« 自分は旗印として平民主義を掲げるのではなく、平民主義を生きるのだ。頓智と諧謔で人間の平等を主張するのだ。 | トップページ | 覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 危機に直面する持続可能性=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年7月6日(金)付。 »

覚え書:「学びや 中学・高校の先生による特別授業 哲学 斉藤慶典先生」、『毎日新聞』2012年7月2日(月)付。

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学びや 中学・高校の先生による特別授業 哲学 斉藤慶典先生

周りを見てみよう
「当たり前」って不思議
 「えっ、それって何」「ふーん、どうして」と思うことがすでに哲学だという話を、全快した。いったいそのとき、そこで何が起こっているのだろうか。
 君は、どんなときに「それって何」と思うかな。どういうところで「ふーん、どうして」と聞きたくなるのかな。いつも見慣れたものに出合っても、そんなことは思わないよね。
 たとえば机の上の教科書には、何の不思議もない。なぜなら、それが何であるかを君はよく知っているからだ。それは学校で何かを学ぶためのものだ。もう何十回もそれを開いて勉強しているのだから、そんなことは分かりきっている。このように、よく知っているものには、誰も「えっ、それって何」なんて驚かない。
 君が外国に旅行したとしよう。たとえば、インドに行ったことのある人はいるかな。君の大好きなカレーがお国の料理として有名なところだ。本場のカレーをインドの人たちと一緒に食べたら、きっと君は「えっ、どうして」と思うはずだ。
 なぜって、彼らはカレーを手で、それも右手だけで食べ、カレーを付けるパンも右手だけでちぎるからだ。ふつう君はカレーをスプーンで食べ、パンは両手でちぎる。それが当たり前だと思っていたでしょう。このように、いつもと様子がちがうとき、当たり前だと思っていたことがそうでなかったとき、人は驚いて「えっ、なぜ」と聞きたくなるんだ。
 そのとき君は、当たり前だと思っていた毎日のことから、ほんの少し外に出ている。毎日の生活の中にちょっとしたすきまが入りこんだとき、つまり日常から距離が生じたとき、君は「えっ、何?」と考え始めるんだ。
 この考えることがもう哲学なんだけど、覚えておいてほしいのは、当たり前だと思っていたことが必ずしもそうじゃないことに気づいたとき、それが何か見慣れないものに見えてきたとき、哲学が始まるということだ。
 少し難しい言い方をすると哲学はアウトサイダー(はぐれ者)の目をもっているんだ。その気になって周りを見回してみよう。けっこう不思議なものがあふれてはいないかな。たとえばさっきの教科書、「何でそれは紙の上に字が印刷してあるんだろう?」って思った人、いませんか。

斉藤慶典先生 慶応義塾中等部長
1987年、慶応義塾大学大学院博士課程修了。2001年同大学文学部哲学科教授。07年から同中等部長を兼ねる。哲学博士。1957年、横浜市生まれ。「旅と山歩きと温泉を愛する、かつての野球少年です」
    --「学びや 中学・高校の先生による特別授業 哲学 斉藤慶典先生」、『毎日新聞』2012年7月2日(月)付。

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