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「人びとが無関心だ」と批判するが、無関心を許さない全体主義のことを思い出すと、無関心権はきわめて重要な権利だ

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 日本国憲法の副作用として、政治無関心があるといわれている。それはそのとおりかもしれない。大日本帝国憲法は、臣民が自分の意見を持つことは歓迎しなかったが、無関心も許さなかった。徴兵制だけではなく、隣組、大政翼賛会などにより、すべての臣民を国家のプロジェクトに組み込んだ。
 それと比べると、今の憲法は、条項には書いていないが、「無関心権」を保障しているとさえいえるだろう。政治活動家(私も含め)は「人びとが無関心だ」と批判するが、無関心を許さない全体主義のことを思い出すと、無関心権はきわめて重要な権利だとわかる。
 「無関心」の人は、政治とはかけ離れたところで、とても大切なことを考えたりつくったりしている場合もあるからだ。それが許されてはじめて豊かな、生き生きとした社会になってくるのだろう。
 このように考えると、憲法改正は、文書としての憲法だけではなく、すでに社会に埋め込まれている憲法の改正にもなるのだ。
 憲法改正を進めようとしている人びとには、その意図があるのがはっきりしている。
 もしその憲法改正が抜本的な改正、つまり、今の憲法と別の原則の憲法に入れ替わることになったら、それは社会に対する攻撃だろう。
 多くの人びとの習慣となった生き方--活動も無関心も--が異端となり、許されなくなるかもしれない。
 憲法改正のことを考えたり議論したりするとき、文書としての憲法だけではなく、社会のなか、自分自身の精神構造のなかに組み込まれている、constitutionとしての日本国憲法が、改正によってどう変わるか、ということも考える必要があるだろう。
    --ダグラス・ラミス『憲法は、政府に対する命令である』岩波書店、2006年、168-169頁。

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確かに政治をはじめとするものごとに対する「関心」は、「無関心」であるよりも関心はあったほうがよいのは百点満点の正論だと思うし、「無関心」であることが(加えて、人によればそのように「見えてしまう場合」も含めて)、結果として、諸事を空転させてしまうことは百も承知している。

しかし、このところ「関心がある」という「意識の高さ」のストロングな正論……それが悪い訳じゃないのですが……ばかりで、さながら、

「お前も、オレのように、意識を高くもち、あらゆる事柄に24時間関心をもって生きよ」という圧迫も非常に強く感じてしまう。

たしかにそりゃ、「意識が高い」方がいいのでしょう。

しかし、様々な事柄について「おまえはどうなんだ!」という恫喝と何らかの踏み絵、そして旗色を鮮明にしないことまでを、紅衛兵がつるし上げるような風潮には少し難渋してしまうのは隠せざる事実です。

先日も、ある学生と話し合うなかで、様々な問題があることは分かるし、なんとかした方がいいとも思っている。しかし、話題がそればかりで、「お前はどうよ!」って議論ばかりになってしまうと「窒息」に似た感を抱いてしまう……ということがあったのですが、私も同じような「窒息」を感じている。

「うぇーい、オレ、無関心!」っていう方は、実際に何割かいらっしゃるでしょう。そしてその逆に「うぇーい、オレ、意識の高い関心クラスタw」っていう方も同じように歴然として存在するでしょう。

しかし、「なんとかしないといけない」とは思いつつも、どちらでもないという人もたくさんいると思う。それを「無関心」という一つの言葉で収斂させていくのは、ひとつの異端狩りと同じだと思う。

うーむ、いつからこうなってしまったのだろうか。

別に「関心が高い」のは悪いことではないと思うけれども、先鋭化していくことに少し違和感があるのは、僕一人ではないと思う。

勿論、ガチの無関心で後の祭りになってしまっても、丸山眞男さんが指摘する通り「権利の上に眠る者」は保障されないのも道理だけどね。

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