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内村の「猛省」と「戦争廃止論」が、日本の国是となったのである

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 非戦論から再臨信仰へという内村の姿勢に、またもや対極の立場から反対したのは海老名弾正だった。彼は、再臨信仰そのものを否定していたばかりでなく、日本の大陸進出は神の国の拡張であるとの信念を抱いていたのである。
 柏木は、再臨の信仰について海老名のような自由主義的解釈をしない。しかし、再臨運動には批判的で、この社会に対する責任を放棄してはならないことを訴えた。やがては死すべき人間についても、終生向上が図られるのであるから、国家社会についても同じ事が言えるという柏木は、一九三六(昭和一一)年一二月まで四五九号を数えた『上毛教界月報』において、第一次世界大戦はもとより、満州事変下にも非戦・軍縮を説いて止まなかったのである。私は、この生き方に共感する。
 社会実践の立場からすれば、第一次世界大戦以降、再臨運動にのめり込む内村の態度は後退と見做される他あるまい。さりとて内村を再臨運動のゆえに退けることは避けたい。宗教的洞察における天才的閃きを内村は持っており、その洞察力が第一次大戦において見抜いたのは、人間の罪の問題だった。その深みにおいて人間の罪が捉えられたとき、最終的な解決は、神の救済の完成である再臨にしかないことを内村は明らかにした。

 太平洋戦争開戦を前に成立した日本基督教団が「戦時布教方針」の綱領において「国体ノ本義ニ徹シ大東亜戦争ノ目的完遂ニ邁進スベシ」とうたった時、もはや如何なる非戦論の余地もなくなっていた。この「聖戦」が惨憺たる結果を残して終わった時、日本国憲法九条は生まれるべくして生まれたと言えよう。内村の「猛省」と「戦争廃止論」が、日本の国是となったのである。以後日本は、いわば良心的兵役拒否の国として半世紀を歩んできた。国連による〈義戦論〉の時代を迎えた今、その真価が問われている。
    --山口陽一「聖書と日本の非戦論」、監修・鈴木範久、月本昭男、佐藤研編『聖書と日本人』大明堂、2000年、181-182頁。

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内村鑑三の再臨信仰の是非については意見が分かれる。

しかし、山口氏が指摘するように「社会実践の立場からすれば、第一次世界大戦以降、再臨運動にのめり込む内村の態度は後退と見做される他あるまい。さりとて内村を再臨運動のゆえに退けることは避けたい」。

人間の罪責性の認識からスタートすることと、その実践の多様性というものは何ら矛盾はない。

それ以上に重要なことは、近代日本の壮大な実験により、ようやく手にすることのできた考え方や価値といったものが、最近、簡単に捨て去れる感がある。

ここには警戒すべきだろう。

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