« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

支配する者は「上司」ではなく、個人的首長であり、その行政幹部は、本質上「官僚」ではなくて、個人的な「臣僚」である。

101

-----

第三章 伝統的支配
〔6〕 伝統的支配
 支配の正当性が、古くより伝承されてきた(「以前から存する」)秩序や首長権力の神聖、という基礎に立脚しかつ信じられるとき、その支配を伝統的〔支配〕とよぶことにしておく。首長(または比較的多数の首長)は、伝統的につたえられてきた規則によって設定される。かれが服従されるのは、伝統をつうじてかれらに賦与された、固有の品位によるのである。ごく単純なばあいには、支配団体は、主として教育の共同ということによって規定された、恭順団体なのである。支配する者は「上司」ではなく、個人的首長であり、その行政幹部は、本質上「官僚」ではなくて、個人的な「臣僚」である。被支配者は、団体の「成員」ではなくて、(1)「伝統的同輩」(〔7〕)であるか、あるいは(2)「臣民」なのである。首長にたいする行政幹部の関係は、没主観的な職責ではなく、個人的な家臣として中世によって決定されたのである。
    --マックス・ウェーバー(濱嶋朗訳)『権力と支配』講談社学術文庫、2012年、52-53頁。

-----


ウェーバーの大著『経済と社会』のなかの理論的な部分、とりわけ「支配の諸類型」に関して、ハイライト的に訳出されたものが待望の文庫収録!

支配の類型を、「伝統的支配」、「カリスマ的支配」、「合法的支配」に分類し、歴史的経緯でその内実をダイナミックに論じた古典中の古典といっていいでしょう。みすず書房だか創文社だかのそれを演習で読んだのが学生時代ですから、20年ぶりぐらいの再会でしょうか……。

自分自身がそのころ、ウェーバーの分析に関心がなかったというせいもあるのですが、帰りの電車で読んでいたのですが、ほうほうと驚くことばかり。

その意味では、学生時代に読んでピンとこなかった1ッ冊っていうのは、文学にせよ哲学にせよ、数年経て再会すると驚くことってたくさんある訳ですが、脱線せずにもどりましょう。

ウェーバーも大物ですから「乗り越えられた」とか「限界」がなによりも先に指摘される先達になりますが、その眼差しと射程は、簡単に「乗り越えられた」とか「限界」を指摘するだけでははじまらないなーというのが正直なところです。
※もちろん社会学をプロパーとする専門家には別の意見があることは百も承知ですが、印象論風に語れば、そういう読感というのは否めないというアレです。

さて、ぱらぱらよみつつ、想起するのは、やはり大阪の市長さん。

現在は、様々な支配と服従のシステムがコングリマリットのように複合的にからみあっているので、それは「これだ!」などとは1つに還元できないは承知です。

しかし、それでも建前としては、「合法的支配」に準拠するのが現代の行政システムであることは否定できないと思います。

冒頭には、「伝統的支配」の特徴を論じた部分を紹介しましたが、まさに、部下に対しては「上司の命令を聞け」という表現を使いますが、求めていることは、「官僚」としての職務上の服務よりも「臣僚」としてのそれであり、行政機構は有無をいわせぬ「恭順団体」の様を呈していますよね。

首長にたいする行政幹部の関係は、「個人的な家臣としての忠誠」を内心・外面にかかわらず強要する様を拝見するにつけ、、、

「固有の品位」はないにもかかわらず!!!

「法律ガー」とはのたまいますものの、「ここは、伝統的支配」に正当性を求める前時代なのカー!!!

と錯覚してしまいます。

たしかに山積する問題に対処することは必要ですが、その強権的手法と、自身からの提案でなく、言及への反射というスタイルだけみていると、そら恐ろしいものを感じてしまうのですが、この危惧は小さくみつもるとエライことになってしまうと思うのは僕一人ではないでしょう。

再来というものは、まさに「再び」「来る」ことなので割合と見抜きやすいと思います。しかし目的が同じであっても、スタイルをずらしながらやってくる「あたらしい」やり方っていうのは見抜きがたいものです。

それに加えスピードがはやい!!!

まさにまるで専制君主かと見まがうほどですが、

「どんどん、やれ、やれー」

って観客民主主義ではない選択を賢明に取らないと、ホント、取り返しのつかないことになってしまうと思うのですが……ねぇ~。

加えて、ウェーバーの精緻な類型化は、フーコーによる「新しい」権力論が登場するおよそ半世紀前のこと。

いったい、どうなってることやら。

しかし、君が代やら日の丸やらを「動員」するという意味では、「伝統」すらも「利用」しているというわけですしねー

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:セバスチャン・ロファ(原正人、古永真一、中島万紀子訳『アニメとプロパガンダ 第二次大戦期の映画と政治』法政大学出版局、2011年。

101

戦争の歴史とその発展を重ね合わせてきたアニメの歩み--大戦時各国の作品を比較検証

セバスチャン・ロファ(原正人、古永真一、中島万紀子訳『アニメとプロパガンダ 第二次大戦期の映画と政治』法政大学出版局、2011年。


「政治の指導者たちがイメージの力に気づいたのは四十年代の初めになってからである。敵国を非難するすぐれた風刺アニメが一つあれば、巧みな文章で書かれた数百枚ものビラよりも多くの打撃を与えることができる。アニメの説得力は戦争を通じて発見されたのである」。

 本書は、第2次世界大戦時に日本やアメリカをはじめとする世界各国で制作されたプロパガンダアニメを詳細に検証し、その実像を描き出す。

 メディアと戦争の関係を扱う人間には、例えば、海軍省が巨額の経費をあてて質の高いプロパガンダ映画を製作したことは有名だが、イタリアやドイツ、フランスやソビエトなど各国の事例とすり合わせて検証した労作は殆ど無かったため、その出発点と現時点での集大成となる一冊といえよう。著者はフランスの研究者で1980年生まれと若いことに驚いた。

 さて、なぜ戦争にアニメが動員されるのか。それは「アニメは複雑な情報を絵で表現することで、誰にでもわかりやすく伝えられる」からである。アニメの誕生は1930年代だから戦争の歴史とその発展を重ね合わせてきたといってもよい。その源流を辿ることは、文化と権力の関係を知ることにもなりえよう。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「学校と私:後に大統領になる州知事と18歳で議論=ハーバード大教授、マイケル・サンデルさん」、『毎日新聞』2012年06月25日(月)付。

201


-----

学校と私:後に大統領になる州知事と18歳で議論=ハーバード大教授、マイケル・サンデルさん

 私は子供のころから人と議論するのが好きでした。ロサンゼルスの公立高校で生徒会長をしていた時には、当時カリフォルニア州知事で、後に大統領になるロナルド・レーガン氏を学校に招き、生徒たちの前で私がディベートしました。
 ベトナム戦争の真っ最中でした。生徒の大半は戦争に反対でしたが、レーガン氏はもちろん賛成です。18歳で選挙権を与えるかどうかについても議論しましたが、私たちがみんな賛成したのにレーガン氏は反対でした。
 さまざまなテーマで議論しましたが、レーガン氏の意見は、ほとんどで私たちと逆でした。それなのに、彼は生徒の心をつかんでいました。私たちの発言を真剣に聞き、それを尊重してくれたからです。9年後に大統領になる人と18歳の若者では、勝負にならないのも当然かもしれません。
 大学時代、新聞社でインターンシップ(職業体験)をしたことがあります。1974年、ちょうどウォーターゲート事件(当時のニクソン米大統領が辞任に追い込まれた政治スキャンダル)の真っただ中で、学生記者の私にも記事をたくさん書かせてくれました。
 感動的な夏の体験でしたが、いざ卒業段階になると、自分が政治記者になりたいのか、政治家になりたいのか、それとも他の何かになりたいのか分からなくなりました。そこで奨学金を得て、英オックスフォード大に進み、初めて政治哲学に出会いました。
 当初は1学期、哲学を徹底的に勉強したら、次は政治・経済を深めようと思っていたのですが、気付いたら3年、4年となり、結局政治哲学の博士論文を書くことになってしまいました。それが私の最初の著書となり、その後、政治哲学を教えることになったのです。
 私の書いたものを日本でこんなに多く読んでもらえるとは想像もしていませんでした。若い人たちに、社会におけるさまざまな問題や正義とは何かについて真剣に議論したいという飢えがあるからだと思います。5月には慶応大や西南学院大でも講義しました。日本の学生はディベートが苦手と言われますが、決してそんなことはなく、お互いに相手の意見をよく聞き、よく考えて議論していました。【聞き手・井上俊樹】
■人物略歴 1953年生まれ。政治哲学の代表的論客。NHK「ハーバード白熱教室」で、日本でも人気に火が付く。近著に「それをお金で買いますか 市場主義の限界」(早川書房)。
    --「学校と私:後に大統領になる州知事と18歳で議論=ハーバード大教授、マイケル・サンデルさん」、『毎日新聞』2012年06月25日(月)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120625ddm013070033000c.html


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「学問とは何ですか」「それは知る喜びである」

101


-----

 学問そのものへの問いのなかで、とりわけ矢面に立たされた教科が一般教育でありました。教養を重視した新制大学の理念として各大学に設置された一般教養でしたが、高校の科目の単なる延長とみられたり、専門科目との関係づけの不十分さが表面化しました。
 その渦中にあって(大学紛争のころのこと……引用者註)、教養に関して考えたことを述べます。
 学生たちと大学総長とのある団交の席上、学生側から総長に質問が出ました。
 「学問とは何ですか」
 質問に答えて、総長は言いました。
 「それは知る喜びである」
 そのとたん一斉にわき起こった声は「ナンセンス、ナンセンス!」でありました。それにかき消されて、もはや総長は、説明の続行が不可能になりました。
 当時は、「当局側は何をいっても「ナンセンス」と一笑されていたものですが、私は、その総長を多少知っていましたので、のちのクラスの授業に戻ってから、自分の理解した限りで総長の言いたかったことを説明しました。総長の答えの力点は「喜び」の方にあるのでないか、すなわち詰め込みの知識でなく、陽明学に「知行合一」の言葉があるように、「知る」ことが実践と一体となったり、そこに身体感覚的な「喜び」を味わうと、今度は「喜び」が進んで「知る」に至るというような話をしました。
 教養とは、そのような意味での「知る」ことの養いであると、今でも思っています。したがって、すぐに効果の現れるものではありません。長い間の潜伏期間があり、人によって潜伏したまま発現しないで終わる場合があるかもしれないのです。
 教養の効果を問われるならば、三〇年近く一般教育にたずさわってきた教師の述懐にもなりますが、教育と同じく効果とは無縁の世界というのが正解でしょう。日本の教育行政をみていると、あまりにも即効性を急ぎ過ぎているようです。教育効果は相当に長い年月を要するものとみなくてはならないと思います。正しくは、最後まで効果を期待できないものであると、私自身は思うようになりました。
 近ごろ流行している言葉に「経済効果」があります。すぐに、金銭的価値に換算してしまう傾向です。経済的プロジェクトに関しては大事な問題ですが、なにごとにも、経済効果で価値を決めようとする風潮を感じます。教育や教養は、経済効果はもちろん、およそ効果設定に無縁なものの代表ではないでしょうか。教育や教養を物差しで測ることは困難でありますが、理念だけは高いに越したことはありません。その高い理念のひとつに、前述した意味での古典の読書があると考えます。
    --鈴木範久「心の古典に親しむ」、『古典に学ぶ』人事院公務員研修所、平成十七年、8-9頁。

-----


千葉の大学で一般教養の倫理学を講じているのですが、あと数回で終了です。

おもえば、週に1度の90分の授業するために往復6時間近くかけて通勤し、数名の学生とわいわいがやがや、自由にやっているのですが、あと数回となるとやっぱり寂しいものです。

たしかに通勤時間や費用対効果の面では、うーむと悩むこともあるのですが、それでも何時間でもかけて、たった1コマであったとしても、学生と言葉を介して、相対(あいたい)するというのは、やはり自分自身にとってもものすごく財産になるものですので、テキトーに済ませることはできないなーと実感する次第です。

さて、毎回、学生さんに、出席カード兼感想や質問用紙としてリアクションペーパーを配付しております。用紙の上半分をそれにあて、下半分は、読んでおいたほうがよい古典名著を1冊とりあげ、その抜粋とあらすじを紹介しております。

そうすると、時々、

「せんせい、こないだ紹介してくれた本、読んでみました☆」

……って反応があり、こちらもものすごく嬉しくなってしまうという単純野郎ですが、ホント、学生時代に、様々なものを身につけさせられる現行の「システム」のなかで、どれだけ、自分で探求するって契機は、そういう時代だからこそやっぱり大事だよなーなどと思うわけでして、まあ、あと数回になりますが、授業の中身だけでなく、様々なかたちで何かに触れさせていくという配慮はしっかり丁寧にやっていかないとーなと改めて思う次第です。

「知る」「喜び」とでもいうのでしょうか。結局、教員というのは何か出来上がった「知」なるものをカタログから紹介して、それを伝授するというのではなく、その手助けをする補助者にしかすぎませんから、一緒に学び合うことを大切にしたいと思います。

だから

「せんせい、こないだ紹介してくれた本、読んでみました☆」

ってあとに「ですけど、私はここがなっとくいかないんですよねー」っておまけもついてくるので、ここからが「はじまり」ですよね。

……と思いつつ、朝から何も食べずに授業したのですが、さすがに初夏の陽気にまいったので、乗換駅の高田馬場にて途中下車。17:00開店の「鳥やす」の1番客になった次第orz

まあ、こういう日もありますよ。

102


103


104


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:『幕末明治見世物事典』=倉田喜弘・編」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

201

-----

 明治5年春、英国人のジャーナリストが神田橋周辺でむしろ掛けの小屋に入ると、おぞましく不愉快きわまりない光景を目にした。少年が兎の死骸を食いちぎっていたのだ。「驚クベキ倫理を乱セシ野蛮ノ風習アリ」という記事が書かれた。国辱となじられたのだから、数日後には小屋掛けは一掃されたという。江戸期の人々はこの種の見世物になれていたが、それを低俗卑猥として改めるのが明治期の文化政策になる。生(いき)人形、居合抜き、猿芝居、河童、蛇つかい、女相撲、ろくろ首などは名前だけでも想像できる。だが、鳥むすめ、どっこいどっこい、のろま人形、阿呆陀羅経(あほだらきょう)などとなると、およそ思いもおよばなくなる。
 本書は、これらの見世物を豊富な図版を手がかりに説明する。たとえば、のろま人形は、江戸の人形浄瑠璃座で野呂松勘兵衛が「頭ひらたく色青黒く、いやしげ」な人形をつかったのが始まりだった。愚鈍を意味する「のろま」の語源でもあるのだ。
 およそ低俗卑猥とは程遠いものもあり、緻密で色鮮やかな貝細工などはその技芸が廃れたことが惜しまれる。世相と心性の社会史としてもすこぶる興味深い。
    --「今週の本棚:『幕末明治見世物事典』=倉田喜弘・編」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

-----

 202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:苅部直『丸山眞男 リベラリストの肖像』岩波新書、2006年。

101

手軽とはいえ、孫弟子の手による本格的な丸山眞男の評伝。生活史から丸山思想の背景をさぐる。

苅部直『丸山眞男 リベラリストの肖像』岩波新書、2006年。

-----

 いったいいつから、批判するとかのりこえるとか、精神を継承するとかしないとか、剣呑な言葉でしか、過去の思想はかたられなくなってしまったのだろう。どんな人であっても、ひとりひとりの人間が深くものを考え、語った営みは、そんなに簡単にまつりあげたり、限界を論じたりできるほど、安っぽいものではないはずなのに。
    --苅部直『丸山眞男 リベラリストの肖像』岩波新書、2006年、225頁。

-----

遅まきながら、苅部直『丸山眞男 リベラリストの肖像』岩波新書、読了。


この本は、評伝の体裁をとりながらも、ただたんに丸山の考え方や社会との関わりをカタログ風に時代順にならべただけではない。面白いのは、丸山の生活という観点から、思想形成を追ったところにある。
新聞記者の父のもとには、左を代表する長谷川如是閑、右を代表する井上亀六が自宅に出入する。知られざるエピソードがひとつひとつの挿画となって、丸山の歩みを多角的に彩り、思想形成をしていったその経緯は実に新鮮である。

さて筆者が注目するのは、丸山の「両義性」というスタンスである。少年時代の住まいも「山の手の新興住宅地」でありながら、近所には「荒木町の花街」、「鮫ヶ橋のスラム街」が存在し、父親の職業である新聞記者にしても「大新聞の社員」といってお、「気質の職業とは、必ずしも見なされていない」。東大助手への就任も、政治思想研究のはずが、日本思想史研究が要請されていく。

丸山のリベラル・デモクラシーの確立の格闘とは、どこを切り取っても「両義性」を強いられるなかで取り組まれたことがよくわかる。ここに単なる対決や、思想の新しさを気取ろうとする軽薄さをよせつけぬ丸山の丸山らしさをみてとることができる。そして、アマルティア・センのいう「アイデンティティーの複数性」を想起してしまう。

丸山には、過度の賛辞と過度の批判が存在する。そうした騒音に左右されずに、丸山の肖像を描いた本書は、はじめて丸山を読もうという人間にとって優れた水先案内となることは間違いない。


-----

 人と人、集団と集団、国家と国家が、それぞれにみずからの「世界」にとじこもり、たがいの間の理解が困難になる時代。そのなかで丸山は、「他者感覚」をもって「境界」に立ちつづけることを、不寛容が人間の世界にもたらす悲劇を防ぐための、ぎりぎりの選択肢としてしめしたのである。「形式」や「型」、あるいは先の引用に見える「知性」は、その感覚を培うために、あるいは情念の奔流からそれを守るために、なくてはならない道具であった。それを通してこそ、たがいの間にある違いを認めながら、「対等なつきあい」を続けてゆく態度が、可能になる。
    --苅部直、前掲書、210頁。

-----


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『螺法四千年記』=日和聡子・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

201


-----

今週の本棚:荒川洋治・評 『螺法四千年記』=日和聡子・著


 ◇『螺法(らほう)四千年記』(幻戯書房・2415円)
 ◇生き物たちが輝く「異風」の文学
 ことばも構成も、他で見かけることのない、異風の書き下ろし小説である。「渚(なぎさ)」「宝船」「笠貝茶屋」「詫(わ)び状」「ねむりねむるの君」「帰社」「乙女の心」「雲上の里」「身を知る雨」など二九の短章で展開。特別な表現はないので読みやすい。愛らしい生き物が、次々に登場。「今は、いつ? 古代? それとも、未来?」。渚の宿にいる印南(いなみ)は、世が変われば「白(しろ)蜥蜴(とかげ)」。いま話してた蟋蟀(こおろぎ)を、背後に回って、ぱくりと飲み込む。
 「いきっ。」
 これが印南(白蜥蜴)の、よろこびの声。奇抜。でもトカゲにとっては、いのちの声だから、たいせつな声。渚や水の関連か、弁才天が登場。楽器店に琵琶(びわ)の修理をしてもらう。修理代は年末一括払いとすることに。店長との対話。「かしこまりました。年末ご一括払いですね。ありがとうございます。」「こちらこそ。どうぞよろしく。ごきげんよう。」「またごひいきに。どうぞお気をつけてお帰りください。」
 ここかしこの、つきなみな会話が、なぜか輝いてみえるから不思議。いっぽう、同じ渚の「岩走る蛸(たこ)の乙女」は、体力が落ちた。以前なら軽かった石も、「うや?」と驚くほど重く感じることとなり、このところ「走り込み」をしている。
 <ほんのわずかにでも、こつこつ、やるのと、やらないのとでは、大違い。>
 この他、「しりしりしりしり」と這(は)う白蜥蜴の知り合いとして、「蛇の虹牟田(にじむた)や、蛙(かえる)の本庄(ほんじょう)、蠑〓(いもり)の出漣子(でれんこ)」などもいるが、弁才天の従妹(いとこ)で、諸国行脚中の火野目霊子(ひのめたまこ)も異色。生き物たちがふれあうなか、古文書「螺法四千年記」の断片がふわふわと浮かび、古代も未来も支えることになる仕組み。
 生き物たちはみな、お金がなく着るものも住まいも質素。衣食住、足りていないのだ。でもよく眠ること、眠ること。これらのようすはすべて親しみのあるもので、遠いものではない。「架空の話って、あたし、きらい。」と、蛸の乙女。<なぜ自分は生きていられるのか><誰の、何の、どうしたことのおかげで、生きることができているのか>を「不思議に思い、研究してきたのです。」という印南のことばの意味するところも、架空ではありえないだろう。
 この物語は、つくりものとして書かれたものではない。いのちというものをもつかぎり、誰が、どこにいて、どちらに向かってもたどりつく地点を見つめるために書かれている。出し物の多い長編なのに雑然とせず、むしろ整然とした印象を与えるのはそのためだ。その点でも、すぐれた作品である。
 ある村で。老夫が田に鍬(くわ)を入れて進む、そのうしろから、四匹の瓜坊(うりぼう)(イノシシの子ども)が「まるでその人のあとを慕って歩くように、ついてまわっている」。地中の虫を子どもたちが取りやすいようにと、親イノシシが土を掘り返しておいたのかもしれない。
 「もしもそうであったのなら、そうして一年の稲作の後片付けをしている人を、瓜坊たちは、親のしてくれることとまるで同じにとらえて、いや、区別できないで、しようともしないで、ひたすら恩恵にあずかっているということなのかもしれなかった。」
 老夫のあとをついて歩く、瓜坊たち。どちらの生き物も、見きわめることのできない風景のなかに置かれているのだ。このように一見特別な場面ではないときもたいせつなところに十分にふれている。心をほんとうにゆたかにしてくれるのは、このような「文学」なのだと思う。
    --「今週の本棚:荒川洋治・評 『螺法四千年記』=日和聡子・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120624ddm015070005000c.html


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

中心者に指示を待つのではなく「それぞれの立場で、こうやったほうがいい、いやこういうふうにやったほうがもう少しいいというようなやりかたというか」……

0101


-----

井上 ぼくがいちばん小さいときを思い出して、人間ていうのはこうやって生きていくのかなと思ったのは、雪国で育ったわけで、雪がたくさん降りますけれど、とりわけたくさん降る年があったんですね。それで、戦争中ですから、おやじさんとか兄さんとかですね、いちばん働き手というのはみんな町にいないわけです。残っているのは、子どもと女と老人なんですね。で、ポッカリとだいじな主柱がない家がほとんどで、それで暮らしてたわけです。それがある冬、ものすごい大雪になったわけですね。ぼくの家でもその隣の家でも、雪があんまり積もりすぎてミシミシいいだしたわけなんですよ。そのとき、みんなで自然に年寄りを中心にして、働き手がいないけどどうしたらいいかという相談が一瞬のうちになされまして、とにかく小さい子どもに屋根に上ってもらおうということになって、ぼくら体重が軽いんで屋根に上って雪おろしをするということがあったんです。その冬のことがひじょうに頭に残っているわけです。
 要するに中心人物がいない、いちばん頼りになる人がいなけれども、力のよわい子どもやお母さんたち、それに年寄りが一瞬のあいだに持ちばが決まって、子どもが上って雪をおろす。老人の場合、「ひさしまでこないで中心からおろしていけ」とかいろいろと教えてくれ、それをぼくは聞きながら、自分の判断も加えて雪をおろしていく。そのあいだにお母さんがたが、三軒ぐらいまとまって、おりてきたら温かいお汁粉まではいかないけど、おモチでも食わせようといった、そういう一冬がすぎたんですね。そのときに、自分は子どもで力はよわいけど、いろんな経験を人に教えてもらえば役に立てるとか、全員が寄ってたかって中心が抜けたところをうずめていたという印象がすごく残ってんですね。
 そして中心がズーッと抜けたまま、ぼくの場合おやじが死んじゃったし、戦争に行った人たちもかなり死んじゃって、町というのは中心が抜けたまま戦争の終わりを迎えて、そこへポカッと民主主義が入ってきたんですね。それぞれの立場で、こうやったほうがいい、いやこういうふうにやったほうがもう少しいいというようなやりかたというか、そういう方法論があって、そこになるべく大勢の人が納得できたほうがいいんだという、民主主義といいますか、素朴な考えかたというのがピシャッとはまったので、ぼくはアメリカ映画と野球と民主主義というのは、ほんとうにすばらしいものに見えたわけですね。それがいままでずっとつづているような感じがするわけです。
 結局、すべての人間は年をとっていって死ぬのを免れえないわけで、自分も年とったら若いやつに的確に自分の経験で、こうやったほうがいいよと教えられるような老人に、できたらなりたいというのがどっかにあるんですね。それがどうしてもギリギリの場で、何かかいているとヒョッと出て、われながら古いなあと思うんですよね。あの冬の、よわい者が全員で雪と闘ったという記憶から、その手で、いろんな世の中のマイナスというか、いやな世の中を直していけないだろうかという、人に笑われるような素朴な楽天主義をもっているところがありますね。
    --「笑う透明人間 井上ひさし」、『鶴見俊輔座談 民主主義とは何だろうか』晶文社、1996年、13-15頁。

-----


何かをすすめるうえでは、指揮系統をはっきりと定めてやったほうがはやいことは体験からもよく理解できる。しかしそれだけでもないのも体験からよく理解できる。

どちらがいいのかわるいのかということよりも、どちらかだけになってしまうのが問題なのかも知れない。

昨今、話題になるのが「決められない政治」からの脱却というのが口角泡を飛ばす勢いで様々な論者が議論し、政治家たちも「決める政治」へと舵を切ろうとしている。

たしかに、それはマア、大事なことだと思います。しかし詳細にその議論を覗いてみると、本来の目的とはちがったものが大きく伸張していることには驚いてしまう。

例えば、ものごとをテンポ良くすすめていくためのリーダーシップは必要でしょう。しかしそれと独裁は同義ではない。そして、現実に「決められない」から「決める」への転換についても、「決める」必要のないものばかりが次々と「決まっていく」状況を目の当たりにしますと、「おい、待てよ」と思ってしまうのは私だけではないと思います。

もちろん、そういうのを待望するひともいますし、テレビの政局報道に一喜一憂しながら、「やいのやいの」床屋談義に花を咲かせることで憂さ晴らしをしているひとがいることも承知はしております。

しかし、その状況から排除され、「やいのやいの」ということすらできない人々がいるという事実がスルーされている、そしてかえって今よりもヒドイ状況に追い込まれようとしていることには、正直ガクブルというわけですが、鶴見俊輔との対談で、井上ひさしが指摘するとおり、もっとも対象とされない弱い立場の人間ほど、あんがい、ものごとをすすめ、皆と協調して、「世の中を直して」いけるものでもあることには刮目すべきなんじゃないかと思う。

「要するに中心人物がいない、いちばん頼りになる人がいなけれども、力のよわい子どもやお母さんたち、それに年寄りが一瞬のあいだに持ちばが決まって、子どもが上って雪をおろす」。

人間を舐めた人間ほどテケトーなことをして困ったことを積み重ねるわけですが、人間を粗末にしない人間ほど、着実なことを積み重ねていくものだと思います。ほんとにね。

0102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

0201


-----

今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著
毎日新聞 2012年06月24日 東京朝刊
 (新潮社・3150円)

 ◇生きる者を励まし続けた作家の思い
 悲劇がしばしば死を賛美するのに対し、喜劇は生を称揚する。どんなにぶざまで弱くて愚かでも人間が生きることは素晴しい。井上ひさしはこの意味での喜劇の精神を大事にし続けていた。否定より肯定の人だった。
 氏が逝ってから二年。井上文学の良さを敬愛こめて描き出したみごとな評伝が登場した。著者は長く山形新聞で文化欄を担当した人。多作多才の作家の全作品を丹念に読みこみ、さらに多方面にわたる活動にも目を向け、豊かで深みのある評伝に仕上げている。
 葬儀の時、三女は父の柩のなかにディケンズの『デビッド・カパーフィールド』を入れたという。井上少年が最初に感動した本。
 五歳で父親を失ない、戦後、生活に追われる母親と別れ、仙台の養護施設に入ることを余儀なくされた少年は、孤児同然のデビッドに自分を重ねたのだろう。
 人の世は悲しみにあふれている。悲しみは最初からあるが、笑いや喜びは誰かが作り出さなければならない。悲劇より喜劇を大事にする井上文学はそう考えた時に生まれた。まさに「ひょっこりひょうたん島」の歌詞にあるように「泣くのはいやだ笑っちゃおう」。
 不安定な家庭環境のため仙台をはじめ東北各地を転々とした。そのつど言葉の違いに悩まされた。東京に出て来てからは標準語が喋れずに苦労した。吃音症にもなった。
しかし、そこから逆に日本語への強い関心が生まれ、それはのちにユートピア小説『吉里吉里人』に結実する。文学は挫折の総和だとすれば井上ひさしはまさに青少年期の挫折体験こそを糧にした。
 本書は引用が多いのが特色。井上作品からだけではなく、その小説や舞台を評した評論家の文章も数多く引用されている。
 著者の豊富な読書量を物語るし、引用の適確さはみごとな「引用の織物」と呼びたい。引用によって自分の意見をなまに出すことを抑えるという知的慎しさにもなっている。
 井上ひさしは朝日新聞で「文芸時評」を担当した時、一冊の小説の批評を書くためにその著者の全集まで読破したという。原稿がいつも遅れ、自ら「遅筆堂」と名乗ったのもこの丹念さと関わっている。
 少年時代の養護施設での体験にも井上ひさしの肯定の精神、他者への敬意が窺える。
 カトリックの施設に入った。井上少年は宗教そのものより、外国人の師父たちが私心を捨てて日本の貧しい子供たちを大事に育てようとする姿に心うたれた。粗衣粗食、手を泥だらけにしながら野菜を作る。「私にとって、宗教は、教義よりも人なのである」
 神を信じることは難しい。しかし神を信じている無私の師父たちは信じられる。信仰の本質はここにあるだろう。『モッキンポット師』ものは彼ら師父たちへの敬意から生まれている。
 本書で教えられた意外な事実がある。井上作品、とくに戯曲にはなぜかよく死者や幽霊が登場する。宮沢賢治の生涯を描いた『イーハトーボの劇列車』は死んだ農民の話だし、『頭痛肩こり樋口一葉』では女性たちの幽霊が活躍する。『父と暮せば』は広島の原爆で生き残った娘が、死んだ父親の幽霊と対話する。『ムサシ』では武蔵と小次郎以外の登場人物は亡霊である。
 しかも死者たちは優しい。穏やかな知恵を生者に与え、励ます。弱気になっている人間たちが死者や幽霊たちによって励まされる。
 驚くべき井上ひさしの証言が紹介されている。「ひょっこりひょうたん島」について。二〇〇〇年の九月、故郷の山形県川西町で講座が開かれた。その席でこの明るい児童テレビドラマの作者は「これまで誰にも言うまいと思ってきたこと」だとしてこう言った。
 あの子供たちはみんな「死んだ子供たち」なのだ、と。これには本当に驚いた。明るさの裏に暗さがある。生の隣りに死がある。井上は言う。
 「『ひょうたん島』の明るさは、絶望の果ての明るさ、死後の明るさなのです」
 井上文学の深さを見る思いがする。そういえば小説『四十一番の少年』や戯曲『藪原検校(やぶはらけんぎょう)』『雨』には暗さがにじみ出ていた。
 『イーハトーボの劇列車』には「思い残し切符」という印象的なものが出てくる。死んでゆく者が生きている者に、これだけはいっておきたいと思いを残す。その思いが生きている者に切符となって伝えられる。
 「自分たちは精一杯やった、力足らずでここでオサラバするけど、頼むぞと、あとへ託していくといいますか、次の走者にバトンを渡す(略)」
 井上ひさしは憲法擁護や、農民とコメを大事にしない農政批判など社会的発言をし続けた。あくまで柔らかい、ユーモアのある言葉でだったが。そこには「思い残し切符」を、あとに続く者に渡そうと走る者の姿があった。『ひょっこりひょうたん島』のモデルは三陸にあるという。いま井上ひさしが生きていたら3・11のあとの日本をどう見ているだろう。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『ひさし伝』=笹沢信・著」、『毎日新聞』2012年06月24日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120624ddm015070032000c.html


0202


0203


| | コメント (0) | トラックバック (1)

明るかったですね。とにかく天下国家の仕事をしているんですから

101_2


-----

取締りをすることの自負
 一九三〇(昭和五年)九月の大阪府特高課『特高時報』に寄稿した小橋正男は、社会主義の取締りについて「正面から議論で行くことは禁物で」、「搦手から彼らの揚足を取るに限る」と指導を受けてきたことに疑問や不満をもっていた。しかし、経済学者山本勝市のマルクス批判の著書『マルクシズムを中心として』を読むことで、「特高の使命が単に「取締」のために役立つのみでなく、むしろ、「社会的啓蒙」のために、充分の存在活を見出す」ことができたという。
 宮下弘が語る「明るかったですね。とにかく天下国家の仕事をしているんですから」(『特高の回想』)という特高課の活気も、特高警察のなかに、遂行する責務への自負が強かったことを示している。その自負を助長したのは「国家の警察」「天皇の警察」という意識だけではなかった。

立身栄達の道
 特高警察はその「特別」性ゆえに警察全体のなかでも主流に位置し、花形の部門であった。一般警察官の特高警察への移動は「抜擢」とみられた。(中略)
 特高警察部門で頭角をあらわすと、さらなる立身出世の道が開けた。口頭試験合格組のエリート官僚は別にして、“たたき上げ組”をみると、やはり毛利基はその典型である。警視庁特高課労働係の次席警部から労働係長、特高係長、特高課長(警視)を経て、佐賀県と埼玉県の警察部長にまで上昇する。
    荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年、93-95頁。

-----

このところ、人間の内心の自由を制限する、しかもそれは職務命令だから反対するな式の法案が丁寧な審議もなく次々と成立すると様には恐怖を感じてしまうのは、僕ひとりではないと思う。

ちょうど、戦前・戦中の思想弾圧の先兵となった『特高警察』に関する文献を読んでいたせいかもしれない。杞憂であればそれでよいのですが、どうも取り越し苦労で終わる気配を感じることができない。

ふり返ってみれば、「ひとたび制定された治安維持法がその使い手である取締り当局の恣意的運用にまかされていく」のが歴史の歩みだし、その最前線の現場では、「明るかったですね。とにかく天下国家の仕事をしているんですから」という活気や遂行する責務への自負があたまをもたげてくるのは必然でしょう。

いったい、だれが得をするのか。
いったい、それで本当にまもるべきもの……例えば著作権をはじめとする様々な権利……をまもることができるのか。
いったい、思惑はどこにあるのか。

冷静に議論することもなく、コッソリと進行していく様に、注視つづけるしかあるまいか。


102_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「目撃者=三留理男著」、『毎日新聞』2012年6月24日(日)付。

201_2


-----

目撃者=三留理男著
(毎日新聞社・3990円)

 20世紀後半、報道写真家として時代の最前線に立ち続けた三留理男。第1回土門拳賞受賞者でもある著者の、膨大な枚数の写真とインタビューでつづられた回顧録である。
 60年安保や三里塚など国内での取材はもちろん、タイ、カンボジアからパレスチナ、アフリカ飢餓地帯、そしてアフガニスタンやイランまでの足跡は「歴史の現場」そのもの。いまなお強さを失わない作品群が、激動の瞬間を伝えて圧巻だ。
 あくまでも低い著者の目線は、たとえばカンボジアで、あるいはアフリカで時代に翻弄される人々に寄り添い、その不安や怒り、悲しみ、絶望や悲惨をくみ取っていく。そうした人々の姿からは、生というものの苛烈な現実と共に、それでもなお人間は生き抜いてきたのだ、という不思議な肯定感さえ伝わってくる。
 取材時のエピソードにも事欠かない。なかでも、サルトルやホメイニ、アラファトなどの“巨人”を撮影した際のこぼれ話は、意外さや新鮮な驚きに満ちている。
 セミ判カメラから現在のデジカメまで、著者が使ってきたカメラの歴史も、もちろんしっかりとつづられていて、懐かしい。(図)
    --「目撃者=三留理男著」、『毎日新聞』2012年6月24日(日)付。

-----


 
202_2


203_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年。

101

-----

『特高警察』が新たな取締り対象を求めて自己増殖化していくこと、ひとたび制定された治安維持法がその使い手である取締り当局の恣意的運用にまかされていくことを、大きな犠牲の代償として学んだ。ゲシュタポの「非社会的分子」の強制排除やスターリン粛正などに代表されるおびただしい権力犯罪を経験するなかで、思想を取締り、人権を蹂躙することが誤りであり、否定されるべきことが二〇世紀を通じて確立され、二一世紀に引き継がれた。
    --荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年、232頁。

-----

本書は、悪名高い「特高警察」の組織と実態を史料と証言から全貌を明らかにする。国内の動向だけでなく朝鮮半島や満州での活動、ゲシュタポとの対比、敗戦による解体と継承まで視野に入れたアクチュアルな作品。入門的類書の少ない中、便利な一冊か。著者の『思想検事』と合わせて読むべき。

2011年は大逆事件から百年。著者自身あとがきで指摘するように「特高警察」百周年でもあることを私自身も失念したorz 高見順は「人権指令」発令直後「特高警察の廃止、--胸がスーッとした。暗雲がはれた想い」と日記に。自由や人権、平等といった価値を放擲するのは簡単だが、回復は至難。


昨今、機能不全や制度疲労から「赤子と一緒に産湯を捨てる」議論が横行している。アローの不可能性定理をもちだせば、民主主義の多数決議論の原理的誤りは明らか。しかし原理的なるもの以前の気分で否定というのが一番コワイのじゃないか。手続きと形式が煩瑣としてもそれは、内実を保障する担保だから。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:渡邊一民『武田泰淳と竹内好--近代日本にとっての中国』みすず書房、2010年。

101


渡邊一民『武田泰淳と竹内好--近代日本にとっての中国』みすず書房、2010年。
 
渡邊一民『武田泰淳と竹内好 近代日本にとっての中国』みすず書房、読了。両者は戦前から中国を通して日本を、日本を通して中国…即ち生身のアジアの問題…と格闘した一筋縄ではいかない思想家。その軌跡を学ぶことは過去を知るだけでなく現代の中国と向き合う自己を認識をする上で示唆に富む一冊。

竹田・竹内は、中国文学研究会結成し、旧来の中国学と訣別し、内在的理解を図ろうと試みる。しかし、時代は二人を徴用する。抱え込んだ加害と敗戦の認識(責任)は、思索と創作に果てしない緊張と負荷を与えることになる。そこに二人の変転を安直な図式で整理できない「困難」を必然させる。

「自己の内心にかかわりを持つ、底知れぬ深淵」を真正面から捉えようとする竹田、魯迅に抵抗の精神、主体化の理想を仰ぐ竹内。「深淵」から浮かび、理想から現実を撃つのは、近代化の過程で封印し、侵略対象としたアジアである。他者としての中国が自身の問題と二人の苦衷は示している。

あとがきには、「過去があまりにも早く忘れられていく日本の現状に危機をつのらせているわたしとしては、このささやかな精神史が、戦争を知らない人たちにとっても、20世紀に生きた日本の先人たちの足跡をわがこととして考える契機となってくれればと、ひそかに希っている」とある。

筆者の20年に及ぶ「近代日本にとっての〈他者〉をめぐる精神史」が本書で一つの区切りを迎えるという。『フランスの誘惑』『〈他者〉としての朝鮮』(共に岩波書店)を合わせて読むと、著者の複合的な日本近代論が浮かび上がる。過剰な評価も否定も退けながらも等身大の困難さを痛痒する。

蛇足ながら筆者の渡邊一民はフーコーの翻訳をはじめ、近現代のフランス文学・思想の紹介者としても有名である。それと同時に、近代日本の知識人と思想に関しての丹念な研究を積み上げている。このことには驚くばかりである。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「時流底流 著作権と私的利用」、『毎日新聞』2012年6月23日(土)付。

201


-----

時流底流 著作権と私的利用

 違法ダウンロード罰則化を含む改正著作権法が、今国会で成立した。インターネット上のファイルのダウンロードという故意性の判断が難しい行為に「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」を課すことの是非だけでなく、法案の審議がないまま成立したことについて、専門家らから「乱暴な話だ」と批判の声が上がっている。
 音楽や映像を個人で楽しむために複製する「私的利用」は、著作権法の中でも「例外」として認められている。映画館での映画の録画・録音も、以前は「私的利用」として違法ではなかったが、07年施行の「映画盗撮防止法」では違法行為になり、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が課せられることになった。これも、映画業界が要望し、議員立法で成立。今回と似た経緯だった。
 違法ダウンロード」をする人は多数に及ぶことが想定され、警察が全員を取り締まったり権利者が告訴したりするのは困難だ。法案を後押しした日本レコード協会は、刑罰があることによる抑止効果を狙ったと認めている。元検事の落合洋司弁護士は「最初から平等な法執行ができないと分かっていて、むやみに刑罰を振り回すのは好ましくない」と警鐘を鳴らす。
 今回の改正法では、暗号(技術的保護手段)で保護されたDVDなどの映像を、暗号を解除してパソコンなどにコピー(複製)する行為を、私的利用であっても著作権法違反とする条項が含まれた。これまでは、複製そのものを防止するコピーガードの解除行為は違法とされていたが、映像にスクランブルをかけるなどして視聴を不能にするアクセスガードの解除は違法ではなかった。だが、今回の改正法ではどちらも違法になり、解除プログラムを配信すれば「3年以下の懲役または300万円以下の罰金」が科せられる。
 インターネットの法律問題に詳しい岡村久道弁護士によると、現実にはコピーガードとアクセスガードが混在して使われ、区別は困難な状況だったという。岡村弁護士は「ようやく実態に即した形になった」と改正法を評価したうえで「今は著作権の権利者保護一辺倒になっているのではないか。私的利用は文化の発展のために積極的に認めていくという考え方もある。著作権法は改正を重ねて寄せ木細工のようになってしまっている。全体を見直して、もっと分かりやすいものにした方が良い」と指摘している。【岡礼子】
    --「時流底流 著作権と私的利用」、『毎日新聞』2012年6月23日(土)付。

-----


論調として違和感がありますが、経緯は明瞭なので紹介しておきます。

202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 芸人の名前公表も問題だ」、『毎日新聞』2012年6月21日(木)付。

201


-----

みんなの広場 芸人の名前公表も問題だ
会社員 47(長崎市)

 人気お笑い芸人の母親の生活保護受給を巡り、親族の扶養義務が議論されました。生活保護は本人の能力や資産に加え、民法で扶養義務ありと定める祖父母や父母、子や孫、兄弟姉妹らに意思確認にしたうえで、可否や受給額が決まります。
 この問題は週刊誌が報道し、自民党の片山さつき参院議員がブログで「本来養ってくれるべき近い親等の親族がいる場合には支給しないのが大原則」などとしたうえで、芸人の実名を公表したことで注目を集めました。しかし親族の援助は当事者間の話し合いに基づくもので、十分な収入があれば援助して当然とする議員の見解は疑問です。
 加えて、片山議員が名前を明らかにしたことは問題だと思います。支給事務をする行政には守秘義務があります。議員は事務に直接携わってはいませんが、有名人の親族に関するからといって公にしてよいのでしょうか。彼女の売名行為とも受け取れます。名前の公表についても論議が必要です。
    --「みんなの広場 芸人の名前公表も問題だ」、『毎日新聞』2012年6月21日(木)付。

-----


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

9歳になる君へ:あんたから見てわしがキリスト教徒なら、あんたもわしから見ればユダヤ教徒と申せますからな、宗旨は違っても人情は一つなのです。

101


-----

修士 ああ、ナータンさん! 貴方がキリスト教徒だ! いや、本当のキリスト教徒だ! 第一等のキリスト教徒ですよ!
ナータン 結構な話です! あんたから見てわしがキリスト教徒なら、あんたもわしから見ればユダヤ教徒と申せますからな、宗旨は違っても人情は一つなのです。しかしわしらはいま徒らにいたわり合ってばかりもいられません。ここでなんとか手をうつことが必要です。さて、それからというのものは忽ち七倍の愛が、わしをこのたった一人の、しかもよその娘に結びつけてしまいました。わしはあの娘のうちにいるわしの七人の息子達をまたしても失うことになるのかと考えただけでも、もう死にそうな気がします。--しかし摂理がこの娘をまたわたしから手離すようにと求めるのでしたら、わしは謹んで摂理に従いましょう。
修士 いや、ますますもって立派なキリスト教徒です! 実はそのことをたったいま貴方にお勧めしようと思っていたところでした。しかし貴方の心のうちに住む善い霊は、もうそうするようにと勧めていられたのですな。
    --レッシング(篠田英雄訳)『賢人ナータン』岩波文庫、1958年、166-167頁。

-----


今日は、我が子が9歳になった誕生日。

土曜日は仕事なので、「お祝い」ができませんので、前日に、お鮨を……廻るアレですが(涙……家族で楽しみつつ、「今日までぼくたちの子供として生まれてきてくれてありがとう」、そして「今日からまた自分自身の新しい歴史を創っていこう」と記念しつつ乾杯をさせて頂きました。

未来へ伸びゆく彼に対する責任を感じるだけでなく、本当に、ウンコみたいなわたしの子供してお生まされましてありがとうというのが正直なところです。

今年は「ケーキはいいや」っていうので宅ではなく、お鮨やさんでお祝いとなりましたが、彼がすくすくと成長するさまに、なにかが、そう、生命が輝きながら伸びていく……という事実に感動と感謝です。

さて、彼がこの世界に創造されてから、毎年のことですが、岩波文庫に収録されている本を一冊づつ贈っておりますが、9歳になったこの日は、レッシングの秀作『賢人ナータン』を寄贈しました。

たぶん、素で読んで理解できるかどうかおぼつかないところはあるのですが、明日から読み聞かせの一冊にエントリー!

概要だけは、お鮨やさんからもどって、彼に少し話したわけですが、わりと「うん、お話をくわしくしりたい!」とおしゃっていましたので、時間をかけてゆっくりと共有したいと思います。


ともあれ、以下は本とともに添えたメッセージ。


-----

これから、生きていくうえでは、あなたの判断を歪めかねないものの見方がたくさんでてくると思います。

たとえば、「彼はAだからBだ」と決めつけてしまうことがあるかもしれません。しかし
Aということが、その彼や彼女のすべてではありませんよね。ここに注目してほしいです。

何かを判断するうえでは、それにむきあうまえに、いろいろな情報を参考にすることは当たり前なことですし、それは必要不可欠な準備だと思います。

しかし、そこに囚われすぎて、あなたが向き合う人間を、簡単に「彼は人間ではない」などと判断しないようにしたほうが僕はいいと思う。

あなたが判断しようとする人間は、あたなと同じ人間であることを忘れないようにしたほうが、僕がいいと思う。

お父さんは、なるべく、そう心がけてきたし、これからもそうありたいと思う。人間が人間を否定しない世の中を創りゆく新しい戦友であるあなたに、僕は期待したい。

おせっかいで、無理強いで、余計なお世話の、親のエゴかもしれないけれども、そう歩んで欲しい。

-----

以上。


102


103


104


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「95年、東京の地下鉄でサリンガスによって市民を虐殺するテロ事件がありました。この犯人は以下のA~Eのどれか。1つ選択して選べ」みたいな「歴史」化が進むことへの恐怖といらだち

101

-----

歴史は暗記?
 --でも、歴史が得意だからといって特別いいわけでもないしな……。あと、確かに暗記科目っていうイメージはある。
 そうです、学科目としての歴史は、かわいそうなのです。高等学校までの歴史が「暗記もの」のように思われてしまう理由は、試験の形態がそうさせるのですね。話をわかりやすくするために、数学や物理の場合とくらべて考えてみましょう。
 「1」という答えが出るはずの問題を出すとき、数学や物理の場合、「1」という回答部分だけを確認すれば、その結論が導かれるまでの、考察の正しさをも証明してくれるという学科的な特性がありますね。途中、めちゃくちゃに計算してしまっては、答えが「1」になる偶然はほとんどない。また、逆に「1」という答えが出せていれば、その途中の考え方もおそらく正しい、ということができます。数学や物理においては、非常に乱暴にまとめてしまえば、定理についてのうまい説明と例題・試験による確認の積み重ねで、その教科において拾得すべき獲得目標の達成が可能ですし、例題・試験の形式いかんにかかわらず、目標がどれだけ達成されたかが誰にでも目に見えるかたちで確認可能なのです。
 ですが、歴史の場合、そうはいかない。たとえば、高等学校の日本史Bなどの場合、学習指導要領での「目標」の部分には、次のような言葉が書かれています。誰も読んだことなどないでしょうから、紹介しておきますね。

 我が国の歴史の展開を資料に基づき地理的条件や世界の歴史と関連付けて総合的に考察させ、我が国の伝統と文化の特色についての認識を深めさせることによって、歴史的思考力を培い、国際社会に主体的に生きる日本国民としての自覚と資質を養う。

 どうですか。難しいという意味がわかっていただけたでしょうか。日本史上に起きた、さまざまな事象を、世界の動きと結びつけて考えるのだな、というところまではいいですね。けれども、日本と世界の関係を考察して、伝統と文化への認識を深めた結果、国際社会で生き抜くための資質としての歴史的思考力が獲得できたかどうか、どうしたら確認できるのでしょうか。
 それには、事象と事象の因果関係を結びつける際の解釈の妥当性を一つ確認しなければなりません。確認するには、論述させて、頭のなかの考察の過程の巧みさ、正しさ、妥当性を見る必要が出てくるのです。
    --加藤陽子『それでも日本人は「戦争」を選んだ』朝日出版社、2009年、23-24頁。

-----


先日、地下鉄サリン事件の容疑者が逮捕されたというニュースが巷をにぎわしていたころ、授業をしていて、学生さんから「オウムって何ですか?」って質問があって、すこしぶったまげたことがありました。

もちろん、現在の20前後の学生さんにしてみれば、そのころはまさに乳幼児。関心があって何かを意識的に読んでみたとか情報をたどったという場合を別にすれば、記憶があったとしてもリアルタイムのそれではなく、追跡番組のような形でそれに少しぐらいふれた程度だから、無理はない話です。

しかし、その時期にリアルタイムに青春時代をおくっていた自身としてはやはり驚くばかりです。

思い返せば、大学に入学する直前の衆院選で話題をさらい、大学でもかなりにぎやか?に活動し、それがどんどん先鋭化していく経緯を肌で感じたように思います。

オウム真理教の問題に関しては、種々言及したいことはたくさんありますが、本論ではないのでそれはひとまず横に置いておきます。

ひとつだけ言及するとすれば、やっぱり、「ああ、やばい連中ですよね、フっ」みたいなのが一番問題だとは思っております。内在的理解に過度の負荷をかけるつもりは毛頭ありませんが、他者として対象化してそれを「理解」したというものの無惨さ、無意味さの例示には枚挙に暇がありません。

さて、先の驚き戻ります。

事件から数えると今年で17年目。すでに歴史における「デキゴト」として設定されているとでもいえばいいのでしょうか。勿論既知の人間もいれば、「ついこのあいだ」のことですから、非知の人間も存在する。その割合には全く関心はありません。

しかし、様々な問題が、上に言及したように他者として「対象化」されていることは事実だし、時間は不可避に進むから、かならず歴史の「デキゴト」で「すまされていく」んだろうなーということです。

そんなこと、これまでの歴史の全てがそうですし、ぼやぼやいっていてもはじまりませんよ、って言われてしまうとそこまでなのですが、それでもなおやはり、

「1995年3月、東京の地下鉄で猛毒のサリンガスを散布し、大勢の市民を虐殺するテロ事件がありました。この首謀団体は以下のA~Eのどれか。1つ選択して選べ」みたいな「歴史」化が進み、それを「暗記」して「点数」をとるようになってしまうことには、もの凄い恐怖を感じてしまうということです。

もちろん、これは、中学・高等学校、それから大学入学システムと深く関わり合っている実践だけに、全体を組み建て直していかないと、不可能なのですが、おそらく、そうなっていってしまうのかぁ~などとなると、やっぱりコワイわけですね。

付言すれば、就職予備校化する大学では「unlearn」どころか、スキルの就熟に奔走するわけですから、教養科目なのにおなじような傾向への圧迫も強く、……涙目になることも屡々です。

だから、抵抗しなきゃいけないわけですが、

「暗記」の深奥へ入っていくような、理解……を歴史だけに限らずにやっていかなきゃなーという戯れ言です。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「異論反論 生活保護バッシングがやみません 寄稿=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年6月20日(水)付。

201


-----

異論反論 生活保護バッシングがやみません 寄稿=雨宮処凛

貧困拡大の責任は誰に
 7日、ある記者会見が開催された。
 芸能人の母親が生活保護を受けていたことが世間を騒がせているが、専門家達が冷静な報道と議論を求めて開催したのだ。こうした会見を行わなければならないほど、バッシングは苛烈だ。もう何度も、生活保護受給者から「死にたい」という声を聞いた。
 前にも書いたが、受給者の8割は高齢、傷病、生涯世帯。稼働年齢層でも、過半数が50代以上だ。ちなみに不正受給率は2%以下。生活保護の学にして0・4%以下である。このことをどれぐらいの人が知っているだろう。
 嵐のように吹き荒れる「生活保護バッシング」ブーム。ここで少し貧困・生活保護にまつわるブームを振り返ってみよう。07年、北九州市で生活保護を辞退させられた男性が「おにぎり食べたいという言葉を残して餓死しているのが発見される。これによって「水際作戦」が問題となる。翌年9月、リーマン・ショックで日本中に「派遣切り」が広がり、年末年始に「年越し派遣村」が開催される。深刻な「貧困」が可視化されたことによって世の中に広がったのは、「貧しい人の窮状は決して自己責任だけではないのだ」という考えではなかったか。そしてそんな貧困・格差を広げ、放置してきたように見える自民党に嫌気がさしたからこそ、09年の政権交代が起きたのではないだろうか。しかし、政権交代後には人々の間に「根拠のない一服感」が広がり、一方で民主党は貧困率は公表したものの、「実行する」と言っていた貧困対策をしていない。原因が解決されていないのだから、貧困率は下がるはずはない。当然、受給者は増え続ける。

扶養困難を証明しない限り保護されない恐れ
 先月、取材で北海道に行った。今年1月、札幌市白石区で姉妹が「孤立死」した事件の取材だ。42歳の姉と知的障害のある40歳の妹の遺体は、極寒の地の電気もガスも止められた部屋で、何枚も衣服を着込んだ状態で発見された。姉は3度にわたって生活保護の相談に役所を訪れていたが、SOSは届かなかった。白石区では、25年前にも39歳の女性が餓死している。生活保護の相談に訪れたものの、「別れた夫に扶養の意思があるのかの書面を提出して」と言われ、放置された果ての餓死だった。今回の騒動を受け、小宮山洋子厚生労働相は「親族に扶養が困難な理由を証明する義務」を課す考えを示している。しかし、まさに25年前、その証明ができずに餓死した女性がいた。記者会見では、元ケースワーカーの男性が「証明しない限り保護しない、となる」よその危険性を指摘した。
 今回の騒動の火付け役は、自民党の生活保護プロジェクトチームだ。そんな自民党議員は、貧困がここまで拡大したことへの自らの責任についてはどう考えているのだろう。会見の資料には、生活保護受給者のこんな言葉があった。「どうか人気取りの為に私達から生存権を奪わないで下さい。私を殺さないで下さい」

あまみや・かりん 作家。反貧困ネットワーク副代表なども務める。7日の記者会見は「生活保護問題対策全国会議」と「全国『餓死』『孤立し』問題調査団」の主催。「弁護士さんたちと一緒に、生活保護バッシングについて話しました。この問題にはこれからも取り組みます」
    --「異論反論 生活保護バッシングがやみません 寄稿=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年6月20日(水)付。

-----


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「総体的」態度が必要になるのは、生活における互いに衝突するさまざまの関心を行動において統合することが必要であるから

101

-----

 哲学を思考と関係づけることは、哲学を知識から区別するのに役立つ。知識、根拠づけられた知識は科学である。それは、合理的に解決され、整理され、処理された事物を表示する。他方、思考は未来に関連している。それは不安定状態によって引き起こされ、動揺の克服を目指すのである。哲学は、既知のことがわれわれに何を要求するか--それはどんな反応態度を迫るか--を思考することである。それは可能なことについての観念であって、完成した事実の記録ではないのである。それゆえ、哲学は、すべての思考と同じように、仮説的である。それは、なすべきこと--試みるべきこと--を指示する。その価値は、解決を与えること(それは行動によってのみ達成することができる)にではなく、困難を明らかにし、それらを処理するための方法を示すことにある、おそらく哲学とは自覚的になった思考--経験の中での自己の位置や機能や価値を一般法則化している思考--だといってよいであろう。
 もっとはっきりと言えば、「総体的」態度が必要になるのは、生活における互いに衝突するさまざまの関心を行動において統合することが必要であるからである。いろいろな関心があまりにも表面的であって、容易に互いに他に移り変わったり、それらが互いに衝突するようになるほどには組織されていないような場合には、哲学の必要は感じられないのである。しかし、科学的関心が、たとえば、宗教的関心と衝突したり、経済的関心が科学的あるいは美学的関心と衝突したりする場合、あるいは秩序への保守的な関心が自由への進歩的な関心と対立するとき、あるいは、制度主義が個人の利益と衝突するときには、分立を終結し、経験の整合性とか連続性を回復させるようなあるいっそう包括的な観点の発見への刺激が存在するのである。しばしば、これらの衝突を、一個人が独力で解決することがある。諸目標の争いの範囲が限られており、人は自分自身の大まかな環境への順応をやり遂げるのである。そのような手製の哲学は本物であり、しばしば妥当なものである。しかし、それらは、哲学大系とはならない。哲学大系が生ずるのは、いろいろな行為の理想の食い違った要求が全体としての社会に影響し、再調整の必要が一般的であるときなのである。
    --ディーイ(松野安男訳)『民主主義と教育 (下)』岩波文庫、1975年、197-199頁。

-----

担当の倫理学の科目(一般教養)は、履修指定年次の制限がないので、複数年の学生さんが履修してくださるのですが、履修者の2/3ちかくの方が、ちょうど教育実習でしたので公休といいますか、少し抜けて、これまで3週間ほど授業をしてきたのですが、本日より復帰。

過去3回分のざっくりとした振り返りと、シラバス通りの授業進行というジレンマに悩まれつつ、今回は変則的な組み立てになりましたが、なんとか完遂!

履修者の皆様ありがとうございました。

やることはやりつつ(汗、それでも、割合と今日は自由にやりとりをする形式にしてみました。ちょうど、初等教育に特化した大学なので、先輩たちの実習秘話といいますか、ダイレクトな感慨を後輩たちも耳にした方が、来年以降有意義になるだろうということで、報告会?のようなかたちで、報告と応答という形をとりましたが、これがなかなか素晴らしかったです(自分は何もやっていないという手前味噌ですがネ

ここでは詳しくは言及しませんが、ともあれ、理想と現実を突きつけられ、みんな、少し大人になったといいますか……。

後輩たちにも実践的なアドバイスもありがとうございました。

さて……、
よく変則的な内容で組んだり、現実世界での事象を倫理学は対象として「議論」することができるので、まあ、ありがたいわけですが、そういう学生自身の経験や、「先生は、これ、どう考えるですかー?」っていうやりとりをする中で、たしかに科目としては、ある程度、「基礎的な考え方を教える」という「知識教育」はやらないといけないわけですが、それを展開できる時間をつくれるかどうかが、やはり勝負なのかな、とこのところ実感します。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:デイヴィッド・ライアン(田島泰彦、小笠原みどり訳)『監視スタディーズ――「見ること」「見られること」の社会理論』岩波書店、2011年。

101


「監視」へ自ら「参加」していく現代の監視社会

デイヴィッド・ライアン(田島泰彦、小笠原みどり訳)『監視スタディーズ――「見ること」「見られること」の社会理論』岩波書店、2011年。

地下鉄サリン事件の容疑者の逮捕に監視カメラの映像が一躍かったことを想起するまでもなく、それは今はわたしたちの環境に「自明のもの」として存在するものとなってしまった。安全保障の予備的対策という代価は何をもたらすのか、そしてその現状と問題は何か。本書は「見ること」と「見られること」を知のネットワークのなかで基礎付け、現代における監視の意味を問う刺激的な一冊である。

監視カメラはここ数年に誕生したものではない。設置増加は近年に特異な現象とみることが可能だが、著しく変わったことは数の問題ではない。従来は、警察を初めとする権威が
個々人を監視するという一方向的な眼差しだったものだが、現在では、それは「双方向」になりつつある。ここでは「プライバシーの保護」なんて問題にならない。その概念そのものが破壊されているのである。

問題はカメラだけではない。ネット決済でクレジットカードを使ったり、オンライン取引は日常のありふれた光景だ。しかし買い物をしたりするたびに、自分のデータを知らずに「提供する」しているわけでもある。監視システムとはソフトにしなやかに忍び込む。私たちの日常は意識していないだけで、監視と一体化した社会である。一方的な監視から監視へ「参加する」のが現代の特徴と著者は指摘する。

人々が様々な個人データをもとに振り分けられ、格付けされるのが現代社会の特徴だ。そこで発達する監視・管理システムは、自由や平等をどのように侵食しているか。本書は社会的な変化に注目するだけでなく、映画や小説の中にも表象される「監視の思想」を発見し、分析を加える。

「監視スタディーズ」は、新たな学問世界への扉を開くと同時に、戦慄すべき告発の一書でもある。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『おろか者たち--中学生までに読んでおきたい哲学(4)』=松田哲夫・編」、『毎日新聞』2012年06月17日(日)付。

201

-----

今週の本棚:沼野充義・評 『おろか者たち--中学生までに読んでおきたい哲学(4)』=松田哲夫・編
 (あすなろ書房・1890円)

 ◇大人になってかみしめる本当の意味
 とてもよいアンソロジーのシリーズが刊行され始めた。全八巻、題して「中学生までに読んでおきたい哲学」。五月にまず第六巻『死をみつめて』と第八巻『はじける知恵』、そして今月第四巻『おろか者たち』が出ている。中を開くと大きな活字で、難しい漢字にはルビがふってあるし、ページの下欄には詳しい注がついていて、「ラムネ」や「土瓶」は図解まで施されている。確かに若い読者向けの作りなのだが、作品の選択はどうして、決して子供だけのためのものとは思われない。
 こんなことを言うと編者はありがた迷惑かもしれないが、大人の支配する世界のばかばかしさや理不尽をえぐっている文章も多く、正直なところ、子供にはむしろ読ませたくないようなものもけっこう入っている。中学生までに読んでおきたいどころか、これでは、<本当の大人になるまで読んではいけない哲学>じゃないかな、と思いながら、私は面白がってずんずん読み進めた。『はじける知恵』の巻に収録された詩人茨木のり子のエッセイには、「大人とは 子供の夕暮ではないのか」という加藤八千代の詩集のあとがきの一節が引かれていて衝撃的だったが、この言葉の本当の意味をかみしめるのは、おそらく、新鮮な子供の感性を失って鈍い世界に生き続ける大人になって初めてできることだろう。
 最新刊の『おろか者たち』の巻は、人間のおろかさの様々な局面に焦点を合わせた日本人の小説やエッセイを二十一篇収めている。並外れてケチな老婆の頓死事件を語った夢野久作の「一ぷく三杯」に始まり、武士に無意味な喧嘩(けんか)を売ったあげくバッサリ首を切られてもそれに気づかずすたすた歩いていく町人を描いた林家正蔵(演)の落語「首提灯(ぢょうちん)」に至るまで、多様なラインナップである。
 山口瞳、堀田善衞、米原万里、井上ひさしの文章は、日本語の使い方をめぐるもので、人間のおろかしさというよりは、言葉の乱れとその面白さを浮き彫りにしている。「どーも」「すいません」といった言葉遣いが不愉快であるという山口瞳の主張は、いまの子供にはおそらく通じないだろうが、どうして大人は本当のことを正確に言えないのか、考えるための素材は今の世の中にいくらでも転がっている。
 子供を支配する大人に対する怒りをぶつけた中島らもや岡本太郎の文章も鮮やかだし、やたらにカッコをつける中年男のガキのような情熱を描いた佐野洋子のエッセイも印象的。私にとっての大発見は、遅刻を悪徳として厳しく罰する風潮を批判した梅棹忠夫の「遅刻論」だった。あれほどの大学者が遅刻常習者であったと知って、私の梅棹に対する敬愛の気持ちは大いに増した。森毅の「やさしさの時代に」も、易(やさ)しい言葉ですごいことを言っている。「ファシストは、澄んだ瞳で現れる」「人間というものは、他人をだますためには、いろいろと手練手管(てれんてくだ)がいるけれど、自分をだますほうは、簡単にやってのける」といった具合だ。
 最後に、終戦直後の時期について、混乱してはいたけれども、人間が人間らしく暮らしていたとなつかしむ色川武大の文章に見つけた、こんな一節を引いておこう。「ばい(、、)菌だらけだけれど、せいぜい大腸菌ぐらいで、工業汚染だの放射能だのってのじゃないんだからね」。さて、現代の私たちはどうするべきか。大人も子供も、原発問題に向き合いながらきちんと哲学しなければならないだろう。哲学を政治家や役人に任せているわけにはいかない
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『おろか者たち--中学生までに読んでおきたい哲学(4)』=松田哲夫・編」、『毎日新聞』2012年06月17日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120617ddm015070009000c.html

202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:藤原聖子『教科書の中の宗教 --この奇妙な実態』岩波新書、2011年。

101_2


「教科書が、意図的ではなく結果的に、特定の宗教的信仰を受け入れさせようとしてしまっている」、「教科書がある宗教を他の宗教より優れているとしたり、逆に宗教にある宗教に対して差別的な偏見を示している」問題について

藤原聖子『教科書の中の宗教 --この奇妙な実態』岩波新書、2011年。


-----

宗教について中立的に語ることはできるか。
 ここまで本書を読んでくださった読者は、筆者が「宗教について中立的に語ること」を求めていると思っているかもしれない。たしかに、諸宗教について、一方的な優劣の判断をせず、多角的な見方を教えることの必要性を説いてきた。しかし、そのような教育は「中立的」といえるだろうか。
 問題は、「正しい宗教は一つだけだ」と自分の宗教を絶対的と信じている人たちにとっては、それは少しも中立的ではないことである。諸宗教を平等に扱うというのは、それ自体が一つの価値である。それを共有しない人にとっては、知識のレベルであろうと、さまざまな宗教に触れさせられるのは苦痛になる可能性がある。自分たちの信念に反して、別の価値を強制されると受け取られるということである。言い換えれば、「諸宗教に関する客観的な知識教育」は、現在の日本のような、世俗的社会の民主主義原理の中でのみ「中立的」なのである(付け加えれば、宗教は人間にとって害になるだけだというラディカルな無神論者たちにも、互いの宗教をリスペクトし学びあう公教育は中立的ではないと映るだろう)。
 もちろん、「あなたも私も今住んでいるのは、神権国家ではなく、世俗的な民主主義社会なのだから、従いなさい。嫌なら自分の信仰に一致する宗教系私立校か、ホームスクールを選びなさい」(ホームスクールとは子どもを学校にやらずに、家庭で親の責任で教育すること。日本では「不登校」による場合が多いが、アメリカ等では公立校の方針が家族の宗教に合わないから、というケースが増えている)というように、政教分離制なのだから当然だと理屈を言うことはできる。だが、異なる考えをもつ他者とどのように共生するかが、これからの日本・国際社会の課題であるならば、そのような態度は逆に壁を厚くするだけだろう。
 少なくとも必要なのは、公教育に関して中立であるべきだというとき、それはさまざまな立場の“真ん中の地点”という意味での「中立」ではないと認識することであろう。「正しい宗教を一つだけ学びたい」という人たちと、諸宗教を「教養として」学ぼうという人たちの中間点はどのような教育になるのか。あるいは、本当にあらゆる宗教を平等に扱おうとしたら、教科書はどうなるのか。何ページあっても足りないということになってしまうだろう。
 なにか特定の教科書や教育実践に対して、「それは中立的ではない」「偏っている」と批判することはできるし、それは必要なことでもある。しかし、中間点自体は一つの虚構である。同様に、タイと日本の公教育では仏教観が異なり、一方をもつ生徒に、悪意はなくても他方を自明のものとして教えると、それが押しつけになることは反省すべきである。だが、それは万国共通の仏教の教科書を開発すべきだということではない。重要なのは、教科書の一つ一つの記述が、どのような価値観に基づいているのかを意識することである。意識すればそこから距離をとり、自由になることも可能になる。現在の教科書の宗教記述の中途半端さは、このような意識--価値中立ではなく価値自由と呼ばれてきたもの--の欠如によるのである。
    --藤原聖子『教科書の中の宗教 --この奇妙な実態』岩波新書、2011年、220-222頁。

-----


「中正・客観」的であると称する「教科書」で「宗教」はどのように取り扱われているのか--。本書は、主として高等学校の「倫理」の教科書を素材として、その内実を素描する。

結論を先に言えば「教科書が、意図的ではなく結果的に、特定の宗教的信仰を受け入れさせようとしてしまっている」問題、「教科書がある宗教を他の宗教より優れているとしたり、逆に宗教にある宗教に対して差別的な偏見を示している」問題が本書で明らかにされる。

たとえば、世界の「三大宗教」と呼ばれる仏教、キリスト教、イスラーム(教科書では「イスラム教」の表記がほとんど)はどのように紹介されているのだろうか。ある教科書はブッダの思想を次のように紹介している。


-----

解脱と慈悲、そのまさにブッダの教えの両輪をなす二つの理想は私たちが自己を見つめ世界を見つめ、自分の生き方を構築していくに当たって極めて大切な指針となるだろう。また、いっさいの存在に価値を認め一匹の生き物、一木一草にまで及ぶべきものとする慈悲の思想は環境破壊を克服し、自然と共生していく道を求められている今日の私たちにとってさまざまな貴重な示唆を与えてくれるであろう(『倫理--現在を未来につなげる』。)
    --藤原、前掲書、4-5頁。

-----


この「記述」は、明らかに、単に知識を伝達しているのではなく、「ブッダの教えはあなたにとって大切な指針になる」と価値判断を下し、読者である生徒にそれを受け入れるように促している。筆者は「宗教知識教育でないどころか、宗教的情操教育をも飛び越えて、仏教の宗派教育に踏み込んではないだろうか」と指摘する。

では、キリスト教やイスラームの場合は、どうか。キリスト教にもイスラームにもここまでの価値判断を下し、生徒にそれを受け入れるように促す記述はほとんど存在しない。上に引用したのは一冊の教科書だが、本書の比較検討を読むと、こうした傾向はすべての日本の教科書に見られる。

キリスト教と仏教を対比する教科書の記述はさらに踏み込んでいる。筆者の解説部分を紹介しよう。


-----

 キリスト教では、理屈を超えたことを信じること、祈ることが中心になるのに対し、仏教では知が中心だと対比している。この教科書では、このコラムに先立ち、仏教の節の導入部分でも、仏教は唯一神教に比べ、「瞑想によって悟りを得ることを重視する、その意味で哲学的性格の強い宗教である」と述べている。仏教=合理的、キリスト教=非合理的というのは、西洋=合理的、東洋=非合理的というオリエンタリズムをひっくり返した逆オリエンタリズムである。明治以降、日本の仏教系知識人が、東洋=非合理(非理性的・神秘的)と決めつける西洋人のまなざしに反発することにより作り上げていった図式だが、ステレオタイプの裏返しはステレオタイプの域を超えることはない。
    --藤原、61頁。

-----


日本の教科書は、ユダヤ教やヒンズー教などを民族宗教と位置づけ、キリスト教、仏教、イスラームを世界宗教と定義する。筆者はこれも間違いだと指摘する。宗教学のイロハを学べば「当たり前」だと思われる事柄だが、中立・客観をうたう教科書が宗教を序列化してしまうことには驚きを禁じ得ない。

例えば、民族宗教・世界宗教という「カテゴリー」そのものが、19世紀ヨーロッパのキリスト教中心主義が強かった時代の学問で広まったものであり、現在の宗教学ではその恣意性・独善性に由来する反省からほとんど使われることがない概念である。ユダヤ教とキリスト教の対比でも、ユダヤ教を乗り越えた「キリスト教」と百年前の記述が21世紀の教科書で臆面もなく使用されているのである。

この乗り越えた「意識」が全編を覆うから、前の間違いを修正した進んだ宗教が優れた宗教と「序列化」されていく。筆者はこれを「勝利主義史観」と表現する。勝利主義史観は、仏教の内部にも潜在するから、当然、小乗仏教「より」大乗仏教が「すぐれたもの」となる。これも現在の仏教学の業績を確認すれば「戯れ言」に過ぎない点が明らかなことはいうまでもない。

さてイスラームはどのように紹介されるのだろうか。
筆者の小見出しは「『他者』ですらないイスラム」、これが全てを物語っている。

-----

イスラムについては、…倫理教科書ではそもそもキリスト教・仏教に比べて記述分量が圧倒的に少ない。これについては、教科書の総ページ数は限られているのだから、日本にかかわりの少ない宗教ほどページ数が減るのはやむをえないという意見もあるだろう。だが、扱いの違いは分量だけではない。キリスト教と仏教を対決させたがる教科書が多いと述べたが、イスラムはその土俵にすらのせてもらえないのである。
    --藤原、前掲書、92頁。

-----


ほとんどの教材は、イスラームを礼拝や巡礼といった一般信者の宗教的行為の側面から紹介している(逆にいえば、キリスト教・仏教の説明では、宗教生活への言及が殆ど無い)。もちろん、これはイスラームという宗教の特性にもよるが、一見すると「イスラムだけ哲学的な要素がなく、体を動かしているだけのようにみえてしまう」のだ。
※ジハードという多義的な言葉はいまだに「聖戦」と訳されるままだ。

神道に関しては、日本の日常的な行事や習慣については教えられているのに、その背景となる神道の考え方には触れられていない。これは神道が宗教ではなく、日本の古来からの考え方である、という認識に由来するのであろう。

かいつまんで、宗教の叙述における先入見、宗教差別や偏見を促すような記述を確認したが、なぜこういった問題が今まで放置されてきたままなのであろうか。

いくつか原因が想定されるが、まず大きな原因として考えられるのは「教科書執筆者の参考にしてきた資料が、ひと昔前の護教的な神学書なのではないか」。

宗教研究には、信仰の立場から研究する場合と、信仰とは切り離して研究する立場がある。もちろん、完全な客観性など存在しないことははなから承知だとしても、公立校で用いる教科書は、後者の研究を参考にすべきだろう。しかし後者は細分化された研究が多く、イエスやブッダの概論的専門家でない場合が多い。その関係から「諸宗教の基礎的部分の研究は、信仰の立場からのものが多い」から、「キリスト教でいうなら、聖書はどういう書であるか、イエスは何者であったからを研究する人は、自身がキリスト教を信仰している人であることが多い」から、それを参考にすることになってしまう。

しかしそれはそれとしても(教科書執筆者自身がその専門家ではないから)、「今日の神学の内部で、キリスト教のユダヤ教に対する勝利主義史観に反省が起こっており、そのことは外国では公教育にもとうに反映されている」ことだ。先に言及したとおり仏教に関しても同じである。

だから海外の教科書と比べた場合でも、もっとも脱宗教的でリベラルな英国の教科書はいうにおよばず、もっとも保守的と言われるドイツの教科書におけるキリスト教の記述よりも、日本の教科書は「保守的」な記述となっているし、現行の日本史教科書のほとんどが「厩戸王(聖徳太子)」の表記だが、倫理教科書は依然として「聖徳太子」のままである。

そして、筆者は端的に指摘する。


-----

 教科書の偏見が見逃されてきた原因をより広くとらえれば、「関心のなさ」という問題があるかもしれない。
    --藤原、前掲書、134頁。

-----


この「関心のなさ」は4つある。1つは「教える教員の関心があまり高くない」こと、1つは「アカデミズムの中にいる宗教学者の問題」(専門の細分化度が高く、総体としてどう語るかに取り組んでこなかったこと)、1つは、「専門家の間には、教科書は『中学生・高校生相手だから』という油断」、そして「宗教界の無関心」である。

ここまで教科書の記述に従って見てきたが、本書は、イギリスやドイツといった欧米だけでなく、トルコやインドネシア、タイといった海外の教科書と教育実践についても紹介している。

イギリスではキリスト教が国教と定めるにもかかわらず、脱宗教教育化しているのに対し、ドイツでは公立校で宗教が必修教科であり、宗派ごと(プロテスタント、カトリック、イスラームなど)に分かれて行われている。トルコやタイではいずれも国教制度はないが宗教教育的宗教科の授業が必修となっている。しかし、非仏教徒、非イスラーム教徒には受講義務はない……等々興味は尽きない。

さて、最後に筆者は宗教を学ぶ目的を示している。


-----

 それでは、学校で宗教を教えるという選択をする場合は、今後どのように取り組んでいくとよいだろうか。ちょうど哲学・倫理学の学者たちも、高校の倫理の授業や教科書を変えようという運動を起こしている。倫理教科書における哲学教育は、哲学者の思想を知識として学ぶことが中心だが、これを自らも考える形に転換していこうというのである。哲学史的知識ももちろん必要だが、論理的に考える、あるいは「そういいきれるだろうか」と批判的に考える力が国際的にも重視されている現状を受けてのことである。
 そのことも踏まえて、議論を広げるために、従来の宗派教育、宗教的情操教育、宗教知識教育の呼称をいったん外し、それぞれの教育の「目的」に注目した表現に置き換えてみたい。宗派教育は、特定の宗教の信仰を育む教育でもあるので、宗教系私立校用として脇に置く。宗教的情操教育と宗教知識教育の目的を、新しい哲学教育と共有できる表現に置きなおせば教育、論理的、批判的思考力や対話能力といったコンピテンシーを身につけるための教育である。
    --藤原、前掲書、187-188頁。

-----


哲学教育の見直しを視野に入れながら、筆者は宗教を学ぶ目的を具体的に3つ示している。すなわち、


1 人格形成のため
2 異文化理解
3 倫理的、批判的思考力や対話能力というコンピテンシーを身につける

……である。

一人の人間としての道徳的価値観を身につけると同時に、異なる人々や宗教観を理解し、そういう異なる他者とコミュニケーションを図る力である。これは現代社会では最も必要とされる事柄であろう。だとすれば、高校教育で道徳、倫理、宗教の教育が軽視されてきた事実と実状を深く反省しつつ、新しい形を提示していくほかあるまい。

刺激に満ちた報告であり、かつ非常に考えさせられる報告である。

(蛇足)
評者は高等学校では「倫理」を履修していない。大学で宗教を研究するようになってから、この国の一般における「宗教」に対する無理解・偏見・関心のなさに戸惑うことが日常茶飯事である。しかしこれを加速させたのは、学校教科書であったことには驚く。


102_2


| | コメント (1) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:日本をめざしたベトナムの英雄と皇子=著・白石昌也」、『毎日新聞』2012年6月17日(日)付。

201_2

-----

今週の本棚:日本をめざしたベトナムの英雄と皇子=著・白石昌也
(彩流社・1890円)

ファン・ボイ・チャウやクオン・デと言われても、日本ではあまり馴染みがないだろう。100年ほど前、宗主国フランスからの独立を期したベトナムの2人の闘士の名だ。「坂の上の雲」を目指した日本に学び、辛亥革命に沸く隣国・中国に高揚して決起するが、帝国主義の壁は行く手に厚く立ちはだかった。
 道半ばで倒れた独立運動の英雄の渉外を15歳の少年少女にも理解できるよう、かみくだいて読み物に仕上げたのは、わが国のチャウ研究の第一人者。「一人でも多くの人に知ってほしい」という思い入れが伝わる。
 著者はこれまで、チャウの残した自伝をひもとくだけでなく、日本やベトナム、フランスの外交文書などの史料を丹念に調べ上げ、客観的な実証に基づく論文を多数発表してきた。本書では時に激しく批評を加えながらも、チャウたちの戦いがあればこそ今日のベトナムがあるという信念をにじませる。学術書の枠を越え、その集大成とも言えるだろう。
 アジア近現代史に欠くことのできない人物を描くシリーズの第1弾。アウンサンスーチー氏の実父、アウンサン将軍の『ビルマ独立への道』も同時刊行されている。(智)
    --「今週の本棚:日本をめざしたベトナムの英雄と皇子=著・白石昌也」、『毎日新聞』2012年6月17日(日)付。

-----

202_2


203_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:J.S.ミル(竹内一誠訳)『大学教育について』岩波文庫、2011年。

101


-----

人間が獲得しうる最高の知性は、単に一つの事柄のみを知るということではなくて、一つの事柄あるいは数種の事柄についての詳細な知識を多種の事柄についての一般的知識と結合させるところまで至ります。(中略)広範囲にわたるさまざまな主題についてその程度まで知ることと、何か一つの主題をそのことを主として研究している人々に要求される完全さをもって知ることは、決して両立し得ないことではありません。この両立によってこそ、啓発された人々、教養有る知識人が生まれるのであります。
    --J.S.ミル(竹内一誠訳)『大学教育について』岩波文庫、2011年、28頁。
-----


19世紀中葉、専門知と教養知の大論争を背景に、両者の有機的統合を示唆したミルの講演を収録したもので、小著ながら大学教育、教養教育、科学教育(専門教育)の関係と意味、真理に基づく行動の意義を説く。学生だけでなく教養教員、専門教員も読むべき一冊。

古典教育がなぜ必要なのか。ギリシア、ラテン語を通じて歴史を原典で学ぶことで、古代を学ぶだけでなく、今生きている社会に掛けさせられている「眼鏡」への自覚がもたらされるからだ。たえず自身を相対化させ、賢明な思想と考察を得ることが古典教育の神髄としつつも、当時の訓詁的学習スタイルには批判的でもある。

教養教育は「包括的な見方」と「結合の仕方」「(諸科学の)体型化」を促す。この原理を身につけることで、全体人間として専門知が生きてくる。加えて「美学。芸術教育」、「道徳教育」がそれを補完する。

さて、全体知としての「詩的教養」を毀損するのものは何か。「商業面での金儲け主義」とミルは言う。世界の工場・イギリスの東インド会社の審査部長をつとめたミルのこの指摘は重く受けるべきであろう。これこそ人間性を破壊するものに他ならない。
※経済学の否定ではないので念のため

訳者解説には次の指摘がある。


-----

いまや大学改革のキーワードが「アカウンタビリティ」(説明責任)や「ステークホルダー」(利害関係者)など市場経済用語になっているように、大学自体がビジネス文化に浸食されはじめている。覆いつくさんばかりの商業文化の「自浄作用を担うのは教養教育をおいてほかにないはずである。
    --ミル、前掲書、173頁。

-----

ミルは、高等学校の『倫理』の教材で「功利主義」というレッテルで張られて「はい、おしまい」という感がありますが、『自由論』にせよ『自伝』にせよ、先の講演にせよその「枠」に収まらない脈々さがあります。読んでから判断すべき先達の一人だと思います。本書は御茶の水書房より1983年に刊行された『ミルの大学教育論』のうち、講演を文庫化した一冊。手軽な小著ですが、最初に言及した通りおすすめです。ベンサムとミルでは断絶があるし、キーワードで対象化できない「横溢」が存在します。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「みんなの広場 役割大きくなる『臨床僧』」、『毎日新聞』2012年6月16日(土)付。

201

-----

みんなの広場
役割大きくなる「臨床僧」
主婦 80(大阪府守口市)

 5月初旬、2歳下の弟が長い闘病生活の末、旅立ちました。本人は病気のことをすべて知っており、自分なりに覚悟はしていた様子でしたが、時折姉の私にかけてくる電話で正直な気持ちをぶつけてきました。死に対する恐怖、人生をふり返っての後悔でした。
 僧侶が介護や医療の現場に入り、患者や家族が心穏やかに過ごす手助けを目指す「臨床僧」についての記事を読み、旅立つ人の心の接し方を考えさせられました。臨床僧なら、少しは弟の気持ちを穏やかにしていただけたかなと思います。
 人は必ず死を迎えます。「終活」なる考え方や、もしもの時の自らの意思を伝えるエンディングノートなど、人生の終わり支度についていろいろいわれていますが、本人も周囲も願うことは「少しでも心安らかに」。今後、臨床僧の果たす役割は大きくなるでしょう。そう期待もしています。
    --「みんなの広場 役割大きくなる『臨床僧』」、『毎日新聞』2012年6月16日(土)付。

-----

202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚・本と人:『旅のパウロ』 著者・佐藤研さん」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

301

-----

今週の本棚・本と人:『旅のパウロ』 著者・佐藤研さん
 (岩波書店・2625円)

 ◇伝道者の生きざまを追って−−佐藤研(さとう・みがく)さん
 イエスの刑死後、ユダヤ教世界を超えて小アジア(現在のトルコ)やギリシャへ異邦人伝道の旅を続け、『新約聖書』の「ロマ書」(ローマ人への手紙)などの膨大な書簡を残した使徒パウロ。彼なくして世界宗教としてのキリスト教は成立し得なかったとさえ言われるが、その生涯や人となりには、意外なほど明らかでない部分も多い。
 「パウロ書簡は難解で分かりにくく、一人の生きた人間の姿が見えてこない。読解だけで抽象化してしまうことに不安を感じました。足跡をたどり、その大変な距離感や肉体的、感性的な条件を追体験してリアルなパウロ像に近づきたかった」
 立教大で教鞭(きょうべん)を執る傍ら、2002年以降8回の「足跡紀行」で、コリントやエフェソを訪ねる3度の伝道旅行からローマ護送にいたる数千キロの行程を、レンタカーを駆って走破した。「荒涼とした風景の中でただ地平線を目指し、恐らくは黙々と歩き通したパウロは、やはり取り憑(つ)かれていたのだと実感しました。あきれるほどの情念(パトス)の力、破裂するような上昇のエネルギーを思い知らされた」
ユダヤ教徒のパウロは当初、イエス派を迫害するが、十字架のイエスに呼び止められ「回心」する。「パウロにはユダヤ教保守派としての自覚があった。しかし、十字架上で殺されたイエスの凄(すさ)まじい弱さを心の眼(め)で見て衝撃を受け、神が新たな一歩を踏み出し、ユダヤ教に大きな変更を与えたと確信したのでしょう。それが、ユダヤ教の枠を打ち砕いて異教徒まで救済するという、非常にラディカルな普遍性を生んだと思います」
 後にキリスト教の“守護神”となるパウロだが、彼の時代、キリスト教という宗教はまだ存在しない。「ユダヤ教に最も忠実たらんとする行為が、結局は他の道を開いていく。その律義さゆえに自分はエルサレムに戻って捕らわれる。彼の死後、ユダヤ教からキリスト教を切り離すために彼の書簡の論理が使われた。まさに歴史の皮肉ですね」
 旅の途上の無数の写真には紺青の空と海が映える。その「乾いた単純明快な強烈さ」が古(いにしえ)の伝道者の生きざまに重なるという。<文と写真・井上卓弥>
    --「今週の本棚・本と人:『旅のパウロ』 著者・佐藤研さん」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120610ddm015070031000c.html

302


303


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『子ども 上』=ジュール・ヴァレス著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

-----

今週の本棚:鹿島茂・評 『子ども 上』=ジュール・ヴァレス著
 (岩波文庫・819円)

 ◇階級離脱への「鞭」が生んだ新たな悲惨の物語
 幕末・明治の日本を訪れた欧米人の目に最も奇妙に映ったのは日本人が子どもを非常に甘やかしているということだった。欧米人からすると、子どもは「野蛮」なのだから体罰=鞭(むち)という「文明」を省くのはしつけの放棄につながると見えたのである。

 これを歴史的に検証するのに最適なのが、パリ・コミューン参加で知られる作家ジュール・ヴァレスの自伝的三部作「ジャック・ヴァントラス」の第一部に当たる本書。献辞として掲げられた次のことばは作者の意図がこの文明化としての体罰という理念と戦うことだった事実を雄弁に示している。

 「子どものころ、教師にいじめられたり、親に殴られたりしたすべての者たちに、わたしはこの本を捧(ささ)げる」

 事実、小説はこんなショッキングな回想から始まる。「幼かったころに愛撫(あいぶ)された記憶は一度もない。(中略)いつも、ぶたれるだけだった。子どもを甘やかしてはいけない、これが母の口癖だ。そして毎朝ぼくをぶつ」
 体罰はマルチネという鞭でお尻を打つので大きな音を立てる。階下の年配の女性バランドローさんはその尻打ち音を時計代わりにしていたが、主人公の赤く腫れた尻を見て同情し、鞭打ちの代行を申し出る。当時は鞭打ち婆さんという体罰の専門職があったのだ。「バランドローさんはぼくを連れて行くが、お尻をぶつ代わりに自分の両手を叩(たた)く。ぼくはそれに合わせて悲鳴をあげる。夕方になると、母がお礼を言いに来る」

 では、この母親は現代日本の幼児虐待母親と同じなのかというとそうではない。鞭打ちは愛の表現なのだ。「母がきわめて論理的であることは、はっきり言っておかなければならない。子どもをひっぱたくのは、子どものためを思ってのことだ。(中略)子どもをひっぱたいたあとで十スー与えるような親、わけもわからずに子どもを叩いておいて、痛い目に遭わせたことをあとで悔やむような親より、ぼくの母のほうがずっと道理にかなっている」

 だが、わかったからといって叩かれた悲しみが消えるわけではない。リセの教員である父親も同じように厳しい。かくて、トラウマは永遠に残り、主人公はそれを小説に書く。

 では、いったいなぜ両親はこれほどまでにしつけにこだわったのか?
 それはともに農民の出身である自分たちが階級離脱できたのは欲望を自制できない民衆階級とは違ってそれが可能だったからと信じているためだ。ゆえに、もし子どもに自制心を植え付けられなければ、子どもはふたたび民衆階級に落ちる。それを予防するのは鞭しかない。

 父親もこの論理を学校で実践しているので生徒に嫌われている。おまけに身内をひいきしないという倫理が加わるから、主人公の悲惨は限りなくなる。

 それでも一度父親の愛を感じたことがあった。倹約家の母親が寄宿生食堂の残り物を居残っている主人公に与えるよう父親に命じた時のことである。父は息子を飢えさせるほうを選んだが、一度だけカツレツをノートに隠してもって来てくれたのだ。主人公は言う。あのカツレツのことを思い出すと父の過ちも許すことができると。

 しつけと教育こそが階級離脱の唯一の手段と信じられていた時代に出現した新たな悲惨を描いたヴァレスの傑作の第一部が読みやすい日本語に訳されたことを喜びたい。第二部は未訳なので、可能なら三部作の全訳を試みてほしいものである。(朝比奈弘治訳)
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『子ども 上』=ジュール・ヴァレス著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120610ddm015070013000c.html

202_3


203_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「『ダウンロード罰則』成立へ 衆院通過 簡略審議に批判も」、『毎日新聞』2012年6月16日(土)付。

201


-----

「ダウンロード罰則」成立へ
衆院通過 簡略審議に批判も

 音楽や映像を違法に複製した海賊版をインターネットを通じてダウンロードする行為に罰則を科す著作権法の改正案が15日、衆院本会議で可決され、参院に送られた。来週にも成立する。衆院本会議に先立つ文部科学省委員会では刑罰にかかわる部分の審議をせず、法曹関係者などから「言語道断」と批判する声が上がっている。
 映像や音楽の海賊版をネット上に配信するアップロードは最高懲役10年が科されている。ダウンロードも2010年に違法になったが、罰則は「違法性が軽微」として見送られた。文化審議会著作権分科会も刑罰化に結論を出していない。しかし音楽業界の「違法化後も被害が減らない」との主張を受け、自民、公明両党が刑罰化を求め、民主党も受け入れた。15日の衆院文科委では政府提出の著作権法改正案の質疑終了後、自公が違法ダウンロード刑罰化を修正案として提出。質疑や参考人招致を省き、自公民の賛成多数で可決された。
 民主党議員らは「与野党で合意したから(質疑は不要)」と説明したが、宮本岳志氏(共産)は反対討論で「人権にかかわる重大な内容なのに、委員会運営を強引に進めた」と批判した。
 法案では、違法と知りながら映像や音楽をダウンロードすると2年以下の懲役または200万円以下の罰金が科される。今国会で成立すれば10月1日に施行される。
    --「『ダウンロード罰則』成立へ 衆院通過 簡略審議に批判も」、『毎日新聞』2012年6月16日(土)付。

-----

202_2


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:リチャード・ホーフスタッター(田村哲夫訳)『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年。

101s


アメリカの「正義」を根柢から支える「知性への敵視」という伝統

リチャード・ホーフスタッター(田村哲夫訳)『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年。


本書の主題は、アメリカ合衆国が建国以来、広く社会に浸透している「反知性主義」。

まず、建国と密接に関わる宗教的な知性への敵視である。宗教的な純粋の探求が「新大陸」へ人々を向かわせた。純粋なキリスト教への回帰は福音主義に基づく平等としての理想郷建設と向かうが、同時にこれは宗教における学問性を危険なものとして退ける傾向を帯びることになる。

そしてこれが政治の世界にも顔を出すことになる。知識人や専門家が指導者になるよりも、無学の男や大衆の英雄が大統領に選ばれることがしばしばある。時代の変遷のなかで、専門家の役割は必然的に高まっていくが、知性への敵視は弱まることはない。政治における知識人の役割が高まることは、産業世界でも同時進行だが、ここでもその傾向は無関係ではない。

最後は、驚くことに教育の分野における反知性主義。発端は19世紀初頭だが、1910年頃にそれは本格化する。民主主義や経済生活の向上に資するのは実学とされ、実用に反する学問は「無用の長物」として扱われる。

かくも様々な分野で知性への敵視の伝統が脈々と根付いていることには驚くほかないが、これはまさにアメリカ合衆国が民主的制度や平等主義的感情に基礎づけられていることのひとつの帰結でもあろう。だからといって、民主的制度や平等主義を否定してもはじまらない。問題は、知性の驕りと「知性への敵視」という感情である。そしてこの情況を克服するには、鍛え上げた知性の力によるほかない。

アメリカ社会におけるそのような伝統を概観した一冊だが、決して他人事ではない。今から半世紀近く前に書かれた本とは信じがたい。戦慄する前に、反知性と知性の関係を自身の問題としてとらえるほかない。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:田中伸尚『ルポ 良心と義務 --「日の丸・君が代」に抗う人びと』岩波新書、2012年。

101s

「この歌は由緒正しい日本の国の学校を卒業したんだという歌だから」歌いなさいと「由緒正しい国」は強制するのだろうか。

田中伸尚『ルポ 良心と義務 --「日の丸・君が代」に抗う人びと』岩波新書、2012年。

「日の丸・君が代」が国旗・国歌と法制化されて今年で13年。当時の国会審議で政府は「強制はしない」と明言したが、現場はその政府答弁とは裏腹に「強制」「斉唱しない自由」の否定へと大きく舵を切っている。

条例とはいえ大阪の「維新の会」による法制化、そして橋下大阪市長による「職務命令を拒否する公務員は出ていけ!」という話題だろう。本書はその10年余りの経緯と昨今の動向を踏まえ、教育現場を丹念に取材したルポルタージュである。

強制されるのは教師ばかりではない。免職のニュースでついつい大人に視線がむきがちだが、「歌わされる子ども」が存在することも忘れてはならないだろう。

「この歌が歌えないと一人前じゃないんだよ」
「この歌は由緒正しい日本の国の学校を卒業したんだという歌だから、前の六年生を見習って歌いなさい」
「歌いなさい」
「大きな声で」

歌うことを拒否した少年は、「その威圧感は、卒業式の足音が近づいてくるに連れて次第に強まり、○さんは就寝中にうなされるようになった」……


大阪、東京、そして北海道で何が起こっているのか。「良心の自由」を掲げ抗う教師や市民たちの苦悩を生々しく描いており、何かがひとりひとりの「人間」を「圧倒」してく様子とそのスピードには言葉を失ってしまう。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛は、わたしたちの悲惨のしるしである。神は、自分をしか愛することができない。わたしたちは、他のものをしか愛することができない。

101

-----

 愛は、わたしたちの悲惨のしるしである。神は、自分をしか愛することができない。わたしたちは、他のものをしか愛することができない。
   *
 神がわたしたちを愛しているから、わたしたちは神を愛さねばならないというのではない。神がわたしたちを愛しているから、わたしたちはわたしたち自身を愛さねばならないのである。この動機がなかったら、どうして自分自身を愛することができよう。
 このような回り道を通らないかぎり、人間には自分を愛することができないのである。
    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、106頁。

-----


仕事の都合上、少し、歪な承認欲求……要するに他者を否定しないと自身の存在理由を提示できないからというネトウヨ的それ……に関する文献をまとめて数日読んでいて、気持ちが悪くなったのですが、やっぱりこの問題は、真正面から受けておかないと、容易く権力に都合のいいかたちでミスリードされるから少しだけ。

「わたしじしんの存在を誰かにみとめてほしい」という心根自体を全否定することなんてできやしない。ぼくじしんだって「みとめてほしい」と思うことはよくある。

しかし、誰かを否定して自身の安心立命を確立するということは結局は、仄暗い「勝他の念」に起因するのものだから、これはろくなことがない。

もちろん、だれかよりもいい点数をとりたいとは思う。しかし、彼よりいい点をとることよりも、昨日の自分よりいい点数をとることが大事なんじゃないのかな。

このへんを勘違いしていくと、大きな勘違いへいたってしまう。

昨今、こうした議論を正当化する論調が多くて辟易としてしまう。

誰と比べるの?

自分自身とくらべましょうよ。

わたしじしんを肯定するのは、何かわたしじしんであるものとの比較によって成立するのではなく、まず、わたしじしんを肯定した上で、さてどうするか……じゃアないのかしらん???

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「異論反論 玄葉外相が適者生存論を展開しました 『種』の政治思想は危険だ 寄稿=佐藤優」、『毎日新聞』2012年6月13日(水)付。

201

-----

異論反論 玄葉外相が適者生存論を展開しました 
「種」の政治思想は危険だ
寄稿=佐藤優

 5月28日、玄葉光一郎外相が母校の上智大学で講演を行った。外務省のホームページによると、学生からの「若い人たちにメッセージがございましたら、一言お願いします」という要請に応えて、玄葉氏はこう話した。
 「私が今、大事だなと思っているのは、一つは脱ポピュリズム。ご機嫌取りをあまりしない政治家が一つ。それともう一つは、ダーウィンの進化論ではありませんが、これはカトリックの考え方とちょっとどうかということもあるかもしれません。どういう種が強い人か。強い種が強い人ではない。どういう種か。時代に適応して変わり続ける種だ。だから、やや改革志向というのが強いのかなと。そして、やはり安定した政権でないと私はいけないと思う。今、求められているのはそういう政権であって、野田(佳彦)政権をそのようにしたいと思っていますし、一般論で言っても、そういった政権というものを今後日本が持ち続けることは非常に大切。そうすればスピード感のある政策というのはできると思うのです」
 ここにダーウィンの進化論のアナロジー(類推)で政治を捉える玄葉氏の思想が端的に現れている。政治の主体は種だ。ここでは、人という種が想定されている。氏の発言を素直に解釈するならば、時代に適応できる強い主我行うポピュリズムを排したエリート主義による政治が求められているということになる。6日、外務省で行われた会見で、「週刊金曜日」の伊田浩之記者が「『種』というのは、へたをすると優生思想、ナチズムの思想へつながったり、日本でも戦前、断種法というのがあったが、そういった極めて危険な受け取られ方をする可能性がありますので、ここで大臣の真意をしっかりお聞かせいただければと思います」とただした。これに対して、玄葉氏は「ダーウィンの話だということで、カトリックとどうかという話をしたのであり、また、ダーウィンがまさに、いわゆる生き残っていく種というのは、強い種とかいうことではなくて、時代に対応していく、変わり続ける、そういう種であるということを言ったと。つまり、決してナチスに行き着くような話では全くなくて、これからのあるべき政権を考えたときに一定の改革志向というものを、やはり常に持ち続ける必要があるのだろう」と答えた。

人種主義と親和的な言説
重大性を理解していない
 玄葉氏は、レトリック(修辞)で切り抜けようとしているが、時代に対応して生き残ることができた種が結果として強者になる。氏の言説は種を主体とする適者生存論で、ナチズムを含む人種主義と親和的だ。19世紀ロシアの思想家ピーサレフは「中途半端な教養は、無教養よりたちが悪い」と述べた。玄葉氏は政治思想史を真面目に勉強したことがあるのだろうか。日本の外相が「種の政治思想」を公言することが、国際的にどういう意味をもつのか、氏はわかっているのだろうか。

さとう・まさる 1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大大学院神学研究科修士課程修了。「奈良県吉野町の金峯山寺本堂(蔵王堂)を訪れ、特別公開された蔵王権現立像を拝観。蒼(あお)い顔の権現様に圧倒されました」

    --「異論反論 玄葉外相が適者生存論を展開しました 『種』の政治思想は危険だ 寄稿=佐藤優」、『毎日新聞』2012年6月13日(水)付。

-----


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「マイノリティに不利な条件を押しつける国家や社会はマジョリティをも抑圧」する

101

-----

マジョリティの不幸
 本書で述べてきたように、戦時下の朝鮮人は、同じ帝国臣民とされながらも、日本人に対しては見られなかったような手段を用いた動員の対象となり、不利な条件のもとでの労働を強いられた。だが、これは日本帝国のマジョリティたる日本人がマイノリティの朝鮮人を犠牲にすることで恵まれた立場にいたということを意味するわけではない。むしろ、朝鮮人の存在によって日本人民衆に対する抑圧もまた続けられていたと見ることが可能である。
 労働力不足のなかで増産を実現しなければならないという問題の解決策の選択肢は、何も安い労働力を外部から導入するということのみではなかった。労働者の生産意欲を高め、労働時間を適切に管理するなどして、生産性を向上することで労働力不足をカバーする政策もあり得たし、少なくともそれが加味されてしかるべきであっただろう。労働運動が壊滅していた戦時体制の初期であってもそうした議論はなかったわけではない。労働力不足がもっとも問題となっていた炭鉱についても労働者の待遇改善こそが必要であるとの意見はみられた。
 だが、すでに見てきたようにそうした選択はとられなかった。朝鮮人という安く使える労働力が豊富だという認識、さらには無理やりにでも彼らを連れてきて働かせることが可能であるという条件が存在していたこととかかわっているだろう。これは朝鮮人労働者を不利な条件で働かせることを当然とすることによって、日本人労働者の待遇も改善されないままとなったことを意味している。そのようにして、過酷で危険な労働環境であることが知れ渡っていた炭鉱では、監獄部屋のごとき労働管理がむしろ再び増えた。そしてそこには日本人も就労していた。日本内地の炭鉱労働者全体では戦争末期をでも日本人が七〇%弱を占めていたのである。
 結局のところ、マイノリティに不利な条件を押しつける国家や社会はマジョリティをも抑圧していた。そして、そのような状況をマジョリティが自覚し改善し得ずにいたことが、朝鮮人強制連行のようなマイノリティに対する加害の歴史をもたらしたのである。
 念のために付け加えれば、外部から人を入れなければ問題なしに帝国の内部にいたマジョリティが暮らすことができたわけではない。奴隷労働のようなものを誰かが担わなければ成り立たない社会経済システムがある限り、その場合は、帝国の内部のマジョリティのうちのもっとも弱い立場の人びとにそれが押しつけられたはずだからである。
    --外村大『朝鮮人強制連行』岩波新書、2012年、237-238頁。

-----

2月に出版された日中戦争下から敗戦までの間の朝鮮半島の人々に対する強制連行の実態を紹介した『朝鮮人強制連行』を取り急ぎ、通勤の電車内で読了。

おおまかな経緯だけは知っておりましたが、その輪郭の内実を詰めることができたように思います。

しかし、そもそも振り返ってみるならば、朝鮮半島の方であろうが、日本に在住する方であろうが、同じく「臣民」という建前でありながら、人間を「粗末」にするというシステムや発想というものは、どこの人間という分水嶺をたやすく超え、誰であろうが「利用」できるものは蕩尽してしまうということには改めて目を開かれたように思われます。結局は弱きにふんぞりかえる「ねじの論理」ですからね。
※うえで指摘の通り、そもそも炭鉱労働の70%弱は日本人労働者の「奴隷労働」によって成り立っている訳ですから。

もっともキツい労働現場でありながら、国家の基幹作業であった「炭鉱労働」に関しては、機械化への切り替えや労働条件の整備など様々な提案があるものの、一蹴にされてしまう。そして単純な人海戦術的投入が、コスト的に割の合わないにも拘わらず、それがなし崩し的にゴーサインされていく。

その意味では、「誰かの不幸のうえに、自身の幸福を構築する」だとか「犠牲はいたしかたない」という物知り顔の「大人」のシニシズムという「犠牲のシステム」とは本当に縁を切っていかなければならない。

そして見て見ぬ振りをしてはいけないのではないか……痛切に感じさせれた次第です。

まあ、「今さら、そんなこといわれても、あんた、バカ?」って言われそうですが……ばかなので致し方ありませんが。

恐らく原発労働の問題や基地集中の問題や構造的な貧困の問題も「心根」としては同根なんだろうと思う。

「見えないフリ」をして自己正当化するのは辞めた方がいい。


-----

 少なくとも言えるのは、原発が犠牲のシステムであるということである。そこには犠牲にする者と、犠牲にされるものとがいる…犠牲のシステムでは、或る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、尊厳、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持される。犠牲にする者の利益は、犠牲にされるものの犠牲なしには生み出されないし、維持されない。この犠牲は、通常、隠されているか、共同体(国家、国民、社会、企業等々)にとっての「尊い犠牲」として美化され、正当化されている。そして、隠蔽や正当化が困難になり、犠牲の不当性が告発されても、犠牲にする者(たち)は自らの責任を否認し、責任から逃亡する。この国の犠牲のシステムは、「無責任の体系」(丸山真男)を含んで存立するのだ。
    --高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』集英社新書、2012年、27-28年。

-----

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚・新刊:『懐徳堂ゆかりの絵画』=奥平俊六・編著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

201


-----

今週の本棚・新刊:『懐徳堂ゆかりの絵画』=奥平俊六・編著
(阪大リーブル・2100円)

 享保9(1724)年に大坂の商人の手で設立された学問所、懐徳堂。江戸の昌平坂学問所のように官学化はかなわなかったが、精神は現在の大阪大学に受け継がれている。本書は阪大に残る資料を基に、絵画の側面から懐徳堂が生んだ文化人の交流や当時の世界観を検証した。阪大大学院教授の編著者は「江戸時代の人々にとって、絵画というメディアは今日私たちが想像する以上に親しいものであった」と記している。

 掲載される絵画資料のなかで目を引くのは、岩崎象外の作と伝えられ、中井履軒が賛を書いた「解師伐袁図(かいしばつえんず)」。猿蟹合戦の一場面だが、擬人化されたお供たちが何ともいい。かなめが目になっているハサミは、開いた刃で何ごとかを蟹に報告している。いかにも、ずるがしこくておしゃべりそう。栗(くり)や石臼ら他の従者も個性的な顔つきだ。

 履軒は四代学主竹山の弟で、交友のある上田秋成をこき下ろしたり、世俗を避けて夢の世界に遊ぶ風変わりな人だったらしい。懐徳堂で学んだ象外は、彼の世界を視覚化できる年上の友人だった。白象の背上の宴を描いた図も面白く、もっとこの二人のことが知りたくなる。(咲)
    --「今週の本棚・新刊:『懐徳堂ゆかりの絵画』=奥平俊六・編著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120610ddm015070014000c.html

202


203

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わたし個人にとっても空腹がいちばんの問題です。そのことが歴史記述の底にあって、価値判断の底にあるような歴史観でなければ信頼できないと思うのです

101


-----

人間本位の歴史学
鶴見 歴史学は人間の立場から見なければいけないとわたしが言うのは、人間の根本の問題は空腹だと思うのです。わたし個人にとっても空腹がいちばんの問題です。そのことが歴史記述の底にあって、価値判断の底にあるような歴史観でなければ信頼できないと思うのです。だれが絵がうまかったとか、だれがバイオリンがうまかったとかいうふうなことを中心に書いていくような歴史ではしょうがないと思うのです。そこでは、いかにして人間にとって空腹が減っていくような立場を守れるか、ということをつらぬいているような歴史学でなければいけないと思うのですが、同時に人民大衆のなかにあって、疑う権利を守るような歴史学あるいは歴史意識でないと困る。
 キリスト教のおそろしいところは、神が全部取っちゃう。一元の神だから、疑う権利は初めから神学的に圧殺するところがあるんですよ。わたしはアウグスティヌスはそうとうえらい人だと思うんだけれども、依然としてそこがおそろしい。そうではないもの、だから司馬遷になると別のものがあっておもしろい。そういうふうな歴史意識のほうが、わたしにとっては魅力がありますね。
 キリスト教と科学が癒着したような種類の歴史科学意識からは離れたい、もっと別のものを得たいという気持ちはつよいです。いまのような巨大科学になると、科学者は権力と癒着しやすいでしょう。それを抑制するように、しろうとの立場に歴史をとりもどさなければ、わたしが希望するような歴史意識はなかなか生まれないんじゃないかな。
    --「歴史をみつめる視点 奈良本辰也」、『鶴見俊輔座談 近代とは何だろうか』晶文社、1996年、65-66頁。

-----

鶴見俊輔さんらしい表現といいますか、「人間の根本の問題は空腹だ」という指摘は、歴史学に限らず、思想や哲学、そして文学に関しても同じじゃないかと思う。

ここでいう「空腹だ」というのは即物的なそれももちろん含まれるまですが、唯物的にそれのみ還元される「意識」でないことは言うまでもないでしょう。

机上の架設のうえで、どうだこうだ人間を操作するのでもなく、かといって、モノを配給すればすべて解決するという短絡でもない、ここに「人間の生きた姿」がある。

そして同時に「人民大衆のなかにあって、疑う権利を守るような歴史学あるいは歴史意識でないと困る」。ここも大事なポイントですね。

昨今、知識人の信用がガタ墜ちですが、もういちど、人間の生活世界のなかから、遊離でも惑溺でもないきちんとした在り方をつくっていくしかないですね。

ホント、これは他人事ではありません。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

仮に一人を除く全人類が同一の意見をもち、唯一人が反対の意見を抱いていると仮定しても、人類がその一人を沈黙させることの不当であろうこと

101

-----

 仮に一人を除く全人類が同一の意見をもち、唯一人が反対の意見を抱いていると仮定しても、人類がその一人を沈黙させることの不当であろうことは、仮りにその一人が全人類を沈黙させうる権力をもっていて、それをあえてすることが不当であるのと異ならない。
    --ジョン・スチュアート・ミル(塩尻公明訳)『自由論』岩波文庫、1971年、36頁。

-----

別に民主主義が「最高の制度」とは思わないし、チャーチルを引くまでもなく、消去法的に相対した結果において「まあ、ほかのものよりはマシ」という意味での選択は否定しません。

それでも、結局の所は、多数決云々とか機能不全にイチャモンをつけていくよりも大切なことは、それをたらしめていく挑戦と、その根幹ともいえる「手続き」を大切にしていくほかないわけですが、その辺の手順を割愛した議論が、ここ数年、広範なひとびとから「拍手喝采」で迎え入れられている様には、驚くばかりです。

政令指定都市の市長さんの度重なる挑発と暴挙、某都知事と某府知事のとんちんかんな発言。そして、一市民をつるし上げることで、制度をより改悪しようと試みるエリート議員たち……。

そんなものを拍手喝采で迎えてしまうと、結局は後になってから自分自身の首を締めることになるのですが、うーん、

「わかりやすくて、きもちがいい」

……からなのでしょうかねねぇ。

しかし、権力は「行使」されるものであるがゆえに、最新の注意を払って運用されなければならないし、「行使」へ至るまでの手順やプロセスは最大限に尊重されなければならないはず。

ミルが「社会が個人に対して正当に行使できる権力の本質と限界」を指摘したわけですけども、このへんの文脈を、彼らに精読してもらいたいわけですが……。

う~む。

ホント、考える暇を与えないほど、むちゃくちゃなことが頻発しすぎているよ、おるず。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚・新刊:『ガリ版ものがたり』=志村章子・著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

201

-----

今週の本棚・新刊:『ガリ版ものがたり』=志村章子・著
 (大修館書店・2520円)

 簡易印刷器の主役だった、ガリ版(謄写版)の歴史を訪ねる本。トーマス・エジソンのミメオグラフをもとに、堀井新治郎父子が発明(明治二七年)したガリ版は、日清戦争では軍事通信に採用された。足尾鉱毒事件でも請願書などで大活躍。思えばひところまでは、学校の問題用紙や文集、チラシ、チケット、会報など、印刷物の大半がガリ版。原紙の罫線(けいせん)に合わせて、とてもきれいな字を切る人もいた。速さ、便利さ、安さ。ホットな情報に強い。ガリ版にまさるものはない。

 原紙は、和紙にロウ引き。高知・四国謄写堂の原紙が最高品質。鉄筆、ヤスリ、ローラーにも数々の工夫。「毛筆謄写版」もよろこばれた。「ガリ版の魅力は、その仕事にたちまち自らの魂が乗り移ることだ」(孔版画家・若山八十氏)。詩人宮澤賢治は都内の謄写プリント店・文信社に勤めた。郷里の友人などへの手紙では「仕事は大学のノートを騰写版に刷りて出す事に御座候」などと「騰」写版と書いた。終生「騰」写版と思いこんでいたなどエピソードも面白い。コピー機の普及もあり、ガリ版は昭和の終りごろに生産停止。「百年」の歴史を閉じる。(門)
    --「今週の本棚・新刊:『ガリ版ものがたり』=志村章子・著」、『毎日新聞』2012年06月10日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120610ddm015070033000c.html

202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:鹿島茂『渋沢栄一〈1〉算盤篇』、『渋沢栄一〈2〉論語篇』文藝春秋、2011年。

101


鹿島茂『渋沢栄一〈1〉算盤篇』、『渋沢栄一〈2〉論語篇』文藝春秋、2011年。

論語に基礎を置く『算盤』主義……明治の精神を具現する渋沢栄一の本格的評伝


近代日本・資本主義の父とよばれる渋沢栄一の最新の評伝を手に取ってみた。執筆が仏文学者の鹿島茂氏だから驚いたが、考えてみれば、鹿島氏は、先に『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』(講談社、2010年)を執筆しているから、驚くに値いしないか。

対象に対する愛情と旺盛な好奇心が本書でもいかんなく発揮されている。

本書は、渋沢の性格や経歴といった個別的な特性からその思想形成と経済社会への関わりを検討するところがひとつの特徴といってよい。上下二巻にわたり丹念に調査しており、本書で紹介された話題は実に豊富で多面的である。

新撰組の土方歳三との関係や様々な逸話が幅広く渉猟・蒐集されており、鹿島氏の面目躍如といったところだろうか。

「渋沢は、自己本位の利潤追求はかえって、自己の利益を妨げるという資本主義のパラドックスを十分に理解した上で、論語に基礎を置く『算盤』を主張しているのである」。

さて渋沢が算盤と論語の「両刀遣い」だったことは有名だが、十分知識も経験、そして関心があるにもかかわらず、投機に走らなかったのは、「論語」に説かれる道徳倫理に基づく「自制心」がセーブしたのではないかという指摘は興味深い。

合目的化していく人間の必然を絶えず相対化させて闘う、その足跡を辿ると、意外のようにみえる渋沢が宗教や道徳・倫理運動にも同じく力を注ぎ、支援した歴史にも頷くことができる。

2冊で900ページ以上。読み応えがある。


 

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「平成24年6月8日 野田内閣総理大臣記者会見」全文

101


-----

平成24年6月8日
野田内閣総理大臣記者会見

【野田総理冒頭発言】
 本日は大飯発電所3、4号機の再起動の問題につきまして、国民の皆様に私自身の考えを直接お話をさせていただきたいと思います。

 4月から私を含む4大臣で議論を続け、関係自治体の御理解を得るべく取り組んでまいりました。夏場の電力需要のピークが近づき、結論を出さなければならない時期が迫りつつあります。国民生活を守る。それがこの国論を二分している問題に対して、私がよって立つ、唯一絶対の判断の基軸であります。それは国として果たさなければならない最大の責務であると信じています。

 その具体的に意味するところは2つあります。国民生活を守ることの第1の意味は、次代を担う子どもたちのためにも、福島のような事故は決して起こさないということであります。福島を襲ったような地震・津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心損傷に至らないことが確認をされています。

 これまで1年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。勿論、安全基準にこれで絶対というものはございません。最新の知見に照らして、常に見直していかなければならないというのが東京電力福島原発事故の大きな教訓の一つでございました。そのため、最新の知見に基づく30項目の対策を新たな規制機関の下での法制化を先取りして、期限を区切って実施するよう、電力会社に求めています。

 その上で、原子力安全への国民の信頼回復のためには、新たな体制を一刻も早く発足させ、規制を刷新しなければなりません。速やかに関連法案の成案を得て、実施に移せるよう、国会での議論が進展することを強く期待をしています。

 こうした意味では、実質的に安全は確保されているものの、政府の安全判断の基準は暫定的なものであり、新たな体制が発足した時点で安全規制を見直していくこととなります。その間、専門職員を要する福井県にも御協力を仰ぎ、国の一元的な責任の下で、特別な監視体制を構築いたします。これにより、さきの事故で問題となった指揮命令系統を明確化し、万が一の際にも私自身の指揮の下、政府と関西電力双方が現場で的確な判断ができる責任者を配置いたします。

 なお、大飯発電所3、4号機以外の再起動については、大飯同様に引き続き丁寧に個別に安全性を判断してまいります。

 国民生活を守ることの第2の意味、それは計画停電や電力料金の大幅な高騰といった日常生活への悪影響をできるだけ避けるということであります。豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせません。これまで、全体の約3割の電力供給を担ってきた原子力発電を今、止めてしまっては、あるいは止めたままであっては、日本の社会は立ち行きません。

 数%程度の節電であれば、みんなの努力で何とかできるかもしれません。しかし、関西での15%もの需給ギャップは、昨年の東日本でも体験しなかった水準であり、現実的には極めて厳しいハードルだと思います。

 仮に計画停電を余儀なくされ、突発的な停電が起これば、命の危険にさらされる人も出ます。仕事が成り立たなくなってしまう人もいます。働く場がなくなってしまう人もいます。東日本の方々は震災直後の日々を鮮明に覚えておられると思います。計画停電がなされ得るという事態になれば、それが実際に行われるか否かにかかわらず、日常生活や経済活動は大きく混乱をしてしまいます。

 そうした事態を回避するために最善を尽くさなければなりません。夏場の短期的な電力需給の問題だけではありません。化石燃料への依存を増やして、電力価格が高騰すれば、ぎりぎりの経営を行っている小売店や中小企業、そして、家庭にも影響が及びます。空洞化を加速して雇用の場が失われてしまいます。そのため、夏場限定の再稼働では、国民の生活は守れません。更に我が国は石油資源の7割を中東に頼っています。仮に中東からの輸入に支障が生じる事態が起これば、かつての石油ショックのような痛みも覚悟しなければなりません。国の重要課題であるエネルギー安全保障という視点からも、原発は重要な電源であります。

 そして、私たちは大都市における豊かで人間らしい暮らしを電力供給地に頼って実現をしてまいりました。関西を支えてきたのが福井県であり、おおい町であります。これら立地自治体はこれまで40年以上にわたり原子力発電と向き合い、電力消費地に電力の供給を続けてこられました。私たちは立地自治体への敬意と感謝の念を新たにしなければなりません。

 以上を申し上げた上で、私の考えを総括的に申し上げたいと思います。国民の生活を守るために、大飯発電所3、4号機を再起動すべきというのが私の判断であります。その上で、特に立地自治体の御理解を改めてお願いを申し上げたいと思います。御理解をいただいたところで再起動のプロセスを進めてまいりたいと思います。

 福島で避難を余儀なくされている皆さん、福島に生きる子どもたち。そして、不安を感じる母親の皆さん。東電福島原発の事故の記憶が残る中で、多くの皆さんが原発の再起動に複雑な気持ちを持たれていることは、よく、よく理解できます。しかし、私は国政を預かるものとして、人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできません。

 一方、直面している現実の再起動の問題とは別に、3月11日の原発事故を受け、政権として、中長期のエネルギー政策について、原発への依存度を可能な限り減らす方向で検討を行ってまいりました。この間、再生可能エネルギーの拡大や省エネの普及にも全力を挙げてまいりました。

 これは国の行く末を左右する大きな課題であります。社会の安全・安心の確保、エネルギー安全保障、産業や雇用への影響、地球温暖化問題への対応、経済成長の促進といった視点を持って、政府として選択肢を示し、国民の皆様との議論の中で、8月をめどに決めていきたいと考えております。国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります。

 再起動させないことによって、生活の安心が脅かされることがあってはならないと思います。国民の生活を守るための今回の判断に、何とぞ御理解をいただきますようにお願いを申し上げます。

 また、原子力に関する安全性を確保し、それを更に高めていく努力をどこまでも不断に追及していくことは、重ねてお約束を申し上げたいと思います。

 私からは以上でございます。

【質疑応答】

(内閣広報官)
 それでは、質疑に移ります。
 指名された方は、まず所属と名前をおっしゃってから質問をお願いいたします。
 それでは、どうぞ。

(記者)
 読売新聞の望月です。
 総理、今週は4日に引き続いて2度目の会見となり、御苦労様です。
 福井県知事の要望に応じられて、今回の会見に至られたのだと思いますけれども、先ほどの会見で、要するに夏場の電力需要を乗り切るためだけでなく、日本の経済、エネルギー安全保障上も原子力が重要な電源であるという認識をお示しになられたのだと思いますが、そうしますと、丁寧に御検討されるとおっしゃいましたが、大飯以降の他の原発の再稼働のスケジュール感について、どのようにお考えになられるのか。
 あるいは今、おっしゃられましたが、中長期のエネルギーの割合を政権としてどのように考えられるのか。8月をめどにまとめられるとおっしゃいましたけれども、今現在、2030年の原子力の割合などが議論になっていて、総理の今のお話ですと、これはゼロにはできないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。また、その場合、40年の廃炉ルールなどには齟齬が出てこないのかも含めて教えていただければと思います。

(野田総理)
 最初は会見の意義みたいなところだと思いますけれども、福井県知事のみならず、福井県民の思いを重く受け止めつつ、今日は国民の生活を守るという観点から、再起動は必要であるという私の考え方を基本的に御説明したいという意味での会見をさせていただきました。
 再起動の安全性、必要性については、先ほど申し上げたとおりでございますけれども、当面の夏場の需給だけの問題ではなくて、これはエネルギー安全保障であるとか、あるいは国民生活や経済への影響、特に国民生活、経済への影響で言うならば、これは電力価格が高騰することによって国民の負担が増えてはいけないんですが、そういうことを抑制しなければいけない等々の観点、日本の経済、社会全体の安定ということを考えての判断であるということであります。
 大飯以外のスケジュールのお話でございますけれども、これは大飯と同様に、スケジュールありきではいかなる再起動も考え得ません。引き続き、丁寧に個別に安全性を判断していくというプロセスをたどっていきたいと思います。
 最後に、中長期のエネルギーの割合の話が出ましたけれども、ちょうど今日のエネルギー・環境会議が行われまして、その選択肢についての中間整理を行わせていただきました。こうした中間整理なども踏まえまして、国民的な議論を行いながら、御指摘があったとおり、8月をめどに国民が安心できるエネルギーの構成、ベストミックスというものを打ち出していきたいと考えております。

(内閣広報官)
 それでは、次の方どうぞ。
 佐藤さん、どうぞ。

(記者)
 日本テレビの佐藤です。
 原発も非常に重要ですけれども、消費税関連の一体改革、関連法案も大詰めですので、こちらをお伺いしたいのですが、今日、修正協議が始まり、15日までに合意を目指すということで、総理の決意を改めてお伺いしたいというのが1点。
 自民党の石原幹事長は、社会保障面の最低保障年金については、国民会議を設置して、そこで議論をしてもよいとおっしゃっております。この国民会議についての総理の御見解をお伺いしたいと思います。
 最後にもう一点ですが、法案を成立させるには会期の延長も避けられないと思いますが、総理の頭の中にある会期の延長幅、これは9月の代表選挙を超えるような大幅な会期延長も想定されているのかどうか。その見解を伺いたいと思います。

(野田総理)
 まず、今日から本格的な修正協議がスタートをいたしました。この協議については、昨年からの課題でありまして御要請をしてまいりましたけれども、自民党、公明党、やはり国民のために結論を出さなければいけない重要な課題だと御認識をいただき、こうした協議に応じていただいたことに感謝を申し上げたいと思いますし、加えて、この改革の方向について御賛同いただいているその他の会派の皆様にも感謝を申し上げたいと思います。
 これは、先送りのできない課題であります。したがいまして、今、会期は6月21日まででございますので、それまでに当然のことながらG20に私は行かせていただきたいと思います。この世界経済が不透明な状況の中で、日本としての立場は明確に打ち出さなければいけません。
 そういうことを考えると今日も協議の場で御議論があったと思いますけれども、15日までの間に決着をつけるべく、最大限の努力をされるということでございますので、そうしたスケジュール感の中で真摯な議論が行われること、そして成案を得ることを強く期待したいと思います。
 そこで、石原幹事長の話もございましたけれども、要は法案としては7本出しています。その7本について協議に基づいて私どもは成立をさせたいと思います。その上で中長期に関わる問題をどうするかという議論も当然あると思いますが、その道筋をどうつくり出すかということは、先ほど御提起のあった国民会議の問題もそこに含まれると思いますけれども、そういうものも含めて結論が得られるような議論を期待したいと思います。
 会期の問題は、これはこの一体改革だけではなくて政治改革の問題とか、この6月21日までの間に、何としてもその他の法案も成立を目指さなければいけないものがたくさんございます。まずはそこでできるだけ多く御提出をしている法案であるとか、あるいは結論を出さなければいけないテーマについて結論を出すことに今はベストを尽くす段階であって、その後の幅の問題を現段階で申し上げる段階ではないと思います。

(内閣広報官)
 それでは、次の方。
 それでは、浜田さん、どうぞ。

(記者)
 ロイター通信の浜田と申します。
 長期的な将来の脱原発依存を実現する上で、原発事業の体制は従来どおり国策民営が望ましいのか、電力会社から原発を切り離して国が事業に関与する体制に移行すべきなのか、原発の事業体制の見直しに関する議論の必要性、検討の必要性について総理のお考えをお聞かせください。

(野田総理)
 事業体制について、現時点で今政府として何らかの方向性を持っているわけではございません。その事業体制を考える前に、その前にやるべきことがあると思っております。それが先ほど来御議論というか御指摘もいただいておりますけれども、8月をめどにまとめようとする、まさに中長期の国民が安心できるエネルギー政策の在り方、そこをまず決めていくことが大事ではないかと思いますし、これは国民各層のさまざまな御議論もいただきながらまとめていきたいというふうに思います。

(内閣広報官)
 それでは、時間が来ておりますので、最後の質問とさせていただきます。
 それでは、七尾さん、どうぞ。

(記者)
 ニコニコの七尾です。よろしくお願いします。
 本日、先ほど行われた国会事故調で福島第一原発事故の際の政府対応の問題点が幾つか改めて浮き彫りになりました。そこで御質問なのですが、原子力規制組織の法案に関わります、今、国会で審議しており議論が進んでいる中で、原発事故の際の総理の指示権の在り方や必要性について改めてお聞かせください。

(野田総理)
 政府事故調、そして、今、御指摘いただいた国会事故調、そういうところから出てくる御指摘というものを真摯に受け止めて、二度と去年のような事故を起こさないための対策を講じていくということが何よりも基本だと思いますし、そこから出てくる御意見は真摯に受け止めたいと思います。
 その上で、今、与野党間で議論をしている新たな規制の組織の話の中で、総理大臣の権限のところ、今、議論をやっている最中だと思います。かなり煮詰まってきているのではないかという報告を受けております。ここで折り合うことができれば1つの合意形成が大きく前進できるのではないかと思いますので、その動きを今注視しているところでございます。

(内閣広報官)
 それでは、時間がまいりましたので、これで総理会見を終わります。どうもありがとうございました。

(野田総理)
 どうもありがとうございました。

-----


http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/2012/0608.html


※新聞写真は、『毎日新聞』2012年6月9日(土)付、1面「大飯再稼働 来週にも決定」より。
102


103


| | コメント (0) | トラックバック (0)

個々の人間、個々の民族の特性をそのまま認めながらも、真に誉むべきものは全人類に属することによってこそきわだつ

101


-----

個々の人間、個々の民族の特性をそのまま認めながらも、真に誉むべきものは全人類に属することによってこそきわだつのだという確信を失わぬようにしてこそ、真に普遍的な寛容の精神が最も確実に得られる。
    --ゲーテ「文学論・芸術論」『世界の名著38 ヘルダー/ゲーテ』中央公論社、1979年。

-----


哲学で文学を扱うのも、今世紀のシラバス・授業評価というがちがちのシステムのなかでは異色だとは思いますが、結局のところ、ひとりひとりの学生さんに「良い本」を読んで欲しいから、少しだけ時間を割いて、

本を読む意味、本を読むコツ、それから文学の私たちに与える役割と詩心の復権……

について、お話をするようにしております。そしてそのひとつのケーススタディとしてドイツの文豪・ゲーテの生涯とその思想を学ぶわけですが、

やっぱり、ゲーテは凄い。

このところ、仕事関係で、現代の排外主義に関する文献を大量に読んでいるのですが、排外でも、そして哲学者か科学者たちが机上で立案したような「普遍」でもないところに、ぼくたち一人一人の個性の輝きと相互尊重、そして同じく「人間」であるという連帯がうまれてくるのではないかと思う。

その精神の軌跡がゲーテの歩みではなかっただろうか、と。


さて……
ちょうど2コマ使って、お話をしましたが、割と熱心に聞いてくださり、担当者としては少しばかりうれしい次第です。

また、学生さんたちは「本を読まなきゃ!」って思うわけですが、授業をするまでは、そのあせりだけで実践を伴わず「うわー!!!」ってなっていた方が多くいたようですが、授業をきっかけに、「○○読み始めましたー!」、「△△を借りてみましたー!」って報告もうけ、お互いに良い刺激になったのではないかと思います。

とにかく大切なのは、「迷っていても始まらない」ですから、「迷っているなら1頁でも読んだ方がいい」ですよ。

ゲーテの思索や、トルストイの探究、ドストエフスキーの苦悩を学ぶなかで、代替不可能な個別の存在者への深み、そして人間であるということへの連帯を、活字と向かい合う中で、自身の手で掴んで欲しいと思います。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:ハンス・ヨーナス(品川哲彦訳)『アウシュヴィッツ以後の神』法政大学出版局、2009年。

201


ハンス・ヨーナス(品川哲彦訳)『アウシュヴィッツ以後の神』法政大学出版局、2009年。


いま、「神について語ること(テオロギア)」は果たして可能か。ユダヤ人哲学者H・ヨナスの重厚な思索の軌跡

本書には、『責任という原理』で名高いユダヤ人哲学者ハンス・ヨーナスが「神」をめぐる思索の軌跡(講演と論考)が三編ほど収録されている。日本の思想業界では……現代思想の文脈においては……なじみの薄い哲学者の一人だが、グノーシス研究の泰斗であり、生命倫理学、責任原理に関するその深い考察は、現代世界をいきる者が傾聴せざるを得ない迫力をもっている。

ハイデガーに影響を受け、戦中は対独戦(イギリス軍のユダヤ旅団)に参加し、戦後はアメリカに渡ったヨナス。経緯を見るとアーレントを想起してしまうが、学生時代から終生、彼女の親しい友人の一人であったという。
そのヨーナスが晩年に注視したのが「神」についての思索である。その出自のとおり、ヨーナスもアウシュヴィッツの悲劇と無関係ではない。母を絶滅収容所で失った彼にとって「アウシュヴィッツ以後の神」を問うことは必然でもあろう。

なぜ神はアウシュヴィッツのような惨劇を防ぐことができなかったのか。

「アウシュヴィッツの霊たちが黙せる神にむかってあげた長くこだまする叫びにたいしてなにがしかの答えのようなものを試みる、そのことを断念しないことこそ、その人びとにたいする責務である」。

ヨーナスは、神の実在を証明しようなどとは気負わない。それが不可能であることは承知しつつも、哲学者にとっての「神概念」として扱おうともまたしないのである。

冒頭で神の沈黙を端的に次のように指摘する。

「神はそれを欲したからではなく、そうできなかったから、介入しなかったのだ」。

ここから、アウシュヴィッツの悲劇を前に、神を「苦しむ神」「生成する神」「気づかう神」「全能ではない神」として捉え直す。この世界の悲劇に救い奇跡を介入することのできない神として向き合うのだ。そして眼差しを人間へと深く向けていく。ヨーナスにとって「介入できない」ことは問題ではない。それ以上に課題となるの、人間自身の手によって「神的なるもの」が毀損されつつある世界において、人間自身が、それを守り助けなくてはならないと考えるのである。

これは弁神論でもなければ、理神論でもないし、伝統的な神概念と異なるものでもあろう。しかし、ヨーナスの論考は、アウシュヴィッツの悲劇だけの問題に留まらない。宗教や文化、そして民族を超え、「悪なるものの」を不可避に内在させる人間という普遍的な問題であるからだ。

「アウシュヴィッツは私にとって神学的なできごとでもあった」。

思い起こせば、同じ年に生まれたアドルノが「アウシュヴィッツ以降詩を書くことは野蛮である」という言葉を残しているが、その意義ははるかに重いものがある。

なお本編のほか、訳者の品川哲彦氏による長文の論考「ハンス・ヨーナスの生涯」と丁寧な「解題」も収録されており、ヨーナスの生涯とその思想を確認する上でも非常に有益である。


〔目次〕
 凡例
 第一章 アウシュヴィッツ以後の神概念――ユダヤの声
 第二章 過去と真理――いわゆる神の証明にたいする遅ればせの補遺
 第三章 物質、精神、創造――宇宙論的所見と宇宙生成論的推測
 訳 註
 ハンス・ヨーナスの生涯
 解題
 引用文献
 初出一覧
 訳者あとがき


202


| | コメント (0) | トラックバック (0)

不信心と信心の両方をともに置くという立場

101_2


-----

鶴見 実は一つだけ話の枕を用意してきたんだけど、鈴木晴久さんという人が『ろばのみみ』という雑誌をやっているんです。ロゴス英語学校という、牧師さんが経営している学校が目白のほうにあって、その牧師さんは事業経営が上手で、もと海軍の大尉かなんかで、牧師さんになってから宣教師に英語を教えてもらった。経営はすごく上手で、同時に平和への意志がつよいんだな。こういう人間がいると、かなりのことができる。『ろばのみみ』は、彼の教会の内部で編集して出している雑誌で、鈴木晴久は、その編集者です。
 その雑誌で「八重重吉特集」をやった。それで、八木重吉の詩について書いてもらいたいと思って村野四郎のところへ行ったら、村野四郎が「八木重吉の詩は好きじゃない。自分は神を信じてもいないし、そんなものは書けない」と言ったんだって。鈴木晴久さんが「じゃあ、信じてないという、神はいないというのを書いてください」と言って帰ってくる。その編集後記に、「八木重吉の信心と村野四郎の不信心の詩と、どちらがたいせつなものだろうか」と書いた。わたしはそれに感心した。鈴木晴久は別に八木重吉をわるいと思っているわけじゃない。八木重吉を好きでしょうがない。だから、八木について書いてくれと村野に頼みにいったんだ。そうしたら村野の不信心に会って、不信心の詩をもらってくる。そのときに、不信心と信心の両方をともに置くという立場に感心した。そこには、信心の立場に立ったときに、そっちのなかにこもりきりになると、不信心の側からは自分の信仰がみえなくなる、そして、不信心を切り捨てたら、自分の信仰は死ぬという自覚がある。
谷川 なるほどね。
鶴見 その揺れがすごいと思ったんだ。もし不信心を切り捨てたら、もうファナティシズム(狂信的心酔)しか残らない。その他千葉をとりたくないという考えかただ。「ああ、ここにこういう人がいる」と思ってね。しかも、その立場を教会の内部の雑誌として表現している。
 『定義』を読んでいて、この揺れと似た実質を感じたんだ。ある与えられた定義をそのままのみくだす人間になりたくない。つねに新しく自分のいまの状況のなかから定義していきたい。定義はいろんな定義が可能だ、こうも見られる、こうも見られる……。できるだけ厳密に、というのは手つづきであって、実際には、定義できない部分が出てきたり、別の定義が可能になったりする。数学のなかに自由があるように--小学生、中学生の数学は自由じゃない、答えが決まっているけども、数学そのものは自由であるはずなんだ--定義もまた自由であって、人間の精神の軌跡はそういうものだと思う。自由のもとのところには言語そのものの基本的なルールがあって、宗教心であろうと政治的な信念であろうと、同じルールを守るべきなんだ。そうでなければいつも肉体的な闘いになってしまう。別の定義のしかたがありうるというその揺れをたいせつにする、流派とも言えない流派が、『ろばのみみ』のなかにも『定義』のなかにもあると思った。
 『定義』について、迂遠なしかたでわたしの感想を述べれば、そういうものなんだな。与えられた定義をあたりまえのこととしてのむ立場というのは、日本の伝統のなかに根づいて、積みあげられてしまっている。しかし、そこから自由な領域を切り開く、別な立場がある。信仰にとっての不信公の意味をとらえる、そういう質のものを見失うとすれば、詩なんてものもプロパガンダ(宣伝)にしかすぎなくなる。そのことを意識している別の領域があるという気がしました。(一九七六年)。
    --「世界の偽善者よ、団結せよ 谷川俊太郎」、『鶴見俊輔座談 学ぶとは何だろうか』晶文社、1996年、14-16頁。

-----


先日もある編集者と少し雑談するなかでも実感したことなのですが、「99パーセントはたぶんそうなのだろうけれども、充全にはそうなんだよなー(ないしはその逆もしかり)」という「留保」がますます受け入れられなくありような「空気」が濃厚になりつつあるのが今の社会の特徴かも知れません。

ほんと、たぶん、そう……ないしはその逆……なんだけど、「そうなんだ!(ないしは「違う!」)」って言い切れないとき、考える余裕を与えられるどころか、

「お前は敵か!!!」

みたいな脊髄反射ばかりで、「考える余裕」とか「咀嚼する時間」を与えない傾向に、そら恐ろしい気配を感じるのは僕ばかりではないと思います。

イエスorノーという先鋭化した「つきつけ」をどんどん追究していくと、最後には、「生きた人間」は「誰もいなくなった」という状況になることは、革命の熱狂や恐怖政治を想起すれば、分かりやすいですし、そのほかにも、人間の歴史を振り返ってみるならば、事例には枚挙の暇がありません。

口角泡を飛ばしながら、「論破」していくことは、痛快かも知れない。そのことで確信を深める場合もあるだろうし、なにより自身の承認欲求を満たすことができるから。

しかし、それが目的になってしまうと自分自身をも、そして自分自身が大切にしているものまでも毀損してしまうのも事実だと思います。

簡単に「違うだろう」って言い切ることは簡単なのですが、やはり、「留保」を否定しない余裕をどこかに見出していかない限り、「豊かな」人間の世界というものはあり得ないと思うわけですが……、こういう言及をしてしまうと、

「そういうお前のだらしなさが、権力を増長させてしまうんだーーー!!!」

などと総括を喰らってしまうことは承知してはいるのですが、

う~む、ホント、ここはわだかまりといいますか。

うーむ。


102_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:張競・評 『美人の歴史』=ジョルジュ・ヴィガレロ著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚:張競・評 『美人の歴史』=ジョルジュ・ヴィガレロ著
 (藤原書店・4830円)

 ◇身体論の視点で捉えた理想の「美」の変遷
 大学生に「理想的な美人はどのような顔をしているか」と聞いたら、男女にかかわらず大半は「西洋人のような彫りの深い顔」という。白人のほうがきれいだと断言する若者も少なくない。
 そう思うのも無理はないのであろう。リカちゃん人形、ディズニーランド、少女マンガ、ハリウッド映画。子供たちは幼い頃から、白人が美人という暗示に満ちた世界で生きてきたからだ。ところで、西洋ふうの美人像がどのように出来上がったのか。この難問に答える書物がついに現れた。
 日本では美人論の書物に事欠かないが、ヨーロッパでは「美」についての探究心が高くても、「美貌」を通史的に検討される例はそう多くない。わずかに思い出せるものはおおよそ二種類に大別できる。一つは、西欧の名画を羅列し、その展示的価値を時代順に追ったものである。もう一つは数々の図像に共通する紋切型を見いだし、その中から「抑圧」の構造を読み出そうとする試みである。
 ところが、ジョルジュ・ヴィガレロはまったく違う角度からこの問題を見ている。というのも彼は「美貌」を表象の問題として捉えようとしていない。何しろ歴史は身体に刻まれる、という仮説を提示した人物だから、絵画にせよ、文学作品にせよ、単純に「表象」として見ていない。描かれた対象には「真実」の断片がくっきりとした跡を残しており、そうした痕跡に目を凝らし、つなぎ合わせることによって、西欧社会の美的観念の変遷を解明できると信じているからだ。どんな名作であっても、記録媒体という意味では、回想録や日記や書簡とそれほど変わらない。実際、身体に刻まれた跡から、歴史の残響を聞き出そうとしたとき、ヴィガレロにとってそうした文献はすべて同質の「素材」になる。
 その方法論の有効性を示すために、語りの戦略は丁寧に練られている。絵画や文学作品に描かれた身体美の含意を読み解くときには、風俗史や科学史の文献にも目を配り、同時代の証言も決して見落とさない。むろん、ヴィガレロはイメージと権力のつながりを無視したわけではない。しかし、可能な限り史料を活用し、身体性の「真実」を掬(すく)いだそうとしている。
 時系列の叙述にありがちな偏りを補正するために、さらに三つの戦術が取られている。一つは身体に向ける視線とマインドとの関連を検討することである。近世には身体の「上」の部分、とくに顔が注目の対象であった。目鼻の形、顔の色つや、視線の柔軟さなど、女性美の評定は体のごく一部分に限られていた。
 時代が下るにつれ、身体の「下」の部分への考慮が見られ、美しい胸、丸々とした腕、わき腹のラインなどに注意が払われるようになった。19世紀末になると、脚線美やヒップの形など下半身が特権的に語られるようになり、また、胸部の美しさは人体構造や医学的な知識と結びついて再認識された。20世紀に入ると、ボディ・ラインの露出はもはや禁忌ではなくなり、それどころか、商品と結びついて濫用(らんよう)されるようになった。映画女優からファッションモデルへと、美の代弁者が世代交代するなかで、美容の消費はついに大衆化を果たした。
 ポスト構造主義以降、批評家たちは芸術作品について、外的現実に照らして論考するよりも、「表象」という盾の後ろに身を隠そうとする傾向がある。図像を記号として解読し、形象と権力構造の相関性を指摘するだけで事足りるという風潮がある。本書は頂門の一針とまではいかないが、身体論という視点から検討する場合の、豊かな可能性を示唆した。(後平澪子訳)
    --「今週の本棚:張競・評 『美人の歴史』=ジョルジュ・ヴィガレロ著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120603ddm015070051000c.html


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

B級グルメ列伝:千葉県船橋市:らーめん かいざん 西船橋店

K1


B級グルメ列伝:千葉県船橋市:らーめん かいざん 西船橋店

千葉へ出講の際、西船橋駅で地下鉄東西線からJR総武線に乗り換えになります。
先週、授業が済んでから、結局、その日は何も食べていなかったので、早い夕方に、改札を出てから、目の前にあったラーメンやに入ったのですが、それが

「ラーメン かいざん」(西船橋店)。

あとで調べてから知ったのですが、本店が習志野の方にあり、両方とも、地域では割と有名なお店だったららしいですが、時間帯の所為もあってか、その日はのれんをくぐって、券売機で食券を買ってから、空いているカウンター席に着座。

どれにするか悩み抜いた末、その日にお願いしたのは、店舗名を冠した「かいざんラーメン」(750円)。

お客さんをみているとネギ丼だとか叉焼丼(半ライスサイズ)を一緒にオーダーするのが「ならい」のようでしたが、若干、ふところが寂しいところもあったので、ラーメンの単品のみ。

待つことしばし。

広めの鉢にもられた「かいざんラーメン」の登場です!!!

具材はチャーシュー、ネギ、海苔、ワカメとシンプルな構成。
ネギが人気と……これも後から知りましたが……ネギのほんのりのした「苦み」の旨さが印象的です。チャーシューは可もなく不可もなく合格点というところでしょうか。

さてスープは、見た目からして「味が濃いんじゃねぇの?」という風体ですが、飲んでみると、濃いというよりも「後に尾を引く」という感じで、少し驚きました。

豚骨ベースのようですが、はじめてのスープで、これは「塩とんこつ」とでもいうのでしょうか。先に「後に尾を引く」いいましたが、「とんこつ」系ではこれが初めでしたが、なかなか素晴らしい出来具合で、一番印象に残っております。

さて問題は「麺」。太さなどいたって普通ですが、その日の何かが悪かったのでしょうか……茹ですぎというか、腰がないといいますか、少々「残念」ではありました。

これがスタンダードなのか、それともその時だけの「事件」だったのか、分かりませんが、それを除くと、構成・味わいともに申し分なしというファーストインプレッションです。

次は念のために「麺は固めで」とお願いして頼んでみましょうか。

ごちそうさまでした。


かいざん 西船橋店
住所 千葉県船橋市印内町599-3 サンライズビル1階
営業時間 11:00-0:30
定休日 月曜日

K2


K3


K4


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:上田美和『石橋湛山論 言論と行動』吉川弘文館、2012年。

101

上田美和『石橋湛山論 言論と行動』吉川弘文館、2012年。


約20年の研究成果をもとに、分裂しがちだった「二つの石橋像」を架橋しようという意欲作。

石橋湛山といえば、どうしても「小日本主義」というキーワードで語られることが多いし、それは間違っていない。しかし、戦後の政治家への転身、そして首相になった彼の足跡と言説を前にすると、「本質は一貫していた」のか、それとも「放棄された」のか、判断に悩む。そしてこれが評価の対立軸になっている。

ただ、「小日本主義」という石橋思想のひとつの「軸」が「アルキメデスの支点」となり、そこから評価が別れるのが現状であろう。著者は本書で、この「小日本主義という軸」に疑問を呈している。

では、筆者は石橋の核にあるものをどこに見出すのか。それは石橋の「自立主義」である。石橋の中国のナショナリズムに対する理解もこの「自立主義」の文脈から必然的に導き出されるものだが、「自己決定」、「自己支配」、「自己責任」という矜持である。ここから現状に対して、具体的に対応していくのか--これが石橋思想の多様性の展開とみてもよいだろう。

そしてこの自立主義が根本思想だとする場合、展開におけるそのカギは、「経済合理主義」だと筆者は指摘する。小日本主義にしても、反植民地主義からのそれだけではない。そうすることが日本にとって都合がいいからそう主張したのである。

自立主義と経済合理主義という石橋理解は、戦時下の言説、そして戦後の言説と実践を理解するうえでも、非常に役に立つ。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

旨いもの・酒巡礼記:東京都・新宿区編「鳥やす 本店」

1

月曜日、ちょっとした打ち合わせで高田馬場へ。
夕刻、編集者のHさんの案内で、うわさに聞く「鳥やす 本店」へいってまいりました。

何といえばいいのでしょうか・・・。
引き戸をあけると、もうそこは「昭和の世界」。

「昭和の匂い」が濃厚に刻印された雰囲気のお店で、早い時間から楽しんできたしだいです。

お通しは、大根おろし(うずら玉子付)!
うずらの玉子を溶いて、串のつけだれにしてもよしw

まずは、名物の「煮込み」ではじめました。鶏ガラだしのスープで手羽先と根菜類をじっくり煮込んだ逸品で、さすが名物。口の中でとろけます。

串焼き(鶏)を種々お願いしつつ、鴨をローストしたものなんかをいただいたわけですが、どれもきちんと仕込み・焼きがなされてい、談笑しつつ舌鼓。

Hさん、いわく「今日の焼きは、イマイチですねー」とのことでした、なかなかどうして。
へたな居酒屋に入って冷凍をチンしたようなもので何百円もとるご時世を考えると、まじめに商売をしていることが伝わってきます。

まさに、これぞ手を抜かない「昭和の商売」といいますかw

さて、串の類いは、1本60円からはじまるので、酒類はいわゆる相場よりも若干高めですが、ひとりで気楽にはいってもビールとお酒1本飲んで、少々大目に食べても2000円で十分ではないでしょうか。

新しい「大人の隠れ家」が1件加わったことに、感謝です。

また、寄せていただこうと思います。


「鳥やす本店」(とりやすほんてん)
電話: 03-3368-6459
住所: 新宿区高田馬場3-5-7
営業: 17:00-23:00、無休(正月は休み)

2


3


4


5


6


7


8


9


10


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚・新刊:『日本の聖地文化 寒川神社と相模国の古社』=鎌田東二・編」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚・新刊:『日本の聖地文化 寒川神社と相模国の古社』=鎌田東二・編
 (創元社・2520円)

 聖地はなぜそこにあるのか? 神奈川県の寒川(さむかわ)神社(相模国一之宮)を素材に、聖地立地の謎を探究した意欲的な共同研究。歴史・考古・宗教学に地質学などの自然科学、さらには「宇宙人文学」という新手も動員し、聖地研究に新風を吹き込んだ。

 宇宙人文学の成果としては、人工衛星のセンサーを使って現在の地形の微妙な高低差を読み取り、古代の海岸線を再現した。これらに他の自然科学的考察をあわせ、寒川神社などの古社は、かつての波打ち際や主要河川の水際に位置することを突き止め、聖地と水や水源との濃厚な関係を浮かび上がらせた。

 加えて、景観論が聖地と秀麗な山(富士山、大山(おおやま)など)の眺望との相関を解明し、考古学も縄文遺跡と景観の密接な符合を跡づける。

 こうして、縄文時代以来の定住の地である寒川神社の本殿背後に現在も痕跡を残す湧水の池をめぐり、「縄文時代からあったとすれば、そこは縄文人にとっても大変ありがたい湧水地で、神聖視された可能性はある」とする魅力的な推論に至る。

 宇宙という広大な時空のある一点に、多角的な分析が収束していく。刺激にあふれた聖地論だ。(和)
    --「今週の本棚・新刊:『日本の聖地文化 寒川神社と相模国の古社』=鎌田東二・編」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120603ddm015070083000c.html


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『未完のファシズム』=片山杜秀・著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

1

-----

今週の本棚:三浦雅士・評 『未完のファシズム』=片山杜秀・著
毎日新聞 2012年06月03日 東京朝刊
 (新潮選書・1575円)

 ◇第一次大戦から導く日本軍国思想への新視点
 すこぶる面白い。日本の近代が立体的に見えてくる。骨格は近代日本陸軍史。参照文献は固いが、かみくだいて説明する「ですます」調が読みやすい。

 「日本人にとって第一次世界大戦とは何だったのか」というのが第一章。近代日本は日露戦争に勝って列強に伍(ご)し、第一次大戦ではほとんど戦わずに戦勝国に回っていわば漁夫の利を手にしたが、得意になっていたために第二次大戦で惨敗した。

 著者はこの通説に異議を挟む。日本も第一次大戦に参戦した。ドイツと戦った青島(チンタオ)戦である。だが、日露戦争の旅順と違って話題にされることが少ない。主役が人間から物量へと移ったからだ。指揮を執ったのは神尾光臣中将。小説家・有島武郎の舅(しゅうと)。近代戦の本質を理解した作戦が周到だったためにマスコミ受けはよくないが、世界的に見れば当時の軍事作戦の最先端。戦争が国家の生産力を総動員する総力戦になったことを示した。
 第一次大戦では、日露戦争に衝撃を受けた独仏が戦勝国・日本に倣って精神主義を取ったために欧州全体がいっそう惨状を呈することになった。だが、日本はそうではなかった。日本は日露戦争では「持たざる国」だったために精神力を鼓舞しただけの話、そのことは参謀本部が胆(きも)に銘じていた。だからこそ青島戦では、旅順戦とはまったく違った戦術をとったのだ。日本は「持てる国」とは長期戦をしないのが大原則。だからこそ軍縮にもしたがった。

 にもかかわらず参謀本部は、なぜ日中戦争そして大東亜戦争へと突入したのか。著者は、「持たざる国」の背丈に合った戦争だけを考えた小畑敏四郎(としろう)の「殲滅(せんめつ)戦思想」と、「持たざる国」を「持てる国」に変えようとした石原莞爾(かんじ)の「世界最終戦論」の二つをこの文脈で解説する。小畑が「皇道派」、石原が「統制派」。前者は現実を直視する短期決戦の精神主義路線、後者は現実を変えるための全体主義路線。石原は日本を「持てる国」にしようとして満州事変を起こした。背景には田中智学(ちがく)の国柱会(こくちゅうかい)の思想があって、他の軍人とは異質だが、それでも数十年は戦争しないつもりだった。
 小畑の思想も石原の思想もそれほど奇矯ではない。だが戦時中の日本人を呪縛した『戦陣訓』の玉砕の思想ともなれば違ってくる。中柴末純(すえずみ)の「日本的総力戦思想」である。小畑も石原も戦争の相手を選び、時を選ぶ。だが、現実にはそんなことは不可能だ。それなら「持たざる国」日本がどの「持てる国」と戦っても精神力によって勝てることにしようという思想。狂気に近いが、玉砕で敵を怯(ひる)ませようとする発想はイスラム過激派にまで流れるだろう。

 最後の第九章「月経・創意・原爆」が興味深い。中柴らは第二次大戦末期には女性まで産業戦士へと駆り立てたが、戦時中、桐原葆見(しげみ)の『月経と作業能力』という本も出ている。「大和撫子に過重な労働を強いるのはよくない」という思想。また、山根省三は『勤労者の創意工夫教育』で、精神力には限界がある、発明発見こそ重要だと述べている。同じ考えは開明派の軍人・酒井鎬次(こうじ)にもあって、軍備の近代化を進めようとして東条英機に嫌われた。酒井や山根の考え方の延長上に原爆が登場する。日本は一枚岩に馴染(なじ)む国ではなかったのだ。

 「未完のファシズム」とは明治憲法下では権力が分散してファシズムなど不可能であったことを示す。丸山真男や司馬遼太郎の日本近代論への批判だ。明治が良く大正が悪かったわけではない。新資料の紹介が新視点の導入になっていることは特筆に値する。
    --「今週の本棚:三浦雅士・評 『未完のファシズム』=片山杜秀・著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120603ddm015070034000c.html


2


3


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「法律違反を許さない、犯罪を許さないと言うのは、当たり前の主張じゃないですか」という訳ですが、それを主張するために法律違反や犯罪を犯すというのでは説得力がないと考えるのですが、……

101


-----

 この日、街宣に参加することは同居している両親には告げてこなかった。
 「たぶん、こんな活動に参加したと知ったら心配すると思います。僕の良心は、僕ほどには日本が危ない状況にあると思っていません。それに県内の農家ではいま、人手不足を意義ナウために中国人の実習生を積極的に招いています。僕の家でも、いつかはその流れに乗るかもしれない。これからも表立って活動に参加することはできないかもしれませんね」
 つい先ほどまで、桜井や副会長の先崎が、「犯罪シナ人は出て行け」と叫んでいたばかりである。いずれは中国人の雇用も考えなければいけない農業現場で働く彼にとって、その点だけは複雑な思いで聞かざるを得なかったであろう。
 だからなのか。彼が去り際に、ぽつりと漏らした一言が印象的だった。
 「中国人には、マトモな人がいっぱいいるんですけどね……」
    --安田浩一『ネットと愛国』講談社、2012年、68-69頁。

-----

twitterのまとめですいません、しかも読了していないアレで(涙

安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、最初の1/3読んでいます。
在特会を肯定する訳じゃありませんし、辟易とする連中だとは思いますが、会員内にも温度差があることに驚いた。

ただ、「叩きだせ」と罵られる側の恐怖への想像力のなさ、事実の実証確認を無視する点は共通している。

著者の安田さんは、時間をかけて丁寧に取材している。
ただ、事実確認による討議や熟議による「誤読」の「訂正」や「説得」は、やっぱり不可能なんじゃないかとの思いも強くなった。

だからといって放置してよい訳じゃないんですが。有効なチャンネルはどこか--日本の生きる僕の責任でもあるわけですが。

彼らは、「法律違反を許さない、犯罪を許さないと言うのは、当たり前の主張じゃないですか」という訳ですが、それを主張するために法律違反や犯罪を犯すというのでは説得力がないと考えるのですが、こういう考えは、「気分」や「情念」の前に無力なのかとも、頭を抱えてしまう。

ただ、頓珍漢な「暴論」に対して、「馬とか鹿には触れるな」とか「放っておけば収まる」という小市民的なスノビズムが、却って増長させたのは事実だろう。だから、あれだけの勢力拡大をしたわけだから。お上品に「眉をひそめる」だけ、というではよくないだろうと思う。

相手が誰であろうと「殺せ」と罵って、「恐怖」を抱かせるだけで十分に「犯罪」だ。「あーコワイ」、「関わらない方が」ってカタチで増長させる訳ではない何かに取り組まないとだな……思います。

102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『場所原論』=隈研吾・著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

201

-----

今週の本棚:養老孟司・評 『場所原論』=隈研吾・著
 (市ヶ谷出版社・2310円)

 ◇人と場所の関係性を取り戻す建築思想とは
 生きものは「場所」に生きている。昆虫を調べていると、しみじみとそう思う。同じ森の中でも、特定の場所でしか見つからない。
 それに対してヒトは生きる範囲を徹底して広げた。さらに近代文明は遠い場所どうしを縦横につないで、途中をいわば「消して」しまった。横断の典型が新幹線であろう。それによる被害を回復しようとして、海山里連環学や、川の流域学が生まれてきている。著者が場所と人の身体との関係性の回復をいう言葉の中に、私は似た響きを聞き取る。世界の重要な部分を切れ切れにしてしまった現代文明に対して、そこには未来の息吹が明らかに感じられる。
 本書の冒頭では、建築家としての著者の思想が語られる。思想から語りだす建築家は珍しいのではないだろうか。「自分が常日頃考えていることをなるべく平易な言葉で若い人に伝えたい」。そこにはそういう意図がある。自分の思うところを素直に述べている。だから叙述に飾りがなく、同時に強い力があって、引き込まれる。教科書として使うことも意識されているようだが、最低の知識を与えるつもりで書かれた、いわゆる教科書ではない。
 さらに全体の四分の三を占めているのは各論としての著者の作品解説である。全部で十八の建築事例が挙げられており、現在までの隈研吾作品集といってもいい。ただし全集ではない。バラバラじゃないか。そう思う人もあるかもしれない。それは違う。『論語』だって『聖書』だって、断片的じゃないか。著者はそういうのである。
 著者は現代建築が現代建築になってしまったそもそもの始まり、そのいきさつを最初に語る。「建築の歴史をよく検討してみれば、悲劇から新しいムーブメントが起きている」。その典型として、一七五五年のリスボン大地震を挙げる。この地震を契機として近代が始まったと著者はいう。人々は「神に見捨てられた」と感じ、「強い建築」に頼ろうとした。それが最終的には鉄とコンクリートによる高層の建物群を生み出す。もちろん著者がこう述べる背景には三・一一の大震災がある。ここでもまた、大きくか、小さくか、人々の考え方が変わり、歴史が変わるに違いない。「建築の『強さ』とは、建築物単体としての物理的な『強さ』のことではないのです。建築を取り囲む『場所』の全体が、人間に与えてくれる恵みこそが強さであり、本当のセキュリティだったのです」
 評者は建築には素人である。そもそも「人の作ったもの」には、あまり関心がない。でも建築家そのものは違う。面白い人たちだなあ。そう感じる。建築家には場所という制限があり、材料という制限がある。それをなんとか上手に工夫しても、施主があり、お金があり、法律がある。そこをすり抜けなければならない。ふてくされている暇はない。なるほど、仕事というのは、そういうふうにやるものなんだな。若い人たちが、この本からそれを読み取ってくれたら、素晴らしいと思う。毎日似たような仕事をして、パソコンの画面とにらめっこをして、自分が育つだろうか。
 一つだけ、技術的なことを述べたい。評者は老眼で、その目からすれば写真が小さい。これが電子出版なら、いまのカメラの画素数のおかげで、いくらでも大きくできる。紙の大きさによって制限を受けることを思えば、写真は活字よりも電子出版に向いている。画像だけがCDになった本もいくつかある。もっとも実物を見なさいといわれたら、それまでのことなのだが。
    --「今週の本棚:養老孟司・評 『場所原論』=隈研吾・著」、『毎日新聞』2012年06月03日(日)付。

-----


http://mainichi.jp/feature/news/20120603ddm015070032000c.html

202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評:荻生徂徠(平石直昭校注)『政談 服部本』平凡社東洋文庫、2011年。

101


-----

妾をかくし物にする事
一 妾といふ物はなくて不叶もの也。当時は妾をばかくし物のやうにする事、習はしの悪敷也。古は天子諸侯ともに、一娶九女とて、姪娣八人付来る、何れも妾なり。卿大夫の事は見えず。古は世官にてなければ、其法なきなるべし。されども子なければ妾を置事古法なり。今の世は表向一妻一妾と高下共に立をき候故、妾は隠し物になりて、却て色々の悪事生ずる也。
    --荻生徂徠(平石直昭校注)『政談 服部本』平凡社東洋文庫、2011年、276頁。

-----

「生権力」の規準の端緒としての「政談」。

現時点では、決定版ともいえる『政談 服部本』。本書は4部構成で、「国のト(しま)り」、「財の賑」、「人の扱」が原理論、最後の「雑」は、具体的な事例に対するFAQのような部分、一番興味深かったのは最後の巻でしょうか。

よく言われるように、荻生徂徠の反朱子学、商品経済への対応と人材登用論は、最初の3部でよく理解できます。

政治と宗教の分離を目指す眼差しも本書で確立され、経世論の端緒となることが伺え、最後のFAQが面白い。ひとつは形而上的アプローチから実践を既定しないという「新しい発想」の具体例だからです。。

そしてこのことは……僕自身がフーコーが好きだからかもしれませんが……世俗的政治による生権力の遂行・実践の記録の一書でもあるという点と重なります。

人々の生にむしろ積極的に介入しそれを管理し方向付けようとする近代の権力をフーコーは「生-権力」と呼ぶ。あらゆる事柄において、規律正しく従順なものへ調教しようとする側面、そして統計や調査に「盾」に、特定の方へ収斂させていく側面、この二つがその特徴といえますが、先にFAQと表現したように「巻四 雑」はそのマニュアルといってもよいかという読後感。

「養子の事」、「妾を御部屋と称する事」、「妾を妻とする事」……些事にわたるまで、模範的・標準的規準が列挙されている。

「政談」というタイトルからもうかがい知れるように、近代的権力が江戸時代に確立しはじめたと見ることもできるという意味で興味深い。

江戸思想史の専門家からすれば邪道かもしれませんが……ね。
 


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「ひと 『脱原発宣言』を実行する城南信金理事長 吉原毅さん(57)」、『毎日新聞』2012年6月1日(金)付。

201


-----

ひと 「脱原発宣言」を実行する城南信金理事長 吉原毅さん(57)

 「同調する経済人は少ないが、ごまめの歯ぎしりでも訴え続ける」
 東京電力福島第1原発事故で、ふるさとを追われた人々を目の当たりにして、昨年4月、「信金の原点は、助け合って地域社会を守る協同組合運動。見て見ぬふりでは、存在気がなくなる」と脱原発を宣言した。省エネなどを進め、「原発で作る約3割分節電」という目標が射程に入った。
 次々と手を打った。電化製品を省エネ型に取り換え、照明は半分にし、発光ダイオード(LED)に替えた。冷房温度は29度。11年度全店舗の電力消費を前年度比23・5%減に抑制した。「原発以外の電気を使おう」と、今年1月、電力の契約を東電から天然ガス発電会社に切り替えた。「年1000万円の節約にもつながった」という。
 一方、ソーラーパネルや自家発電機をローンで買う人には金利の軽減を、自己資金の場合は、預金金利の上乗せを始めた。ローン申し込みは2億円を超えた。「金融で省エネを後押しできる」と手応えを感じている。
 地元の中小企業を支えたいと、城南信金(本店・東京都品川区)に就職した。「貸すも親切、貸さぬも親切」の言葉を残した故小原鉄五郎元理事長(元全国信用金庫協会会長)の薫陶を受けた。
 「お客の役に立つ融資に徹する」「投機の金は貸さない」方針を貫く。
 月に4、5回、脱原発の講演に出向く。「企業の人が脱原発を言ってくれてうれしい」。ある母親の言葉が励みになっている。文・竹地広憲 写真・久保玲

 よしわら・つよし 東京・蒲田生まれ。77年、城南信金入り。同信金の預金残高は約3.4兆円(12年3月末)で、業界2位。
    --「ひと 『脱原発宣言』を実行する城南信金理事長 吉原毅さん(57)」、『毎日新聞』2012年6月1日(金)付。

-----


202


203


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「対象にまったく完全に注意をそそぐといった行為」について。

101s


-----

 詩人は、真に実在するものにじっと注意をそそぐことによって、美を生み出す。人の愛するという行為も、同じである。今そこに、飢えかわいているその人がわたしと同じように真に存在するものだと知ること--それだけで十分である。残りのことは自然につづいて起こってくる。
 あるひとりの人間の活動の中に、真、善、美といった真正で純粋な価値が生じてくるのは、いつも場合にも同じ一つの行為を行為を通じてである。対象にまったく完全に注意をそそぐといった行為を通じてである。
 教育の目的は、注意力の訓練によってこういった行為ができる準備をととのえてやることにつきるといっていい。
 このほかにも教育にはいろいろと有益な点があるが、いずれもとり上げるに足らない。    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、198頁。

-----


先週からの続きで、スピヴァクの社会変革論を少し復習しながら、今日の授業を組み立てたのですが、やっぱり、世界に対して何らかのアクションを起こしていきたいという熱意はあるのですが、

「具体的にどうしましょう?」

ってなると、それが思い浮かばずに、

「しょぼーん」

となってしまい、その状況に引き裂かれてしまう熱意ある学生が多いことに気がつく。

なんどもいうけれども、そういう熱意がなんらかの党派的運動に「利用」されるのが一番不幸だと思うし、結局、何もできないから「もー、どうでもいいや」って放擲的なシニシズムもよくないと思う。

だとすれば、やはり、くどいのですが、「学生」である自分自身のいとなみを大切にしながら、「土台」をつくっていくしかないのだと思う。

福沢諭吉は、明治元年、旧幕府軍と官軍の戦争が江戸ではじまったとき、行く末を案じ、色めきだつ塾生たちに次のように語ったという。

「私はその戦争の日も塾の家業を罷(や)めない。(中略)世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても未だ會(かつ)て洋学の命脈を絶やしたことはないぞよ、慶應義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するな」(『福翁自伝』)

結局の所は、このへんに収斂していくと思う。勘違いされると困るので少し捕捉をすれば、福沢のいう「世間に頓着するな」というのは、決して、世界を遮断しろ!という意味ではありません。いな、むしろ関心は大いにもたなければならないけれども、それに振り回されたり一喜一憂して、本来やるべきことがらが疎かになってしまうことは最も不幸だろうという指摘だと思います。

確かに、就職予備校としての大学は、根本的な探究を放棄しておりますし、社会に対して絶えず批判的預言者としてふるまうべき存在目的は捨て去られ、社会に迎合することを競う状況ですが、たえず意識をもって学問研鑽を積み重ねていくことは必要だろうと思います。

そしてその探究の中で、自分自身がこれまで積み上げてきた、そして積み上げさせられてきたものをひとつひとつ検討するなかで、必ず、つながっていくはずだと思います。

そこは大事にして欲しいということです。

スピヴァクはダブルバインドを承知のうえで、足下を掘れという。ここからだと思います。

まあ、こういう考え方は、専従運動家とかから見れば、取るに足らないというよりも、大人の怯懦のように映るかもしれませんが、臆病ゆえに、そういうのではなく、結局はきちんと「人間とは何か」というものを学問と生活の往復関係、そして自身の苦闘のなかでゆっくりと練り上げていかないと、正義なんてものは、うすっぺらい付け焼き刃みたいなもので、多くの人をけがさせてしまうって話ですかネ。


102


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「悪人ではなく、たんにstupidなだけである」から厄介なのかw

101_2

-----

 ケーベルが、井上はべつに悪人ではなく、たんにstupidなだけであると評したといわれる。井上は『勅語衍義』(一八九一年)を著わし、世に教育勅語の公認の註解者のように言いつたえられ、また国民道徳論の首魁のごとくにその名を挙げられる。そのことにはもちろん理由がないわけではない。とりわけ、一八九一(明治二四)年におこった、内村鑑三の不敬事件にさいして井上がはたした役割は、御用学者という世評を定着させるに十分なものであったといわなければならない。とはいえ、一九二六年には、前年に出版された『我国体と国民道徳』に「不敬」の廉で批判の火の手が上がり、やがてひろく延焼した。通常イメージされているところとはことなって、井上哲次郎はこれを機にいっさいの公職を辞している。
    --熊野純彦「近代日本哲学の展望」、熊野純彦編『日本哲学小史 近代100年の20篇』中公新書、2009年、29-30頁。

-----

ここ1年、巷間をにぎわすタームが「御用学者」だと思う。ただ、最大公約数的なところは、どうやら「財政的なひもつき」から特定の立場を「有利」なものとして導く言説をしている人々のことがそうらしい。

だれがどうのとか「認定」してもはじまらないし、べつだん、興味もない。
誤っているのか正しいのか僕は「よくわからない」のが正直なところだ。

しかし、「御用学者」に限らず、得てして、問題のある人間……同時代性としては分かりづらいのですが、後世になって検討してみて結果、そういう方だと思われるひとびと……というのは、心底から「悪人」というよりも、ひょっとすると「たんにstupidなだけ」であるのかも知れないとは思う。

根っからの「悪人」というのは分かりやすいから、こちらか遠慮すれば済む話だ。しかし問題は「たんにstupidなだけ」という御仁だろう。これはなかなか分かりづらいから、予防が難しい。

ただたんに多勢の威を借りているとか、権力のまなざしであるとか、フツーに生活をしている人間を「小馬鹿」にしたような人間だけには警戒するようにはしている。


102_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評、『哲学者クロサキの哲学する骨董』=黒崎政男・著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

201_2


-----

今週の本棚:村上陽一郎・評 『哲学者クロサキの哲学する骨董』=黒崎政男・著
 (淡交社・1890円)

 ◇博識の士による不思議な「趣味」の考察
 ちょっと変わった、不思議な本である。でも、是非多くの人に読んで貰(もら)いたいと思わせる何かがある。最近テレヴィジョン放送で、「開運! なんでも鑑定団」という番組が人気だそうだ。骨董(こっとう)的価値についての何人かの専門家が、持ち込まれた名品(!?)の鑑定をし、値段まで付ける。出品者の思惑を大きく上回ることもあれば、二束三文としか言いようのない結果に終わることもあるらしい。そのスリルが、人気を呼んでいるのだろう。
 著者は、本来は、哲学研究の王道の一つ、カント哲学の専門家であり、『カント「純粋理性批判」入門』(講談社)は、名著の誉れ高いが、他方では人工知能やIT技術への関心も強く、『哲学者はアンドロイドの夢を見たか』(哲学書房)は、そうした領域の先鞭(せんべん)を付けたものとして、今に価値がある。テレヴィジョンでの科学番組のレギュラーでもあり、音楽や写真についても、趣味の域を脱した論考を発表し続けている。そこまでは、一応弁(わきま)えているつもりだったが、そして、骨董的なオーディオ装置の蒐集(しゅうしゅう)については、とみに聞き及んでいたが、この書で開陳される仏像や神像などから、古伊万里やら何やら、本格的な骨董店の店先に並ぶもの、さらには中世ヨーロッパの写本やイコンなどにまで、癖が広がっているとは、ついぞ知らなかったので、入手して一気に読了後、ほっと一息ついた上で、心のなかに、不思議な風が吹きわたったような感に打たれたのである。
 「哲学する」という標題を、あまり大上段に受け止める必要はない。もちろん、本物と偽物、オリジナルとコピーとの関係を巡る考察などは、多岐に及ぶ事例を対象とし、コピーのコピーの意味や、コピーのコピーのコピーという一種の倒錯への言及に、哲学者ならではの犀利(さいり)な分析と、どこかユーモアを湛(たた)えた著者独特の表現とを、興味深く受けとることができる。特に「地毛」のコピーとしての「かつら」を題材に、よく出来た「かつら」が、オリジナルとして「目立つ」ことが許されない、という議論から、コピーの意味を探る着眼点などは、頷(うなず)かせるところが大きい。

 また、美の概念へのアプローチにも、哲学者としての見識と、それを支える広範な教養の背景を、読者は否応(いやおう)なく見るはずだ。それはそれで、フェノロサ、岡倉天心、B・タウト、小林秀雄、和辻哲郎、坂口安吾らの伝統の流れに通じるものがある。

 ただ著者の「骨董趣味」は、必ずしも「哲学者」的な、一ひねりも二ひねりもしたものではなく、むしろ、純粋な「好事家」的な側面も決して失われていない、というところに、読者は、どこかで安心するのではないか。「大上段」に受け止める必要はない、と書いたのも、その辺の呼吸を図ってのことである。
 もう一つ、本書の特徴は、IT技術の考察の専門家でもある著者の特性と、時代の変化とが見事に合致し、骨董やそのオークションが、すっかり様変わりしている、という新しい事態についての、しっかりした考察が、後半を占めていることだろう。それも、しかつめらしい議論の前に、著者自身の経験が多く語られるので、一般の読者にとっても親しみ易い内容になっている。しかし、こうした現象は、畢竟(ひっきょう)、骨董品のみにとどまらず、結局は紙媒体、もっと率直に言えば、書物だの、蔵書、図書館というような概念にも、波及する(あるいは、もうし始めている)という論点には、書評欄担当子としても、感じるところがある。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評、『哲学者クロサキの哲学する骨董』=黒崎政男・著」、『毎日新聞』2012年05月27日(日)付。

-----

http://mainichi.jp/feature/news/20120527ddm015070010000c.html

202_2


203_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »