍する。『父と暮せば』は広島の原爆で生き残った娘が、死んだ父親の幽霊と対話する。『ムサシ』では武蔵と小次郎以外の登場人物は亡霊である。
 しかも死者たちは優しい。穏やかな知恵を生者に与え、励ます。弱気になっている人間たちが死者や幽霊たちによって励まされる。
 驚くべき井上ひさしの証言が紹介されている。「ひょっこりひょうたん島」について。二〇〇〇年の九月、故郷の山形県川西町で講座が開かれた。その席でこの明るい児童テレビドラマの作者は「これまで誰にも言うまいと思ってきたこと」だとしてこう言った。
 あの子供たちはみんな「死んだ子供たち」なのだ、と。これには本当に驚いた。明るさの裏に暗さがある。生の隣りに死がある。井上は言う。
 「『ひょうたん島』の明るさは、絶望の果ての明るさ、死後の明るさなのです」
 井上文学の深さを見る思いがする。そういえば小説『四十一番の少年』や戯曲『藪原検校(やぶはらけんぎょう)』『雨』には暗さがにじみ出ていた。
 『イーハトーボの劇列車』には「思い残し切符」という印象的なものが出てくる。死んでゆく者が生きている者に、これだけはいっておきたいと思いを残す。その思いが生きている者に切符となって伝えられる。
 「自分たちは精一杯やった、力足らずでここでオサラバするけど、頼むぞと、あとへ託していくといいますか、次の走者にバトンを渡す(略)」
 井上ひさしは憲法擁護や、農民とコメを大事にしない農政批判など社会的発言をし続けた。あくまで柔らかい、ユーモアのある言葉でだったが。そこには「思い残し切符」を、あとに続く者に渡そうと走る者の姿があった。『ひょっこりひょうたん島』のモデルは三陸にあるという。いま井上ひさしが生きていたら3・11のあとの日本をどう見ているだろう。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120624ddm015070032000c.html


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