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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『世界を救う処方箋』=ジェフリー・サックス著」、『毎日新聞』2012年07月01日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『世界を救う処方箋』=ジェフリー・サックス著
 (早川書房・2415円)

 ◇危機に瀕(ひん)する米国経済の「自己診断」書
 ギリシアの財政危機がスペインや欧州全般の金融危機に火をつけるのか、固唾(かたず)を飲んで注目する関係者は日本にも多いが、実はアメリカの財政赤字も危険な状態にある。
 2010年、財政赤字は100兆円近く(1兆3000億ドル)、GDPの9%に達した。その背景をのぞくと、現在の税制のもとでは税収はGDPの約18%、これに対して社会保障や医療・年金など義務的経費が13%、軍事予算が4%、加えて借金の利息が3%。これだけですでに赤字になっていて、それ以上は赤字の上乗せ分となるほど赤字が体質化してしまっているのだ。世界経済の牽引(けんいん)車たるアメリカが、いよいよ立ち行かなくなってきているのである。
 本書はそのアメリカ経済の苦境を包括的に分析する書で、邦訳はさすがに羊頭狗肉(ようとうくにく)。世界の貧困国に処方箋を与えた高名な開発経済学者の新刊書だけに、途上国を扱うのかと勘違いしてしまう。原題を「文明の代価」と直訳すると抽象的過ぎるからだろうが、それなら「アメリカを救う処方箋」の方が内容には即している。
 サックスは、財政赤字はひとえに高額所得を得、多くの資産を保有し、大卒以上であるような富裕層が、少ない税率しか負担しなくなったために生じたと断ずる。ブッシュ以降の新自由主義政策により、富裕層は所得も投機収入も資産も課税を減免されてきた。その背後で、軍事や医療・石油にかかわる大企業はロビー活動を通じて民主党・共和党を問わず政治献金を行い、メディアはアメリカの危機が「大きな政府」のせいで生まれたとキャンペーンを張り、サブプライム危機を引き起こした当事者の金融機関幹部は責任を問われるどころかボーナスを稼いできた。
 中国からの製品が続々と輸入されアメリカ国内のインフレ率は低下したが、グリーンスパンはそれをIT革命にもとづく生産性の上昇のせいだと強弁して、金融緩和しか講じなかった。そのせいで、製造業では賃金は下がり雇用も失われた。グローバリゼーションを見誤ったのであり、アメリカといえばグローバリゼーションを主導したという日本の識者の見方とは大いに趣を異にしている。
 しかし青天の霹靂(へきれき)であったリーマン・ショックはさすがに天罰と解されたかというと、この財政赤字を前にしても政府は以前と変わらず金融緩和と減税しか施策を打てないでいる。さすがに学習能力がなさすぎと映るだろうが、それは「コーポレートクラシー」(有力企業の圧力団体が政策アジェンダを支配するような統治形態)が依然としてアメリカの政府と議会を羽交い締めにしているからだ、というのがサックスの見立てである。
 その結果、貯蓄率は下がり続け、インフラへの投資がままならないためニューオーリンズは水没し、教育にも政府支出が当てられないため学歴で労働者はヨーロッパどころかアジアにも後れをとりつつあり、地球環境やエネルギーといった将来世代のための問題への関心も薄く、格差は郊外と都心、サンベルト(南部)とスノーベルト(北部)といった居住地間に政治的分裂をもたらした。まったく、「アメリカ、ボロボロや」とつぶやきたくなるところだ。
 この苦境はヒスパニックや低所得者が福祉で税を持ち逃げしているからだ、というのが新自由主義の宣伝だが、事実を挙げ反論するサックスの立場は、サミュエルソン流の「混合経済」。要するにケインズ主義のことで、公共投資と政府支出を削減し金融緩和しか雇用対策としなかったせいでアメリカは製造業の雇用を中国に奪われ、労働者は良質の教育も受けていないためインド人と低賃金を争うしかなくなったと主張している。
 いわばケインジアンの巻き返しの書なのだ。そして、富裕層に社会への共感と税負担を、投票者に大企業のキャンペーンに負けない見識を、20代・30代の「ミレニアム世代」に貧困者や地球環境への配慮を求めている。市場がもたらす効率性だけでなく、分配の公平性と将来への持続性を政府の介入に託す見識が、サミュエルソンの弟子であり貧困撲滅をグローバルに論じてきた著者の真骨頂。先の大統領選挙で著者を推すNGOが現れたのも、これくらいの堅物かつ理想主義者でないと、アメリカは救えないということか。みずからも本書で、大企業から献金を受けているオバマでは、共和党と違う道は歩めないとしている。
 もっとも、ケインズ主義につきまとった不要なハコモノ行政と無駄な公共サービスをふやすだけという批判への回答は、見あたらない。その代わりに、ブッダやアリストテレスの「中庸の徳」が説かれる。これを教養と見るか詰めの甘さと見るかで、評価は変わるだろう。
 ともあれ「アメリカの良心」による自国診断の書であり、いまなおアメリカを持ち上げる我が国の「小さな政府」主義者に読ませたい一冊だ。(野中邦子・高橋早苗訳)
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『世界を救う処方箋』=ジェフリー・サックス著」、『毎日新聞』2012年07月01日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120701ddm015070027000c.html

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